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《10月26日~27日》
昨日(10月26日)は、夜9時半に自宅から事務所まで、およそ7Km走った。それからつつじヶ丘の“みやらび”に向かった。

(※10月26日の夜)
まずはプリン体を飲む。
オリオンビール

食う。
ツナ入りゴーヤーとオニオンのスライス

また、飲む。
琉球ガラスのコップと抱瓶
 
ソーミンチャンプルーを塩なしで頼む。
ソーミンチャンプルー
そして食う。
ソーミンチャンプルーを食う

店の中を撮影したりして……
棚に並んだ泡盛

石垣豚(だったと思うのだが)のメンチカツを頼んだ。
石垣豚のメンチカツ
ソースがかかっていたのでもうひとつソースなしを頼んだ。
石垣豚のメンチカツその2

ふと、シーサーを見つけたり……
アメリカ漂うカウンターの上のシーサー

それから、えーと……
ポテトサラダかな
これなんだっけかな。

午前1時を過ぎて腹が空いてきた。
塩なしゴーヤーチャーハン

今日はなぜか健康ゲームも中途半端。
どことなく何もかもが散漫な感じ。

それはね、今日はこの用件で来たからだ、きっと。
映画「ひめゆり」の案内
みやらびの「まんぶー」こと竹原学くんが中心になって、映画「ひめゆり」の自主上映会を開くらしい。その話題になかなかたどり着けなくて、なんだか落ち着かないのだ。
お客さんが途切れて、やっと少し話せそうになった。

マーキーさんの後輩なんて驚いたよ」
「ねえ、おどろいた」
「豊見城高校なんだってね。実はさ、俺のカミサンも豊見城高校」
「へえ、そうなんですか」

なんだか少し空回りしている。

10月23日に、●●さんからメールが届いた。その内容は、少し長いので、この記事の最後、《»続きを読む》から読んでいただきたい。

「この“ひめゆり”のさあ、柴田昌平って監督、俺の高校の後輩なんだよね」
それがどうしたという類のはなしである。

散漫ついでに、少し話しが飛ぶが、許して欲しい。
都立駒場高校の同窓会報、その86号に対馬丸の話題が載っていたことは、7月31日の記事でほんのちょっとだけ触れた。「ほんのちょっとだけ」なのには、同窓会費が未払いだというほかに、別の理由があった。それはチエちゃんが言っていた武州丸のこと、それが気になっていたからだ。対馬丸は映画まで出来て、“ひめゆり”ほどではないにしろ、それなりに多くの人に知られるようになった。それでもまだまだ知られていないという思いから、我々M.A.P.でも、駒場高校出身の元日テレアナウンサーの菅家ゆかりに声を掛けて、対馬丸のCDを作ったのだ。しかし、その頃の僕らは、武州丸なんて聞いたこともなかった。武州丸のことを知っている人って、いったいどのくらいいるのだろう。

武州丸とは奄美大島の学童疎開船。徳之島の疎開者など約200人を乗せて九州本島に向かう途中、トカラ列島沖で米潜水艦の魚雷によって沈没し、77人の子供を含む182人が命を落としたのである。

先日、都立駒場高校の同窓会報の87号が届いた。
都立駒場高校の同窓会報87号
そこに「ひめゆり」の監督である柴田昌平氏の記事が載っていた。「ひめゆり」に続く新作「森開き」を紹介するのが本旨だが、旧作「ひめゆり」のことも書いてあった。
「(ひめゆり)は誰でも知っている名だが、実は生存者本人たちが体験をきちんと語った映画記録はこれまでほとんどなかった。香川京子や吉永小百合主演の劇映画は、他者が想像をまじえて神話化していったものだった」
柴田昌平氏は駒場高校に招かれて、そこで「ひめゆり」の上映会とトークショーが行われたらしい。

おい柴田、お前は沖縄のことを必死に考え続けている先輩が喜多見にいることを知っているか。その先輩は、少しでも多くの人たちに沖縄を知ってもらいたいと、いろいろな活動を続けているのだ。同窓会報を作っている連中に、そのことを伝えて、是非記事にしろと言っておきなさい。
因みに、柴田昌平は弟と同級、弟は帝京と全国大会の東京代表をかけて戦ったサッカー部のキャプテンだった。よほどのガリ勉でもない限り、弟を知らぬはずはない。そこで弟を使ってコンタクトをなどと思ったが、柴田さんが天下の東京大学のご出身と知って、弟の伝手でなんとかなんてお下品なことはやめることにいたしました、ハイ。自爆。

もちろん冗談である。しかし、柴田昌平くんは、対馬丸のこと、武州丸のこと、そしてずいせん学徒隊のことを知っているだろうか。ずいせん学徒隊の唯一の語り部である宮城巳知子さんがどんな思いで「ひめゆりは嫌いだ」と呟いたのかを知っているだろうか。

「僕たちもさ、上映会を企画して開いたことがあるんだけどさ」

西山正啓監の“ゆんたんざ沖縄”と“チビチリガマから日本国を問う!”の2本。
5月18日に西山監督を連れて“みやらび”にやってきた日、竹原くんは不在だったけれど、西山監督は一生懸命店の女の子に話をしていた。その時のハナシ、女の子は竹原くんに報告してくれたのかなあ。

上映会のチラシを持参して“みやらび”に来た日のこと、竹原くんは覚えているだろうか。
5月26日と、5月27日と、我々の上映会の日、きっと竹原くんは店が忙しかったのだろう。
結局、僕らがやった上映会に来てくださったお客さまはごくわずかだった。その原因は、僕らのお客さんを集める努力が足りなかったの一言に尽きる。
でも、竹原くんならきっと大丈夫だ。たくさんいい仲間がいるみたいだから。僕たちも出来る限り協力するさ。でも、自分たちの上映会にももろくろく集客できなかったのだから、偉そうなことはいえないけれど。

上映用のデータを借りる料金が一日3回上映で20万、2回なら15万、チラシも一枚いくらで買うらしい。僕らの場合、少ない入場料をそのままお支払いしようとしたが、結局西山監督は何かの足しにしてよと言って、受け取ってはくださらなかった。

「チラシ、預かっていくよ」
映画「ひめゆり」のチラシ
チラシには宮本亜門の推薦文が印刷されていた。

「宮本亜門は大学で一緒に演劇を学んでいた」

これも、どうでもいい話である。しかし、柴田昌平と西山正啓と、いったい何が違うのだろう。裏には僕のカミサンが大好きなCoccoがメッセージを寄せている。

僕は竹原学氏の今回の挑戦を精一杯応援する。ただ、僕らも11月の山猫合奏団の公演まではバタバタと忙しい。それでも合間を縫って宣伝したいと思っている。

「狛江に狛食っていう中華の食堂があるの知ってる?」
「いや」
「あそこの奥さんのお母さんがひめゆりの生き残りなんだよ」
「そうなんだ、行ってみようかな」

結局、店を出たのは3時過ぎ。
白い看板の前で
ちょっと疲れた感じ。なんだって仕事は大変だ。客商売となれば尚更。誰もが「ひめゆり」のことを知りたいわけじゃない。

ひとつ竹原氏にお願いがあった。僕らがやっている沖縄の色々なことにも、どうか目を向けて欲しい。たとえば、ひめゆり部隊とは違って引率の先生がいなかったために、殆ど記録の残っていないずいせん学徒隊のことも、多くの人に知ってもらいたいという我々の思いに、少しばかり協力してはもらえないだろうかということ。
でも、調布市の施設だから難しいよね。会社でやっていれば、営利だとみなされる。元さえ取れていないというのに、元が取れるとも思っていないけれど、ひどい赤字では続けていけない。だから上映会、絶対に成功して欲しいのだ。

ピンボケ写真
(※10月27日の午前3時半)
頑張ってね、そしてできることならばよろしく。
おやすみなさい……
[subcate.みやらび]

(※10月27日の朝から夜)
そして今朝方、自転車で帰宅。書斎にてブログ記事のアップ方法を思案して、夜の8時、自転車で事務所へ行く。明日までに諸々支払い登録の手続きなどをしなければならないのである。でも、ちょっとした不手際があって、今日のところはここまでしかできない。残りは明日。早いうちに片付けなければならないから、明日の朝は8時までに事務所だな。

というわけで今日少し時間ができた。これから、昨日“みやらび”で預かったチラシを持って“中む食堂”に行く。今晩こそは午前様にならないように。

いったい健康ゲームなのか、不健康ゲームなのか。

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※追記再投稿。なるほど、こういうことも出来るわけだ。記事下部の「続きを読む」からどうぞ。

M.A.P.の影のドン、宇夫方路女史は保険の仕事もやっています。生命保険、自動車保険、火災保険、短期旅行の傷害保険、なんでも扱っている。ご要望があれば是非どうぞ。悪い人ではないし、それで食べているわけではないので、保険の契約獲得に関しては全くガツガツしていません。だからきっと、最良の選択を提案しようと努力してくれると思います。それがホントに最良かどうかは分かりませんが。

今、その宇夫方女史は池袋にいるらしい。彼女、実はファイナンシャルプランナーの資格も持っているのですが、FPの資格は一度取得してしまえば終わりというものではなく、毎年勉強して何単位か取らなければ資格を失うのです。で、彼女、今月中に15単位が必要で、今日は7単位を獲得すべく、一日中研修を受けているのです。(しかし、あと8単位、どうするんだろうか……)

そんなこんなで路さんは極めて忙しく、なんとあろうことか、このM.A.P.after5の記事を、殆ど読んでいないということが、昨日発覚しました。(薄々は感づいていたのですが……)
このブログで、会社の方針だとか考え方などを社員にも伝えたいと、密かに虫のいい手抜きを考えていた社長としては、まことに残念なことで。
どうやら彼女、TOPページだけはサラッと時々見る(読むではなく)らしいのですが、そこからもう一度リンクをクリックして別の記事に移動するなんて、そんな面倒なことは一切なさらないようで。

というわけで、ブログのアップの仕方を大きく変えることにしました。(Yusuke氏にも世界一読みにくいブログだとお褒めの言葉をいただいていたことでもあるし……)

まず、TOPページに表示させる記事の数を5個から10個に増やしました。1ページが重くなって、例えば携帯でお読みくださる方には申し訳ないのですが、まずは一週間に一度くらいしか読まず、かつ余計なクリックはしないという宇夫方対応の処置です。

また、ともかく記事は、2ヶ月前のことを書いた記事でも、実際アップした日付けで公開することにしました。それはブログでは当たり前のことなのかもしれませんが、小生はこの“M.A.P.after5”を比較的整理された記録にもしたい、またデータベース的要素も付け加えたい、それで、どうしても出来事が起こった日付順に並べたかったのです。

そこで……
軽やかな即時記事と、連続性を確保したコアな記事、この相反する目的を共存させるめに、まず昨日のことや今日のことを軽く書き、後に諸々書き直した場合は、その書き直した日の日付でアップして、折を見てそれらの記事を、実際に起こった日付に戻す、という段取りにすることにしました。

相変わらずややこしくて申し訳ありませんが、色々と悩み考えた結果です。とりあえずこの方法で記事をアップしていこうと決めました。どうかしばらく、暖かい目で見守ってください。

今日の記事には見る画像なし。でも読めよ、ウブカタ!

只今から改造開始です。(14時27分)

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高山正樹 Masaki Takayama
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