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3月31日木曜日: 朝から呟いてみた

東北地方太平洋沖地震発生から21日目……

【この日呟いたこと】

※中島岳志という保守派の学者が「保守派の私が原発に反対してきた理由」と題したブログで「保守思想は『理性万能主義に対する懐疑』からスタートする」と述べる。
「人間はこれまでも、これからも永遠に不完全な存在で、その人間の理性には決定的な限界があります。どれほど人間が努力しても、永遠に理想社会の構築は難しく、世界の理想的なクライマックスなど出現しないという諦念を保守主義者は共有します」
ここまではいい。しかし、そこからの展開で決定的に袂を分かつ。
「だから、保守派は人間の理性を超えた存在に対する関心を抱きます。神のような絶対者、そして歴史的に構成されてきた伝統や慣習、良識」
それを読んで、僕は呟いてみた。
8:57
「理性万能主義に対する懐疑」には同意。しかしだからといってなぜ「理性を超えた存在」へ行くのか?絶対者の名の下に、どんなことがなされてきたかを何故考えないのか。


※中島岳志氏は、同じ記事で、さらにこう言う。
「あらゆる原発は、未来永劫、不完全な存在です。すべての原発は、『想定外』内存在です。だから今回のような事故は、必ず起こります」
「重要なのは、事故や故障が起こることを前提に、その利便性とリスクを天秤にかけて利用する英知とバランス感覚です。例えば、自動車は普遍的に事故を起こし続けます。日本だけでも年間約5000人の命が失われ、多数の負傷者が出続けています」
「しかし、私たちは自動車を放棄しません。それは、リスクの存在を前提として、そのリスクよりも利便性のほうが上回るという認識を共有しているからです」
これに対して、池田信夫という経済学者がツイッターで次のようにイチャモンをつけた。
「年間5000人を殺す自動車より、今まで死者の出ていない原発の方が危険だという根拠を知りたいね」
なんだか池田氏の物言いが下品だったので、僕はまた呟いてみた。
9:07
中島氏は利便性とリスクを比較した認識の共有を言っているのであって、単純に死者数を較べているわけではない。短い言葉だけでやり合って、原発は安全という印象だけが伝わっていく危うさ。


※池田信夫という人はいろいろと呟く。
「われわれの身の回りにある最大のリスクは、自動車とタバコ。それを人々が恐れないのは、マスコミが報道しないから。彼らが報道しないのは、商売にならないから」
「原発より自動車のほうがはるかに危険」

だから僕も、いろいろ呟いてみた。

9:28
昨年イラク戦争で死んだ民間人は4810人という発表。それが本当だとしたら年間5000人死ぬ日本の交通事故の方が悲惨?違うでしょ。自動車やタバコが原因で死ぬ人の数を引き合いに出して原発の安全性を云々するのもそれとどこか似ている。哲学がなさ過ぎる。

9:42
僕の15年前の腎臓癌の原因は不明。ただ唯一因果関係がありそうなのはヘビースモーカーだったこと。時々遠慮ない喫煙者に腹を立てることはあるが、煙草自体に恨みはない。別れた女みたいな感じ。でも原発は嫌。手が届かないから。原発は異界の悪魔。手が届かないのは別れた小悪魔も同じだけれど。


※また、別のハナシ……
19:32
4月3日の山猫合奏団チャリティーコンサートについて、最初の依頼はまず落ち着いて欲しいと断った。でもじっくり話しをして、震災孤児の存在を知った。収益金はこれから先20年続けていく孤児支援に使うことを提案、何に使われるか見届けたい。主催者も同意、それで参加を決めた。これから長いよ。


宇夫方女史は琉球舞踊教室。
 ⇒琉球舞踊専用ブログのメモ書きみたいな記事


3月30日水曜日: ずっと考えている

東北地方太平洋沖地震発生から20日目……
バッハはうすで山猫合奏団の練習。
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 ⇒この日のことについての白石准のブログ記事

喜多見に戻って沖縄語を話す会。
 ⇒“沖縄語を話す会”のブログ
本日はさんぴん茶とゴーヤーの団子と共にお勉強。
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国弘泉さんが娘さんの志保さんと一緒に事務所にいらっしゃった。
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来る4月3日、正式にチャリティーコンサートへの参加を決めた。

志保さんは英語の翻訳の仕事をしていらっしゃる。そして音楽好き。ならば……
いやいや、まだ内緒。
新しきミステリーは楽しい。原発のことがなければ、もっと……

そう思ったら、いつの間にか僕は、チャリティーコンサートを楽しむということについて、考え始めていたのだ。


やっと、という感じではありますが……
いよいよ琵琶に挑戦と相成りました。

ご指導くださるのは田原順子先生です。
本日は弦の張り方と調弦の勉強。三線と同じ本調子。三線やってて良かった。
しかし、先は長いのであります。時間は短いけれど。
あー、えらいこっちゃ!



第一回目の稽古を終えて事務所に戻れば、そこは現実……
東北地方太平洋沖地震発生から19日目……

【そしてこの日呟いたこと……】

17:03
会社にて。TVのニュースを聞いていたHさんの発言~「土嚢ってすごいんですね」!?そっちかよってか。

17:18
Hさんのそっちかよ第二弾。「プルトニウム?もう仕事なんかしている場合じゃないですね、遊び呆けなきゃ」


Hさんとは林香さんのこと。はたして、琵琶の稽古は、仕事でしょうか、遊びでしょうか……



《3月28日(月)-2》
東北地方太平洋沖地震発生から18日目の夜……
リュックの中に市民劇の台本が2冊。ありゃ、いったいどういうこと?
僕、昨日、殺陣の稽古をちょいと拝見して、お先に失礼したのだが、どうやらその時、すぐ近くに置いてあった殺陣練習中の石山海くんの台本を、自分の台本だと思ってひょいと持ってきちゃったらしい。

というわけで、台本を届けるついでに、経堂でちょいと一杯やることにした。

どうせなら取材を兼ねて、“琉球ホルモン”というお店。
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琉球のホルモンを使っているというわけではなく、琉球風な味付けでホルモンを料理するというわけでもなく、ただホルモン焼きの他に、沖縄料理もそこそこ取り揃えていますよっていうお店みたい。

保険の仕事を終えた宇夫方女史も合流。
シメで沖縄そばを食べたが、酔っ払っていて残念ながら味はよく憶えていない。これじゃあ取材になってねえなあ。
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奥様、本日ちょっと海くんをお借りしました。

何を話したかは、これもまた後日報告。

※なお、海くんの奥様は、生まれたばかりのお子様と一緒に、ここ数日実家に行っていると聞いていたので誘ったのです。でなけりゃね、奥さんの不安な気持ちを考えれば、こんな時にダンナさんを誘い出すなんて、とてもできないよなあ……。


3月28日月曜日: 深夜、呟いている……

《3月28日(月)-1》
東北地方太平洋沖地震発生から18日目になったばかり……

【その時呟いていたこと】

1:20
今、ニコニコ動画で東電の会見の生放送を見ている。情報被爆しているわけではない。親であることの責任、数十人の方々に働いてもらっている会社の代表としての責任である。一時避難しろと言っても動かない我が家族、逃げようにも逃げられないM.A.P.の社員たち。

1:33
それなのに稽古場で受けない冗談を言うオレ、いつに無く新作の楽譜を読むオレ、7月の沖縄で開催されるキジムナーフェスタのために奔走しているオレ。昔からだが、やっぱりオレは分裂している。



3月27日日曜日: 殺陣の稽古(暫定記事)

《3月27日(日)》
東北地方太平洋沖地震から17日目……
今日は殺陣の稽古。
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いろいろと申し上げたいことあれど……

市民劇関連の記事は順番に書きます。なので後日……


3月27日日曜日: “忠兵衛”のカテゴリ

《3月26日(土)~27日(日)》
東北地方太平洋沖地震から17日目になった……
伊藤勉さんは遠いのでお先にお帰りになった。青田泉ちゃんもソロソロと帰った。放射能の所為か、一番早く帰りたさそうにしていた気の小さい亘先生だったが、飲んでしまえばもう一軒行こうかということになる。

放射能などどこへやら、“忠兵衛”までテクテク歩く。

週末の所為か、とっても混んでいる。
みなさん、カラオケなんか、やっちゃったりしている。

そんなこたァお構いなし。亘先生も歌うのである。
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やっと奥様(右)に会えた。
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左の女性は奥様の妹さん。お店が忙しい時は手伝いにくるらしい。さて、“忠兵衛”は混んでいる時に来るべきか空いている時に来るべきか、悩ましい。

というわけで、“忠兵衛”のサブカテゴリを作ることにしたのである。


《3月26日(土)》
東北地方太平洋沖地震から16日目……
川崎市民劇の稽古を休みました。
そのワケは、山猫合奏団の合わせがあったから。
 ⇒この日のことを書いた白石准のブログ記事

でもね、本当はそうじゃないのかも……

登戸にて。
文化座の伊藤勉さんと元文化座の青田泉さん。
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伊藤さんとは去年の8月7日以来。
青田さんとは一昨年の9月10日以来です。
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[subcate.新城亘]
詳細報告は後日。
この次の記事へ


《3月25日(金)~26日(土)》
東北地方太平洋沖地震から15日目の夜……
吉祥寺。
シーサーズのライブはこんなふうに始まった。
東北地方応援の節電ライブ。
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でもこれじゃあお化け屋敷だ。
そんなわけで……
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ライブのことは、また後日、記事を改稿する予定。
でも少しだけ。
弟子の演奏にダメをメモする新城亘大先生だったが……
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最後は暖かく見守っていらした。
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記念にみんなで。
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(鈴木雄介撮影)

色々と、ご意見はおありであろう。
でもさ、帰り道、こんな笑顔、しばらく忘れていた。
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だから今日も飲み屋に繰り出したんだ。
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そうしたら、智内さんから電話が入った。
ここからは本ブログで智内さんの行動をチェックしているというリック・タナカさんへのご報告。

リックどの。
結局この日も智内さんと飲むことになりました。
どう、いい感じでしょ。
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二人の間には特に何もありません。残念ながら。
河岸さん、ごめん。
午前0時10分。
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酔っ払い男たちでした。
この次の記事へ

3月25日金曜日: 哲学しよう……

東北地方太平洋沖地震発生から15日目の昼……

新しい仕事の打ち合わせのために親会社へ向かう。
京都にいる櫻井篤史によると、関西ではスカイツリーは倒れているという噂が流れているらしい。僕もそれを否定する確実な情報がなかったが、どうやら大丈夫だった。
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この目で見なければ信じられないことばかり。
しかし放射能は目には見えない。真実は10年後にしか分からないということか。

東京の街では、一見何の心配もないように人々が闊歩している。
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関西のテレビは東電がスポンサーになっていないので、福島原発についての報道の印象もずいぶん違うという話もあるが、実際に視聴したわけではないので定かではない。
もはや関西は外国だ。

少し早く到着したので、近くにあるそら庵まで歩いていった。
奥さんは壁面の亀裂を指差して笑った。
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隣のビルは修復中だった。
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向かいの建物には絶対立ち入りたくないと思った。
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打ち合わせ中。M.A.P.からは僕以外に作業予定者数人が同席。
東京は今後もずっと安全、それが前提での話し合い。不思議な感覚。つまり、人間の想像力が今の状況を捉えきれずに、何か忘れることでその何かを乗り切ろうとしている。なぜ人はそんなものを作り出してしまったのか。あまりにも傲慢な仕業。

僕は、一足先にひとり社屋を出た。
健康ゲーム。薬がなくなったので、人形町の主治医のところへ行くのである。
駐車場の天井に穴が開いていた。
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【この日呟いたこと……】
12:39
今こそ、哲学しよう


でも、今晩は喧噪の中へ……


《3月24日(木)》
東北地方太平洋沖地震発生から2週間目……
宇夫方女史と林香さん。
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香さんは元々M.A.P.の仕事のお手伝いをしてくださっていました。旦那さんの仕事の都合で、しばらく夫婦の故郷、福岡に住んでいたのですが、また東京に戻ってきて、M.A.P.に復活してくれました。子ども4人の母親です。時々末っ子の、はるのちゃんを連れて来るんです。はるのちゃんは事務所のアイドルです。

「でもねえ……、なんでよりによってこんな時に来ちゃったんだろうなあ……」

夜。

宇夫方女史は厚木カルチャーです。
 ⇒琉球舞踊の専用ブログ

高山正樹は市民劇の稽古です。
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本件については後日。

帰り道。
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それも後日……。


《3月23日(水)》
東北地方太平洋沖地震から13日目の午後……

僕らのアイドル斉藤哲夫、いや、哲っちゃんに再会した。
勿論、つないでくれたのは智内さんである。
斉藤哲夫と智内好文
哲っちゃんはコーヒー、わけあって今は酒を飲まない。智内さんはいつもビール一本槍。僕は健康ゲーム中だったはずなのだが、ビールが放射能に効くとかいう噂、信じてなどいないが、僕もビールで押してみることにした。
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なんだか顔を隠した怪しい男がいる。Mr.リック・タナカ。智内さんが関わったデビッド・ホルムグレンの「未来のシナリオ」の翻訳者である。
 ⇒「未来のシナリオ」を紹介した記事

ここのところブログを更新することがなかなかできない。決して自粛しているわけではない。また精神的な原因で文章が書けないというわけでもない。ただただ忙しいだけだ。
でもこの日、リック氏がこのブログ(M.A.P.after5)で、飲み歩いている智内さんをチェックしていると聞いたので、とりあえずまだアップしていない智内さんと飲んだ画像を、リックさんのために公開しておくことにしたのだ。(といっても、今日のこの記事さえ、一週間も遅れてアップしているのではあるが。)
 ⇒智内さんの地元で飲む(2/25)
 ⇒連日智内さんと飲む(2/26)

農業を出発点に恒久的な環境デザインまでを考えるパーマカルチャー、持続可能な土地利用のあり方を考える、なんとも皮肉である。
 ⇒リック・タナカ氏のブログ
リック氏は、顔を出さないことにしているらしい。でもこれくらいならオッケー。
リック・タナカ リック・タナカの横顔
気さくで、とても愉快な人である。
※リック・タナカ氏は、僕が健康ゲーム中であることも知っていた。

小雨が降っている。マイクロシーベルト、いやな単位だ。
「直ちに健康に影響のないレベル」

哲っちゃんのライブも、軒並み中止になっている。哲っちゃんは、毎日毎日、家で一人で歌っているらしい。
「歌っていれば忘れられる。歌はいいよ」


そして、斉藤哲夫のサブカテゴリ作っちゃった。

この日のことは、いずれじっくり追記するつもりである。はたしてその時にまでに福島の原発野郎は治まっているだろうか、そうなっていることを、心から願っている……

雨に濡れて帰ろう、「直ちには健康に影響のないレベル」の雨だから。
(この記事は3月29日に書きました。)
この次の記事へ


《3月23日(水)-1》
東北地方太平洋沖地震発生から13日目の午前中……

【この日呟いたこと】
11:13
京都に住む娘はTwitterばかり見ているという。神奈川のガソリンスタンドでバイトする息子は、考えることに疲れた、もうどうでもいいと言っている。これから20年考え続けていかなければならないんだぞ。子供たちよ。上がりすぎたテンションは下げろ。途切れそうな気持ちは繋げ。


でも、間違いなく、娘はオヤジのTwitterはノーチェックです。


東北地方太平洋沖地震発生から12日目……

【この日呟いたこと……】
16:56
語弊を恐れず。川崎市民劇の稽古をこのまま続けるのかどうか、一度参加者全員で意思確認をすべきではないのでしょうか。一部の人たちで決めることではない。それが市民劇じゃないのかな。僕は最後まで東京に留まるけれど、家族には沖縄へ行く準備をさせて、最後は自分たちで決めろと言っています。


すると演出助手の丸尾聡氏より「制作サイドに是非提案して…」という返信があった。

18:12
只今事務局にメールしました。僕は続けることに異論なしです。たとえ何人かが抜けたとしても、残ったメンバーでと願っています。


20:17
地震の起きた時間がお昼過ぎ。学校は休みではありませんでした。まだ表面に出てきませんが、たくさんの震災孤児が生まれてしまったに違いありません。これから20年。僕たちは彼らに対して、愛しているよというメッセージを出し続けなければなりません。長丁場です。

20:24
震災孤児の存在を教えてくれた国立の施設に、4月3日のシーサーの日、白石准と高山正樹はチャリティーコンサートの舞台に立ちます。入場料及び寄付金が、震災孤児のための基金設立の始まりになることを願って。山猫合奏団は今後20年、つまり生きている限り協力していくつもりです。




《3月21日(月・祝)》
祝日か……。
東北地方太平洋沖地震発生から11日目……
去年のかりゆし寄席は3月14日、場所は下北沢だった。
 ⇒http://lince.jp/hito/kariyusiyose.html
今年は文京区のBXホール。
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ちょいと行きずらいが、やるならなんとか都合をつけるつもりだった。
しかし、やっぱり中止になった。
「かりゆし」という言葉はめでたい時に使うことばだからダメなのかな。まあきっと、そんなことを云々するよりもなによりも、余震が頻発している状態で、またいつ停電して電車が止るかということが問題なんだろうな、きっと。

でも「かりゆし」については、少し落ち着いてから追記しようと思っている。

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《3月20日(日)》
もう東北地方太平洋沖地震発生から10日目……
鹿島田の稽古場へ向かう多摩川土手の道。
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 ⇒日野市のガイガーカウンタ
 ⇒文京区本郷のガイガーカウンタ
 ⇒全国放射能一覧

河川敷にはたくさんの子ども達。
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放射能? いったい何のこと?

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この日の稽古のことは、いずれ順番に書くので少々お待ちを。

夜は亘さんと酒菜へ。
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このことも後日書く。

まずこの日呟いたことの報告だけ……
【この日呟いたこと……】
7:51
今この時の娯楽。音楽と演劇。語りたいこと山ほどあれど、僕のような屈折した人間には、やっぱりツウィッターは短すぎます。ただ能天気に「こんなときこそやる」に疑問。「自粛しろ」はもっと嫌いです。



《3月19日(土)》
東北地方太平洋沖地震発生から9日目……
東京消防庁の放水が順調に進んでいるという。
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ホッとしている。

思い切って、“社長とは呼ばないで”を更新した。
 ⇒http://lince.jp/mugon…
過去の日記を貼り付けただけだが。ここでは書けないことを、それにそっと託してみた。

だが、ホッとしている。たくさんの被災者の人たちが、未だ死の危険に晒されているというのに、ほうれん草や牛乳から放射線が検出されたというのに、僕たちはきっとホッとしているのだ。

これから市民劇の稽古に出掛ける。

ここ数日のこと、近日中に必ず書く。

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3月18日金曜日: 地震後の銀座

《3月18日(金)》
東北地方太平洋沖地震発生から8日目……
爪が割れた。
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何かが狂っているらしい。

昼は丸屋へ。
節電中。
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健康ゲームなんかクソ食らえ、というより、なんだか栄養をつけたほうがいいような気がしてきて、セットメニューを注文したりして。
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食べ過ぎて後悔して。

そのまま駒込のJumboの事務所へ向かう。
 ⇒Jumboのホームページ
 ⇒高山正樹のボイスサンプル
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某有名外車の新車発表フェア開催のTVCMのナレーションの仕事。でも、そんな催し、たぶん中止だろう。たとえ中止にならなくても、TVのコマーシャルはないだろう、と思いつつ。

その頃、宇夫方路は6月4日の舞台の後援依頼の件で、銀座に行っていた。去年の6月以来の銀座広報活動である。

まず琉球新報。東京支社長の糸数淳さんと記念撮影。
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こういうのが大事なんです、ハイ。

MCの仕事を終えて小生も合流。有楽町の交通会館の中にある沖縄コンベンションビューローへ。
なんと、先日の地震で壁に亀裂が入ったとのこと。
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自動販売機の水は、すべて売り切れ。
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交通会館の2階には東京都の旅券課の分室がある。パスポートを申請する人で大行列ができていた。
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行列は地下まで続いていた。
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おいおいと思ったが、この人たちがみんなすぐさま日本を離れるというわけではない。冷静に今の状況を考えれば、福島原発が今後どうなるかわからないわけで、いざという時のため、今のうちに準備しておく、それに何の問題もないはずだ。我が家だって、娘の住む京都に、家族をいったん待機させようかと考えているし、成り行き次第では沖縄へ、ということもありえると思っている。それでもパスポートまで準備する気になれないのはなぜなんだろう。

その後、沖縄タイムスの東京支社で、支社長の田口雅士さんにお会いする。
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地震の後処理が大変なのだと伺った。

そして、同行してくださった来間加代子さんと、“いいあんべー”というお店に。
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食べた料理については、後日書く。


《3月17日(木)》
東北地方太平洋沖地震発生から一週間……
今日も合わせ。
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停電するも合わせ続行。
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 ⇒この日のことを書いた白石准のブログ記事

僕は市民劇の稽古があって途中で抜ける。
しかし急遽中止との連絡あり。
登戸で飲む。

厚木の琉球舞踊教室は、中止にはならなかったらしい。
 ⇒琉球舞踊教室専用ブログを読む
その帰り、途中下車した宇夫方女史も合流。
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2軒目は忠兵衛へ。
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詳細はまたもや後日に……


東北地方太平洋沖地震発生から6日目……

地震がなければ、というより、福島原発の事故がなければ、この日、しいの実子どもの家で山猫合奏団の公演があったはずだが、それは残念ながら中止になった。「キャンセル料は」と聞いてくださったが、勿論頂くわけにはいかない。

腎臓ガンの手術をした翌年、まだ再発の恐怖を抱えて生きていた頃、1995年の1月17日、阪神大震災が起こった。その時、役者などという虚業に生きてきた自分が嫌になった。芝居仲間にそのことを話したら、彼はこんな時だからこそ芝居が必要なんじゃないかと言った。芝居や音楽に携わる者なら、誰もが言いそうなことだった。だから僕も、そうだよな、と答えておいた。

相変わらず何故か警官は嫌いだったが、この時から、お百姓さんの次に消防士さんが偉い職業だと思うようになった。幼い息子には是非消防士さんになってもらいたいと思ったが、それから16年、どうやら希は叶いそうもない。

僕は、ガンで死ぬものだと思っていた。阪神大震災で亡くなった人たちは、僕を追い越して一足先に逝ってしまったのだと思った。ところが僕はなかなか死ななかった。死ななければ、生きていかなければならない。子どもや家族に、飯を食わしてやらなければならない。地図調査のアルバイトを始めたのは、阪神大震災の翌年のこと。

今度の大震災が阪神大震災と決定的に違うことは、今も燃える原発の存在。言い知れない不安感。
これと同じ気分、いつかあった。デジャヴである。そうか、阪神大震災の時と同じなのだ。あの時、僕は転移の不安を抱えていたっけ、それを思い出した。

僕が調査した成果が商品になる。一冊の地図の手触りが、僕の精神を安定させた。虚業と実業との微妙なバランス感覚、役者仲間には理解してはもらえなかった。

今の僕は、地図業務に関して、殆ど実際の作業をしなくなってしまった。忙しさの中で、何かを忘れてしまった。

今日、本番がなくなったから、5月のしんゆり芸術祭の合わせの時間ができた。
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梶井基次郎「檸檬」の重さのような、モノの手触りのある作品をつくること、それができなければ、僕の精神のバランスは、きっと崩れるに違いない。

あーあ、「社長とは呼ばないで」みたいな記事になっちまった……

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東北地方太平洋沖地震発生から5日目……

今日は確定申告の期限である。
電車が止って税理士さんが来られなくなった。

仕方がない。自分で仕上げるか。だが、青色申告会か税務署に行こうにもガソリンがない。自転車でも行けるが、聞くことがたくさんある。もう間に合わないだろう。

税務署のホームページに、この度の災害が原因なら申告書の提出が遅れてもよいという案内があったので、青色申告会に電話を入れて確認してみたのだが、ここは被災地ではない、期限は期限だと言われた。

その後の事の顛末までは御報告しないけれど、こんなことをやっている場合なのだろうかと、なんだか虚しくなったのだ。

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被災地以外の統一地方選挙は延期されることはないらしい。今度の地震を天罰だと言った知事のいる東京都も決行するらしい。地震が起きたのは、天罰男が立候補を表明した次の日であった。


東北地方太平洋沖地震発生から3日経った。
つまり震災から4日目……


小田急線は止まっている。
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サミットは閉店している。
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セブンイレブンには商品がない。
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喜多見の街が浮ついている。

田口フーズに人が溢れている。
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駅前の移動野菜販売車に人が群がる。
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薬屋ではトイレットペーパーが品切れになっていた。
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今、起こっている本当のことが分からない。しかし、確実にいえることは、被災地の人たちより我々の方がはるかに恵まれているということだ。そんな我々が生活物資を買い占めてはならない。我々は、普段よりずっと買い控えなければならないはずなのだ。

本当に必要なものを必要な分だけ、それが我々にできるせめてものことではないか。それさえできないというのなら、喜多見の街を愛せなくなる。

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《3月13日(日)》
東北地方太平洋沖地震発生の翌々日……
悩んだ末に参加を決めた“つどいコンサート”。
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 ⇒琉球舞踊教室専用ブログ

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心から感謝したい人たちがいる。

この記事を、素直に書くことのできる日が来ることを願っている。



《3月12日(土)-2》
東北地方太平洋沖地震発生の翌日の夜……
参加することにした“つどいコンサート”、やると決めたならお客さんは多いほうがいいに決まっている。でもこんな時に、いったい誰が唄三線や踊りの発表会に、わざわざ足を運んでくれるのか。

ところがこの店には、そんな人たちが集う。
コンケン・アイ。

「あした発表会、やるからさ」と、伝えに行った。
いやそうじゃない、旨いものを食いに行ったのさ。そのついでに、明日のことを言ってみただけさ。

だから、やっぱりコンケン・アイの主役は、いつだって「魚」でいいのだ。
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しかし、なんだか上手く撮影できない。なんでだろう。知らないうちに、カメラの設定が狂っちまったのか。どこかくすんでいる。
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いつもと同じように撮影しているつもりなのだけれど。
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なんだかなあ……
エラがきれいなのがいいんですけどね。
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ええい、いつものように食っちまえばいい。
null 猫またぎ。
鳥鍋だって食っちゃう。
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「なんかさあ、今日、照明暗い?」
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「そんなこたあねえ」

明日、常連さんを引き連れて来てくれるらしい。
いつもの通り……
[subcate.コンケン・アイ]
都道114号線のいつもと変わらない夜。
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明日の記事へ


3月12日土曜日: 悩んでいたが決断をした

カテゴリ: 狛江市
本記事は、新ブログに若干改稿してアップしました。
 ⇒ひとつ前の記事を読むhttp://mapafter5.blog.fc2.com/blog-entry-2132.html

《3月12日(土)-1》
東北地方太平洋沖地震発生の翌日……
福島第一原発では、1号機・2号機とも既に冷却機能を失っていた。電源を喪失したのは昨日、地震発生から2時間後の16時36分であった。それから丸一日、もしその間に、福島原発の全ての原子炉に海水を注入する決断をしていれば……。

15時36分、1号機で水素爆発が起こる。
20時20分、1号機原子炉への海水注入開始。

この段階においても、東電は正確な情報を開示せず、他の原子炉については、その再稼動が念頭にあったため、海水の注入を拒否したという。


《3月11日》
※この記事は3月13日と21日に追記しました。
この日、東北地方太平洋沖地震が起きた……

15:51 白石准からメール
近くの公園にいたのですが海の波に揺られている様でした。
今は停電なのでiPadとemobileで連絡しています。
事務所は大丈夫でしたか。

16:08 白石准へ宇夫方路の返信
出かけていて、事務所のすぐ近くまで戻ったときに揺れました。
地球が船になったような感じでした。
事務所に戻ったら、棚の荷物がいくつか落ちていましたが、壊れたものはありません。
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私の親戚がたくさん住んでいる盛岡の様子を心配しています。
高山正樹氏は自転車で事務所に向かっていて、気がつかなかったそうです。何で車が止まっているんだろうと思っていたそうです。高山家のねこ3匹は屋根裏に非難して出てこないそうです。

16:19 山形県に出張中のYusuke氏よりメール
ビルの10階に居て死にそうだった。怪我なし。列車全部ダメなので、今夜は友人宅に泊めてもらうつもり。

19:22 喜多見事務所にて
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病み上がりの渋谷保幸と誕生日の佐々木大。PCで地震関連のTVを見ている。小田急線運転再開の見込み立たず。帰れないふたり。

あ、また揺れている……

20:30 ばりき屋
こんな時こそ肉を食って元気をつけようと“ばりき屋”へ。今年2回目、1月19日以来です。
“ばりき屋”ではホルモン盛り合わせと決めました。
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シマ腸・大腸・レバー・ハート・象徴・ギアラ・ミノ……。焼いたセンマイ系統があまり好みではないので抜いて貰います。

それから前回ピンボケ画像だったユッケ。再挑戦。
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ちょっと来なかったら、色々とメニューが増えていました。
塩たんスジ。
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鹿児島黒豚ソーセージ。
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いいじゃん。

ナムルの盛り合わせもある。
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嬉しい。

そして……
ビビンバ クッパ
「へえ、ビビンバとクッパも始めたんだ」
「まあね」と微妙な返事のオーナー十文字君。
新メニュー登場の一方で、“あっさりカレー”というおよそホルモン屋とは似つかわしくないメニューが無くなっちゃった。ずっと気になってはいたのだけれど、結局一度も頼みませんでした。こんなことなら食べておけばよかったなあ。
「頼んでくれた人は必ずリピーターになってくれるんですけどね、やっぱり食べ合わせってありますよね。今までの僕のキャリアも生かしたいと思ったんですけど、ちょっと僕の考えが甘かったかな」

それにしても、今日は平日なのに何故か混んでいるのです。
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「地震があったからさあ、お客さんいないんじゃないかと思って、心配してきたんだよ」
「今日の世田谷通り、人通りがすごいんですよ。それで一見さんが多いんです」
外に目をやると、本当だ、ひっきりなしに人が通ります。
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表に出てみました。そうか、小田急線が止まってるから、地震難民なんだ……
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今日は稼ぎ時だね。
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でも、何故か十文字君は電光掲示板を消しました。なんで?
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「明日から、河岸が休みなんで、土日に出す肉がなくなっちゃうんですよ」
なるほどね。でも、そうでなくても、今日は確かに派手派手しい宣伝は止めた方がいいかもしれない、と、ふとそう思いました。

22:21
食事を終えて、事務所に戻ると、佐々木大は歩いて新宿に向かい、渋谷保幸は大渋滞の中、迎えにきた奥さんの車で帰った後でした。
下の歯医者さんは、どうやら今夜は泊まりのようです。
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M.A.P.は地図関連の仕事を本業としている会社です。何年前でしょうか、こんな本を作るお手伝いをしました。
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ずいぶんと売れたそうです。
飲み水のある場所、ガラスが落ちてきそうな窓のあるビル、僕らは実際に歩いて調べたのです。でもね、まだ見ぬ本当の災害に対する想像力が、果たして僕たちにあったでしょうか。それから数年後、本当に帰宅難民の行列を見ることになるなんて……。

しかしです。歩いて帰れる場所があるということがどんなに幸せなことなのか、やがて思い知らされることになりました。この時はまだ、とてつもない数の人たちが、想像を絶する悲劇に見舞われていることに、少しも気がついてはいなかったのです。
地震、みなさん大丈夫でしたか?
だから、こんな能天気な記事を書いて、まだまだ、高を括っていられたのです。

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3月11日金曜日: 2011年3月11日14時46分

《3月10日~11日》
(※この記事は13日に書いた。地震の後である。)
市民劇の稽古から戻って事務所でひと仕事。10日も、すっかり遅くなった。事務所を出た時は、日付けが変わって11日になっていた。
まだ晩飯を食べていない。喜多見のセブンイレブンで、ちょっとしたおかずと白飯を買って済ますことにした。
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レジに持って行くと、白飯が消費期限切れで、もう販売できないという。白飯のパックは廃棄処分用のカゴに投げ入れられた。
なんだか、無性に腹が立ってきた。
「井坂、やっぱり、なんかおかしいよ」
僕はそう思った。井坂とはセブンイレブンの社長のこと、高校の同級生なのである。

こんなことを記事にするつもりは全くなかったのだ。でも……

11日14時46分
東北地方太平洋沖地震が発生する。

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3月10日木曜日: 優先すべきは……

東北地方太平洋沖地震の前日のその2……
《3月10日-2》
つどいコンサートに向けての三線と琉球舞踊の合同練習。
 ⇒この日の琉球舞踊教室の専用ブログ
 ⇒この日の三線教室の専用ブログ
※なかなかアップできないM.A.P.after5なので、せめて琉球舞踊や三線の話題くらいはリアルタイムに、と思って作った専用ブログなのに、そちらも一ヶ月遅れで公開、これじゃあどうにもならないなあ……。
(といっても、本記事をアップしたのは、さらにその後なんですけどね、あは。)


しかし、僕は市民劇の稽古があったので合同練習には不参加。と、そういう選択をしたのだけれど、さて、それでよかったのかどうか。主催するカルチャー教室の発表会の練習と、役者として参加している市民劇の稽古、はたしてどちらを優先すべきなのか、よくわからん。
市民劇の稽古ことは、思い出したら後で書く。


3月10日木曜日: 何もかも機を逃している

東北地方太平洋沖地震の前日……
《3月10日-1》
2月20日の記事まで、なんとか順番にアップしてきたけれど、このままだとさ、この “M.A.P.after5” というブログは古文書だらけになっちまう。どうしましょ。

コアに語りたい情報は今までどおり、急いで書くことはせずゆっくりアップするとして、書ける記事があれば、順番無視してでもアップしていかないと、そのうち誰も読んじゃあくれなくなるよなあ。

リアルタイムの情報はツウィッターでと思っていたのだが、やっぱりあんまり性に合わないみたいで、今のところ、ちっとも使いこなせていない。

というわけで、ともかくここらでリアルタイムな情報を一発かましてみよう。時系列がぐちゃぐちゃになるけど、もうかまっちゃいられない。腐るよりはマシだろう。
(※最近の実際あった出来事を、順番に一望したいというような、ありがたい読者がいらっしゃいましたならば、主な記事リストをご覧ください。といっても、そっちも数週間前の記事までしかまだリストアップできていないという体たらくではありますが。)

一昨日セブンイレブンで買った「ふわっとはちみつ&マーガリン」というパンを、今さっき食べました。
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メロンパンに似ていますが違います。
昨日が消費期限で、ちょっと硬くなっていたので、事務所のトースターで焼いて食べました。

先月頂いた千疋屋のメロンも食べました。
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おお、美しい。
でもね、ちょっと食べごろ、過ぎちゃって、ちょいと柔らかいんだよなあ。
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機を逃すと、硬くなったり柔らかくなったり。事業も一緒です。全てはタイミング。それを見極められないほど忙しいのは絶対ダメだとわかっていながら、どうしようもないというのが今の吹けば飛ぶような零細企業の現実です。

蟹工船の頃のような、資本家と労働者の対立とは違う。一部大企業の上のほうの人たちおよび一部の儲かっているベンチャー企業の社長さんと、それ以外の人々という対立。僕はいったいどっちなのでしょう。

そういえば去年の9月5日の記事(プロレタリア演劇の戯曲のリーディング)もまだ書いてないや。

このブログは、すっかり機を逃して消費期限切れの記事ばかり。まあ、そういう会社だから、しょうがないか……

しかし、リアルタイムで書いては見たが、こんな情報、知りたい人なんているかしらん?


3月 9日水曜日: ちょっともう一軒

《もうすぐ3月10日(木)になります》
コンケン・アイで刺身を食べて、事務所に用事があってちょっと戻りました。

そして……
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後日書きます。

そしたら10日になりました。

これでやっと、断絶した二つの過去が繋がりました。


《3月9日(水)-2》
刺身が食べたくなったら電話をしてからコンケン・アイ。
もう10時だからね。前ならもうそろそろ看板という時間。でも最近は遅くまでやっているようになった。それでもお客さんがいなければ閉めちゃうから、電話は必要。
「じゃあ待っててやるよ」

待っていてくれたのはこれ。
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つまり捌かずに、カメラに収めるために待っていてくれたのである。
それでは、それぞれのアップを。
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こんなのもあったりして。
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チャカチャカっと撮影したら、「もういいか」って感じで、何が何だかよく分からないママ、こいつらはオヤジと一緒にトットと厨房へ消えて行った。
実はこの記事、7月5日に書いている!
だからもうさっぱり思い出せない。もし放射能で魚が食えなくなったりしなければ、今度コンケン・アイに行った時、オヤジさんにこの記事みせて聞いてみよう。

撮影会が終わって出てきたお通しはコンニャク。
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ちょっとクニャッと拍子抜け。
しかしあとはトントントンだ。
どうよ、このツヤ。
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ハマチ・ブリの系統だな。
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それから定番の赤身。
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そしてこの日を最後に、何故か僕は、食べ物をおいしそうに撮影することができなくなったのである。
が、それはまた別の話。

コンケン・アイのおなじみタイ風チャーハンは……
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タマゴの黄味をクチュクチュっとして、タイの唐辛子をかけて食べるのです。
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確かにもう少しパラッとしているともっといいんだけどね、タマゴと唐辛子を混ぜると、このベチャベチャ感もありだなという感じになる。どうぞお試しあれ。

そして、この36時間後にあんなものが日本を襲うことになろうとは、もちろんこの時、誰一人として思いよらなかったのである。


3月 9日水曜日: (とりあえずのご報告)

《3月9日(水)-1》
午前中から山猫合奏団の合わせ。
白石准氏がまた書いているよ。
 ⇒http://juninho.blog16.fc2.com/blog…

お昼過ぎ。おじさん3人、テクテクと八王子の市街地に向かって歩き出す。目的地は芸術文化会館(いちょうホール)。林隆三氏の朗読の公演を視察しようという魂胆。

“林隆三と楽しむ「宮沢賢治・童話の世界」”

どうだったかって? なんか、書きずらいなあ。
そういえば東京ニューシティーオーケストラの「無声慟哭」の記事もまだ書いてないや。いつの日か、まとめて「宮沢賢治考」あたりで書くことにしよう。急いで書くようなことでもないし。

夜は“ゆんたくの会”だった。
 ⇒“喜多見で沖縄語を話す会”専用ブログの記事へ

あっちで書いていないことを、後日こっちで書くつもり。
とりあえず画像を一枚。
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と、もう一枚。
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ああ、また刺身が食いたくなった……


3月 8日火曜日: 30年ぶりの演劇研究室

3月8日、三板の日

《去年の記事をコピペ》
三板と書いて「サンバ」と読む。「沖縄三板協会」というのもあるらしい。『沖縄大百科事典』によると「琉球楽器の図」(『江戸上り史料』のなかに両班・壇板・挿板などとともに掲載され、〈拍板以指鳴之〉と奏法まで記されている」とあるくらいだから、決してブラジルのサンバと関係あるんじゃないのなんて、いい加減なことを飲み屋などで言わないでください。

去年とまったく同じじゃあ芸がない。そこで。
1982年の3月8日。WBA世界ジュニア・フライ級チャンピオン具志堅用高が14回目の世界王座防衛に失敗した。

【3月10日に追記】
※当記事のコメント参照
この日はミツバチの日だったらしい。沖縄市にある小浜養蜂場では、この日は安売りするらしい。
で、宇夫方女史の報告によると、喜多見のセブンイレブンの入口に、こんな立て看板があったらしい。
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彼女はマンマと引っかかって、こんなパンを買ったらしい。
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このパンの全貌は食べた日に。


東北地方太平洋沖地震が発生するまで、あと4日……
実はこの記事、東日本大震災から一ヶ月以上経った4月14日に書いている。3月7日のことを思い出そうとしながら。
このM.A.P.after5というブログは、今のことを今書かない。ブログとしては、まったくもって反則である。記事を書いた実際の日はいつなのか、大地震が起きる前の日(3月10日)までに書いた記事については、アップした日付順のリストを作った。
 ⇒アップ順の記事リスト

そのリストによると、僕はこの日(3月7日)、2月15日の記事を書いていたらしい。
 ⇒「枡形城・落日の舞い」妄想演出ノート

その中で、僕は元暦2年7月9日に起こった大地震のことに触れている。そして、さらにこう書いた。

「源氏の後に権力を握った北条にとって、頼朝の死の原因は「平家の怨霊」であってくれる方がいい。そうすれば自分たちに責任はないと澄ましていられる。怨霊を鎮める役割は、盲目の琵琶法師に任せてある」

なんだかなあ……

今の僕の頭の中は、二重の過去の記憶と、現在と未来が交錯して、なかなか整理がつかないでいる。

だが、それについては此処ではこれ以上語るまい。この日(3月7日)は、もう少し分かっているような気がしていたのだ。今のこの記事には、3月7日のことだけを書けばいいのだ。

しかし、思い出さない。

この日、八王子へ山猫合奏団の合わせに行ったと、僕のスケジュールを管理する宇夫方女史の手帳にあるから、きっとそうなんだろう。白石准も3月7日のブログに、なんだかいろいろと書いているから、きっと宇夫方女史の手帳は間違いない。
 ⇒http://juninho.blog16.fc2.com/blog…

しかし、山猫合奏団の合わせと、「妄想演出ノート」を書いたのと、いったいどっちが先だったのか、ちっとも思い出せない。

この日あたりから、きっと僕の体内時計が狂い始めていたのである。
(この記事は、4月14日12時30分、高山正樹が記す)
次の記事へ


《3月6日(日)》
市民劇の稽古はお休みを頂いて国立劇場へ、玉城朝薫の組踊「二童敵討(にどうてぃちうち)」を観に行きました。M.A.P.にとっては大事な仕事なのです。

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終演後には楽屋へ
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この記事は、後でゆっくり書きます。



《3月5日(土)》
3月5日、珊瑚の日
「珊瑚」とは、もともと宝石の名称だったらしい。3月の誕生石。珊瑚には鉱物と有機物がある。珊瑚になる生き物のサンゴにサンゴという名前が与えられたのは後のことなんだってさ。

知らないことばかり。

宇夫方女史はひとり事務所で殆ど徹夜で地図の仕事をしていたらしい。自宅に戻ってふとベランダから撮影したという画像が送られてきた。
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昼間、高山正樹は山猫合奏団の合わせへ。
 ⇒前回(2/17)の合わせの記事
 ⇒前々回(1/24)の合わせの記事

しかし、こりゃ「合わせ」じゃないな。
山猫合奏団では今までは「合わせ」という言葉を使ってきたけれど、今回の“オツベルと象”で「合わせ」といっては実態から相当ズレる。したがって、今後は「練習」ということにしましょ。「苦行」でもいいけど。選りによってこれからクソ忙しくなろうとする時期になんてこったと恨み節。ヒマならこれほど楽しいことはないんだけどねえ。

先日もちょいと書いたけれど、これがそのブブゼラ。
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果たして、使うことになるのかならないのか。
これ、ただ吹けば音が出るもんだと思っていたら違うんですな。法螺貝やトランペットと一緒。だからちょいと練習がいる。

それにちゃんとした楽器じゃないので、口を当てるところが痛いんだよね。管楽器で慣れてる人は軽く口をあてるだけでも簡単に音が出るのかもしれないけれど、頑張らないと音が出せない初心者には口の周りに線がつくくらい痛いんだなこれが。これ吹いたらきっと口が疲れて喋れなくなりそうだ。

この日のことを書いた白石准のブログふたつ……
 ⇒http://juninho.blog16.fc2.com/blog-entry-2100…
 ⇒http://juninho.blog16.fc2.com/blog-entry-2101…

僕は、合わせ、じゃない、練習を早めに抜けて、川崎の市民劇の稽古へ。

その件については後日。


《3月4日(金)》
朝日新聞の比嘉くんが、事務所に集金に来ました。
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ちょっと太ったんじゃない?

比嘉くんのことは後日追記します。去年の夏の読谷のことを書いたらね。ああ、早くしないと一年経っちゃうよ。


まずは昨年の記事をコピペ。
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3月4日、サンシンの日
1993年、琉球放送が3月4日をサンシンの日にしようと提唱。以来、この日は沖縄県内各地で三線の演奏会が行われる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

というわけで、今日は三線にまつわる話題を二つばかり。

ひとつ目……
すいぶん遅くなりましたが、S-1グランプリ2010の写真が夏子さんから届きました。
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優勝したのは岡村聡士君ですね。手に持っているのは宮城さんが作った三線型の壺屋焼きトロフィーです。作務衣を着たいかついおじさんはS-1グランプリの主宰者、ハンサム・マーキーさんです。

さて、ふたつ目……
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すでにちょこっとお知らせしている発表会のことですが……
今日は「サンシンの日」というわけで、正式にこっそり告知します。そうです。例の会議のやつ。
狛江市の中央公民会のつどいです!
「中央公民館利用団体で組織された実行委員会が企画・実施するもので、学習・文化活動の発展を目指して日頃の成果を皆さんにご覧いただく機会にしたいと頑張っています」
……という主旨らしい。

日程は3月9日(水)~13日(日)。詳細は狛江市のホームページの「行政情報 」>「広報こまえ」 >「平成23年3月1日号(1073号・テキスト版)」の中にあります。
 ⇒第26回中央公民館のつどい(1073-01)
しかし、この催しがあるということを知らなければ、狛江市のホームページのトップから、ココまでたどり着くのはまず不可能です。つまり、ページは作ったけれど、全く広報にはなっていない。これぞお役所仕事!そして、イベントが終了すると、たぶん消されてしまうページだと思われます。
(※なぜなら、第25回中央公民館のつどい(1049-08)という記事があったはずなのですが、今はもう見られません。こういうことってどうなのさ、狛江市のホームページ制作担当さんよお。)

ともかく「中央公民会のつどい」は、展示会だとか講習会だとか、実に盛りだくさんの催しです。その中のひとつに「つどいコンサート」という企画があって、それにM.A.P.が運営する三つの沖縄関連の教室も、合同で参加してみようか、ということになりました。
(※コンサートの全体プログラムはこの記事の最後(続き)にチラシのスキャンデータを貼り付けました。)

会場は狛江中央公民館地下1階ホールです。中央公民館は小田急線狛江駅より徒歩4分くらい、狛江市役所の隣、市役所の正面から見て左側にあります。
我々の出番は13日の日曜日の午後2時半から3時までの30分間。
(※ただし時間通りに進行するかどうかは定かではありません。なにしろ…… おっとそいつはお口にチャック。)

私たちの出し物の詳細は次の通りです。

(1)「四つ竹」
琉球王国が中国から訪れる冊封使(さっぷうし)をもてなすために踊られた演目。これぞ琉球舞踊みたいな踊りですね。M.A.P.が誇る川崎仙子先生と持田明美先生の唄三線に合わせて、琉球舞踊教室の生徒さんたちが踊ります。

(2)「伊計離節(いちはなりぶし)」
あなたがいる島に行きたいけれど、潮の流れが速くて漕ぎ着けないというもどかしさを唄ったもの。川崎仙子先生の唄三線独唱。

(3)「安波節(あはぶし)」
安冨祖流古典三線で最初に習う定番の曲。もともと沖縄本島の北部にある安波という集落で、お祭りの時にうたわれていました。川崎・持田先生に三線教室の生徒が加わって弾き歌います。時を忘れて歌い遊ぶ、そんな沖縄の時間の流れを感じてください。

(4)「武富節(だきどぅんぶし)」
「貫花」という有名な舞踊があります。それは前半は「武富節」、後半は「南嶽節(なんだきぶし)」で踊るのですが、今回は前半の「武富節」の部分を、三線教室の生徒さんたちの地謡(じかた=歌舞伎などでいうところの下座音楽)で、舞踊教室の生徒さんが踊ります。
三線を習っている人たちは関東にもたくさんいますが、踊りの地謡をやる機会はまずありません。踊り手の心の動きを感じながら弾き歌うことは、独唱することとは全く違った奥深さがあり、かつ楽しいものなのです。
(独唱と地謡とでは、同じ曲でも歌い方が違うのです。) 

(5)「安里屋ゆんた」
ヤマトでも良く知られている曲ですが、もともとは八重山地方(石垣島や宮古島など、沖縄本島よりさらにずっと南西の島々の地方)の労働歌でした。竹富島に実在した絶世の美女安里屋クヤマと、本島から派遣されクヤマに一目ぼれした役人のやり取りを面白おかしく描いています。この伝統的な「安里屋ゆんた」に対して、皆さんがよく知っているバージョンを「新安里屋ゆんた」と呼んで区別しています。今回は「新安里屋ゆんた」「安里屋ゆんた」と続けて演奏します。琉球舞踊のメンバーは三板(サンバ)や掛け声で参加かな。

そして、ゆんたくの会のメンバーが、ウチナーグチで司会をします。これが東京では一番希少価値がありそうですね。只今頑張って練習中です。さていかがなりますことやら。

なお、高山正樹と宇夫方路は、いまのところ三線教室の生徒として参加する予定です。

もちろん無料です。皆さん、是非、13日は会場まで遊びに来てくださいませ。

そうだ、ハンサム・マーキーさんにも、岡村聡士君にも、夏子にも、13日の案内しよっと。

そして、こんなチラシも作りました。
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» 続きを読む

《3月3日23時~25時》
1月24日に喜多見駅前の“串かん”に行った。
 ⇒その時の記事を読む
その次の日、財布がないことに気がついた。そのことは、上の記事のコメントで書いた。

紛失した財布は、もうすっかりあきらめていた。

先日のことである。自宅の書斎で仕事をしていると、宇夫方女史から電話。
「さっきサミットで買い物していたらね、“串かん”のお父さんに声掛けられて、財布、あったって」

財布を失くしたことがわかったとき、まず“串かん”かなと思ったので、その日、店が開く頃を見計らって電話を入れたのだが、その時は「ありません」という返事。ところがその後、座布団をひっくり返したら、その下から財布が出てきたのだそうである。

あきらめて、忘れた頃に出てくる財布はうれしいものだ。そんなことがあったので、ずいぶん間が開いてしまったが、ご主人にお礼を言おうと、“串かん”で一杯やることにした。そして、この日初めて“串かん”のカウンターに座ったのである。すると以前の“串かん”とは違う“串かん”が見えてくる。

お通し。
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座敷では、お通しをこうしげしげと眺めることはない。オヤジさんが目の前にいれば、お通しひとつにオヤジさんの心が見えてくるから不思議である。

前回入れたボトル。
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こんな画像も、カウンターに座っているから撮る気になった。

焼きトンを素焼きで頼んでみるのも簡単。「血圧がね」なんてハナシをしてみたりして。惰性の健康ゲーム。
「あ、癖で塩ふっちゃった」、これもご愛嬌である。
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カウンターに座ってオヤジさんとそんな会話をしていれば、お隣の常連さんとも親しくなる。

甲府のB級グルメ鳥もつ煮。
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前からあったメニューなんだろうけれど、今までは気に留めなかった。壁に貼られたメニューが目に入って、ひとしきりオヤジさんと鳥もつ煮談義になって、タレを甲府の専門店から直接仕入れているのだとか、「この味が自分でやると出ないんですよ」、そう聞かされては食べてみないわけにはいかないと頼んだのである。
さすがB級グルメのチャンピョンらしい味。「深み」などというやっかいな味なんか居酒屋には不要、クソ食らえである。甘辛くて酒が進む。それでいい。それがいい。

〆に焼きうどん。お隣の常連さんが「マスターの作る焼きうどんはおいしいのよねえ、ああ、なんでもおいしいけどさあ」
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はいはい、決して裏切らない期待通りの味で普通においしいです。それがいい。

ごちそう様でした、と帰り際、オヤジさんから聞いたハナシ。
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この建物、かなり老朽化して危ないらしい、だからもうすぐここを出なきゃいけない、今、新しい場所を近くで探している、新規開店したら宣伝して、っていうようなハナシ。えっ、ということは、お隣のラ・ポールもなくなるってこと?

ちょっとラ・ポールを覗いて聞いてみようかとも思ったのだが、なんだか不躾な感じがして、日をあらためることにした。


3月 3日木曜日: (3月3日の暫定記事)

《3月3日(木)》
宇夫方路は、琉球舞踊の稽古日です。
 ⇒琉球舞踊専用ブログの記事へ
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小生、高山正樹は川崎市民劇の稽古です。そのうち、なんか書きます。

ところで雛祭りですが、娘は京都にもう帰りました。


《3月2日22時30分~3日2時》
記事は後日書きます。
(※括弧付きの青文字が後日7月5日に追記したものです。)

とりあえず食べたものの画像をアップしておこう。
本日のお通し。
本日のお通し
(もう4ヶ月も前のことだからねえ、いったい何を記事にしたかったんだか、忘れちまったのです……)

毛ガニ。
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(今までコンケン・アイでカニを注文した覚えがありません。値段というより、カニって、酒のツマミには向かないんだよなあ、無口になるし、ちょいとカニ食って酒を流し込むって感じにならないんだもん。だからこれはきっとお裾分けです。)

毛ガニ!(おお、力入ってるね、よっぽど美味かったんだね)
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今日の刺身。
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では時計回りでアップ。
(ええと、たぶん赤貝?)
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(なんだっけかなあ、ホッキ? 違うか……)
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(こりゃカツオだな)
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(生ダコですな)
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おお……(思い出した。ハマグリ。トロっとして、全く臭みなしだった)
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ああ……
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(ノドグロ。まだ食うかって感じ?)
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(煮付けにしたわけね……)
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午前2時……
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(そういえば、この頃からコンケン・アイを出る時間がどんどんと遅くなっていったっけ。水商売って、どうしてもそうなっていくんだろうなあ。大変だなあ。今のところオヤジさんも真弓さんも特に無理しているようではないし、楽しんでもいるみたいだからいいのだけれど、これが普通になってしまうと、つらいこともあるんじゃないかと少し心配。さて、こんなこと書きたかったのかどうか、なにしろ、4ヶ月も前なので……)


3月 2日水曜日: 宮城加代子さんが来社

関東沖縄IT協議会の新年会でスタッフをしていた宮城加代子さんがM.A.P.の事務所にいらっしゃいました。
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宮城さんは、在京の沖縄県出身の若者たちと定期的に沖縄のことを学ぶ勉強会をしていらっしゃるとのこと。聞いただけでなんだかおもしろそう。参加させてくれないかなあ。沖縄県出身じゃないとダメなのかしらん。
彼女は宮古島の生まれです。小学生のときに那覇へ、でも一年生のときの記憶がないのだそうです。
「たぶん言葉がまったく違うから、いじめらていたんじゃないのかな。でも、こういう性格ですから、2年生からは楽しくやってました」
ふーん、だけどむしろそんな明るい性格の子どもなのに、思い出すことのできない一年間があるということ、なんだか考えてしまいます。「沖縄」と「宮古」、ほんとに言葉の違いだけなのかな。もちろんいじめはどこにでもあることなんですけどね。

やっぱり「宮古」のカテゴリを作ろう、そう高山正樹は思ったのでした。

作ってみたら、この記事はすでに26個目の「宮古」の記事でした。

去年の11月に船橋市の大穴小学校で公演をしたのですが、頼まれていた色紙に、高山正樹がやっとサインを書きました。ヤイノヤイノ言ってやっと。
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そして夜は三線のお稽古です。
 ⇒三線教室専用ブログの記事へ
あっちのブログで使用しなかった画像を一枚こちらにアップしておきましょう。
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今日の記事も、宇夫方路のフリをして、高山正樹が書きました。


裏ニンジンの日
今年のニンジンの日(2月3日)は旧暦の元旦でしたが、今日は裏ニンジンの日です。
ただそれだけ? なんだか詰まんないなあ。

そこで調べてみました。

沖縄本土復帰から2年足らずの出来事。1974年の3月2日のことです。那覇市の小禄で雨水管の工事中に不発弾が爆発しました。聖マタイ幼稚園のすぐそばでした。作業員3人と園児の女の子が死亡しました。他に34名が重軽傷を負いました。
爆発したのは、旧日本軍が埋めた地雷でした。自国に地雷を埋める国ってあるのだろうか。

今年の2月8日の沖縄タイムスは、その前日の7日に浦添市立浦城小学校の体育館取り壊し現場で、米国製の砲弾が発見されたことを報じています。
「発見された不発弾は信管が残っていることなどから後日、現場で処理される予定。陸上自衛隊が土のうで固定するなどして安全措置を取った」

これは、日本のどこかの裏のニュースなんかじゃありません。これこそ沖縄の日常的な表のニュースなのです。沖縄の戦後は、終わってなんかいません。日本人として、考えるべきこと、ありませんか。

「詰まんないなあ」なんて、大変不謹慎なことを言いました。


《3月1日(火)午前1時40分》
28日は事務所を早めに引き上げて、自宅そばにある書斎に篭って、アップしていないブログの記事をずっと書いている。深夜になると、たとえばCDの音などは近所迷惑なので、無音のTVをつけていることが多い。
と、どこかで見た顔が……
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オトバンクの社長、上田渉さんじゃありませんか。
ちょいと音を出してみる。
なるほど、電子書籍の未来像みたいな番組か。
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若い社長さんたち。僕のやりたいことと彼らの発想との接点、要は僕がおもしろがれるかどうかなんだろうなあと思うのだけれど、頭がモヤっとしていて、深夜に考えるようなことじゃないみたい。

オトバンクはオーディオブックのポータルサイト“FeBe”を運営している会社です。
“FeBe”では、M.A.P.の"おきなわおーでぃおぶっく”の作品を配信してくださっています。
 ⇒「カクテル・パーティー」
 ⇒「ノロエステ鉄道」
 ⇒『対馬丸』より「撃沈」「死とたたかう漂流」

人類館と山猫合奏団の作品については、著作権の関係でまだ配信していません。進めなければいけないのですが、なかなか忙しくて手が回らないのです。

つまり、ブログなんか書いている場合じゃないということかしらん?

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高山正樹 Masaki Takayama
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