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宇夫方路は、この日、川崎市の幸区にある夢見ヶ崎という特別養護老人ホームで琉球舞踊を踊ってきた。老人ホームには予算がない。交通費として僅かな謝礼を貰ったようだ。
 ⇒琉球舞踊専用ブログのこの日の記事

果たして、これはプロとしての仕事なのかどうか、なんとも微妙なハナシである。
たとえば、僕がもう少し三線がうまくなって、老人ホームからお呼びが掛かったらどうするか。プロではない。ギャラを要求するなんてとんでもない。もし交通費程度の謝礼でなんて言われたら、「ハイ、喜んで」と、きっとふたつ返事だろう。

しかし、今、そんなアマチュアがたくさんいる。老人ホームや病院などで行われる小さなコンサートはアマチュア花盛り。たまに問い合わせを頂いても、それ相応のギャラをお知らせした途端、こういう施設でそんなお金を取るなんて信じられないみたいな反応をされる。

たまにロビーですばらしいピアノを見つけたりすると、こちらから営業みたいなことをしてみることもあるのだが、たいがい「うちはアマチュアのボランティアの方々が定期的に演奏家を開いてくれるので間に合ってます」、なんてことになる。

かくして、プロの音楽家の生活の糧を得る場所は次第に少なくなりなり、余程お金と時間に余裕が無ければ、プロの演奏を生で聞く機会は得られなくなる。

琉球舞踊と山猫合奏団、一見全く無関係なようだが、意外に近い場所にいて、お互い全く相手の実感が見えていないというハナシ。

僕は山猫合奏団の東京ニャイト倶楽部の録音を終え、宇夫方路も戻ってきて、7時からは2011年M.A.P.三線教室の稽古始めだった。
どちらも書きたいことは山ほどあるが、きりがないのでやめておこう。

ただ、武富節に「尺」の音が三種類あるのでは、という僕の話に、持田明美先生は「もしかするとそうかもしれない」とおっしゃった。定かなことは分からない。ただ、このことをウチナンチュの三線の先生に話しても、きっと満足な答えは返ってこないような気がする。持田先生はヤマトゥンチュ。弁証法的に言えば、ウチナンチュの三線の先生は即自、ヤマトゥンチュの三線弾きは対自。この先、さらに即自且対自へと発展できるかどうか、これは沖縄文化全般に言える課題であるようにも思うのだ。

なんともたいそうなハナシになってしまった。ともかく不確かなことを、あまりネットで垂れ流すことはやめたほうがいい、と、十二神将の干支の件で思ったばかりではないか。
「尺」の音については、もう少し探ってみよう。しかし、それがここ東京近辺にいて可能なのかどうか。

因みに、沖縄では三線の人間国宝の先生でも、定年まで普通の会社に勤めている。どんな名人でも三線だけで生活できる人などいない。それが東京では、ギターの如く三線を弾くヤマトゥンチュが、たくさんのお弟子さんを集めて生活していたりする。毎日のように東京近郊でミニライブに出演する三線弾きの技量は、沖縄で学ぶ若者たちに遠く及ばないと聞いたこともあるが、僕に判断できるはずもない。

三線の稽古を終えて、狛江市“中央公民館のつどい”での発表会の打ち合わせを、持田先生とM.A.P.の事務所でして、それから酒菜へくり出した。
スーさんは酒菜を喜多見で唯一の割烹だと豪語する。半ば冗談にしても、年季の入った料理の腕前、肴にはこだわりと自負があるに違いない。それなのに、今までまともに出てくる肴を紹介していないことに気がついた。きっと店の照明が暗い所為だな。

天然ものの鰤。
氷見の天然ブリ
それから白子ポン酢。
白子のポン酢あえ
鹿の刺身。酒菜の鹿は一昨年の暮れ以来。
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あら、素材で勝負のツマミばっかり、あんまり料理の腕は関係ないね。まあ追々とね。
健康ゲームの効果が頭打ちなので、後は夜の酒宴を減らすしかないと思っていたのだが、さて弱った。

あ、そうだ、鹿は日曜日の“らりゅぬ”でも食べた。もしかすると同じ鹿じゃないのとスーさん。鹿肉の流通事情がよく分からないのでなんともいえないが、今度“らりゅぬ”に行った時の話題ができた。

さて、“酒菜”は安いか高いか。少なくとも“らりゅぬ”よりは安くつく。だからなんだというハナシではないのだが、客も謙虚さを失うと、いつしか味音痴になりかねないと、自分自身に言い聞かせているのである。
(高山正樹)
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1月12日水曜日: 菅薬師堂の十二神将

今日は菅薬師堂の初薬師である。午前9時。僕はまだフラフラしている。
午後にはどうしても事務所に行かなければならない。薬師堂の厨子の撮影と例の十二神将の件は、今日を逃すと、いつになるか分からないので、なんとしても午前中に片付けたい。体は本調子に程遠く、もう少しゆっくり寝ていたかったのだが、気合を入れて薬師堂へ向かった。

しかし……
閉まっていた薬師堂

でも昨年10月に市民劇御一行様で訪れた時と同じ、薬師堂を管理されている奥様がいらっしゃって、今日も本堂の鍵を開けてくださった。
「何時からなんですか」
「人が来れば」
「初薬師なのに、人、少ないんですねえ」
お正月だけですねえ」
境内には焚き火の準備があった。護摩焚きをするらしい。午後から近隣の顔役の方々が集まってくる。本堂で食事をして、夕方くらいまでは飲んでいるらしい。

ご本尊が安置された厨子。三度目の挑戦だがやっぱりつまらない写真。
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最近すっかりカメラ小僧の白石准ちゃんを呼ぼうかとも思ったのだが、そんなことしたら益々作曲しなくなりそうだ。せめて僕ひとりくらいは彼に無言のプレシャー(無言じゃないか)をかけておかないと、撮影旅行に行って来るなんて言い出しかねないからなあ。

さて、懸案の12人の怒れる男(?)たちなのであるが……
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近隣の御長老に伺えば何かが分かるかもしれないと思っていたのだが、午後まで待ってはいられない。
菅薬師堂の十二神将の説明
そこで、書斎に戻ってもう一度じっくりネットで調べてみることにした。
すると「十二神将が十二支のどれに対応するかは経典によってまちまちである」ということが分かった。毘羯羅を子として始め宮毘羅の亥で終わるというのが、確かに一番ポピュラーであるらしい。菅薬師堂にあった案内に則して言えば、左の毘羯羅から右端の宮毘羅に向かって「子」「丑」「寅」……とあてはめていけばいい。そうすると、正月の記事で書いたように、安底羅は「申」、摩虎羅が「卯」、迷企羅は「寅」となる。ネットの多くはこのパターンしか書いていない。
しかし、その逆周りのもの、つまり、宮毘羅を子にして毘羯羅の亥で終わるものもあるというのだ。それがここ菅薬師堂の十二神将のパターンではないか。つまり、間違いでもなんでもなかったのである。
そのほかにも、招杜羅を子にして真達羅を亥にするもの、毘羯羅を子にして招杜羅を亥にするものがあり、合計「四つのパターンがある」と書かれたサイトを見つけて、ひとつ懸案が消えたと僕は喜んでいる。
とはいうものの、それが本当に正しいのかどうか、保障の限りではない。ネットの情報を使うのは難しいとあらためて思う。

ところで、汚れたガラスがなければ、安物のデジカメでも、もう少しいい写真が撮れるのになあ。
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准ちゃん、なんかいい方法あるかね。
いやダメ、今の言葉忘れて。
憎まれ役のプロデューサー、強面の十二神将は、温和な本地仏の本性を隠しておかなければならないのである。

今日の午後は、喜多見の事務所で「東京ニャイト倶楽部」の録音である。准坊に作曲の進捗状況を厳しく聞かなければならない。むふふ……


高山正樹 Masaki Takayama
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