《9月26日(月)》
とうとう大震災から200日目になった。

【この日呟いたこと……】
9:21
東電が電気料金値上げ案を撤回して企業年金の減額やのリストラを開始したとか。でも人員削減なんかしないで、その分給料減らして、被災地のために働けばいいのに。(原発に疑問を抱くような社員から肩叩かれるのかなあ)



※実はこの記事は、11月18日に書いている。
基本的にツイッターは僕にとって情報獲得ツールである。気になるツイートは、とりあえず“お気に入り”にしておいて、後で時間のある時に再度チェックすることにしている。ところがなかなか時間が取れず、それがすごい数になってしまった。やっと昨日、整理し始めたのだが、本日午後1時にして、ようやくこの日9月26日までのツイートの処理を終えた。チェックした情報は結局殆どが原発関連のものである。

東電を批判するツイートも、目に付いたものは拾う。どうやら僕自身の腹立たしさをなんとか沈めるためにやっているみたい。東電を擁護するツイートも、あれば区別無く拾おうと思っているのだが、なかなか出会わない。そうして集めた呟きのいくつかは、《友たちよ、聞いているか》という過去の記事に、コメントという形でくっつけて紹介する。そしてこの手のツイートは、読んでしまえば全て“お気に入り”のチェックをはずして消すだけだ。

ちょいとしたおまけ。コメントには画像が乗せられないので。東電に対する賠償請求に対して、支払いできませんという返信である。

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今日の東京の放射線量が高かったとかいうようなツイートは、当該日の記事のコメントにその旨を書いて投稿しておく。そうすることによってこのブログが、あの事故以来の、個人と原発を結ぶ記録ともなっていく。

だが、そうしたことより重要な効用がある。はたして今、何がどこまで安全で何が危険なのか、さっぱり分からないという状況の中で、全く心配無用という意見から絶望的な見解まで、様々な情報をより分けることなく網羅的に集めていくと、朧げながらも自分としてはこのあたりを落としどころにしようという行動の指針が決められるようになるのである。

例えばこの日、ツイッターを通じて、僕はこんな情報を見つけた。

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しかし、これだけを見ていては、今の日本の基準値は、考えられないほど高いものだという作成者の見解まで引き受けなければならない。僕は一旦そのあたりを保留にして、ここに書かれたデータだけを取り出して、自前で準備した表に付け足していくのである。その表には、これまでに得た他の情報や、例えばどんな学者がここまで安全と言っているかというようなデータも並べてあって、それらと比較対照できる。これ、ちょいと面白い。でも現段階でそれを公開するつもりはない。なぜなら、まだまだ不十分なデータなので、それらの情報をどのように集めたかという実感のない他人様には使えないものだと思うからだ。

それにしても、大手メディアだけでは何も見えない。

しかし……

僕がまだ生まれていなかったあの頃。大本営発表で国民が政府国家から騙されていたといわれる時代。だが本当にそうだったのか。当時、大本営発表を信じない人たちもたくさんいたのである。つまり、今と同じ、あの頃も本当の情報を得ようと思えば得ることが出来たのではなかったか。ただ多くの人々は、真実を知ることを拒否していたのではなかったか。人々は、信じたいことをひたすら信じようとしていたのではなかったのか。

今の日本を見渡すと、僕にはそうとしか思えなくなる。
あの戦争の責任は、一部の戦犯にあったわけではなく、福島原発がもたらした未曾有の事態の責任も、東電や官僚たちだけにあるのではなく、彼らの行状を敢えて見過ごしてきた全ての者どもにあったのではないか、そんなふうに思えてしかたがないのである。

だがその中に、少なくとも子供たちだけは含まれていない。子供たちを、大人のクローンに育ててはならないと、心から思うのである。

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