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11月20日日曜日: コンケン・アイ

当ブログは全面的に引っ越しました。
コンケン・アイの食べログからいらした皆様、下記記事へどうぞ!
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・・・
《9月28日(水)》
大震災から202日目……

【この日呟いたこと……】

10:32
かじゃでぃふう練習中。だからよく分かるのだが(こんなこと呟きたくはないのだが)、沖縄から帰ってきてから始まった喉のいがらっぽさがまだ消えない。もう50日以上。書斎の線量0.12μSv/h。

17:54
日本人はみんな、シュレーディンガーの猫になりました。この思考実験の成果は、50年後、貴重なデータとなるでしょう。


シュレーディンガーの猫はM.A.P.after5三度目の登場。
 ⇒【自転車が作った京都御所の轍の心理学的考察】
 ⇒【京都出町幸神社(さいのかみのやしろ)の猿】



ここ数日、相変わらず線量の高い自宅の書斎に篭って、ずっと放射能に関する情報の整理をしていた。原発推進とレッテルを貼られた専門家の提示するデータ、反原発派が危険の根拠とする資料、相反する情報。細切れの事実をたくさん拾い集めていると、だんだんと全体がおぼろげに見えてきたりする。まだ三合目といったところだが、続けるしかない。

しかし、原発事故から200日を越えてようやく三合目では、真実を見渡せた時には既に時遅しなんてことにもなりかねないのではあるが。

あらためて思う。正確なデータを小出しにする東電と保安院と官僚と(当初は政府ではなかったような、今は同じ穴の狢だが)に、ここに至ってますます憤りを憶えている。

今日は“沖縄語を話す会”があるので数日ぶりに事務所へ。だからリハビリのため、朝方ちょっと三線をいじくったりしてみたのだ。

事務所入り口外のスペースに置いたテーブルの上に、黄色くなってきたゴーヤーがみっつ乗っかっていた。
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なんだ、もう少し早く採ればよかったのに。そして写真でも写してくれればよかったのに。連続性の中で考える、それがM.A.P.after5の基本方針。それには、途切れないことも重要なんだ、なんてね、わけのわからないブログのこと、誰も聞いちゃあくれない。というより、書斎に引きこもっていて、そんなこと言えるわけもない。

喜多見地区会館へ。
 ⇒第39回ゆんたくぬくゎい(喜多見で沖縄語を話す会)の記事
8月24日に1階の部屋のソファーの上で調べた時は0.1μSv/hあったのだが、今日は2階の部屋のテーブルの上。
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0.05μSv/h、何かが言えるわけもなく。

勉強を終えて、事務所に戻る。五日ぶりに事務所の線量を測る。
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変わらず。

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“コンケンアイ”と“ぎま”のことは後日書く。まだアップしていない記事を順番に。

孤独な連続性の中で。


《9月15日(木)》
大震災から189日目……
昭和49年築の鉄筋(HPC造)マンション9階、M.A.P.本部室内の放射線量。
 ⇒前回(8月25日)の報告
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0.1μSv/h、相変わらずの数値だ。マスクを必要とするものではなさそうだが、ともかく原因が知りたい。しかし0.1μSvくらいでガタガタ言っていると、非国民扱いされそうな御時勢だ。自分のことしか考えていないのか、福島の人たちを慮れと。なんともキナ臭い。
別の部屋(5階)を測らせてもらった。
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同じであった。全部の部屋を調べたくなった。しかし、そんなことを言い出したらきっと大顰蹙だろう。

マスクをして事務所に向かう。
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0.05μSv/h、変化は見られない。もう逐一報告することはなさそうだ。だが問題はα線とβ線を放出する核種の存在。この線量計では測れないが、γ線の動向を監視することでその影を捉えることが出来るのかもしれない。今後しばらくは、中よりも外の線量を重点的に報告しよう。
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0.05μSv/h、今日のところは中と同じ。ということはつまり……、さて、さっぱり分からない。分かったことは、明らかに本部のあるマンションの室内線量が高いということ。

線量に問題のない事務所は、少しずつだが違うものに変わろうとしている。
コンケン・アイのアイちゃんがやって来た。今日は琉球舞踊教室の日なのである。
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 ⇒M.A.P.琉球舞踊教室の専用ブログ記事

僕は邪魔にならないように、部屋の隅で黙ってPCに向かっていた。聞こえてくる琉球のメロディーの中で妄想に耽っていた。

宇夫方先生は、生徒さんの上別府さんと花水木に行くらしい。
「一緒に行きませんか?」
「うん、先に行ってて」

【そして黙って呟いたこと……】

21:22
日本の流通システムに沖縄が組み込まれているとしたら、それを拒否する沖縄独立への動きが本格的になってもおかしくない状況になってきた。もしそうなったら、今の日本は、きっと沖縄に軍隊を送るに違いない。

21:25
いつだったか、息子に聞いたことがある。「沖縄が独立したら、お前は沖縄人になる権利があるのだが、お前は日本に残るか、それとも沖縄に行くか」すると息子はあっさりと答えた。「沖縄」

21:26
娘はフランスに留学したいらしいのだが、なんとかイタリアにまからんかなあ。そんで、僕を呼んで。

※つまりさ、フランスで原発事故があって、あちらの原発国家フランス政府の発表では空気中に放射線はないということだったんだけれど、一昨日の13日のNHK朝のニュースで、職員が測定していた線量計がアップに、なんと8.1μSv!さらにプルトニウムだという話も。マルクールの線量は6.3μSv/hという情報もある。



お通しはカツオ。
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「上別府さん、食べ物、気にしてる?」
「昔は気にしてましたけど、今は……」
「そうじゃなくてさ、放射能」
「ああ、全然」
嫁入り前なのにね、とは言わなかった。

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狛江で、農業を営む青年に会った。
そのハナシは後日に回すが、彼から聞いたことをひとつだけ。
「今年は、ゴーヤーが変です。」


11月10日木曜日: 名月か(追記再投稿)

《9月12日(月)》

【この日呟いたこと……】

※琉球新報のツイッター「鉢呂経産相辞任、耐え難い感受性の鈍さ」を受けて。
10:31
拝啓、琉球新報殿。日頃からお世話になっています。しかし…。お願いです。どうかこの出来事の背景にあるものを、ちゃんと検証してみてください。お願いです。どうか、どうか。

10:39
琉球新報と同じことを、沖縄タイムスには言わなかった。いずれ、直接話す。




中秋の名月である。旧暦8月の15日である。つまり十五夜である。この日の月が満月になるのは、6年に一度なのだという。

はて、「十五夜」とは満月の夜だと思っていた。満月の夜が十五夜なのだと思って少しも疑っていなかった。しかしそうではなかったらしい。

新月を一日(朔・ついたち)として、そこから数えて15番目の日の夜を十五夜と呼ぶのである。そのことは知識として知っていた。ちょっと考えてみれば、新月が満月になるまで15日かかるとするなら、満月は16日ではないか。それなのに、それがなんだかおかしいなんて、今まで思ったこともなかった。

じゃあ何故、6年に一度、十五夜が満月になるのか。

午前0時から23時59分の間に新月になる日を月の一日とする暦、それが旧暦、月の暦である。新月が満月になるまでの日数は、ピッタリ15日なのではない。平均約14.76日と、15日より少し短い。例えば、今年の旧暦の1月と3月と4月は30日まであるが、2月と5月は29日までしかないのは、月の一巡が15日より短いからである。それに月の軌道が楕円だったりというような要素が加わったりして、時々15日が満月になるということらしい。

今年がそうなのだという。だから事務所から表に出て、デジカメで撮影してみた。
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ちっとも美しくない。なんだかな、“ふくいち”のライブカメラみたいになっちまった。と、思ったら、電線がやけに気になりだした。
大震災から186日目。
7度目の満月である。

月あかりでゴーヤーを撮ってみたかったが、ダメだった。
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というより、ゴーヤーはやっぱり太陽が似合う。明日、晴れたら撮ろう。

事務所の線量……
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昼は税金の計算をして、そして支払って。
夜は大城洋子さんと国弘泉さんが来て、そして色々と相談をして。それからコンケン・アイへ行ったのだ。

オヤジさんの釣果。
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考えることあり。いずれ……


《9月5日(月)》
大震災から179日目……

【この日呟いたこと……】

11:24
五日間ネットから離れた。すると世の中の出来事が見えなくなった。その隙間をポケットの中の線量計が埋めた。「顕著な変化なし」だが僕の機種で計れるのはγ線のみ。α・β線は分からない。目の前の食物の正体も不明。精進落としの刺身をつつきながら、僕はそんなことを考えていた。

12:43
腎臓癌の術後しばらく自然食にしていた。仕事に復帰して、仕方なくコンビニ弁当も食べるようになったが、食後いつも気持ちが悪くなった。一ヶ月くらいで慣れた。まだ転移はしていない。直ちに健康に影響などないし、たとえあっても原因なんか分からない。

18:09
疲れが溜まっていて、免疫力を回復するためには保養が必要。というわけで、ボーっとなでしこジャパンの試合をテレビで見ているんだが、女子サッカーって、歓声がないとこんなにつまらなかったんだ。

18:47
実は放射線で壊れた細胞を修復するために保養が必要と言いたかったのだ。喉の調子が一ヶ月経っても戻らない。色々調べたが、放射線の影響の可能性を100%否定しきれないのでいる。α線?β線?因みに、線量計を入手して以来、書斎のベランダで計るγ線の値は、0.1μSvを下回ったことがない。




沖縄からの客人は、僕の書斎に泊まってもらった。そのために徹底的に掃除をした。客人は昨日沖縄に帰った。そこであらためて線量を計ってみたのだが……
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0.11μSv/h、ちっとも変わらない。やはりこのほんのちょっと高めの線量は、建物の素材に由来するものなのか。しかしそれって自然線量なのか人工線量なのか。
 ⇒安全デマか煽っているのか《自然線量を考慮しないと……》
だが、元来放射線自体は、それが自然線量だろうが人工線量だろうが、そこに質的な区別は全くないわけで、よく言われる「一年間に許容される人工放射線量」というのは、人間の健康を考えての絶対的な指標ではなく、人間が寿命で早死にするのは問題にならないが、人為的なことで寿命を縮めることは許されないという倫理規定のようなものなのである。

各地の原発は完全に放射線を管理できているわけではない。ほんのわずかかもしれないが、チビチビとおかしなものを漏らしている。しかしそれをいちいち気にして、不安がったり怒ったりするストレスは、間違いなく漏れている放射線より健康に悪影響を及ぼす。だからそんなちっぽけなことは忘れているほうが体にはいいに決まっている。しかし、原発関係者が「だからいいでしょ」と言うとしたら、それこそ「盗人猛々しい」のである。

例えば1000円盗まれたとする。その犯人探しに時間がかかるとしたら、その時間どっかでアルバイトしたほうがずっといい。しかし、だから犯人をほったらかしにしていいという法はない。本来、犯人は捕まえなければならないのである。

盗まれた1000円をどう考えるのか、これが池田信夫の煙草や交通事故と原発を比較するくだらない理屈の一面の正体である。
しかし事態は、もはやそんな倫理規定の議論をしている場合ではないところまで切迫しているらしい。それを頭から馬鹿にしていた池田信夫は二重の阿呆。今や、誰もが盗まれた額面1000円の、本当の意味を測りかねている。

一週間前の予告の通り、後編が始まった。
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これについては、後日。

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この話も後日、宇夫方女史から。


《8月20日(土)》
あの大震災から163日目……

【この日呟いたこと……】

※「携帯使いません」と契約書にサインしないと入れないレストランがあるらしい。
15:18
ボク、すごく好きかも。

15:22
公演が決まったところの担当の方から「山猫合唱団ですか」という電話が来ると、少し悲しくなります。

※届くかな、僕の呟きが先様に……。

売る側と買う側、店主とお客さんの微妙な関係。一見(いちげん)なら気にしないことなのだが。
具体的に語ろうとすると、実にナイーブで難しい。

あさのさんのところと……
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コンケン・アイに行った。
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ナイーブで難しい記事は後日に回そう。


《8月8日(月)~9日(火)》
コンケン・アイのマスターが、改造計画中の事務所まで、わざわざ業者さんを連れて見に来てくれました。
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これがアイちゃんのお父さんの本職なんです。
こちらに予算がないから、仕事はお願いできないかもしれないけれど、それなのに色々と相談に乗ってくださいました。ありがとうございました。これからもよろしくお願いします!
(宇夫方路)


自宅、書斎にて。8月9日になった。
【呟いた……】
0:01
只今午前0時。本日9日、代々木公園で開催されるアトミックカフェ。誘われたのだけれど行けません。だって、僕、新宿のライブハウスで三線弾くんだもん。


ふざけた呟きである。真面目に悩んだ素振りはしたくなかったということ。でも、大震災から152日目、なんともいえぬモヤモヤした気持ちを、残しておきたかったのだ。
「遊びじゃない。他にM.A.P.が生き延びる道はない」
「M.A.P.なんか止めちゃって、ずっと西の方に移り住むことだって出来ないわけじゃない」
東京から少し西に外れた微妙な地域、きっと到る所でこんな風に、毎夜毎夜生まれる小さな「思い」を、現実が押しつぶしていく。
(高山正樹)
次の記事へ


《8月24日(水)-4》
ちょっと用事があってコンケン・アイへ。

お店の中の線量を調べてブログにアップなんて、そんなことをするつもりは毛頭ない。だからこれはあくまでイレギュラーである。買ってもらったばっかりのオモチャで遊ぶ子供とおんなじ。
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0.06μSv/h。ほっとした。問題なし。アイちゃん、よかったね。

マグロとダルマイカ。
中トロとダルマイカの刺身
麻婆豆腐。
麻婆豆腐
空心菜炒め。
空心菜炒め

汚染?知っちゃあいない。僕のオモチャで計れるのは空間線量だけ。それもγ(ガンマー)線のみ。一日三食全てに気を使っていたら、きっとそのストレスで体を壊す。たった一回の夕食で、どうなるものではない。だから舌鼓を打つ。
とはいうものの、この状況が今後も変わらなければ、きっと外食を減らさざるをえなくなるだろう。そうして、町はやがて沈んでいくのだ。

食品汚染を検査できる機械を導入したりして、安全な食材を売りにするレストランや居酒屋というものが、そのうちきっと現れてくるに違いないと思っていたが、どうやら完全に安全な食材を集めることの不可能な国になりつつあるような気がしてきた。

余計なカロリーは取りたくない。痩せたいのなら、痩せるまでカロリーを摂取しなければいいのだが、そんなことをすれば死ぬ。だから、カロリーを見ながら食事を楽しむ。それと同じように、メニューに表示された線量を計算しながら食べる、もうそれしか食事に関して我々に残された道はない。それが出来る大人の国になるためには、こぞって官僚たちが改心し、まともな政治家が決断し、誠実な業者が理解して実践し、客もまたちゃんと成長する、それが必要条件。新たな健康ゲーム。
しかし……

あー、絶望的に遠い道だ。でもピンチの時こそチャンスなのであって、もし、食材汚染検査に賛同する店が3軒現れたら、喜多見は変わり、きっと生き残るだろう。なのに、と、僕はオモチャをいじくりながら夢想していたのである。


東日本大震災から106目……

複式簿記、仕訳帳、試算表……

【この日呟いたこと】

18:32
僕、死んでるわけではありませんから。


著名な経済学者である中谷巌氏が、こんなことを語ったらしい。
「こうこうたる電気の光で埋め尽くされ、それが豊かさだといった錯覚。文明の転換点」

すると竹田圭吾が呟いた。
「経済学者って文明を語ってはいけない人達と思う」

そこで、何の反応もないことを知りながら、僕は氏に宛ててこんなことを呟いてみた。
18:34
正直ですね。ただ、「語ってはいけない」ではなく「語らない」人達。



「人間、合理性だけで動いているわけではない。たぶん100のうち20も合理的な行動なんかしちゃいない」
「ずいぶん、乱暴だな……」

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東京は、フクシマからたった200キロちょっとしか離れていないのである。地球規模で見ればほとんど同じ場所だ。それなのに、東京にも存在しているらしいホットスポットは、いまだ把握されておらず、海産物のサンプル調査も全ての品種を調査する状況からは程遠い。政府の要人が、基準値を越えるものが流通している可能性を否定できないと語っている。さらにその基準値も、科学的臨床的に確かな根拠によって決められているわけではないのだ。福島原発は、依然水蒸気爆発の危険を抱え、フクシマの地下では、かなりの確率でメルトダウンより悪いメルトスルーが起きているらしいのである。
それでも、僕は家族とともにココに住んでいる。あなたも東京に住んでいる。

築地で放射線を調べた人がいた。基準値を大きく越える数値が出た。築地関係者は、死活問題だからと公表しないように申し入れた。ウソか本当か、定かではない噂話である。しかし、公式に築地の調査が行われているのかどうか。もし調査して問題がなければ、大声でアナウンスしそうなものだが。そんな漁業関係者が「風評被害」を口にする、笑止である。
日本国を司る中枢は、どうやら人々よりも国家の枠組みを守ろうとしている。その中枢とは、きっと目に見える政治家ではなく、隠されている何物かである。

世界中の「合理的な人たち」が、そんな日本の異常な姿を見つめている。

それでも僕は、コンケン・アイに、美味い魚を食いに行くのである。おかしな話だ。

イカは肝につけて食す。
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合理的に考えて食べものを選んでいるわけではない。というより、コンケン・アイで食べるものがNGなら、そこいらのスーパーで売られているものは全てダメだろう。食わなければ、ずっと早く健康を害す。

「齢五十をとっくに過ぎた俺には、問題ないレベルだから」
「確かに、問題ないレベルなら……」
「心配して食べ物を選ぶより、多少の汚染は気にせず、笑って食べる方が健康にいい」

あいちゃん、「海のチンボーラー」のおさらい。
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あいちゃんは5月からM.A.P.琉球舞踊教室の生徒さんになったのである!
「笑顔に踊りが加われば鬼に金棒」
「……」

おすそ分けで貰ったウニ。
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「おすそ分けを断る合理的な理由はない」
「だから、問題のないレベルなら……」

トムヤム麺でシメる。
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「キムチは放射能に効くんだ」
「あほらしい……」
「考えても仕方のないことは考えない。だが、安心デマは享受するのが健康の元。これ、精神安定上の合理的な行動」
「さて……」

原発を継続運転する正当性を探し出して喧伝するヒマがあるのなら、その労力と時間を、別な方向に使うことはできないか。仮に原発を止めると電力不足になることが真実であるとして、原発の即時停止は大企業の日本脱出を促し、弱い立場の人々に大変な苦労をもたらすことになるということが正しい予測であるとして、ならば何をどうすればそうならないような状況へもっていくことができるのか、その方法を探ることに持てる知性の全てを注ぎ込もうとすればいいではないか。今必要なのは分析ではなく、根源的な手当ての方途である。
 ⇒社長とは呼ばないで《1984年10月19日のノート》

「経済学者は、できない理由ばかりを並び立てる使えない社員と同じだ」
「それは傲慢な社長の言い分」
 ⇒社長とは呼ばないで《2008年6月5日の記事》

出荷する人も、流通させる人も販売する人も、それらを管理する役人も、表層的な経済合理性を捨て去り、それとは次元の違う根本的な理念で一致していると信じることができれば、出回っている食料品を、今よりずっと安心して食すことができるだろうにと思うのであるが。

「全員一致なんて気持ちの悪いことを言う気はない。輪を拡げること、そして監視の目を増やすこと」
「市民運動家になったのか」
「以前は、そう言われることが屈辱的に嫌だった」
「きっと、何も変えることなどできないよ。50年間、そうだったように……」

「6月30日までは、M.A.P.は普通の会社です。だから本日の記事は、無かったものとしてください」

ただ言いたかったことは、アイちゃんのいるコンケン・アイの魚は、安心して食べていい、というか、安心して食べようよ、ということ。なぜなら、おやっさんとまゆみさんが、アイちゃんを愛しているということがはっきりしているから。そこに経済合理性の入り込む余地は存在しないから。


6月11日土曜日: バキバキ

《6月11日(土)-2》
東日本大震災から93日目。
魚は今のうちに食べておけみたいなハナシがある。間もなく食物連鎖で濃縮され、でかい魚は食べられなくなると。専門家ではない小生に、コトの真偽が分かろうはずもないが、どうやら今なら刺身を食っても大丈夫だと決め込んで、コンケン・アイに行くことにした。

ブランドのホッケがあるのだという。バキバキというらしい。バキバキというタグまでついている。
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なんと、刺身でいけるのだという。
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続きは後日書く……


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高山正樹 Masaki Takayama
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