過去の投稿

あなたは現在 2010年7月 の投稿をご覧頂いています。
このゲートのところを曲がれば、義母が一人で暮らす家まで間もなくである。
null
そこに、家族が集まってくれるのだ。
一年に一晩しか咲かない月下美人。
null
この偶然に、ことさら何かの意味を求める者などいない。

夏限定のオリオンビール。
null
オリオンビールはやっぱり夏の沖縄で飲むのが一番うまい。
null
それには理由がある。ビールは、揺らせば揺らすほど不味くなる。オリオンビールの工場は名護にある。だから、沖縄でも名護に近づけば近づくほど、旨いオリオンビールが飲めるのだ。

ゴーヤーも……
null
さしみも、てんぷらも嬉しいのだが……
null null
こんなコクのある墨汁は、ここでしか食べられない。
null

義理の兄弟たちは言った。
この母が作る上等墨汁は、僕が来た時にしか食べられないのだと。

明日は土曜日だが、みんな休みではない。沖縄の小さな会社では、至極当たり前のことである。労基署も、ただ黙っている。なぜなら、労基署が動けば、会社が立ち行かなくなることを知っているから。

まずはレンタカーを借りて、そのまま電子ピアノを借りに糸満の沖縄水産高校へ行きました。
その記事は山猫合奏団のブログで見てください。
 ⇒沖縄水産高校にて
山猫合奏団のブログではご紹介しなかった画像を一枚。吹奏楽部の部室か音楽室か、その本棚です。
null
さすがに沖縄ですね。三線の楽譜がいっぱいです。

その後、沖縄ワールドの“しよん”さんのところへ。
null
今日は敦子さんが対応してくださいました。
null
パワーストーン付マース袋。間もなく販売です。

沖縄ワールドに、“しよん”さんの工房を訪れるのは、きっとこれが最後です。“しよん”さんはついに自前の工房を開設することになったのです。この次来る時、新しい工房を見るのが楽しみだな。

沖縄ワールドで、遅めの軽い昼食。
null
地ビールの“ニフェデビール”だって。
null
ウチナーグチで「ありがとう」はニフェーデービル。そのモジリですね。
これ、ハイビスカッシュ。
null
駄洒落ばっかり。

それからいしだ文栄堂さんで100店シリーズを仕入れ。

そしてホテルにチェックイン。今回初めて泊まるホテルは、去年壷屋小学校のやちむん市に行ったとき、高山正樹氏がポークと卵のおにぎりを買って食べたマックスバリューの近く。
今夜はヘルシー弁当。にんじんしりしり、ゴーヤチャンプルー、モズクてんぷらなど。
null

お茶も水も沖縄のものです。


東京とおなじものもいっぱいあるんですよ。ただ沖縄独特のものだけ選んで買ってきました。
なんとなく。。。
山猫合奏団沖縄ツアーはあさってからです。今夜は嵐の前の静けさ、かな。
(宇夫方路)

旅の続きへ

» 続きを読む

那覇空港に着くと、こんな横断幕が張られていました。
null
「歓迎 美ら島沖縄総体2010」
※ウチナーグチの「ちゅら」という言葉に「美しい」という字を当てることはおかしい、「清ら」が正しいのですと、いつもいつも國吉先生はおっしゃいます。「ちゅら」が大和の「美」だと理解してしまったら、沖縄の文化は正しく伝わらない。そのことをいつか書かなければと思っていながら、ここまで来てしまいました。この旅の間に、どこかであらためて書ければいいのですが……

私事ではございますが、わが母校、東京都立駒場高校が、あの強豪帝京高校とともに東京都のサッカー代表で出場するらしいのです。さらに私事ですが、今から数十年前、全国高校サッカーの東京予選決勝で、東京都立駒場高校は帝京高校に延長で3-4のスコアーで破れ、惜しくも全国大会出場を逃したことがあります。その時の駒場のキャプテンが、僕の弟でした。弟は準決勝の本郷戦で、ファールを受けて骨折し、決勝には出られなかったのですが、松葉杖を突いてベンチ入りした弟は、決勝戦のテレビ放送のおいしい話題であったようで、何度も何度も画面に登場し、アナウンサーはその度に準決勝での弟の活躍を水増しして伝え、「おれを国立へ連れて行け」などとドラマチックに絶叫し、おかげで弟は、他のどの選手よりも目立っていました。
その試合を、僕はスタンドで観戦していましたが、その時の駒場側の応援スタンドレポーターが、やはり駒場の同級生、日テレの新人アナウンサー、菅家ゆかりさんでした。その彼女が今、おきなわおーでぃおぶっくの「対馬丸」を読んでくれているのだから不思議なものです。

さて、本題です。
今、沖縄の少年たちは、サッカーや野球に一生懸命です。そして、子どもより一生懸命なのが、親であるらしい。
数年前、沖縄でこんなことを聞いたことがあります。今の沖縄では、現実的な夢を持つことができない。だから大人たちは、自分の子だもたちが、プロのサッカー選手や野球選手になるという夢を追って、何をも差し置いて、子どものスポーツ活動を優先している、それがちょっと問題なのだというはなし。

「歓迎 美ら島沖縄総体2010」
そして僕は、ますます憂鬱なのでありました。

拝啓、智内好文さま。

いよいよ「ウチナー・パワー~沖縄 回帰と再生」が出版されましたね。おめでとうございます。早速お送りいただき、ありがとうございました。すぐにも読んで、宣伝をと意気込んだのですが、地味ながらその内容の重さに、しばしば立ち止まって沈思黙考、申し訳なく思っています。

今日から沖縄へ行ってきます。山猫合奏団の沖縄公演ツアーのためです。山猫合奏団の公演を沖縄で実現させる、それは、大げさに言えば僕の夢でした。山猫合奏団の仲間や、山猫合奏団を応援してくださる方々は、僕の最も大切にしなければならない人たちですが、そのみんなに、僕が30年間「沖縄」の何に拘ってきたのか、その一端を知ってもらえる機会がやっと訪れたのです。同時に、沖縄を通じて知り合った方々には、僕が沖縄とは関係の無いことも一生懸命に関わっている人間だということを知ってもらえるのです。「沖縄問題」が全ての日本人にとっての課題であるならば、今回のような機会こそがとても大切なのだと、僕は思っているのです。M.A.P.after5なるブログは、このためにこそあったのかもしれません。

にもかかわらず、何故かとても憂鬱なのです。その原因を説明するのは、なかなか困難なのですが、僕は周期的に、沖縄に関わっていることがとても嫌になる、ちょうどその時期にあたってしまったようで、でもこんなことを言うと、沖縄に関する優れた仕事を継続的に続けてこられた智内さんから、きっと叱られるに違いありませんね。

沖縄へ向かう機内で、東京から持ってきた唯一の本「ウチナー・パワー」をツラツラと読んでいます。
null
沖縄が「沖縄」に「回帰」し、そして「再生」しようと声を上げれば上げるほど、どうやら僕の憂鬱は募っていくようなのです。

島尾伸三氏がプロローグを書いています。「夢幻琉球」という表題で。
「奄美大島で小・中学校を過ごした1950年代から60年代なかばまで、沖縄は輝いていました。沖縄にはアメリカの珍しいものや便利なものが何でもあって、道にあふれるほどいろんな自動車が走っていて、毎日たくさんの飛行機が町や村の上を飛んでいるというのです。(中略)その憧れは、1972年の沖縄への復帰後数年もしないうちに、奄美の人間にはすっかり色あせたものになってしまいました。その理由は(中略)アメリカ軍からの横流しや戦利品と呼ばれていた盗品を日本へ密輸して大儲けできる魅力が、失われたからです。」
なんという逆説でしょう。僕は、この島尾氏の文章に拮抗できる言葉を、たったひとつとして持ち合わせていないことに気づくのみです。
その代わりといっていいのかどうか、僕は、先日島尾伸三氏から聞いた話を、思い切って公開してしまおうと思ったのでした。
 ⇒http://lince.jp/hito/mapinfo/hidakatotinai…

また、例えば新垣誠氏はこんなことを書いています。
「(前略)沖縄の独自性を訴え、ヤマトとの差異化を図った言説が一世を風靡してから久しい。(中略)近代国家に取り込まれて以来、沖縄は常に苦渋をなめてきた。国家の矛盾と日常をともにすればするほど、帰属意識は薄れ、独自のアイデンティティーを問い直す作業が始まることは自然なのかもしれない。」
「しかし、また、沖縄の独自性を構築する作業は、沖縄をエキゾチックな文化的他者として陳列・観察しようとする殖民者やオリエンタリストによって強奪・利用されてきた側面をもつ。」
「他者の理解とは、多くの矛盾と困難をはらんだプロセスだ。他者理解など、そもそも不可能なのかもしれない。唯一、底知れぬ忍耐と謙虚な姿勢が生み出す共感力のみが、他者へ近づく道なのかもしれない。ましてや、自己の世界観に他者を幽閉して展示物のように眺め、自己を定義する欲求によって他者を「理解」するプロセスは、暴力以外の何物でもない」

そんなこと、分かり過ぎるほど分かっていたはずなのです。それなのに、僕はあらためて自問しています。僕は、沖縄の何を理解し、何を伝えようとしているのだろうかと。そして再び沈思黙考するのです。

「ウチナー・パワー」をそっと閉じて機内誌を手に取りました。しかしそこにも観光客に向けた沖縄特集が。
null null null
沖縄は、逃れがたく僕のそばにあり、そしてどの記事にも、僕は「違う、違う」とつぶやいているのでした。

どんなに憂鬱でも、これから10日間、僕はいつもよりもずっと注意深く、沖縄を見てこようと思っています。もしかすると、今回の報告は、いつもにも増して、遅筆、かつ、時には重たいものになるかもしれません。でも、どうか山猫合奏団の記事がお目当ての皆様方にも、すこしばかり辛抱して、ぜひともお読みいただきたいと願っているのです。

智内好文さま。東京にもどったら、お会いしたいと思っています。
旅の続きへ



今日から沖縄なのだが、心配なのはこいつだ。
 (⇒半月前のノニ
null
ずいぶんちっちゃくなった。
あんまり臭わなくなった。

池袋のおじさんの言ったとおりにやったノニ……
どうしたらいいの?

高山正樹 Masaki Takayama
人気ブログランキングへ