過去の投稿

あなたは現在 2008年12月 の投稿をご覧頂いています。
大晦日の朝。
null

今日は二人で掃除。
でも調査も進行中。
青木君も手伝ってくれてます。
null


みなさんありがとうございました。
厳しい状況の中、たくさんの種を蒔くことができました。

人手不足で、というか資金不足で(?)、中途半端に年を越すものもたくさんあるけれど、手詰まりよりはずっとマシです。高山正樹はネガティブでも、会社と宇夫方路は、いたってポジティブです!

来年も、どうぞ、よろしくお願い致しま~す。


12月30日火曜日: みそかです

昨日今日と、お客さんがいらっしゃって、みんなミステリー。
年賀状を出すところがたくさん。

さて、今日は大掃除して忘年会してという予定でしたが、なかなか仕事がいっぱいでママならず、ともかく入口のガラスだけは拭いて、お正月の準備しました。
一夜飾りは避けないとね。
null

明日、掃除できるといいな。

12月28日日曜日: 朝帰り、というか

桜新町から事務所のある喜多見まで、一時間半、高山正樹、ひとりトボトボと歩く。
朝帰り? いえいえ、出勤するのだから帰りではありませんな。
いったい、何日帰ってないのだろうか。

世田谷通り。
こんなところにもタリーズが。
null
そういえば連絡ないなあ。
それって、どうなんだろう……

nullnull
こういうややこしい歩道橋は調査員泣かせだなあ、などと、今やってる地図の仕事を思い出したりして……
さあ、早く帰って(事務所に帰るのさ)仕事しなきゃね。



12月27日土曜日: 夜:Yomuparaさんと忘年会

Yomuparaさんが阿佐ヶ谷に実店舗をオープン。

雄介がいる…

読書って結構疲れるんです。
でもこれなら楽天、じゃない楽チン……、ん?ミステリー?
null
ほんとに優れものなのですが……
おい、宇夫方、寝るなよ。
というか、なんだか遊園地の絶叫マシンに乗ってるみたい。モデル間違えたな。これじゃあ商品のイメージが伝わらない。
石田さん、ごめんなさい。
あ、弊社のCDも並んでいますなあ。
null

石田さん、ありがとうございます。

このあと、石田さんたちと、忘年会しました。
そして諸々ご相談…
来年も、よろしくお願いいたします。
阿佐ヶ谷の街へ…
null

そして、高山正樹は、何故か桜新町へ…
null

» 続きを読む

12月27日土曜日: 朝:いい天気!

昨夜も企画室に泊まった高山正樹。
喜多見の制作室から歩いて20分弱。

朝。
おはよう! いい天気。
ベランダから望む富士山。
富士山

金城君。玉城さん。
東京に来た時は、富士山の見える、ここに泊まるのだよ。

12月26日金曜日: 取り残された人々

人類館?
null   いいえ、決して。

ただ、確かにクリスマスはありませんでした……。


今日午前中は宜野湾の嘉数で太鼓の稽古。
ということで宜野湾にお住いの儀間進さんと、普天間飛行場の南にある田園書房で1時にお会いすることにしました。2階の、テーブルと椅子が置いてあるちょっとしたスペースにて、儀間さんの「うちなーぐちフィーリング」をオーディオブックにする企画の現状報告、30分くらいのつもりでお話を始めました。

「たくさんの若い人たちを交えて読みたいのです。」

すると儀間さんから出てきた名前……

比嘉光龍(ばいろん)さん「正統派の方言をしゃべるねえ」
親富祖恵子さん「首里のおばあちゃんから首里言葉を教わったから上手だよ」
知念ウシさん「外国人と結婚してラディカルな考え方を持っている人だ」
伊狩典子さん「首里言葉は、日本で言うと京都の言葉みたいなところがあってね、首里言葉はお高くとまっていてねと思う人もいる、それがいいという人もいる」
小那覇全人さん「この人がいいかな」
玉城満さん「この人に言えば14、5人集まるんじゃないかな」
(註:この方はあの「笑築歌劇団」を主宰されている方。でも今は政治の道に。奥様がプロダクションをやっていらっしゃるという話は聞いたことありますとは高山正樹談でした。)
吉田妙子さん「女優さんだね」
そしてやっぱり
八木(はちき)政男さんと北村三郎さん。一番は何と言っても北島角子さん。「若い人たちを指導するなら八木さんが適任だろうな」

こうして並べると、御年配の方も結構いらっしゃいますね。そしてみなさんこの道ではいっぱしの方々です。ご協力頂ければそれはそれは嬉しいのですが……。
ただしゃべっても生きた言葉にはならないよと儀間先生、そこはほんとにきちんとやらなければいけないと肝に銘じております。でも、だからといって、しゃべれる方々だけでこの企画をやっても、企画自体が生きたものになって拡がっていくかどうかはまた別です。たくさんの若者たちが、今はしゃべれないけれど、この企画を通して生きたウチナーグチを考え、八木さんのような方にご指導を受けて、一生懸命練習して、そうして出来上がったオーディオブックには、ちょっと拙いかもしれないけれど、色々な意味で彼らの生きた言葉が収録されている、そうなれば素敵だと思うのです。ハードルは高いけれど、なんとかやり遂げたいと思っているのです……
ということを、今度お会いしたときに儀間さんにお伝えしなきゃね。

「この間、目の前に八木(はちき)さんが立っていたので、ポンと肩を叩いて、実はこういうふうな話があって、お声が掛るかもしれませんといっておきました」
先生、お気遣いありがとうございます。

それから儀間さんの話しは流れに流れて、あの伝説的な雑誌「琉大文学」のこととか、そして「わー」と「わー」のはなし。
「わー」と「わー」をラジオでしゃべった時の記事
「わたし」と「豚」の発音の違い。そこで儀間さんは実演してくださったのですが、やっぱりよくわかりませんでした。どっちかが、「ゥわー」で、最初にウッと荷物を持つ時のように喉仏の下あたりに力を入れるのだそうです。
「ゥっ」「ゥを」「わゥッ」「ゴボ」「ブホ」「ゲポ」……、苦しい、だめだ、やっぱり、できない。無理です。
津嘉山さんは「う」と「わ」を一緒に言うのだとおっしゃっていましたが……
「をゥ」「オェ」、やっぱり無理です。

それから「やー」と「やー」も同じ。「家」と「あなた」
やっぱりどっちかが最初にイッと喉仏の下あたりに力を入れる。
「ィやッ」「うんや」「もういや」「いやん」「ばかん」「うっふん」……。できません。

方言のはなし。宮古は全く違う。沖永良部は沖縄に近い。鹿児島や熊本には沖縄と同じような言い方がたくさんある云々……。

このあたりですでに時間は2時半を回る。もう予定を大幅にオーバー。
「では、もうそろそろ……。」
「ごめんなさいね。僕は真面目な話がダメなんです。雑談が好きでね、雑談ばっかりなんですよ。教師をやっていた時も、教員室で雑談ばかり、後ろで聞き耳を立てている人がクスクス笑っていたり、お前うるさいからあっち行けと言われたりしたんです。だから今度高山さんが来た時はしゃべらないようにしますから」
「それはダメです。高山は儀間さんの雑談が大好きなんですから」
「いやいや」と儀間さんは笑っていらっしゃいました。
で、今回は儀間さんのお写真を撮るのを忘れてしまいました。

儀間さんとお別れして「おきなわ堂」へ御挨拶に。
本日の商品展示状況。
null
あ、coccoの隣だ!

人類館のチラシを置いて頂きました。
null


それからちょっと頼みごとがあって琉球新報へ。
今日はいい天気でした。
null


12月23日火曜日: 再会と、そして初対面と

パレットくもじ一階のステラおばさんのクッキー屋さんの前で待ち合わせて…

お茶しました。
null

金城史彦くんと再会。
玉城郁恵さん、始めまして。
金城君と玉城さんも、今日初対面です。

“おきなわおーでぃおぶっく”のこととか、なんだか、こっちの話ばっかりして、なんで二人の話をじっくり聞かなかったんだって、高山正樹に叱られました。

とにもかくにも、第一歩を踏み出すことができましたね。これからもよろしくです。


ふたりと別れたあと、沖縄県立博物館・美術館へご挨拶。

館内入り口前の中庭に展示された、沖縄の古民家。
null

そして入り口。
null

入って正面奥にある売店。
“ミュージアムショップ ゆいむい”
null

展示品のように並べられた商品。さすがに博物館・美術館です。ドンキホーテとは違いますね。
null

ズーム……
null

ズーム!
null
来年からは、ここに「人類館」も並びます。


そのあと夜遅くまで、来年の沖縄公演のための踊りの稽古……

そして、「土」へ
null

2階のギャラリーへ上がる階段建設中。
斜めの線が嫌だというこだわりをわかってくれる大工さんがなかなかいなくて、やっと通じたのが宮大工さんだったとか。
宮大工さんて、沖縄の方なのかなあ?

その階段を背景にして
北海道から沖縄に移り住んで5年という今さんとお会いした記念に。
null
(ごうさん撮影)

ごうさん、「人類館」の宣伝、よろしくお願いしますね。ごうさんが気にしていたこと、新しい「人類館」が本当は乗り越えるべきこと、それについては、いずれ高山正樹が、「社長とは~」のブログに書くだろうと思います。
あれ、ごうさん「カクテル・パーティー」買ってくれるんじゃなかったっけ。ま、いっか……

というわけで、本日はこれまで。
(宇夫方路情報、高山正樹代筆)

金城君と初めて会った日のこと
ごうさんのお店「土」に初めて行った日のこと
ごうさんのコメントによると「カクテル・パーティー」を買ってくれるらしい?

null

池袋へ、芝居を観に行きました。
大島君と。

ミステリー……

宇夫方路は沖縄へ。
報告待ち。

12月21日日曜日: Mystery

mysteryというカテゴリーを追加しました。

みなさんに向けてというより、社員の覚書かな。蒔いた種に、水をやるのを忘れないために……
全ては相手のあること、忘れてしまっては大変失礼です。忙しかったからでは、決してお許しいただけませんから。

12月20日土曜日: 朋あり遠方より来たる

歌舞伎町の喧騒……
歌舞伎町の喧騒
ほんとうに不景気なのでしょうか。いや間違いなく不景気なのでしょう。それがまともに生きていれば感じるであろう実感です。だから、この光景を眺めていると、今の不景気は唯の不景気ではなく、日本の解体の前触れであるような気がします。

朋あり遠方より来たる……
朋とは、同じ目的を持って共に活動する同志のこと。ただの友ではありません。

金城君を、12年前、彼が住んでいた南灯寮のある喜多見に、連れてきてしまいました。

「沖縄の景気はどうですか」
「変わりません」
「そうか、もうこれ以上悪くなりようがないということか」
「内地に出稼ぎに行っている人たちが戻ってくるとどうなるか」
(日本など、解体してしまったほうがいいのかもしれないね。)

金城君がいた頃の南灯寮のはなしは、いずれ彼が朋となれば、たくさんご紹介することになるでしょう。今日のところは初対面の礼儀、ここまでにしておきます。というか、過去の思い出を語っているような余裕などない、そんな気もします。

La Portにて
null
La Portと南灯寮の寮生たちとのエピソードも、いずれご披露しましょうね。
ちなみに、手前の方は、MIRROR BALLのJINさんのご母堂であります。

また、楽しからずや。
未来に向けた、楽しきミステリー……


12月19日金曜日: 喜多見をぷらぷらと

ネタ集め(?)の散歩。

定食屋さん。「とよ川」。夜、飲むのもOKです。
null

古くからあるこの屋台、ご存知ですか?
null

シーサーズというお店です。
null

夕方、早稲田へ。
公開シンポ「なぜ今『人類館』なのか」に参加。
http://ameblo.jp/okinawaaudiobook/…

» 続きを読む

12月18日木曜日: 夜の“La Port”

今日はJIN DANCE FACTORYの琉球舞踊教室、今年最後の日。
というわけでお疲れさんの会を、酒菜にて。
前回の酒菜の記事
null
片野さん(左)と佐藤さん(ピース)、それに何故か楠氏もいます。
彼女たちの艶姿を見る。(リンク先の一番下の画像です。)
鹿のステーキを食べました。鹿って、最も臭みのない肉だと高山正樹は思っています。さすがにうまい。
話しは沖縄のヒージャー(やぎ)肉の臭さについてへと移りゆく。
フーチバー入れて臭みを消すというけれど、あれは歯が痛い時に脳天に釘打って、頭の激痛で歯の痛さを忘れさせるようなもんだとは高山の言。でも、片野さんは大好きなんだって。きっと片野さんは、子供のころから上等ヒージャー肉を召し上がっているのに違いない。
「そんなことないですよ、市場の冷凍もの」
ほんとかなあ…

来年、みんなで沖縄行きたいね。

さて、
「JIN DANCE FACTORY LIFE 5」のチラシは前にご紹介しましたが、その裏表紙には、こんなリストが印刷されていたのです。
null
当ブログでご紹介したお店もいくつか並んでいます。一番下にはM.A.P.
上から3番目は“DINER & BAR La Port”! そうです。昨日ご紹介したお店です。

そして、中のプログラムを開いてみると、打ち上げの時にご紹介した、今人気沸騰中のATSUSHI君が4番目に踊っていたり、11番目がコマレンジャー、その後が宇夫方路の琉球舞踊だったり、そしてです、17番目の「ソウルステップブラザーズ」という演目のダンサーの中に、“ムッシュ&マンマ”の文字が…

そうなんです。La Portのムッシュとマンマも、実は踊っていたんですねえ。

だからというわけではないのですが、琉球舞踊のお疲れさんの会をお開きにした後、夜のLa Portへ。

高山正樹はこのところ付き合いが重なって飲み過ぎ。会社の存亡を賭けて命かけて飲んでるんだと言いながらも、さすがに弱った胃腸を考慮して、カシスソーダなんかをマンマに注文したのです。
すると奥から出てきたムッシュ…

「なに飲んでるの?」
「カシスソーダ」
「軟弱なもの飲んでやがんなあ」
「てやんでえ、だからカクテルなんか頼みたくないんだ。人生見透かされるようで。でも優秀なバーテンなら、『カシスソーダに何か素敵な思い出でもおありになるんですか』ってな気の利いたトークをするもんだ。ちったあ勉強しろってんだ。」
「なーに言ってやんでえ、そんな思い出なんか、ねーくせに」
「あーあ、やっぱり見透かされてるわけね」
(事実の会話を元に、高山正樹自ら脚色してみました。)

というわけで、夜のムッシュ&マンマのご紹介!
いち…
いち

にの…
に

さん!
さん

「やってられるか。またくるぜい!」
「あした来やがれ!」



12月17日水曜日: La Port初登場

人類館の波音の追加録音を終えて、喜多見に戻った時はもうお昼過ぎ。

喜多見駅の改札を出て右(南)の方へ出ると、正面に見えるお店…
null
“La Port”です。
スパゲッティーでも食べようっと。
ランチはペペロンチーノ、カルボナーラといった定番の限定メニュー。
うん、おいしい。
「ごちそうさまでした」
イカ納豆スパとか、ハンバーグスパとか、そんな軟弱メニューを増やせば、ここでお昼を食べる頻度も増えそうですが、たぶんムッシュ、ベトベトした皿洗ったり、ひき肉こねたり、そんなめんどくせいことやってられるかと言いそうですな。でも、やるのはマンマだったりして?

では、そのムッシュとマンマのご紹介。(マンマは当然左側の方ですからね。)
null
“マッシュルーム”と“ご飯”じゃないよ。
そうだムッシュ、“マッシュルームスパゲッティー”に“洋風ネコマンマ”なんて新メニューはいかがですか?

近々、今度は夜におじゃましますね。

おまけ。
お昼、La Portの店内でナニゲに聞こえるテレビの音声。お昼の小堺一樹の番組、ゲストのほしのあきというタレントさんが持ってきたスウィーツのお土産、それは喜多見の駅のすぐそばのお店で買ったものだとか。
それでは、と、La Portを出て、そのお店に直行。
null
4個残っていたそのスウィーツを買い占めて、おやつに会社のみんなで食べました。
ごちそうさま。
あれ、小堺一樹の番組の題名って「ごちそうさま」だっけ、「いただきます」だっけ?え?違うの…
null
あん、写さないで…
スウィーツン…、ごきげんよーん…
あ、「ごきげんよう」だ。



早稲田大隈講堂で行われた、沖縄のアマチュア劇団“創造”による「人類館」の公演に行きました。
null

公演の詳しい情報などはOfficial Brogの方に掲載するとして…

私たちは、ふじたあさや先生と大隈講堂前で待ち合わせました。
というわけで話しは横道に。

先日、新宿の紀伊国屋劇場へ青年座のお芝居「MOTHER」を観に行ったときに見つけたチラシ…
null
どうも写真は以前のものの使いまわしのようで、そこにはいらっしゃらないのですが、よく読むと、戌井市郎だ瓜生正美だという、生きながら既に伝説になってしまっているような方々のお名前に混ざって、ふじたあさやの文字が、それも演出とか脚本ではなく役者で参加しているらしい。まあ、基本的に出たがりだということは薄々感づいてはいたのですが、まさか…

というわけで、この日、ご本人に直接お伺いしてみたのです。そうしたら…
「見たの、ちらし…」
あら、ほんとだったんだ…
「30年ぶりかな、みんな楽しんでやってるよ」
ですって。
「今日も稽古してきたんだ。流山児もここに来るかもしれない」

流山児とは、もちろん流山児祥氏のこと。ショッキングピンクのチラシのパラダイス一座の「続々オールド・パンチ」という、なんとも怪しげな芝居の演出を担当。役者を含めたメインのメンバーで一番若い61歳というのだからおぞましい(?)。

この寒空に御高齢のふじた先生を立ちんぼにさせておくなどできるわけありません。ふじた先生になりかわり、高山正樹が流山児さんをお待ちしました。(結局、本日はいらっしゃいませんでしたが。)
大盛況のうちに終演。
null

我々は、津嘉山正種さんたちと打ち上げへ。
null
知念正真さん、幸喜良秀さん、津嘉山正種さんのスリーショットです。

null
津嘉山さんはそっと若者たちに語り始められました。
やがて…
null

明日は、おきなわおーでぃおぶっくの「人類館」の波音の録音が、朝早くからあります。どんなに立派な志があったとしても、まずはいいものを作ること、それが大切なことなのだと、改めて自らに言い聞かせて、我々は帰途についたのでした。
表現とはいかにあるべきか、熱く語られる津嘉山さんの姿に後ろ髪ひかれながら。

null




おきなわおーでぃおぶっくCD、“カクテル・パーティー”及び“対馬丸から”を、amazonで販売開始しました。

さっそくサイドバーに貼り付けてみました。

こうしてみると、なんだかちょっと色合いが淋しいけど……、まあ控え目(?)な私たちには、ちょうどいいくらいでしょうか。
おまけ。夜、渋谷にて密談?
インターネット戦略について…
null
持つべきものは…

12月14日日曜日: JIN DANCE FACTORY LIFE 5 本番

null 11:00会場入り

JINさんです!
null null
かおるさんは昨晩24:00から3時間かけてJINさんの衣装を縫ったのです。
御苦労さま。

14:30から、リハ。
null
開場17:30 開演18:00

宇夫方路は佐藤美智子さんとを加那ヨー天川を踊りました。
null null
狛江近辺で大人気のコマレンジャーも御出演。記念撮影。
中に入っているのは…  企業秘密。
22:00から打ち上げ。
JINさんの3番目のお子様、HOTARUちゃんと、インストラクターのAtsushiくんです。
null
HOTARUちゃんも勿論踊りました。
実はAtsushiくん、沖縄の那覇出身。
ということで、「おきなわおーでぃおぶっく」の儀間進氏のうちなーぐちを、たくさんの人たちで読んじゃおうという新企画に、読み手として参加してくれることに? 
でも彼、あのAFROISMのメンバー、木曜日の深夜に放送されているダンス番組にもレギュラー出演していて、今、人気沸騰中なのです。これからどんどんと忙しくなりそう。
うーん、でも、なんとか時間作ってさ、沖縄にいらっしゃるAtsushiくんおばあちゃんを喜ばそうね!



カテゴリ: Topics
サイドバーにamazonのおまかせリンクは貼りついているのに、M.A.P.が企画し販売しているCDのリンクが貼ってないのはいかがなものか、という何とも当然のことに、今頃になって気が付くおそまつさ。
ということで、amazon販売中、produced by M.A.P.というリンクを作りました。

まずは「セロ弾きのゴーシュ」から。

今後、もっと増えるといいな。

13:45 保幸氏と連れ立って、東京世田谷の三軒茶屋にあるキャロットタワー26階展望ロビーに到着。
その一角にサテライトスタジオ「キャロット」はある。
デジタルカメラでカシャ!その画像は「おきなわおーでぃおぶっく」のブログに載せた。
http://ameblo.jp/okinawaaudiobook…

ブースの中では、(というか、この箱、上が開いているのである。つまり外の音が筒抜け。)神(じん)太郎さん、生放送中である。
神さんは、展望ロビーをうろついている僕を見つけて、窓の中で軽く会釈してくださった。初対面なのになあ、ははあ、たぶん事前にホームページなどを見てくださっているということですな。

音楽がかかっているスキを見はからってスタジオの扉をたたく。出ていらっしゃったのは美しい女性、まずは御挨拶。中には神さんとこの素敵な女性スタッフのお二人だけ。なんだかとても微笑ましい感じでうれしくなった。

14:00 改めてスタジオ入り。番組が始まるまでの30分間、別番組が放送されている間を使っての打合せ。というか、打ち合わせらしいことは、“セロ弾きのゴーシュ”のどこを流すのかと、“カクテルパーティー”も御紹介くださるということで、それのどの辺を聞いていただきましょうかという2点だけ。後は雑談。でもきっと、この雑談の中から、神さんは話すことを決めているのだろうなあ。

30分の間にも、神さん担当のスポットのおしゃべりが2回ほどあって、その時は僕らは黙って神さんの前に座っているのである。

14:30 いよいよ本番。FM世田谷“せたがやじーん”、世田谷で活動している人を紹介する番組。ほんとは事務所は狛江市なんだけど、最寄駅は喜多見なので問題ないとのこと。
特別に緊張することもなく、雑談の流れのまま突入。
いきなり神さん、「なんとご紹介したらいいのでしょうか」と来た。
考えてみれば当然そこからだよなあ、でも何にも考えずにやってきたので、さて弱った。なにしろ一番答えにくい質問なのだから。
「さて、何なんでしょうねえ…」
でも、きっとこの一言で、本日の高山正樹像が決定したのである。神太郎と高山正樹との暗黙の決まり事。「飄々として、何となくいい加減な感じの変なおっさん」、後はそれを演じ切ればいいのである。

「小金井芦州さんのお弟子さんだったそうで」
おっと、いきなり予想外の展開。30分の雑談では全く触れなかったこと。この神さん、ただものではない…

ウチナーグチの「わー」と「わー」のはなし。(これも打合せなし。というより、ほとんどが雑談では話題にしなかったことばかり。たぶん、これが神さんの作戦なのかもしれない。)
沖縄では、「わたし」は「わー」で「豚」も「わー」。でも微妙に違うらしい。沖縄出身の僕のかみさんにはその違いがわかるのだが、僕にはわからないというはなし。
「まあ、最近かみさん太ってきたので、わーが私でも豚でもおんなしようなものなんですけどね」
いい加減な男である。

15:00 あっという間の30分であった。
へえ、ラジオって、こういうものだったのか。神さんが投げてくる球をどう打ち返すのか、なかなか面白い経験をさせてもらったのである。

null
保幸氏曰く、「隣に座っていて冷や汗が出たよ」

15:10 携帯メールの着信音。
「聞いたよ、おもしろかったよ、わーより」


M.A.P.関係者、ラジオゲスト出演情報!

高山正樹 明日12月12日、FMせたがや14:30“せたがやじーん”
大島純 FM津山(収録は12月30日)
菅家ゆかり 来年1月12日・19日、ラジオ日本21:00“鰐淵洋子の一期一会”

ちなみに、ラジオ日本“鰐淵洋子の一期一会”のプロジューサーは、高山・菅家の高校の同級生、平石ひとみさんです。
高山君にも、よろしくと言われた、というメールが菅家さんから届きました。

「じゃあ、俺も出演させろ」と、高山正樹は言ってます。

最近、言うことが危なっかしくなってきたようで…
津嘉山さんの影響でしょうか。いえいえ津嘉山さんが危なっかしいことをおっしゃる方だということではなくて、表現者たるものどうあるべきか、というお話。
明日、生放送で変なこと言わないかなあ……
(誰が書いてるの、この文章…)


12月10日水曜日: かりゆしで手話ダンス

山猫合奏団の沖縄公演のために、今年一年いろいろと努力してきました。しかし、どちらも興味を示してはくださるのですが、旅費という大きな壁があって、そしてやはりとてつもない不景気のため、もうちょっとのところで、なかなか実現できずにいます。その「もうちょっと」をクリアするためには何が必要なのでしょうか。

「沖縄に関係した何かがあればいいのですが」
いつも聞かれるお言葉です。つまり集客の問題のようです。
「山猫合奏団」を認知していただくために、「おきなわおーでぃおぶっく」と「山猫合奏団」がコラボするような企画も考えてみたいなと思っている今日この頃なのです。

というようなこともあって…

宇夫方路は埼玉県の川口で琉球舞踊のカルチャーをやっていたことがあるのですが、そこの生徒さんだった真栄城麻利子さんに、新宿の「かりゆし」でお会いしました。

前回のかりゆしの記事

かりゆし御馴染みの民謡ライブ。宇夫方路は、この日もママとあやちゃんに呼ばれて、のこのこと舞台へ。
null

今日は踊りではなく太鼓。しかしまだまだ人様の前でご披露できるようなものではありませんね。修行しなくちゃね。

話が逸れてしまいました。

本題です。
真栄城麻利子さんは手話ダンスをたくさんの生徒さんに教えていらっしゃいます。手話ダンスの公演も、何度も企画しておやりになっています。その集客力は大変なものなのです。沖縄でも同様です。
手話琉球舞踊も模索中で、それで今回お会いしたのですが、“セロ弾きのゴーシュ”に手話ダンスをつけてみるのもおもしろいかもしれない、そんな話にもなりました。それが出来れば沖縄公演実現の可能性もぐっと高まります。

手話にも方言があります。ウチナーグチの手話って、興味あるなあ。

まだまだミステリーの段階ですが、思いつきは大切です。

おまけ。
舞台であやちゃんが「なだそうそう」を歌い始めると、真栄城麻利子さんは手話ダンスを始められました。

null

一緒にお仕事できれば楽しそうな、おもしろいおばちゃまでした。
(真栄城麻利子さんのご実家は沖縄の浦添です。)

他のお客さんは、私たちのことを、いったいどういう連中なんだと、訝しげにチラ見していらっしゃいました。
あ、「チラ見」と「ちゅら海」って、ちょっと似てますねえ。


12月 9日火曜日: 子ども劇場の試演会

子ども劇場という組織が、全国各地にあります。M.A.P.は首都圏限定で山猫合奏団のコンサートを売り込んでみたのですが、どうやらどの劇場さんも、取り上げてはくださらなかったようです。
他の劇団さんたちは、りっぱなDVDなどを作成して配ったり、交流会に出て親交を深めたりしていらっしゃるようですが、我々は特にそういうことは何もしませんでした。これからもするつもりはありません。

もちろんセロ弾きのゴーシュのCDはあるのですが、大切な商品、お金を出して買ってくださった方々のことを考えれば、配るなんて絶対にできません。子ども劇場の方々にも、できれば買っていただいて、聞いていただいて、そして判断していただきたかったのですが…。

でも今月の初め、来年の2月に、試演会に参加しませんかというお誘いがありました。

川越とか、桶川とか、公演やっていたのにね。それを観にきてくださればよかったのに。そこで、楽しんでくださればよかったのに。

子ども劇場関係者の皆様へ。この記事をお読みになっても、決してお怒りにならないでくださいね。ほんとうにいいものをお見せしたいから、毅然としていたいのです。それが、大切な何かを守ることだとも思っているのです。
(文責・高山正樹)

選んでくれなかったからって、何を開き直っているんですか? いけません。まずはやってみましょうよ。ほんとうにたくさんの方に、観て、そして聞いて頂きたいのなら。

(でも、ピアノの調律くらいはねえ…)

12月 8日月曜日: だってなんだもん!

朝、太鼓のお稽古。だって来年優秀賞取るんだもん。

昼から踊りのお稽古。だって来年2月21日に沖縄で行われる最高賞以上の受賞者しか出られない舞台で踊らして貰うんだもん。

夕方4:30、沖縄テレビの部長、船越義輔さんに御挨拶。だって、「おきなわおーでぃおぶっく」を宣伝して貰いたいんだもん。
(実は、船越義輔さんは小説家船越義彰氏のご子息でいらっしゃいます。対馬丸を大城立裕先生と共に書かれた方なのです。義輔さんは大城先生のことを、僕の父親のような人だとおっしゃっていました。そして奇遇にも、義輔さんは東京の喜多見に住んでいらっしゃったことがあるのでした!)



そのあと5:30、NHK沖縄にも御挨拶。放送部長さんに会ってきました。NHKは宣伝なんかしてくれないけれど、だって大城立裕先生のご紹介なんだもん。

そして東京への帰途についたのでした。




何しろここは宜野湾市。いくら眠くてもひとりじゃ帰れない。というわけではないけれど、知名先生に行こうと誘われれば、どこまでだってついていきますとも。

というわけで、普天間にある“民謡スナックでいご”へ
波田間武雄さんのお店です。

波田間さんと知名先生のデュエット。
null
波田間さんは沖縄で大人気のフェーレーという民謡グループの一員。
知名定夫がプロデュースし、憂歌団の内田勘太郎氏などがゲスト出演しているCDを発売中。



知名先生、ねむたそうな宇夫方路の顔を見て、
「みっちゃん、つまんなかった? ごめんね」
いえいえなんの、宇夫方路は、確かに目を開けて聞いていましたよ、先生。
頭の中はちょっと、ぐじゅぐじゅだったけど。


おきなわ堂の店長さんが、観に来てくださって、差し入れもしてくださいました。
null
あれ、おきなわ堂で売ってる商品とおんなじだ…。ありがとうございました。

コンクールの授賞式に出席していた人も合流して、チャリティー公演の打ち上げを兼ねての忘年会。
知名文子先生を囲んで記念撮影。
null
お花を持っているのは今回コンクールで受賞した方です。

隣の部屋では、幸(みゆき)太鼓の会の面々が、やっぱりコンクール受賞のお祝いをしていました。会長の伊良波幸善先生は知名先生のお知り合い、ということでここでも記念撮影しました。
null
伊良波先生は野村流音楽協会や沖縄伝統太鼓協会などの相談役もなさっていらっしゃいます。
「僕はイロハです。」
「え?」という顔をしていたら
「内地の人は、そう言うと名前を憶えてくれるんです」
ですって。

ともかく、沖縄には芸能者がたくさんいらっしゃるのです。
M.A.P.の事業とは直接関係ないようですが、沖縄ではこういう繋がりがとても大切なのです。

毎晩はちょっと大変ですけどね。

ところが、これで終わらないのが沖縄なのです。

今日は那覇マラソンでした。
モノレールの壷川駅から見た光景です。
null
あちこちからゼッケンをつけた人たちが続々と集まってきて、奥武山公園のスタート地点に向かっていました。

というのを横目にしながら、宇夫方路は宜野湾市民会館へと向うのでした。
歳末たすけあいチャリティー公演「芸能の夕べ」。琉球舞踊、民謡、日本舞踊などいろいろな団体が出演。
宇夫方路は、この昼の部で「乾流太鼓段の会」のメンバーとして出演し、太鼓を叩きました。この日は琉球新報主催琉球古典芸能コンクールの授賞式と重なり、各先生方はほとんど出演できないので、東京の宇夫方路にまで声が掛ったということです。

null

以前御紹介したもんじゃメンバー
と再会、一緒に舞台に立ちました。左が江端妙子さん、右が笠原真理子さん。笠原さんは宇夫方より後に太鼓を始めたのですが、宇夫方が忙しくて休んでいるうちに最高賞まで取ってしまいました。うーん、なんとか追いつかなくっちゃね。

(江端妙子さんはM.A.P.の地図のお仕事のお手伝いをしてくださったこともあります。今はおまわりさんになられた息子さんの隆くんもM.A.P.で働いていたんですよ。)

和光小学校の修学旅行に同行し、宮城巳知子さんのお話を伺った時にお会いした“プリティちえちゃん”に再会しました。
といっても、本ブログでは初登場。
まずは和光小修学旅行の時に識名園の前で撮影した画像で、プリティちえちゃんのご紹介です。
識名園の前でプリティちえちゃんと
(10月28日撮影)
その日の記事
その日のOffcial_Blog(別窓で開くならシフトを押しながらクリック)

ところで、今回、宇夫方路の訪沖の最大の目的は芸能チャリティ公演に出演して太鼓を叩くこと。(それについては明日報告します!)その稽古をして、そのあと太鼓の知名先生と、嘉陽田早苗さん(知名先生の門下生)のお店「美風歌(びふうか)」にやってきました。
美風歌看板

で、プリティちえちゃんは南風原高校の英語の先生。(なんでプリティなのかは、まだ本人に聞いてません。)
この日は新報ホールで英語の大会があったそうで、プリティちえちゃんはその司会を担当、それが終わってから美風歌に駆けつけてくださいました。
時間も遅かったので、早々に切り上げようと思ったのですが、ここは沖縄、プリティちえちゃんが那覇西高校にいたときのPTA会長さんの源河さんご夫婦がお店にやって来られて、ご一緒することに。
美風歌にて

源河さんのご主人は安冨祖流の三線をやられていて、奥様は琉球舞踊敏風会の教師。さすが芸能の島、いたるところに芸能人がいらっしゃるのです。

で、宇夫方路が所属する喜納の会の会主である伊波正江先生のそのまた先生、つまり大先生は亡くなられた喜納初子先生なのですが、その初子先生と、源河さんの奥様が所属する敏風会の会主、宮里敏子先生とは、かつて名コンビと言われていたのです。

で、美風歌のオーナー嘉陽田早苗さんは、源河さんの奥様と幼なじみ。
で、なんだかんだ色々なつながりがあって、すっかり盛り上がってしまったのです。

みなさん、ここまでのややこしい話に、ちゃんと付いてこれましたか?
で、です。一番重要な話はここからです。

プリティちえちゃんのお母様はずいせん学徒隊の生き残り、つまり宮城巳知子さんの同窓生でいらっしゃいます。しかし、プリティちえちゃんのお母様は巳知子さんのように当時のことを人前でお話になることはありません。でもプリティちえちゃんは、お母様たちの経験を、なんとか語り継いでいきたいと考えている、そこで御高齢の宮城巳知子さんの後を継いで、巳知子さんの体験を題材に、語り部となるべく勉強をしていらっしゃるのです。

で、です。「おきなわおーでぃおぶっく」では、宮城巳知子さんの書かれた「ずいせん学徒の沖縄戦」を、プリティちえちゃんに読んでもらおうと、白羽の矢を立てたのです。
そして今日、それを快諾していただいたと、こういうわけなのです。

で、最後になりましたが、プリティちえちゃんの本名は宮城千恵さんです。なんでここまで本名を伏せて“プリティちえちゃん”で押し通したのかというと、ただでさえややこしい話なのに、宮城さんがたくさん出てきたらますますワケがわからなくなりそうだったからです。

あー説明、疲れました。明日、ちゃんと太鼓叩けるかしら。
(宇夫方路電話談、東京にて高山が代筆。疲れた…)

Official_Blogには、もう少し話が進んでから、ちょいと整理して記事を書きましょうね!


今日のおきなわ堂。
“カクテルパーティー”と“対馬丸”販売継続中
null
前回(10月27日)に比べて、ちょっと減った(売れた?)のかなあ?

先月、大城立裕先生が立ち寄られて、色紙を書いてくださったのだそうです。

10月28日に大城立裕先生のお宅にお邪魔した時、散歩がてらおきなわ堂まで出向いてみようか、とおっしゃっていました。色紙に11月4日とあるから、それからわりとすぐにいらっしゃったのですね。大城先生は、いつもやることが早いのです。メールだってすぐにお返事が来るし。まるで女子高生みたい。失礼。

それにしても歩いてこられたのかなあ。同じ首里とはいえ、ずいぶん遠いけど。
沖縄の人は基本的に歩かないですからね。でも大城先生は健康のために毎日歩いていらっしゃるらしい。それがお元気の秘訣なんですね。
長寿の島といっても、ただ住んでいるだけで長生きできるってもんじゃありません。現在のアメリカナイズされた沖縄には、ジャンクフードなど、短命の原因になるような誘惑がたくさんあるんですから。

そして本日の本題。今日は卸部の部長さん(左)とお会いしました。


いよいよおきなわ堂に関するひとつのミステリーの謎が明らかになる日も近い?

でも、今日はもったいぶってヒントだけご披露。
null
来年に続く。

» 続きを読む

三笑亭夢丸さんとコラボするユニットの名前が「東京奏楽舎」に決定しました。

江戸後期から明治初期、落語が普及し、そしてクラシック音楽が日本に入ってくる時期を意識した命名です。つまり「東京奏楽舎」の「東京」は今の東京ではなく、東京府をイメージしています。
また、メンバーも活動も、今ある形を固定したものとは考えていません。「東京奏楽舎」という入れ物に、何を注入できるのか、様々な可能性を模索していくつもりです。

なお、コンサート名称は「新江戸噺、三笑亭夢丸with東京奏楽舎」の予定です。

null
みなさん、終電近い時間まで、お疲れ様でした。
なお、夢丸vs奏楽舎というカテゴリーを作りました。

宇夫方路は、明日朝早く沖縄へ出発します。新しい可能性を求めて。



12月 4日木曜日: 門前仲町方面のこと

地図関連業務の取引会社に出向きました。
そういえばわりと近くに門仲天井ホールがあります。
そういえば、門仲天井ホールから、来年1月までの催し物のチラシが束で送られてきました。
そういえば、門天の黒崎さんに、宣伝しますねと言っておきながら、まだご紹介できずにいます。

というわけでとりあえずホームページのご紹介でお茶を濁します。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~monten/

そういえば、先日ご紹介しましたが、来年の4月11日に、門仲天井ホールで三笑亭夢丸さんの公演を行うわけです。ということならば、地図関連業務の取引会社で、皆さんにお知らせでもしておけば、何人かは観に来てくれるかな、なにしろ手打ち公演だものなあ、なんて思ったのですが、なんとも気分が乗らずに宣伝するのはやめました。それどころじゃないって感じです。営業マンとしては失格ですね。でもねえ…
不景気って、やなもんですね。

そう考えると、沖縄の「かんからさんしん」って、やっぱりすごいなあと思います。
みなさん、「かんからさんしん」、ご存知ですか?

筑紫哲也氏が「広告批評」2008年8月号に寄せた文章から…

「凄惨な沖縄戦が終って収容された住民たちが先ず始めたのが、米軍支給の缶詰やパラシュートのひもを用いての『カンカラ三線』だった」
(「私が沖縄にこだわりつづけるワケ」)
謹んで筑紫哲也氏のご冥福をお祈りします。


null
青年座制作の紫雲さんと、最終打合せ。

午後1:00。津嘉山正種さん登場。
部屋に掛けられた時計をチラッと見て、それから紫雲さんに向かって…
「その時計、進んでないか?」
確かに、部屋の時計は1:05を指している。
「丁度の時間に来たつもりなのだがねえ。今まで喫茶店で時間を調整していたんだから。」
「ええ、遅れられたなんて、思っておりません」
「時計、直しなさいよ…」
「はい。そうですね。後で合わせておきます。」
「後でか…」
「何か訳があって、わざと進めてあるのかもしれませんし…」
「なんで」
「いや、よくわかりませんが…」
「…なるほどな」

大御所俳優と制作さんとの、ちょっと不思議な「間」のある、芝居みたいな会話。

そういえば、大城立裕さんも、儀間進さんも、約束の時間に遅れて来られたことは一度もありません。沖縄タイムなどというけれど、なんだかもっと奥深い何かがあるような気もするのです。

タクシーを連ねて、録音スタジオへ。
録音前、高山正樹が朗読した「カクテルパーティー」と、「セロ弾きのゴーシュ」のCDを、お約束どおり、津嘉山さんにお渡ししました。
「最初に受け取っておきましょう。忘れるといけないから」

さて、録音のことは、Officialなブログに任せるとして…

録音が終わり、前回津嘉山さんとお会いした時にも御一緒させていただいたお店「かちかちむら」へ。
null

津嘉山さんの熱い思いを、たくさん伺いました。
「誰が何と言おうと、これでいくのだというオーラを、どうか高山さん、持ってください」

津嘉山さん。今度こそ、沖縄のガマで録音しましょう。それができる「力」と「オーラ」を手に入れられるように、僕も努力します。(高山)

最後に記念撮影です。
null
後列左のジャージ姿の方は、人類館の演出を担当された菊地一浩氏。右が紫雲さんです。(高山はいったい何に驚いて目ん玉ひん剥いいてるんだろうか)


12月 1日月曜日: 12月ですね

喜多見駅前に飾られたクリスマスツリー

喜多見駅前に飾られたクリスマスツリー

このとてつもない寒空に、サンタはいったい何をプレゼントしてくれるのでしょうか。

いろいろなことが「間もなく」です。


高山正樹 Masaki Takayama
人気ブログランキングへ