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ウチナーグチの音韻を体系的に説明しようと、ちょいと言語学の勉強を始めました。
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ところが、言語学の世界は何と深いことか、様々な企画を抱え、雑用もたくさんあるというのに、このままでは、生きているうちにウチナーグチの音韻に関するレポートを提出することなど、とてもできそうにありません。
でも、それでは困るので、若干正確さに不安もあるのですが、そこらあたりはどうか大目に見ていただくとして、ここらで「えいやっ!」と、これまでの研究成果の報告を始めてしまいたいと思います。
なお、もし間違いや別見解などが見つかれば、追ってコメントなどで修正なり補足なりを、きちんとして参ります。

まずは音韻について。
少しばかり理屈っぽいはなしになりますが、どうかしばらくのご辛抱を。

さて、「音韻」という概念を、言語学的に、狭義に定義して考えてみたいと思います。
言語の音を考える際、その物理的特性を研究するか、あるいは機能的(心理的)特性を研究するかによって、学問が違います。前者を扱うのは「音声学」で、後者を扱うのが「音韻論」なのです。
どういうことかというと、例えば鼻濁音を例にとってお話しましょう。
「が行」の鼻にかかる音、「ンが」とか「ンぎ」とかいう音が鼻濁音です。こうした音そのものを研究するのが音声楽です。
ちなみに、昔は、鼻濁音ができないとアナウンサーにはなれませんでした。
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でも今の事情は違います。
サザンオールスターズがデビューしてもう30年くらい、桑田圭祐の辞書には、鼻濁音は存在していないようです。
だからといって、今の若者が鼻濁音を全く使っていないのかといえば、そうでもありません。地域にもよりますが、鼻濁音を使っている若者はいくらでもいます。
ただ、鼻濁音であろうがなかろうが、そんなことはどうでもいいと感じる人が多数派になってきたということなのでしょう。

つまり、日本語には鼻濁音と鼻濁音ではない二種類の「音声」が存在するのですが、そこに意味の区別がないのならば、狭義の音韻としての区別はないということになります。「異音だが同じ音素である」なんていう言い方をすると言語学っぽいですね。
今の若いアナウンサーの中には、鼻濁音のできない人が出てきています。そしてそれを放送局も特に問題としなくなってきました。20年前には考えられなかったことです。
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「音韻」「音素」として区別のない「物理的な音声のみの差異」は、長い時間の中で、やがて消えていく運命、鼻濁音がなくなるのもそう遠くはないようです。(厳密にいえば鼻濁音がなくなるのではなく、鼻濁音かどうかの区別がなくなるということで、実際の音声がどうなるのかは分かりません。)

こうした言葉の変化を、人はどう受け止めるのでしょうか。豊かさが失われてゆくと悲しむのか、あるいは機能的な進歩だと考えるのか……
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※鼻濁音についての補足。
東北地方で、例えば「刷毛(はけ)」を「はげ」と言う場合があります。この場合の「げ」は鼻濁音ではありません。しかし元々「はげ」である「禿げ」の「げ」は、はっきりと鼻濁音で発音します。そのように言い分けなければ、「刷毛」と「禿げ」の区別ができないのです。また、「柿(かぎ)」の「ぎ」は鼻濁音を使わず、「鍵」の「ぎ」は鼻濁音で言う、これも同じで、こうした事例はいくらでもあります。
鼻濁音とは違うのですが、やはり東北の言葉で、例えば「旗(はた)」を「はだ」と発音するようなことがあります。ではこの場合、もともと「はだ」である「肌」と、どのように区別されるのでしょうか。それは、「肌」の「は」と「だ」の間に、「わたり」という鼻音「ん」が入って「はンだ」と発音されることによって区別されるのです。これって、なんとも東北弁ぽい発音ですよねえ。
さらに、あっちこっちとインターネットを調べたのですが、東北地方で家の周りに暴風のために植える屋敷林を「えぐね」というそうですが、この場合の「ぐ」は鼻濁音で、鼻濁音を使わずに「えぐね」というと「良くない」という意味になってしまうという話も見つけました。
つまり、東北の言葉においては、鼻濁音は意味を区別するために必要な音韻・音素であり、従ってそう簡単に消えてなくなることにはならないのです。「刷毛」を「はげ」と言う事がなくなり、「えぐい」という言葉が死語になれば、話は別ですが。


ともかく私たちは、ウチナーグチの「音韻」を考えることによって、沖縄の文化に出会うことができるのではないか、そしてそれを鏡として、自らの中にある日本を検証することもできるのではないかと期待しているのです。

さて、いよいよウチナーグチの音韻を考えていきたいのですが、その前に、いわゆる「標準語」の音韻体系をまずご覧ください。
東北地方の言葉に敬意を表して(決してアナウンサー養成講座の御年配先生にではなく)、ここに鼻濁音を入れるべきではないかと迷いましたが、どのみちウチナーグチに鼻濁音はないので、ここでは省くことにしました。
(※また、厳密な言語学を語るつもりもないので、「っ」と「ー」も除きました。)

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それでは本題へ、といきたいところですが、今日は時間切れ。
次回、母音と子音の話から始めたいと思います。

 ⇒沖縄語の音韻講座、プロローグ(2)へ

7月31日金曜日: 島バナナをつまみ食い

今日の島バナナ。
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もうだいぶ熟れてきていて、ちょっと持ち上げたらヘタがいくつか折れたので、思い切って全部ヘタから外してバラバラにしました。
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だいぶ柔らかい。茶色くなってから食べるのがいいと思っていたけれど、もういいんじゃないかな。
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というわけで一本、味(あじ)してみました。(というふうに、沖縄の人は言います。)
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まだ少し酸味があるけれど、ばっちり食べ頃です。むしろとろとろに甘くなるより、こっちの方が好き。国際通りで買ったのより、ずっとおいしいみたいです。
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あたしにも頂戴よ、と宇夫方女史。

これから毎日、一本ずつ食べて、その変化を楽しもうかな。
西岡さんに大感謝、ほんとにありがとうございました。



7月30日木曜日: いろんなこと

お友達が来た。
7月17日以来。
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島バナナがだんだん…
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本日のゴーヤーは特に変化なし。ゴーヤーと言えば「沖縄ゴーヤーレシピ」と新・100店シリーズ「BAR100」をBOOKS GOROに納入。
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間もなくBOOKS GOROの店頭に並びます。
もちろん楽天市場沖縄mapでも販売中!
「沖縄ゴーヤーレシピ」
「BAR100」

酒菜。
おひたし頼んだらゴーヤーのお浸しにしてくれた。
ゴーヤーのワタの天ぷらの話をしたらサッと揚げてくれた。
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サービスで人参を入れてくれたので、綿の味がいまいち分からなかった。要するにあんまり味がしないということですね。

奄美の黒糖焼酎“浜千鳥”をちょいと飲んでみた。
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喜多見駅前にある居酒屋“串かん”
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いつかご紹介をと思っているのだけれど、なかなか機会がない。極々普通の居酒屋。でもそれでいい。それがいい。焼き鳥(豚)は勿論、居酒屋の定番メニューは殆どある。その品数は、たぶん喜多見でトップクラス。特に何がどうだというわけではないが、それでいい。それがいい。

既に酒菜で満腹なので串かんは無理。ならば帰ればいいのに、ネオンに誘われて隣のとなりの“ラ・ポール”で、角の水割を一杯だけ。
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それでようやくおやすみなさい…


7月29日水曜日: ホントにタダのブログ

この先、どうするんだ?
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島バナナ。おいしそうに見えるが、食べ頃は茶色。
しあさってのゴーヤーへ

要するに過去の記事を差し込んだということ…
中真光石の試合のこと(7/23)

久しぶりに、喜多見駅前の“ラ・ポール”でランチ。
そしたらメニューにタコライスがありました。
スープとサラダとデザートがついて800円。
スパゲッティーを食べるつもりだったのだけれど、タコライスはたまにしかやらないというので、タコライスを注文。

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今度、いつ食べられるかは不明です。
(う)


7月27日月曜日: 突然黄色くなった!

ゴーヤーが伸びてきた。
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明後日のゴーヤーへ

島バナナが突然黄色くなった。
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ものすごく旨そうに見えるけど、まだまだ早い…
我慢。

要するに、今日も一日過去の記事の処理でした…
差し込んだ記事だいだい第29弾ぐらいかな…
「森の和」スペシャル登場(7/21)
石鹸と日食と結婚と(7/22)
スペインからの手紙(7/22)
嘉例山房の“ぶくぶく茶”(7/22)
神田古書店街(7/25)
肩書きを捨てられますか(7/25)


このシールがさ、
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ほら、やっぱりベタつくんだよな
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昨日、約束どおり、ちゃんと社長に言ってきたよ。
http://lince.jp/hito/katagaki…

彼女は疑っているのか。
仕方ない。ほれ、と画像を見せてやった。
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「あ、すごい!」

だからさ、もしかすると、バイトの女の子の意見で、セブンイレブンのお弁当のパッケージが変わるかもしれない。おもしろいじゃないか。
社長がね、君と、社長の顔を並べてブログにのっけてもいいってさ。

「ほんとですかー!」

ほんと。

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Eちゃん、満点の笑顔だよ!

フルネームをわざわざメモまでして教えてくれたけど、おじさん心配だから、それは載せないでおこう。

それからさ、今度社長に会ったら言っとくよ。
君は孤独じゃないぜ、たくさんの人に支えられているよ、ってさ。

喜多見のセブンイレブンにて


7月26日日曜日: ゴーヤー君、ふにゃ

暑さの所為か…
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ふにゃ
明日のゴーヤーへ

島バナナは…
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特に変わりなし

今日もまた、過去記事差し込み情報のみ。
差し込んだのは…
房指輪の比較とCocco(7/21)
大城立裕新作組踊「さかさま執心鐘入」(7/21)
西原町のさがり花(7/21)

7月26日日曜日: 喜多見商店街夏祭速報

喜多見商店街の夏祭りは25日と26日、昨日今日の2日間。
今年は狛江のお祭りと日にちが違うので、なかなか盛況、という昨日情報あり。

ただ今26日のお昼の12時。
喜多見駅前にて福引中。
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盆踊りは6時くらいからです。
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7月25日土曜日: コンクールと夕顔

今まで、琉球舞踊のコンクールの話題は折々に触れてきました。
去年の8月には、コンクール真っ最中の楽屋の記事をアップしました。
http://lince.jp/hito/kanpoo…

ここでちょっと、沖縄の芸能コンクールおよび琉球舞踊界のお話をしたいと思います。

沖縄には、大きなコンクールがふたつあり、それぞれ「沖縄タイムス」と「琉球新報」という新聞社が主宰しています。
「沖縄タイムス」は「沖縄タイムス芸術選賞」(1966年創設)の「伝統芸能部門」の中で、新人芸能家の登竜門としてコンクールを行っていて、琉球古典舞踊をはじめ6部門があり、「新人」「優秀」「最高」「グランプリ」の四つのクラスがあります。
一方、「琉球新報」が主宰するのは「琉球古典芸能コンクール」、今年で44回目を迎えます。部門は「舞踊」「三線」「箏」「太鼓」「笛」「胡弓」の6部門、そしてクラスは「新人」「優秀」「最高」の三段階です。

沖縄の古典芸能にはたくさんの流派があります。琉球舞踊に限っていうと、その流派(会派)は50ほどあり、その殆どが、「沖縄芸能協会」か「沖縄芸能連盟」のどちらかに参加していて、「協会」がタイムス、「連盟」が新報の系列で、琉球舞踊をやっている人は、自分が参加する研究所の流派が、どちら系列であるかによって出るコンクールが決まっているのです。
(ちなみに1989年の沖縄開発庁の調べでは、研究所は300ほどで、5,000人くらいの人がやっているとか。研究所の数はわかりませんが、実際の踊りの人口は、この統計よりもずっと多い感じがするのですがどうでしょう。)

私、宇夫方路が所属する「関りえ子琉球舞踊研究所」の流派は「玉城流喜納の会」で、連盟・新報系。ですから今までM.A.P.after5で話題にしてきたコンクールは、琉球新報の主催する「琉球古典芸能コンクール」のことでした。

日舞の名取制度との違いは、下記記事をお読みください。
http://lince.jp/hito/shoutikubai…

さて、今年度の琉球古典芸能コンクールが、いよいよ来月の1日から23日にかけて、琉球新報ホールで行われるわけですが、「関りえ子琉球舞踊研究所」は神奈川県の川崎にあり、そこからも今年5名がコンクールに参加します。今は詰めの稽古の真っ最中、ということで今日は稽古場へ先生の助手としてお手伝いに行きました。

今年優秀賞に挑戦するユウコさんが料理して持ってきてくださった夕顔をみんなで頂きました。
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冬瓜は「ふにゅー」ってなるけど夕顔は「ツルーン」っていう感じ。分かりにくい?

『沖縄大百科事典』より。
ユウガオ:(沖)ツフル、ツブル、(宮)ツグイ、ツブリ、(八)チィブリィ
戦前はニガウリ、ヘチマ同様さかんに栽培されていたが近年急激に少なくなり、宮古、八重山の一部に残っている。沖縄ではトウガンと同様、煮物、炒め物として食用に用いるが、本土ではカンピョウの原料として栽培されたり、スイカの台木としてさかんに利用されている。


夕顔の花言葉は「はかない恋」…
コンクール前の稽古には、ちょっと不向き?


銀座。
高校の時の硬式テニス部の同窓会というのが本日の名目。

僕は初参加、そのきっかけは六本木でした、なんていうほど大そうな話しではないのですが。
でも、今日の夜のことを、ブログのネタにしようとする僕のイヤラシイ魂胆の弁解は、六本木のその日の記事にも書いてあります。
http://lince.jp/hito/kito…

どうか“OLD FRIENDS”を聞きながらお読みください…

ひとり、ふたり…
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なかなかお名前まで公開することは憚られ
失礼とは思いながら、背番号など、1・2…

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3・4…などと。

しかし、小生の企みを聞いて、ブログに載せることを気持ちよく了解してくれた旧友たち、なんともあり難くて涙が出るのです。決して大袈裟ではありません。そのくらい、逼迫している。
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上段より左から5・2、下段左から6・○・・8。
○は飛ばして、うまいこと今日の主役をラッキー7にしてみました。

(もしかすると、了解を得ていない方もいらっしゃるかもしれないと、いまさら不安になってきました。酔っ払ってよく憶えていない、問題あればどうかご一報くださいませ。)
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9・2・10…

特に何があるわけでもない同窓会の酔態です。
人様が見て面白いものでもないでしょう。
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11・○・12

でも、懐かしき友の、今の元気な顔を拝んでみたいという古い友達が、皆さんに3人くらいづついらっしゃるとして
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6・13・○・14・15・12

21×3=60人くらいの連中がやってきて
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16・3

ついでに関連サイトを覗いてくれたりして
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17・2

そこからもし興味を持っていただけるようなことがあればと、米粒の如き会社の社長は、妄想しているのです。
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17・18・19・20・4・3・12・13

頭の薄くなった皆様、ならびに最近お肌に張りがなくなったとお嘆きになっていらっしゃるかつてのお嬢様方、この度わが社では沖縄発の世界一の石鹸を扱うこととなりました。シャンプー要らず、洗顔石鹸要らずであります。是非とも一度お試しあれ、てなことは言ってはいけないのです。あくまでも台所用石鹸で雑貨扱いですから。今のところ。
http://lince.jp/hito/morinonagomi…

いえいえ、決して忘れてはおりません。何と言っても、今日の主役は彼なのであるということ。
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21・・8

それにしても、セブンイレブンの弁当のシールがベタつくという話を、君の顔写真と併せてブログに載せてもかまわないとは、おそれいりました。
たいしたものであります。
ベタベタのはなし

別れ際に、会社には支えてくれる理解者がたくさんいるんだろう、という僕の問いに、「いや、孤独だよ」と答えた君は、もしかすると僕を慮ってくれたのでしょうか、それはわからないけれど、君にとって、今日のこの仲間たちが、掛け替えのない大切な友達なのだということだけは、とてもよく分かったのです。

明日、僕の会社のそばにあるセブンイレブンに行って、バイトの女の子に今日のことを話します。それが彼女との約束だったから。是非とも明日の記事も、読んでくださいますように。

駒場28のカテゴリー…
http://lince.jp/hito/mapinfo/komaba28…
おまけ…
http://lince.jp/mugon/1975…

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7月25日土曜日: 神田古書店街

古書がデータベースで管理されるようになってから、神田は巨大な一軒の古書店と化し、掘り出し物が殆ど消えた。以来、めっきり神田に足を運ばなくなった。
しかし、ここ数年、すっかり出力と入力のバランスが崩れていて、特に最近ブログなどを書かされて言葉を垂れ流すようになってからというもの、妙に神田が懐かしくなっていた。新刊本の活字ではダメなのだ。信用がおけない感じがしてスッと入ってこないのである。

今日の夜は銀座に用があって、その前にちょいと時間が出来たので、ほんとうに久しぶりに神田をぶらついてみることにした。
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神田に通っていた頃にも、決して立ち寄らなかった店がある。それがこの、演劇映画関連の書籍を専門に扱う矢口書店だった。戯曲やシナリオなども揃っている。
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当時芝居に嫌気がさしていて、演劇の理論書など、その背表紙が目に入ることさえ不愉快だったのである。だが、今はそんな屈折した思いはどこかに消えた。とはいえ、今日、特に意識なく最初に向かったのがこの矢口書店だったというのは、いったいどういうことだろう。

道に面した廉価本の書棚の中に見つけた一冊の演劇誌、ちねんせいしん作「人類館」が掲載された1977年の『テアトロ』2月号である。
「人類館」は、その後「沖縄文学選」というアンソロジー本で活字にされているのだが、それは当初の台本とは違って、かなりナイーブな部分が書きかえられている。沖縄の劇団創造が上演する現在の台本も、青年座の津嘉山正種さんの独り語りも、また我々が制作したCDも、全て書き換えられたものを定本にしているのだ。もはや伝説となった初演時の台本は入手困難、作者の知念正真さんの手元にもない代物、それがこのテアトロで読めるのだ。大枚200円なり。これが掘り出し物でなくてなんであろうか。

人類館については先日の沖縄語を話す会で、國吉眞正さんから頂いたお土産、我々のCD「人類館」のウチナーグチの部分を、國吉さんが正確な音で起こしてくださったテキスト、まったくありがたいことで、この資料と青年座の台本と、そして今日手に入れた「テアトロ」と、それらを比較検討するのは、きっとわくわくするほど楽しい作業だろう。その研究結果を、ブログやホームページなどで記事にすることを考えなければという条件付ではあるが。
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今日はそのほか、沖縄語の資料など数冊購入して、総額1,000円にも満たない。鞄はすこし重くなったが、気分はすっかり軽くなった。


7月25日土曜日: 今のところ特になし


で、定番のおみやげとか…
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セブンイレブンのお弁当とか…
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(沖縄にはセブンイレブンはありません。)
しかし、シールがベタベタするんだよねえ。

「そう思わない?」
って、店の女の子に言ったら
周りを気にしてから、小声で…
「あたしもそう思ってました」
だって。

「よし、じゃあ社長に言っとくよ」

やっぱりベタベタ…
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雨降って、元気回復。
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楽天市場沖縄mapにて、ゴーヤー料理のレシピ本販売開始!
http://item.rakuten.co.jp/okinawamap…
明日のゴーヤーへ

少しは黄色くなったか?
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今日も、過去記事差し込み情報用のブログでした。
差し込んだ過去の記事は…
“喜瀬の風”展(7/20)
和気あいあいの反省会(7/20)
キリスト教学院の図書館へ(7/21)


7月24日金曜日: 本日のMIRROR_BALL

昨日の記事の再掲載です。

本日のMIRROR_BALL情報
シンデレラナイトvol.2

という予定でしたが……
「フライデーパフォーマンスナイト」に変更しました!


女性限定の“シンデレラナイトvol.2”は延期しまーす。つまり男性もいつもの通りご来店OKです。
もちろんJINさんもいます(笑)

☆アロマのハンドトリートメント
☆ベリーダンスのショータイム
☆この日だけのスィーツ

《追伸》
“シンデレラナイト”のために。
ネイルや、占いや、ダンスや、歌や、パフォーマンス
その他「こんなコト出来るよ~」って方
大々募集中!


以上、《かおるさんからのメール》×2でした。


7月23日木曜日: 体育会系居酒屋

電力中央研究所の西、T字路の近く。
トルコ屋台。
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なんとも味のあるマスター。昔のことを聞いたら、いろんな話が出てきそうです。
この店を教えてくれたのは、中真水才君です。
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実は、ずっと気になっていることがあったのです。今月5日、沖縄で行われた中真光石君の試合のこと。
8回戦。相手は世界ランカー。WBAフェザー級の14位。
コロンビアのフランシスコ・コルデロ。20戦20勝13KOの強豪。
勝てば世界ランカーに。世界挑戦がグッと近づくはずでした。
しかし結果は判定で1-2の惜敗。
この負けで、世界への挑戦が2年くらい遅れたのかもしれません。

実際に試合を観戦したわけではないので、どうも記事が書きにくかったのです。
それで水才兄貴を呼び出したというわけ。

カメラの中には試合の画像が数百枚。
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その中からちょっと目についたデータを貰いました。
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北谷ドーム。なんとも眩しそうな会場ですね。加えて冷房なしだから開けっ放し。お金払ってないお客さんがどんどん入って来た。ま、いっか、だって。よかないでしょう、沖縄ワールドリング主催の興行なんだから。
でも、なんとも大らか、これが沖縄のいいところかな。

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んー、痛そ…

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相手も、行っちゃってる感じ。アップで。

親父さん、この選手連れてくるのにいくら払ったのでしょうか。
「怖くて聞けないっす。でも試合後、親父は光石に、次も世界ランカーぶつけるぞって言ってましたね」

トルコ屋台もしっかりご紹介したかったのですが、今晩の話題はBoxing、ということで、マスターにまた来る約束をして店を出て、居酒屋“あさの”へ。

だって、スナッピー浅野さんに、試合の報告をしに行かないわけにはいかないでしょう。

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数百枚の画像を見た浅野さん、「やっぱり左のジャブだなあ」

大人気の内藤。天才長谷川。でもね、色々裏がある。悪いのは、やっぱりテレビ局なのかな。

沖縄ワールドリングには、あの共栄ジムから移籍したロシア出身のサーシャ・バクティンというべらぼうに強い選手がいます。天才長谷川穂積も彼との試合は避けたい、そんな選手です。そんな選手が、何故でっかい共栄から遥か遠い沖縄の小さなジムに移ったのか、それは、たとえ世界が遠退くことになっても、サーシャがそれを望んだから、何故それを望んだのか、沖縄が大好きだったから。
なんだかとっても嬉しくなるはなしです。

沖縄ワールドリングに世界チャンピヨンがふたり、早く見たいなあ。そうしたらボクシング界が変わるかも。
サーシャ頑張れ、光石頑張れ!

前回の後楽園での試合の記事

《オマケ》
バイトの秋武一也君は、全日本クラスのバトミントンの選手です。ちょっと狛江の大会に出場したら、あっさり優勝。
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ちなみに相方の川満君は沖縄出身です。

体育会系の方に、居酒屋“あさの”は、お勧め……

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ただいま!
本日のゴーヤー君は、ちょっとお疲れ……
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明日のゴーヤーへ

西岡さんから頂戴した島バナナ
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本日はまだ緑。
黄色くなって、茶色くなったら食べごろ。

そして明日のMIRROR_BALL情報
シンデレラナイトvol.2

という予定で……?


空港で買った“ばくだんおにぎり”
沖縄のカマボコで沖縄のご飯ものを包んだ沖縄にしかない(?)おにぎり。

じゅーしーと…
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…黒米です。

糸満の家庭料理なのだとか、真偽は分かりません。いずれにしても、沖縄の人ならみんな知っているというほどにはポピュラーな食べ物ではないようです。(高山正樹のカミサン情報。)そんな隠された名物を世に出すアイデアは素晴らしいのですが、それを真似した人たちが、ネットあたりで「沖縄の伝統料理」と宣伝して同じような商品を売っていたりするのです。

伝統って、何なのでしょう。

なんでもかんでも沖縄だったらOKみたいな風潮があるとしたら、それはいかがなものでしょうか。
日本全国、世界の到る所どこにも旨いものもあり不味いものもある、同じ名前の料理を食べさせても、旨い店もあれば不味い店もある、そういう至極あたりまえのことを忘れないようにと思っています。

それが楽天市場沖縄map のポリシー。
商売として成立させるためには、商品をたくさん並べることでお客さんを呼び、また各商品が相乗効果で売れ始める状況を作ることが必要、それには最低でも1,000点くらいの商品を揃えなければダメだという尤もらしい意見があります。これも真偽は分かりませんが、もしそれが正しいとしたら、自ら決めたポリシーを守るのは至難の技です。しかし、何としても頑張ってやっていきたいと思っています。


15:30
“ぶくぶく茶”体験のため“嘉例山房”再訪
『沖縄大百科事典』より
(実際の嘉例山房の画像を交えてお送りします。また、赤字は、お店の大城さんからご教授頂いた補足です。)
ブクブク茶:茶を泡立てたもの。ブクブクーともいう。沖縄独特の茶道で、那覇の上流家庭に始まり、しだいに一般庶民にも広くたしなまれるようになった。(中略)本式には茶のたて方・飲み方・分量・茶器などに決まりがあった。

玄米を炒って作った煎米湯と清明茶(シーミー茶:中国茶)・番茶をブクブクーザラ(木製の大鉢)に入れ
(これは玄米です。)
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茶せん(長さ約22cm)で手早く泡立てる。
(全体をかき回さずに、一箇所でカシャカシャカシャカシャと動かしてください。2~3分すると泡が立ってきますから…)
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それには熟練を要し、昔は専門家もいたほどである。
(10分くらい待ってください。そうしたら泡が固くなります。)
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茶碗に小豆御飯と熱い煎米湯を少量入れ
(お茶は何でもいいんです。冷たくても熱くてもお好みで。)
※ちなみに私はゴーヤー茶、金城君はさんぴん茶にしました。

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その上に山のように泡を盛り
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刻んだ落花生をふりかける。
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両手で持ち、箸を使わずに泡を飲み干す。さっぱりした後味がよく、戦前は婦人たちの集まりや船出の祝いなどに盛んにおこなわれたが、現在はほとんど姿を消してしまった。
(あの、私たち、今、飲んでるんですけれど…)

18:00
羽田空港。
プリティー千恵ちゃん、通訳の仕事が長引いて会うことかなわず、また次回。



7月22日水曜日: スペインからの手紙

12:00
お昼。豚チリ丼580円をたべながら。
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私の両親は沖縄に今の居をかまえる前、14年間、スペインのカタルーニャ州にあるサンポールに住んでいました。サンポールはカタルニア地方の地中海に面した小さな町です。そこのお友達から、両親宛の手紙が届いていました。
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町のお祭りのことが書いてあるようです。

カタルニア語は、スペイン語よりもフランス語に近くて、フランス語とカタルニア語で話しても、意味が通じるそうです。つまり日本語とウチナーグチよりずっと近いということですね。母はスペイン生活の14年間、ずっとスペイン語とカタルニア語を勉強していて、今でもお友達と手紙のやり取りをしています。
でも、ずいぶんスペルが間違っているんだ、と話していました。

この町の年配の人たちは、カタルニア語を話し、文字も読めるのですが、書けない人が多いのだそうです。ここにも、沖縄にもあった言語と政治の歴史がありました。

現在のスペインのカタルニア地方とフランスのルシヨン地方は、昔はひとつの独立した国でした。しかし複雑な歴史を経て、スペインとフランスにそれぞれ分割併合されることになりました。それ以降の事情は、スペイン側とフランス側では全く違うようです。フランスについてはよくわからないのですが、スペインのカタルニアに限っていえば、フランコ政権の時代になると、カタルニア語の使用が禁止されました。自分たちの言葉で話すことが出来ない時代がありました。それでもカタルニア人は、密かに自分たちの言語を伝えてきたようですが、文字を書けない人が多いのは、やはりその時代の所為なのです。

でも、フランコの没後、新しい憲法が制定され、現在カタルニア地方では小学校3年生までカタルニア語で勉強していて、スペイン語を習うのは4年生からだと聞きました。
はたして、カタルニア語は守られたということなのでしょうか。

スペインの首都マドリッドと、カタルニア地方のバルセロナとは、まだまだほんとに仲が悪い。母がマドリッドで買い物をしていたら、店員からスペイン語が上手だとほめられ、どこで勉強したのかと聞かれたので、「バルセロナだ」と答えた。その途端、急に冷たくなって、それからは絶対にオマケしてくれなくなったそうです。

そういえば、踊りの世界でも、フラメンコといえばスペインだと思っている人も多いと思いますが、マドリッドの人は、フラメンコをスペインの踊りとは認めていません。フラメンコはアンダルシア地方のもの、アンダルシアは主に印度から流れてきたジプシーの住んでいるところで、つまり、フラメンコはジプシーの踊りだと差別されているのです。

多言語国家スペインが抱える問題は、まだまだ根が深いようです。なんとか仲良く出来ないものかなあと思う私は、考えが甘いのでしょうか。
(宇夫方路)

14:30
県立図書館へ。
大城立裕文庫開設待ち

7月22日水曜日: 石鹸と日食と結婚と

10:00
うるま市役所ちかくのA&W。
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森山さんご夫妻が販売用の石鹸をさっそく用意してくださったので、それを受取りに行きました。

なんだか薄暗くなってきた。雨かと思いましたが、ちょうど日食でした。
10:50
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11:10
MOSO’Sの工房へ
MOSO’Sは日食中でした。
隣の家の男の子が、すりガラスを貸してくれました。

きのこと大人の女とお団子と
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使ってみて、と、森山さんの石鹸を一つプレゼント。
石鹸使ったらコメント待ってます!
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(あれ、波々してるから安いほうあげたの?高山)

で、きのこさん、結婚するんだって!
で、ご主人の仕事の関係で、今月末には宮古島へ行っちゃうんだって!
でも、MOSO'Sは辞めないって!
三人はいつまでも一緒だって!

石鹸と日食と、そして結婚と。

工房を後にして、何だか感動している宇夫方路でした。


7月21日火曜日: 西原町のさがり花

家元の稽古場は西原町にあります。
さがり花は西原町の花。

23:00
稽古場からの帰り、正江先生に、近くの「さがりばな」を見に連れて行って頂きました。
ライトアップするお祭りは先週終わったそうですが、花はまだ咲いています。
県庁の脇の花は白い感じでしたが、ここの花はピンクでとてもきれいでした。

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15:00
大城立裕先生宅へ。
又吉健次郎さんの伝言は、しっかりお伝えしました。今年の11月21日、国立劇場おきなわで組踊りの公演がある、是非観てほしいなあ、と大城先生。そして貸してくださった台本です。
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大城立裕・作、新作組踊り「さかさま『執心鐘入』」。

組踊りについて簡単にご説明しましょう。
組踊りとは、韻文の台詞と音楽と踊りで構成された沖縄の伝統芸能で、大和の歌舞伎と能を足して2で割ったようなものともいわれます。中国からの冊封使(さっぽうし)を歓待するため、踊奉行の玉城朝薫(たまぐすくちょうくん)が創作し、1719年に冊封使の前で初めて演じられた「執心鐘入」などがその始まりです。冊封使とは、中国の明・清の時代に、朝貢国の王を冊封するために派遣された使者のことです。
(※《資料》参照)

では冊封とは何か(ああ、いちいち説明しなければならない、これほど日本人は、沖縄の歴史や文化を知らないということですね)、高山夫人が中学生の時、学校で配られた仲原善忠著『琉球の歴史』の上巻から、ちょっと長いですが抜粋して引用します。

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「国王が死ぬとあとつぎが立って王になる。数年のあと、使いをやってたのむと中国から正副の冊封使(名高い文人が多い)がやって来る。那覇にとまっていて、式日には首里城でさかんな儀式があり、『なんじを封じて琉球国中山王となす』という皇帝の勅語を読み国王は中国から正式に王としてみとめられる。式をやって王としてみとめることを冊封というのです。しかしこの式があってはじめて王になるのではなく、たのまなければ来ないのです。又あの王はいけないといってことわったこともなく、王が自分のいげんをつけるための儀式です。」
「中国はむかしから体面をおもんずる国です。そして中国がその時代はアジア第一の文明国で、他の国々はみな野蛮未開な国々と見ているから対等のつきあいはゆるさない。それで『臣』と称して貢物をささげて行って皇帝にあいさつするのでなければ有利な貿易は出来ないのです。」
「(琉球王国は)臣下という仮面をかぶって、有利な貿易をやったということです。」


話を組踊りに戻しましょう。琉球が中国に初めて使いを送ったのは1372年のことですが、この中国との貿易の利益を狙った島津藩が琉球に進攻した、いわゆる「島津入り」が1609年、つまり組踊りが誕生した1719年には、すでに島津藩が琉球王国を実質的に支配していたということです。しかし、琉球王国は存続させなければならなかった、なぜならば、琉球王国を介する以外に、中国と貿易する手段が、当時の日本にはなかったからです。これは、沖縄の芸能を考える上で、とても重要なことのように思われます。
玉城朝薫は薩摩や江戸に何度も派遣され、そこで能・狂言や文楽・歌舞伎など大和芸能の様式を学びました。それが組踊りの創作に大きく影響しています。
特に玉城朝薫の第一作といわれる「執心鐘入」は、もっとも大和文芸の影響を受けていて、いわゆる「道成寺もの」がその下書きになっています。

大城先生は、大和と琉球の狭間で、いかに玉城朝薫が組踊りを創作したのか、その苦悩を描いた小説や戯曲を書かれてきました。
※関連記事(「嵐花」公演のこと⇒http://lince.jp/hito/arasibana…

また大城先生は、これまで新作の組踊りをいくつも発表されています。
※関連記事(「真珠道」公演のこと⇒http://lince.jp/hito/madamamiti…
2001年には、それらを集めた琉球楽劇集が出版されています。

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この本は、上段に「歴史的仮名遣い」を、下段に読みをあらわすローマ字を配しています。
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ここでもやはり表記と発音の問題があります。それについて大城先生の興味深いあとがきがあるのですが、それはまたあらためてご報告します。
※関連記事(「古典音楽」の本のこと⇒http://lince.jp/hito/okinawamap/free…

さあ、ようやく今回の新作組踊り「さかさま執心鐘入」までたどり着きました。
これは大城先生のお話によると、「執心鐘入」の後日談のようなお話なのだとか。先生の作劇の動機がちょっと面白いのです。

「執心鐘入」の大道具の鐘は「執心鐘入」を上演する時にしか使われない、もったいないのでなんとかそれを使えないか…
「執心鐘入」に出てくる小僧さんたちの出番が少ない、その小僧さんのキャラクターをなんとかできないか…

稽古は5月くらいから始まっているそうです。組踊りの役者さんたちも、皆さんいろいろ仕事をしていかなければならないので、そろっての稽古が難しいと先生はおっしゃっていました。

本番が楽しみです。なんとか時間を作って、11月、また沖縄に来たいと思っています。
国立劇場おきなわホームページ
(宇夫方路の報告を高山正樹が目いっぱい膨らませてお伝えしました。)

» 続きを読む

14:30
大城立裕先生のお宅に伺う前に、又吉健次郎さんの工房“金細工またよし”に寄りました。沖縄タイムス賞を受賞されてから初めてですね。この度はおめでとうございました。

房指輪の七つの房、その意味にまつわる秘密、だんだんと大袈裟な感じになってきましたが、その解読は今しばらくお待ちくださいませ。

それから、婚礼用房指輪と踊りに使う房指輪の違いについて、それも前にお話ししました。そして又吉健次郎さんは、踊り用の房指輪は作っていらっしゃらないということもお伝えしました。

楽天市場の沖縄mapでは、又吉さんに御無理をお掛けできないので、房指輪は扱っていないのですが、画像だけお借りしました。又吉さんの婚礼用の房指輪がこちらです。
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そして又吉さんが大切にされている作者不明の古い房指輪。(画像再掲載)
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一方、踊り用の房指輪……
まず喜納の会の先生から借りた房指輪。(画像再掲載)
喜納の会の先生から借りた房指輪

ジュードーチョップで作ってもらった房指輪。(画像再掲載)
ジュードーチョップの房指輪

踊り用の房指輪は鎖が長いのです。鎖まで全て銀の手作りとなると、鎖がくっついてしまって難しい。それが又吉さんが踊り用の房指輪を作らなかった理由でした。その説明を少し補足すると、1個1個の鎖の小ささが問題なのです。
ならば鎖をちょっと大きくすればいい、というわけでインターネット初登場、宇夫方路が注文して、そして出来上がった…
又吉健次郎作・踊り用房指輪がこれです!
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確かに、古典を踊るには又吉さんの房指輪はちょっと存在感がありすぎるのかもしれません。でも創作舞踊ならOK。これを付けて踊れるような作品を、いつか絶対に作ろうと、宇夫方路は心に決めたのでした。

木箱の蓋の裏には、又吉さんの琉歌が書かれています。
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神々ぬ月日
ひだてぃなく照やい
光風水に
花や咲かち

踊りには二つ必要なんです。
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一組60,000円なり。
「高いかもしれないけれど、これは代々持ち続けられるものだから、大事にしてください。どうもありがとう。」
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いえいえこちらこそありがとうございました。健次郎さんが作られた指輪、大切にしたいと思います。

そしてちょっとサプライズなお話。
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あのCoccoが、先日、突然に又吉さんの工房にやって来た。又吉さんの房指輪をつけて歌いたい。
Coccoに、健次郎オジイは言いました。
「君は、いつかココに来ると思っていたよ」
ふたりだけの不思議な会話、でも、このふたりならありそうな会話。
Coccoが又吉さんの房指輪をつけて歌う姿は、まもなく彼女のステージで見ることができるはずです。



最後にもうひとつ。
又吉さんのところに大城立裕先生から沖縄タイムス賞受賞のお祝いの葉書が届きました。でも、おそれ多くてまだ返事を出してないとおっしゃっていました。では、そのことは、今日、大城先生にお伝えしておきますね。
(宇夫方路、ゴーストライターMT)


7月21日火曜日: “maru CAFÉ”

12:30
キリスト教学院の近くにあるmaru CAFÉという店でお昼にしました。
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maru CAFÉのホームページ

ランチは680円でサイドメニューと飲み物付き。サイドメニューはセルフでお代わり自由。安い。
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今日のサイドメニューは、かぼちゃのスープ、てびちの煮付け、サラダと卵焼き。
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でも、食べたのは15食限定スペシャルメニューのスパゲッティ。
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とてもおいしかったです。

厨房では若いおにいちゃんが一人で大奮闘。
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残念ながら100店シリーズには載っていませんが、お店の女の子に、ブログ見てねって名刺渡してきたので、是非とも紹介してくださいね、高山さん。

13:30
おきなわ堂で仕入れ。「BAR100」と「ゴーヤーレシピ」。
そして高山正樹に頼まれた本を購入。


2008年9月、朝日新聞の「窓」というコラムで、沖縄キリスト教短大などで非常勤講師をされている親富祖恵子さんのことが紹介されています。「沖縄文字」を用いたユニークな授業を始めたという記事。

「沖縄文字」というのは、もう何度もご紹介している船津好明さんが1986年に考案されたものです。
沖縄語は発音が独特なので、「しゃ・しゅ・しょ」などと2文字のかな文字を組み合わせて表してきた、だが、本来は1音節1文字が望ましい、そこで独自の沖縄文字が考案された、というふうに、朝日新聞の「窓」では説明されています。でも、この記述では誤解されそうです。まるで「しゃ・しゅ・しょ」も、沖縄文字では新しい文字に置き換えられているかのようです。決してそんなことはありません。

また、その一ヶ月前の8月の沖縄タイムスでも、親富祖恵子さんの授業と船津好明さんのことが紹介されています。しかしこちらは「沖縄口には、2~3の文字を一つの音で発音するものもある」とだけあって、それでその先どういう文字を考案したのかの説明がなされていないので、やっぱりよく分からないのです。

そこで、さらにその一ヶ月前、今度は琉球新報の記事ですが、これがなかなか分かりやすいので、ちょっと長いのですが、引用します。
「従来は『お前』を沖縄口で表記するのに『っやー』『っいゃー』など、仮名二、三文字を組み合わせて表記しなければいけなかったが、これらの表記法では、沖縄口を知らない人にとってはどこまでが一音か分かりにくく、読み間違いが多かったのだという。沖縄独特の音を分かりやすく表記したいと船津好明さんが一音を一文字で表す『沖縄文字』を考案。『てぃ』『とぅ』など沖縄独特の二十七の音を、一音一文字にしている」

ウチナーグチの表記について、今日のところはこれ以上の説明はいたしませんが、沖縄文字に興味のある方は下記からどうぞ。
沖縄文字一覧

今日は先日の「沖縄語を話す会」で頂いたお土産のはなし第一弾です。

最初にご紹介した朝日新聞のコラムの続き。
「船津さんとともに東京の『沖縄語を話す会』で活動する国吉真正さんは、ハングルやロシア文字のように、沖縄文字をパソコンで入力できるようにするソフトを開発した」

そのソフトが入ったフロッピーが、お土産第一弾です。
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また、右が2008年9月の朝日新聞の記事、左が8月の沖縄タイムス。
さらに7月の琉球新報の記事がこれです。
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親富祖恵子先生のお顔と沖縄キリスト教短大の授業風景の写真も載っていますね。

この沖縄キリスト教短大の図書館(沖縄キリスト教学院図書館)に、今日、宇夫方路がお邪魔しました。

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以下、宇夫方女史からの報告です。
11:45 
「父の紹介で、キリスト教学院の図書館へ。沖縄関係のものは収集したいということでおーでぃおぶっく4種類、そして、セロ弾きのゴーシュも含めて5枚お買い上げいただきました。その上、『県立図書館にも、行って御覧なさい、電話入れておくから』と、ありがたいお言葉を頂きました。お昼休みにかかってしまったので、慌てて失礼しました。」


キリスト教学院及び短大の学生さんたちへ。
どうぞ私たちのCDを、聞いてくださいね。そして気に入ったら、是非買ってくださいませ。“おきなわおーでぃおぶっく”は沖縄のあっちこっちで買えますし、“セロ弾きのゴーシュ”は普久原楽器沖縄市本店(沖縄市)か、リウボウFMステーション(那覇市)で買えます。

(なお、2008年7月22日の琉球新報の記事全文が下記から読むことが出来ます。)
http://ryukyushimpo.jp/news…


10:00
森山さん御夫妻と再会しました。といっても、M.A.P.after5できちんとご紹介するのは初めてです。

前回は、意味深に、小さな白黒画像をちょっと…、でした。
http://lince.jp/hito/mystery/uruma…
その時も、ブログでご紹介することに関してはお許しをいただいていたのですが、なんとしてももう一度お会いしたくて、敢えてきちんとご紹介することを控えていたのです。

6月の画像を、今日改めてアップします。
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(2009年6月14日撮影)

森山朝順さんと和江さん御夫妻は、今うるま市にお住まいで、大人気の「森の和」という石鹸を、ひとつひとつ手作りで作っていらっしゃる方です。

前回沖縄に来た時、とあるお店で売られている「森の和」を見つけ、その素朴な石鹸の姿に惹かれ、思わず購入しました。
森の和
そして、そこに書かれていた連絡先にその場で電話を入れ、是非とも楽天市場沖縄mapで扱わせていただきたい旨をお伝えし、お会いするお約束までしてしまったのです。

実は「森の和」が既に大人気の商品だということを知ったのは、その後のことで、もし最初から知っていたら、当方で扱わせていただくことは諦めていたかもしれません。
森山さん御夫妻は、私たちのやりたいことを御理解くださり、とても前向きに検討してくださいました。しかしその後、アメリカの会社からも問い合わせがあったり、また、うるま市でこの石鹸を当初から扱っている会社にご迷惑を掛けたくないというお気持ちなど、諸々の事情があって、インターネットで売るということはやめたいということで、残念ながら一度は断念したのです。

しかし、どうしても諦めきれない、それほど魅力のある石鹸。
そうして、ご無理を言って、今日再度お会いさせていただきました。

結論から言うと、「森の和」には2種類あって、今すごく売れているのは安いほうなのですが、それよりもちょっとだけ高い、いわば「森の和」スペシャルの方を扱わせていただけることになったのです。
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普通の「森の和」は、表面が波々ですが、スペシャルはツルツル、ちょっと高級感がありませんか?
石鹸に混ぜる自然エキスの成分は通常の「森の和」と同じ、でもその量がスペシャルの方がずっと多いのです。
薬事法などの関係で、口が裂けても効能などは申し上げられません。しかしアトピーが良くなったとか、毛が濃くなってきたとか、勝手に使って迷惑なコメントもたくさん寄せられてしまったようです。(今まで1個3000円もするような石鹸を使っていたセレブ女性が、今はこの1個500円くらいのスペシャル石鹸のファンになって、高級石鹸はゴミ箱にポイされたとか。なんに使ってるんでしょうね。「森の和」は雑貨なのに。)

奥様の和江さんは、このスペシャルのほうの石鹸をもっと売りたいというお気持ちがおありになって、それが今回ありがたいお返事をいただけた理由のひとつなのかもしれません。

もちろん、その効能を保障するものではありませんが、最初にお会いした時、朝順さんがおっしゃっていた言葉を思い出します。
「これは世界一の石鹸だよ。そう信じればそうなるのさ」
それが自然の力というものなのかもしれません。
そんなユーモアのある朝順さんですが、ご自分が丹精込めて作る石鹸に対して、偽りなく誇りと自信を持って「世界一」とおっしゃりたいのに違いありません。
奥様も高山正樹の頭髪を見て「まだ十分間に合います」だって。
だめだめ、雑貨で頭を洗ってはいけません。

ただただ、何とか安くたくさんの人にご提供したいだけ。この思いをどうしたら実現できるのか。なかなか難しい。

ネット販売で、消耗品を扱うことはとでも重要なこと、私たちに強い味方が出来ました。まもなく楽天市場沖縄mapに石鹸が登場です。
「これも何かの縁ですから」
そうおっしゃってくださった森山さん御夫妻に、心から感謝申し上げます。


20:00
国場にある居酒屋“和気あいあい”
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6月のお披露目公演の会計報告兼反省会兼お疲れま会。関わった全員が約一ヶ月ぶりに集まりました。
夏休みに入ってイベントやら間近に迫ったコンクールの稽古やらで、皆さんとっても忙しく、後から来る人、先に帰る人、いろいろでしたが、そんな中、皆さんは東京在住の私の都合に合わせてくださったのですから、もう感謝感謝です。

今日は師範3名をご紹介します。

上原克代さん、二度目のM.A.P.after5登場です。
上原克代さん
初登場の記事を読む

そして伊波妙(タエ)ちゃん。
伊波妙ちゃん
東江裕吉くんと沖縄芸大の同級生です。

それから、盛根朝子さんとそのご主人の後ろ姿。
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おふたりは、勝連から海中道路で渡る浜比嘉島で、“むいにー亭”というフランス料理店をやっていらっしゃいます。100店シリーズの「幸せディナー」にも掲載されています。いずれ是非ともお伺いして、M.A.P.after5でご紹介しなくてはいけません。その際は、お顔拝見。それまではミステリーです。

“和気あいあい”は三線の上間宏敏先生がやっているお店。
沖縄発新グルメ情報。ひらやーちーに定番のソースはかけずに、キムチをはさんで食べるのが流行っています。
(このお店だけかもしれないけれど)
キムチを乗せたひらやーちー
これがおいしい。
最後に、上間先生兼店長をカメラにおさめて、今日はお開きです。
上間先生


おきなわおーでぃおぶっくの“儀間進のコラムを読む”の制作がいよいよ始められそうです。
そのご報告をするために、儀間進さんとお会いしました。
17:00
儀間先生はパソコンをお持ちではないので、最近高山正樹が書いた儀間先生についての記事やウチナーグチの記事などをプリントアウトしてお持ちしました。
(ちなみに儀間先生は携帯電話も持っていらっしゃいません。そういうものは持たない、インターネットのようなものもやらないと心に決められたそうです。高山がそれを聞いたら、きっと羨ましがります。)

「拝啓、儀間進先生」の記事に目を通された儀間さんは、「ずいぶん買いかぶられたなあ」と、照れたように笑っていらっしゃいました。
また、沖縄のお年寄りのことを、何と呼べばいいのかについて、比嘉光龍(ばいろん)さんに質問してお答えを頂いた記事「光龍さんからの回答」を読んだ儀間先生、いわく「こんなこと聞かれたら僕は困っちゃうなあ」。

沖縄のお年寄りを「オジイ」とか「オバア」とか、近頃のネットやテレビ、ガイドブックなどでは、みんな普通にそう呼んでいます。でも、これはウチナーグチではありません。いわゆるウチナーヤマトグチです。光龍さんの論を借りれば、ウチナーヤマトグチは一種のスラング、正式の場で使われる言葉ではないということになります。
(ウチナーグチとウチナーヤマトグチの違いについても、いずれきちんと高山正樹がお話しするはずです。)
最近、沖縄の市場などで、初対面のお店のおばあさんに、気易く「オバア」と声をかけるような観光客もいるのだとか、さすがにそれは失礼ですよねえ。

ウチナーグチで「おじいさん」「おばあさん」と言う場合、士族と平民で言い方が違います。おじいさんについては光龍さんの記事にも書きましたが、士族が「たんめー」、平民が「うすめー」です。おばあさんは士族が「ぅんめー」で、平民が「はーめー」。ちなみに士族でも一番上の王族では「はんじゃんしーめー」と言います。
(※今回「ぅんめー」の表記は、光龍さんがインターネット等で使われているものに従いました。)
もちろん、今の沖縄に、琉球王朝時代の階級制度があるわけではありませんが、ご自分の家系がどういうものか意識している方もたくさんがいらっしゃるようです。光龍さんは、できることならばまず相手の方がどう呼ばれたいかを確かめるのがいいとおっしゃいます。
また、沖縄語を話す会の國吉さんは、「たんめー」、「ぅんめー」でいいのではないかというご意見でした。

おじいさんやおばあさんの呼び方ばかりではありません。沖縄語の敬語は、相手がどういう身分・立場かを把握して、厳密に使い分けられなければなりません。言葉によっては発音も違います。士族だけが使う音韻さえあるのです。(これもそのうち高山正樹がお伝えします。)

儀間さんから興味深いお話しを伺いました。王朝ともっともゆかりのある首里のはなしです。
敬語の使い分けは、特に平民が敏感。自分の身分に不相応な敬語で話しかけられるとザワザワと鳥肌が立って、じんましんが出る人もいる。(これは儀間さんのユーモアでしょうか。)
上流階級の人は少々のことは気にしない。特に王族ぐらいに高い身分になると、どんな言葉にでもニコニコと受け答えらされる方が多いのだとか。
ところが、士族でも中流階級ということになると、自分のステータスを守らなければならないから言葉にうるさい。士族に対する礼を失した言葉には見むきもしないという人もいる。
「“たんめー”に向かって“うすめー”といったらつむじ曲げますからねえ」
儀間さんは、こういうことが完全になくなるのには、あと100年かかりますとおっしゃいました。

「ジジイやババアではまずいけれども、僕はオジイやオバアでいいと思うのだけれどねえ」
儀間さんはそうおっしゃって、私たちの大好きな笑顔を浮かべられたのでした。

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おい、立ち話かよ……
(宇夫方路の報告を元に、高山正樹が宇夫方路のフリして書きました。)

13:00
沖縄市で知念正真さんにお会いして…

15:30
長池朋子さんが作品を出展している“喜瀬の風”展に伺いました。
喜瀬別邸というホテル。
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入口をくぐると
そこは中庭。
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右に折れて
展覧会会場へ。
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長池さんの作品たち…
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素敵ですね。

ちなみに、こちらのホテルの宿泊料金ですが一番お安いツインのお部屋を、一番お安い時期に、3名様でご利用頂いた場合、一泊朝食付きでおひとり様25,000円でございます。お正月、GW、お盆の時期は50,000円です。
デラックスカバナという最高級のお部屋を、例えばゴールデンウィークにおふたり様でご利用頂いた場合でも、おひとり様75,000円と大変に格安になっております。
どうぞ皆様、ご利用くださいませ。ぶほほ……

二度と来られそうもないので、せっかくだからと親子で記念撮影。
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せっかくだから、トイレぐらい入っておこうかと、父は厠へ。
しかし一向に出てこないので、倒れたんじゃないかと心配しました。
ようやく出てきた父いわく…
「水を流すレバーを探していたのです。諦めて便器から離れたら流れました」とさ。


9:30
沖縄ワールド、その2

紙漉工房“紙芳”
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まもなく楽天市場沖縄mapにお目見えです。

そして月桃。ウチナーグチでは「サンニン」。
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もっときれいな画像はこちら…
http://lince.jp/hito/okinawatuusin3…

最近よくお世話になる「沖縄大百科事典」にはこう書いてあります。
「観賞用として植栽され、根茎は健胃整腸、消化不良などの薬用とし、種子は仁丹の主要原料となる。葉は独特の香りがあり、鬼餅を包むムーチーガーサに用いられ、茎は結束用として利用される。」
『沖縄大百科事典』が出版されたのは1983年。つまりその頃はまだ今ほど月桃が様々な商品に使われてはいませんでした。その防虫防菌効果や吸湿性などに注目が集まって、月桃を混ぜた建材や化粧品が多く出回るようになったのは2000年以降で、その茎の繊維を混ぜた紙が作られるようになったのも、比較的最近のことのようです。

沖縄で古くからある芭蕉紙や百田紙については、またあらためてご紹介します。

ともかく、月桃は体によさそう、ならば他にも使えそう……
M.A.P.的ミステリー……

7月20日月曜日: サンサナー

9:25
沖縄ワールド。

くまぜみです。ウチナーグチで“さんさなー”
さんさなー

楽天市場沖縄map「おもしろグッズ」で販売中の沖縄版50音表
その「せ」に…
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み(くまぜみ)とありますが、せみ一般を指す言葉としても「サンサナー」を使うので、極めて正しい表示ですね。クマゼミが沖縄で最もポピュラーなセミということなのかな。
宮古では「ガーウスゥ」または「ガーラスゥビィ」、八重山では「サンサン」といいます。

それにしても、ちょっといっぱい過ぎませんか…
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そのほかに、ニイニゼミが「シーミーグァー」とか、アブラゼミが「ナービカチャ」とか。
正確には、沖縄のニイニイゼミは「クロイワニイニイゼミ」で、アブラゼミは「リュウキュウアブラゼミ」です。
ちなみにクマゼミは内地と同種らしい。
以上、「沖縄大百科事典」の情報。

ところでアブラゼミですが、ネットで出てくる名前は殆ど「ナービカチカチー」です。沖縄語辞典でもそうなっています。
「鍋の尻を掻き落とすような騒がしい声で鳴くから」が語源らしい。「ナービ」は「鍋」だから、「カチャ」と「カチカチー」の違いですね。

この件についても、「にんじんしりしりー」の「しりしりー」と併せて、別の記事にて、また後日お話しします。

ああ、宿題がいっぱいになってきた。もう、わじわじーするさ……
(宇夫方路から送られてきた画像を使って、高山正樹が記事を書きました。)


22:00
県庁の脇の道を歩いていたら、なんだか草っぽい強い香り。
そういえば、ここはさがり花の並木、ちょうど花が咲いているところでした。
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夜中にだけ咲く花。
6月の公演の時に踊った「銭掛の花(じんがきのはな)」は、この花の異名です。
(父、宇夫方隆士の書いたパンフレットのイラストもサガリバナです。)
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【沖縄大百科事典】より
「サガリバナ(キーフジ、サワフジ)Barringtonia racemosa Spreng. サガリバナ科の常緑高木。マングローブ林の後背地、河岸・渓谷に生育し、湿生林の優占種となる。花序が穂状につき長く垂れ下がることからこの名がある。花は淡紅色、雄しべはきわめて多く、落花後、水面に浮く」

辞典の説明文が、妙に詩的に聞こえてくるのは何故でしょうか。
でも、名前って、なんだか不思議です。
(宇夫方路・報告、高山正樹・協力)


儀間進さんの「シマクトゥバ」連載20年の特集記事が沖縄タイムスに掲載されたことは先日ご紹介しました。
http://lince.jp…
今日から、宇夫方路女史は沖縄出張、帰るまでにタイムスに寄って、新聞を貰ってくる予定にしていました。でも、それよりも一足先に、昨日、沖縄語を話す会の國吉さんから記事のコピーを頂くことができました。

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僕たちの大好きな儀間さんの笑顔は、少しも変わらずに健在です。
このインタビュー記事の中で、儀間進さんは、ご自分が日常で触れてきた言葉を連載で取り上げてきたと語っていらっしゃいます。

ちょうど今、儀間さんの初期の文章を読み直しています。そしてたくさんのことをあらためて教えていただいているのですが、今日はその中から、「沖縄のあいさつ語」というエッセイについて、お話ししたいと思います。

このエッセイの中で、儀間さんは、沖縄には毎朝家族同士で挨拶を交わすという習慣がないと述べ、琉球大学の石川清治先生が語られた面白いはなしを紹介しています。

「ある小学校で、お父さん、お母さんに朝のあいさつをしましょう、という事で実践をした。子供たちは家庭で毎朝あいさつをする。一日目、朝起きて、おはようございますと声をかけたら、お母さんがびっくりした。お父さんは眼鏡を落としそうになった。一週間ほどたったある日、お母さんはカシマサヌヒャー(うるさい)と怒鳴った。お父さんはワカトーン(わかっとる)といった。」

さらに儀間さんは、それに続けてこう書くのです。

「よくわかるのだ、そのお父さん、お母さんの気持ちが。(中略)他人行儀な、おはようございますよりも、眼をこすりこすり寝床から台所にやってきて、ごはん まあだ? ときくほうがずっと自然なのだ。」

そして、たしかに沖縄には紋切り型の「おはようございます」のような言葉はないけれど、朝、「オバア」が起きてくれば「ウーキンソーチー(お起きになりましたか)」というし、もし道で目上の人に出会い、その相手が木陰で休んでいれば「イチョーミセーミ(坐っておいでですか)」と声を掛ける、それが沖縄のあいさつなのだと。
(※「イチョーミセーミ」の表記について、コメントを必ずお読みください。)

この話を國吉眞正さんにしました。すると國吉さんも、自らの幼い頃のお話をしてくださったのです。学校へ行く道々、誰かに会えば必ず声を掛けなければならなかった、たとえば畑で芋を収穫している大人がいれば、「お芋をとっているのですか」という、すると相手からは「学校へいくのかい」と返ってくる。もし黙って通り過ぎようものなら、どこどこのあの子は、口もきかずに通り過ぎたといって大変なことになる。だから沖縄では、ちいさな子供でさえ、いつもアンテナを張って、状況を把握して適切な言葉を捜し、臨機応変に対応していたのですよと。
考えてみれば、朝の9時も過ぎているのに、おはようございますではないでしょう。雨が降っているのにgood morningというのもおかしい。状況によって変わる挨拶の言葉、至極あたりまえのことなのかもしれません。

僕自身のことですが、僕は朝起きると、よくカミサンに、「起きたねー」とか、「起きましたか」とか言われます。そう言われた時の感覚をあらためて思い起こしてみるのですが、別段、特に気になったことはありません。しかし、朝はじめて顔を合わせたら、まずおはようございますのあいさつだろう、という風に、もしかしたら心のどこか奥の方で、そう感じていたのかもしれないとも思うのです。

起きたねー?
起きちゃ悪いのか。

坐っておいでですか?
見りゃわかるでしょう。

学校行くのかい?
この時間に小学生がランドセル背負って歩いていれば、それ以外には考えられないだろう……

「ウーキンソーチー」といえば、文化という伝統が背後で支えていてくれるから、その言葉に託された心もちも自然と相手に伝わるのでしょう。しかし、それをそのままヤマトグチに直訳してしまえばギクシャクする、そんな様々な例を、儀間さんは他のエッセイでもたくさん語ってくれています。

今日、この話を、高校3年になる娘にしたのです。

「あのさ、うちのかあちゃんさあ、朝、よく、起きたねーっていうよなあ。」
「うん」
「あれはね……」

娘は大変面白がって僕の話を聞いていました。

「國吉さんに聞いたんだけどね、毎朝母ちゃんが起きたねーっていうのはさ、あれが母ちゃんの挨拶で、あなたたちをちゃんと気遣っているのですよというメッセージなんだ」

僕は洗濯物を干しているカミサンに聞こえるように、わざと大きな声で話をしました。涙腺の甘い母ちゃんは、その時、きっと涙ぐんでいたのかもしれません。
30年近く、ずっと沖縄のことを考え続けていたのに、言葉についてはなぜかとても無頓着でした。もっと若い頃に、今のように言葉に対する具体的な関心が僕の中に生まれていたらと、ちょっと無念な気持ちもあるのです。

そうして儀間さんは、無味乾燥な共通語と、変わっていく沖縄の言葉の双方へ、たっぷりと皮肉を込めて、このエッセイを結んでいます。

「沖縄口のその場その場に応じたあいさつが消えて、どんな場でも一語ですますことのできる、共通語のさよなら、おはように代わったのも無理もないと思う。型があるというのは、何より手軽で便利であるから」

おきなわおーでぃおぶっくの、儀間進のコラムを読むという企画は、今日ご紹介した「沖縄語のあいさつ語」というエッセイから始めることに決定しました。

《追伸》
昨日、楠定憲氏は自分の家だってそれと同じだったと語りました。いつだって親父は、おお起きたかとしか言わなかった。「おはよう」なんて、家庭で交わした憶えがないと。
さて、これは楠さんの家庭に限ったことだったのか、あるいは彼の故郷、四国の香川全体にいえることだったのか、それは定かではありません……

「沖縄の挨拶」その《2》へ

7月19日日曜日: 西岡さんの島バナナ

楽天市場沖縄mapも、上原さんが頑張って、少しづつではありますが、形になる気配が感じられ始めました。
ところで、この“M.A.P.after5”は、形になる前の企画をお知らせする場所。はじめは、まだ海のものとも山のものともわからないような夢物語でも、ここで御紹介したからこそ実現できたものもあります。夢は、グチャグチャでもいいから、とりあえず大声で語ってみるものなのかもしれませんね。

楽天市場沖縄mapに作者のページができれば、その企画は“M.A.P.after5”から卒業。それからあとは、商品や作者に関する新情報をお伝えする場合、Officialなサイト(楽天市場沖縄map)の各ページを更新するという方法で対応していくことになるでしょう。ちょっと淋しいけれど、それがもともとの目標だったのですから致し方ありません。

今はまだしよんさんのページしかありませんが、それも進化させなければならないし、その他の方々についても、様々な諸問題を早くクリアして、プロフィールやいい写真などが届き次第、新しいページを、どんどんアップしていく予定です。

西岡美幸さんのシーサーも、間もなく販売できそうです。
「西岡美幸ブランド」が“M.A.P.after5”を「卒業」するのも間近です。

とはいえ、新しい作品の夢だとか、ちょっとしたこぼれ話などは、それはやっぱりこのブログの範疇ですよね。

ということで、今日……
18:30
西岡さんと最終的な打合せをしたのですが、な、な、なんと、島バナナを頂きました。
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コロっと太って、とってもおいしそうな島バナナです。

西岡さんは、沖縄に住みはじめたとき、島バナナの苗を買って、以来ずっと庭で育てているのだそうです。
前回お会いした時、高山正樹が国際通りで買った島バナナを大事そうにしていたから、是非ともこの太ったバナナを高山に渡したかったとのこと、高山が聞いたら泣いて喜びそうです。今回収穫したバナナは、とても出来が良いのだそうです。これからもっと大きくなるのもあるのだろうけれど、それが大きくなる頃には涼しくなっちゃうだろうから、今年はこれが最後かも、っておっしゃっていました。

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「重くてすみません、持って帰れるかしら」
「とんでもない、他のものを捨ててでも、このバナナは持って帰ります!高山氏のためにじゃなくて、あたしのために」

今日の、“M.A.P.after5”的な話題はこれだけ。
(宇夫方路の沖縄からの報告、高山正樹代筆)

月に2回の“沖縄語を話す会”に、今日もお邪魔しました。
國吉眞正さんと船津好明さんから、とてもたくさんの貴重なものを頂いたりお預かりしたり。
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ひとつひとつについて、お話したいことがたくさんあるのですが、相変わらずやらなければならないことが山積みで、すぐにご報告というわけにはいきそうにありません。
落ち着いて、
ウチナーグチ講座のように、ぼちぼちとご披露していこうと思っています。

たくさんのお土産は「お宝」でもあり「宿題」でもあり、それらをカバンいっぱいに詰め込んで、大崎から吉祥寺に向かいます。

吉祥寺は、今、沖縄の町といってもいいほど、沖縄の方たちが多く住んでいたり、沖縄の居酒屋がたくさんあったりするらしいのですが、でも今日は時間が無いので、街をゆっくり見る暇も無く、まっすぐに前進座劇場へ。

急ぎ足。自然と斉藤哲夫の懐かしき歌を、心の中で口ずさんでいます。

♪きちじょーじからー みなみへおりてー…
♪ちきちきちーきちじょーじー、ちきちきちーきち きちきちきちじょーじー……

劇団コーロ。“ハンナのかばん”
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ユダヤ人少女ハンナ・ブレイディのかばんには、ホロコーストの真実が詰まっている。
ユダヤをめぐる現況は、そう単純ではありません。でも、「今、何故ホロコーストなのか」、そんなありがちな質問をする気もありません。ただ、歴史に学ぶことが、対立を持続するためにあるのだったら、歴史など忘れ去ってしまったほうがいい。

僕は、島尾敏雄氏が1972年に書いた「大城立裕氏芥川賞受賞の事」という文章の一節を思い出していました。
(1972年ということは、斉藤哲夫「吉祥寺」の前年ですね…)

「彼(大城立裕)の目がひとつではなく、いわば複眼の構造を持っているということだ。小説の表現の世界で期待できるのは、この複眼の構造ではないだろうか。(中略)つまり『カクテル・パーティー』に登場するそれぞれの人物は、それぞれが被害者であると同時に加害者でもある条件を背負っている。作者が、そのところに目を据えている姿勢を、私ははっきりと読みとり、そのことに読後の充実を味わうことができた」

今ユダヤの人々は、ホロコーストの経験を、未来へ向けて、どのような精神的遺産として位置づけていこうとしているのでしょうか。
そして“ハンナのかばん”を演じる俳優の皆さんたちは、ハンナのかばんの中身に、どのような関心を寄せているのでしょうか。さらには、それはどれほど切実な関心なのでしょうか。できることならば、この舞台が終った後も、ずっともち続ける関心であって欲しいと願うのですが、しかし役者とは因果なもので、次々と新しい興味に乗り換えることができなければ、どうもやっていけない職業でもあるようです。

島尾敏雄氏は、さらにこう述べています。

「(大城立裕氏が)『沖縄のもっている荷の重さ」と書いた琉球弧を、文学的な複眼の構造で見た場合、それは言い知れぬ豊饒な母体として写ってくるのを私は払いのけることができない。しかし(中略)その母体を享受することのできる者が、限られていることも、どうしようもないことに思う。でも大城氏の場合は明らかにそれを手に入れている。琉球弧は内発的な表現力を生み出す母体として彼の前に横たわっている。彼はただ手をのばしてつかみとりさえすればいいのだ。
私は琉球弧の中の奄美に十二年も住んできたが、その条件が私の内面にわかちがたくはたらくところまで、まだたどりつけないでいる。ひとつのかすかなのぞみは、奄美の土着の世界への尽きない関心を失っていないことだ。」


劇中、白石准ちゃんが生演奏でピアノを弾いたのです。そのことを語ろうと思っていたのですが、それを語るならもっと適任の方々がいるように思うので、僕は遠慮することにしましょう。
http://juninho.blog…

終演後の、御主人様が去ったあとのピアノ…
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朝から何も食べていなかったので、有名な“いせや”へ。
劇団あとむの面々。
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楠さんと、織田さんと、大女優改め天才の…
やーめた、また名前変わるかもしれないから、今度会ったとき名前変わってなかったら紹介するね、今ちゃん。

(ちなみに、youTubeの斉藤哲夫「吉祥寺」に“いせや”が出てきます。)



南から…
“機織工房しよん”の長池朋子さんからご案内が届きました。
喜瀬の風展葉書
“喜瀬の風”展
名護市にある喜瀬別低というホテルの中にあるブティック“はなうい”にて、7月の18日から8月の23日まで。夏休みいっぱい。長いですねえ。
詳細は下記サイトで…
http://www.kise-bettei.jp/information…

北から…
おきなわおーでぃおぶっくのブログではご紹介していたのですが、先の11日、札幌で“人類館CDを聞く”というイベントが行われました。その時の感想など、主催者の方が送ってくださいました。
南の島の声が、私たちのCDに乗って北の大地に届く、何とも感動的です。
それについての記事をOfficialBlog“おきなわおーでぃおぶっく情報”に書きましたので、是非ともお読みください。
http://ameblo.jp/okinawaaudiobook…

地球の裏から…
そして遥か遠くブラジルから、こんなメッセージが送られてきました。

「『ノロエステ鉄道』のCDを拝聴致しました。素晴しい作品と思います。ここ日系社会、特に沖縄県出身の人たちにも是非聞いてもらったらよいのではないか、と思います。当地には沖縄県人会がご座居ますので、コンタクトを取られたら如何なものでしょうか。」

ありがとうございます。是非そうさせていただきたいと思っています。
また、“おきなわおーでぃおぶっく”のOfficial_Siteポルトガル語版を計画中です。

そして、実はこんな指摘も頂いてしまいました。

「たゞ一つ作者が勘違いしていると思われる点がご座居ます。ボリビアの首都はSanta Cruz de la Sierraではなく、La Pazです。」

貴重なご指摘、本当にありがとうございました。
なんと、大城立裕先生のインタビューの中に間違いがあったようです。
大城先生からは「面目ない」というコメント、いえいえ、これは我々編集者のミスであります。色々と勉強させていただいています。このミスを肝に銘じて、これからの糧としたいと思っています。
とりあえすホームページにて訂正とお詫びの記事を準備中です。



7月16日木曜日: 迫る影

保幸氏の背後に迫る影は…

お友達(やもり)

お友達です。
今年、4回目ですが

渋谷さん、上原さん
こんばんわ

初めまして


7月16日木曜日: 拝啓、儀間進先生

沖縄タイムスの、儀間進氏のコラム“語てぃ遊ばなシマクトゥバ”の切抜きです。
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本日の沖縄タイムスに、このコラムの掲載20年を記念しての特集記事が組まれたようです。その新聞は、間もなく事務所にも届くでしょうから、それはその時にあらためてご報告いたします。
せっかくなので、ここでは1970年の11月に『琉球弧』第二号に発表された儀間先生の論文「沖縄・方言・共通語」の中から、その一部をご紹介したいと思います。

儀間氏は、まずフランツ・ファノン「黒い皮膚・白い仮面」、柳宗悦の方言論争、沖縄人連盟九州本部による「沖縄同胞に贈るメッセージ」などを考察していくのですが、さりげなく挿入されるエピソードこそ、僕のよく知る儀間先生の真骨頂があらわれていると思うのです。

「ぼくは、学童疎開で九州に渡ったとき、鹿児島や熊本の児童たちが、教室のなかで先生と方言でやりとりをしているのを知っておどろいた。沖縄とは何という違いだったろう。沖縄では考えられないことだった。わかりにくい、という点では沖縄方言も鹿児島方言も似たりよったりでしかないのに。このように見てくると、沖縄における戦前の共通語教育政策は、植民地的だったと言い切ってよい」

こうしたエピソードは、どんな理屈よりも、沖縄も日本の他の地域と同じだとする類の意見を、沈黙させてしまう力があります。

さらに、戦後の沖縄の音楽や踊りの隆盛、またウチナーグチ復権への関心は、沖縄文化蔑視に対して押さえられていたものの噴出ではないかという記述も、単に沖縄は芸能の島だというようなステレオタイプのイメージに一石を投じます。

そして、儀間進氏は、さらに続けます。
「しかし、ぼくたちはここで、いま一度考えなおしてみたい。単に『沖縄口忘りれえからあ、沖縄人あらん』というだけでは、偏狭な昔の世界に閉じこもってしまう危険性を内包している。(中略)頑なに昔のからに閉じこもるのでなく、押し寄せてくる状況を突き破っていくためには、沖縄的なものを大事にしつつ、沖縄の文化を固持しながら再び中央に向かっていかなければならない。(中略)中央への同化を拒んでいくには中央文化に対置できる異質の沖縄文化に対する強烈な認知が必要である。みつめられることに対して、みつめかえす眼が必要だからである。」

ここから、言葉に対する高い感受性を持つ儀間氏の本領が発揮されるのです。
儀間氏は新しい(といっても1970年のことですが)沖縄の子供たちが、共通語をうまく使えるようになったことを、半ば皮肉混じりに喜ばしいことだとしながら、沖縄の同胞に、鋭い眼差しを向けていきます。

「(子供たちの使う共通語の)内容をよくみると、よそゆきのことばはうまく使いこなせるけれど、ゆかたがけの言葉が出てこない。つまり、生活語としての豊かさ、深さがない。だから一般にぼくたちの言葉は硬直した感じを与える。方言の持っている生活や感情のひだひだをすくいあげていたあの豊かな言葉は、どうして共通語のなかでは生きてこないのだろうか。」
「(ウチナーグチを愛する会などは)落日を惜しむようなものである。生活のなかに生きて動く言葉でない限り、認識としての働きも、文化の継承としての働きももち得ない。人間性の歪み、言語のひずみをなおしていくには、片隅に生きていくような慰み程度の会などでは、どうしようもないことは確かである。
(中略)言葉の問題を単独に切り離して考え、処理していくことをせずに文化の中心に据えてとらえなければならない。中央から与えられるものを絶対として受けとるのでなくて、沖縄自体の中に核をもち、逆に中央を相対化していく方向をこそ探し求めていくべきだろう。それは沖縄を掘り下げていくことによって可能だと思うのである。」


いかがでしょうか。もう40年近くも昔の文章だというのに、全く古びることなく、今でも通用するとお思いにならないでしょうか。
この儀間氏の言葉に、なお大和へ寄り添っていこうとする意識を敏感に感じ取って、儀間進もまたこの年代の多くの人たちと同じように、大和に洗脳されていると、氏の論に異を唱える沖縄の人もいるかもしれません。しかしながら僕は、そのような批判を一度棚上げして、人間・儀間進のニュートラルな精神と素直に出会っていただきたいと思うのです。
僕は儀間進氏に、心から敬意を表します。

儀間進先生。
さほどお待たせすることなく、先生のコラムの第一弾を、データ配信出来る見通しが、今日、たちました。またお会いした時、ゆっくりとお話させていただきたいと思っています。その日を、とても楽しみにしております。
第三の眼より


7月15日水曜日: 野菜の馬に乗って

夜11時に帰宅。
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御先祖様は、すでにあちらへお帰りになった後であった。
迎え火にいられなかったのだから、せめて送り火の時ぐらいはと、家族からきつく言われていたのに。

「さあ、あんたたち、ウートートーしなさい」
今日も、妻は子供たちにそう言ったのだろうか…

太陽暦の新盆(しんぼん)である。昔から盂蘭盆は今日あたりだが、古い祖先が帰ってくるのは、もっと先である。

沖縄の血を引く僕の妻は、僕の母の叔母と親しくしていた。その母の叔母が亡くなってから、もう数年経つのだが、今でも月命日には、大概お線香をあげに行っている。
(太陽暦じゃあ月命日もあやしいものだ)
妻はそんなことには頓着しない。妻が正しい。でも、旧暦のわかる手帳を欲しがってもいる。
そんな妻だから、きっと旧盆には沖縄に帰りたいに違いないのだが、毎日の生活の中で、沖縄は、やはりとても遠い。

追伸。
「ウートートーしなさい」とは、「なむなむしなさい」といったところだろうか。
「ウートートー」は、正確には「ウートートゥー」である。
(高山正樹)


7月14日火曜日: 今日のゴーヤー君その2

手が3本に…
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9日後のゴーヤーへ

カテゴリ: mystery
花柳紀寿郎は、女優の修行のためにと日本舞踊をはじめました。
1961年、作曲家、間宮芳生、劇作家、ふじたあさや、声楽家、故友竹生則、創作舞踊家、関矢幸雄らと共に“土の会”を結成。
1962年には、東京の草月会館で、寺山修二の「犬神」に出演します。

私が、先生の内弟子になったのは28年前。
観客を喜ばせるために、いつもでも、どんな場所でも真剣で、生半可なことは絶対許してくれませんでした。先生は何時もいつも表現のことばかり考えていました。昔、今はもう亡くなられたおばあちゃん(先生のお母さん)が、「紀子(先生の本名)はいつも日本舞踊の話ばかりするけれど、他の人はそれじゃあ疲れちゃうよ」とおっしゃっていらしたことを思い出します。
先生と出会ってから、もう30年以上も経ちましたが、昨夜の先生は、相変わらず舞台の話や踊りの話で尽きることはありませんでした。それとも、久しぶりに私が訪ねたからなのかもしれません。

朝はゆっくりの起床。小泉君が丹精込めて作ったおいしいお米、ふっくら炊きあがったご飯は、なによりの御馳走です。
朝、誓子ちゃんが言っていました。
「私はね、みっち(ここではみんな私のことをそう呼ぶのです)たちが、お母さんから違う、違う、違う、違う・・・・って怒られながら稽古していたのを見て育ったから、それが普通なんだと思っていたけれど、今の人は違う、違う!って言われると、すぐ出来ませんっていなくなっちゃうんだよね。」
「違う」と怒ってくれる人がいるということは、とても有難いことです。きちんと怒ること、きちんと怒られることは、とても大切なことだと思うのです。

東京へ戻る電車には、まだちょっと間があります。
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なおりん号(なおえつ茶屋ではレンタサイクルもやっていて、1日100円です)で、直江津港の近くの橋までサイクリング。
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ここは安寿と厨子王が母親と別れ別れになったところなんだそうです。
橋の欄干には…
片側に安寿と厨子王が山椒大夫に連れ去られる場面。
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反対側には老いた母親と厨子王が再会する場面が刻まれてありました。
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慌ただしい再会でしたが、また一緒に何かやろうね!と先生と約束をして、自転車をお店に返して、もう電車の時間が迫っていたので、二階にいた誓子ちゃんには、階下から携帯電話でさよならをして、急いで駅に向かいました。
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(直江津の駅舎は船を形どっているのです。)
切符を買っていたら、後ろから「みっち!」と呼ぶ声。振り返ると、そこには誓子ちゃんが立っていました。
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私にさよならをいうために、松葉杖を突いて追いかけてきてくれたのです。
生来頑張り屋の誓子ちゃんは、若い頃、仕事に根を詰め過ぎて体を酷使したために、突然リウマチになってしまったのです。それからは痛みとの戦い、ひどいときは寝たきりで、死にかけたこともありました。

今でも具合の悪いときは、2階から降りるのに半日かかるという体です。なのに今日は、がんばってがんばって、私を追いかけてきてくれたのです。
健康な私が、病気の誓子ちゃんに、持って帰れないくらい一杯の元気をもらったのです。
持って帰れない分は、誓子ちゃんに預けておくね。そして、近いうちに、直江津で先生ときっと何か一緒にやるから、その時まで、ちゃんと預かっておいてね。
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(宇夫方路)

【おまけ】
誓子ちゃんのサイトです。
http://casa.ukulelesty…

それから、高山正樹氏が、かつてこんなことを書いていました。よろしければ、そちらも読んでみてください。
http://lince.jp/mugon…


7月12日日曜日: にんじんしりしりー考

今日の朝食。
ソーキ汁と「にんじんしりしりー」。
ソーキ汁と「にんじんしりしりー」

「にんじんしりしりー」は、先日、県民ショーとかいうテレビ番組で、沖縄の定番として紹介されらしいですね。
普通は卵と炒めるのですが、今日は鶏の卵じゃなくて鱈の卵、要するにタラコをまぶしてみました。

ちなみに「にんじん」はウチナーグチで“ちでーくに”といいます。
だからといって、「ちでーくにしりしりー」と言わなければダメだなどとは申しません。

では、「しりしりー」とは何ぞや。

例えばはなまるマーケットのサイトでは…
「しりしりーって『すりおろす』って意味なんです」
とか書いてある。

また別のサイトでは…
「『しりしりー』というのは、『すりすり』という意味のうちなーぐち(沖縄方言)です。例えば、『誰かの頬にすりすりする』というのは、うちなーぐちでは、 『しりしりする』と言います。」

まあ、目くじら立てるのも大人げないのですが、人参をすりおろしちゃっては「にんじんしりしりー」にはなりません。キンピラの人参より、もっとずっと太く切らなきゃ、あのシャキシャキ感がなくなってしまいます。
沖縄の家庭には大概常備されている「しりしり器」(穴が大きいスライサー)に人参を擦りすけると、確かに「しりしりー」という感じがします。しかし我が家には「しりしり器」が無いので、カミサンは普通に包丁で切ってます。ちょっと時間が余計にかかるというだけのこと。つまり、うちではしりしりーしないで「にんじんしりしりー」を作るのです。
(もはやそれは「にんじんしりしりー」ではない?)

「しりしりー」は「すりすり」のことだというのは間違いないと思いますが、「しりしりする」をウチナーグチだと言ってしまうのはどうなんだろう。元来「~する」というウチナーグチはない。「~する」の「する」はウチナーグチ(首里※)では「シュン」なのですから。
では、「しりしりーしゅん」がウチナーグチとして成立するのかどうか、今度の沖縄語を話す会で聞いてきますね。
(※コメントをお読みください。8/2日追記)

日本語は極めて豊かな擬態語を持っているといわれます。ウチナーグチも同様。ウチナーグチと日本語の擬態語や擬音語を列挙比較して、その感覚の違いを考察する研究なんて、すごく興味深そうです。

ともかく「にんじんしりしりー」とは、比較的新しい言葉なのでしょう。だって「しりしり器」のようなスライサーがなければ、この「しりしりー」という感覚は出てこないと思われますから。

いずれにしても「にんじんしりしりー」という言葉は、「うちなーぐち」ではありません。これは「うちなーやまとぐち」の範疇です。

異論歓迎。
また新たな情報があれば、コメントにてご報告します。
(高山正樹)

カテゴリ: mystery
先生は直江津の駅からちょっとまっすぐのところで、「なおえつ茶屋」というお店をやっていました。
なおえつ茶屋

珈琲と、そして定食も出しています。お米や野菜にこだわって、とても体に良い食事なのです。
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地元の新聞で紹介もされました。
河端紀子という本名で。
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地元の人たちが作った食べ物や雑貨などもいろいろと売っています。
あ、若い頃の先生の写真、懐かしい。
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奥のスペースはミニ図書館と、駄菓子のコーナー。
昼間は子どもたちのたまり場に。
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今日はそこを使って、着付けの講習会をやっていました。
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「あ、いいところに来た」
急遽、私は助手にされてしまいました。
10年近くもお会いしていなかったのに、先生、ちょっと痩せたけど、相変わらずものすごいパワーです。

先生の大好きな浴衣が飾ってありました。
先生の大好きな浴衣

先生の長女の誓子ちゃんと、なおえつ茶屋にお米を卸している小泉君と、小泉君の彼女と、いっしょに飲んで食べて。そのうち近所の高校生も遊びに来て、そしていっしょに記念撮影。
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一番左が私、その隣が誓子ちゃんです。
誓子ちゃんは、もう10年以上、リウマチと戦っています。でも、今日はとっても具合が良さそうでよかった。

直江津の夜は更けていきました。
先生のご紹介は、あらためて、明日……。
(宇夫方路)
明日に続く…
http://lince.jp/hito/norijurou…


7月11日土曜日: その頃、新潟その1

【宇夫方路からの報告】
北信越地方の子ども劇場の、夏の企画会議に、山猫合奏団の制作担当として出席するため、妙高高原の駅に降りました。
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会場は赤倉ホテル。
北信越企画会議の横断幕
長野・新潟・富山・石川の各おやこ劇場の関係者と、全国からやってきた創造団体の関係者、全員で400人以上の人が、今日11日と明日12日の2日間、この赤倉ホテルでの企画会議に集まりました。

まずは上越子ども劇場のお母さんたちが、歓迎の意味をこめて歌と踊りを披露してくれました。
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でも、いっしょに舞台に上がった子どもたちには、そんなことは関係ありません。お母さんたちの思惑とは一切関係なく、最後まで自由に暴れまわっていました。
それが終わると、おやこ劇場のお母さんお父さんは、11の班に分かれて、各団体の作品の説明を聞きます。

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休憩を挟んで3回の説明会を終えた私は…
夕食の支度を横目で見ながら、お先に失礼しました。
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他の皆さんは、夕食後、音楽の団体のデモンストレーションを見る予定。そして一泊して、12日の午前中にまた説明会があって、それでこの企画会議は終わりです。

でも私は、直江津に住む日本舞踊のお師匠さんに、何年ぶりかでお会いするために、電車に乗りました。
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(宇夫方路)

続く…

7月11日土曜日: “SIMON & GARFUNKEL”

ある日、自宅に帰ると、机の上にそっと置かれていた2枚のコンサートチケット。
東京ドーム“SIMON & GARFUNKEL”
13,000円×2。娘からのプレゼントです。娘にサイモンとガーファンクルの話など、今まで一度もしたことないのに。

何となくJRの水道橋を避けて、地下鉄南北線の後楽園駅を降りました。我々ぐらいの年齢の人たちがたくさん、東京ドームに一番近い出口へと向かっています。
表に出るのに長いエスカレーターが2本。みなさん左側にお行儀よく一列に並んでいらして、その右側をすり抜けていくような、アクティブな人は皆無です。たまに、メタボ対策なのか、階段を登るおじさんがいるだけ。
東京ドームでの最年長アーティストのコンサートなんだそうです。「アーティスト」という言葉は、いつ頃から使われだしたのでしょうか。たぶん、僕らには、死ぬまでしっくりこない言葉なんだろうなあ。
でも、今日はアーティ(アート・ガーファンクル)に免じてよしとしよう。

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やがて照明が落ち、万雷の拍手。

Old friends
Sat on their park bench
Like bookends.

何故だろう。何故だか涙が出てくるのです。
Old friends、特定の誰かを思い起すというわけではありません。ゴドーを待つエストラゴンとウラジミールのようでもあり、サイモンとガーファンクル、彼ら自身がそうなのでもあり…

なんとも象徴的なのです。いたって短いお付き合いでしたが、先日急逝されたI氏。読書好きが嵩じて、ついに奥様と読書関連グッズの商売を始めた。やっと軌道に乗ってきたところだったのに。
ブックエンドはたいがい複数形。

Like bookends.

Preserve your memories;
They're all that's left you

それにしても、観客はお上品でありました。しかし、手拍子が民謡のように拍の頭というのは頂けない。ひとり裏打ちの手拍子というのもいやらしいので、静かに頬杖をついていました。

Are you going to SCARBOROUGH FAIR
Parsley, sage, rosemary and thyme
……
She once was a true love of mine.

間奏でチェロ。やられました。

大島先生へ。小生、忙しくてなかなかチェロを練習する時間がとれないのですが、そろそろ追い込まなければと思っています。実は昨日、事務所で練習している画像を、私のOld friendが世界配信いたしました。
http://www.bcphotoshare…

ちなみにこのOld friendは、18日の札幌ドームのコンサートに行くそうです。たぶんこの札幌が、サイモンとガーファンクルのコンサートとして、世界で最後になるのではないかと言われています。
札幌でのラストコンサートのアンコールを歌い切って、ふたりはいったいどんな表情をして舞台を降りるのか、Old friendの報告を楽しみに待っています。

Hello darkness, my old friend
……
People talking without speaking,
People hearing without listening

THE SOUND OF SILENCE
人生とは、なんとも不条理なものです。

娘に感謝。
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そんな娘に育ててくれたカミサンにも、感謝であります。

《オマケ》
サイモンとガーファンクルではありませんが、アカペラの“サウンドオブサイレンス”
なかなか優れものなのです。



7月10日金曜日: 今日のゴーヤー君

ゴーヤー君。
しっかり、つかまってます。
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かわいい!

 ⇒次のゴーヤーへ

7月 9日木曜日: すくすく伸びろ!

地ゴーヤーにならないように、というか、地面がないから地ゴーヤーじゃあ可哀想。
そこで棒を差しました。
地ゴーヤーのはなし
前回のゴーヤー
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すくすく伸びろ!
明日のゴーヤーへ

ウチナーグチの、音韻勉強中。
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この歳になって勉強しても、もうあんまり伸びることは期待できないなあ……

まずは…
過去の記事を加筆更新しました。
沖縄語を話す会夏の宴(7/4)

一昨日、昨日、そして今日、三段落ちの猫。
なんと無防備な。
籠の外で寝る猫(一郎)
籠から出しても、どうやら君たちは、野良にはなれそうもない。

横目で猫を見て、こいつら幸せなのか不幸なのか、そんなことを考えながら書斎に入る。

ウチナーグチの音韻について、そのうちきちんと体系的にまとめてご説明しますなどと、春ごろ、このブログに書いた。
http://lince.jp/hito/okinawamap…
しかしながら、言語学をきちんと勉強しなければ、なかなか無責任な説明などできないことが分かってきた。

『沖縄語辞典』の「母音音素」の説明の中に、こういう記述がある。
「発音のしかたは大体標準語のそれに近いが、uは円唇母音であり、oは標準語のそれと同じ、ないし、わずかに広めである。」

なんとも厄介である。
円唇母音とは唇を丸くする、要するにちょっと口をとんがらす感じだろうか。ならば「標準語」はとんがらさないのかといえばそうでもない。例えば江戸っ子の無声音、寿司の[su]の[u]は、ほとんど平べったい口のママ出す[u](非円唇母音)だが、関西人が「すし」と言えば、ちょっと粘った有声音の「su]となって、この場合は明らかに円唇母音である。
明石家さんまが「すし食った」と言ったならの記事

沖縄語を話す会の勉強会で、ネイティブな沖縄の方が、ヤマトンチュの喋るウチナーグチは何だか違うとおっしゃっていたが、たぶん、こうしたわずかな違いが、その方の違和感の正体なのだろう。そう思うと、ちょいと絶望的になる。

沖縄語を覚えるのに、なにも言語学など必要ではない。わかっちゃいるが、小生、こういうアプローチをしなければ気がすまない。他にもそういう性質(たち)の人たちが、少数だとしてもきっといるに違いないと、そういう御同輩に満足いただけるような説明をするために、もう少し頑張って勉強してみようと思っている。

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まず、M.A.P.after5うちなーぐち講座《1》の記事をお読み頂きたい。
http://lince.jp/hito/okinawamap/benkyoukai…

ヤコブソンの「一般言語学」の中に、こんな記述を見つけた。
「私が子供のとき見た変化を例にとると、標準ロシア語の母音のパターンに一つの顕著な変化が起こった.無強勢の、特に強勢のある音節の直前の位置で、/e/と/i/の二つの音素は、モスクワで私の祖父母の世代には区別されていた.私どもや、もっと若い世代のことばでは、この二つの音素は、一つの/i/になってしまっている.中間の世代、すなわち私どもの父母の世代では、この区別は任意的である.(中略)たとえばわれわれは、保守的に話すときは昔風のことばを使う.モスクワのロシア語で、私どもの父母の世代は、親しい間のおしゃべりでは、強勢のない/e/と/i/を区別しなかった.二つの音素を融合させてしまうという、新しいやり方をするのは、実際の年齢よりも若く見られるためである.」

ウチナーグチを考えようとする者にとって、実に興味深い記述ではないか。ヤコブソンは、ただ単にエピソードを語っているわけではない。彼はここから、文化の構造の全貌を、言語という地平で解き明かそうとするのである。

例えば、今ここでご紹介する余裕も能力もないが、ヤコブソンの「失語症」に関する考察は、ウチナーグチと大和の言葉の間に起きたダイナミズムを考える上で、極めて示唆に富むように思われる。そこに、個別の歴史という特殊性を重ね合わせた時、失ってはならぬもの、回復しなければならぬもの、変わっていっていいものを峻別する可能性が開けるのではないかとさえ思うのである。

ああ、この書斎に篭っていると、これが会社のブログであることを、すっかり忘れてしまう。頭を冷やして、少しばかり限定的な話をしよう。

やはりヤコブソンの「一般言語学」から。
「発生的には相対的な広さと狭さで対立し、聴覚的にはエネルギーの高度集中と低度集中(集約/拡散)で対立する口蓋母音は、若干の言語ではある位置では[ae](発音記号のaとeのくっついたやつのつもり。)―[e]で、他の位置では[e]―[i]で具現され、したがって、同じ音[e]が、ある位置では拡散の項を具現し、ある位置では同じ対立の他方、すなわち集約の項を具現することになる.双方いずれの位置においても、関係は依然として同一である.二つの開口度、これに対応して二つのエネルギーの集中度(最大度と最少度)が、双方いずれの位置においても対立している.」

ちょいとウチナーグチからズレるかなと思いながら、僕は、書斎の中で、まるでお経のような声を出してみる。
「あ」から「い」に向かってだんだん音を変えていく。しかし、なかなかうまくいかない。なぜなら、「い」に比べて「あ」は、舌の位置が奥の方にあるからだ。そのことを理解して、口の形を変えながら、舌をだんだん前に移していくことを意識するとうまくいく。しかし、その間に「え」の音は聞こえてこない。
今度は、「あ」を発音したまま、まず舌を前の方に移してみる。すると[ae](発音記号のaとeのくっついたやつのつもり)の音になるではないか。そして、この日本語にはない[ae]から「い」に向かってだんだん音を変えようとしてみると、意外に簡単に出来る。舌はそのまま、唇を、ただ横に拡げていけばいいだけである。そして、[ae]の音は、きちんと途中「え」を通過しながら「い」の音にたどり着く。つまり、「え」と「い」は、舌の位置が同じ位置(前)にあるからだ。「あ」から「い」に移動した時は、ショートカットしてしまったために、唇の横の広がりが「え」と同じ時、舌の位置は、まだ「え」よりも奥にあったというわけである。

口を横に拡げる、それはイコール舌の位置が下から上に上がっていくことと同じ(厳密にいえば違うのだが)。要するに、「え」と「い」は近しい関係。「え」の時の舌を、上に上げると「い」になるのだ。「お」と「う」も同じ関係にある。「お」の舌の位置を上げれば「う」になる。これを「上舌化(高舌化)」、」という。ウチナーグチは、かつてこの「上舌化(高舌化)」が起こったというのが定説である。「雨(あめ)」が「あみ」に、「雲(くも)」が「くむ」に。
これを、ヤコブソンが示したロシアの事例([e]→[i])を比較すると、とても興味深い。

それにしても、ローマン・ヤーコブソンの「一般言語学」という本は、20年以上も前に、文化人類学や構造主義の本を読み漁っていた頃に買ったもの、まさか今になってまたこの本を開くことになろうとは。しかし、あまりにも難解に過ぎる。近いうちに、もう少し簡単な言語学の本を、見つけてこようと思っている。でないと、生きているうちにウチナーグチをマスターすることなど絶対にできない。

しかし、こういう性格なのです。許してください。

7月 7日火曜日: 全てを結ぶ“しりとり”

【ねこ】←昨日の猫
自宅にて。
しかし、なんで自分から籠に入るんだ。
眠る猫(ごま) 起き出した猫(ごま)
あんたらの勝手でオイラ達を去勢したくせに。
にゃにを今さら…
「ねこ」の“
ーやー】←一昨日のゴーヤー
事務所にて。
プランターに植えかえました。
広いところですくすく育て!
プランターに植えかえたゴーヤー
2日後のゴーヤーへ

「ごーやー」の“
きとり】←前回の鳥力中央研究所
ちょっと早めに仕事を切り上げて。
卵かけご飯がメニューにあるんです。
無精卵かな、でも新鮮上等な卵です。
卵の殻と手羽元の骨
すいません、食いっ散らかした後の画像で。

「やきとり」の“
ゅうきゅうこ、はっかんのことば】←前回「琉球弧」のことを書いた記事

焼き鳥を肴にホッピーを飲みながら、読んでいた本。
儀間進『琉球弧』。
儀間進『琉球弧』の表紙

その「まえがき」から…

「『琉球弧』という手書きの個人誌を書きはじめたときは、活字にすることなど考えてもいなかった。沖縄が本土復帰する二、三年前から、折にふれて感じたり、考えたり、疑問に思っていたことを、気負うことなく、憶することなくわりあい静かな気持で書いた。他人に自分の考えを主張するという形でなく、むしろ自分に語りかけるつもりで書くことによって、考えを整理したといったほうが当を得ているのかもしれない。」
「『沖縄人のままで日本人になる」ということを以前に書いたことがあるが、『琉球弧』の底にあるのもそれである。『沖縄人』ということを、どのように解釈するかで、その人の生き方も変っていくものだが、わたくしとしては、声を荒げずに静かに強く生きることが出来たらと思っている。しかし、このことは自分自身に向っていうことばだと思っている。つぶやくように語ったつもりのことばがマイクに入って、スピーカーから流れ出したようなとまどいを一面では感じている。」
1979年1月10日儀間進

ページをめくると、続いて目次があって、その次のページに、手書きの創刊号の表紙が刷られてあります。
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そしてその、「発刊のことば」(1970年9月)から…
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「こんど個人誌を出すことにした。長くへこたれずに続けていくために、見てくれは悪くても、資金の関係もからんでガリ刷りの小さな雑誌にして、とにかく書けるところまで書いていこうと考えている。」
「この小さな雑誌ですぐさま『政治』を語るつもりはない。むしろ、ある意味では逆に政治から遠ざかるかもしれない。現代においては、政治に背を向けることが許されなくなっているが、政治的次元での人間解放には深いところで大きな限界があると思うからである。」


僕は、儀間進氏のウチナーグチのコラムをたくさんの人たちと読むという企画を進めようとしているのですが、あらためて儀間進先生の思索の深さを、この書物を通して再確認しています。
それについては、今後このM.A.P.after5において、折々、ご紹介していこうと思っています。そして、ある程度記事が溜まったら、それらをまとめて、おきなわおーでぃおぶっくOfficialサイトあたりに掲載しようと考えています。
(文責:高山正樹)

「りゅうきゅうこ、はっかんのことば」の“
じめちゃん】←前回のはじめちゃんの「カラボ」
酒撲滅運動。世界の酒を飲み尽すためにハシゴするのです。
火曜日のMIRROR_BALLは、はじめちゃん担当。
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「はじめ」なのに、「はじめちゃん」の“”で「しりとり」は終わり。
飲み過ぎて、お釈迦なんてことになりませんよう。いくら苗を植えても、実の成る前に死んでしまったら、何も植えなかったのと同じことですから。

でも、沖縄語には“ん”から始まる言葉がたくさんあります。だから、沖縄の「しりとり」はエンドレス……

「はじめちゃん」の“
なばた】
何も植えていない畑のこと…

今日は7月7日。
「んなばた」ならぬ「たなばた」は、ウチナーグチでなんていうのでしょう?

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7月 6日月曜日: 籠の猫

眠る猫(モルツ) 起き出した猫(モルツ)
おまえ、寝違えないか…
にゃにか……?
明日に続く。

今日のブログは、過去の記事を差し込んだよとお知らせするためだけのもの…
差し込み記事、通し番号24です…
只今勉強中(6/30)

7月 5日日曜日: 一本ゴーヤー

昨日、沖縄語を話す会で頂いたゴーヤーの苗です。
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沖縄語を話す会では、ゴーヤー談義に花が咲きました。

「一本ゴーヤー」という言葉があるのだそうです。
一本の苗で60個のゴーヤーが成るから、一本で十分だということ。
「何本も植えちゃいけないという意味かと思ってた」というご意見も。
確かに一本の苗で60個も成るんじゃあ、近くに植えないほうがいい。何本も植えちゃいけないというのも間違いではなさそうです。

ゴーヤーは連作しちゃダメだというが、そんなことはない。きちんと土を返して肥料をやれば大丈夫。その話を伺いながら、土地を耕すことなどせず、一年休ませて自然に回復するのを待って、そしてまたゴーヤーを植える、昔はどこでもそうだったのかなと、思ったりしました。

棚を作らず、スイカみたいに地面を這わす地ゴーヤーというのもあるとか、熟れて赤くなったゴーヤーは甘いのだとか、ゴーヤーのワタの天ぷらがおいしいとか、ゴーヤーの話は、まだまだたくさんありそうでした。

さて、頂いたゴーヤーを大切に育てて、私たちはいったいいくつ収穫できるでしょうか。
でも、

サボテンも枯れるという事務所、大丈夫かな。

2日後のゴーヤーへ

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7月 4日土曜日: TOKYO

沖縄語を話す会の夏の宴を終えての帰り道。
菊地さんに会いに歌舞伎町の市場寿司へ。
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今日も「社長とは呼ばないで」風に…
今日が誕生日らしいホストが、お客さんに奢ってもらっている。
出勤前のホステスのふたり連れが、刺盛と金目のカマの塩焼きを頼む。
どこかの国のカップルが醤油に鉄火巻を泳がせている。
「喰い方まで教えてやんなきゃなんねえだから」

「また来るよ」と菊地さんに告げ、帰り際に、今日貰ったゴーヤーの苗を渡口さんに見せたが、渡口さんはそれには何の興味も示さず、南灯寮はまだあるの、と言った。
外交辞令。
そりゃそうだ、僕は沖縄の人間じゃない。僕が渡口さんにゴーヤーの苗を見せたのだって、きっと外交辞令。

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すれ違い行き交う人たち。
分厚い化粧。色とりどりの髪の毛の色。タトゥーとピアスの穴で傷つけられた肉体。
東京の人間の人相って、こんなにも悪かったっけ。まるで、みんな宇宙人だ。

けれど、故郷のない僕は、きっとこの街が、どうしようもなく好きだったのだ。
スラングだけで語り合った、どこかの星の、たった一夜の出来事が。

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毎日毎日が、いつも、たった一夜の出来事。


ウチナーグチの勉強は小休止。
大崎の沖縄語を話す会、その“夏の宴”です。
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何人かの方の御挨拶やお話は、もちろん全てウチナーグチです。
我々の理解度は…
國吉眞正さんの主宰者挨拶:高山10%、宇夫方10%
 船津好明さんの柳宗悦に関する話:高山90%、宇夫方10%
 Yさんの御挨拶:高山3%、宇夫方10%
 演芸大会の沖縄芝居のせりふ:高山0%、宇夫方0%
 雑談:高山93%、宇夫方95%
  (時々顔を出すウチナーグチが分からない)
 乾杯の音頭(かりー):高山0%、宇夫方100%
  (要するに知っていたかどうかの違い)


でも、この「かりー」、昭和38年に国立国語研究所が出した「沖縄語辞典」には載っていませんし、「乾杯」という意味のウチナーグチ自体が、この辞典には全く見当たりません。

比嘉光龍さんは、琉球新報の『光龍ぬアハー!うちなぁぐち』というコラムで、次のように書いています。
「『嘉例(かりー)』は日本語の『かれい』から来ているらしく、意味は広辞苑に『めでたい先例』だとある。」
「これが乾杯の意味で使われだしたのはどうやら戦後のようで、うちなぁの経済界の有志たちがはやらせたようだ。」
「うちなぁぐちには『乾杯』に当たる言葉がなかったようだ。」


なるほど、してみると、やっぱり「うちなーぐち」と「うちなーやまとぐち」の線引きは、なかなか難しいですね。

するとまた、日本における乾杯の起源が知りたくなりました。
取り敢えず、こんなサイトを見つけました。
http://www.uraken.net/zatsugaku…
真偽のほどは、各自でお調べくださいませ。

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沖縄大百科事典。別巻資料
歴代琉球列島軍政長官・高等弁務官等一覧
歴代琉球列島軍政長官・高等弁務官等一覧

布告・布令一覧
大統領行政命令
米国海軍軍政府布告(第1号~第10号)
米国軍政府特別布告(第1号~第44号)……
布告・布令一覧

米国民政府布告(第1号~第39号)
民政府布告(いわゆる高等弁務官布告)(第1号~第27号)
……

ヤマトよ
この世界に置き去りにされた人々に思いを馳せてみよ
ウチナーよ
妻の痛みは、断じて僕の痛みであり
それを疑うというのなら

握り締めた拳は、何も生み出さない
子どもたち、何を見ている

あれ、「社長とは呼ばないで」みたいになっちゃった……。

楽天市場“沖縄map”の師匠は、快読ショップ“Yomupara”さんです。
http://www.yomupara.com…

“Yomupara”の「能書き」を、うざったいと思うか、楽しむか。
一度試しに、各商品のページを覗いてみてください。
極めて少ない(?)12,000人の顧客……
http://lince.jp/hito/kitami…

(今日は楽天市場“沖縄map”のリンクは貼りません。まだ何も出来ていないから。)

そして、過去の記事を差し込んだのです…
冥福を祈って…(6/23)

電話で話しているアメリカ人に、今からそっちに行くという事を伝える時、I'm coming. といいます。決してI'm going. とはいいません。英語のgoとcomeを、日本語の「行く」と「来る」だと思ってしまうのが間違い、goは離れる、comeは近づく感じだと思えばいいでしょう。私があなたに近づくのだから、comeが正解です。

駅に着いたら生憎の雨、家にいる沖縄出身のカミサンに電話をして、傘持って迎えに来られるかどうか聞いてみる。すると、「来れる」とか「来れない」とか、一見まるで幼児の鸚鵡返しのような(それも「ら」抜き言葉で)返事が返ってきます。でも考えてみると、これって英語のcomeと同じではありませんか。ただ、その「来る」という感覚の背景に、英語と同じ「近づく」イメージがあるのかどうか、それは定かではありません。かみさんに聞いても、「わからんさー」とツレナイお答え。
さて、ウチナーグチでは、こういう場合どういうのだろう。そこで、こういう時は、“沖縄語を話す会”の國吉眞正さんに伺うしかないと、ご迷惑を顧みず、質問のメールを送ってみたのです。

國吉眞正様
まことに恐縮なのですが、次の文章を、うちなーぐちに翻訳してはいただけませんでしょうか。

1:「あした、うちに来れる?」
2:「行けたら行くよ」
(うちの女房は「来れたら来るさ」言います。)

3:「あした、海に行ける?」
4:「行けたら行くよ」
(この場合は、うちの女房も「行けたらいくさ」と言います。)

何とぞご教授のほど、よろしくお願いいたします。


すると、國吉さんは早々に回答メールをくださいました。

はいさい、高山さん。
むちか(難)しー質問やいびーさやー。

1:あちゃ(明日)ー、わったー(我達)やー(家)かい、く(来)らりーみ。
2:いー、く(来)らりーねー、ち(来)ゅーさ。
※この頃は、まぎらわしくなったので、私は「いー、い(行)かりーねー、い(行)ちゅさ。」
と言っております。

3:あちゃー(明日)、うみ(海)かい(い)行ちゆーすみ。
4:「いー、いかりーねー、いちゅさ。」

しかし、沖縄人の思考のプロセスというか、この分野を調べると何かが分かりそうですね。(笑)


國吉さん、ありがとうございました。
本当ですね、「ち(来)ゅーさ」は、うちなーんちゅの、どういう精神のあり方と結びついているのでしょうか。とても興味があります。それを理解した時、はじめてこの言葉の使い方の大切さが見えてくるのだと思います。

「沖縄語」と「日本語」は、やはりかなり近しいので、「ち(来)ゅーさ」と「行くよ」のような食い違いは、どうしても居心地が悪くて、修正したくなってしまうものなのかもしれません。しかし多勢に無勢、こういうとき、いつだって変わってしまうのはウチナーグチのほう。しかし、もしこの違いが、文化の個性と密接に関係しているのだとしたら、「come」と「行く」と同じように、差異は差異として残しておくことの方が望ましいのではないでしょうか。

いずれにしても、「来(ら)れたら来るさ」はやはり間違い。日本語を使うなら「行けたら行くさ」と言わなきゃね。
「く(来)らりーねー、ち(来)ゅーさ」と「行けたら行くさ」を使い分けられてこそ、「沖縄語」と「日本語」の真のバイリンガルだといえるのではないでしょうか。
バイリンガルとは、二つの文化を知る人の謂いなのですから。そして、二つの文化を相対的に獲得できた時、沖縄も日本も、より豊かになれるのだ思うのです。


7月 1日水曜日: 耳勉強法・山猫解決法

昭文社の本社の前を通り過ぎて、オトバンクの社長、上田渉さんとお会いしました。
http://itnp.net/category_betsu…
若くて、優秀で、腰が低くて。
どこかの誰かにない物を、全て持っていらっしゃいます。

オーディオブックのポータルサイト“FeBe”を運営。
http://www.febe.jp/

山猫合奏団のiTunes問題。
http://lince.jp/lince/kenji…
その一つの出口が、すぐそこまで来ています。

上田さんは、こんな本をお書きになりました。
新刊本「脳が良くなる耳勉強法」
「脳が良くなる耳勉強法」

買って読んでみよう。
それとも、オーディオブックになるまで待とうかなあ。

買うならこちらで……



7月 1日水曜日: お昼のひと時は楽しく…

最近よく行く事務所の近くの整体を通り過ぎて…
「只今おいしくたのしく食事中」の札

“ホル狛”のランチ、初体験。
石焼牛丼。
石焼牛丼

見つけた沖縄。
ウコンチュの宣伝ポップと石垣の塩
今度は夜来て、石垣の塩で牛タン喰って、ウコンの酎ハイを飲むのだ。


高山正樹 Masaki Takayama
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