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11月 7日月曜日: 過去と未来の人々の間で

《8月15日(月)》
あの大震災から158日目……

【この日呟いたこと……】

11:13
親戚のス-パー爺さん、通夜は明日。葬式は明後日と早まった。火葬場でキャンセルが出たらしい。キャンセルって、死ぬのやめたってこと?

11:19
一方オヤジの話。生と死の境界は曖昧だ。三線の音にも無反応になってしまった今のオヤジは、8割死の領域にいる。まだこちらと交信ができていた時に「さよなら」を言っておけばよかったと思う。

11:32
と、今日、オヤジの意識が戻ってきた。「昨日はどこへいっていた」とか言う。こうなると、「さよなら」なんてとても言えない。あの世とこの世がここで繋がっているという感覚。そういえばお盆だ。もしかしてオヤジ、お盆だから帰ってきたわけ?

11:38
十数年前に読んだ物理の本。ある空間で、突如原子が現れたり消えたり、反世界を想定しない限り説明のできない現象があるということが書いてあった。放射線を出す物質をあちらの世界に全部放り込んでしまうことができれば、日本は救われるのか。しかしあちらの住人には迷惑?


一昨日の8月13日、小出裕章氏は沖縄県での講演で、2004年8月13日に起きた米軍ヘリの沖縄国際大学墜落事故の際、放射性ストロンチウムを焼失まき散らしたと述べた。
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そこで…
17:44
なんてこった……。米軍ヘリ墜落現場へ突入取材画像を持っているから見直してみよう。


小出裕章氏の声明。「日本の国土というのは、すべからく、子どもと妊婦を最優先する責務を科学者も政治家も経済人もマスコミも責任を負っている」
21:49
そして表現の場を持つ芸術家も??!!




死した人々の魂は無限、未だ生まれぬ者たちは虚無、今夜の僕は、その狭間に漂う中間者なのであった。


《8月14日(日)》
あの大震災から157日目……

【この日呟いたこと……】

「泊原発3号機・検査結果は真っ赤な改ざんです」と検査官の下請けの人が、顔を出し実名で内部告発した。そこまでやってデマということはありそうもない。そこで……
13:50
これでも「泊原発を存続するか否かは政治の問題だ」というのか?

15:27
ある琉球舞踊の先生が基地反対の集会で踊ったら、色々と利害の絡む地元の人たちからひどく避難されたという。「基地反対も賛成もなく、ただ私が踊ってそれで楽しんでもらえるならって思っただけなのにねえ」その方は基地推進集会でも、頼まれれば二つ返事で踊るんだろうな。

15:45
誤って鉈で叩き骨まで達した怪我を吸っていたタバコのヤニを擦り付けて治し、90過ぎまで陸稲を作り、脳梗塞で倒れ医者に見離されても三日後に歩き一週間後にはバイクで畑へ、そんな親戚のス-パー爺さんが昨日スパッと死にました。要介護5の父は、細々ながらも懸命に生きています。

15:55
ス-パー爺さんの通夜が17日水曜日で葬式が19日の金曜日、ええ、夏なのにそんなに大丈夫なの?多いんだって、死ぬ人が。火葬場順番待ちで大変なんだって。停電になりませんように。今から帰って親父の枕元で三線の稽古をすることにした。何故か喜ぶんだよな。




ゴーヤー、だいぶ伸びましたけど……
西日を浴びて。
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人もゴーヤーも、命には変わりなし。でもね……

11月 7日月曜日: 深夜の戯言

なんだか眠ることができないで《8月11日(木)》になった。
大震災から154日目……
こんな夜は、考え事ばかりしている。

【そして呟いた……】

1:14
アインシュタインは神様はサイコロを振らないと言ったが、放射線が嫌なのはそれに似ている。被曝して死ぬか生きるかの岐路は確率のみ。因果関係の証明不可能。なんと非人間的な。本当は神様はサイコロを振っているのかもしれないが、そうであってはいけないと神を叱るのが人間の役割。

1:44
あの震災を経験してもなお原発再稼動への流れ。絶望感と虚無感。想像してみよう。きっと沖縄の人たちは、これと同じ感覚をずっと持ち続けてきたのかもしれない。それでもなお人間の尊厳のために基地反対の声を発し続けてきた人たちがいる。




インターネットなんて大嫌いだったのに、3.11以来、眠れぬ夜は、本を読むよりネットをウロウロしていることの方が多くなった。体のためには、無理にでも目を閉じて眠る努力をしなければいけないのだろうけれど。
「あなたはどのくらい沖縄のことを知っていますか」みたいなサイトがあって、ボーっとクイズなんかをやってみた。三択の質問が10個。サイコロ振って全問正解の確率は3の10乗分の1。5万9千49回に一回は満点。
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もちろんプリントアウトなんかはしないが、ガサゴソとカバンからデジカメを出してシャッターを押した。当分立ち上がれそうもないから、ブログネタの保険。
「くだらねえ」
そう思ったら睡魔がやってきた。

やはり一日復活せず。

宇夫方女史は相変わらず元気らしい。
 ⇒この日の琉球舞踊教室の記事

11月 7日月曜日: 老朽化……

《8月10日(水)》
大震災から153日目……

【この日呟いたこと……】
11:46
二週間の沖縄長旅の疲れが出たのか、風邪を引いたらしい。喉がひどく痛い。もしかすると、沖縄生まれの俺のカミサンは、二十数年間、ずっと旅をしているのかもしれない。



「ダメだ、今日は休ませて」
「串かんが閉店したよ」
「デジカメで撮って送ってよ」
 ⇒前回の関連記事(4月13日)

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お隣のお蕎麦屋さんはどうするんだろう。
「聞いてみてくんない?」
「ヤダ」
「まあ、そうだよな……」

沖縄語の勉強会も休むことにした。
第36回ゆんたくぬくゎい(喜多見で沖縄語を話す会)

「なんだか頑張れなくなってきた。老朽化かな……」
「何が?」
「しがみつきたくないってことさ」


《8月8日(月)~9日(火)》
コンケン・アイのマスターが、改造計画中の事務所まで、わざわざ業者さんを連れて見に来てくれました。
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これがアイちゃんのお父さんの本職なんです。
こちらに予算がないから、仕事はお願いできないかもしれないけれど、それなのに色々と相談に乗ってくださいました。ありがとうございました。これからもよろしくお願いします!
(宇夫方路)


自宅、書斎にて。8月9日になった。
【呟いた……】
0:01
只今午前0時。本日9日、代々木公園で開催されるアトミックカフェ。誘われたのだけれど行けません。だって、僕、新宿のライブハウスで三線弾くんだもん。


ふざけた呟きである。真面目に悩んだ素振りはしたくなかったということ。でも、大震災から152日目、なんともいえぬモヤモヤした気持ちを、残しておきたかったのだ。
「遊びじゃない。他にM.A.P.が生き延びる道はない」
「M.A.P.なんか止めちゃって、ずっと西の方に移り住むことだって出来ないわけじゃない」
東京から少し西に外れた微妙な地域、きっと到る所でこんな風に、毎夜毎夜生まれる小さな「思い」を、現実が押しつぶしていく。
(高山正樹)
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※この記事以降、ツイッターをまとめた記事は、11月7日からアップし始めたものです。
《8月8日(月)-1》
あの大震災から151日目……

【この日呟いたこと……】

沖縄から戻った翌日、久しぶりにゆっくりツイッターを眺めていた。そしてこんな呟きを見つけた。
「政府は核のゴミを捨てる《田舎》を探している。どこかに金で故郷を売るバカな首長がいるはず」
そこで僕は思わずリツイートして呟いた。
11:18
沖縄で嫌な噂を聞きました。近々ブログに書きます。

※僕は、8月6日に高橋進さんから聞いた噂を思い浮かべてこの呟きを投稿しました。でもそれから2ヶ月、未だその噂の真偽ははっきりしていません。なのでここではまだ報告しません。ただ瓦礫の移動については、11月7日現在、東京が岩手の瓦礫を受け入れるなど、拡がりを見せています。

11:51
政府の暫定基準値を越えない肉だとお墨付きを貰って安堵する畜産業者……。僕は食べますが、子供には食べるなと言うでしょう。知りたいのは数値。食べる食べないを判断するのは政府ではなく、あなたでもなく、僕です。

※11月7日現在、「政府の暫定基準値を越えない肉」なんて全く食べる気がしなくなっています。でも結局知らずに食べていて、それを半ば諦めています。たぶん、これって僕が考えていた最悪な状況です。

11:54
しばらく黙っていたのに、また放射能について呟きたくなったのは、沖縄から東京に戻ってきたからではなく、どうやら久しぶりに息子の顔を見て、娘の声を電話で聞いたかららしい。因みに沖縄も結構な線量の場所があるんだとか。那覇空港とか。原因は……

※これも噂、だからこれ以上書くことは控えることにします。


さてと、告知することしちゃわないと……
※とっくに終わってますけどね(11月7日)


(※この記事は9月7日にアップしたものです。)
なるべく時系列を守って書きたい。しかしそうしていると、いつものごとくどんどんと遅れて行く。やっと昨日(9月6日2011年沖縄ツアーの8月3日の記事を書き終えたところ。このままじゃ現実に追いつくのはいつになることやら。せめてゴーヤーの成長状況だけでも先にアップすることにした。また記事の順番がグチャグチャになるが、そのうちきちんと並び替える。
現状はこんなもんだ。
 ⇒M.A.P.after5の9月7日時点での主な記事のリスト

《8月7日(日)》
あの大震災から150日目……
朝の9時。2011年沖縄ツアーを終えて事務所に帰って来た。
「ただいま!2011年のゴーヤーくんたち」
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奥が一昨年大崎で頂いた苗の孫、手前が去年代田橋の沖縄タウンで貰った苗の子供。真ん中が去年のプランターから生えた雑草(?)。

(※9月7日から間もなく2ヶ月経とうとしている11月1日、2011年沖縄ツアーの最後の記事を暫定だがアップして、ようやくこの日の記事に繋がりました。というわけで……)

(※では、だいぶ遠くに行ってしまった現実を追いかけて少しずつ記事を埋めて行きたいと思います。11月7日。)
 ⇒M.A.P.after5の11月7日時点での主な記事のリスト

実は、拝み倒して鈴木雄介氏に空港まで車で迎えに来てもらったのです。ああ持つべきものは古き友であります。感謝感激雨あられ、もう一生彼の住む桜新町方面に足を向けて眠るわけにはいかなくなりました。今晩から寝る前に方角を必ず確かめることにします。ハイ。絶対。

朝食を食べにPushPullへ。
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ああ、なんともこういう軽い朝食、いいなあ。東京っぽくて。


高山正樹 Masaki Takayama
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