前々から行ってみたい所があった。
せっかく糸満にいるのだから、と行ってみた。
糸満市の中央市場。
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沖縄の市場といえば、那覇の公設市場ばかりがクローズアップされ、観光客でごった返している。しかし流行のラー油をバーター販売していたり、いい意味でも悪い意味でも、観光客慣れを越え「観光客ズレ」してさえいる。20年前はもう少し素朴であったと記憶する。
もしかすると、ここ糸満の市場には、それよりももっと前の沖縄が残っているのではないか、そんなことを漠と思っていた。しかしそれも「オレは少し沖縄に詳しいぞ」という大和人(ヤマトゥンチュ)の勝手な視線なのかもしれないのだが。

残念ながら2台つるんだ車をうまく停められる場所がなくて、やっぱり那覇の公設市場で昼飯を食うことにしたのだが、今日のところはかえってそれでよかったのかもしれない。物見遊山な気分ではない時に、いつかゆっくり来てみようと思う。
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ここにもキジムナーフェスタのビラが。なんだか遠い昔の出来事のようだ。

《那覇公設市場》
昨年の11月以来のご紹介。
物見遊山なら、ここがいい。築地と外国人観光客のような軋轢は一切ない。店と客との思惑が一致しているから。
今日の曇り空を感じさせない華やか(?)さ。
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こいつはチマグーか?
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 ⇒テビチとチマグーについて

高山正樹の義理の父親が大好きだった中味。中味汁に中味ソバ。
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「沖縄産」の本場もの。
でも、高山正樹は苦手。曰く、でも最近は食べていないから、もしかして食べやすくなっているのかも。豆腐ようや泡盛のように。
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へえ、牛の中味なんてあるんだ。でも、安い。「日本産」なのに。
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日本産の牛より沖縄産の豚のほうが上等。

新宿京王百貨店の沖縄展で買って5月22日に食べた肉はこのお店の商品だった。。
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新宿に来ていた親父さんに挨拶をしようと思ったのだが、残念ながらこの日は不在。(もしかすると、いつもいないのかもしれない……)

一階の市場で魚を買って二階の食堂で料理してもらうのもここの定番。
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満腹。
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(食い尽くされた夜行貝の殻)
 ⇒白石准氏のブログ(公設市場一階の画像満載)
 ⇒白石准氏のブログ(公設市場の二階で食ってる食ってる)

そうして、レンタカーを一台だけ返しに行きました。
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那覇空港へ。
 ⇒白石准氏のブログ(那覇空港の3人)

これで、山猫合奏団2010沖縄ツアーの終了です。このツアーがいい形で次に繋がっていきますように。
そうして、みんなそれぞれの活動の場へ散っていったのでした。

しかし、高山正樹と宇夫方路の旅はまだまだ続きます。
旅の続きへ

【沖縄の自動車道路について】
この旅の始めの頃、沖縄の自動車道路について少し書きましたが、最後にまたその話題を。

「ウチナー・パワー沖縄 回帰と再生」に、こんな記述があります。沖縄が長寿県でなくなってきたことに拍車をかけた原因のひとつに、沖縄国際海洋博覧会による道路網の整備があると。それまではポーク缶をはじめとするアメリカ的不健康食品は、米軍基地の占有率が高い中部地方だけのものだったけれど、道路整備によってそれが全島に浸透したというのです。

交通が発達して世界が狭くなればなるほど便利になるのだけれど、実はどんどんと「悪貨が良貨を駆逐する」ということになっている、そういう視点も重要ですなあ。しかし、このことをもって沖縄国際海洋博覧会が悪であったというのは言いがかり、言い過ぎです。(もちろん「ウチナー・パワー」でも、そんなことは言ってません。)何でもかんでも自然に帰れ的時事論説には、底の浅さを感じてしまうことがママあります。
 ⇒社長とは呼ばないで的「自然に帰れ」考察

元々狭い沖縄本島。今さら沖縄自動車道が、さらに沖縄のメタボ化に拍車をかけるなどとは思いませんが、今日、この道で一気に中部から南部まで走ってきて、ひとつ思ったことがあるのです。
沖縄自動車道が無料でなければ、大方の車は58号線を使います。すると、否が応でも、たくさんの基地のフェンスを見ることになります。初めて沖縄を訪れた人たちの多くはその光景に驚き、自分が沖縄の現実について本当は何も知らなかったのだというふうに思うのです。しかし、この山を切り崩して作られたこの自動車道は、沖縄に来る人たちからその経験を奪っているのかもしれない。国際通りや南部あたりの定番観光地と、中部の美ら海水族館や恩納村あたりのリゾートホテルの間の移動にこの自動車道を使うと、基地と住民の生活圏を隔てるフェンスを殆ど感じないで済むのだということを、改めて今日発見したのでした。