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“じんじん”を出て、ごうさんにちょいと教えてもらいたいことがあって“土”に行った。
ごうさんは不在、帰ろうとすると、大西君は僕らを引き止めてごうさんに電話をしてくれた。ごうさんは今すぐ行くから待っていろという。

「米兵のひき逃げさあ、やっぱりどう考えておかしいからさ、どうにも納得いかないからさ、明日わりと早い便で東京へ帰るんだけどね、その前に知花昌一さんがハンストしているところへ、どうしても行きたくてさ、どこでやってるのか教えてもらいたいと思って。」

去る11月7日早朝に起きた米軍トリイ基地所属の米兵によるひき逃げ死亡事件。犯人は証拠隠滅のため被害者の外間さんの血痕や髪の毛が付いた加害車両を修理工場に持ち込んだ。それで犯人が特定されたのだが、日米地位協定により犯人は逮捕を免れ、任意の取り調べも拒否。検察は犯人の引渡し要求をするという見解を示したが、いまだ動かず。このままでは、被害者への保障もママならない。

大城立裕著「カクテル・パーティー」からもう40年以上経っている。しかし、何にも変わっちゃいない。

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「じゃあ一緒に行こう」
「いいよ、場所さえ教えてくれれば」
「トリイステーションの門の前。いっしょにいこ。朝、電話で起こしてくれる」・・・

“ななしん屋”へ
明日早いのだが、下山久さんが来ていることを知っていたから。
今日は、なかじんさんもいる。
酔ってる“なかじん”は三線を弾いているのか寝ているのか null
なかじんさん、まだ失恋の痛手から立ち直っていないらしいとは、午前中に下山さんから聞いた話。でもそれには触れてはいけない。長くなるから。明日、早いんだからね。沖縄は、朝の飲酒運検問がとっても多い。4、5時間の睡眠じゃあ引っかかる。他に捕まえるべき者がいるはずなのに、などと思うのだが。

「え?、まだ捕まってなかったの?」
沖縄でも、事件の現況を知らない人たちが多い。それは日常茶飯事の出来事なので、動きがなければニュースにはならないから。だからこそ、昌一さんはハンストを始めたのだ。ここを見てくれと言うために。

それにしても、このパラダイス通りの小さな店で、こうして下山さんと飲んでいる不思議・・・
長い一日、明日のために、そろそろ幕を下ろそう。


じんじんで夕食。といっても肴つまんで飲むんですけどね。
じんじんには、いつも何かの集まりで来ることが多くて、なかなかしっとりと飲む機会がなかった。それで、今回の旅では、じんじんへただ飲みに行こうと最初から決めていたのです。

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今日は、はじめてカウンターに座りました。マスターの真ん前。
じんじんは創業40年近い。いわば国際通りにある居酒屋としては最古参です。だから、マスターはもうずーっと那覇に生息する、沼の大ナマズみたいな存在だと思っていたのです。あんな顔しているしねえ。
ところが、実はマスター、数年前まで、なんと神奈川でふぐ料理屋をやられていたのだそうです。そこで、海釣りと日本酒に明け暮れていた。

マスターの親戚がじんじんをやっていたのだが、それが続けられなくなった。マスターに白羽の矢がたった。そしてマスターは、生まれ故郷の沖縄へ戻ってきたという物語。

神奈川にいる時に身体を壊して酒を辞めた。沖縄に帰ってきて、たまには飲むが、もう日本酒は飲む気にならない。やっぱり沖縄にいると泡盛が飲みたくなる。釣りは沖縄でも続けている。じんじんの売りの一つは、その日の朝マスターが釣ってきた新鮮な魚が食べられることです。

さて、本日はゆっくりと料理のご紹介をしましょう。
お通しはいつもの通り、絶品のゆし豆腐。

マスターの今日の釣果、グルクンのお刺身と、それからチキナチャンプルー
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グルクンは沖縄県の県魚。フエダイ科タカサゴ属。チキナとはシマナー(島菜)を塩漬けにしたもの。シマナーとは、からし菜の仲間で、高菜みたいなもんですかね。

グルクン君のアップ。
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うーん、見つめないで・・・

ソーミンタシヤー
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ソーミンチャンプルーじゃないのかって。まあそれでもいいんですけどもね。でも本来チャンプルーとは島豆腐と野菜を炒めたもののことをいうんですねえ。
沖縄大百科事典の「チャンプルー」の項にはこう書いてあります。
「豆腐と野菜などの油炒め、沖縄で最も親しまれている家庭料理。(中略)豆腐を手で大きくちぎり、表面にこげ色がつくまで炒めてから野菜を入れ、塩で味をととのえる。使う野菜の名を上につけて〈…チャンプルー〉と名づける。(後略)」
だからチキナチャンプルーなわけね。
豆腐と野菜以外の炒め物をタシヤーという。
tasi=juN :(食べ物を油で)いためる(『沖縄語辞典』)
?iricii :油いため。油でいためた料理(『沖縄語辞典』)
ということは、「~タシヤー」は「~の炒め物」で、「~イリチー」は「~炒め」っていう感じかなあ。
だけどソーミンイリチーとはあんまり言わないですねえ。なんでかなあ……
※本記事の後ろに正解・異論を追記しました。

料理の薀蓄はここまで。
あとの料理は名前だけでご勘弁。

ドゥルワカシー、絶品です。大好き。
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アイゴ。やはりマスターの釣果。スクガラスのスクの親です。
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にが菜と島豆腐付き。このにが菜が曲者です。

おなかいっぱい。結構ボリュームがあるのです。
マスター、ご馳走様でした。また来ます。よいお年を・・・

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12月23日水曜日: 銀細工の伝統

国際通りもクリスマス。
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アルバトロス・シルバー館。ふと、気になって中に入った。
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六代目又吉誠睦は、戦後宝飾店で働き、米兵向けのアクセサリーを作っていた。
http://lince.jp/hito/okinawamap/arumisede…
http://lince.jp/hito/koubousaihou…
もしかすると、この店で聞けば、その頃の「クガニゼーク」ならぬ「カンゼーク」のことが分かるかもしれない……

店の男の子は、興味を持って僕の話しをじっくりと聞いてくれた。
最近、ちょくちょくお客さんから又吉健次郎さんのことを聞かれるのだという。
「でも、勉強不足で。」
彼は、男性用の銀のカミサシをずっと探していたらしい。
「それなら一本だけ、売っている店、知ってるよ。もうこれから出ないかもしれない。絶対お買い得だよ」
仲嶺舞踊小道具店のことである。
「もうあきらめて、髪切っちゃいました」
「ウチナーカンプーにしたくて髪を伸ばしてたんだ」
「そうなんです」

たくさんの銀製品が展示されている。すごい品揃え。
「これ、叩いて作ってるの」
「いえ、鋳型です。叩いて作っていたら、値段も高くなるし、お客さんのニーズに答えられませんから。」

彼は、30年仕事をしている職人さんにわざわざ電話をかけて、「カンゼーク」について聞いてくれた。
「簪(かんざし)を作るからカンゼークというのだと思うよとのことでした」
又吉健次郎さんが「カンゼーク」であることに、何の疑問もないようであった。やはり、切れた伝統の中で、ウチナーグチも右往左往しているのだ、と、僕はそう思った。

「ありがとうね」
「いえ、今日は勉強になりました。」

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キジムナーフェスタ のプロデューサー、ACOの代表取締役である下山久氏を訪ねた。

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看板には・・・
 てぃしらじ劇場
 沖縄県芸術文化振興協会
 ウチナー口演劇塾 綾船
 ACO株式会社エーシーオー沖縄

・・・と、ある。

下山さんとは、13年ぶりの再開である。
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1996年9月カンダパンセホール。ふじたあさや脚本・演出
“出発は遂に訪れず”
~島尾敏雄、島尾ミホ作品による~
奄美に駐留していた震洋特攻隊の話である。島尾敏雄隊長と、島の名家の娘ミホの恋の話である。
この時の制作が下山さんだった。また、この時の照明は坂本義美氏、キジムナーフェスタの照明総責任者でもある。
この芝居の時のこぼれ話を、僕はかつて記事にした。
 ⇒文藝家協会訪問記(島尾ミホと宮城まり子)
今、楽天市場で、我々はこんな商品を売っている。
 ⇒島尾敏雄が撮ったアマミ

下山さんは、開口一番・・・
「太ったねえ。スラッとしてる印象があったけど」
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返す言葉はない。

今日は“山猫合奏団”のために来たのである。ハードルはやはり不景気。30万出してくれるスポンサーさえ見つかれば、それさえ乗り越えられれば、山猫合奏団と沖縄が、はっきりと繋がる。夢が叶う。

下山さんは、たくさんの糸口を教えてくれた。ここから先は、我々の問題である。



タイフーンFMを訪れた。6月12日以来だが、今日は沖縄タイムスの真久田巧さんの紹介で田村邦子さんに会いに来たのだ。彼女は“田村邦子のマジカルミステリーツアー”という番組を担当していらっしゃる。その番組に又吉健次郎さんが出演した1830回を、先日の記事で紹介した。
11月22日「“金細工またよし”再訪」

「まくちゃんがね、おもしろいことをやっている人たちだから是非会ってくれって。まくちゃんがそんなふうに言うことはないから」
まくちゃんとは、真久田さんのことである。この言葉をまともに信じるほど間抜けではないけれど、有り難い話である。
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次にお邪魔する時は、タイフーンFMの社長とお話できることになりそうである。感謝感謝である。

ちなみに下山さんは“マジカルミステリーツアー”に3回出演している。
 ⇒2008年2月20日(1384回)
 ⇒2008年7月8日(1484回)
 ⇒2009年7月24日(1748回)


moso'sのブログ風に。

沖縄には昨日来たばっかりなのに、たくさんのことがあって、たくさんの人に会って、もうずいぶん長いこと沖縄にいるような気がしています。宇夫方です。

先月の旅では、どうしても時間が合わなくて来ることが出来なかったmoso'sの工房に、やっと今日お邪魔することができました。7月22日以来です。あの時はまだきのこちゃんがいたんだよね。時間の経つのは早いものです。
みんなにちょっとずつ余裕ができれば、きっとおもしろいことができるのに、今は、そのほんのちょっとの余裕を作るために余裕がなくなっている、なんだかそんな感じがするのです。ということは、もしかすると、気持ちの問題なのかもしれないなあ、なんてね。これ、皆さんのことじゃなくて私たちのこと、自戒してるんです。

工房の庭にあったバナナの木。
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たわわに実っているけれど、まだ若くって食べられない。でも、そのうちにちゃんと黄色くなるはず。
ステキなアイデアが生まれるのを、ゆっくりと待っていますね。
(高山正樹が宇夫方路のフリして書きました。)
[subcate.moso's]

おまけ。島バナナのはなし。
カミサンの母親が言ってました。昔は本物の島バナナがそこらにたくさんあった。それが実ると、頭に乗っけて売りに行ったんだそうです。おいしいからすぐ売れた。そのうち、家の敷地にある島バナナを、根っこごと買い取る人たちが現れた。そのせいなのかどうかはわかりませんが、今はなかなか本物の島バナナを見ることはできません。
moso'sのこのバナナも残念ながら本シマーじゃない。でも、おいしいんだけどね。
作ったハシから売れちゃうような、そんな作品、待ってます。
(高山正樹)
[subcate.バナナ]

楽天市場“沖縄map”「moso'sのページ」へ


高山正樹 Masaki Takayama
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