《8月2日(火)-5》
「2006年のこと。一世帯当たり1億5千万円の一時金と年間200万円の補償金を国に要求する方針を決めたが、県内からも批判を受けて取り下げた」

公民館のロビーのガラス棚には、少年野球関連のトロフィーやら写真の額やらがたくさん並べられていた。
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沖縄の夕方は、いつまでも明るい。公民館の表では子供たちが素振りをしていた。
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山猫合奏団の公演を観た子供たちなのかどうか、数人の大人が付き添って指導していた。

今に始まったことではないのかもしれない。あるいは、沖縄ばかりではないのかもしれないから、どうか聞き流していただきたい。僕になんやかやと語る資格はない。
いつだったか、沖縄の方からこんなことを伺ったことがある。今、沖縄では子供に野球やサッカーをやらせることがとても流行っている。日曜や祭日の全てを、子供のスポーツの練習に付き合ったり、試合を観に行くことに費やす。子供のスポーツだけが生き甲斐というような親が増えているのだという。はっきりと口には出さないが、子供をプロ野球やプロサッカーの選手にする、そんな密やかな夢だけに支えられた生活。そこにしか主体的な希望を持てなくなってしまった沖縄、と、その方は言った。

カミサンの実家でも、家族の話題の半分は、子供のサッカーのことである。たとえ僕が沖縄の基地のハナシをしだしても、かつてのように深まっていくことなく、いつしかまたサッカーのハナシに流れていくので、最近は始めから黙っている。三線を弾いてみたところで、子供たちはさほど興味を示さない。キジムナーでの公演があっても、子供のサッカーの試合があればそちらが優先される。

「何々」より「何」の方が上等だというようなことを言いたいわけではない。ただ、「何か」しか見えなくなることは如何なものかと思うのだ。親がそうなっては、幼い子供はもっと見えなくなるに違いない。
僕には、それが一時金と補償金を要求しておかしいとは思わない感覚と決して無関係には思えないのだと、そんなことを言ってみても、きっと誰も聞かない。聞かなくてよい。僕には語る資格がないのだから。

夜のための買出しへ。西海岸まで出なければ大きな店がない。でも、例のトンネルを通ればあっという間だ。
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1ドル=74円……
西の海は茜色の気配。
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宿は東海岸。さびしいはずの東海岸だが。
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東の海はまだまだ明るい。
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え、こんなところがこんなところに?そして、今晩はここに!
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ダメだ、このままだと何を書き出すか、自分でも抑えられそうにない。日を改めて書く、と決めた。
だからさ、はやいところ“社長とは呼ばないで”という捌け口を再開しなきゃ。