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島豆腐の冷やっこ
ゴーヤーチャンプルー
ゴーヤーチャンプルーのアップ
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あうんのシーサーの説明

10月18日月曜日: 反省その1

昨夜のこと、というか、先ほどのことをちょっと反省して、本日の朝食は豆寒天。
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与那国島産の黒糖を使用しているので、この記事のカテゴリは「沖縄的食物」です。
それでも黒蜜は1/3くらいにして、後はもったいないけど捨てました。
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なぜ反省その1かって? それはその2があるからです。
※この記事は、ホントは19日の朝に書きました。なんだい、毎日反省かい。


※10月17日の続きは18日。
もう24時を回って10月18日になったというのに。
酒菜の灯りが中真水才の目に入ってしまったのがいけないのだ。
中真水才ピース年齢不詳
M.A.P.after5の喜多見情報も、いよいよ進化の兆しが見えたところなのに、また元の居酒屋情報に戻っちゃうの。いやいやいくら進化したからって、居酒屋情報をやめる理由もないでしょう。

実は酒菜のスーさん、結構お祭りの神輿にも詳しいということがわかった。昔担いだこともあるのかな。
なにしろ我々は、ついさっきお祭りのことを初めて少し知ったばかり、脳みそは火照って湯気が立っている。あの喧騒の中にいると、喜多見の氷川神社こそお祭りのメッカだ、みたいな気分になる。
でも、喜多見情報を手前味噌にしないためには、他のお祭りも知らなきゃいけないのだ。

それからさ、お祭りに参加している威勢のいいおじさんたち、いったい普段どんな生活をしているのだろう。そこいらの商店のしょぼくれたご主人が、年1回のお祭りで変貌する、そんなこともあるのだろう。お祭りが生活の不満のガス抜き機能を果たしていることは間違いない。
その昔、殆どの庶民は自然からの直接的な恵みで生きていた。自然は人間の力ではどうにもならない。だからお祭りで五穀豊穣を祈願した。祭りで神輿がもめればもめるほど、喧嘩が激しければ激しいほど、秋の実りは豊かだという。

不満解消のための、極めて旨く仕組まれた発散システム。社会的な権威に対する不満も秘かに自然に対する畏れの中に忍び込み、お祭りがそれらをまとめて処理をする。そして、人々は「神」に感謝し、礼を尽くして拍手を打つ。権威はどこかで高笑いをしている。

神輿の巡幸、そういえば通った道に沿った住宅は、どこもだいたいひっそりとしていた。住民の人たちは、大の大人が神輿をめぐって喧嘩するお祭りというものを、どう思っているのだろう。それも知りたい喜多見情報。

完全にスウィッチOffのスーさんです。
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あれ、お隣の彼女は、鳥研で出会った彼女じゃありませんか。

午前2時15分。
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このあと、水才はスーさんたちとどっかへ繰り出した。まだ発散したりないの。人それぞれ、発散の仕方があるわけで。ことさら祭りがどうのこうのというのは、やっぱり間違ってるね。
唐突だけど、志賀直哉の「小僧の神様」を思い出しました。

さあ僕のスウィッチもOffにしましょう。もうちょっと早くOffにしなきゃねえと反省。お祭りも、お客様で参加しただけじゃあそれほど発散できないということらしい。


高山正樹 Masaki Takayama
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