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朗読会を終えて、ななしん屋へ。
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今日のママはしっとりと和服。
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いいものらしい。お母様から貰った着物だとか。絣っぽいけど。宮古上布なのかな。全く分からない。布を見る目か。沖縄の工芸品を考えるようになるまで、そんなこと考えたこともなかった。
まあいいさ、のんびりいくさ。
 
クニさん(ネットではクーニーさんらしい)こと上里忠邦さんと会うのが目的。
クニさんは、三線の組み立て名人。といっても、それがどういうことなのか、よく分かっちゃいない。ほんとに楽天で三線を扱うのなら、もっと勉強しなくちゃね。
先、長いよなあ。さて、いつまで会社やオイラは頑張れるのだろう。
それにしても、クニさんは沖縄人的宇宙人である。
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クニさんのまともに写真を撮るなんて不可能だ。
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クニさんとなら、何でも出来るか、何にも出来ないかのどっちかだね。
あれ、真喜ちゃんいつからいたのって、オイラの頭はおかしくなってきた。
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クニさんとは、あと7回くらい会わないとダメだな。
沖縄へ来たら必ず会わなきゃいけない人が、またひとり増えたみたいです。

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パラダイス通り……大東そばで腹ごしらえして……
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“Bar土”へ
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今回の旅の最大の目的。
“宇夫方隆士「幻影」出版記念朗読会”
  ⇒告知記事

まだ準備中だったので、ちょいと2階のギャラリーへ……
“石川真生展”のためのスナップ写真がたくさん貼ってあった。

やっぱり強烈だ……

石川真生の名前を知ったのは、確か大江健三郎の何かの著作だったはず……
M.A.P.after5でも、ほんのちょっとだけ真生さんのことに触れたっけ……
  ⇒http://lince.jp/hito/…
「あしたの夜6時から、展覧会の会議やるけど来る?」
「そんな自由なの」
「そうだよ」
参加したいけど、今回はスケジュールが一杯。

開演前、流れる映像は“一瞬のコーヒー”……
  ⇒“一瞬のコーヒー”のページ

やがて朗読会が始まる。
こんな感じで語り……
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こんな感じで聞いている。

真喜ちゃんが撮影している……
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終演後……
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左から、宇夫方隆士氏、沖縄タイムス文芸部長で論説委員の真久田巧さん、そして又吉健次郎さん
浦添美術館での宇夫方隆士詩画集展の仕掛け人が健次郎さん。それがきっかけで宇夫方隆士さんは沖縄タイムスの新聞小説の挿絵を書くことになった。その時の担当が真久田さん。その真久田さんが、私達を大城立裕氏に繋いでくださった。たった一年半前のことなのです……

その他に来てくださったM.A.P.ゆかりの方々。
石鹸の森山さんご夫妻
沖縄県立博物館ミュージアムショップ“ゆいむい”店長の池宮城さん
この度、“儀間進さんのコラムを読む”の企画に参加してくださることになった井上さん。
それから、今朝、首里の味噌屋で遭遇した映像クルーの女性。
(※実は真喜ちゃんの仕事仲間だったのです。こんなこと、沖縄ではよくあることです。)
その他、隆士さんのお知り合いの方々。(ご紹介できずにごめんなさい。)

皆様、ありがとうございました。

そして、おきなわおーでぃおぶっくのCD“人類館”と、それ以外にも、宇夫方隆士氏がジャケットデザインを担当した“カクテル・パーティー”“「対馬丸」より”“ノロエステ鉄道”も、“bar土”で販売してくれることになりました。ごうさんに感謝です。
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これで一区切りつきました……

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宮城敦さんと真弓さんご夫妻の工房“PEANUT’S”に伺いました。
工房の場所はこちらの記事でご確認を
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看板には“PEANUT”ってなってますが“PEANUT’S”が正しいのだそうです。でもどうして「PEANUTS」じゃあないのかな。

展示販売もしていますが……
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基本的にココは工房なので、普段は布を被せて埃まみれにならないようにしているそうです。でも今日は、私達のために全開。

でっかいシーサー製作中。
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他にもこんなシーサーが。
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左は定番。右はお客様のご注文に応じて作ったシーサー。
結構でっかいんですよ。高さ40cmくらいあるかな。
只今注文を受けて製作中のシーサーは靴屋さんからのご依頼。
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手に靴を載せてお店に飾るのだそうです。

M.A.P.でもこのシーサーを目玉商品にと考えています。
値段は驚くなかれ……、おっと、まだ内緒。

担当の上原くん。急げ!

楽天市場“沖縄map ”PEANUT'Sのページへ

いつもの“おきなわ堂”今日も新商品入荷です。
 ⇒Natural Life
 ⇒中華

去年の7月に初めておきなわ堂の記事を書いた時、レジ周りの画像をご紹介しましたので、今日は残りの全貌をご紹介しましょう。
レジの手前にある売り場。CDなども置いてあります。
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おきなわ関連雑誌~県産本
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県産本~沖縄関連古書
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市町村史等~沖縄関連古書
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沖縄の古書店然とした古書店の2大巨頭は“じのん”さん“榕樹書林”さんで揺るがないかもしれませんが、新しい古書店の“おきなわ堂”だからこそできることがきっとあるはず。M.A.P.は今後もそれを応援していきたいと思っています。
やっぱり、考え続けること、そこからしか始まりません。金城さん、頑張りましょうね!

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12月22日火曜日: 玉那覇味噌醤油店

まだ見ぬ金細工師を求めて首里へ。
このあたりで聞けば誰でも知っていると仲嶺眞永さんは言われたが、道行く若い奥さまに聞いても分からない。その他に人影もなく、すると見つけたこんなお店。味噌醤油屋さんですな。ここならきっとわかるだろう。

「すいません、ちょっとお伺いしたいのですが」……
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ふと左を見ると、こんな門が。
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そこには案内看板が立っている。
“仲田殿内跡(なかだどぅんちあと)”
説明書きによると、琉球王国時代の士族、仲田親雲上(ぺーちん)の屋敷跡。「玉那覇味噌醤油」は、琉球王家御用達。現在でも手作り無添加で製造しているという。

誰も出ていらっしゃらないので、思い切って中へ。
おお、味噌だ。味噌屋だから当たり前だが、この味噌樽、僕の子どもの頃、東京でもよく見たっけ。ここでは今も計り売りしてくれるんだ。
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「はい、いらっしゃいませ」と出てきた年配の女性(お名前は「さくもと」さんとお聞きしましたが、さて)。さくもとさんのお顔は「あたしなんか撮らないで建物を撮りなさい」というお言葉に従いました。

そして、度肝を抜かれたのです。
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「この建物は、あの戦争で焼けなかったのですか」
ここで30年間働いているというさくもとさんのお話では、潰れたけれども焼けはしなかったそうで、終戦後すぐに仕事の無い女性たちが、焼け残った木材を洗って再建されたのだそうです。
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熟成した味噌の、なんともいい香りでいっぱいです。
さくもとさんは、いろいろな味噌の味見をさせてくださいました。どれもこれも深くて旨い。
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「古い庭がありますけど、ご覧になりますか」
「もちろん」
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表に出ると、煙突が。
「これはもっと高かったんですよ。でも一番最初に攻撃されてね。軍の施設だと思われたんでしょう。」

夏は、みんな涼みに来るという緑深い庭。
表の案内板にはこう書いてありました。
「庭にある井戸には二カ所に水を汲むスペースがあり、男女別々の専用の水浴場になっていたようである」
これが男性用。
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こちらが女性用。
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女性用の井戸には蓋が無いから中が見えます。深い。今はもう水は枯れているのだとか。
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「なんで男女で分かれてるんですか?」
「首里だから、男尊女卑」
そう言って、さくもとさんは笑いました。

最後に、賄(まかない)のお味噌汁を頂いたのです。
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美味であります。
そうか、この味噌ならば、お椀に入れて、それに本部あたりの鰹節とたっぷりふってお湯をかけるだけでも、十分おいしいに違いない。
「社長とは呼ばないで」に、かつてこんなこと書きました。
さくもとさんにそんな話をしたら、さくもとさんは今でも一人暮らしの男子学生なんかには、それと同じ味噌汁の食べ方を教えているんだって。
県外にも卸しているそうですが、設定された賞味期限を過ぎて売れ残ったものは返品されてくる。本当は熟成が進んでいて、おいしくなっているのに。大和の行政が決めたルールが、何か大切なものを奪っています。手作り石鹸も同じことかな。
さくもとさん。ほんとうにありがとうございました。また絶対にお邪魔します。
(その時、何かの撮影クルーが、こちらをチラ見して通り過ぎて行きました。)

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兎にも角にも、開いていることを電話で確認をして、まず仲嶺舞踊小道具店へ伺いました。ジーファーを作っているというまだ見ぬ職人さんを紹介していただくために。

今日は、お店で娘さんが帳簿を付けていらっしゃいました。奥さまも店に出ていらっしゃいました。

ジーファー作りの職人さんを紹介していただく前に、どうしても気になっていたこと、前回購入したアルミのジーファーとカミサシは、本当に叩いて作っているのかを、再度聞いてみました。

 奥さん:流し込みでしょ
 ご主人の仲嶺眞永さん:いや、叩いているさ
 僕:どんな方が作っているのですか
 眞永さん:中国とかベトナムとかで作らせている
 僕:え……


なるほど、中国やベトナムなら、叩き出しでも3,000円で出来るのかもしれない。でも、これで又吉健次郎さんとは違う系列の金細工師への糸が、ひとつプッツリ途切れました。

 眞永さん:でも品質が悪くて、10本に2,3本は不良品ですね

中に空気が入っていると、そこから折れてしまうのだそうです。

 僕:だからちゃんと叩いて空気を抜かなければいけないということなんですね

合金で作られたメッキのジーファーについても聞いてみた。

 眞永さん:ありますよ、銀の本メッキで本物とまったく変わらない。上等ですよ。
 僕:でも、メッキだから、曲がっても叩いて直すことはできないということですね
 眞永さん:そうですね、メッキが剥れてしまうからね
 僕:それが欲しいんですが、お幾らですか
 眞永さん:いくらだったかな
 娘さん:6,000円です


そして探してくださったのですが、在庫はもうありませんでした。

 僕:これを作っている方は?
 眞永さん:もう、いない


つまり、この方が那覇の又吉さんだったのです。その那覇(開南)の又吉さんがいなくなって、「クガニゼーク」は健次郎さんだけになってしまった。
奥さんのお話では、那覇(開南)の又吉さんの仕事場を訪れたことがあって、その際、ジーファーの材料となる棒を、機械で回転させながら作っていたという。それは、僕の知っている健次郎さんの仕事っぷリとは全く違うものです。つまり、叩いて作るといっても、健次郎さんのように小さな四角い塊から叩き出していくとは限らないということがわかりました。
津波三味線店で、4,500円で売っていた合金メッキのジーファーは、この仲嶺舞踊小道具店で扱っていた那覇の又吉さんのものとも異なって、ベトナムあたりで作らせたものではないかと思われたのです。
(この件については、いずれ津波三味線店に伺って聞いてみようと思っています。)

 僕:ということは、もう手に入らないということですか?
 眞永さん:いや、入りますよ


よくよく聞いてみると、注文すると持ってきてくれる人がいるのだというのです。但し、その入手先はよく分からない。持っている人を探して買ってくるのか、どこかで作らせているのか。奥さまによると、それは教えてくださらないらしい。いずれにしても、入手が困難になっているのは確かで、眞永さんはジーファーを作る技術を持っている方になんとか頼めないかと模索されているらしい。

 眞永さん:ちょっと待ってくださいね

そして見せてくださったのがこれです。
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(※ご紹介が遅れましたが奥様のみどりさんです。なんと去年の12月にエコルマホールで宇夫方路が一緒に踊った佐藤美智子さんの親戚です。)
長くて軽いアルミの棒。
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そうか、こういう棒から叩き出すのか。ここから先の作業専用金槌でも作れば、比較的簡単に仕上げることができるかもしれない。
でも、それは、健次郎さんが自ら名乗り、そして僕が探していた「カンゼーク」の姿ではありませんでした。もしこれが現代のカンゼークなら、健次郎さんはやっぱり「クガニゼーク」と名乗るべきだと思ったのでした。

ともかく、残された道は、紹介していただけるというまだ見ぬ金細工師にお会いすること。自前の地図を見せて、その場所を教えていただきました。

 眞永さん:有名だから、このあたりで聞けばみんな知っていると思いますよ

お礼を言い、再訪のお約束をして、僕たちはお店を後にしたのです。

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12月22日火曜日: 再び、沖縄へ

羽田 5:30

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行ってきます。

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先月の旅の終わりからの繋がりなのです。


高山正樹 Masaki Takayama
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