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カテゴリ: 川崎市
今日は年明け最初の稽古だったので、少し早めに切り上げて、そのまま親睦会を兼ねた新年会となりました。
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1月2日の記事の「おまけ」で、「5月のしんゆり芸術祭で、山猫合奏団は『象』、高山正樹は『僧』になる」なんてわけのわからないことを書きましたが、実はこの「枡形城・落日の舞い」が、今年の川崎しんゆり芸術祭に特別参加するのです。

というわけで、この日は、しんゆり芸術祭関係の方々も稽古を見学にいらっしゃっていました。

川崎市文化財団副理事長、北條秀衛さんのご挨拶です。
北條秀衛さん
「北條」といえば、今回のお芝居では北条時政が悪役。一つ前の記事の続きですが、その「北条」を(_ ̄ ̄ ̄)と読むか( ̄___)と読むかみたいな話にもなっています。というのも、副理事長の北條さんが、御自分の苗字を( ̄___)と発音されるから。まあ、普通なら(_ ̄ ̄ ̄)なんでしょうけれど。

その後、出演者の自己紹介などあったりして、その際、僕が迂闊にも今年のしんゆり芸術祭に山猫合奏団が参加することをお話ししたりしたものですから、北條さんや芸術祭の実行委員会の方に気づかれて、後で声を掛けられました。本来ならばこちらから御挨拶に行かなければならないところなのに、大変失礼いたしました。そして名刺交換などさせていただいたわけですが、元来名刺は大嫌い、名刺交換などできることなら一生やりたくない性分なのに、企画制作会社の代表という立場上、小姑みたいな社員から名刺は持ったかといちいち注意されるわけで。

あーあ、来賓の方々と名刺交換している役者がいるって、感じ悪いよなあと思いつつ、これも仕事と割り切ったのですが、実は少しだけ内心憂鬱になっていたのでした。

そんなわけで、いよいよ今日からひとりひとり捕まえて写真を撮って、このブログでご紹介をと思っていたのですが、その意気込みが萎えました。

それでもあちらから声を掛けて貰えれば気分も晴れます。
「すっごい近いんですよね」
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そうなんです。
今回、ボランティアで衣裳をお手伝いしてくださることになった松延さんです。でも本当は劇団四季でもお仕事をされるようなプロです。それが地元のお芝居だということで、お手伝いに手を上げてくださったのだとか。頭が下がります。
松延さんのご自宅は我が家から数分。すっごい近い。でも一度もお見かけしたことがありません。なにしろ僕は、日曜だろうが祝日だろうが、明るい時間に家の近所を歩くことなんて殆どないのですから。
プロでお使いのお名前は違うようですが、今日のところは松延さんにしておきましょう。
これ、我が家のご近所の、その松延さん自家製の“のらぼう”の種です。
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まだ見ぬ“のらぼう”の本体、いったいいつになったら出会えるのだろう。

侍女・楓を演じる神野美奈実さんと関昭三さんのツーショット。
神野美奈実さんと関昭三さん
神野さんは劇団東少の役者さんです。(契約なのか団員なのかは存じ上げませんが。)劇団東少の代表相羽源之助氏とは旧知です。その縁で、今から35年ほど前、劇団東少の旅公演に大道具で行ったことがあります。

舞台監督に飲みに連れて行かれて、そして割り勘でした。いい経験しました。
もう時効でしょうから言っちゃいますけど、楽屋では、ベテラン役者さんたちが出番ぎりぎりまで花札をやっていらっしゃいました。
「~さん、間もなくです!」
「はいはい、わかりましたよ、それ坊主!」
座布団めがけてパシッ!っとやって立ち上がる、みたいな。

これぞドサ廻りって感じだったなあ。あんな状況でも、舞台に立てば皆さん巧かった。あれこそプロ、そんなことを言ったら、現代の進化した演劇に携わる志高い役者さんたちに叱られますね、きっと。でもね、僕はあの時代のああいう役者さんに、一種の凄みを感じました。役者のプロとして生きていくって、こういうことかと思ったのです。
35年も前のことですから、きっと僕の夢の中の出来事です。どうかこの話しは忘れてください。

でも、僕が神野さんのお芝居を観させていただいたのは東少の舞台ではありません。和泉屋染物店で一緒だった伊餘田笑子ちゃんのお芝居を観に行った時、神野さんは主演、キツネを背負ってるイタコのばばさまの役をやっていらっしゃいました。

最近の役者さんは、商業演劇でもない限り、大きな舞台に立つ機会が少なくなってきました。でも劇団東少は比較的大きいところでやられることが多いのではないでしょうか。神野さんには、大きな舞台に数多く立たれてきた底力みたいなものがあるような気がします。300人の劇場ならすばらしいのだが、700人の劇場、特に箱物行政で作られた多目的ホールなんかでは全く通用しない演技、それはよくあることで。
今度の多摩市民館のキャパは908人。川崎市教育文化会館にいたっては1961人ですからねえ。

さてさて、共演者のお芝居についてあれこれお話しするのはきっとタブー、これからは控えることにいたしましょう。ただ、旅僧という役を頂いて、今回の市民劇のレポーターみたいな気分になっているのです。あたり障りなくお伝えできることはお伝えしてまいりましょうか。

その1。神野美奈実さんのもうひとつの顔は、エステティシャンです。

その2。最後にみんなで集合写真を撮影しました。
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その3はまた今度……



カテゴリ: 川崎市
年明け最初の稽古です。
場所は、川崎区にある京浜協同劇団の稽古場。
京浜協同劇団の看板
「全日本リアリズム演劇会議」か、歴史を感じますねえ。

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僕の名前が抜けていたチラシですが、それも修正してくださいました。
しかし「順不同」ってなんなのでしょう。決してデジタルでランダムな処理をしたわけでもなさそうですし、後から付け加えた僕の名前が最後というのが、ランダムでない証拠。まあ「順不同」というのは、並べた順に特段の意味はありませんから気にしないでくださいという意味なのでしょうからいいんですけれど、これだけの人数の最後に並べられると、いくら「順不同」と但書があっても、なんとなくこそばゆい感じがするのです。真ん中あたりにそっと紛れ込まして頂ければ心穏やかだったのに、なんて。

新しいチラシでは最後なのですが、実際の舞台ではどうやら最初に声を発することになるらしい。役名は「旅僧(たびそう)」。いわば能におけるワキ。ストーリーテラーに話すきっかけを与え、それから始まる物語では聞き手という役どころです。

芝居は旅僧の名乗りから始まります。そして主人公稲毛三郎重成の妻である綾子の化身の蝶に誘われ広福寺にたどり着く。そこで、ひとりの老女に出会います。その老女は、かつて重成の侍女頭であった八重。この八重がこの芝居のストーリーテラーで、目の前の旅僧に昔を語って聞かせるという形で舞台の前半は進んでいくのです。
つまり、本筋だけなら旅僧なんていなくても十分成立するのですが、しかしそのスパイスみたいな存在によって、芝居は二重三重の構造となって深さが増すというわけ。古の平安を現代に繋ぐ役割といっては言い過ぎでしょうか。しかし、スパイスは好みの別れるところ、なんとも責任重大であります。

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さて、配役が100%決まっての初稽古、まずは頭から読み方や発音、アクセント(日本語の場合はイントネーションと言ったほうが適切かもしれませんが)などのチェックです。「鼻濁音が乱れていますねえ」という演出ふじたあさや氏の指摘。軽いジャブですな。

しかし、沖縄の言葉やその歴史を学び初めてから、僕は鼻濁音についての印象がすっかり変わってしまいました。特に最近、唄三線で古典を習うようになって、意識しないと出てしまう鼻濁音を、逆に封印する練習ばかりしているのです。鼻濁音を一切使わないというのもなかなか難しいのです。

でも、今回は平安の時代劇をやろうとしているわけですから、鼻濁音を「正しく」使うことは、必要なことなのでしょう。ただ、あたかも役者はいつでも「正しい鼻濁音」を使わなければならないと言い切ってしまうような表現は、それは違うのではないかと思うようになりました。

今までもM.A.P.after5や「社長とは呼ばないで」などで、鼻濁音について色々と書いてきました。そのいくつかをどうかお読みください。
 ⇒沖縄語の音韻講座、プロローグ(1)
 ⇒日本語の二大美点?
こんなことを言うから僕はまた敵を作るわけなのですが、性分なので仕方がありません。

仕方ないついでにもうひとつ言っちゃうことにします。

旅僧の「名乗り」は次のような台詞です。
「これは、諸国一見の僧です。このほど鎌倉に参り、寺社をめぐり、いくさの跡を尋ねての帰り道、足を伸ばして、東国の、鎌倉殿ゆかりの寺々に参ろうと思いまする。」

僕はこの中の「東国(とうごく)」のアクセントを( ̄___)と読んだのです。しかしこれに対して、ある超有名劇団のベテラン俳優さんからこんな御指摘を頂きました。「東国」を( ̄___)と読んでは「唐の国」に聞こえる。(_ ̄ ̄ ̄)が正しいのではないか。
ありがたき御教授、まず僕は、素直に受け入れて読み直することにしました。しかし何故かしっくりこない。
僕が「東国」を( ̄___)と読んだのには、それなりのワケがあって、僕の固い脳みそが、その「ワケ」をリセットできずにいるらしいのです。
「東国」を( ̄___)と読んで「唐の国」に聞こえるか否かはともかくとして、「東国」という言葉を実生活で使うことがあったとしたら、確かにおっしゃられる通り、僕も間違いなく(_ ̄ ̄ ̄)と発音します。にもかかわらず、この芝居において「東国」を( ̄___)と読みたいと思ったのは何故なのか。

その大きな要因として、この芝居の冒頭の「名乗り」を、「様式的」にしなければならないということがありました。
といって、能や狂言そのままに演ずるわけでもない。いったいどのように「様式的であること」を表現すればいいのか、まだまだ決めることはできません。そこでまず僕は、一音一音を浄瑠璃のように粒立てて語ってみること、そしてそれに加えて、「東国」を( ̄___)と読んでみることで、古典的な様式の「感じ」を付加することが出来るのではないかと思ったのです。
そう思ったのは感覚でしかありません。しかしその感覚は、僕のいくつかの知識やこれまでの経験によって、僕自身にはそれなりに根拠がありました。

日本語のアクセント(イントネーション※以後アクセントに統一)は、大雑把に言えば東と西の系統に大別され、いわゆる「標準語」はもちろん関東系、特段の地域性を芝居に持たせないのならば、たいがいそれ準じます。まして今回の芝居は東京に近い川崎の郷土劇なのですから、「標準語」のルールに従うのは当然でしょう。

しかし、古くは日本において関西のアクセントしかなかったという説を聞いたことがあります。少なくとも、古典的な芸能の多くは、京都あたりで成立したようです。「東国」を( ̄___)と発音するのが関西系のアクセントであるかどうか、その正確な知識は持ち合わせていないのですが、古典芸能のアクセントが、いわゆる標準語のアクセントとちょくちょくこれに類した差異を示すという感覚が僕にはあります。
そこで、(_ ̄ ̄ ̄)と発音するのが現代ではしっくりくる言葉を、あえて( ̄___)と発音することによって、一種の古典的な雰囲気が表現できるかもしれない、これが、僕がこのアクセントを選択した「ワケ」です。

そうした「理屈」が独り善がりなものであれば、勿論とっとと捨て去るべきですが、さて。

今から30年以上前のこと、「宗論」を演じたことがあります。しかしそれは狂言でも落語でもなく、台詞つきの日舞でした。
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指導してくださったのは名古屋の花柳流の重鎮、花柳芳五三郎師の御曹司である花柳伊三郎さんです。その冒頭にこんな台詞がありました。
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「まかりいでたる者は、都、東国の僧でござる。この度、思いたって……」

これが伝統的な台詞、文言であるのかどうかは不案内なのですが、少なくとも狂言の名乗りではありません。狂言の名乗りなら「このあたりの者でござる」というだけ、名乗らないのが狂言の名乗りで、こんな風に素性を明かしてしまう名乗りは狂言にはありません。
もしかすると、伊三郎さんの実験的創作であったのかもしれませんが。

この時、この「東国」を( ̄___)と伊三郎さんの口伝で語った微かな記憶が僕にはあるのです。とはいえ、名古屋出身の伊三郎さんですから、それだけの原因で( ̄___)と発音されたのかもしれません。だとすれば、これもいつまでもこだわるような話しではありませんが、確かにその時の経験によって、ひとつの感覚が植えつけられたということも事実のようです。

それから数年後こと、ひょんなことから、僕は講釈師の小金井芦州の弟子となり、今はなき本牧亭で前座を務めるような短い一時期がありました。
 ⇒28年の時を隔てて【小金井芦州のこと】
僕は芦州からよく「訛ってやがるなあ」と言われました。子供の頃3年ほど京都に住んでいましたが、これでも山の手生まれの山の手育ちです。訛っている自覚は全くないのですが、どうやら標準語と江戸弁の講談とでは、その発音もアクセントも似て非なるものだったようです。

講談には台本があります。しかし、修行はもちろん全て口伝です。
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最後の講釈師と言われた名人との一対一の稽古、それは貴重な時間でした。そしてこの経験においても、「東国」を( ̄___)と発音する「感覚」は、むしろ補強されたというふうに、今思い起こしてみると感じるのです。

最近、落語を演ずる機会がありました。三笑亭夢丸さんの新江戸噺のひとつ、「紅い手」という怪談噺を朗読するという企画です。
その「紅い手」の中に、「中仙道」という言葉が出てきました。普通に語れば「なかせんどう」は(_ ̄ ̄___)です。それが山の手で育った僕の感覚です。しかし、夢丸さんからお借りしたテープでは、師匠は( ̄_____)と語っていらっしゃいました。落語は個々自由な芸ではありますが、言葉の発音やアクセントなどの基本は口伝です。何度かその通りになぞっているうちに、なるほどこの方が、落語にはしっくりくると感じられ始めたのです。終演後、文芸評論家の大友浩さんとお話をさせて頂きました。その際、大友さんも中仙道をやはり( ̄_____)とおっしゃられたのを聞いて、なるほどとあらためて納得したのでした。

後で調べて分かったことなのですが、中仙道を( ̄_____)というアクセントは、少し古い言い方であるらしいのです。東海道もやはり古くは( ̄_____)といっていたらしい。そういえば小金井芦州の「芦州(ろしゅう)」も、若い人たちは(_ ̄ ̄先生)と言っていましたが、年配の方々は( ̄__さん)と呼んでいらっしゃいました。

因みに、僕の手元にあるNHK編の『アクセント事典』(昭和41年発行)には、「中仙道」も「東海道」も、そして「東国」も、ふたつのアクセントが併記されているということを付け加えておきましょう。しかし全て二字目上がりのほうが先の表示ではありますが。
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さてここで、ご存知の方も多いでしょうが、山田耕筰氏が作曲した「赤とんぼ」の歌詞の「あかとんぼ」のイントネーションについてお話しようと思いました。しかし、先にご紹介した大友浩さんが、それについて僕などよりはるかに深い薀蓄を書いていらっしゃるサイトを見つけたので、そのリンクを貼り付けておくことにします。是非お読みください。
 ⇒http://www.honza.jp/author/5/otomo_hiroshi…
(※但し『アクセント事典』では「あかとんぼ」は(_ ̄ ̄__)の記述しかなく、落語では常識という( ̄____)の記載はありません。)

さて、では「東国」をどうするか、いまだ結論は出ていないのです。しかしです。僕は始めに「『東国』を( ̄___)と読んで『唐の国』に聞こえるか否かはともかくとして」と書きました。しかし、舞台の上でお客様に言葉を伝えるのが仕事の役者たるもの、発した言葉が正確な意味で伝わるかどうかは、「ともかくとして」しまうようなことではないはずです。その意味では、僕のアクセントについて御指摘くださった大先輩のお言葉には、しっかりと耳を傾けなければならないのだろうと思います。
(文責:髙山正樹)


ということで(というか、にも関わらず、というか)、色々な方に聞いてみることにしたのです。そしてまずは身近な方々に聞いてみることにしました。それから、今後も引き続き聞いてみようと思っているのです。粘着気質の役者の試み。それらは《続き》でご覧あれ……

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1月 7日金曜日: 今年初めての“PushPull”

お昼を軽く。そんな日はPushPull。

「あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします」
新年の定型文。

本日のランチ。
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夜は「枡形城・落日の舞い」の稽古。前回の稽古の時と同じパターン。そうと決めたわけではないのだが。

違うのは稽古場が鹿島田。だいぶ遠くなったが、自転車で行く。

稽古だと思うと、健康ゲームを思い出すのである。


高山正樹 Masaki Takayama
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