過去の投稿

あなたは現在 2011年8月 の投稿をご覧頂いています。
《8月28日(日)》
大震災から171日目……
今日、目に付いた雌花。
null
雄花が、まだひとつも咲いていないというのに。
null
僕には分からない不思議。でも、きっと意味のないことじゃない。

12時17分。今日の事務所の空間放射線量。
null
0.06μSv/h、特に変化なし。
鈴木雄介所有のガイガーカウンターと比較研究。
null
だんだん上昇傾向だけど、こんなのは誤差の範疇。おおよそ14CPMだから、えーと、0.00833をかけて0.12μSv/hか。まあ、だからどうだというほどの数値ではないが、我がDoseRAE2の2倍とは。さて、いったいこの違いはなんなのだろう。不正確な機種同士の誤差なのか。
DoseRAE2はα線やβ線を検知しない。もしかすると、GM-10が拾ったα線やβ線が高い表示の原因なのだろうか。α線やβ線は外部被曝としては無視して構わないが、それなら0.00833をかけてシーベルトに換算する数式を、α線やβ線が存在する状況で使うことは間違いだということになる。あるいは、α線やβ線を出す放射線物質が、この部屋の中に漂っていたり、そこかしこに落ちていることの表れだとしたら、それは気持ちいいものじゃない。
しかし、今日はここまで。この材料と今の知識ではギブアップ、致し方なしである。

そもそもこの程度の機種で低線量を正確に測れることはできないらしい。しかし、だからといって諦めることはない。不正確な計測ということを念頭に入れながら、このオモチャを駆使して表示される数値をなんとか解釈して、そこから具体的に考え続けること。もはや、政府発表がオモチャの数値より信じられるという状況ではないのだから、それは絶対に意味があることだと信じている。

今日は三線教室の日。いよいよ。それについては三線専用ブログで。
 ⇒http://haisaikomaesanshin.ti-da.net/e3577002.html

以下後日執筆。
線量の画像だけアップ。
null

null


8月27日土曜日: 浦安の夜の空に響く歌声

《8月27日(土)》
大震災から170日目……
今日はあちこちで一ヶ月遅れの花火大会。大きいところでは隅田川。
僕は浦安へ。

null

「千葉県浦安市は震災で市の面積の85%が液状化し、戸建て住宅を中心におよそ8500棟の住宅に傾いたり沈んだりする被害が出ました。再び液状化が起きることへの不安などから半年がたつ今もほとんどの住宅で補修が進んでおらず、市は液状化対策を検討しています」

null null
海老を測っているんじゃない。こんなオモチャじゃそんなものは測れない。
みんな年だから、平気で食う。食が細くなって、そんなに食えないし。
飲んで、酔って、歌う。
null
寿命はプラスマイナスでプラス。

null
後日、もう少し詳しく書く。

《8月24日(水)-4》
ちょっと用事があってコンケン・アイへ。

お店の中の線量を調べてブログにアップなんて、そんなことをするつもりは毛頭ない。だからこれはあくまでイレギュラーである。買ってもらったばっかりのオモチャで遊ぶ子供とおんなじ。
null
0.06μSv/h。ほっとした。問題なし。アイちゃん、よかったね。

マグロとダルマイカ。
中トロとダルマイカの刺身
麻婆豆腐。
麻婆豆腐
空心菜炒め。
空心菜炒め

汚染?知っちゃあいない。僕のオモチャで計れるのは空間線量だけ。それもγ(ガンマー)線のみ。一日三食全てに気を使っていたら、きっとそのストレスで体を壊す。たった一回の夕食で、どうなるものではない。だから舌鼓を打つ。
とはいうものの、この状況が今後も変わらなければ、きっと外食を減らさざるをえなくなるだろう。そうして、町はやがて沈んでいくのだ。

食品汚染を検査できる機械を導入したりして、安全な食材を売りにするレストランや居酒屋というものが、そのうちきっと現れてくるに違いないと思っていたが、どうやら完全に安全な食材を集めることの不可能な国になりつつあるような気がしてきた。

余計なカロリーは取りたくない。痩せたいのなら、痩せるまでカロリーを摂取しなければいいのだが、そんなことをすれば死ぬ。だから、カロリーを見ながら食事を楽しむ。それと同じように、メニューに表示された線量を計算しながら食べる、もうそれしか食事に関して我々に残された道はない。それが出来る大人の国になるためには、こぞって官僚たちが改心し、まともな政治家が決断し、誠実な業者が理解して実践し、客もまたちゃんと成長する、それが必要条件。新たな健康ゲーム。
しかし……

あー、絶望的に遠い道だ。でもピンチの時こそチャンスなのであって、もし、食材汚染検査に賛同する店が3軒現れたら、喜多見は変わり、きっと生き残るだろう。なのに、と、僕はオモチャをいじくりながら夢想していたのである。


8月24日水曜日: 喜多見地区会館の線量

《8月24日(水)-3》
今日は喜多見で沖縄語を話す会。
 ⇒第37回ゆんたくぬくゎい

会場は、駅から成城方向へ歩いて3分くらいの喜多見地区会館です。
一階の部屋で、ちょっと線量を計ってみました。
null null
あれ、ちょっと高いんじゃないかって?いえいえ所詮簡易計測器、低線量は正確には計れません。というか。この機種がいったいどういう代物なのか、まだまだ確かめている段階です。少なくとも、この程度の数値なら、γ線の空間線量に関しては全く問題ないくらいにお考えくださいませ。くれぐれもこんな程度で心乱されることのありませんように、っていうか、そんな人いないよね。


8月24日水曜日: 今年の雌花

《8月24日(水)-1》
あの大震災から167日目……
22日の月曜日は相変わらずお金の計算をしていた。23日の火曜日は、ほんとに久方ぶりに地図関連の作業をした。華麗なる変身を、と思っていたのだが、なかなかママならず、地べたを這いつくばっている。

一昨年も去年も、ブログの埋め草のようなゴーヤー栽培記だったが、今年はもう少し重い。それでいて、毎日毎日気にして見る気にもならない。花でも咲けば記事にしようかくらいに思っているうちに、こんなになった。
null
蕾がたくさんある。
null nullnull null
だが、まだ花は咲かない。それなのに記事にしたのは、雌花をひとつ見つけたから。
null
でも、雄花が咲いていないのだから、こいつはきっと育たないような気がする。素人だから、ほんとのことはよく分からないのだが、何だかそんな気がする。

去年の2010年は、6月24日に初めて雄花の蕾を見つけた。
 ⇒http://lince.jp/hito/mblog/2010・6・24
花が咲いたのが6月29日。
 ⇒http://lince.jp/hito/mblog/2010・6・29
小さなゴーヤー(雌花)がやっと出てきたのは7月の2日だった。
 ⇒http://lince.jp/hito/mblog/2010・7・2

その間、ずいぶんと雄花が無駄に落ちていったっけ。そんな雄花の無駄打ちは笑えるが、雌花が育たず枯れていくのは少し悲しい。

一昨年の2009年だって、今年ほどではないけれどやっぱり植えるのが遅かったが、初めて蕾が出てきたのは8月17日で……
 ⇒http://lince.jp/hito/mblog/2009・8・17
雌花を見つけたのはそれから5日も経った8月22日。
 ⇒http://lince.jp/hito/mblog/2009・8・22
そして25日に雄花が咲いた。
 ⇒http://lince.jp/hito/mblog/2009・8・25

だから、今年の雌花は何を恐れているのか、少し焦っているようなのだ。


《8月13日(土)》
大震災から156日目……

この日のことは8月9日の記事を仕上げたら書きますが、その前に画像をちょっと。
null

いまどきの女の子。
null

昔のおじさんふたり。
null



《8月9日(火)》
大震災から152日目……

null

齢50代半ばにしてライブハウス初出演!
この日のことは、後日ゆっくり書きますが、取り急ぎ(ってもう遅いか)画像を何枚か先行アップ。

null

記念撮影です。
null null

 ⇒三線教室専用ブログ記事
 ⇒琉舞教室専用ブログ記事

【追記(9月9日)】
8月8日とこの日の9日、文部科学省が発表した新宿のモリタリングポストの放射線量の数値は、両日とも0.058μSv/hで、それより前や後の日の数値と較べて全く変化がない。
しかし、それからひと月経った本日9月9日、東京都下水道局は、8月15日から16日にかけて、各地の下水処理施設で採取された汚泥に含まれるヨウ素131の濃度が上がったという事実を発表した。いったいこれは何を意味するのか。

小生の自宅の近くにある川崎稲田公園の汚泥の高い放射線量を最初に発見した方が、9月9日のツイッターで次のように呟かれた。
「当方が川崎で8/8-9にマスク表面から半減期の短い物質(特にβは5月頃の3倍量)を検出した事実と符合します」

以後、各地でヨウ素131が検出され続けている。子供の甲状腺への影響が懸念されるヨウ素131は、ウラン235の核分裂反応で生じ、半減期が約8日と短い。それが検出され続けているということは、どうやら福島第1原発の再臨界が頻発している可能性が極めて高いということらしいのだ。
(※但し東京電力の広報部は、原発敷地内でモニターしている値から判断して新たに放射性物質を排出した事実はないとコメントしたというのだが、さて。)

ヨウ素131は崩壊してキセノン131mに変わる。その際に放射線を出す。問題はそれがβ崩壊なので、モリタリングポストの数値には表れず、小生が所有するDoseRAE2でも検出されないということである。

ヨウ素131はとかく野菜などへの付着が言われるが、降ってくる時に吸い込むことも避けたい。子供の土遊びも心配だ。ともかく、風向きによってはマスクは必須ということか。

しかしよく分からない。キセノン131mはさらにキセノン131にγ崩壊する。半減期はおよそ12日。その飛距離の長いγ線を、なぜモリタリングポストもDoseRAE2も検出しないのだろうか。
ああ、自分で調べるのはなかなか大変なのである。

しかしこの日、マスクしてなかったんだよなあ。



何がどうしてこうなったのか、さっぱり分からないのですが……
なんと明日、M.A.P.の琉球舞踊教室と三線教室のメンバーが、新宿のライブハウスに出演してしまうのです。およそライブハウスなどとは無縁のおばさんたちが踊り、いい年こいたおっさんたちが三線弾いて歌うという、小生が主催者ならば絶対に避けたい出し物。おそろしい暴挙ですなあ。

で、どんな催しなのかというと……
null

Resonance CreatioN企画イベント
アーティストのおもちゃばこ
2011/8/9(Tue)
新宿HEAD POWER
OPEN 17:30 / START 18:00
前売1500円 当日2000円 (ドリンク代別)
http://rcn-company.com/Top.htm

ふーん……
いったいどんなイベントなのか、さて、出演する我々にもよく分かりませんが、要するに、狛江の公民館の発表会以来、人前で踊っちゃって弾いちゃって歌っちゃう快感に目覚めちゃって、もう後先考えずに呼ばれればどこへでも行くM.A.P.カルチャーのメンバーなのであります。

宇夫方路は、大きいところは国立劇場、新宿コマや三越劇場、小劇場なら新宿サンモール、渋谷ジャンジャン、池袋ルピリエと、あっちこっち老舗劇場出演経験豊富ながら、ライブハウスは初体験、3000ステージを越える舞台に立った高山正樹も同様。頼りにするのは、ライブハウス百戦練磨、悶絶華族城'の“おじょう”こと久美ちゃんです。


久美ちゃんは“スナックぎま”の看板娘なのですが、近頃何かとお店以外の場所で会うことが増えたので、和情久美のカテゴリを作っちゃいました。

では皆様、明日新宿のHEAD POWERにて、お会いしましょう!
null


8月 3日水曜日: 辺野古2011(5)

《8月3日(水)-1》
あの大震災から146日目……
去年の恩名村ではライオンズクラブさんがすばらしいお宿を用意してくださった。そして今年……
null null
「わ」ナンバーは殆どない。つまり、沖縄のお金持ちの別荘群。一番手前の軽自動車だけがレンタカー。僕が借りた車。こんなショボイ車は他には見当たらない。
null
こんな豪勢なところに泊めていただいて、園長さんの御主人の会社の持ち物らしく、御主人の御計らいに感謝である。
null null null
ん?
null
波が……
null
台風が近づいている。
null


8月 2日火曜日: 辺野古2011(4)

《8月2日(火)-5》
「2006年のこと。一世帯当たり1億5千万円の一時金と年間200万円の補償金を国に要求する方針を決めたが、県内からも批判を受けて取り下げた」

公民館のロビーのガラス棚には、少年野球関連のトロフィーやら写真の額やらがたくさん並べられていた。
null

沖縄の夕方は、いつまでも明るい。公民館の表では子供たちが素振りをしていた。
null
山猫合奏団の公演を観た子供たちなのかどうか、数人の大人が付き添って指導していた。

今に始まったことではないのかもしれない。あるいは、沖縄ばかりではないのかもしれないから、どうか聞き流していただきたい。僕になんやかやと語る資格はない。
いつだったか、沖縄の方からこんなことを伺ったことがある。今、沖縄では子供に野球やサッカーをやらせることがとても流行っている。日曜や祭日の全てを、子供のスポーツの練習に付き合ったり、試合を観に行くことに費やす。子供のスポーツだけが生き甲斐というような親が増えているのだという。はっきりと口には出さないが、子供をプロ野球やプロサッカーの選手にする、そんな密やかな夢だけに支えられた生活。そこにしか主体的な希望を持てなくなってしまった沖縄、と、その方は言った。

カミサンの実家でも、家族の話題の半分は、子供のサッカーのことである。たとえ僕が沖縄の基地のハナシをしだしても、かつてのように深まっていくことなく、いつしかまたサッカーのハナシに流れていくので、最近は始めから黙っている。三線を弾いてみたところで、子供たちはさほど興味を示さない。キジムナーでの公演があっても、子供のサッカーの試合があればそちらが優先される。

「何々」より「何」の方が上等だというようなことを言いたいわけではない。ただ、「何か」しか見えなくなることは如何なものかと思うのだ。親がそうなっては、幼い子供はもっと見えなくなるに違いない。
僕には、それが一時金と補償金を要求しておかしいとは思わない感覚と決して無関係には思えないのだと、そんなことを言ってみても、きっと誰も聞かない。聞かなくてよい。僕には語る資格がないのだから。

夜のための買出しへ。西海岸まで出なければ大きな店がない。でも、例のトンネルを通ればあっという間だ。
null
1ドル=74円……
西の海は茜色の気配。
null

宿は東海岸。さびしいはずの東海岸だが。
null null
東の海はまだまだ明るい。
null
え、こんなところがこんなところに?そして、今晩はここに!
null

ダメだ、このままだと何を書き出すか、自分でも抑えられそうにない。日を改めて書く、と決めた。
だからさ、はやいところ“社長とは呼ばないで”という捌け口を再開しなきゃ。


8月 2日火曜日: 辺野古2011(3)

《8月2日(火)-4》
僕らは座り込みはしていません。
null
どういうこと? だからさ……
 ⇒辺野古2011(1)
僕らは音楽家と、それから、えーと、僕、何?
null
明日の“どんぐり”のための合わせなのです。なんたって、久しぶりですから。今日の“ゴーシュ”は問題なし。お客さん次第ですけど。

近くの食堂へお昼を食べに行きました。
白石准ちゃんはヘチマの炒め物。
null
水っぽくて独特の匂いがあって苦手だという人もいます。こういう時は必ずチャレンジする准ちゃんは「いいね!」(facebook風)

あくまで一般論として、僕が思っている個人的な意見なのですが、食べ慣れないものについては、最低3回くらい食べてみるまで、能書きは控えておくのがよろしい。

カツカレーライス。家庭料理っぽい工夫がされてます。
null
つまり、家庭料理ってこと?
※「沖縄の家庭料理問題」については今までも時々書いてきました。
 ⇒沖縄の定番【那覇公設市場周辺】
 ⇒沖縄の家庭料理を出してもお金は取れない

沖縄へ来たんだから沖縄のもの食べなきゃっていうような沖縄フリークになってはいけません。何を食べようが自由です。

なんだか今日の僕はギスギスしてるなあ、なんでかなあ。

僕は“味噌汁”を頼みました。
null
“味噌汁”というのは、沖縄の大衆食堂の定番メニューです。具沢山のお味噌汁にちょっとしたおかずと大盛りご飯がついてきます。他に“おかず”という定食メニューもあります。そんなことを知らずに、“おかず”と“味噌汁と“ごはん”を注文しようものなら、大皿のおかずと小さなおかずと、どんぶりの味噌汁と小さな御碗の味噌汁と、山盛り御飯が三つ出てきて大変なことになってしまいます。

さあ、腹ごしらえ完了。いよいよ本番です。まずはチェロの演奏から。
「はじまったよーん」
null
「宇夫方さん録画中」
null
 ⇒Official_Blogの記事

今回の公演は、宇夫方隆士氏の教会関係のお友達という繋がりで実現しました。そのお友達とは“児童養護施設なごみの園”の園長さんです。ある事情で親と一緒に暮らすことの出来ない子供たちの施設。今日のお客さんは、そこの子供たちと、近隣のお年寄りだと伺いました。そのほかにも近所の子供たちが来ていたのかどうか、なぜだか聞けませんでした。

終演後、ピザをご馳走になりました。
null
でもお昼が遅かったので、けっこうお腹いっぱいなのです。それにこのピザ、米軍基地内の店のものです。基地に入ることのできるパスを持っている方に買ってきていただいたということで、デカイのです。うっぷ…
null

米軍基地へのパスは、このあたりの方はけっこう持っていらっしゃったのだとか。でも「色々あってから」簡単には発行されなくなったのだそうです。だからこのピザは、パスを持っているお友達に頼んで買ってきていただいたとのこと。しかし、いったいどういう方にパスを待つ許可が下りるのでしょうか。これも聞けなかった。ああ、思い切って色々なことを聞いてみればよかったと、ちょっと、いやとっても後悔しています。僕は本当の現実を知る機会を、自ら放棄してしまったのです。

「お前は、この問題に対して能書きを言う資格はない」
「ヘチマのことはウチナーグチで“ナーベーラー”と言います。色々な味付けで、今まで10回くらい食べたことがあります」
「で?」

ピザは半分ほど頂いて、残りは今晩のお酒のツマミにということで、お持ち帰りとなりました。

あれ、なんだか僕、頭がおかしくなったのかなあ。
早く、“社長とは呼ばないで”を再開したいと思っているのです。


8月 2日火曜日: 辺野古2011(2)

《8月2日(火)-3》
※去年の辺野古の記事を、是非お読みください。
 ⇒辺野古に行って考えたこと(2010/07/22)
そして今年……
開通した道。あえて言う。完成してしまった軍用道路。
null null

後日、必ず書く。


8月 2日火曜日: 辺野古2011(1)

《8月2日(火)-2》
今日の公演地、辺野古へ向かう。
特に珍しい光景でもないけれど……
null

建設費数億円(9割が国の補助)の辺野古交流プラザ(辺野古公民館)。
null
基地建設反対の座り込みをしている人たちは入場できないという噂を聞いた。あえて確かめることはしなかった。政治には関わらない、それはそれでいい。しかし、だとしたら基地反対の人の入場を許さないというあからさまな「政治」にこそNOというべきではないか。それを言うのも政治だというのか。僕は、グッと目を閉じた。
 ⇒http://www.janjanblog.com/archives…

辺野古の海を見に行くことにした。
null

そうか、やっぱり辺野古の海は美しかったんだ、と、僕は孤独に思った。
null
キャンプシュワブは岬の向こう側。滑走路の建設は岬の先に見える島の奥で計画されている。
null

なんとかこの海の美しさを記録したくて……
null
何回も何回もシャッターを押してみたのだが……
null null null

左に見えるのが岬の先の島。右が大浦湾である。
null null null null

太陽と雲の具合で、刻々と海の色が変わっていく。
null null
辺野古の人たちの心も、海の色のように揺らいでいるのかどうか。

日が翳り、くすんでいく大浦湾。
null null null
※大浦湾に関するyouTubeは著作権の関係で削除されていた。
 ⇒http://lince.jp/hito/kenmintaikai…

だいぶ画像が多くなってしまった。
記事を、分けることにしよう。


《8月2日(火)-1》
再び……
あの大震災から145日目……

7月30日の朝には気がつかなかったとんがり山を発見。
null
ネットで調べてたぶんそうだろうというこの山の名前を見つけたのだが、万が一世界に向けて間違ってはいけない。
ただ、色々と調べていくうちに、500メートルにも満たない山々だが、沖縄の山を登るのは、かなり面白そうだということが分かった。

おはよう!
null

出発。
null

まず、明日の公演の打ち合わせのため、名護市民会館へ。
すると、とてつもなく美しい海が見えた。
null
会館の方に伺うと、やはり今日はとりわけ美しいという。太陽の角度なのか、あるいは海の温度なのか、午後になるとくすんでしまうらしい。
null

もろもろ詳細後日。


8月 2日火曜日: しばらくでした

※一連の2011年沖縄ツアーの記事は、東京に戻ってから少しずつ書いています。しかし、この日のこの記事だけは、8月2日の夜、大島くんのモバイルの電波を借りてリアルタイムに投稿したものです。後日、改稿するつもりで書いた記事ですが、この日の気分が、書き直してしまっては伝わらなくなるような気がして、そっくりそのまま残すことにしました。
東日本大震災から145日目……
五日ぶりくらいにPCを開きました。
なんだか、毎日のようにブログを更新していたのが遠い遠い昔のことのようです。
世界の出来事なんて全くわかりません。

一人の人間の営みとしては、これが正しい行き方だという気がします。
しかし、それは「フクシマ」を忘れることでもあるわけで。
はたして、それがいいことなのかどうか……

沖縄市でのキジムナーフェスタも終わりました。
あれやこれや、東京に戻ったら(戻らないわけにはいかないから)、また時間差ブログでご紹介することになるのでしょうが、それまでは白石准や大島純が沖縄からブログやツイッターで発信しているようなので、そちらの方をチェックしてください。なお楠定憲は、もちろん何にもしていません。

昨夜のお宿。
null

今朝の名護の街です。
null

そして、辺野古の会場に向かいます。
去年は、天気が悪くて、美しい海に出会うことができませんでした。
 ⇒去年辺野古で考えたこと

しかし、今日の辺野古の海は美しかった。この一年間、どうしても見たいと思っていた海の色です。デジカメと僕の腕なので、思うように写すことができないのだけれど。
null

これで、100%この海を汚してはならないと思うことができるようになりました。もしかすると、「フクシマ」のことが影響しているのかもしれません。でも、それならそれでもかまわないと、僕は思っています。

取り急ぎのご報告でした。


8月 1日月曜日: 今帰仁城跡

《8月1日(月)-5》

(画像先行アップ)

null null null null null

帰り道……
null

(後日執筆)


8月 1日月曜日: 古宇利島へ

《8月1日(月)-4》

(画像先行アップ)

null null null null null null null null

(後日執筆)


8月 1日月曜日: 金武の鍾乳洞

《8月1日(月)-3》

(画像先行アップ)

雨模様の金武観音寺。
null null null null null null

昼食。
null null null null

(後日執筆)


8月 1日月曜日: 嘉陽荘のスミオバア

《8月1日(月)-2》
あの大震災から144日目の朝……
お宿は大池さんに教えて貰った“嘉陽荘”という民宿。たった一人で切り回しているのは嘉陽スミさん。でも、スミオバアと呼ぶほうがしっくりする。

オバアと呼ばれて腹を立てる沖縄のオバアは殆どいない。でも首里あたりでは分からない。また、大和の人間が、初対面のお年寄りに「オジイ」「オバア」と気軽に声を掛けていることを、快く思っていない沖縄の人は意外に多い。
「オジイ」「オバア」と呼ぶのは失礼かに関する記事ふたつ。
 ⇒うちなぁやまとぅぐち・ミクストランゲージ・スラング
 ⇒愛すべき儀間進オジイ(失礼?)

でもやっぱりスミオバアはスミオバアでいい。スミオバアがいい。
スミオバアはホームページまで作っちゃうのである。
 ⇒ようこそ!!あばぁ~の民宿嘉陽荘へ

ホームページにはこう書いてある。
「民宿を始めて30年になります。以前は食事付きでしたが年老いたので今は素泊りのみ、お一人様一泊2,000円~です。」
ところが、朝起きると、こんな具合なのである。
null
きっといつもこうだって思っちゃいけない。あくまで素泊り2,000円。でも……
null null
ここは憩いの部屋。壁には三線が数本かかっていた。
こうなったら僕が三線弾いて宇夫方女史が踊りを踊ってオバアにお礼をしよう。
null
スミオバアは踊りをとっても褒めた。三線のことは何にも言わなかった。スミオバアの眼と耳は、悔しいけれど、どうやら確からしい。

大島君。来年はチェロをスミおばあに聞かせてみなさい。「上等さー」って言ってくれるかな。
null

さあ、今日はオフ。どこへ遊びに行こうかなあ……

» 続きを読む

本日はお開き、そして宿へ、と、携帯が鳴る。疲れて寝ていたはずの坂本さんから。再びてるてるBARへ舞い戻れば……
《8月1日(月)》
あの大震災から144日目……
null

よく憶えていないので、思い出すまでちょっと待ってて……

null null
(この画像の撮影時間は午前1時57分でした……)


高山正樹 Masaki Takayama
人気ブログランキングへ