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昨夜の、ある駅前の閉店間際のスーパーにて……
福島産の安くて甘い桃だけがすっかり売り切れていました。
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明けて今日……
《9月17日(土)》
大震災から191日目……
外……
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内……
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それから、昨日慌てて告知した“やいま”のライブです。
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三線専用ブログにも記事があります。
 ⇒http://haisaikomaesanshin.ti-da.net…

詳細後日。

因みに神田のビル地下一階の線量は……
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3月18日金曜日: 地震後の銀座

《3月18日(金)》
東北地方太平洋沖地震発生から8日目……
爪が割れた。
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何かが狂っているらしい。

昼は丸屋へ。
節電中。
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健康ゲームなんかクソ食らえ、というより、なんだか栄養をつけたほうがいいような気がしてきて、セットメニューを注文したりして。
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食べ過ぎて後悔して。

そのまま駒込のJumboの事務所へ向かう。
 ⇒Jumboのホームページ
 ⇒高山正樹のボイスサンプル
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某有名外車の新車発表フェア開催のTVCMのナレーションの仕事。でも、そんな催し、たぶん中止だろう。たとえ中止にならなくても、TVのコマーシャルはないだろう、と思いつつ。

その頃、宇夫方路は6月4日の舞台の後援依頼の件で、銀座に行っていた。去年の6月以来の銀座広報活動である。

まず琉球新報。東京支社長の糸数淳さんと記念撮影。
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こういうのが大事なんです、ハイ。

MCの仕事を終えて小生も合流。有楽町の交通会館の中にある沖縄コンベンションビューローへ。
なんと、先日の地震で壁に亀裂が入ったとのこと。
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自動販売機の水は、すべて売り切れ。
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交通会館の2階には東京都の旅券課の分室がある。パスポートを申請する人で大行列ができていた。
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行列は地下まで続いていた。
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おいおいと思ったが、この人たちがみんなすぐさま日本を離れるというわけではない。冷静に今の状況を考えれば、福島原発が今後どうなるかわからないわけで、いざという時のため、今のうちに準備しておく、それに何の問題もないはずだ。我が家だって、娘の住む京都に、家族をいったん待機させようかと考えているし、成り行き次第では沖縄へ、ということもありえると思っている。それでもパスポートまで準備する気になれないのはなぜなんだろう。

その後、沖縄タイムスの東京支社で、支社長の田口雅士さんにお会いする。
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地震の後処理が大変なのだと伺った。

そして、同行してくださった来間加代子さんと、“いいあんべー”というお店に。
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食べた料理については、後日書く。


今年も5月の連休中に、新百合ヶ丘で「アルテリッカしんゆり芸術祭2011」が開催されます。
 ⇒アルテリッカしんゆり2011公式ホームページ
 ⇒“山猫合奏団”の案内ページ

“山猫合奏団”は3年連続の参加となりました。
今年は新作“オツベルと象”を上演いたします。新しいスタイル、なんとジャズっぽい雰囲気の山猫合奏団を体験していただきたいと思います。
※なお前半は“山猫合奏団”の原点「仔象ババールの物語」を久々に白石准のピアノ、高山正樹の語りでお届けいたします。

日時は5月1日の日曜日
今年もちょっと早いのですが午前11時開演です。
会場も昨年と同じ小田急線新百合丘駅北口スグ……
昭和音大北校舎第一スタジオ改めスタジオ・リリエです。
 ⇒山猫合奏団Official_Site
 ⇒山猫合奏団Official_Blog

そのチケットが2月1日より販売開始となりました。
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料金は2,800円です。全席指定ですので、お早めにご予約・お買い求めくださいませ。
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また今年の“アルテリッカしんゆり”では、特別参加事業として川崎市民劇が上演されます。

《川崎郷土・市民劇》
「枡形城 落日の舞い」

現在の川崎市多摩区にある生田緑地内に、かつて枡形城を築いたといわれる武将、稲毛三郎重成を描いた物語です。
この舞台に高山正樹が出演することになりました!
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 ⇒アルテリッカしんゆり2011HPの案内ページ
アルテリッカしんゆりのチラシ及びホームページには向ヶ丘遊園にある多摩市民ホールでの公演しか掲載されていませんが、20日と21日には川崎市教育文化会館でも公演があります。

2011年5月です。多摩市民館にて、6日金曜日夜6時30分開演7日土曜日8日日曜日昼2時開演。また川崎市教育文化会館では20日金曜日夜6時30分開演21日土曜日昼2時開演で計5ステージです。
こちらは全席自由。料金は大人2,500円(当日券は3,000円)学生さん以下1,000円です。
 ⇒川崎郷土・市民劇「枡形城・落日の舞い」のホームページ
 ⇒公演詳細のページ

山猫合奏団は象二篇。市民劇では高山正樹は旅の僧を演じます。
というわけで象と象と僧。5月の川崎は「ぞう」だらけ。

山猫合奏団、市民劇、どちらのチケットも下記のお問合せフォームよりご予約・ご購入いただけます。お名前、ご連絡先、ご希望の公演名、日付、枚数をご記入の上、お申し込みくださいませ。
 ⇒山猫合奏団のHPのお問合せフォーム
またお電話・ファックスでも受付いたします。
[TEL]03-3489-2246(株)M.A.P.(エムエーピー)担当:宇夫方(うぶかた)
[FAX] 03-3489-2279
 
たくさんの皆様のお越しを心よりお待ちしています。

ちょっとブレイクを入れるつもりが、すっかり手間取ってしまった。

再び、市民劇の稽古場である。
正しくは「連母音」なのかもしれないが、演技の話しなら「二重母音」の方がしっくりくる。
「滑舌(あるいは活舌か)をよくする方法」なんてネットで検索すればいくらでも出てくる。そんなものに興味はない。

ふたつの単語の連結部に生じる重母音。
「参ろうと-思いまする」mairooto-omoimasuru
「そういう-うちに」sooiu-utini
「三郎殿と-奥方を」saburoodonoto-okugatawo
「御寺が-あると」mideraga-aruto


いくらでもある。数え上げればきりが無い。
たぶん二重母音のふたつ目を言い直すような感覚があればそれで十分なのだろう。だが今回の僕は、きっちりとブレイクを入れて語ってみている。それが正解なのかどうか、ちっとも分からない。

もう5年前のこと。
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藤田傳氏が文学座出身の若い俳優にダメを出していた。
「おんなじ母音が続く時は、必ず間にブレイク入れるんだよ。じゃないと何を言ってるのか分からない。今の文学座はそんなことも教えないのか。江守徹は完璧にやってるぞ」



あえて強い表現を使っていたのだろうと思う。しかし、そこまで言われても、彼は芝居に没頭すると、言われたことが出来なくなった。言われたことを意識すると、芝居が崩れた。傳氏は彼に何を伝えたかったのか。

ここのところ、沖縄語の音韻に拘っている。そうしていると、興味深いことがたくさん出てくる。古の大和の言葉の世界へつながる門が、そこにあるような気がする。だが、このカテゴリの記事では語らない。沖縄語関連の記事で書く。

読み合わせに耳を傾けている。
二重母音を意識して台詞を読んでいる人がいるのかいないのか。意識しなければ台詞にならないと言っているわけではない。意識すれば台詞になると言っているわけでもない。ただ、役者であるなら、一度くらいはとことん意識して言葉の音そのものに拘ってみるべきだろうと思うだけだ。この中のどれだけの人が、それに同意してくれるだろうか。そんなことを考えていた。

言葉の中に長い歴史を探すことをしなければ、時代を語る芝居などできるはずはい。かつらを被ったファミリードラマなら、演らなくてもよい。

母音と母音の間で休んでいたい。
何を言ってるのだ。ボインなんて死後だよ。
死後に息を吹き込む。
あーあ、ダメだこりゃ。
さあ、自転車乗って帰ろう。自宅まで25km。精子が減少する。

少し捻り過ぎたな。川っぷちを走って頭を冷やせ!
凍えそうだよ……

色んなことが交錯している。


カテゴリ: 川崎市
年明け最初の稽古です。
場所は、川崎区にある京浜協同劇団の稽古場。
京浜協同劇団の看板
「全日本リアリズム演劇会議」か、歴史を感じますねえ。

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僕の名前が抜けていたチラシですが、それも修正してくださいました。
しかし「順不同」ってなんなのでしょう。決してデジタルでランダムな処理をしたわけでもなさそうですし、後から付け加えた僕の名前が最後というのが、ランダムでない証拠。まあ「順不同」というのは、並べた順に特段の意味はありませんから気にしないでくださいという意味なのでしょうからいいんですけれど、これだけの人数の最後に並べられると、いくら「順不同」と但書があっても、なんとなくこそばゆい感じがするのです。真ん中あたりにそっと紛れ込まして頂ければ心穏やかだったのに、なんて。

新しいチラシでは最後なのですが、実際の舞台ではどうやら最初に声を発することになるらしい。役名は「旅僧(たびそう)」。いわば能におけるワキ。ストーリーテラーに話すきっかけを与え、それから始まる物語では聞き手という役どころです。

芝居は旅僧の名乗りから始まります。そして主人公稲毛三郎重成の妻である綾子の化身の蝶に誘われ広福寺にたどり着く。そこで、ひとりの老女に出会います。その老女は、かつて重成の侍女頭であった八重。この八重がこの芝居のストーリーテラーで、目の前の旅僧に昔を語って聞かせるという形で舞台の前半は進んでいくのです。
つまり、本筋だけなら旅僧なんていなくても十分成立するのですが、しかしそのスパイスみたいな存在によって、芝居は二重三重の構造となって深さが増すというわけ。古の平安を現代に繋ぐ役割といっては言い過ぎでしょうか。しかし、スパイスは好みの別れるところ、なんとも責任重大であります。

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さて、配役が100%決まっての初稽古、まずは頭から読み方や発音、アクセント(日本語の場合はイントネーションと言ったほうが適切かもしれませんが)などのチェックです。「鼻濁音が乱れていますねえ」という演出ふじたあさや氏の指摘。軽いジャブですな。

しかし、沖縄の言葉やその歴史を学び初めてから、僕は鼻濁音についての印象がすっかり変わってしまいました。特に最近、唄三線で古典を習うようになって、意識しないと出てしまう鼻濁音を、逆に封印する練習ばかりしているのです。鼻濁音を一切使わないというのもなかなか難しいのです。

でも、今回は平安の時代劇をやろうとしているわけですから、鼻濁音を「正しく」使うことは、必要なことなのでしょう。ただ、あたかも役者はいつでも「正しい鼻濁音」を使わなければならないと言い切ってしまうような表現は、それは違うのではないかと思うようになりました。

今までもM.A.P.after5や「社長とは呼ばないで」などで、鼻濁音について色々と書いてきました。そのいくつかをどうかお読みください。
 ⇒沖縄語の音韻講座、プロローグ(1)
 ⇒日本語の二大美点?
こんなことを言うから僕はまた敵を作るわけなのですが、性分なので仕方がありません。

仕方ないついでにもうひとつ言っちゃうことにします。

旅僧の「名乗り」は次のような台詞です。
「これは、諸国一見の僧です。このほど鎌倉に参り、寺社をめぐり、いくさの跡を尋ねての帰り道、足を伸ばして、東国の、鎌倉殿ゆかりの寺々に参ろうと思いまする。」

僕はこの中の「東国(とうごく)」のアクセントを( ̄___)と読んだのです。しかしこれに対して、ある超有名劇団のベテラン俳優さんからこんな御指摘を頂きました。「東国」を( ̄___)と読んでは「唐の国」に聞こえる。(_ ̄ ̄ ̄)が正しいのではないか。
ありがたき御教授、まず僕は、素直に受け入れて読み直することにしました。しかし何故かしっくりこない。
僕が「東国」を( ̄___)と読んだのには、それなりのワケがあって、僕の固い脳みそが、その「ワケ」をリセットできずにいるらしいのです。
「東国」を( ̄___)と読んで「唐の国」に聞こえるか否かはともかくとして、「東国」という言葉を実生活で使うことがあったとしたら、確かにおっしゃられる通り、僕も間違いなく(_ ̄ ̄ ̄)と発音します。にもかかわらず、この芝居において「東国」を( ̄___)と読みたいと思ったのは何故なのか。

その大きな要因として、この芝居の冒頭の「名乗り」を、「様式的」にしなければならないということがありました。
といって、能や狂言そのままに演ずるわけでもない。いったいどのように「様式的であること」を表現すればいいのか、まだまだ決めることはできません。そこでまず僕は、一音一音を浄瑠璃のように粒立てて語ってみること、そしてそれに加えて、「東国」を( ̄___)と読んでみることで、古典的な様式の「感じ」を付加することが出来るのではないかと思ったのです。
そう思ったのは感覚でしかありません。しかしその感覚は、僕のいくつかの知識やこれまでの経験によって、僕自身にはそれなりに根拠がありました。

日本語のアクセント(イントネーション※以後アクセントに統一)は、大雑把に言えば東と西の系統に大別され、いわゆる「標準語」はもちろん関東系、特段の地域性を芝居に持たせないのならば、たいがいそれ準じます。まして今回の芝居は東京に近い川崎の郷土劇なのですから、「標準語」のルールに従うのは当然でしょう。

しかし、古くは日本において関西のアクセントしかなかったという説を聞いたことがあります。少なくとも、古典的な芸能の多くは、京都あたりで成立したようです。「東国」を( ̄___)と発音するのが関西系のアクセントであるかどうか、その正確な知識は持ち合わせていないのですが、古典芸能のアクセントが、いわゆる標準語のアクセントとちょくちょくこれに類した差異を示すという感覚が僕にはあります。
そこで、(_ ̄ ̄ ̄)と発音するのが現代ではしっくりくる言葉を、あえて( ̄___)と発音することによって、一種の古典的な雰囲気が表現できるかもしれない、これが、僕がこのアクセントを選択した「ワケ」です。

そうした「理屈」が独り善がりなものであれば、勿論とっとと捨て去るべきですが、さて。

今から30年以上前のこと、「宗論」を演じたことがあります。しかしそれは狂言でも落語でもなく、台詞つきの日舞でした。
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指導してくださったのは名古屋の花柳流の重鎮、花柳芳五三郎師の御曹司である花柳伊三郎さんです。その冒頭にこんな台詞がありました。
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「まかりいでたる者は、都、東国の僧でござる。この度、思いたって……」

これが伝統的な台詞、文言であるのかどうかは不案内なのですが、少なくとも狂言の名乗りではありません。狂言の名乗りなら「このあたりの者でござる」というだけ、名乗らないのが狂言の名乗りで、こんな風に素性を明かしてしまう名乗りは狂言にはありません。
もしかすると、伊三郎さんの実験的創作であったのかもしれませんが。

この時、この「東国」を( ̄___)と伊三郎さんの口伝で語った微かな記憶が僕にはあるのです。とはいえ、名古屋出身の伊三郎さんですから、それだけの原因で( ̄___)と発音されたのかもしれません。だとすれば、これもいつまでもこだわるような話しではありませんが、確かにその時の経験によって、ひとつの感覚が植えつけられたということも事実のようです。

それから数年後こと、ひょんなことから、僕は講釈師の小金井芦州の弟子となり、今はなき本牧亭で前座を務めるような短い一時期がありました。
 ⇒28年の時を隔てて【小金井芦州のこと】
僕は芦州からよく「訛ってやがるなあ」と言われました。子供の頃3年ほど京都に住んでいましたが、これでも山の手生まれの山の手育ちです。訛っている自覚は全くないのですが、どうやら標準語と江戸弁の講談とでは、その発音もアクセントも似て非なるものだったようです。

講談には台本があります。しかし、修行はもちろん全て口伝です。
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最後の講釈師と言われた名人との一対一の稽古、それは貴重な時間でした。そしてこの経験においても、「東国」を( ̄___)と発音する「感覚」は、むしろ補強されたというふうに、今思い起こしてみると感じるのです。

最近、落語を演ずる機会がありました。三笑亭夢丸さんの新江戸噺のひとつ、「紅い手」という怪談噺を朗読するという企画です。
その「紅い手」の中に、「中仙道」という言葉が出てきました。普通に語れば「なかせんどう」は(_ ̄ ̄___)です。それが山の手で育った僕の感覚です。しかし、夢丸さんからお借りしたテープでは、師匠は( ̄_____)と語っていらっしゃいました。落語は個々自由な芸ではありますが、言葉の発音やアクセントなどの基本は口伝です。何度かその通りになぞっているうちに、なるほどこの方が、落語にはしっくりくると感じられ始めたのです。終演後、文芸評論家の大友浩さんとお話をさせて頂きました。その際、大友さんも中仙道をやはり( ̄_____)とおっしゃられたのを聞いて、なるほどとあらためて納得したのでした。

後で調べて分かったことなのですが、中仙道を( ̄_____)というアクセントは、少し古い言い方であるらしいのです。東海道もやはり古くは( ̄_____)といっていたらしい。そういえば小金井芦州の「芦州(ろしゅう)」も、若い人たちは(_ ̄ ̄先生)と言っていましたが、年配の方々は( ̄__さん)と呼んでいらっしゃいました。

因みに、僕の手元にあるNHK編の『アクセント事典』(昭和41年発行)には、「中仙道」も「東海道」も、そして「東国」も、ふたつのアクセントが併記されているということを付け加えておきましょう。しかし全て二字目上がりのほうが先の表示ではありますが。
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さてここで、ご存知の方も多いでしょうが、山田耕筰氏が作曲した「赤とんぼ」の歌詞の「あかとんぼ」のイントネーションについてお話しようと思いました。しかし、先にご紹介した大友浩さんが、それについて僕などよりはるかに深い薀蓄を書いていらっしゃるサイトを見つけたので、そのリンクを貼り付けておくことにします。是非お読みください。
 ⇒http://www.honza.jp/author/5/otomo_hiroshi…
(※但し『アクセント事典』では「あかとんぼ」は(_ ̄ ̄__)の記述しかなく、落語では常識という( ̄____)の記載はありません。)

さて、では「東国」をどうするか、いまだ結論は出ていないのです。しかしです。僕は始めに「『東国』を( ̄___)と読んで『唐の国』に聞こえるか否かはともかくとして」と書きました。しかし、舞台の上でお客様に言葉を伝えるのが仕事の役者たるもの、発した言葉が正確な意味で伝わるかどうかは、「ともかくとして」しまうようなことではないはずです。その意味では、僕のアクセントについて御指摘くださった大先輩のお言葉には、しっかりと耳を傾けなければならないのだろうと思います。
(文責:髙山正樹)


ということで(というか、にも関わらず、というか)、色々な方に聞いてみることにしたのです。そしてまずは身近な方々に聞いてみることにしました。それから、今後も引き続き聞いてみようと思っているのです。粘着気質の役者の試み。それらは《続き》でご覧あれ……

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先週の火曜日に続き、今日の火曜日も分け隔てなく匿名でいこう。
M氏が役者を撮影していたから、逆に撮影しておいた。
演出助手の丸尾聡氏

居酒屋で、でかい声で話しをする役者が嫌いなのだ。どうしてそう思うようになったのだろうと考えた。そして思い出した。世話になった伊川東吾兄がそう僕に言ったのだ。僕がまだ、二十歳をちょっと越えたくらいの頃である。

そしたら斎藤晴彦氏のことも思い出した。「恥ずかしいから」の話し。
 ⇒社長とは呼ばないで「1985年1月31日の日記」

役者であることにどこか落ち着かないシャイな役者が好きだった。
舞台に立ちながら、どうやら僕は役者ではないらしいと、ずっと思ってきた。役者になんかなりたくないとも思った。でもここ10年ほど、役者の仕事が減って、役者でありたいと思うようになっていた。でもやはり、戻りたいのは、「役者であることに落ち着かない役者」なのだと最近気がついた。

今日の現場(?)。
みんなで撮影

今日のNEWFACE(?)。
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これで3回の累計11名。

これまで妙なことを書き綴ってきたのは、「市民」の方々への独り善がりな思いである。参加の申し込みを最初から躊躇した方、何度か顔を出してはみたが、結局辞退された方、そうしたお会いすることのできなかった多くの方々。

でも、もうこれ以上書くつもりはありません。参加している方々に失礼ですから。

ところで「枡形城」と「桝形城」、どちらを正式な表記にするおつもりなのでしょう。ネットによる告知、台本、演出助手のブログ、みんなまちまちなのですが。あわせたほうがいいですよねえ。インターネットの時代、表記統一しないから、すでに検索がおかしなことになっています。


完全な脱力状態から、どこにどのくらい力を入れればいいのかを、ゆっくりと見極めながら楽しむことができるのかなと思っていたのです。しかし、なんだか初めから立ち位置を決めなければいけないような、回りのことは考えないで、ともかく演技方針を提示しなさいと言われているような。

今日は前回の皆さんに加えて、こんな若者たちと飲みました。
オフィスプロジェクトMの和田くんと小山くんと横澤さん

市民劇なんだからさ、ゆっくりやろうよっていう感じ。
小学校の頃の国語の時間。教科書を気持ち込めて読んだりするの、みっともないことだって思わなかった? その感覚、僕は普通で好きなんだけどなあ。でも、生き馬の目を抜く世界。その中で生きていこうとする若者なら、どんな現場でも精一杯やって当然ですよね。

でも、僕はおっさんなもんで。
とはいえ、天下の民藝さんのような方法論があるわけではないのです。ただ、まず初めは何もしたくなかっただけのこと。ところが皆さん何かしようとなさるので、「しない」ことが却って「している」みたいに見えてきた。それでも我関せず我が道を行くという芸当が僕にはできず、といって何かをする気にもならず、なんとも弱った3時間でした。

ネットのどこかで、M氏が役者の質が見えたみたいなことを呟いていらっしゃったようだけれど、本当かしらん。初見では箸にも棒にも引っ掛からないのに、むしろそうだからこそ本番になると誰よりも生きているみたいな役者さんもいるわけですし。そういう役者さん、今日もいたし。舞台未経験の方なら尚更です。だから半年近くも稽古するんだもんねえ。

僕の参加目的は山猫合奏団の宣伝活動?
いえ違います。そんなこと、口が裂けても言いません。

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「枡形城 落日の舞い」の本読み。
利用団体の掲示板

出たがりのふじたあさや先生の独演会。一人で3時間余りを読み切りました。

出たがりの証拠。
“砂の器 デジタルリマスター2005 [Blu-ray]”

昔の「砂の器」です。ブルーレイで出るんですね。若き頃のあさやさんが出ています。

これまでの関連記事は今のところ「川崎市」のカテゴリにて。

石山海くんにナンパされました。
そして拉致された場所は……
「枡形城落日の舞い」の本読みの後で
左から、石山海くん、とのぎひろこさん、水野拓児氏、中谷麻由子さんの面々。
今日のところはお名前だけのご紹介にしておきます。ちょっと思うところがあって。なんたって市民劇ですからね。
追々時期が来れば、いやというほどご紹介する日が来る?
あるいは……

ミステリーですな。

でも、一応こんなリンクを貼っておこうかな……
 ⇒http://lanyomiri.269g.net/article……

暫くは、お口にチャック。

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三笑亭夢丸with東京奏楽舎の深川江戸資料館公演“かがみ”が無事終了しました。

プログラム

【第一部】
古典落語“辰巳の辻占”
三笑亭 夢丸

元禄花見踊りと変奏曲についての前説
モーツァルトの“きらきら星変奏曲”
菅野 恵子(ピアノ)
高山 正樹(いかがわしい大学教授風の男)

元禄花見踊りの主題による7つの変奏曲
菅野 恵子(ピアノ)
桃原 健一(オーボエ)
大島 純(チェロ)
名田 綾子(作曲)

《休憩》

【第二部】
コンサート“組曲 かがみ”
落語とクラシックのコラボレーション“かがみ”

三笑亭 夢丸
菅野 恵子(ピアノ)
桃原 健一(オーボエ)
大島 純(チェロ)
名田 綾子(作曲)

スタッフ
音響:渡邉 禎史
舞台監督:楠 定憲
制作:㈱M.A.P.
プロデュース:高山 正樹
協力
日本音楽家ユニオン
(社)落語芸術協会
公益財団法人江東区文化コミュニティ財団江東区深川江戸資料館



~作曲にあたって~  名田 綾子

「元禄花見踊りの主題による7つの変奏曲」
今回、落語と音楽のコラボレーションに参加させていただくことになり人生で初めて落語の世界に触れることができました。演芸場で生の落語を見て、クラシック音楽の演奏会とは一味違う自由で明るい雰囲気、会場が一体となってワッと笑う時の何とも言えない楽しさ、そして何より噺家さんたちのプロフェッショナルな話芸・・・。その時その瞬間の面白さと、同時にものすごい緊張感!すっかり魅了されてしまいました。
落語には「出囃子」があるということも知りました。噺家さんのいわば専用のイメージソング。夢丸師匠の出囃子は「元禄花見踊り」の一節。普段寄席では三味線や太鼓などの和楽器で演奏され、とっても素敵な雰囲気があります。
この元禄花見踊りのメロディーを元にして、クラシックの音楽形式のひとつである「変奏曲」なんて作ってみたら面白いんじゃない?という、かるーい冗談から始まり、いつの間にか本当にやる運びになり・・・(笑)、さてさてどうしよう!?思いっきり「和」のテイストの曲を、クラシックの「洋」の楽器と形式で・・・・。でも、これも落語の世界とクラシック音楽の世界のコラボレーション。しかも絶対に他にはないはず!どうせやるなら元禄花見踊りのメロディーが日本から世界へ飛び出すような面白い曲にできないかな?そうして完成した変奏曲。
花見踊りのメロディーが、リズムを変え、調を変え、拍子を変え、テンポを変え、えっ!そんなとこまで行っちゃうの!?というところまで自由気ままに旅をしていきます。突拍子もないところまで行ってしまっても、なぜか聴こえてくるメロディーは花見踊り。でもなんか違う!?・・・皆さまにも一緒に変奏の旅を楽しんでいただけたら嬉しいです。

落語×音楽コラボレーション「かがみ」
寄席で夢丸師匠の「かがみ」というお噺を聞かせていただき、ぜひこの題材で曲を書きたい!と思いました。痛快でありながらほろりとさせられ、時代は違いますが主人公が嫁入り前の女の子、ということでなんとなく親近感が湧き(笑)、世界に入り込んでしまいました。
コラボレーションするにあたり「落語」と「音楽」をどのように両立するかメンバーで話し合う中で、お噺の前に「かがみ」の世界を音楽だけで表現する組曲をやったらどうか?というひらめきが生まれました。まずは物語の中に出てくる登場人物それぞれのテーマ曲を聴いていただいてお客様に自由なイメージ作りをしていただき、そのあと音楽と共に落語を聴いていただいてイメージが完結する、という新しい試みです。お美代、おとっつぁん、辰っつぁん、新吉、おっかさん、そして「この世で見たこともないきれいな化け物」とは一体・・・?さあ、「かがみ」の世界へようこそ!

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《10月31日その4》
今日はこんなことをやっているのである。

「枡形城」現地見学会のチラシ

枡形城は、秩父党の末裔、稲毛三郎重成が建てたと伝わる。
で、いったい何でこのところ唐突にこんな話ばかりを書き始めたのか。
実は自分でも、もうひとつはっきりとしていないのだ。
ともかく、ふじたあさや氏が川崎の市民劇の演出をすることになった。その市民劇は鎌倉時代の、ここ多摩区の丘陵あたりが舞台であり、稲毛三郎重成がその芝居の中心的な登場人物であるらしい。本番は来年の5月。ずいぶんと先のことなのだが、それがもう動き出したということなのだ。で、それが高山正樹とどんな関係があるのかなのだが、はて、それがどうもモヤモヤしている。まあそれについては、今しばらくお待ちいただきたい。もう少し見極めたいことがある。

ともかくだ。本日午前中の小沢城址&菅の薬師堂ツアーは、市民劇関係者が参加しての催しだったようだが、午後からは一般の市民の方々を交えての稲毛三郎重成についての勉強会と枡形城の見学会である。

薬師堂の本堂を閉めにいらした奥様にお礼を申し上げて、登戸にある専修大学まで歩いていくことにした。これも健康ゲームである。

ここから先は、我が家からかなり離れたことでもあるし、もう詳しいご説明はやめよう。

配られた資料

ただ、秩父一族の中の河越氏が、島津氏の祖だというちょっとした話が、M.A.P.的には妙に気になったのではあるが。

専修大学での地元の研究家の方による講義を終えると、本日の御一行は、枡形城址と重成の縁の広福寺を巡った。
薄くなったあさやさんの頭 稲毛館跡の碑
広福寺は重成の屋敷跡であったとも伝えられている。

夕方、現地解散とあいなった。

そして、小生は新しく「川崎市」というカテゴリを作成したのである。

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高山正樹 Masaki Takayama
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