《5月27日(金)-2》
東日本大震災から78日目ということを忘れてしまった日……
モノレールをおもろまち駅で降りて雨の中を県立博物館まで歩く。

まず、ミュージアムショップ“ゆいむい”に顔を出して池宮城さんにご挨拶をして娘を紹介した。なんで娘を紹介したのかは今のところ至極私的なミステリーなのでお話はしない。

「琉球新報に路さんの公演の記事が載ってましたよ。カラー写真で。お電話しようと思っていたんですが」
「そうですか、後で新聞捜してみよう」

「今、岡本太郎展の準備で、中はバタバタしていて……」
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“岡本太郎と沖縄”は是非観たい企画だったが、開催は31日から、残念ながら諦めるしかない。

岡本太郎は川崎市に縁の人物だし、“おきなわおーでぃおぶっく”のラインナップに加えようと、岡本太郎の著作を管理するところに書類を渡してあるのだが、いっこうに音沙汰がない。といっても、こちらも忙しくてそれっきり連絡もしていない。ぼちぼち動かさなければと思うが、さて。

そういえばもう何度もここに来ているが、まともに常設展を見学したことがない。これでは元館長大城立裕さんにも申し訳ない。
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常設展の中には一部撮影できる場所がある。
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(執筆中)

【そうして浦添に戻って呟いたこと】
18:00
雨!濡れたって平気!沖縄!これが当たり前、当たり前なことを奪った原発は、やっぱり許せないと、沖縄の空の下であらためて思う。


夜は、義母のソーキ汁でシマ(泡盛)をやるのであった。
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博物館の資料室で、池宮城さんから伺った新聞記事を探してみた。

そしてこれが、見つけた5月25日付けの琉球新報。
確かに、宇夫方路の6月4日の公演のことが掲載されていた。

(※画像が90度違いますが御勘弁を。こうしないと字が小さくなってお読みいただけないので。)

この記事の上には、もっと大きく西村綾乃ちゃんの独演会の記事が載っていた。
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「照明など新鮮な演出」とある。沖縄の琉球舞踊の世界も、少しづつ動き始めているのかもしれない。

あらためて、東京で琉球舞踊をやることの意味を考えてしまいそうになるのを、そっと僕は抑えた。
立ち止まらなければならないようなややこしい思考は、しばらく回避しておこう。しばらく、といってもいいとこ3ヶ月くらいだけれど。