月に2回の“沖縄語を話す会”に、今日もお邪魔しました。
國吉眞正さんと船津好明さんから、とてもたくさんの貴重なものを頂いたりお預かりしたり。
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ひとつひとつについて、お話したいことがたくさんあるのですが、相変わらずやらなければならないことが山積みで、すぐにご報告というわけにはいきそうにありません。
落ち着いて、
ウチナーグチ講座のように、ぼちぼちとご披露していこうと思っています。

たくさんのお土産は「お宝」でもあり「宿題」でもあり、それらをカバンいっぱいに詰め込んで、大崎から吉祥寺に向かいます。

吉祥寺は、今、沖縄の町といってもいいほど、沖縄の方たちが多く住んでいたり、沖縄の居酒屋がたくさんあったりするらしいのですが、でも今日は時間が無いので、街をゆっくり見る暇も無く、まっすぐに前進座劇場へ。

急ぎ足。自然と斉藤哲夫の懐かしき歌を、心の中で口ずさんでいます。

♪きちじょーじからー みなみへおりてー…
♪ちきちきちーきちじょーじー、ちきちきちーきち きちきちきちじょーじー……

劇団コーロ。“ハンナのかばん”
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ユダヤ人少女ハンナ・ブレイディのかばんには、ホロコーストの真実が詰まっている。
ユダヤをめぐる現況は、そう単純ではありません。でも、「今、何故ホロコーストなのか」、そんなありがちな質問をする気もありません。ただ、歴史に学ぶことが、対立を持続するためにあるのだったら、歴史など忘れ去ってしまったほうがいい。

僕は、島尾敏雄氏が1972年に書いた「大城立裕氏芥川賞受賞の事」という文章の一節を思い出していました。
(1972年ということは、斉藤哲夫「吉祥寺」の前年ですね…)

「彼(大城立裕)の目がひとつではなく、いわば複眼の構造を持っているということだ。小説の表現の世界で期待できるのは、この複眼の構造ではないだろうか。(中略)つまり『カクテル・パーティー』に登場するそれぞれの人物は、それぞれが被害者であると同時に加害者でもある条件を背負っている。作者が、そのところに目を据えている姿勢を、私ははっきりと読みとり、そのことに読後の充実を味わうことができた」

今ユダヤの人々は、ホロコーストの経験を、未来へ向けて、どのような精神的遺産として位置づけていこうとしているのでしょうか。
そして“ハンナのかばん”を演じる俳優の皆さんたちは、ハンナのかばんの中身に、どのような関心を寄せているのでしょうか。さらには、それはどれほど切実な関心なのでしょうか。できることならば、この舞台が終った後も、ずっともち続ける関心であって欲しいと願うのですが、しかし役者とは因果なもので、次々と新しい興味に乗り換えることができなければ、どうもやっていけない職業でもあるようです。

島尾敏雄氏は、さらにこう述べています。

「(大城立裕氏が)『沖縄のもっている荷の重さ」と書いた琉球弧を、文学的な複眼の構造で見た場合、それは言い知れぬ豊饒な母体として写ってくるのを私は払いのけることができない。しかし(中略)その母体を享受することのできる者が、限られていることも、どうしようもないことに思う。でも大城氏の場合は明らかにそれを手に入れている。琉球弧は内発的な表現力を生み出す母体として彼の前に横たわっている。彼はただ手をのばしてつかみとりさえすればいいのだ。
私は琉球弧の中の奄美に十二年も住んできたが、その条件が私の内面にわかちがたくはたらくところまで、まだたどりつけないでいる。ひとつのかすかなのぞみは、奄美の土着の世界への尽きない関心を失っていないことだ。」


劇中、白石准ちゃんが生演奏でピアノを弾いたのです。そのことを語ろうと思っていたのですが、それを語るならもっと適任の方々がいるように思うので、僕は遠慮することにしましょう。
http://juninho.blog…

終演後の、御主人様が去ったあとのピアノ…
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朝から何も食べていなかったので、有名な“いせや”へ。
劇団あとむの面々。
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楠さんと、織田さんと、大女優改め天才の…
やーめた、また名前変わるかもしれないから、今度会ったとき名前変わってなかったら紹介するね、今ちゃん。

(ちなみに、youTubeの斉藤哲夫「吉祥寺」に“いせや”が出てきます。)