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《10月6日(木)24時40分》
大震災から210日目……
17:54、0.07μSv/h
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計測機器:DoseRAE2 PRM-1200
(フォートダイオード及びシンチレータを使ったダブルセンサーの測定器)
※γ線のみを計測
※簡易放射線測定器による計測値。
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もちろん、何らかの異常には気がつくだろう。喜多見近辺を測るということだけなら、他にもたくさん測っている人たちがいるようだ。問題はここより先なのだが、なかなか進めないのである。

さて、どうしたものか……

【この日呟いたこと……】

20:16
例えば、10年後に、放射線の影響によって癌で亡くなるのが100人のうち一人なのか10人なのか、ではなく、100人のうち一人死ぬことをどう考えるのか、という対立。その意味するもの。

20:16
勉強することはいいことだと思っていた。しかし、放射能の影響を知れば知るほど、頭の中が統計に染まっていく。そして、ひとりひとりの人間の死というものに対する想像力が薄れていく。100人のうち10人死ぬとしても90人は死なないのだ、というふうに。


大震災から211日目……
気になっていた東京と神奈川の航空機モニタリングの測定結果が発表され、また少し地図が拡がった。地表面から1mの高さの空間線量率だという。
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24:39
そういえば今日(もう昨日か)一日、ゴーヤーのプランター以外、土を見なかった。あのウソっぽい東京の航空機モニタリング結果、もしかすると、それほどウソじゃないのかもしれない。




《10月5日(水)~6日(木)》
大震災から209日~210日目……

【この日呟いたこと……】
17:02
しかし、東京はいつまで航空機モニタリングの結果を出さないつもりなんだ。神奈川はその後だよなあ。東京より先はおかしいもんなあ。やっぱりさ、こんな状態で安心してる奴の気が知れない。嫌な予感がする。杞憂であることを願う。


M.A.P.三線教室で、エイサーの曲を練習することになった。チョンダラーの歌に触発された僕個人としては願ったり叶ったり。しかしエイサーの曲というものがあるわけだはなく、たくさんの曲がエイサーに使われているということらしい。少しばかり甘く考えいたようである。いったい何曲くらい覚えれば、エイサーを深く楽しめるようになるのか。

『沖縄大百科事典』より。
エイサー:(沖縄の)盆踊。旧暦7月15日の盆の夜、各戸でウークイ(精霊送り)をすませたころ、それぞれの村落の神アシャギ(村々において神を招請して祭祀を行う場所)の庭に集まり、円陣舞踊を奉納し、そのあと各戸を巡回する。エイサーは在来のエサオモロという集団舞踊に念仏形式が加わったものとみられ、はやしことばの<エイサー>から来ている呼称。本来は(中略)村の大切な宗教行事、旧盆に欠かせない魂祭として演じられた。三味線、太鼓・踊子が行列をつくり道行きの歌をうたいながら、辻々や各戸を巡回する。必ず継親念仏などの念仏歌を冒頭にうたい、祖霊の供養をおこなう。そのご<スーリー東><久高万寿主><ダンク節>など、各地の民謡歌を選んで全体的構成をとっている。(後略)

実際にどんな稽古をしたかは三線教室の専用ブログに任せるとして、練習が終わったら一杯やるのが恒例っぽくなってきた。それも持田明美、鈴木雄介両人がいればということなのだろうけれど。

今日は酒菜へ。
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豚足には手をつけなかった。
昨日の今日、真剣に健康ゲーム再開を誓ったのに。
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少し先を急いでいるので、ここから先はやっぱり後日。
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店を出たのは午前1時半であった。


《10月4日(火)》
大震災から208日目……
本部のベランダ。今年の2月13日以来である。
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その間、殆ど富士山は姿を現さなかった。キーンと音がするような空気。水分が目に見えるわけなどないが、湿度の少ない空気は、しっかり見ただけで分かるものだ。ずっと東京あたりで暮らしてきた。アウトドアとは無縁な俺だが、それでもこの程度の感受性は持っている。やっぱり子供の頃の経験が大きいのだと思う。

決して見ることのできないものに穢された自然。怯える人間たちは、自然との正常な交流を放棄する。
「これからの子供はどうなっちまうんだろう」
「親によるさ」

自然の中で自然と共に生きる、そんな考えがずっと嫌いだった。自然を征服できるなどと勘違いしたことは一度もないが、自然に抗って絶望的な思索を続けることが、人間となってしまった存在の運命なのだと思っていた。

妙な屁理屈に聞こえるかもしれないが、欲望深き人間が、原発のようなものを生み出してしまうことは、至極自然なことだと思っていたのだ。だからこそ人間は、そんな自然に抗い続けなければならないのだと信じていた。
「若い頃のことさ」

自然と共になんて言っている人間に、原発を作りたい人間を止める力などありはしない。なぜなら、どちらもただ自分の思いのママに生きようとしているだけなのだから。自分が邪魔されない限り、相手の生き方には干渉しない輩。

「人間如何に生くべきか」、大きなお世話だと、誰もがそう思っていたのではないか。
今や、ある者が「オレの行き方の邪魔をした」とある者を責め立て、またある者たちは「大きなお世話だ」とある者たちに向かって罵っている。

被災地の人たちのために、という、良き人々の一群。
「怪しいものだ」
「なぜ?」
「沖縄に向ける眼差しを持たぬ者たち」
「沖縄を絶対化するのはやめること。彼らは『フクシマ』を知って変わるだろう」
「福島を『フクシマ』と呼ぶことに嫌悪する偽善者たちに、『オキナワ』に対する眼差しはない。彼らは、被曝して命を失った原発作業者から目を背けたがっている」
「お前は何者なのさ」
「息子の、父だ」
俺は、富士に一度も心動かされたことはない。

事務所。
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もう、終わりかな。
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外は0.07μSv。
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中は0.05μSv。
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薬が切れた。
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どうやら僕の腎臓が悲鳴を上げているらしい。

現実はややこしいハナシだから、後ほどゆっくりと。

【この日呟いたこと……】

16:20
そういえば最近ポックリ病って聞かなくなった。あれは核実験時代の放射能の所為で、だから低線量被曝は危ないみたいなハナシも最近チラホラ。これからまたポックリ病が増えるぞと。しかし、あのころ中年の人たちはよくこう言っていた、「ポックリ死ぬのがいい。ポックリ死ねたら幸せだ」って。

16:24
三線弾いて、「かぎやで風」歌ってたら眠くなってきて、思わずウトウトした。歌聴いて眠ってしまうことはしょっちゅうだが、楽器弾きながら唄歌いながら寝たのははじめてだ。三線の古典、おそるべし!

16:25
もしかしたらポックリ死ぬ寸前だったのかもしれない。




例えばチェルノブイリ事故の後、日本では心筋梗塞による突然死が頻発したという話も聞く。それが放射能の影響だったのかどうか。チェルノブイリの放射能が減少していくと、突然死もなくなっていったというのだが、ちっとも憶えちゃいない。

妄想もまた……
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高山正樹 Masaki Takayama
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