神保町にある如水会館の14階「一橋クラブ」にて、久米明さんとお会いしました。
如水会館は、一橋大学の校友会館といったところでしょうか。如水会は、かの「申酉事件」をきっかけに、母校防衛を理念に設立されました。徳ある者の交わりは淡き水の如く、スマートに長続きするという『荘子』の一節「君子交淡如水」がその名の由来です。
一橋クラブ
本ブログに時々さり気なく(?)登場する高山正樹の悪友ユースケ氏と、そのお姉さま眞理子さんを囲んでの記念撮影です。
お二人の亡き父上と久米明氏とは、東京商大(一橋大学の前身)で共に芝居をし、そして実に50年の長きに亘っての大親友でした。
この夜、84歳の久米明さんの語られる学生時代の思い出話は、まるで昨日のことのように、生き生きとして楽しきものでありました。
登場人物が何人であるかが最大関心事であったという台本選びのことや、津田塾やトンジョやポンジョの女学生とのエピソードなどをお話しされる久米さんの目は、若き演劇青年のように輝いていらっしゃいました。
また、久米明さんの師である山本安英さんことなど。山本安英さんの台本には、まるで楽譜のような書き込みがあったと聞いたことがあります。名優久米明の朗読の原点は、きっとこのへんにあるのだろうなあと思いながら、しみじみ伺っていました。

M.A.P.は劇団昴とも何かと縁があります。宇夫方路の学生時代の親友大島純氏の高校の同級生が昴で女優さんをしていらっしゃるのです。
その方々の話題になると、久米さんは意味深長な微笑みを浮かべられて
「昴にはペトルーキオがいないからねえ」

それってなんですか?なんて野暮なことは聞きません。こちらだって演劇青年の端くれだったのですから。
ちょっと手前味噌ではありますが、僕の学生時代の舞台写真のご紹介。
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ペトルーキオを演じる高山正樹であります。
(ウィリアム・シェイクスピア「じゃじゃ馬ならし」)

かつての学生の頃のような、あんな気もちで仕事ができたら、もしかすると、久米明さんとならば、それができるかもしれないと、そんな気分にしていただいたのです。
(仕事の話はOfficialのブログに3回に亘って記事にしたので、どうぞ、そちらをお読みください。⇒その1 ⇒その2 ⇒その3

一橋クラブは会員制。さらには如水会館の中で「カシ変えて」ハシゴ。お仕事をお願いしに行ったのに、すっかりご馳走になってしまいました。次回は是非ともM.A.P.がご招待をいたします。今度は同席したがっているカタリーナたちをも交えて、沖縄あたりでいかがでしょうか。
でも久米さんは、カタリーナとビアンカと、どちらがお好みなんだろうなあ。

久米さん、今日は本当にありがとうございました。寒い夜、どうかお気をつけてお帰りくださいませ。(続きも読んでね)
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久米さんと、近々の再会をお約束してから……

もう一軒行こうか。
なんともそういう気分であったのです。
そうして見つけたお店。
“カントリー”
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いったんは入りずらくて通り過ぎたのですが、どうも気になって、吸い込まれるように中へ……

「いらっしゃいませ」、低くてよく通る渋い声。
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なんとも雰囲気のあるママです。
トイレには文学座のチラシが貼ってあったり、それでちょっと伺ってみました。
「そういう関係の方々がいらっしゃるのですか」
「ええ。ところで、今しがた皆さんがお話になっていた久米さんて、久米明さんのことでいらっしゃいますか」
驚いたことに、久米明さんもよくいらっしゃっていたお店だったのです。
「久米さんは、とても優しくて素敵な紳士でいらっしゃいますよねえ」
ママさんが語る若き日の久米明のエピソード。

いったい今晩はどういう日なのだろう。みんなそれぞれが懐かしい過去たちに囲まれて、まわりの空気は、どんどんと優しく円やかになっていきます。
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眞理子さんのお言葉。「父の供養ができたような気がする」

きっと、天国の父君のお導きです。そっと合掌。「ほんとうにありがとうございました。」

桜新町で待ってるお母様には、ちょっと申し訳ないくらい楽しい夜でした。
ユースケ、親孝行しろよ!

《おまけ》
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(菊地寛「屋上の狂人」高山正樹&楠定憲でした。)