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西岡美幸さんの制作中だったシーサーが完成しました。
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まだ試作品とのことですが、いえいえどうしてこのままで結構です。M.A.P.だけのために作ってくださった、新しいデザインのシーサー。

2種類のシーサーを作ってくださいました。
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左は、壷屋の伝統的なうわぐすりを使って伝統的な配色を施しました。右は、一部分に新しいうわぐすりを使って新しい色を付け加えてみました。
この画像ではちょっとわかりにくいのですが、右のシーサーの頭に乗った青い鳥と、膝のところの緑の四つ葉のクローバーがそれです。
どちらも幸せを呼ぶアイテム。
「どちらのシーサーがいいかしら」と西岡さん。
どちらもOKということでいかがでしょう。むしろ二つあって、古き伝統と新しい試みを比べることができるのですから。

ところで…。
内地の人は、シーサーって狛犬と同じで二匹で対になっているものと思い込んでいる方も多いようです。確かに首里城をはじめ、琉球の宮殿や陵墓にあるシーサーの多くは“対”になっていますから、その印象が強いのかもしれません。

でも、例えば沖縄の民家の屋根の上にいるシーサーや、路傍に置かれたシーサーには単体のものがたくさんあります。この違いは何なのでしょうか。

もともとシーサーは、中国の魔除けの獅子がその直接の起源だと言われています。中国の獅子にも、単体と対の両方のスタイルがあります。だから、沖縄のシーサーに両方の形体があって何の不思議もありません。その意味では、同じルーツを持つ内地の狛犬に、対の形体しか存在しないことのほうが、むしろ不思議と言えるのかもしれませんね。

ただ、ちょっとした印象なのですが、なぜか「権威」の近くには対のシーサーがいて、庶民の身近には単体のシーサーがいるような気がする、皆さんはいかがでしょう。例えば、仏像とお地蔵さんの違いのような……。
(金城君の見解は、シーサーは風水(フンシー)の思想が影響しているので、権威とは直接結びつけにくいというけれど。このことは宿題にさせてください。いろいろと調べてみたいと思います。)

ともかく、西岡さんのシーサーは単体がよく似合うのだ、これって私たちの勝手な思い込みでしょうか。

それからもうひとつ…。
対のシーサーは、一方が口を開け、もう一方が口を閉ざしている、いわゆる「あうん」だと思いこんでいる方もいらっしゃるようです。実はそれも間違いかも。例えば首里城の対のシーサーも「あうん」ではありません。どちらの口も半開き。近頃の沖縄のシーサーが「あうん」なのは、大和の影響らしいのです。

それよりもなによりも、ただ「あうん」のコンビを作るためだけに片方のシーサーの口を閉ざして、その結果西岡さんのシーサーから素敵な笑顔が消えてしまうのだとしたら、それは絶対に困ります。

というわけで、西岡さんのシーサーは単体でのご提供。
これで今回の沖縄報告は終了。いったん東京へ戻ります。
(文責:高山正樹、宇夫方路の報告を基にして大幅に加筆訂正しました。)

※なお、本記事をお読みの方は、是非ともコメントも合わせてお読みくださいますようお願い申し上げます。

旅の最初の記事(第1報)から読む

5月11日月曜日: 世界配信をチェック

結局、朝は桜新町で。
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手前にあるのはパンではありません。
正体は漬物石。

ごちそうさん。
じゃ、また…

で、昨日の世界配信をチェック。

やはり…
http://www.bcphotoshare.com/photos…A
http://www.bcphotoshare.com/photos…B
A pig on floor?
誰がpigじゃい。
それに、on floorじゃないんだな。
on “tukemonoisi”なのだ。
肩の懲りがひどくてね。グリグリもんでいたわけよ。
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ところで、喜多見にこんなお店が。
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一週間限定の移動店舗です。
我々M.A.P.の市場は、ともかく1年、いよいよです。

高山正樹 Masaki Takayama
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