宮城巳知子さんの「ずいせん学徒隊」の挿絵をお書きになった成井俊美さんが、喜多見の事務所までおいでくださいました。
巳知子さんの御長女のご主人でいらっしゃいます。つまり、宇夫方路の琉球舞踊の仲間、宮城文子さんの義理のお兄様ということです。

ウチナームコのツーショットです。
成井俊美さんと(ウチナームコのツーショット)
沖縄の妻を持つヤマトの男でなければ分からないような、「それそれ、それ、ありますよねえ」という話がたくさん。

内地には、京都文化の亜流しかない、それを相対化できるような、京都文化に拮抗する文化は、この日本の中では琉球文化を措いて他にはないと、成井さんは語られました。
「京都文化の亜流しかない」という点については、アイヌ文化や、その他の地方文化についても不勉強なので、僕の意見は保留しますが、沖縄が大和を相対化するということは、全くその通りだと思うのです。われわれ「大和」の人間は、「沖縄」を鏡として、自らを常に見つめていかなければならないと思うのです。

その素晴らしい「琉球文化・沖縄文化」を、大和はどのように受け入れていくべきなのか、また、沖縄の人たちがその「文化」を「内地」に向けて発信していくことに、我々のような人間が協力できることはないのだろうか、話は尽きません。

しかし、沖縄の人たちだけでは、なかなか困難なのではないかという成井さんの語られる言葉は、様々な経験が背景にあって、とても重いものがあります。沖縄の若者たちにも、できれば素直に耳を傾けてもらいたいようなお話だと思うのです。

出る釘は打たれる、伝統という名目に固辞して、新しいものを受け入れようとしない、とても閉鎖的な一面が沖縄にはある……

我々のような「よそ者」は、無責任にそんな批評もするのだけれど、沖縄の若者たちは、沖縄を愛していればいるだけ、沖縄の地で一生暮らしていこうとしているわけで、そこで「我」を主張して生き難くなるようなことは慎しみたいと思うだろうことはよく理解できるのです。しかし、そこを打破しなければ、新しいことは、全て「内地」の根無し草たちに持っていかれてしまうでしょう。
なんとしても、古いシガラミを断ち切る勇気を持って欲しいと、ふたりのおじさんは思うのでした。

成井俊美さんは大先輩(失礼?)、今後、教えていただきたいことがたくさんあります。また、ご一緒できる「仕事」も、探っていきたいと思います。

「ビジネスにしなければいけないのです」

ビジネスについて、注釈なしに同意できることは、とてもうれしいことです。

成井様、これから、どうかよろしくお願いいたします。
(4/22投稿)


宮城巳知子さんの近況も伺いました。
少し体がお弱りとのこと、「ひめゆりの絶対」を向こうに回し、悲劇は「ひめゆり」だけではないのだということを広めた功績、きっと「がらっぱち(成井さん談)」な巳知子でなければ出来なかった偉業でしょう。学徒隊の生き残りで天皇に初めて「謁見」されたのは、実は宮城巳知子さんなのです。でも、本当は、大変な気苦労をなさったとのこと、沖縄で「ひめゆり」のような大きなものに立ち向かうことの大変さは、僕たちには計り知れないものがあるのでしょう。
でも、まだまだ巳知子さんの気力は充実されているとのこと、巳知子さんのために、早くCDを作って差し上げたいと、あらためて思った日なのでした。

なお、成井俊美さんの著書のご案内です。