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6月30日水曜日: 激辛“中む食堂”

中む食堂。

ラフテー。
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おや、とうがらしが乗っている。
ここのとうがらしは危ない。なにしろここの料理人である西表出身の石垣仁は、客に辛いものを食わせて、客が悶絶するのを笑って観察するのが好きというとんでもない男だからだ。
 ⇒はひめてひたひのほと(初めて来た日のこと)

一年以上も大量の島とうがらしを浸したコーレーグース。
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辛いもの好きのハンサムマーキーさんに異常だと言わせた代物の更なる進化形だ。
 ⇒ハンサムマーキーさんが異常だと言った日のこと

こんな危ないものがあった。ハラペーニョ。
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この日、これを石垣仁に騙されて食わされたお客が、トイレに駆け込んで、しばらく出てこなかった。

石垣仁は、当然笑っていたのである。



だーれだ
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君も音楽家になるのかい?
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CAFE&SPACE PushPull にて。

デモです。
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皆様、お気に入りのようで。
あとはスケジュールの調整。
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名田綾子さんはシフォンケーキ   大島純さんはレアチーズケーキ
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菅野恵子さんはレモンタルト
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そして桃原健一さんはハヤシライスのサラダ付

最高のアンサンブル?
2010年秋の東京奏楽舎、間もなく告知です。
(※今年の2月には「告知前夜」だなんてことを言っていたのですが、今度こそ、ひとまわり大きくなってお知らせできそうです。)

6月30日
宮森小学校米軍ジェット機墜落事件のあった日


今からおおよそ半世紀前の今日、1959年の6月30日、嘉手納基地を飛び立った米軍ジェット戦闘機が旧石川市の宮森小学校に墜落、児童11名を含む17名が死亡、負傷者は212名に上った。
事故の原因や賠償の問題など、沖縄の米軍絡みの事故にいつもつきまとう話しが、この事件にも当然のようにある。

『沖縄大百科事典』によると、この事件が沖縄での反基地闘争の萌芽となり、復帰協結成へと進展していったという。当時、世界の航空史上稀な大惨事として内外に報道されたというが、生まれたばかりの僕にその記憶があるわけもなく、以来、一度も聞いたことがなかった。
僕はこの事件のことを、先日の文京区民センターで初めて知った。

1999年、琉球朝日放送が、宮森小学校米軍ジェット機墜落事件の原因は、当時発表された不可抗力などではなく、明らかな人為的ミスであったという米軍の事故報告書を公表する番組を制作した。しかし今現在まで、米軍は対外的には墜落原因を公表していない。

決して過去の話ではない。2004年の8月、米軍ヘリが沖縄国際大学に墜落した事件は記憶に新しい。

大江健三郎風に言えば、こうした事故に対する想像力を持っている者ならば、普天間基地と共存するなど考えられないであろう。ただ目先の利益のために、あえて想像力を働かせないことに慣れてしまった者たちだけが、沖縄の基地に依存して生きていることを言うのである。
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仮に今の普天間基地の現状を知りながら、その危険を感じることができないとしたら、刺激的な情報の氾濫する中で、等身大で正常な想像力を失ってしまっているのかもしれないと、一度自らを疑ってみることが必要なのかもしれない。

よく聞かれることだが、はじめは基地の周りには何もなかった。後から住民が移り住んできたのだという主張。それは元々どういうふうに住民が土地を奪われたのかとか、普天間基地返還の計画とか、沖縄の土地の少なさとか、諸々の事実を全く考慮しない薄っぺらな議論であるということはさておいても、正常な想像力が機能していれば、どういう理由で基地周辺に人々の生活圏が形成されたかという理由がどうであれ、異常さを感じる取る想像力の結果に変わりはないはずなのだ。自殺しようとしている男が、今にもビルの屋上から飛び降りようとしている光景の恐怖感は、その男の人となりとはなんの関係もない。

静岡空港は、滑走路の延長上に成長した木があってその開港が大幅に遅れた。それは間抜けな話しだと笑って済ませることもできるが、普天間基地の滑走路延長上には、もっと危険な建造物が建っていて、米軍機はそれを避けて離着陸をしているのである。当然、日本の法律でも空港のそばにあってもいい基準を其の建造物は全く満たしていない。しかし日本政府は、普天間は米軍施設であって日本の航空法を適用する飛行場ではないと嘯くのである。当然、米軍の基地建設の条件からもかけ離れているのである。(このことは、近日中に別記事で書く。)

ちなみに、宮森小学校米軍ジェット機墜落事件を忘れないための講演活動を続けていらっしゃるのは、1945年6月23日に摩文仁で自決したとされる牛島満中将の御息子、牛島貞満さんである。
その貞満さんはこう語った。
「軍隊は住民を助けることはない。父がそれを証明している」と。



6月30日水曜日: 男は可哀想

ノニを、バケツから出してみました。(⇒8日前のノニ
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だいぶ黒くなって、硬くなってきた。匂いも少しおさまっています。
「1ヶ月くらいで実がぐちゅぐちゅになるから、そしたら種を取り出して、洗わずに地面に植えると芽が出る」と、京王デパートの沖縄物産展のおじさんが教えてくれたけど、もうあれから一ヶ月半になりますよ。どうするの、宇夫方路さん。
 ⇒その日の記事を読む

ゴーヤーの方は順調です。緑のカーテンが出来てきました。
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雄花もたくさん咲いてきました。
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全部で5輪咲いています。
でもね、昨日はじめて咲いた花は、もう落ちているのです。
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種から育てたゴーヤー君も、がんばって育っています。
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誰かに新芽を踏まれてしまって、心配していた末っ子です。でもそういう奴がかわいいのです。頑張って、なんとかここまで盛り返してきました。
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(残り2個の苗は夏子さんが持って帰る予定です。)

てんとう虫も、やってきました。
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昔は、てんとう虫といえば大概“ななほしてんとう虫”だったけれど、最近はとんと見ませんねえ。どうしてだろう。

それにしても、こいつは何なのだろうか……
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なんか虫がたかっているし……
(どうか気持ち悪がらないでね、お願い……)

たかがゴーヤーなのですが、ここには間違いなく、ひとつの世界があります。そして、毎日毎日ドラマが起きているのです。
なんだか不思議だなあ。
明日のゴーヤーへ
最初のゴーヤーから見る

【夜、追記しました。】
雄花が、もうこんなに散っています。
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雌花は、いくら探しても、まだその気配さえありません。こいつら、まさに無駄花。男って、可哀想だなあ。
ちょいと考えてみました。確かに大切なのはゴーヤーの実となる雌花です。それを無駄にしないためには、今のうちに受粉させてくれる虫たちを呼び寄せておかなければならない。一見無駄に見えるこの雄花たちは、その重要な役目を負っているのではないだろうか。そうならば、決して無駄花なんかではありません。
でも、やっぱり男が可哀想であることには変わりありませんね。あーあっと。

どなたか虫や植物に詳しい方、いらっしゃいませんでしょうか、どうか雄花と雌花のこと、変な卵らしきモノのこと、ななほしてんとう虫のこと、ご教授くださいませ。
そうだ、今サンディエゴにいる片野さんの御尊父が、もしご健在だったら、いろいろ教えていただけたかもしれないのになあ。

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6月29日22時32分。
ワールドカップ日本対パラグアイ戦、間もなくキックオフ。
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22時52分。
日の丸を先頭に、代表選手たちが入場してくる。
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スタンドには巨大な日の丸。
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ワールドカップが始まれば、きっと多くの日本人が普天間のことを忘れる、あるウチナーンチュがそう予言した。日本の活躍が予想外に続いて、その予言が現実になっている。
今、僕がそんな話しを誰かに言えば、間違いなく顰蹙を買う。
「それとこれとは全く関係がないだろう。日本人が日本のサッカー代表チームを応援しているんだ、それに水を差すようなことを言うなんて気が知れない……」

今夜の僕は、何故か当然のように日本を応援している。しかし、やはりこの記事を書かずにはいられないのだ。

30日。午前1時52分。
日本の敗北に落胆する若者たち。
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日本人よ。日本のサッカーを応援するエネルギーの半分でいいから、沖縄の普天間のために使ってみて欲しいと思うのだ。そして、日の丸を打ち振る前に、日の丸に嫌悪する人々の思いを想像して欲しいのだ。

それから3ヶ月経って、日本はワールドカップのことも普天間のことも、すっかり忘れてしまったかのようである。
実は9月19日に、この記事を、そっと書いているのだ。
すでに、顰蹙を買うことすらない。

社長とは呼ばないで「本当に書きたかったこと」


夕方4時過ぎ、成田に到着到着しました。
みんなはまだサンディエゴ。私は仕事があるので一足先に帰ってきました。
(宇夫方路)

アメリカから送れなかった画像を、食べ物中心でお送りしてみます。

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あ!咲いてる!
急いで携帯で撮影してみた。
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デジカメはサンディエゴ。仕方ない、車を走らせて安いデジカメを買いに行った。
充電に1時間半かかるのがまだるっこしい。

あ、さっきと比べて上を向いてる。花も光を追うのかなあ。
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上の方から一生懸命撮ってみました。
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まだ一輪だけ。
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でも、今にも咲きそうな蕾。
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去年咲いたのは8月の20日頃。その日の花を見逃した。初めて撮った花は8月25日。きっともうすぐ雌花も出る。
明日のゴーヤーへ
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【サンディエゴからの第五報】
(日本時間28日午後1時30分・現地時間27日午後9時30分)

ヒロさんのもう一軒のお店、チョップスティックスに行って夕飯を食べました。
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ジョセフ君も一緒。
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赤い靴を履いたまま、セーラー服の羽島実優さんも一緒です。
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餃子、てんぷら、焼そば、巻き鮨など、とてもおいしく頂きました。

お店の前で記念撮影。私が撮りました。
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二枚目はジョセフくんが代わって撮ってくれました。
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みんなはこれから数日間観光ですが、私は明日の朝早く日本に向けて帰ります。
ご紹介できなかった画像などはあらためて。

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【サンディエゴからの第四報】
(日本時間28日午前10時30分・現地時間27日午後6時30分)

姉妹都市のイベントが終わってから、衣装のままヒロさんのお店に移動しました。ヒロさんが日本食レストランを経営されていることは、一昨日ちょっとご紹介しましたが、あらためて……
Hiro Nitta さんのお店はこちらの2軒です。
 CHOPSTIX ~Sushi & Teriyaki Cafe~
 CHOPSTIX TOO ~Sushi & Noodle Cafe~


お世話になったお礼に、ショッピングセンターの一角にある“TOO”のほうのお店の前で、琉球舞踊を御披露することにしたのです。
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今日は日曜日でお休みでしたが、営業しているショッピングセンターでお買い物中のお客様を集めて、“ちゃっぷスティック2”の入口のところで踊りを見せちゃおうという企画。

只今準備・搬入中。
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最初はパラパラだったお客様ですが、「かせかけ」「四ツ竹」「日傘」「太鼓囃子」と演目が進むにつれ、だんだん増えてきて、最後にはみなさんとっても喜んでくれました。
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お別れの記念撮影をしたはずの実優さんですが、イベントのあとは単独行動だというので、それならご一緒しましょうと、赤い靴の衣装のまま連れてきちゃいました。
羽島実優さん

それからもう一人のゲスト、ジョセフくんのこと。
赤い靴のパーティーで一人の女性に声を掛けられました。
「わたしの息子も琉球舞踊を習っているのです」
息子さんのお名前はジョセフくん。お話を伺うにつれ、もしかするとという心当たりの男性がいます。
佐藤さんが最高賞を受けた時、外国から受験しに来ていた若い男性がいました。踊りが上手でいい男だったので、おばさんたちは密かに注目していたのですが、もしかするとその時の彼がジョセフくんではないのか。
お母様によると、ジョセフ君は昨日まで沖縄に行っていて、今、家で寝ているとおっしゃるので、是非起こして呼んでくださいということになったのです。

わざわざやってきてくれた彼は、やっぱりあの時の彼でした。
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ジョセフくん、私たちの踊りを三板(サンバ)で盛り上げてくれました。きっと旅疲れだろうに、ありがとう。

最後はカチャーシー。
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でも今日は特別、最後の最後、ジョセフくんが私たちのために躍ってくれました。
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お休みのお店の中で軽く打上げ。お店のビールとジュースで乾杯。
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右手前の若者は、私のパソコンをネットに繋いでくれたヤス君です。
今日もせっかくのお休みを返上して手伝ってくれて、最後に自慢のサックスまで披露してくれました。
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ヤス君はこのあとデートの約束があるとかで、1曲だけ演奏してそそくさと帰っていきました。ヤス君、いろいろありがとう。

あっという間の楽しい時間。もうネオンに灯が点ります。
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報告小休止。続く。
(報告:宇夫方路 代筆:高山正樹 いつものこと?)

旅の続きへ


【サンディエゴからの第三報】
(日本時間28日午前7時・現地時間27日午後3時)

ひとつ報告漏れ。
宮城文子さんの沖縄のお土産です。嘉手納銘菓。
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前にも一度おはなししましたが、嘉手納の基地騒音は24時間ぶっ通しで、やっぱり住んでみなければわからないと文子さんが言っていました。

では本題。
式典は正午から始まりました。日本は27日の朝4時ですね。
会場は  Bahia Resort Hotel, Mission Bay Ballroom

サンディエゴ・横浜姉妹都市協会
“赤い靴はいてた女の子”永遠の友情の証に

少女像贈呈祝賀昼餐会

サンディエゴは、日本の横浜と姉妹都市です。今年はサンディエゴと横浜が姉妹都市となって50年、その記念行事として、サンディエゴにはスモモを、横浜の根岸森林公園にはハナミズキを記念植樹するなど、さまざまなイベントが行われてきました。
昨年、姉妹都市の横浜が開港150周年ということで、サンディエゴには赤い靴の女の子の像が建てられることになりました。今日の式典はその完成祝賀昼餐会として行われたのです。横浜からもたくさんの人が参加していました。
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「私たちはどこかしら ……」
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「18番テーブルね、いい番号。」

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「番茶も出ばな、18歳!」
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「あのう……」

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テーブルに置かれた引き出物(赤い枡に入ったチョコボール)も赤い靴の少女の絵も、昼餐会の責任者、ビショップ金子さんが全てお一人で作られました。お歳は八十を越えていらっしゃると伺いました。頭が下がります。
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赤い靴のモデルになった少女は、実際にはアメリカには行かれなかったと聞きました。この少女は病気の治療のためにアメリカに行くことになっていたのですが、出発前に亡くなってしまったのだとか。
※話は伝わっていく間にどんどんと変わっていきます。“アメリカからやってきた宣教師の養女となった少女が、結核にかかってアメリカに渡ることができなかった”というのが「赤い靴」の「定説」のようです。まあ、それにも様々異論異説があり、赤い靴は挫折した共産主義の象徴だとか、そんなことあるわけないとか、侃々諤々。それでいいんです。伝説とは変遷していくもの。一応、サンディエゴの「赤い靴」は、どの説とも関係ありませんということらしい。ただ永遠の友情を祈念する象徴。アメリカっぽい。
(高山正樹)

・・・PROGRAM・・・
開会の辞 ビショップ金子(サンディエゴ・横浜姉妹都市協会会長)
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祝辞 シェリー・ライトナー(サンディエゴ市市議会議員)
挨拶 松永 春(赤い靴記念事業団団長)
祝辞 遠藤雄介(在ロスアンゼルス日本国首席領事)

日米国家斉唱

~昼餐会~

琉球舞踊 玉城流喜納の会関東支部関りえ子社中
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挨拶 マイケルB.ビクスラー(サンディエゴ港湾局行政理事)
挨拶 鈴木正之(横浜・サンディエゴ友好委員会委員長)

「赤い靴はいてた女の子」合唱 かぐや姫合唱団
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閉会の辞 ビショップ金子


かぐや姫合唱団というのはサンディエゴ在住の日本人の方々が、週に何回か集まって歌の練習をしているグループです。「かぐや姫」って、とっても意味深なお名前ですね。故郷を遠く離れ、でもいずれ戻っていく方々。“赤い靴”の他、懐かしき日本の歌をいくつか歌われました。
そのあと、閉会の辞の前に、プログラムにはないセレモニーがありました。
マイケルB.ビクスラーさんと鈴木正之さんとの間での写真交換。ビクスラーさんによって横浜の大変古い貴重な写真が横浜市に返還され、鈴木さんからは今の横浜の写真はサンディエゴ市に贈呈されました。
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さらにそのあと、これもプログラムには無かったのですが、かぐや姫合唱団とは別の、横浜からやってきたというグループが“赤い靴”を歌われました。
そのグループの中に一人若い女性がいて、少女の役をされていたのですが、彼女のソロになると、会場はシーンとなって、うちのメンバーはみんな涙を流して聞いていました。

その女性は羽島実優さんとおっしゃいます。元々はオペラが御専門。でも歌では音符に縛られて言葉を思ったように伝えられない、そう考えた彼女は、1年前から朗読の勉強をはじめました。そのおかげで、最近は歌でも言葉を伝えられるようになってきたとおっしゃっていました。
彼女の朗読の先生は岡田和子さんだとか。あららら、和子さんならよく存じ上げております。亡くなられたご主人、島さんとは舞台でご一緒させていただいたこともあります。
※ちなみに、岡田和子さんは、私たちがお世話になっているふじたあさやさんの妹さんでいらっしゃいます。(高山正樹)

実優さんはお友達と二人でユニットを組んで朗読をやったりしています。
うちの山猫合奏団おきなわおーでぃおぶっくの話もとっても興味をもって聞いてくれました。
お別れの前に、実優さんを交えて記念撮影しました。
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最後に、ビショップ金子さんご夫妻(中央右)とも写真を撮らせていただきました。金子さんは80歳を越えていらっしゃるんですよ。お若くてびっくりですよね。
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(今回の式典への参加は、片野さんやそのお知り合いの方の御尽力で実現しました。両端のお二人は受付のお手伝いをされていらっしゃいました。たくさんの皆さんに感謝!)

《おまけ》
「赤い靴」の歌は通常4番までなのですが、実は5番まであるのです。それを歌うのは実優さんたちのグループだけなのだそうで、そういえば先に歌った地元のかぐや姫合唱団の人たちは確かに4番まででした。

1:赤い靴 はいてた 女の子
 異人さんに つれられて 行っちゃった
2:横浜の 波止場から 船に乗って
 異人さんに つれられて 行っちゃった
3:今では 青い目に なっちゃって
 異人さんの お国に いるんだろう
4:赤い靴 見るたび 考える
 異人さんに 逢うたび 考える

5:生まれた 日本が 恋しくば
 青い海眺めて ゐるんだらう(いるんだろう)
 異人さんに たのんで 帰って来(こ)

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【サンディエゴからの第二報】
(日本時間27日午前8時10分・現地時間26日16時10分)

サンディエゴでの今日の予定(日本は朝だから昨日ですね)は、8時半までに朝食を終えて準備する予定でした。
私は田中さんと同室でしたが、ふたりとも2度寝して、8時過ぎに起こされてびっくり。大慌てで朝食を食べて(何があっても食事は食べるのです)、化粧して、髪を結って、なんとか間に合わせました。

現地の日本人学校で踊りを披露しました。
まずはお昼休み時間に中庭の特設野外ステージで…
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「四ツ竹」…
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「日傘」…
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私は関ゆうこさんと「太鼓囃子」を披露しました。
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そのあと、4年生の教室へ。「古典芸能を学ぶ」という授業がおこなわれ、「かせかけ」「貫華」「繁昌節」を踊りました。
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最後に子供たちとカチャーシーを踊り、日本から持っていったお土産「星の砂」を渡しました。
子供たちは、星の砂と聞いて目を輝かしました。

学校を後にして、サンディエゴの北にある高級住宅地、ラホヤに行きました。“ラホヤ”って、宝石って意味らしい。

海辺に公園があって、アザラシがたくさん寝そべっているのを見つけました。
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ラホヤの街が一望に見渡せるMt. Soledad Veterans Memorial。
丘の上には記念碑が建っていました。
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戦争で戦った兵士たちが祀られているのです。
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きっと、沖縄で戦って死んだ人もいるんでしょうね。
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沖縄の摩文仁の丘を思い出しました。
もしかすると、一緒に祀るのが本当じゃないのかな。
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M.A.P.after 5に度々登場する怪しいおじさん(日高さん)のカテゴリーを作りました。
その日高さんのご案内で、水道橋の文京区民センターまで、こんな会に参加するために行ってきました。
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宮森小学校米軍ジェット機墜落事件51周年と銘打った伊波洋一宜野湾市長による普天間基地関連の講演です。

会場の様子ですが……
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(前の席は仏教関係の方ですね。近頃、こうした集会によく参加されているようです。)
宇夫方女史がデジカメをサンディエゴに持っていったので、加えて携帯電話のカメラなんか滅多に使わないので、こんな写真しか撮れませんでした。

この会で配布された資料の中に、こんな記述がありました。
「サンディエゴ市のフェルナンデス上級政策補佐官は、『閉鎖される海外基地を多く受け入れたい』と語っており、普天間飛行場の受け入れ実現の可能性を示唆しました。」
このことについて、補足の説明が必要です。できれば、宇夫方女史がサンディエゴにいるうちに彼女に伝え、現地の人と話してきてもらいたいと思っていることなのですが、きっと間に合わないでしょう。
帳簿なんかと格闘していなければ、もっと準備ができたのにと、残念でなりません。

今日のことは、宇夫方女史が帰ってきたら、あちらの情報(たぶん不十分な情報)を一応聞き取り、それを合わせて整理して、日を改めてご報告したいと考えています。
※【追伸】(8月13日)
 未だ報告できません。⇒理由はこちら

その後、水道橋から千駄ヶ谷へ。智内さんに誘われて、島尾伸三氏の写真展にお邪魔しました。青山タンバリンギャラリー。
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(かりゆしウェアっぽい服を着ている後姿の方が島尾伸三氏です。)
今日が最終日ということで、到着した時には、もう皆さんビールを飲んでいらっしゃいました。
展示写真を片付け、近くの居酒屋へ。すっかりご馳走になってしまいました。

島尾氏からとても興味深いお話を伺ったのですが、果たしてどこまでブログに書いていいものか、ただ今思案中です。こちらはいずれ、本記事に追記したいと思います。お楽しみに。むふふ……

でも智内さんの秘密は書きません、絶対。
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(哀愁の智内さん)
というわけで、智内好文さんのカテゴリーも作っちゃいました。

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6月26日土曜日: サンディエゴまでのこと

ただ今こちらサンディエゴ、26日になったばかりの深夜2時です。
(※日本時間26日18時)
やっとパソコンが繋がったのでデジカメで撮った画像を送ります。

《その1羽田》
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成田で、思わぬ人に声を掛けられました。
明井幸二郎くんです。今日からライブで韓国に行くんだそうです。昨日の夜もライブがあったので、ほとんど寝ずに成田まで来たとかで眠そうにしていました。
最近は講師の仕事もしているんですって。
お互い4~5日の滞在なので、もしかしたら帰りにも会うかも。
※明井くん、実はM.A.P.after 5、二回目の登場。一回目の登場

《その2羽田》
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宮城文子さん(右)の娘さんの由海さんのお友達の河村ちひろさん(左)です。
彼女はこれから一人でニューヨークに遊びに行くのです。たくましい。
さきに携帯で撮った画像を送りましたが、空港で借りた海外で使えるレンタル携帯。どうやったら使えるようになるんだか、設定に苦労していたら、ちひろさんがさっとやってくれました。たのもしい。
旅慣れたちひろさんです。ありがとう、でも、やっぱりくれぐれも気をつけてね。

《その3サンタモニカ》
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《その4ビバリーヒルズ》
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※あのね、M.A.P.after 5は一応会社のブログなんだけどなあ。

《その5ファーマーズマーケット》
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昼食。ピザやハンバーガー、シシカバブー、メキシカンなど、さまざまな屋台がある市場。ここは沖縄のマチグヮーみたいで、なんだか落ち着くというみんなの感想。
※沖縄の話題を出したから、まあヨシとするか

《その6ビーズが録音に来たスタジオ》
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※どうでもいいからサイズをちっちゃくした

《その7&8ハリウッド》
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今日はマイケルジャクソンが死んでちょうど一年。次から次と人が押し寄せてきます。ファンの人が花輪を置いていくらしい。
※まあね、KINGらしいからねえ……

このあと、マリリン・モンローの手形を携帯で撮って送ったのです。

そして……
【サンディエゴからの第一報】
今日一日案内してくれたのはジャンボ近藤さん。
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ロサンゼルス観光とサンディエゴまでガイドしてくれました。
近藤さんはなんと元ジャニーズジュニアなんです。メッツというグループで芸能界活動をしていました。今はもうすっかり足を洗って、ロサンゼルスで観光の仕事をしているそうです。近藤さん、お世話になりました。
※例えば、白石准がピアノを弾くミュージカル“Guys and Dolls”、チラシをブログで掲載するのもNG。ジャニーズジュニアも辞めれば素敵な普通のひとです。

今回色々とお世話になるヒロさんと夕食を御一緒しました。
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ヒロさんは片野さんのお知り合いで日本食レストランのオーナー、サンディエゴに来てもう30年になるそうです。
でも着いて早々日本食というのもなんなので、今日は中華にしました。
※中華だっておんなじじゃない?

夜、私のパソコンがなかなかネットにつながらない。お店で働いている若い子が助けてくれました。
助けてくれたのはヤス君。両親が日本人。3歳からサンディエゴに住んでいます。
おきなわおーでぃおぶっくの話をしました。アメリカでは本を耳で聞くというのはポピュラーなこと。ヤス君、M.A.P.のCDも聞いてみてね。
※で、何しに行ったの?
旅の続きへ

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6月26日土曜日: ロサンゼルスから

【ロサンゼルスからの第一報】
(日本時間26日午前2時16分、現地25日朝10時16分)
ロサンゼルス空港。
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入国しました。
(それがどうした…)

【ロサンゼルスからの第二報】
(日本時間26日午前6時56分、現地25日午後2時56分)
サンディエゴに向かう前に。
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今日は、唯一時間に余裕のある日。ハリウッドに寄りました。写真はマリリンモンローの手形。場所が悪くて影が被ってしまって可哀相。
今日はマイケルジャクソンが死んで丸一年ということで、たくさんの観光客で混雑していました。
(そいつはよござんした)
旅の続きへ


ゴーヤーくんたちを眺めるのはなんとも楽しいのです。
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お百姓さんになれる日も近い? そんなに甘かねえやなあ。
「甘くない」→「甘くねえ」
この音韻変化はウチナーグチと一緒です。
それから嫁入り前の苗ふたつもだんだん大きくなってきた。
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根っこがあるから、これ以上伸びると移動もなかなかママならず。
4日後のゴーヤーへ
最初のゴーヤーから見る


それから、根のない宇夫方女史がバタバタとアメリカに旅立ちました。
こんなメモを残して。

25日(金)
 ・12時成田集合、15時30分発
 ・現地時間9時45分ロサンゼルス着
 ・夕刻サンディエゴ着
26日(土)
 ・12時半みなと学園(日本人学校)イベント参加
27日(日)
 ・横浜市・サンディエゴ姉妹都市50周年、横浜開港150周年記念式典に参加
28日(月)
 ・朝6時サンディエゴ出発、ロサンゼルス12時55分発
29日(火)
 ・日本時間16時成田着

【成田からの第一報】
久しぶりの宮城文子さん(左)。
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田中きとみさん(右)とお揃いのかりゆしウェア。今回の旅用に揃えたらしい。
でも宮城さんと私にはちょっと小さめで。。。
(根っこのない人間は、いくら太っても飛べるらしい)

【成田からの第二報】
海外で使えるdocomoのレンタル携帯GET。
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自分の番号で電話もメールも出来るらしい。
1日525円。機内で使い方の勉強します。
(通話料、高けえんじゃねえの。ウチナーグチと同じ音韻変化の例、その2と3)

【成田からの第三報】
間もなく搭乗。
浅草の売店みっけ!
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面白いから撮った。
(報告も結構ですが、少し厳選したらいかが?)
旅の続きへ




2010年6月24日のゴーヤーです。
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ネットがよく見えませんね。
じゃあこれでどう?
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「ネットなんてどうでもいいんじゃない?」
「そりゃそうだね」
大切なのはこれ。
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雄花の蕾です。去年こいつが出てきたのは8月の17日でした。今年は7週間以上早いってことですね。今年はもしかすると6月中に花が咲くかも。

昨夜、税理士さんが決算書の書類を完成させてお帰りになったのが10時過ぎ、その後、いくつか計上漏れ経費が見つかったのですが、もうどうでもいいや。
今日は早く寝よう、と思いきや、ワールドカップサッカーのデンマーク戦が深夜3時からだってさ。なんてこった!

夕方、ゴーヤーに訪れたお客様。
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カナブンなのかコガネムシなのか。
どっちにしても、もうお金のハナシは勘弁しておくれ。
明日のゴーヤーへ
最初のゴーヤーから見る

6月23日水曜日: 未払いのお金は……

全ての経費を記帳し、決算期を跨ぐ個別作業の進捗率を考慮して仕掛金や買掛金を、いつもの月より算出し、すると支払うべき法人税や消費税が決まる。

まもなく午前0時。やっと……
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でも、まだ終わらない。この後、決定した未払い法人税や未払い消費税という決算後にだけ出現する新しい勘定科目の帳簿付けをして、それらを経費に加算して最終の試算表を作成する。

眠れるのは、やっぱり2時頃かな。それでも、昨日までよりはだいぶ早い。
まもなく、開放される……

6月23日水曜日: 慰霊の日【牛島満中将】

6月23日、慰霊の日
1945年6月23日(22日という説もある)、第32軍司令官の牛島満中将と参謀長の長(ちょう)勇中将が摩文仁で自決した日。これによって沖縄での組織的な戦闘が終結したとされ、沖縄では終戦記念日よりも意味のある日である。
(※しかし、それ以後も散発的な戦闘が続いている。牛島満中将は自決する前に最後まで戦うよう訓令を出したとも伝えられる。従って「慰霊の日」を6月23日にすることに疑問を呈する意見も多い。実際、沖縄の守備軍が嘉手納米第10軍司令部で正式に降伏文書に調印したのは、終戦の玉音放送よりもずっと後の9月7日のこと。その間にも、民間人を含めたたくさんの命が失われたのである。)

復帰前の1961年、立法第85号によって公休日とされた(この時は6月22日、1965年に23日に変更)が、復帰による日本国の法律適用のため、休日としての法的根拠を失う。
1974(昭和49)年、沖縄県の「沖縄県慰霊の日を定める条例」によってあらためて制定され、1991年には休日条例で再度沖縄独自の祭日となる。しかし沖縄県でも国家公務員は休日とはならない。

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【参考】
牛島満司令官は日本軍の敗北が決定的になったとき、「最後まで敢闘し、生きて虜囚の辱めを受くることなく、悠久の大義に生くべし」となお徹底抗戦の命令を下したとされる。(『沖縄大百科事典』による)
しかし、自らは最後を見届けることなく早々と自決したというわけである。

摩文仁の丘には牛島満と長勇を慰霊する「黎明の塔」がある。


あのノニです。(⇒8日前のノニ
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いったいこの後どうなるのかちっとも見当がつかない。
もしかするとただただ生ゴミを大事に保管しているだけなのかも。

銀座周辺には沖縄関連の事業所が数多くあって、この日、夏の名護公演やキジムナーフェスタの宣伝にあちこち回ることにしていました。
でも、帳簿が終わらない。高山正樹は居残りかなと迷ったのですが、エイヤっと同行することにしました。帳簿の方は、あと二日くらい睡眠時間3時間を覚悟すればいい。甘いかな。

午前中、まず琉球新報社に伺って、たっぷり1時間、話を聞いていただきました。
次の約束は3時の沖縄タイムス社。ともかく昼飯食おうよ。
准ちゃんお勧めのキッチン“レッスンあづま”へ。
准ちゃんが頼んだのはあづまスペシャル。
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ごちそうさまでした。おいしかった。
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白石准は、現在CHICAGOの舞台に立って(座って?)います。でも今日は休演日なので引っ張り出しちゃったのです。

まだちょっと時間があります。そこでちょいと銀ブラです。
箸やさんです。
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なぜかすっげえオルゴールがあるのです。
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聞かせてもらいました。何故か、結婚行進曲でした。
琉球漆器の箸です。
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これは数千円というお手ごろ(?)なお値段でしたが、10万円を越える箸も売っていました。いったいどういう人が使うのでしょうかねえ。
おまけ。箸やさんの入り口に置いてある猫(?)のオブジェ。
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こいつについては「宮沢賢治考」にて。
 ⇒宮沢賢治考“銀座で見つけた猫(?)”

ぼちぼち沖縄タイムスの約束の時間ですが、その前に沖縄公演のチラシを置いてもらいに沖縄コンベンションビューローに寄りました。
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沖縄コンベンションビューローさんからは沖縄の手帖を扱わせていただいています。今後もよろしくなのです。

そして沖縄タイムス社へ。
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白石准どの。本日はお疲れ様でした。


夕方、帳簿に疲れ切った頃。
昨日の沖縄タウンに倣って、M.A.P.のゴーヤーくんのためにも、ネットを張ってみました。
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息抜きになりました。
4日後のゴーヤーへ
最初のゴーヤーから見る

今日も、帰れそうにない……。

町田の公演からいったん事務所に戻り、たった2時間弱しかありませんが、少しの間を惜しんで帳簿作業です。
そして代田橋へ向かいます。

去年ゴーヤーがたわわに実っていた場所、黄色い花が一輪、もう咲いていました。
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そうか、こんなふうにネットを張ればいいんだな。

今朝告知しましたが、あまみのユキへぃ君のライブを聞きに来たのです。
“たきどぅん”に入ると……
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間もなく開演ですね。

奥でユキへぃくん(麦藁帽を被っている少年)が準備中。
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鈴木修さんも来ました。宇夫方さんの影に隠れて、山猫合奏団のドラさんもいます。町田からそのまま拉致してきたのです。

いよいよ、ユキへぃ君登場!
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では、ユキへぃくんのご紹介。
本名、福永幸平。鹿児島県奄美大島出身。2001年、NHK教育テレビ「真剣10代しゃべり場」に出演。そこで映画監督の河瀬直美氏と出会い、映画「沙羅双樹」の主演に抜擢される。「沙羅双樹」は、2003年カンヌ国際映画祭コンペ部門に出品された。

そんな経歴を持つユキへぃ君と初めてこの“たきどぅん”で会った日、ユキへぃ君がちょいと唄ってくれた奄美民謡は、まるで泣いているかのようで、深い哀愁があってすばらしかった。その唄をもう一度聞きたくて、このライブを開いてもらったのです。

でもまあ、ユキへぃ君、若いんだもんね。歌いたい歌があるんだよねえ。
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例えばこんな感じ。

これはしっとりしていますが、彼の真髄はこんなもんじゃない。クラシックのドラさん「びつくり?」 youTubeにもあるんだけどね、あんまりだから紹介しません。
でもね、ユキへぃ君、奄美の方言なんかもちゃんと練習しているのです。
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奄美民謡を期待していたお客さんたちの微妙なノリ。
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宇夫方女史は三板(サンバ)で、ちょっと遅れて来た日高さんはタンバリンで盛り上げるのですが、こちらも微妙な空気です。
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でも、後半にはしっかり奄美民謡も披露してくれたし、そうして、最後はやっぱりカチャーシーで盛り上がったのでした。
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ライブが終わればいつもの“たきどぅん”
マーキーさんはYusuke氏のipadをいじくり……
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Yusuke氏はユキへぃ君のエレキカンカラ三線をいじくり……
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あらまあ日高さん。
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さすが、市民運動家ですね。
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みんなそれぞれバラバラだけど、いちゃりばちょーでー、「一度会ったら皆兄弟」です。だからみんなで記念撮影。
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もう一枚。
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でも、僕たちはとっても少数派。だって今晩はワールドカップの日本対オランダ戦、みんなテレビにかじりついているはず。こういう日は、殆どお客さん来ないと、“たきどぅん”のママが言っていました。
「今日は助かった、ありがとねえ」
ちなみに、日本は0-1で敗れたようです。

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今日です。
“ユキへぃ歌唄会”
東京代田橋、沖縄タウン内“たきどぅん”にて

ユキへぃくん、今日の今日の告知でゴメン。
なにしろ、決算書類の作成がギリギリで全く他の時間が作れないのです。ろくすっぽ寝てもいない。
でも、今晩はワールドカップの対オランダ戦も見ずに、知り合いつれて連れて“たきどぅん”に馳せ参じるからさ。

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ユキへぃくんの紹介や“たきどぅん”でライブを開催することになった経緯は下記記事でお読みください。
 ⇒http://lince.jp/hito/zantei/amami…

事務所を出ると、途中、“酒菜”の看板にこんなチラシ。
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“たきどぅん”には確かテレビなかったよなあ。

さて、これからすぐに“たきどぅん”に行くというわけではないのです。その前に大事なお仕事があって、まずは町田へ向かうのです。

町田のことは山猫合奏団のブログにて。
 ⇒http://lince.jp/lince/acorns_history/matida…

そういえば先週の平田大一さんに続き、今週のトップランナーは宮本亜門氏でありました。亮次くん、戸籍名も亜門に変えたんだ、知らなかった。
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“喜多見で沖縄語を話す会”の第一回は昨年の11月でした。早いもので、今日で大よそ半期が終わるということですね。
いつも皆さん全員集まるというわけでもなく、だから2回に1回しか来なくても、久しぶりに参加しても、特に置いてきぼり感なしという緩ーい感じがよろしいようで。

今日はいろいろ今までの復習をしてみました。アーカイブはサブカテゴリーにて。

するとあんまりちゃんと國吉先生を撮影していないことが判明。そこで今日はでっかく行きましょう。國吉眞正先生です!
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ピーチクパーチク生徒さんたちです。
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では本日の参加メンバーをご紹介してみますかね。
M.A.P.代表理屈担当の高山正樹と、琉球舞踊教室のメンバーでもある炭屋さん。
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過激な小説(饒舌)家、Mr.Tomihisaと、謎のおじさんMr.Hidaka。九州男児×2
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本日は見学の鈴木修さんと、お馴染み五味さん。演出家とカメラマン。
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それとも裏方さんと自転車乗り?
そして、花田さんとは不思議なご縁。
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写真撮影は宇夫方路でした。
本日のご報告はこれまで。
第14回(M.A.P.after5)へ
第14回(沖縄語を話す会専用ブログ)へ

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6月17日木曜日: 空中楼閣

昨日から、何が変わったというわけではないのですが。
朝は、日の光を一杯に浴びて。
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てっぺんが空の中へ。
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そこには、捉まるものがありません。空中楼閣。株式会社M.A.P.と同じ?
なんてね。
いずれにしても何とかしなくちゃなあ。

おっ? 蜘蛛の巣です。
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でも、会社の経営は、待ってたって何もはじまりません。捉まるものが無くたって、攻めなきゃならない。
そういう生き方、個人的にはとっても嫌いだったはずなのに。
妙な運命です。

立っている場所が変われば、見え方、見える範囲も全く変わるという当たり前のことが、実はなかなかわからない。
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しあさってのゴーヤーへ
最初のゴーヤーから見る

それからね。
今日6月17日沖縄返還協定が調印された日です。
昭和46年、1971年のこと。
今日はこれだけ。



帳簿三昧の毎日。
今日のゴーヤー。木漏れ日を浴びて。
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ずいぶんとでっかくなった。
太い手すりに、なんとかつかまっている。
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明日のゴーヤーへ
最初のゴーヤーから見る

それから……
旧暦5月5日、グングヮチグニチ
甘菓子と菖蒲の葉を仏前に供える日

「ゴーヤー」も「この日~」も、どちらも連載記事である。

ところで、自分で言うのも何なのだが、このM.A.P.after5というブログは、深くお付き合いくだされば、まるでいくつもの伏線で構成された連載ミステリー小説みたいで、相当おもしろいんじゃないかなとも思うのだが、おおよそ世の中の皆様は、ブログごときものにそんなめんどくさい楽しみなんかを求めてはいない。

この“タイ料理&釣師居酒屋コンケンアイ”なる変わった名前の居酒屋も、M.A.P.after5に新しく加わったミステリーなのだが、楽しんでいるのはどうやらオイラだけみたい。
昨日が6月の15日。今日はタイ料理が食べられるはず。
このセンテンスだけで、「ははん、あれね」と分かる方は、当ブログのかなりコアな読者。しかし、そんな変わり者は滅多にいないだろうから、まずは前回のコンケンアイの記事をどうかお読み頂きたい。
 ⇒コンケンアイ初見参の日の記事
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結論から言うと、いくら一生懸命営業しても、残念ながら今日もタイ料理にはありつけず、ミステリーはミステリーのママ残されたのである。しかし、それもまた、「いと、おかし」ではないか。

ともかく、今日も魚がすこぶる旨い。
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前回より食い物を旨く撮影するコツを憶えた。ギリギリ接写すること。店が明るいのもいいんだな。薄暗くして、雰囲気で味をゴマカスなんてことはしない。刺身を出す店はこうでなくっちゃいけない。どうよ、このカツオ。
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コンケンアイのおやっさんがこちら。釣師。釣るのは魚と?。
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「魚が一番旨いんだ。タイ料理なんか食わねえで、魚食ってりゃいいんだ」が口癖。
現在一時的にヤモメ。ほんとに一時的なの?

魚もいいけどさ、今度はタイ料理も食べたいな~
「食えるだろ、そのうち……」
ミステリー。

4月25日の東京沖縄県人会総会でお会いした関東沖縄IT協議会の副会長、今井恒子さんからお声が掛かり、今日、沖縄経営者協会・関東沖縄IT協議会合同懇親会で踊ってきました。
音楽もテープではなく、贅沢にも持田明美さんに三線をお願いして、「かぎやで風」と「貫花」を踊りました。「かぎやで風」から「貫花」へ、私の着替えの間に、持田さんには一曲「恋の花」もご披露いただきました。

この日持田先生に開口一番「高山さんは?」と聞かれたので、「お金の計算してます」と答えました。
今日は三線教室琉球舞踊教室などのサークルや、キジムナーフェスタなどのイベントの宣伝もさせていただこうと意気込んで来たのですが、二人とも出し物の準備と片付けで余裕がなく、こういう場合は出演しない別の人が来て、会場でうろうろする必要がありそうです。
持田先生曰く、「高山さん、計算している場合じゃないよ!」

持田先生イベント出演情報
 ⇒http://haisaikomaesanshin.ti-da.net…
持田さんの参加するユニット“シーサーズ”のyouTube
 ⇒http://haisaikomaesanshin.ti-da.net…

今井さんからお土産に沖縄そばを頂戴しました。
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持田明美・宇夫方路のコンビ。なかなかいい感じ。持田先生、これから売り出しませんこと?
(宇夫方路)
【24日追伸】
“おきなわの声”の編集長、金城驍さんが懇親会での踊りの写真を撮ってくださっていたので、写真くださいとお願いをしたところ、まだフィルムが残っているからもうちょっと待ってねと連絡がありました。デジタルカメラじゃなかったのね。
というわけで、写真を戴いたら改めてご紹介いたします。

6月14日月曜日: 間もなくキックオフ

朝。
やや!
しなびてきたノニ。でも臭い。
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6日前のノニ

昼。
お金の計算。胡散臭い?
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消費税をシステムに組み込みながらだから大変なのだ。
経理とアクセス両方にかなり精通していなければ出来ない仕事。外注したらきっと100万円でも収まらない。誰も褒めてくれないから、致し方なく自画自賛。僕、ホントは役者なのに。臭い役者?

夜。
仕事をふんぎる。「ふんぎる」って「糞切」?臭。
なぜなら、間もなくキックオフだから。
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「坂本竜馬が流行っているらしい」
「何言ってんだ?」
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「沖縄で、あのドラマを見ていると、不思議な感じがするらしい」
「あのさ……」

沖縄を「処分」した側の物語。島から日本を眺めると、全く違う相貌が現れる。
日本を応援するって、いったい何なのだろう。当然だと思っていることの不思議。

「黙って応援しろよ」
臭い者にはフタ。

6月13日、旧海軍司令部壕慰霊祭

第4海上護衛隊司令官兼沖縄方面根拠地隊司令官大田實少将は、1945年6月6日、海軍次官に宛てて、かの有名な電文を打つ。

……沖縄県民斯(か)ク戦ヘリ
県民に対し後世特別ノ御高配ヲ賜ラんコトヲ


そして6月13日未明、幹部数名とともに旧海軍司令部壕内にて拳銃で自決する。
今年は第40回の慰霊祭である。

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息子、大田英雄氏はその著書『父は沖縄で死んだ』の「あとがき」にこう書いた。
「沖縄戦で“鉄の暴風”のもと県民四人に一人の生命が奪われ、いままた在日米軍(専用)基地の四分の三をその背に負わされている沖縄は、そのうえ身近に核の恐怖にさらされている。こんなひどいことが、許されてよいはずはない。」
1989年の文章である。




6月12日土曜日: 平田大一さんの記事

朝日新聞に平田大一さんのでっかい記事。
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平田さんはM.A.P.とも縁がある。

宇夫方隆士さんと平田大一さんの共演をお楽しみください。
 ⇒http://lince.jp/poecias/coffee…

手抜きのブログ……
だって金勘定が終わらねえ。
こんなことするために生まれてきたんじゃないんだが……

6月11日金曜日: 夜もウゴメイテイル

日が変わって、もう11日の午前1時半。もう帰ろう。といっても自宅ではなく本部だが。

そうだ、ゴーヤーはどうなってるんだろう。
暗くて見えない。
フラッシュ炊いて撮ってみよう。
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あら、ずいぶん大きくなったねえ。去年の8月1日よりもでかいね。

子どもたちはどうした?
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いたいた。
5日後のゴーヤーへ
最初のゴーヤーから見る

新宿の沖縄物産展で買った軟骨ソーキで一杯やって、そしてようやく眠るのだ。
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最近の睡眠時間は4時間ぐらい。寝静まった夜に、いつも蠢いている。


何もないわけではないのです。
それどころじゃなくて、ご報告しなければならないことがいっぱいです。

でも、時間がないので、簡単にどうでもいいことを書きます。

今朝、朝飯を買いに行った喜多見のセブンイレブンで、こんなギフト商品をみつけました。
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お酒のゼリーです。
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美味いのかねえ。

どうでもいいことではないこともひとつ。

やはり朝、大島純くんからメールが届きました。

もう今日のことなんですが…
谷野響子ちゃんが帰国して、彼女のオケの凱旋公演やってます。
今日は、19時からすみだトリフォニーホールです。
モーツァルトの後期交響曲ばかり3曲。


なんだって!あの懐かしい響子ちゃんが東京にいるんだって!
すぐにインターネットで調べたのです。
 ⇒http://www.triphony.com/concert/…
南西ドイツ・フィルハーモニー交響楽団か…

ああ、どうしても行きたい。
しかし、ここのところ家にも帰れず、コンサートに行けるような服がない。なにしろだらしない半ズボンに、靴下すら履いていないのだから。それに加えて、経理が全く間に合わない。

意味深な記事発見。
 ⇒http://sankei.jp.msn.com/entertainments/music/…
なぜ、響子ちゃんの名前がないのだろう。

でもきっと大丈夫。こんなページも見つけたから。
 ⇒http://www.triphony.com/concert/20100608…
響子ちゃんがコンサートマスターとしてメッセージを書いています。
N響さん、どうなのよ。

ちなみに、次回公演は15日、京都らしい。
 ⇒http://ai-international.co.jp/southwestgerman…

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智内好文さんに案内いただいて、こんなイベントに出掛けていきました。

『ともにアートする夕べ』
保坂展人×劇作家坂手洋二×弁護士伊藤真
政界急変!どうなる普天間!どうする下北沢!
会場は北沢タウンホール。19:00開演 

参議院の選挙が近い、なんだかそんな感じがそこはかとなくする集まり。特に客席が。
普天間がなんでこんなことになっているのか、どうすればこんなことにならないのか、その核心が聞こえてこない。市民の目を持った代表を国会へ送り込む、ふーん、しかしそれじゃあきっとなんにも変わらない。

小田急線複々線化にともなく下北沢の再開発は確かにひどいです。小田急線複々線化工事の費用を道路財源から出すために、幅25メートルの道路を250メートルくらい作るというはなし。知らなかった。

もう35年も前のこと、小田急線で通学していたのですが、ラッシュ時のすし詰め状態の電車は歩くくらいのスピード。脂汗が流れてくる。押し付けられたドアのガラスの外に、高架に反対する看板が見える。それは沿線の瀟洒な住宅に点々と貼られていたのだが、僕はそれにひどく腹を立てていました。
小田急線の複々線化は未だに終わらない。市民感覚って、いったい……

終演後、ロビーには保坂展人さんが出ていらっしゃいました。特に求めたわけではないのに、名刺くれて握手されて、でも目は僕のことなんか見てはいない。
「ボク、東京の住人じゃないから、一票にもなりませんよ」

決して保坂氏をどうこう言いたいわけではありません。選挙ってこんなものなのだろうということ。
「智内さん、一杯やりましょう」

智内好文さんは政治とか市民運動とか、全く似合わない人。その智内さんがなんで今日の会にボクを誘ったのかというと、これです。
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天空企画「ウチナー・パワー~沖縄 回帰と再生」
お、いよいよですね、まだ中は白紙ですけど。
この執筆陣に一人に保坂展人氏が名を連ねているのです。
先日もご紹介したのですが、その時は画像での御案内だったので、それじゃあ検索に引っかからない。ですから今日は改めて執筆陣をテキストにしましょう。
 ●島尾伸三(写真家)
 ●石川清和(今帰仁診療所所長)
 ●吉村喜彦(作家)
 ●馬場繁幸(琉球大学農学部助教授)
 ●宮城能彦(沖縄大学人文学部教授)
 ●眞喜志敦(沖縄リサイクル活動市民の会)
 ●高橋進(共栄大学教授)
 ●大嶺隆(『ぜんざいの冨士屋』社長)
 ●永峰眞名(兵庫沖縄協会機関誌『榕樹』編集担当),
 ●三輪大介(沖縄大学職員)
 ●新垣誠(沖縄キリスト教学院大学准教授)
 ●保坂展人(前社民党衆議院議員)
 ほか

冒険的な人選ですね。お堅い分野だけに宣伝も難しそうですが、売れてほしいな。

お店で働いていたイトマンチュの安田君と。
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お疲れさまでした。
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6月 9日水曜日: お昼の“重味”

もうすぐ町田の老人ホームでドラさんデビューです。今日はそのためのあわせ。
ついでにプロフィール用にちょいと写真を撮りました。
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こんなのどうかなって試してみたんですけどね、こいつは使う機会なさそうですな。

お昼。
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重味(しげみ)に行ってみました。大島君がFM津山に電話出演した日以来です。その日は夜だったけど。
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お客さんはいっぱいでした。ちょっと量が物足らないけど、奥様方にはちょうどいい感じなんだろうな。

しかし、奥様方、きっと旦那さん一生懸命働いてるんだから、昼飯ぐらい自分でお作りになったらいかがでしょうか。これ、重味さんの営業妨害?

FM津山といえば……
おっとこいつは久々のミステリー。


例えば、販売価格10,000円の委託商品(買取ではなく、作り手からお預かりしている商品)が販売サイトで売れた場合のはなし。

重ねて例えば、その商品が「七掛け」だとすると、作り手の方に「10,000×7」の7,000円をお支払いして、われわれは手間賃として3,000円を頂戴する、一見なんだかずいぶんと割のいい商売に思えます。しかし……

10,000円以上お買い上げの場合、送料は無料としています。お客様にお届けする送料が200円かかるとして、これは当方持ち。加えてお客様がヤマト運輸の代引きという方法をご希望されたとします。代引き手数料は税込み310円なのですが、これはお客様のご都合なのでお客様に負担していただきます。したがってお客様には、商品が届いた時に商品と引き換えに代金の10,000円と代引手数料310円をヤマトの人にお支払いいただくことになります。それでいいですかという確認のメールをお客様に送り、OKのお返事が戻って来た段階で商品発送となります。(ちなみに梱包材だってそれほど安くはありません。)

さて、この取引一件の帳簿への記帳はどのようになるかというと……
商品を発送した時点で税務上記帳する義務が生じます。お客様にお支払い頂く10,310円は、まだ手元には無く、いずれこちらに届く予定なので、この10,310円は「借方」に「売掛金」として計上しておくのかな、と思いきや、10,310円の内、310円はお客様がヤマトに支払って終わりなので、当方とは無縁な金額。したがって、10,310円をお支払いくださいというご案内は差し上げますが、当方の帳簿の「借方」に記載するのは、「売掛金」きっかり10,000円だけです。その反対側の「貸方」には、商品を提供してくださった作り手の方に支払う7,000円を「預かり金」として計上、残りの3,000円が我々の取り分で「売上」となるのですが、内税の消費税を按分しなければなりません。結果「売上」は2,858円で、残りの142円が「仮受消費税」(本来は商品を買ったお客様が国庫へ納入すべきものを仮に我々が受け取っておいて後でお客様に代わって納税する消費税という意味)となります。(7,000円分の消費税の納税義務は作り手の方にあります。でも年間の売り上げが1,000万円以下なら免除されます。)

商品を送るには送料がかかります。「送料」は経費だから「借方」に計上しますが、これもやはり消費税と按分する必要があります。191円が「送料」、9円が「仮払消費税」(なぜ「仮払」なのかの説明は、そもそも消費税とは何かを理解する必要があって、ちょっと難解なので省略します)が「借方」。それに対する「貸方」は、例えばコンビニなどで送料を支払えば「現金」、でも我が社はヤマトさんの送料は一ヶ月毎まとめて支払うという契約をしているので、200円はヤマトさんからしばらく借金することになるわけで、だから「買掛金」となります。先の「売掛」が「貸し」、「買掛」が「借り」ということですね。

飲み屋の「付け」を「掛け」とか「掛け売り」とか言いますが、同じですね。

やがて、ヤマトさんからお客様から受け取った10,310円のうち、手数料310円を引いた10,000円が預金に振り込まれ、一方送料の200円が引き落とされます。また7,000円を作り手の方の口座に振り込み、さらには「仮受消費税」から「仮払消費税」を引いた金額を税務署に納税し、マイナスなら税務署から還付を受ける……

ああ、気が遠くなる。「2,852円(売上)」-「191円(送料)」-「その他の経費」=「利益」を稼ぎ出すのも大変なのです。

このところずっと帳簿と格闘。
今日も一日帳簿、でも時々「ドラさん」、のち「智内さん」でした。
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そのご報告は別記事にて。
帳簿が一段落するまで少々お待ちを。

(この記事は、経理をちょっとお休みして、ミュージックステーションで歌っているCoccoを見ながら、6月11日に息抜きのつもりで書きました。つうことは、もう5日もブログ書いてなかったんだねえ。)

※6月27日に、「ドラさん」と「智内さん」の記事をようやくアップしました。ふう……
 ⇒http://lince.jp/hito/dorafhoto…
 ⇒http://lince.jp/hito/hosaka…



6月 9日水曜日: ノニですけど

4日前のノニ

朝8時。
ノニですけど。
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変わった?
わからん。
臭い。

ノニシリーズは、いったいどんな結末を迎えるのでしょうか。

6月 8日火曜日: 喜多見駅前の屋台の餃子

宇夫方路女史から届いた餃子の写真。
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喜多見駅前に出ている餃子の屋台で買って食ったということが6月5日の記事のコメントに書いてある。
このくらいの記事、自分で書けよってか。
でも、旨そうだな……
(高山正樹)
[cate.喜多見情報]


6月 7日月曜日: もっと光を

こんな案内を頂いていました。
まずは西武門もみ子さんが出演する“オーイ!ちゃんぷる祭り”
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行きたいけど、こちらにはおてもやんず特別メンバーの宇夫方女史に行ってもらうとして……
小生は“夏のはじめの室内楽”
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この大島純氏が出演するコンサートに、何とか行けるようにがんばったのです。しかし会社の決算申告書提出の期限が迫り、いよいよ尻に火がついて、結局二人とも帳簿とニラメッコ、どうしても時間が作れませんでした。
もみ子さん、大島君、ほんとにごめんなさい。というか、どっちにも行きたかったのに、残念だったなあ。

そればかりではありません。昨日の嫌な予感が的中。文字通り尻に火がつきました。痛えのなんのって。ああ、トイレが怖い。

それでも昼飯を食べなければ仕事なんかできません。こういう日は蕎麦ですね。
喜多見には老舗の名店があるのです。丸屋さん。丼ぶりものもある普通の日本蕎麦屋で、こんな旨い蕎麦が食べられるのかとびっくりするお店です。しょっちゅう食べているのに今まで紹介しなかったのは、基本的にココのご主人があんまりそういうの好きじゃないと聞いたから。でも今やもうあっちこっちのブログなどでも書かれているようだし、それならM.A.P.の喜多見情報でも、ちょっとだけ、といわけで……
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なんだよ、昼真っから酒かい!
夜だろうが昼だろうが、蕎麦には酒が粋なんだよ。
尻は?
あ、忘れてた……
(高山正樹)

朝。
一週間ぶりのノニを、ガラス越しに撮影。
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なんだかちっとも変わらない。沖縄物産展のおじさん、話が違うよ。

朝から夜まで。
一日中デスクワーク。ちょいと尻が痛くなってきた。

夜。
最近、なぜか東南アジアが気になるのである。5月29日のガムランとか、6月3日のタイ料理とか。
そこで世田谷通り沿いにある亜細亜食堂サイゴンの狛江店に行った。
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和泉多摩川にあるサイゴンの方がもっとベトナムっぽかったかな、なんてね、本場の味を知らないで言っているのだからいい加減なものである。
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それでも結構辛かった。なんだか明日、嫌な予感がするのである。

帰り道、喜多見の駅前に餃子の屋台。
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餃子の屋台なんて、初めて見たような気がする。

M.A.P.オリエンタルな展開の予感?
今日のお土産です。
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今日は疑問詞の「ちゃっさ(どれくらい、いくら)」と「じる(どれ)」のお勉強。珍しくあんまり横道に逸れませんでした。だからご報告することはあんまりありません。

というわけで、いきなりお勉強の後のお楽しみの場へ。今日も“串かん”です。なにしろ時間が時間なので、駅から近いのがいいですな。それと、沖縄について色々語らうには、まったく気取らないこういうお店がいいみたいです。
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西山監督作品の上映会に続いて、ハンサム・マーキーさんが沖縄語を話す会にも見学に来てくれました。

國吉先生は、明日が本家大崎の「話す会」なので、その準備のため、残念ながら欠席。そのかわり、前回お話ししましたが、國吉先生が沖縄の老人ホームで紙芝居をやられたことが、琉球新報と沖縄タイムスに掲載されたので、その記事をご紹介したいと思います。
 ⇒琉球新報5/23付
 ⇒琉球新報6/4付
 ⇒沖縄タイムス


スナック“ぎま”の手前にこんな店がある。
タイ料理&釣師居酒屋“コンケン・アイ”
コンケン・アイ
タイ料理が食べたくて、中に入った。

「タイ料理は出来ないよ」

見上げた壁のメニューがやけに虫食いである。
虫食いメニュー
店のおやっさんの奥様がタイの人。事情があって、タイ料理ができないのである。15日以降なら、おいしいタイ料理も食べられるらしい。絶対? きっと…… たぶん。
だが、魚が旨い。
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「こんな場末でもさ、こんなうまい魚を出す店があるんだよ」

もう看板の時間はとうに過ぎているのに、カツオ、いわし、魚を頼めば、おやっさんは気持ちよく答えてくれる。

気に入った。また来ます。15日以前に来るか、それまで待つか、思案中。


6月 2日水曜日: 鳥研の2階で三線を弾く

今日の三線教室のことは、夏子さんに任せてっと……
 ⇒第2回三線教室
三線教室開設までの経緯は、このM.A.P.after5で報告してきたわけですが……
 ⇒[subcate.三線教室]
今後はティーダブログのほうに引き継ぎます。
 ⇒三線教室のティーダブログ

こちらはもっぱら裏話。

それにしてもねえ、すぐにも新人賞かと思ったんですけどね。今日、持田さんに全否定されちゃったもんね。手首使っちゃダメ、はじいちゃダメ、音が大きすぎる……
なんともはやストイックな楽器だねえ。

さて問題です。ここはどこでしょう。
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答え。鳥力中央研究所の二階です。ビールケースの上に板置いて。なんだかさ、学生時代、下宿で飲んでるような……
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でも、焼き鳥はいつもと同じ。旨い。
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YUSUKE氏、濁った精神を清めてみると、後光さえ差してくる?
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鳥研のNewStuff。
お住まいは池袋。
終電がなくなるので、我々より先に店を出られました。



鳩山首相がつい先程辞意を表明しました。

このところ僕の身近の識者から、鳩山政権を潰すと、沖縄の基地を根本的に問い直すきっかけを今後100年失うことになりかねないといった意見を、いくつも聞かされていました。
はたして、鳩山首相は何の責任を取って辞任するのでしょうか。普天間基地を沖縄以外の場所へ移転させることができなかったことの責任でしょうか、それとも、そもそもそんな約束をしてしまったことの責任を取るのでしょうか。今のままだと、後者の流れになりそうな雲行きです。基地のない沖縄を願う沖縄の人たちにとって、この展開は、一部の人たちの懸念通り、最悪のシナリオなのです。
なぜこうなる前に、沖縄の普天間基地の「少なくとも県外への移転」実現のため、日本人は鳩山政権を支え、共にその方途を探そうとしなかったのでしょうか。

M.A.P.after5では、この手のハナシは基本的にしないと決めていたのですが、今日は「あえて」語り過ぎてみました。

なお、下記記事の最後にある【M.A.P.としての見解】をお読みください。
 ⇒http://lince.jp/hito/okinawamap/okinawatuusin2…
その「見解」は、今も変わることはありません。

【6月11日に追記】
やっぱり政治を語り過ぎるのは好きじゃないのです。だからこの日のゴーヤーで中和します。

苗から育てているゴーヤーの根元。
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土からちょっと上、茎が2本切れている。これ、双葉が切れて落ちたのです。
双葉はこれ。小学校の頃の理科の時間を思い出しますねえ。
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ちょいと丸い。下には種の殻がまだついてます。上には普通の葉っぱが生えてきています。去年は苗だけだったのでお目にかかれなかった双葉ですが、今年は種から育てているので見ることができたのです。
五日後のゴーヤーへ
最初のゴーヤーから見る

お昼は魯園菜館で冷麺。
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入り口には大量の紹興酒。
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中国からの直輸入かな。

ほんとはね、今日この記事にコメントしたので、それを読んでもらいたくて、追記してみたのです。
また、語りすぎてみました。


なんだか家族みたいだな。
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でも、間もなくお別れ。
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いえいえ悲しくなんかありません。うれしいことです。
行き先はこちら。大槻紀子さんです。
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明日のゴーヤーへ
最初のゴーヤーから見る

さて、長らくお待たせしました。
あらためて、大槻紀子さんのご紹介です。

大槻紀子
イラストレーター・エッセイスト
東京生まれ、神奈川育ち。
1993年、河原淳氏が主宰するイラストハウスで学び、翌1994年から本格的に活動開始。沖縄、バリ、奄美など南の島と音楽をこよなく愛する。
ユニークな視点のイラストルポを雑誌やウェブで発表。「おきなわ歳時記」(インターネットウルマ)、「沖縄ごはんを食べよう」(月刊よみがえる)、「どきどきバリ紀行」など
「THE BOOMのコンサートパンフ、宮沢和史MPB2など音楽関係へも作品を提供。
また残波岬ロイヤルホテルのランチョンマットのデザインなど、水彩、切り絵、ペン画を使い分け、ジャンルにとらわれない活動を展開。
趣味は沖縄のエイサーと唄三線。


例えば、大槻さんの書いたゴーヤー。
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いいでしょ。ゴーヤーを育てているから分かるのですが、ゴーヤーをよく知っていなければこれは書けません。大槻さんのイラストは、すべてきちんとした知識と愛情に裏打ちされている、だからこそ人を惹きつける力があるんだろうな。
※このゴーヤーのイラストは、インターネットウルマ(今は“ウルマックス”に受け継がれています)に大槻さんが連載していたエッセイルポ「おきなわ歳時記」の“ゴーヤーの日”のものです。

他にも色々とご紹介しようかと思ったのですが、出し惜しみすることにしました。だって、それはミステリー。

でも、高山正樹が気に入ってるキャラクターを、ふたつばかり切り取ってご覧頂きましょうか。
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おや、大槻さん。その髪止め、西岡美幸さんの壷屋焼ではありませんか。
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なんだかおもしろいコラボをしてみたくなってきたぞ!

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観世さんのお芝居の緊急告知!

劇団岸野組 二十周年記念公演第一弾
森の石松外伝4 誰かが誰かを狙ってる
作:観世桂男
演出:岸野幸正

日時:2010年6月2日(水)~6日(日)
場所:銀座8丁目 博品館劇場

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明日の2日水曜日は19時開演。オープニングで旺なつきさんが歌います。

観世さんのコメント、「来てね!」

高山正樹 Masaki Takayama
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