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8月 2日火曜日: 辺野古2011(4)

《8月2日(火)-5》
「2006年のこと。一世帯当たり1億5千万円の一時金と年間200万円の補償金を国に要求する方針を決めたが、県内からも批判を受けて取り下げた」

公民館のロビーのガラス棚には、少年野球関連のトロフィーやら写真の額やらがたくさん並べられていた。
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沖縄の夕方は、いつまでも明るい。公民館の表では子供たちが素振りをしていた。
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山猫合奏団の公演を観た子供たちなのかどうか、数人の大人が付き添って指導していた。

今に始まったことではないのかもしれない。あるいは、沖縄ばかりではないのかもしれないから、どうか聞き流していただきたい。僕になんやかやと語る資格はない。
いつだったか、沖縄の方からこんなことを伺ったことがある。今、沖縄では子供に野球やサッカーをやらせることがとても流行っている。日曜や祭日の全てを、子供のスポーツの練習に付き合ったり、試合を観に行くことに費やす。子供のスポーツだけが生き甲斐というような親が増えているのだという。はっきりと口には出さないが、子供をプロ野球やプロサッカーの選手にする、そんな密やかな夢だけに支えられた生活。そこにしか主体的な希望を持てなくなってしまった沖縄、と、その方は言った。

カミサンの実家でも、家族の話題の半分は、子供のサッカーのことである。たとえ僕が沖縄の基地のハナシをしだしても、かつてのように深まっていくことなく、いつしかまたサッカーのハナシに流れていくので、最近は始めから黙っている。三線を弾いてみたところで、子供たちはさほど興味を示さない。キジムナーでの公演があっても、子供のサッカーの試合があればそちらが優先される。

「何々」より「何」の方が上等だというようなことを言いたいわけではない。ただ、「何か」しか見えなくなることは如何なものかと思うのだ。親がそうなっては、幼い子供はもっと見えなくなるに違いない。
僕には、それが一時金と補償金を要求しておかしいとは思わない感覚と決して無関係には思えないのだと、そんなことを言ってみても、きっと誰も聞かない。聞かなくてよい。僕には語る資格がないのだから。

夜のための買出しへ。西海岸まで出なければ大きな店がない。でも、例のトンネルを通ればあっという間だ。
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1ドル=74円……
西の海は茜色の気配。
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宿は東海岸。さびしいはずの東海岸だが。
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東の海はまだまだ明るい。
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え、こんなところがこんなところに?そして、今晩はここに!
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ダメだ、このままだと何を書き出すか、自分でも抑えられそうにない。日を改めて書く、と決めた。
だからさ、はやいところ“社長とは呼ばないで”という捌け口を再開しなきゃ。


8月 2日火曜日: 辺野古2011(3)

《8月2日(火)-4》
僕らは座り込みはしていません。
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どういうこと? だからさ……
 ⇒辺野古2011(1)
僕らは音楽家と、それから、えーと、僕、何?
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明日の“どんぐり”のための合わせなのです。なんたって、久しぶりですから。今日の“ゴーシュ”は問題なし。お客さん次第ですけど。

近くの食堂へお昼を食べに行きました。
白石准ちゃんはヘチマの炒め物。
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水っぽくて独特の匂いがあって苦手だという人もいます。こういう時は必ずチャレンジする准ちゃんは「いいね!」(facebook風)

あくまで一般論として、僕が思っている個人的な意見なのですが、食べ慣れないものについては、最低3回くらい食べてみるまで、能書きは控えておくのがよろしい。

カツカレーライス。家庭料理っぽい工夫がされてます。
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つまり、家庭料理ってこと?
※「沖縄の家庭料理問題」については今までも時々書いてきました。
 ⇒沖縄の定番【那覇公設市場周辺】
 ⇒沖縄の家庭料理を出してもお金は取れない

沖縄へ来たんだから沖縄のもの食べなきゃっていうような沖縄フリークになってはいけません。何を食べようが自由です。

なんだか今日の僕はギスギスしてるなあ、なんでかなあ。

僕は“味噌汁”を頼みました。
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“味噌汁”というのは、沖縄の大衆食堂の定番メニューです。具沢山のお味噌汁にちょっとしたおかずと大盛りご飯がついてきます。他に“おかず”という定食メニューもあります。そんなことを知らずに、“おかず”と“味噌汁と“ごはん”を注文しようものなら、大皿のおかずと小さなおかずと、どんぶりの味噌汁と小さな御碗の味噌汁と、山盛り御飯が三つ出てきて大変なことになってしまいます。

さあ、腹ごしらえ完了。いよいよ本番です。まずはチェロの演奏から。
「はじまったよーん」
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「宇夫方さん録画中」
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 ⇒Official_Blogの記事

今回の公演は、宇夫方隆士氏の教会関係のお友達という繋がりで実現しました。そのお友達とは“児童養護施設なごみの園”の園長さんです。ある事情で親と一緒に暮らすことの出来ない子供たちの施設。今日のお客さんは、そこの子供たちと、近隣のお年寄りだと伺いました。そのほかにも近所の子供たちが来ていたのかどうか、なぜだか聞けませんでした。

終演後、ピザをご馳走になりました。
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でもお昼が遅かったので、けっこうお腹いっぱいなのです。それにこのピザ、米軍基地内の店のものです。基地に入ることのできるパスを持っている方に買ってきていただいたということで、デカイのです。うっぷ…
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米軍基地へのパスは、このあたりの方はけっこう持っていらっしゃったのだとか。でも「色々あってから」簡単には発行されなくなったのだそうです。だからこのピザは、パスを持っているお友達に頼んで買ってきていただいたとのこと。しかし、いったいどういう方にパスを待つ許可が下りるのでしょうか。これも聞けなかった。ああ、思い切って色々なことを聞いてみればよかったと、ちょっと、いやとっても後悔しています。僕は本当の現実を知る機会を、自ら放棄してしまったのです。

「お前は、この問題に対して能書きを言う資格はない」
「ヘチマのことはウチナーグチで“ナーベーラー”と言います。色々な味付けで、今まで10回くらい食べたことがあります」
「で?」

ピザは半分ほど頂いて、残りは今晩のお酒のツマミにということで、お持ち帰りとなりました。

あれ、なんだか僕、頭がおかしくなったのかなあ。
早く、“社長とは呼ばないで”を再開したいと思っているのです。


8月 2日火曜日: 辺野古2011(2)

《8月2日(火)-3》
※去年の辺野古の記事を、是非お読みください。
 ⇒辺野古に行って考えたこと(2010/07/22)
そして今年……
開通した道。あえて言う。完成してしまった軍用道路。
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後日、必ず書く。


8月 2日火曜日: 辺野古2011(1)

《8月2日(火)-2》
今日の公演地、辺野古へ向かう。
特に珍しい光景でもないけれど……
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建設費数億円(9割が国の補助)の辺野古交流プラザ(辺野古公民館)。
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基地建設反対の座り込みをしている人たちは入場できないという噂を聞いた。あえて確かめることはしなかった。政治には関わらない、それはそれでいい。しかし、だとしたら基地反対の人の入場を許さないというあからさまな「政治」にこそNOというべきではないか。それを言うのも政治だというのか。僕は、グッと目を閉じた。
 ⇒http://www.janjanblog.com/archives…

辺野古の海を見に行くことにした。
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そうか、やっぱり辺野古の海は美しかったんだ、と、僕は孤独に思った。
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キャンプシュワブは岬の向こう側。滑走路の建設は岬の先に見える島の奥で計画されている。
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なんとかこの海の美しさを記録したくて……
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何回も何回もシャッターを押してみたのだが……
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左に見えるのが岬の先の島。右が大浦湾である。
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太陽と雲の具合で、刻々と海の色が変わっていく。
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辺野古の人たちの心も、海の色のように揺らいでいるのかどうか。

日が翳り、くすんでいく大浦湾。
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※大浦湾に関するyouTubeは著作権の関係で削除されていた。
 ⇒http://lince.jp/hito/kenmintaikai…

だいぶ画像が多くなってしまった。
記事を、分けることにしよう。


《8月2日(火)-1》
再び……
あの大震災から145日目……

7月30日の朝には気がつかなかったとんがり山を発見。
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ネットで調べてたぶんそうだろうというこの山の名前を見つけたのだが、万が一世界に向けて間違ってはいけない。
ただ、色々と調べていくうちに、500メートルにも満たない山々だが、沖縄の山を登るのは、かなり面白そうだということが分かった。

おはよう!
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出発。
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まず、明日の公演の打ち合わせのため、名護市民会館へ。
すると、とてつもなく美しい海が見えた。
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会館の方に伺うと、やはり今日はとりわけ美しいという。太陽の角度なのか、あるいは海の温度なのか、午後になるとくすんでしまうらしい。
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もろもろ詳細後日。


8月 2日火曜日: しばらくでした

※一連の2011年沖縄ツアーの記事は、東京に戻ってから少しずつ書いています。しかし、この日のこの記事だけは、8月2日の夜、大島くんのモバイルの電波を借りてリアルタイムに投稿したものです。後日、改稿するつもりで書いた記事ですが、この日の気分が、書き直してしまっては伝わらなくなるような気がして、そっくりそのまま残すことにしました。
東日本大震災から145日目……
五日ぶりくらいにPCを開きました。
なんだか、毎日のようにブログを更新していたのが遠い遠い昔のことのようです。
世界の出来事なんて全くわかりません。

一人の人間の営みとしては、これが正しい行き方だという気がします。
しかし、それは「フクシマ」を忘れることでもあるわけで。
はたして、それがいいことなのかどうか……

沖縄市でのキジムナーフェスタも終わりました。
あれやこれや、東京に戻ったら(戻らないわけにはいかないから)、また時間差ブログでご紹介することになるのでしょうが、それまでは白石准や大島純が沖縄からブログやツイッターで発信しているようなので、そちらの方をチェックしてください。なお楠定憲は、もちろん何にもしていません。

昨夜のお宿。
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今朝の名護の街です。
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そして、辺野古の会場に向かいます。
去年は、天気が悪くて、美しい海に出会うことができませんでした。
 ⇒去年辺野古で考えたこと

しかし、今日の辺野古の海は美しかった。この一年間、どうしても見たいと思っていた海の色です。デジカメと僕の腕なので、思うように写すことができないのだけれど。
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これで、100%この海を汚してはならないと思うことができるようになりました。もしかすると、「フクシマ」のことが影響しているのかもしれません。でも、それならそれでもかまわないと、僕は思っています。

取り急ぎのご報告でした。


高山正樹 Masaki Takayama
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