宇夫方路は、今日も組踊りの稽古。僕はそれについて行く。
稽古場に入ると、先生は床を磨いていらっしゃった。
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だから、床はピカピカである。自然と、頭が下がる。

今日も、まずは読み合わせから。
読み合わせ

真ん中の、むこうの方に鏡に映った僕がいる……
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今日はカメラマンなのです。

指導してくださるのは瀬底正憲先生。
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伝統組踊保存会の副会長である。そんな偉い方が、こちらへどうぞと、僕に座布団を勧めてくださるのである。
教えを受けているのは、来年の4月10日、東京琉球舞踊協会の10周年記念公演で、組踊“執心鐘入”の舞台に立つ面々。
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手前から、玉城流敏風会東京支部諸見喜子琉舞研究所の諸見喜子先生、宇夫方路、玉城流喜納の会関東支部関りえ子琉球舞踊研究所の関りえ子先生、流舞鶴之会野原千鶴琉球舞踊研究所の野原千鶴先生。
そして、本番には今回の稽古には参加できなかった真踊流佳藤の会藤原悦子琉舞道場の藤原悦子先生が加わる。
要するに、我がM.A.P.の宇夫方路以外の皆さんは、それぞれご自分の教室を持っている先生方。宇夫方路の出演は大抜擢なのだ。
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組踊については、下記記事で少し説明した。
http://lince.jp/hito/okinawamap/sinsaku…
今日は、いわゆる「道成寺もの」と「執心鐘入」について、もう少し説明してみよう。

道成寺は、和歌山県にある新西国三十三箇所観音霊場の第五番札所。安珍・清姫伝説の舞台となった寺院である。
延長6年(929年)、熊野詣に来た修行僧安珍は、清姫の家に一夜の宿を求めた。清姫は安珍に一目惚れする。困った安珍は、熊野からの帰り道に再び立ち寄ると嘘の約束をして去る。約束の日になっても、安珍は来ない。裏切られたと知った清姫は、安珍の後を追う。日高川を毒蛇となって渡り、ついには安珍が逃げ込んだ道成寺で、鐘の中に隠れている安珍を、鐘ごと焼き殺したという伝説。
この話には、さらに400年後の後日談がある。道成寺は鐘を再興することにした。完成の折、女人禁制の鐘供養をした。すると白拍子の姿をした清姫の怨霊が現れ、蛇となって鐘を引きずり降ろし、その中へと消える。
この話しが、いわゆる道成寺ものの題材となった。
まずは能の「道成寺」、それを元に歌舞伎の「娘道成寺」が作られた。浄瑠璃の「道成寺」も名高い。
組踊の「執心鐘入」も「道成寺もの」のひとつとされている。確かに大和の芸能に造詣の深かった作者の玉城朝薫は、そのヒントを能などから得たのかもしれない。しかし、『沖縄大百科事典』の「執心鐘入」の項には、次のように書かれている。

「沖縄に古くから伝承されている中城若松にまつわる話をもとに南島独特な内容の組踊として創作されている。内容は、中城若松という美少年が首里王府へ向かう途中、日が暮れて山中の一軒家に一夜の宿を乞う。はからずも若松に恋慕していた女の家であり、女は好機とばかりに誘惑する。若松は女から逃れて末吉の寺に救いを求め、鐘の中に隠れる。女は鬼女と化すが法力によって説伏させられ、若松も助かるというもの。」

中城若松は、金丸(後の第二尚氏王統の始祖尚円)の息子だと伝えられ、ひたすらに首里へのご奉公のみを考える儒教道徳の権化だとされてもいる人物である。

ともかく、「執心鐘入」と「大和」との関わりを考える時、「安珍・清姫伝説」そのものではなく、大和から渡って来た修験者たちがもたらした熊野権現信仰を、その背景に見たほうが興味深い。
しかし、それはまた別のはなしである。

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八八八六、サンパチロクのリズムとは、何なのだろう。八は、五三か、三五か。その音の響きの中で、僕は揺蕩(たゆた)っている。突然に現れる七五の大和風が、静かだった心を乱して、緊迫した空気が立ち上がってくる。これは朝薫の計算なのか。
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再び八八八六。
あ、宇夫方の稽古着の柄に、トゥイグヮーが、などど、僕は呆けている……

お茶の時間。
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組踊の稽古の時は、喉のために黒糖が一番と瀬底先生。

そして立ち稽古。
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本番も、瀬底先生が、末吉の寺の座主を演じる。藤原悦子先生の若松は、今日の稽古では儀保政彦先生に代役をお願いした。
「されされ、座主加那志(ざすがなし)、露の身のいのち、救てたぼうれ」
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「すいさんな小僧(くずー)」たち。
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小僧3人が、なんともユーモラスなのである。まるで、大和風をパロディーにして、笑っているかのよう……

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本当に若松がシテで、鬼女がワキなのか。
何故若松は自ら若松と名乗る必要があったのか……
女は狂ったのではなく、狂わされたのではないのか……
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「禁止(きじ)もきじららぬ、とめもとめららぬ」
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……知我身者即身成仏
[subcate.執心鐘入]

得られぬ貴重な時間を過ごさせていただきましたこと、皆様に心より感謝いたします。
高山正樹
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