常連がベタベタしている店は居心地が悪い。常連が、一時の酒をあたかも上等な芸を味わうように楽しむ、そんな店は、一見(いちげん)で立ち寄っても心が潤う。なかなか出会える店ではないが。

あの、世田谷通り沿いの寿司屋にいた菊地さんには、ちょっとそんな雰囲気があったっけ。菊地さんと、食い物の話をするのは実に楽しかった。
「客に旨いと思わせるのは料理の腕だけじゃないよ。どうやってお客さんに楽しんでもらえるかだ。でも、そんなやり取りを楽しめる客は少なくなったねえ」
考えてみれば、うまいことおだてられていたということか。でも、それでかまわぬ。

例えば、コアな文学の話ができるとか、宇宙の不思議について語りだしたらとまらないとか、客に合わせてそんな会話ができる、重要なのは、この「客に合わせて」というところ。

この喜多見では、難しいのだろうと思う。きっとそういう店を成立させる客がいないのだ。客層が若いということもあるが、そんな若い連中をも虜にしてしまうような、かつてゴールデン街あたりにあふれていたコアな粋人たちが、ここ喜多見の夜にはいない。

勢い、店主は若者に合わせた顔を作る。

「銀座か赤坂あたりへ行くしかないね」
そんなこと言うなよ、つまらない。
あくまでも、郊外の住宅地に隣接する小さな商店街的一般論。でも諦めてはいない。何かひとつ転がれば、と思うのだ。可能性のある店は、たくさんある。

球屋のカテゴリ…
http://lince.jp/hito/kitami/tamaya…
地図はこちら…
http://www.ownmap.jp/map/kitami/shops…

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10年後くらいのママが楽しみ。
沖縄のことを、こんなにもこだわっているM.A.P.なのに、球屋について突っ込んだ記事が書けないのは何故なのだろう。
例えば沖縄の三線。この世界だって単純じゃない。
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球屋のママのパパは、知念榮という人で、三線の最高師範なんだぞ、だからすごいんだぞなんて、そんなありきたりな紹介をするのは簡単なことだけど、それをしないのがM.A.P.after5の「こだわり」。深い話題があれば、いくらでも語れるさ、それが話してもいい深い話なら、だからそのうちね。

そのためにこそ、何かひとつ転がれば、と思うのだが。
それにしても、沖縄風ダイニング球屋なんていう店の名前にしているけれど、ママにとって、沖縄って本当は何なのだろう。

ずっと、泡盛飲みながら台本を読んでいた。今日は何故か12時閉店。ということで店を出た……
(文責:高山正樹)