寒いことは寒いのですが。
昨日とは打って変わっていい天気。

もしかすると今年は、約半世紀ぶりに火の灯った大文字を拝むことができるかもしれません。
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地元ではこんな雑誌を作っているらしい。
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表紙に写っているのは枡形通りの商店街です。
そこで鰊(にしん)そばと鯖寿司を食べました。
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京のお味、おいしかった。お値段の方は、にしんそばはそれなりですが、鯖寿司はこれだけで1000円を越えます。食欲旺盛の苦学生にはちょっと辛い。

でも、枡形商店街から路地を少しだけ入ったところに、テレビで紹介されたりしてちょっと有名な餃子の王将があります。
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同志社大学の出町キャンパス。
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日本の学生運動は同志社大学から始まったらしい。岡林信康も同志社の神学部の学生でした。
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彼はキリスト教に幻滅して神学部を中退し、自らがフォークの神様になっちまった。

30年前、その同志社でゲバ字を担当していた桜井氏に、前回の京都訪問の時に教えてもらった幸神社。その起源が分からないくらいすごく古い神社らしい。今回はその写真を撮ってみました。
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トボトボと京都御苑探索。
御所の北東あたりを猿ヶ辻といいます。御所を囲う築地塀ですが、鬼門である丑寅(北東)の角が内側に窪んでいます。
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そしてその脇に、比叡山延暦寺の地主神である日吉大社の使いの猿を祀っているのです。これで難が去る(猿)というわけ。しかしこの猿、夜毎塀から抜け出して通行人に悪戯をするというけしからん神の使い。
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そこで金網を張って閉じ込めたのだとか。烏帽子を被り御幣を担いだ猿がいるのですが、残念ながらよく見えませんでした。
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動物を閉じ込めるといえば、またまたシュレディンガーの猫を思い出す。かの桜井篤史氏によれば、拍手(かしわで)を打つ瞬間に神が現れる。これが現代物理学でいうところのシュレディンガーの猫が閉じ込められた箱を開けた瞬間に通じるというわけ。要するに、拍手打つまでは、神はいるかいないかわからなくて、拍手の波動が神の存在を確定的に呼び覚ますってことなのかねえ。今度会ったら聞いてみようか。めんどくせえからやめておこうか。

そんな考えてもどうにもならなそうなことを考えていたら、思い出した話があります。
昔、沖縄に男の神人(カミンチュ)がいた。王様がその男を呼び出して、ネズミを一匹入れた箱を男の前に置き、この中にいるネズミの数を言い当てたら神人として認めようと言った。男の答えは「3匹」。王様は神人に成りすまし人心を惑わすとして男の首を即座にはねた。ところがその後、箱を開けてびっくり、なんと中のネズミが二匹の子どもを産んでいた。以来その男神人の力を恐れた代々の王は、彼を手厚く祀ったというはなし。これをシュレディンガーの猫的に解説すると、神人が4匹と答えれば、ネズミの子どもは3匹だったのである、なんてね。

鬼門は丑寅、虎はネコ科。だからというわけではないのですが、“とらや”の脇を通りました。
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“とらや”の脇を通ったから“シュレディンガーの猫”だったのかもしれない。結果が原因を規定するのだから……、ごめん、もうこの手のハナシはやめましょう。
“とらや”さんといえば東京という感じですが、実は室町時代後期の京都で創業されたのです。天皇家御用達の老舗、天皇家がちょいと京都から江戸へ長旅にお出掛けなので、くっついていってるだけ。
裏には直営の甘味処。
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抹茶と和菓子1個のセット1000円也。同志社の貧乏学生は来るわけないね。

《おまけ》
前回ちょっとお話した京都御苑の心理学的自転車道を、すこし観察してみました。
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ちなみに、桜井氏はフロイトやユングの心理学を勉強したくて同志社に入った。しかし同志社の心理学は実験心理学。実験は無垢なマウスを使ってやらなければいけない。ある日桜井氏は下駄はいて実験室へ。カランコロンの音がマウスを驚かせた。一度でも驚くという経験をしたマウスは、もう実験には使えない。それがきっかけで、氏は心理学の学部から石もて追われることになる。かの男神人も、でっかい声出して箱の中のネズミを驚かせて子どもを産ませたのかもしれない。
この京都御苑の心理学的自転車の轍も、小生が通行する自転車がこの轍をなぞることを期待して観測したからこそ、観測中の自転車の全てが轍の上を走ったのかもしれない……
おっとまたぞろそれかい、いかんいかん。


それから3週間後のこと。
《幸神社について、4月20日に京都にて追記》
正しくは「さいのかみのやしろ」と読む。
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4月20日、ここに来たのはもう3度目なのですが、何の変哲もない京都の住宅地にひっそりとある小さな神社、1回目も2回目も観光客など一人も見かけませんでした。
ところが、この神社、京都でもかなり由緒ある神社だったらしい。そのあたりのことはネットで「京都幸神社」とでも検索すればいくらでも出てきますのでそちらにお任せするとして、この神社にも猿がいたということをやっぱりネットで知ってびっくりなのです。

幸神社の鳥居をくぐると、拝殿があり……
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その東には摂社や末社の建物があって……
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その中はこんな風で……
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よく見ると、こんなのとか……
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厳島神社とか、読めない字のものとか……
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この他にもたくさんの御祭神が勧請されていて……
さらに摂社末社より奥に疫神を祀る社と……
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境内の北東の隅には御神体らしき岩神さまがあります。
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でも、それで満足して引き返してはいけないのです。もう2・3歩奥へ。
つまり、この奥のドンつきですね。
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そこまで行ったら左を向いて、目を凝らして拝殿の中の暗がりを覗いてみてください。
するとそこには……
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左甚五郎の作とも言われる御幣をもった猿の像。
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この幸神社は、御所の北東の角(猿ヶ辻)と丑寅の方向で一直線で結ばれているらしく、御所の鬼門封じの神社なのです。どうやら御所を本当に守っているのは猿ヶ辻のけしからん猿ではなくこの猿なんだな、きっと。
こいつを見逃して帰る手はありませんよ!

出町のホームページ
 ⇒幸神社の石神さま
 ⇒京都御所の猿ヶ辻

つまり、あらかじめ知っていなけりゃ見つからないということ。
隠された霊力は、拍手という意思が無ければ現れてくれないということ。