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東日本大震災から51日目……

【この日呟いたこと】
7:38
ツイッターにアクセスしようとしたら「Twitter is over capacity」と出たり、繋がっても呟けないことがよくある。そこでmixiの「つぶやき」をツイッターに飛ばす設定にしてここで呟くことにした。こんな使い方もあるんだな。
7:44
相変わらずなぜがツイッター本体では呟けない状態が続いている。mixiからツイッターへはすぐに反映された。これ、使えそうだ。しかしリツイートができない。


いよいよ明日が本番であるということを、ツイッターから発信してみたかったのである。やっとその方法を見つけて、山猫合奏団専用の「呟き」から呟いた。
17:33
ずっと忙しくて呟けませんでした。さあ、いよいよです。これから最後の合わせに本番会場へ出陣です。明日から、ブログも怒涛の更新?だめだな、白石准はこのブログの管理画面に入る方法を忘れたらしい。楠定憲は言うに及ばず。せめてここで呟けよってか


昨年は山猫合奏団のOfficial_Blogカテゴリ「過去のNEWS」の中に、「2010しんゆり芸術祭」というサブカテゴリを作って、公演までの道のりをわりと丹念に報告した。
 ⇒http://lince.jp/lince/oldnews/2010art/

しかし、今年はそれができなかった。それは高山正樹が市民劇に参加していたり、宇夫方路が琉球舞踊公演を6月に控えていたり、ということもあるのだが、それよりも、今回の“オツベルと象”は、今までにない練習回数が必要で、山猫合奏団についての突っ込んだブログを書くなどという余裕がなかったのである。
畢竟、山猫合奏団のブログは開店休業、練習報告はこのM.A.P.after5で、「今日は山猫合奏団の練習だった」みたいな一言で済ませることと相成った。
まあ、それはそれでよしとしよう。そこでM.A.P.after5の「山猫合奏団」のサブカテゴリに、さらに「2011しんゆり芸術祭」という分類を作ってみることにした。
 ⇒http://lince.jp/hito/mapinfo/yamaneko/2011art
でも、これで全てというわけではない。今回は高山正樹はずいぶんと練習を欠席したので、練習回数はさらに多いのである。
そして、その成果が明日出る。

夜7時。新百合ヶ丘へ。
昭和音大北校舎第一スタジオ改めスタジオ・リリエ。
本番前日のリハーサルである。
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古本大志クンはアコーディオンも弾くのだぞい。
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この演目は音響さんなくしてはできない。渡邉禎史さんにお願いをした。
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照明は龍前正夫照明研究所。
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稲垣護さんはスケジュールの関係で欠席。明日の本番前、Bassメインの部分のみをアタる予定。
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 ⇒この日のことについての白石准のブログ記事

今回、全員揃っての練習というのはほとんどなかった。そのくらい忙しい連中と仕事ができることを喜びとしよう。本番で初めて全員揃って通すという芝居ではありえない緊迫感、それが却って本番を良くする要素になると信じている。

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4月29日金曜日: 覚悟……

あらためて東日本大震災から50日目……
メルトダウン寸前……
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いや、もしかすると……

「刺し違える覚悟、すでに」
「……」


《4月28日(木)~29日(金)》

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東日本大震災から50日目になった……

後日、書く。


4月28日木曜日: 四十九日なのに

《4月28日(木)》
あらためて東日本大震災から49日目……

朝。
本部を出ると、目の前の野川越しの森の上の方に、太陽光パネルを乗せた大きな建物が見える。
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いったい何の建物なんだろう。

太陽の恵み。しかし、太陽って、巨大な核融合システムだもんなあ。オゾン層が放射線を遮ってくれているから、地球上の生物は生き延びてこられた。
でもさ、微量の放射線が生物の遺伝子を壊したからこそ突然変異が現れた。それがなければ「進化」などなかったらしい。

実は、我が家の屋根にはかなり大きな太陽光パネルが乗っている。導入したのは2003年のはじめなので、もう足掛け9年になる。いずれ発電量などの詳細なデータを御報告しようと思っている。

昼。
“あさの”に、昼飯を食べに行く。
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浅野さん、いつもいつも、お気遣いありがとう。
「居酒屋あさの」のカテゴリ記事が、まだふたつばかり暫定なので、それを書いてから今日のことも書く。

午後。
木曜日なので、宇夫方女史は琉球舞踊教室の日。

夜。
龍谷寺にて、山猫合奏団の合わせ。やっと練習ではなくて、合わせといってもいいような段階になった。
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「あれ、古本くん、こんなふうに楽器置いていいの」
「金管はそんなもんです」
そんなこたあないだろう。しかし、古本大志君がいれば、本番なんてどうにかなっちまうだろうという安心感。

四十九日。本当ならば一区切りなのに。休みなく続く営み。

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《4月28日(木)午前3時》
つまり、最後のあがきなのだ。5月1日の宣伝。きっと効果はないだろう。でも、何かしないと後で後悔する、そんな思いに動かされている。
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(※何故彼らがこんな時間までここにいたのかは、後日、追記します。)
[subcate.山猫合奏団]

久しぶりのMIRROR_BALLだ。
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ブラックライトと蛍光塗料。それだけのことなんだけどさ、なんだか放射能に汚染された亀に見える。こういう表現、シャレにならないのかなあ。顰蹙、そして抗議?
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やっぱり、震災以来お客さんは激減したらしい。週末のDJも勿論やめていた。もしやったらそれこそ大顰蹙、近所からは抗議の嵐だな。

「こんなこと言っちゃいけないんだけどね、被災地の農業や漁業は国が補償してくれるからねえ、でも我々は……」
「言っちゃあいけないことだけど、震災特需で、2年我慢すれば絶対良くなる」

2年か。それまでこのM.A.P.after5という連載ブログ、はたして続けていられるかどうか。きわどく言っちゃいけないことを避けながら。
メルトダウン寸前の……、やめておこう。
いわつる49日の午前3時になった。

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《4月28日(木)午前0時~2時》
市民劇の稽古が終わって、事務所に戻った。
間もなく午前0時を回って災震から49日目になる。
「49日か……」
しかし、未だ行方不明の方が1万人を超えているのだ。今後、もしその方たちの御遺体が見つかったら、49日の御供養はどうなるのだろう。

2009年の日本国内の死亡者は114万4千人だったらしい。ということは1日の平均死亡者数はおよそ3000人。2009年の1年間で、日本人は7万5千人減ったという。

特に意味はない。ただ、震災で亡くなった方と行方不明の方、合わせて2万人を越えるという数字が、いったいどんな数なのか、眺めてみたかっただけなのだ。でも結局、やっぱり無駄なことだった。

と、「今、鳥研にいる」という宇夫方女史の電話。もう閉店時間だろう、「でも、まだ火落としてなくて、高田君、焼いてくれるって」、それならと事務所を出た。

筍のお通し。
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「今日はお客なんです、お先に」
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彼女とは去年の8月以来もう何度も会っているのに、まだ名前を聞いていなかった。今日もまた聞きそびれた。

宇夫方女史は、こんな人と相席していた。
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聞けば、炭屋さんの息子さんだそうで。ということは、彼の奥さんは、すでにM.A.P.after5に登場したゆきこさんというわけ?それも確認しそびれた。

「なんで」
「高田君がね、同席しろって」
「どうして?お母さんと知り合いだって知ってたの?」
すると高田くん曰く「なんとなく……」
相変わらず、変な奴だ。

つい原発のハナシをした。沖縄の血が流れているのなら、原発などないほうがいいと無条件に思っているに違いないという、震災の前だったらありえないおかしな思い込み。それを前提にハナシを始めた不用意。

「電気がなくなってもいいっつうことすか」
そう言った彼の目に、僕は腹を立てた。
「もちろん」
決意の問題だ。今の状況は、そういう決意を我々に迫る何ものかだ。今そうした決意ができないとすれば、もう二度と、人間の生き方を根本的に問い直す機会が我々に訪れることはないだろう。これは、未来に対する想像力と哲学の問題であるはずだ。

しかし彼は、単純な反原発を主張する愚かさを高みから見下ろして、もう少し俺は成熟しているのだとでも言いたそうに、そして自分の意見は披瀝せず、ハナシを切り上げた。彼は結局、何も語ってはいない。

たぶん、彼は間違っちゃいない。僕だって彼と同じ、たった今この時間、同じ電灯の下で飲んだくれて、炭火で焼いた決して安いとはいえない焼き鳥を頬張っているのだ。被災地では未だ満足な食料もないというのに。それなのに、偉そうに電気などなくなってもいいと、口の周りを鶏肉の油を光らせながら真顔で言う欺瞞。それに比べれば、彼のほうが余程正直だ。

それでも僕は語らねばならないと信じている。

この日お店を手伝っていたバイト君は大学生。教員になりたいのだという。歴史の教師。
「原発について、どう思う」
「興味、ありません」
今から30年前、アイヌのこと、沖縄のこと、僕が何を言っても、まともに考えようとする者はいなかった。原発のこともしかり。そして僕は語らなくなった。その後悔が蘇ってきた。

「世界のエネルギーのほとんどは、一部の国の恵まれた人々によって消費されている。そうではない大多数の人々は、全く違う生き方をしている。ここまで進んだ文明、もう後戻りなんかできるわけがないという主張は、一見あたかも現実的な考え方のようだが、実はいかに一部の人間の勝手で傲慢な思い込みであるか、そのことに思い及ばないような想像力のない人間に、教師なんかになって欲しくはない。お願いだ。君が教師になりたいというのなら、今こそ原発について考えて欲しい。考え続けて欲しい」

数字をあげればさ、アメリカと中国と日本とロシアの四ヶ国だけで、世界の電力の半分以上を消費している。消費量の多い上位12国で、70%を越えるということ。だが、やはり数字ではない、という気がする。正確な数字は大切だが、それだけでは何かを取り逃がす。

彼は黙って聞いていた。

鳥研は、帰り際、表まで出てきて送ってくれる。今日は男ふたり、色気ねえなあ。
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「例の、電力中央研究所の原子炉のハナシだけどさあ、そんなものはなかったらしいよ」
僕は先日安永さんに聞いた話を高田くんにした。
「いや、そうでもないみたいですよ」
「え?」
「あの地震の後、なんか秘密に建物を解体してたんですよ。工事前、電研の人が来て、それでお金をもらった人がいるとかいないとか……」

中央電力研究所は、いつもより闇に包まれているように見えた。
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真偽は全くわからない。したがって【拡散希望せず】……


《4月27日(水)》
東日本大震災から48日目……
沖縄語を話す会だったのだけれど、小生は欠席。
 ⇒第30回ゆんたくぬくゎい(喜多見で沖縄語を話す会)
そして……

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だからさ、記事は後日だってば……。


《4月26日(火)》
東日本大震災から47日目……
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記事は後日。


4月25日月曜日: 昼間は呟いて……

《4月25日(月)》
東日本大震災から46日目……

【この日呟いたこと…】

8:13
孫正義氏と早野龍五氏の真逆の印象を与えるツイートをリツイートしてみました。しかし、人が吸い込む高さでの線量は公式発表の3倍ってことに間違いないわけで……


※「事故直後から『最悪』を語っていたいわゆる『反原発派』が、ここぞとばかりに持論の正しさを喧伝する、そのドヤ顔が嫌い」というブログ記事を読んで……
8:23
日本人は哲学しない人が多いんだなあ、と思ってしまう。続く…

10:15
「反原発派」の中には確かに今「どや顔」をしている人もいる。しかし力が足りなかったと自責の念を抱いている「反原発派」の人たちも多い。「どや顔」が嫌と言う前に、反原発の声に今まで耳を貸そうとしなかったことに、なぜ自責の念を抱かないのか。

10:23
一昨日呟きたかったこと。
「虹だ……(小田急線喜多見駅近くの事務所にて)何故か虹に揺さぶられている。いかん、だいぶ弱っているな。二日酔いの所為かな。」
しかし投稿できなかった。いったい何が原因だったのか。ちっともわからん。

10:35
情報のバランス、バランス、バランス、バランス……、ああ、眩暈、くらくらして立っていられなくなる。そして思考停止を選ぶ。大本営発表。一部の弱い人たちを犠牲にして、国家という入れ物だけが生き残る。首謀者を探しても無駄。そんな者はきっとどこにもいない。

16:35
国会中継。野党の後出しジャンケン。


呟くことにも飽きてきた……


夜のこと。
とりあえず画像だけ。
高山正樹は“オツベルと象”の追い込みの練習。

宇夫方路は三鷹、武蔵野芸能劇場。
20時45分。きなせさんと。
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新宿三丁目、22時30分。
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寺木さやかさん、先生です。
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4月24日日曜日: 蟹を食う夜

セブンイレブンのポイントカードが溜まったのです。
なんだか、もうすぐ満足に海産物が食べられなくなるような気がして、ポイントを蟹に変えたのです。
それを、朝から解凍していたのです。
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そうして、本部で晩餐。ふくやさんで焼き鳥も買ってきました。
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テレビで、地方統一選挙の速報を見ながら……

【そして呟いたこと…】
23:04
敦賀市長の当選インタビュー。その質の低さにびっくり。敦賀の人たち、ほんとにこんな人を選択したの。手出しができない近隣市町村に住む人たちの思いは如何に。


単純でないことは分かっているのです。沖縄の基地と同じように。
でも、沖縄の基地と同じように、原発などなくていい、大震災から45日目の夜だからなのか、僕はそう思っているのです。


4月24日日曜日: 懇親会にて

《4月24日(日)-2》
一方、高山正樹は日曜日なので昼から市民劇の稽古。

少し早めに切り上げて、最後の追い込みを前にして稽古場にて懇親会。本当は稽古がハネたらすぐに山猫合奏団の合わせにいく予定だったのですが、それを変更して懇親会に参加したのにはワケがありました。でも、そのことは後日書きます。

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さて役名紹介ですが、こんな引きの画像じゃ無理ですね。
でも、この日熱弁を振るわれた劇団民藝の今野鶏三さんの画像ならあります。34人目のNewFaceです。でも今野さんのことは4月11日の記事でご紹介する予定、本日は役名のみ。
今度の芝居で極悪人扱いされている北条時政を演じる今野鶏三さんです。
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人相だけで言えば右下にお顔だけ写っている今回の「枡形城・落日の舞い」の作者、小川信夫先生の方がずっと悪人面ですな。
 ⇒小川信夫先生を紹介した記事を読む
でもM.A.P.after5のスタッフ・キャスト紹介カウント的にはNewFace、これで35人。

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この方式でもうおひとかたの小川さんを紹介しましょ。

今野さんの脇の下から半分お顔が覗いているのが、小川がこうさん。がこうさんについては、すでに御紹介済み、NewFaceではありません。
 ⇒小川がこうさんを紹介した記事を読む

でも役の御紹介がまだ。がこうさんは主人公重成を父、小山田有重を演じます。

これで役名+スタッフ紹介は25+3名です。



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4月24日日曜日: 東京沖縄県人会へ

《4月24日(日)-1》
東日本大震災から45日目……
宇夫方路女史は東京沖縄県人会へ。
この記事は、そのうち御本人に書いてもらいます。

ちょっと客寄せに有名人の画像だけ一枚アップしとこうかな。
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実は弟の川平慈英と高山正樹はちょいとつながりがあるのですが、それについては、宇夫方女史が記事を書いてからということにいたしましょう。


4月23日土曜日: 虹が出た

《4月23日(土)》
東日本大震災から44日目……

「沖縄ノート」の「集団自決」記述をめぐる訴訟、最高裁上告棄却。

【この日呟いたこと…】
15:14
僕は大江健三郎氏の提示する「事実」と沖縄の「イメージ」に100%同意はしていない。でも「沖縄ノート」が僕の人生を方向付けたことは間違いない/沖縄タイムス | 喜ぶ大江さん「強い励ましに」

夕方、虹が出た。
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こんな時こそ呟いてみようとしたが、Twitterのシステムの不具合で叶わなかった。

夜は市民劇の稽古である。


4月22日金曜日: 人を動かす力とは……

《4月22日(金)》
東日本大震災から43日目……

【この日、宇夫方路に代わって呟いたこと…】
13:02
武ちゃん、謹んでご冥福をお祈りいたします。しかし若すぎる……/沖縄タイムス | 當間武三さんが死去 沖縄芝居で人気 46歳

「知り合いだったの」
「特には」
「だって武ちゃんて……」
「みんなそう呼んでるから」

会社の業務でやらなければならないことは山積みではあるにしても、それに目を瞑れば、今日はホントに久しぶりに何も予定の入っていない日だった。だから、ちょいとブログ用に無理やり呟いてみて、あとは疲れた体を休ませる日にしたかったのだ。
しかし……

智内さんがリック・タナカ氏と飲むと聞いちゃあねえ……

顔をネットで公開しないリックが推薦する店。
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駅南口氷川神社の向かい、九州料理のお店“マル九”。
 ⇒チ●コは平気で公開するリック
リックが推薦する理由はどうやらこの女性らしい。
null
なぜこんな店でこんな女性が注文取ってるの? 
おっとこりゃお店に失礼。
リックと彼女はオーストラリアで出会った仲らしい。
アップでもう一枚、と思ったら、リックが割り込んできやがった。
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「リック、こんなに顔写っちゃったけど、いいの?」
とデジカメ見せたら、
「うん、このくらいなら大丈夫」
この男、美しい女性と一緒なら、簡単に自分のこだわりを捨て去るらしい。
まるでチ●コみたいなやつだな。

2軒目は2回目の店。
 ⇒1回目の時の記事
前回の記事がまだ暫定記事なので、今日のこともそっちを書いた後に書きますが……

前回いらっしゃらなかった奥様と。
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その昔、黒テントにちょこっといらしたことのある大先輩。

おいリック、女性の価値は年齢じゃねえんだぞ!

今度、リックのいない時に、また“マル九”に行こうっと。
こら!チ●コ!


4月21日木曜日: 揃わないけど……

《4月21日(木)》
東日本大震災から42日目……
午前中から山猫合奏団の合わせ。
全員揃うのは本番までこの日が最後。
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それでも何とかするのがプロの音楽家なのさ。
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僕(高山正樹)は市民劇の稽古があるので、ひと足先に龍谷寺を出た。
 ⇒この後のことは白石准のブログにて……

因みに、宇夫方女史は木曜日なので琉球舞踊教室の日。

さて市民劇の稽古。
全員揃わないのはプロの音楽家並み?
それでも何とかなっちゃうのが市民劇なのさ。これ、結構深いハナシなのだ。
だからさ、順番に書くってば。
[subcate.枡形城・落日の舞い]
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後日、若者たちに物申す……?
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やめとくかもしれない……
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4月20日水曜日: どうなるのかな……

《4月20日(水)》
東日本大震災から41日目……
「ゼロリスク幻想」と「御用学者」についてちょこっと呟いてみたりしたのだが、あらためてそれをブログに転載するようなことでもなく……

仕事のこと……
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夜は市民劇の稽古……
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これ、暫定記事です。この記事を仕上げるのはきっとだいぶ先。いったいその時何が書けるようになるのでしょうか……

4月19日火曜日: 余震は続いているけれど

昼過ぎから昭和音大で5月1日の公演の打ち合わせ。
“アルテリッカしんゆり2011”の音楽部門のプロデューサーである熊谷仁士さんが、まるで山猫合奏団ののマネージャーみたいな雰囲気で同席してくださった。熊谷さんは元東京交響楽団の副楽団長という方。なんだか申し訳ないやら有難いやら、不思議な感じなのである。
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山猫合奏団の単独チラシ。

絵と題字は今回も宇夫方隆士氏にお願いしたが、それに金色の丸(まるで月のようだ)を追加したのは熊谷仁士さんのアイデアである。とてもいい感じ。


夕方から、今日も事務所で練習だった。
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[subcate.山猫合奏団]

東日本大震災から40日目、相変わらず余震が続いているけれど……
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4月18日月曜日: さあ、これから!

《4月18日(月)》
東日本大震災から39日目……
一日準備。
ようやく……
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昨今スタッフ事情とか……

後日報告します。


《4月17日(日)》
東日本大震災から38日目……

【朝まず呟いてみた…】
7:36
今なら人間の根源的な生き方を問い直すことができると思っていたのに、もう怪しくなってきた。普通の生活に戻る、それに異はない。しかし、原発についてメッセージを発し続けるべきだと、嫌われても僕は叫ぶ。未来の人間たちのために。沖縄にこだわり続けてきた者として。もう二度と後悔したくない。


それから川崎へ。
第七回かわさき楽大師アート市2日目。
今日は日高さん花田さんが店番をしてくれるのです。金田さんが作った作品も売るんだもんね。
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昨日と同じように、朝、高山正樹は皆さんと荷物をアート市会場へ送り届けて、それからいったん事務所に戻って、昼、再度川崎方面へ、市民劇の稽古です。

今日は松竹から借りる衣装を着てみる日。
合唱隊の四人が、交互に携帯で写真を撮っていたので、みんな一緒に撮影して差し上げました。
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左から斉藤美香さん、玉木彩乃さん、小野瑛世さん、稲光志帆子さん。
みなさん昭和音楽芸術学院(現昭和音楽大学)のミュージカル科を卒業した仲間らしい。それぞれあっちこっちでご活躍らしい。
ご参考までに……
 ⇒http://crazynightkurenai.web.fc2…
NewFace、役名紹介ともにプラス4名。

さて、稽古についてはそのうち書くとして……

稽古後、高山正樹はアート市会場へ片付けに。日高さんと花田さんを南武腺の駅まで送って、再び稽古場近くの居酒屋へ。馬鹿だねえ、車だから飲めないのに……

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「あれ、合唱隊の女の子たちはいないの?」、なんて絶対言いません。「お前、帰っていいよ」って言われちまうからね。

左から二人目が平井智美さん。お顔はすでに去年ご登場いただいていますが、ご紹介はまだでした。平井さんは、劇団NLTの女優さんです。
 ⇒平井智美さんのプロフィール
“枡形城・落日の舞い”では北条政子の妹、時子の役でご出演です。今度はもう少し大きなお顔の写真をアップしましょうね、若い子たちよりずっと大きいやつ。ご本人がOKならばのハナシですが。タクジ氏は平井さんがお気に入りらしい。そのことを、智美さんが歓迎しているのかどうかは不明。
役目紹介、さらにプラス1となりました。
累計で33名。役名+スタッフ紹介は23+2名。

海くんとみなみさんと平井智美さんを、アート市の売れ残り商品と一緒にわが軽自動車に乗っけて帰りました。

沖縄のことも、原発のことも、市民劇の現場で語ることはほとんどありません。
「いいのか、お前はそれで……」
「わからないよ……」


4月16日土曜日: 机を転換する人は誰?

《4月16日(土)-2》
東日本大震災から37日目の夜
高山正樹は、かわさき楽大師のアート市会場で荷物を積み、そのまま川崎市民劇の稽古場へ。
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後日書く。憶えていればだが。


4月16日土曜日: 第七回かわさき楽大師

《4月16日(土)-1》
今日と明日、第七回かわさき楽大師というイベントのアート市に参加してみることにした。
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初日の店番は宇夫方女史。御両親がお手伝いしてくださる。
こんなパンフが本部に置いてあった。
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「東日本大震災復興支援」なんだな、知らなかった。震災から37日目、まだ「復興」なんて段階ではないような気もするが、まあ、言葉の問題だけのことならとやかく言うまい。
ぼちぼち馬鹿げた自粛は少なくなってきたが、猫も杓子も震災に対する支援を掲げての開催。批判ではない。それでいいのだと思っている。

だが……

そのことは後日書く。

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山猫合奏団と川崎市民劇のチケットも一応売ってみた。





4月15日金曜日: 夜行性だから自粛しない

《4月15日(金)-2》
東日本大震災から36日目の夜……
どうやら夜行性のようで。
自粛なんかしません。

3軒行きました。
一軒目。
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「沖縄料理“中む食堂”が各界著名人の舌をうならす一流シェフ稲津好太郎さんをゲストに向かえスペシャルコラボレーション!!」
ふーん……
稲津好太郎シェフ null

null
普段の“中む”では見慣れぬ食材。

コラボなんておこがましい?
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いつもと違って、この日は殊勝に助手に徹する石垣仁であった。

この日の“中む”のことは後日、もう少し追記する。

ともかく、確かにおいしかったのだけれど、なにぶん本日のメンバーにはちょいと似合わなかったみたい。後から後から似合ったお客様が押しかけるので、似合わない我々は制限時間の2時間を待たずに席を明け渡すことにした。

似合った店を求めて狛江放浪。
そして二軒目。
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見よ、このバラバラなメンバー、このバラバラな感じ。
null
絶対イタリアンなんてダメでしょうという組み合わせ。水才くんに何かを耳打ちしているのは日高さんです。

でもね、意外に(と言っては失礼ですが)おいしかった。狛江駅前の“留園”という中華料理店です。

しかし、ワイン、紹興酒ときて、ちょっと飲み足りない感じ。
そこで三軒目。
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喜多見に戻って“酒菜”へ。やっぱり、泡盛だねえ。

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東日本大震災から36日目の昼……

【この日呟いたこと…】
伊丹万作の「戦争責任者の問題」(昭和21年)というエッセイの全文を紹介しているサイトがあることをツイッターで知った。
 ⇒http://anond.hatelabo…
それは「『騙された』とか歌って喜んでる斉藤和義と信者はこれ読めよマジで」と題されていた。
僕はそれについて呟いた。

11:21
伊丹万作氏の文章に同意。しかし、それを紹介するブログのタイトルは最低。


僕の書斎の本棚にはこの文章を掲載したエッセイ集がある。
null 伊丹万作の「戦争責任者の問題」というエッセイ
読んだのは、もう30年も昔のこと。巻末に中野重治が一文を寄せている。編者は大江健三郎である。その大江が「モラリストとしての伊丹万作」という評論の中で伊丹の「戦争責任者の問題」から引用しているので、その部分を、ここでもご紹介しよう。

「だまされたものの罪は、ただ単にだまされたという事実そのものの中にあるのではなく、あんなにも雑作なくだまされるほど批判力を失い、思考力を失い、信念を失い、家畜的な盲従に自己の一切をゆだねるようになつてしまつた国民全体の文化的無気力、無自覚、無反省、無責任などが悪の本体なのである」

「それは少なくとも個人の尊厳の冒涜、すなわち自我の放棄であり人間性への裏切りである。また、悪を憤る精神の欠如であり、道徳的無感覚である。ひいては国民大衆、すなわち被支配階級全体に対する不忠である」


原文では、この二つの引用文の間には次のような文章が挟まっている。
「このことは、過去の日本が、外国の力なしには封建制度も鎖国制度も独力で打破することができなかつた事実、個人の基本的人権さえも自力でつかみ得なかつた事実とまつたくその本質を等しくするものである。
そして、このことはまた、同時にあのような専横と圧制を支配者にゆるした国民の奴隷根性とも密接につながるものである」


「何にも変わっちゃいない」
少し表の空気を吸いたい。そう思いながら僕は事務所を出たのだが、すっきりしない。ここ東京でも、明らかに放射能だか放射線だかの数値が上がっている。しかし、放射能と放射線の違いも、僕にはよく分かっちゃいないのだ。放射線を出す本体が放射能で、だとすれば出た放射線はどこに行くんだ?今、この東京の空にあるのは放射能なのか放射線なのか。
「安心と言われて、それにすがりつく奴隷根性か……」

世田谷通り沿いにあるびっくりドンキーへ。
今川崎の市民劇で稲毛三郎重成役をやってる石山海は、前にココでアルバイトをしていたらしい。深夜は厨房で一人ハンバーグを焼いていたんだってさ。そんなハナシを聞いていたからか、特にハンバーグを食べたいわけでもなかったのだが、なんとなくここに来ちまった。
「おタバコはお吸いになりますか」
無言で手を横に振る。放射能よりタバコのほうがずっと危険?そういう説明もどうかと思うのだが、タバコの煙は見えるからなあ。
禁煙席
席に座って、なんとはなしに窓から表を眺める。
びっくりドンキーのアルバイト募集の看板
あちこちで内定が取り消されているこの時期に、アルバイトは募集してるんだ。
「もし今、福島の原発が水蒸気爆発を起こせば、東京からも避難しなければいけなくなる可能性があるのに……」
関係ないだろ、全く。つまり、動くことが、ただ億劫になっているだけ。

伊丹万作が「戦争責任者の問題」を書いたとき、すでに伊丹は病床にあって死に瀕していたと大江は解説している。そして最後に、中野重治が伊丹万作を評した言葉を紹介する。
《伊丹万作は実行の人であった》

←こんなの付けて遊んでみることにした。
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《4月14日(木)~15日(金)》
市民劇の稽古。
時間になってもあさやさんが来ないので……
連絡用の白板に……
null
あさやさんの似顔絵を書いてみた。
null

貴重な一枚……
null
なぜ貴重なのか、その訳(ワケ)はいずれ書く。

稽古が終わると居酒屋へ。
null
勿論、僕は飲まない。車だもんね。緑茶で腹ガボガボ。最近飲みすぎだから、まあいいんじゃないのと言い聞かせている。

そのうち、東日本大震災から36日目になった。それなに、みんな帰らない。どうやら小生の車をアテにしているらしい。でもそんなに乗れないよ。どうすんだよ。

登戸駅前にて。
null
なんか、おかしくねえか……。
NewFaceはゼロ。


東日本大震災から35日目……

他人様の呟きをふたつ、リツイートとやらをしてみた。
一つ目は平良夏芽という沖縄名護市の牧師さんの呟き……。
「沖縄県民へ。沖縄県が被災者受け入れをしていることを誇りに思います。しかし、受け入れにはパソコンでプリントアウトした指定の書式による被災証明が必要だそうで、現地から県の担当者に電気がない状況を説明してもラチがあかなかったそうです。何とかするように県に働きかけましょう!」
※平良氏の呟きには結構びっくりさせられるのだが、情報源が不明。一度質問したが返事がなかった。というわけでほとんどリツイートすることはない。

二つ目は佐々木俊尚氏の呟き ……。
「これが川崎市民の多数の声ではないと思いたい。しかし2ちゃんのコメントも酷い。/痛いニュース:福島ごみ『受け入れるな』川崎市に苦情2000件超 http://t.co/1vFWTED 」

【そして呟いたこと】
10:22
沖縄のことといい川崎のことといい、やっぱり複雑な問題をバッサリ呟くと碌なことがないみたいだ、とバッサリ。


ツイッターで呟いたことについてブログで解説するなんて気が引けるが、要するにさ、沖縄の「被災証明」についても、そうせざるを得ない事情があったのかもしれないし、放射能を浴びた廃棄物処理の問題は、単純なボランティア精神ではどうにもならない。もちろん放射能を浴びた廃棄物を簡単に移送するなんてこと普通ならありえないのだが、普通じゃない今、そのことを心配して苦情を発した川崎の「市民」もきっといたのだろうし、そうした「市民」と、ただ身勝手に被災地の廃棄物を受け入れのはイヤみたいなどうしようもない「市民」とを一緒くたにして批判する者は、「どうしようもない川崎市民」と五十歩百歩だと言いたかったのだ。
…こんな解説、お呼びでないよね。

NHKの若者たちが、今晩は琉球舞踊教室を取材するらしい。つまり、昨日も今日も彼らの目当ては、M.A.P.の沖縄関連事業を統括する僕ではないということ。
「お呼びでない」

というわけで、僕は川崎の市民劇の稽古に出掛けるのであった。
川崎市の役者たちは、一見、放射能なんて全く気にしていないように見えるが……


4月13日水曜日: NHKの若者たち

《4月13日(水)-2》
東日本大震災から34日目の夜……
夜は喜多見で沖縄語を話す会(ゆんたくの会)である。

NHKの研修センターから、新人たちが取材に来た。
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その後、“中む食堂”へ。
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いろいろお話したいことあり、これもまた後日。


《4月13日(水)-1》
東日本大震災から34日目……
あのLa-Portが、こうなっていた……
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3月の初めに串かんで聞いた話は本当だったのか。
この3軒長屋が取り壊しのため、3月いっぱいで立ち退きになるというハナシ。
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しかしもう4月13日だ。なぜLa-Portだけが?
ちょうどお昼時、そこで、聞けば何か分かるかもしれないと、はじめて更科さんに入ってみることにした。
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要するに、大家さんとなかなか折り合いがつかないということらしい。どうやらしばらくは、このお店も、お隣の“串かん”も、このまま営業が続くような感じであった。
でも、じゃあ何故La-Portだけが?その疑問が消えたわけじゃない。しかし、そこまで立ち入ったことは聞けなかった。

こんなこと、いちいちもったいぶって追いかけるようなハナシではないのだ。でもね、今度の大震災が、様々な変化をこれから我々にもたらすような気がして、La-Portのことが、なんだかその前触れのような気がして、だからとっても気に掛かっているのである。

ムッシュとマンマ、どこへ行っちゃったのさ……

動機は何であれ、喜多見情報を発信するM.A.P.after5情報である。このお店の紹介もしなければならない。
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ただ、少し先を急いでいるので、それは後日。

別の話題もその時に。
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[subcate.喜多見駅周辺]


【この日の夕方呟いたこと】
17:02
これって、安心?不安?→【放射能漏れ】枝野氏、原子炉爆発でも「現在の避難区域でよい」(MSN産経ニュース)



4月13日水曜日: 心優しき格闘家


【11日の夜に呟いたこと】
22:51
どんなに悪い話でも、正確な情報が精神を安定させる。根掘り葉掘り医者に問いただしたガン経験者である僕が言うのだから間違いない。菅直人よ、信じろ。これを見ると、何故か心が落ち着く不思議。

 ⇒京都大学原子炉実験所、小出裕章氏に聞く

《4月12日(火)~13日(水)》
東日本大震災から33日目……
この日も夜は山猫合奏団の練習。
昨日いらしたK-pressの安永さん、練習風景が見たいということで、今日も事務所にいらした。そのうち記事にしてくださるだろう。

終わればぐったり。それでも腹は減る。
“中む食堂”へ食事をしに行った。
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この日もエリアくんが飲んでいました。
エリアくんは総合格闘家。あの地震があって、十年何ぶりに喘息が出たそうだ。格闘家と喘息のミスマッチは喘息の勝ち?
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エリアくん、ブログ用画像撮影に御協力ありがとうございました。
でも冗談じゃないんです。あの地震以来、体に変調をきたしていたり、筋肉が硬くなっている選手も多いらしい。意外に格闘家って繊細なのかもしれません。

ついでに元俳優のオーナー中村くんも咳する演技。
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なんだかなあ、咳というよりクシャミする寸前みたいだ。
ところで中村くん、結局格闘技は引退したそうです。
「そういうことになっちゃいました」

つまり、とりあえずこれからはこのお店一本で頑張るってことかなあ……

気がつけばもう13日の午前1時過ぎ。
東日本大震災から34日目になった……

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《4月11日(月)》
東日本大震災から32日目……

【この日の朝に呟いたこと】
7:31
「春、駿河台方向から聞こえてくるシュプレヒコールの中……」35年前? つかこうへいの「飛竜伝」を思い出してなぜか涙する。なぜか…… 昨日の高円寺・反原発デモ


10:04……
智内さんからメールが来た。
「昨日の高円寺は燃えていました」
添付ファイルが付いていた。一秒足らずの動画。きっと智内さん、よっぽど興奮してたんだな。静止画でよかったのに、間違えて動画で撮ったんだ。
僕は時代に遅れてきたけれど、智内さんはリアルタイムだもんな。

マスコミでは全く報道されなかったデモ。高円寺の人たちは迷惑していたというような意見もネットでは数多くあるけれど、そういう人たちは、例えば僕が、つかこうへいの「飛竜伝」に涙する理由なんて理解してくれないんだろうな。
今、youTubeで「高円寺」と検索すれば、昨日のデモの動画がたくさん出てくる。でも僕は、智内さんから送られてきた動画が愛おしい。だからPCで再生して、デジカメで撮ってみた。
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事務所にK-pressの安永さんが山猫合奏団の取材に来られた。
安永さんから、今、市民劇で御一緒させていただいている劇団民藝の今野鶏三さんのお話を伺った。そのことは、また後日書く。

娘の京都のお土産。
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同志社は、最後まで(そして今も?)学生運動の雰囲気を色濃く残していた(いる?)大学である。

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《4月10日(日)》
日曜日は昼間から市民劇の稽古なのである。

春眠暁をおぼえず……
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稽古のことは後日書くとして……

今回の出演者全員を稽古後の居酒屋だけで御紹介し尽くそうというのが当初の目論見であったが、2月24日以来計画は停滞している。そろそろ初志貫徹の見通しが怪しくなってきた。
そこで、本日からはボチボチシラフの方々にも御登場いただこうということにした。

まず、暁をおぼえてないのが演出のふじたあさや氏である。決して酔って寝ておいでになるわけではない。

稽古場の外で。
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右の福留千惠さんはすでに御紹介済み。
左の女性がNewFaseの長門綾子さん。綾子(こちらは役名です、あやこしい、じゃない、ややこしい)の妹、後に畠山重忠の妻となる時子役。彼女も中西和久さんが主宰する京楽座の女優さんである。お子さんがお生まれになったばかり(体系維持は大変、でもそれが女優の仕事、え?いえ福留ちゃんと較べてるわけではありません。たまたま並んでる位置がいけないんです)なので、なかなか飲み会にはいらっしゃれない。

さて、今日はこの後、京楽座でお花見があるとのこと、お誘いを受けたので、帰り際、ちょっと寄らせていただくことにした。

いいところに稽古場があるなあ。羨ましい限り。
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そうなんだよなあ、春なんだよなあ。
どうかしらん、恋する乙女って感じ……
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神野美奈実さんでした。
みなみちゃん、年いくつ?

市民劇のメンバーも結構参加。
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では、役名紹介の続き。
右奥で、いまにもイチゴを頬張らんとしていらっしゃるのが島貫晶子さん。島貫さんの役は里の女はな。おいくつかは存じ上げません。右端で演出助手の丸尾氏に詰まらなそうな感じでビールを注ごうとしているのが橋田芽衣子さん、主人公重成の娘、嘉子だよん。こんな画像じゃ可哀相だね。
というわけで……
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タクジ、邪魔だな。
では……
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本日のNewFaceはあさやさんと芽衣ちゃんの2名。累計で29名となった。役名+スタッフ紹介は18+2名。

芝居の世界って、実に理不尽な世界なのである。ここに平等なんてものは存在しない。もし娘が女優になりたいなんて言ったら、僕は徹頭徹尾反対する。

そんな世界で生きてきた人たち。
この師弟は、かなり全うな部類です。
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だいたい二人とも酒飲まないもんなあ。

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4月10日日曜日: ふと呟いたこと

東日本大震災から31日目……

【眠る前にふと呟いたこと】
2:03
沖縄のことを呟くために始めたtwitterなのに……



それからブログに「忙し忙し……(とりあえずの御報告)」と題して、ひとつ記事を書いた。
(※最近M.A.P.after5は殆ど全ての記事が半月遅れ、さらにそれも暫定記事という体たらく。この日だけ、リアルタイムで書いてみたのだ。)

このところブログのアップが滞っていますが、原発で参っているわけでも海外へ非難したわけでもありません。ともかく忙しいのです。

たとえば8日は朝から八王子で山猫合奏団の合わせ、午後は府中で琵琶の稽古、夜は下北沢で智内さんと会う、そして9日、朝に市民劇のシンポジウムでちょっと琵琶を披露して、午後は山猫合奏団の試演会、夜は市民劇の稽古、そのあとちょっと芝居のハナシ。

その上今月は会社の決算月。宇夫方女史は8日から沖縄出張中。

勿論、そのうち全部きっちりブログに書きます。いつになることやら、ですが……

その替わり、最近時々ツイッターで呟いています。よろしかったらフォローなどしてくださいませ。


そうして寝床に潜った……zzz


4月10日日曜日: いっそがしいんだもん

《4月9日(土)~10(日)》
東日本大震災から30日目……
朝。京王線稲田堤駅と南武線の稲田堤駅の真ん中くらいにある菅会館。
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そこで市民劇のシンポジウムがあった。
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その後、山猫合奏団の試演会。


夜は市民劇の稽古。

すべて後日執筆です。

だっていっそがしいんだもんさあ……

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4月 8日金曜日: 花を愛でる暇もなく……

《4月8日(金)-2》
午前中は山猫合奏団の練習。
たとえ新作でも、今までは数回の合わせで初演を迎えた。音楽家の乗りである。しかし今回は……
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楽譜にこんな書き込みをするのも初めてのこと。
そして明日は龍谷寺で試演会までやろうというのだから、いったいどうしちまったんだ、俺たちは。

午後は琵琶の3回目の稽古である。
田原順子先生の門仲天井ホールでのコンサートチケットの半券。
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その裏に、田原先生が認(したた)めてくださった蝉丸の和歌。
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前回の稽古のことを書いた後で、この記事も書く。

稽古を終えて、表に出ると……
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知らぬ間に、もう葉桜ではないか……

今年はゆっくり花を愛でる余裕もなく、ともかく忙しいのである。
いや、忙しいというのはどうもあたらない。所詮どれも公演に向けての準備である。普通の方々からみれば楽しんでいるとしか見えまい。どんなことがあろうとも、たとえ親が死のうとも、楽しむのが仕事なのだと言っても、なかなか理解してはもらえまい。先月の11日以来、僕自身そのことを疑っているのだから。
東日本大震災から28日目……

拝啓、リック・タナカ殿。
この夜も、智内さんと下北沢で会って飲みました。
智内さんお好みのリーズナブルな“今成”で。
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Yusukeが小生のカメラで寝てしまった小生を撮影したらしい。
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我ながら年取ったなあ……
たいして飲んではいない。ただ疲れているのである。しかし、飲み屋で寝たんじゃ、誰も同情なんかしてはくれない。

この記事、後日きちんと整える。


4月 8日金曜日: また朝呟いた……

東日本大震災から29日目……

【この日出掛ける前に呟いたこと】
8:39
安心したい人にとっては、とってもいい記事です。

「放射能汚染を巡る日本人の誤解と政府の説明責任」チェルノブイリの惨状を知るロバート・ゲイル博士に聞く

8:50
バランスばかり考えて呟いている。能天気にテンションの上がっている人を見ると、原発の最悪のシナリオとやらを伝え、不安顔が見えると、安心を説明してくれる信頼置けそうなサイトを紹介したりする。俺らしくねえなあ。どうやらバランス取りたがっているのは僕自身の精神らしい。

8:57
Mもんた氏がこの時期に盛り場で遊んでいたって何の問題もないと思うが、昼テレビで偉そうにコメントするMもんたが、なぜかますます嫌いになった。理屈じゃありません。あくまで個人的な感想です。と、こういうことは呟いてはいけません。取り消しなさい。はい!


これから今日も忙しい……


4月 7日木曜日: 父は首を垂れている

《4月7日(木)》
東日本大震災から28日目……

【この日呟いたこと】
11:23
10日ほど前、息子に謝った。「ごめんな、こんな国をお前たちに背負わせてしまって」と。息子は「なんでそんなこと、言うんだよ」と答えた。もうお前には言わないさ。でも心の中で、全ての子供たちに向けて、父は首を垂れているのだ。


そして山猫合奏団の練習。

夜。
宇夫方女史は琉球舞踊教室の日。
 ⇒琉球舞踊専用ブログ

小生は川崎市民劇の稽古。
後日、憶えていれば追記する。



【この日こんなことを呟いた】
1:59
東北高校のキャプテン、野球をやるという気持ちに切り替わりましたかという記者の質問に、「生きているのかわからない人たちが故郷にいるのに、切り替わるのは間違いだと思います」と答えた。


それがmixiに飛んでいった。

それにある方がコメントを付けてくださった。
「その記者さん質問の仕方間違えていますね」

僕は次のように答えた。
「芝居とか音楽とか、気持ちを切り替えてステージに立たないと、きっと怒る演劇関係者や音楽家がいそうです。お客様にも失礼だと。でも、僕は今の気分を切り替えることなく、この思いを抱えたまま表現しようと思っています。それが僕にとって正直なやり方だと信じているのです。」


4月 6日水曜日: 琵琶と三線の稽古

《4月6日(水)》
東日本大震災から27日目……
昼から、2回目の琵琶の稽古。
僕のパートナー。
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夜は事務所で三線の稽古。
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 ⇒この日の三線教室の専用ブログ

そして“酒菜”へ。

すべて後日書く。


4月 5日火曜日: サンタマリア……

東日本大震災から26日目の夜……
本日も夜は山猫合奏団の練習。
新作“オツベルと象”。
 ⇒公演案内

白石准は、練習の度に、大量に楽譜を差し替える。
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もう大変。

決算月なのに。
市民劇もあるのに。
琵琶も練習しなければいけないのに。

「いろいろなことが津波のように押し寄せて」
しかし、3月11日以来、この慣用句は使いずらくなった。

桑田佳祐の“TSUNAMI”も、ネットで騒がしい。

もう何年も前、上田正樹がライブのトークで、 “TSUNAMI”を歌う桑田佳祐を、とてもひどく批判をしているのを、BSのテレビか何かで観たおぼえがある。僕は特に桑田佳祐のファンでもなんでもないが、その時から上田正樹が嫌いになった。こんなことはブログで言うような話ではない。しかし、今だから敢えて言おうと思った。

しかし、プロデューサーとして、今度のしんゆり芸術祭で“オツベルと象”を上演することについて、考えるところがないわけではない。

さあ、もうみんな、嵐のように林の中をなきぬけて、グララアガア、グララアガア、野原の方へとんで行く。どいつもみんなきちがいだ。小さな木などは根こぎになり、藪や何かもめちゃめちゃだ。グワアグワア、グワアグワア、花火みたいに野原の中へ飛び出した。それから、何の、走って、走って、とうとう向うの青くかすんだ野原のはてに、オツベルの邸の黄いろな屋根を見つけると、象はいちどに噴火した。

その時はちょうど一時半、オツベルは皮の寝台の上でひるねのさかりで、烏の夢を見ていたもんだ。あまり大きな音なので、オツベルの家の百姓どもが、門から少し外へ出て、小手をかざして向うを見た。林のような象だろう。汽車より早くやってくる。さあ、まるっきり、血の気も失せてかけ込んで、「旦那あ、象です。押し寄せやした。旦那あ、象です。」と声をかぎりに叫んだもんだ。

間もなく地面はぐらぐらとゆられ、そこらはばしゃばしゃくらくなり、象はやしきをとりまいた。

そのうち、象の片脚が、塀からこっちへはみ出した。それからも一つはみ出した。五匹の象が一ぺんに、塀からどっと落ちて来た。オツベルはケースを握ったまま、もうくしゃくしゃに潰れていた。早くも門があいていて、グララアガア、グララアガア、象がどしどしなだれ込む。「牢はどこだ。」みんなは小屋に押し寄せる。丸太なんぞは、マッチのようにへし折られ、あの白象は大へん瘠せて小屋を出た。「まあ、よかったねやせたねえ。」みんなはしずかにそばにより、鎖と銅をはずしてやった。


これ以上、僕は何を申し上げることもない。ただ、決して能天気でいるわけではないということだけはお伝えしておきたいと思っている。

そして……

グララアガア、グララアガア、その恐ろしいさわぎの中から、
「今助けるから安心しろよ。」やさしい声もきこえてくる。


僕は今回の公演で、ひとりひそかに被災地の方々を思って祈ろうと思っているのである。
たとえ、他のメンバーがどう思おうとも。

サンタマリア


4月 5日火曜日: 東電の下請け作業員

東日本大震災から26日目……

地震以来、当ブログへのアクセス数が半分になった。東北地方からのアクセスは、ほとんどなくなった。

地震の前、僕は原発の記事を二つほどアップしていた。
 ⇒《電力中央研究所の中に原子炉がある(?)という噂》(1/15)
 ⇒《日立と旧武蔵工大にあった原子炉のこと》(2/3)
これらの記事を、いったいどのくらいの方が読んでくださったのだろう。被災された方々の中にも、もしかしたらお読みくださった方がいるのかもしれない。今読み返してみれば、なんともぼんやりした記事である。僕はいったい、どうしちまっていたんだろう。
2/3の「日立と旧武蔵工大~」の記事では、僕は原発で働く下請け作業員のハナシを、ひとつの「都市伝説」であるかのように紹介したのだ。真実に違いないと思っていたにもかかわらずである。「都市伝説」なんて言葉を使ってしてしまえば、きっと誰も耳を貸さない。僕は、いったい何に拘っていたのか。

また日高さんからメールが届いた。

山谷の食堂が閉鎖される前(閉鎖は1996年3月で私は93年1月から専従していました)のことです。福島原発の老朽炉をリニューアルする作業に従事して、放射能被曝で体調を崩して怖くなり飯場から逃げ出してきた日雇い労働者の話を聞く集会がありました。そこで驚くべき非人間的な労働現場の実体を知りました。
原発の燃料棒を抜きとった原子炉隔壁容器の中に、彼ら日本のホームレス労働者100人と、アメリカから黒人のホームレス労働者100人を、10~15人ずつ3分交代で入れて、原子炉内部の壁に分厚くこびりついたカス状の放射能酸化物を雑巾で拭き取らせるという話でした。
アメリカではロボットにさせる作業だが、コストを減らす目的から、身寄りがなく、誰からも文句を言われる恐れがなく、使い捨てにできる日米のホームレスを、簡単な短時間の仕事で高額報酬を払うという約束でかき集め、福島原発をはじめとする各地の過酷な環境現場で働かせていたという話。
手配師は暴力団系で、「60歳以下で住所不定の、家族との関係が切れて友人知人もいない孤立したホームレス」という条件で人を集め、飯場では逃げないように、監視役の暴力団員が大勢事務所にたむろしていたらしい。彼らには毎日現金が支払われたが、食費、宿泊費、入浴費、洗濯などの費用を徴収され、手元にはタバコ銭ほどしか残らなかったというのです。
原子炉容器は、隠語で「シュラウド」と言われていたそうです。調べてみると「シュラウド」とは「死装束」や「京帷子」を意味する"shroud” だと分かりました。
福島原発の原子炉の製造元はアメリカのジェネラルエレクトリック社(GE)ですが、GEから始まった俗称を東電もそのまま使ったのでしょう。使い捨て人夫としてかき集められた日米のホームレスたちは、放射能被曝で遠からず死ぬ運命にさらされたわけで、彼らは生きたまま京帷子(原子炉)を着せられたのです。
私の記憶ですと、福島原発から始めて、その後全国の他の原発でもホームレスを動員して同じ作業をする予定だと聞いたように思います。


日高さんの話について、僕は原発の作業現場など実際に見たわけでもないので、真偽はまったくわからないと申し上げるしかない。
日高さんは沖縄語を話す会のメンバーで、とても穏やかな紳士である。でも、時々広瀬隆氏の資料などを持ってきて配ったりする。山谷で行われた集会も、藤田祐幸氏のキャンペーンだったようだ。広瀬氏も藤田氏も、「~のデマ」とネット検索すれば、彼等を詐欺師だと断じるような記事がたくさんヒットする。
日高さんが嘘を言うとは考えられない。しかし、藤田祐幸氏がやらせのイベントをやった、あるいは話をした作業員が何らかの理由で嘘を語っていたという可能性をまったく否定できるものでもない。だから、後はどうかご自分で判断していただきたい。

ああ、僕はまだ何かに拘っている。

朝日新聞の、3月26日の記事。
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それは、次のように結ばれている。
「東電は今後、放射線量が高く変化する可能性がある場所で作業する場合、事前に放射線管理計画を提出させた上で、社員が作業員に同行する。」
この記事を注意深く読めば、東電という会社が、かつてそんなとんでもないことをやっていたとしても、ちっとも不思議ではないと感じる。

それから3月29日の記事では、作業員の話がいくつか紹介されている。
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「給料は日給制で、1日1万数千円。『俺らは東電から仕事を受注した元請け企業から仕事をもらう立場。今回の状況であいつらは来なかったと思われたら、その後の仕事はどうなると思う?』」
「東電の孫請け会社に勤める、第一原発の近くで生まれ育った40代男性は、避難所で会社からの呼び出しを待つ。『ここは原発以外に働くところがないから』」


2/3日のコメントで紹介した動画を、あらためてここに貼り付けてみることにする。
“隠された被曝労働~日本の原発労働者~”
1995年、イギリスで放映されてTV番組である。

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東日本大震災から25日目……

【この日呟いたこと】

12:28
沖縄でも飛んでくる放射能を気にするがいるんだなあ。最悪の事態になった場合に避難しなければならなくなる範囲ってどこなんだ、と、あらためて聞きたくなる。

12:36
福島の電波送信所がダメで、東日本では電波時計が自動補正しなくなったとうちの会社の者が言っていた。因みに僕、中学生2年生から腕時計は一度たりともしていない。ネクタイは2年に一回くらい締めるけれど。


あーあ、どうでもいいこと、呟いちまったなあ……

決算月だというのに、帳簿に手がつかないのです。
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「社長」としては失格だよな。

そして、夜は事務所にて、山猫合奏団の練習です。


4月 3日日曜日: 寝る前に呟いたこと

東日本大震災から24日目の夜……

【寝る前に呟いたこと】

22:53
土嚢の次は、おが屑と新聞紙かい!

23:20
人間に対する放射能の影響はよく分からないことが多い。ただ免疫力が強ければ放射能に対する耐性も強いということは間違いないらしい。冷静に情報を分析し、たとえばどうなったら避難すると決めて準備をし、そうなるまでは何事も楽しみ、笑って過ごし、免疫力を高めるのが一番、と、僕は決めました。

※もうまったくなんにもしていないmixiだが、ツイッターで呟いたことがmixiのほうにも飛ぶように設定してあったらしく、東京奏楽舎の桃原くんが「いいね!」だってさ。

免疫力を高めるには6時間の睡眠が必要だって僕の主治医が言っていた。だから、もう寝ようっと。


4月 3日日曜日: 稽古と本番と練習と

《4月3日(日)-2》
東日本大震災から24日目……

まずは本日の鴨川の画像から。

朝は納豆だったらしい。
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米軍から借りたという旧式のガイガーカウンター。
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温泉につかるリック・タナカ氏
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こらリック、隠すところが違うだろう。

あーあ、行きたかったなあ。
僕が鴨川に行けなかった理由はみっつ。

ひとつ。
川崎絵都夫氏が稽古場に来る日だったから。
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絵都夫さんと琵琶に関することを相談して、僕は早引け。

なぜなら、それがふたつめ。
この後、チャリティーコンサートだったから。
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また新しき出会い。
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みっつ。
事務所に帰って5月1日のしんゆり公演のための練習。
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すべて後日報告します。


東日本大震災から24日目に入った……

【その時に呟いたこと】
0:51
ニコニコ生放送で東京電力記者会見を見ています。親と社長の責任。

 ⇒“ニコニコ動画”のトップページ

“ニコニコ動画”なんて、僕とは無縁のオタクたちだけの世界だと思っていた。しかし大震災以来、記者会見の一部始終をリアルタイムに配信する“ニコニコ生放送”なるものが、僕の重要な情報獲得ソースになりつつある。番組情報はツイッターで知る。
ノーカットであることが極めて重要なのだ。新聞記事やテレビのニュースには靄が懸かっている。編集すれば真実は歪む。
今回、比較的NHKは頑張っているが、中継しても途中までというのが気に入らない。民法にいたっては「嘘」である。


《4月2日(土)-5》
東日本大震災から23日目の千葉県鴨川……
※4月4日に、鈴木雄介からこの日(4月2日)の画像が届いた……

千葉県の鴨川に、自然王国というところがある。
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4月2日は鴨川自然王国での花見の開催日。

前から智内さんに誘われていた。だから本当はボクもとっても行きたかったのだが、どうしてもスケジュールが合わなかった。残念至極である。
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いろいろ考えるところあり、記事は後日ゆっくり書くとして、本日は送られてきた画像に付けられていた鈴木雄介のコメントをひとつコピペしておくか……

「加藤登紀子さんはものすごく元気な方で、昼前からビールをガンガン呑んで、しゃべって、餅つきをして、夕方突然『山登りに行く人この指とまれ!』と宣言するや手を使わないと登れないような秘密の場所に連れて行ってくれました。」
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お登紀さんの記事は二つ目ですな。
 ⇒加藤登紀子さんの一個目の記事

ははん、夜も飲んだわけね……
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重ね重ね、行けなかったのは残念である。

 ⇒明日の鴨川へ……


4月 2日土曜日: 自粛は御勘弁です

《4月2日(土)-4》
東日本大震災から23日目の喜多見の夜……
うぶかたです。自分の稽古が終わって事務所に戻って仕事です。
林香さんもいます。今日は、はるのちゃんも一緒です。
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近頃、お子さまの顔をインターネットに載せるなんて絶対ダメという親御さんが多くなりましたけれど、M.A.P.は大丈夫。これだけたくさんの仲間が顔を出しているブログ、その中にはそれなりに有名な方や強い方々もたくさん、そこでなにか良からぬことを考える人なんて、きっといません。

今日はお兄ちゃんたちも一緒。
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「この顔は明らかにあのオヤジの子供だな」と高山正樹氏は言います。はるのちゃんたちのお父さんは照明さんです。舞台監督もやります。
舞台のスタッフ業界も、今度の震災で大変です。中止、中止、キャンセル、キャンセル。被災地での公演や停電や余震なら仕方ないけど、「こんな時にそんなことを」みたいな自粛を迫る御節介な圧力だけはどうか御勘弁。

「ボクたちだって生きていかなきゃならないんだぜい」

子供たちのために、がんばって働く母です。
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仕事を終えて、所ジョージさんお薦めのお店“錦菜館”に、両親と食事に行きました。
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今月は、私と義母の誕生月だから、お祝いしたのです。自粛、しなくてもいいですよねえ。
(宇夫方路)
※撮影の画像をネタに高山正樹が記事を捏造しました。
この次の記事へ


《4月2日(土)-3》
東日本大震災から23日目の夜……
市民劇の稽古。
稽古場には車で行った。

取材が来ていた。逆取材。
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「あら、隠し撮りですね」

稽古場のことは、またあらためて書く

一時間ほど稽古して、僕は車を置いて横浜に向かった。

東口そごうの9階にあるよみうり文化センター。いわゆるカルチャーセンターである。
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ここで、田原順子さんが琵琶を教えていらっしゃるのである。
 ⇒読売・日本テレビ文化センター「琵琶をひいてみよう」の案内ページ

ここに常備されている琵琶の中のひとつをお借りできることになった。その琵琶を受け取りにきたのである。
「琵琶の扱いで、どんなことに気をつければいいですか」
「楽器の嫌がることをしないこと」

宣伝しましょう、ということで練習風景を撮影。
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「だめよ、カメラ目線じゃあ」
ということでもう一枚。
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「わたしは後ろ姿でいいからね」

田原さんはココ横浜の他、荻窪、新宿、八王子でも教えていらっしゃる。
詳しくは田原順子さんのサイトにて。
 ⇒http://naks.biz/biwa-jun/…

そして僕は、お借りした琵琶を胸に抱いて、再度、稽古場に戻った。これから市民劇の稽古場には、毎回車で通うことになりそうだ。僕は、琵琶のアッシー君になる。


4月 2日土曜日: ちちんぷいぷい

東日本大震災から23日目の昼下がり……
呟いていただけなのに腹が減った。

午後4時。だいぶ遅くなったが、昼飯を求めて事務所を出た。だが、何が食べたいのか、よく分からない。
3月14日には閉店していた喜多見駅前のサミットも、だいぶ前から営業を再開している。
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海が汚染されているらしいから、今のうちかもと、寿司など食ってみることにした。
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半額のやつ。安いからじゃなくて、なるべく古いものを選んだのだ。その方が、放射能の影響を受けていないような気がして。こういう選択って、我ながらどうかしていると思う。単なる「おまじない」だな。

PCに「おまじない」と打って変換したら「お呪い」と出た。そうだよな、「呪術」だもんね。しかし「呪い(のろい)」と同じ字なんだとあらためて思ったら、なんだか不思議な感じがしてきた。

「ちちんぷいぷい、いたいのいたいの、とんでいけー。ほら、これでもう大丈夫」

しかし、放射能は「直ち」の痛みがないから厄介だ。
ちちんぷいぷい、もしかすると、呪われていたのかもしれない。「ゼロリスク幻想」という母性愛の呪縛。

「こんな時に寿司ですか」
「大丈夫に決まっているだろう」

単純な男は、自分が乳離れした大人であることを鼓舞するために、「直ちに健康に影響の出ない」海産物などを敢えて食べて見せて、心配性の母親を宥めてみたりするのである。

M.A.P.の影のボス(母?)である宇夫方女史は、「直ち」以外のことに対してはいたって無頓着で、「風評被害」などとは一切関係無し、放射能交じりの雨も福島産の野菜もまったく恐れない「正しき人」である。この日は自分の琉球舞踊の稽古があって、昼間は事務所にいなかった。
※宇夫方女史自身の琉球舞踊の稽古については、ブログに殆ど書かない。琉球舞踊専用ブログも同様。面倒くさいという理由だけ。

タイムキーパー不在、というわけで、5時半、おっともうこんな時間だ、と、僕はあせって「直ちに」事務所を出た。


東日本大震災から23日目……

【この日呟いたこと】

11:17
八百長相撲と福島原発の記者会見。妙に重なる。「八百長なんかやってない」と「嘘は言ってない」。もし「八百長やって何が悪い」「嘘も言わねばならぬ時がある」って本音を言ったら、いったいどうなるんだろう。

12:05
例えば首都圏で今放射能を浴びている人の30%が10年後死ぬというのが真実だとして、それを知り、かつ日本を動かせる立場にいる人間はいったいどういう選択をするだろう。真実を公表すれば日本国は機能を失う。安全だと言い続ければ細胞(人間)を入れ替えながらも日本という「入れ物」は生き続ける。続く……

12:25
つまり、東電や政府や保安院の発表には明らかな隠蔽がたくさんあるのに、能天気に暮らしている人々を見ていると、そういうことがあってもおかしくはないと思ってしまう。できれば嫌なことは忘れていたいという人間の性を知り尽くしているからこそ言える大本営の見え透いた嘘。

12:53
池田信夫氏が「地震で分譲マンションがパーになるリスクは大きい。だから私は賃貸」と呟いていたので、「原発と自分の家選びと言ってること逆じゃないか」と素朴に疑問を返信したら、途端にブロックされ今までのリツイートも全て消え去った。呆れている。

14:09
原発に関して二項対立の概念を持ち出すことに違和感がある。一見、推進か反対かという単純な二者択一的思考を止揚しているように見えるが、根源的な哲学が不在。池田信夫はただの経済学を振りかざして人々を傲慢に見下しているが、人間はもっと高度な概念によって生きていると僕は信じている。



腎臓ガンの再発防止の定期健診、レントゲンのことについて書いた記事を、どうかお読みください。
 ⇒http://lince.jp/hito/koukai…(キーワードは「後悔しないこと」)

» 続きを読む

東日本大震災から22日目……
三線教室の上地さんがメールで教えてくれたこの日の新聞記事。
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写真に付されたコメントは……
「避難所で、三線の音に合わせて郷土の歌を披露する沖縄からきた自衛隊員たち(31日、宮城県南三陸町の県立志津川高校で)」とある。
たった、それだけの記事。

でも、この写真に写っている人たち、あんまりウチナーンチュぽくないんだよなあ。いったいどういう人たちなんだろう。なんで三線なんか持ってたんだろう。どうして三線弾いてる人まで歌詞カード見てるんだろう。
読売新聞か……

twitpicで、もっと鮮明な画像が見られますけど。
 ⇒http://twitpic.com/4gwbu6

産経ニュースのサイトでも、トリミング範囲が違うだけの全く同じ写真が使われていた。それによると、演奏したのは給水活動などに当たる陸上自衛隊第15旅団(那覇市)の隊員約35人で、「子どもたちに聞かせたいと隊員が三線を取り寄せたのがきっかけ」なんだってさ。

なんだかモヤモヤしている僕……

「自衛隊が嫌いなの?」
「いや、そういうことじゃなくて、なんかこのニュースの作られ方、胡散臭くない?」
「さあ、どういうこと?」
「わからないけど、なんだかさ、すべての情報が信じられないわけよ」
「体に悪そう……」
(※こんな会話、誰ともしていません。4月1日の、僕の捏造です。)


《3月31日(木)~4月1日(金)》
M.A.P.琉球舞踊教室を終えてコンケン・アイへ……
実はコンケン・アイ、ちょっとお休みしていたようで。
一度、いつもの通り「今から行きたいんだけど」と宇夫方女史がオヤジさんに電話をしたことがありました。
「やってないんだよだって」
「どうして」
「知らない」
「聞かなかったわけ」
こういう時の宇夫方女史はけっこう淡白なのです。コンケン・アイは、本業を別に持っているオヤジさんの言ってみれば道楽。もしかしたら震災で気分が乗らず、店を閉めてしまうのかなと、そんなふうに僕は勝手に想像していたのです。ちょっと残念だけれど、それも致し方ないこと。

でも、コンケン・アイは健在でした。
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ホタルイカ。
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豪勢にアワビ。
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アワビの肝なんて、たぶんココでなきゃ食べないな。
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この先ずっと、魚、食べられるのかな。
それにしてもです。僕の撮影する画像ですが、どこかまだくすんでいるのです。
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おっかしいなあ……

東北地方太平洋沖地震発生から22日目へ……
まもなく午前1時。4月になりました。株式会社M.A.P.の決算月です。

※この日(3月31日)をもって喜多見駅前の“La-port”が閉店になったということを、後になって聞きました。知っていればコンケン・アイで腹ごしらえをした後にでも顔を出したのに……
実はそんな噂を聞いてはいたのです。
 ⇒“串かん”で聞いた立ち退きのハナシ
ハナシは今度の地震より前から持ち上がっていたこと、またあの揺れに建物はちゃんと耐えたわけで、La-port閉店は地震とは無関係です。でもLa-portが終わるかもしれないということを僕らが忘れてしまっていたのは、間違いなく地震の所為に違いありません。
(4月19日に追記)

※La-portのムッシュとマンマは、和泉多摩川で復活していました。まだ画像をアップしただけですが……
 ⇒6月13日の記事
(7月6日に追記)

[subcate.La_Port]


そのほかのちょっとおもしろいハナシは……
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もう少々お待ち下さいませ……



高山正樹 Masaki Takayama
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