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《10月22日(土)-3》
まずは画像数枚アップ。記事はちょっと待ってね。来年かな。

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《10月22日(土)-2》
叡山電鉄鞍馬線の混雑した車内。みんな目的は今夜の火祭り。
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鞍馬駅。
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ギャラリー。
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町並みの一番奥にある温泉の前庭。
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雨だ……
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酷くなってきた。
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雨宿り
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ものすごい雨。まるで嵐。
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【だから呟いてみた……】
17:07
鞍馬火祭り、消防車、雷、土砂降り、雨宿り、出てきたおうちの方「椅子どうぞ」嬉しいな。こんな雨は初めてだとか、「でもやみます」って、根拠は「祭り」だから。


若干小降りになってきたような。
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まず、提灯に明かりが灯りはじめる。
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そして……
雨が止んだ。
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だから……

17:29
本当に雨止んだ!



本番はこれから。娘はまだ来ない。
画像が多くて、記事が重くなった。本番は別の記事にする。


《10月22日(土)-1》
大震災から226日目……

朝起きて、まず線量計を見た。
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娘を見送って、僕は呟き始めた。

【この日呟いたこと……】

8:33
只今京都御所近く。時代祭は雨につき明日に順延。鞍馬の火祭りは午後6時から。


今夜、僕は、47年ぶりに鞍馬へ行く。47年前は親父に連れて行かれた。その親父の49日を先日済ませた。今日は娘と向こうで待ち合わせている。
こんな日ぐらい、パソコンから離れればいいのに、あんまり低くないこの部屋の線量がいけないのだ。
9:56
セシウムを体に取り込まないようにするためにナトリウムを採れって、僕、医者からできれば塩分摂取0にしろくらい言われているのに。3.11以来、合併症にさせられちゃったようなもんだ。


あんまり気の利いた呟きじゃあない。でも、このところのなんとも落ち着かないこの感覚を、合併症になぞらえて考えてみたいと、ずっと僕は思っている。

“測ってガイガー!”のサイトで、この近所の測定地点を探してみた。
そしてふたつ見つけた。
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僕は線量計も持って部屋を出た。
まずは鴨川の橋の上。サイトでは一ヶ月以上前の9月10日、0.05μSvと低い数値。あまり聞いたことのない線量計であったが……
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REDAXは相変わらず高い。信頼しているシンチのDoseもしかし0.10μSv、おいおい、全く違うじゃないか。

もう一箇所、相国寺の門前。サイトの数値は0.08、これは政府公認、堀場のRadiの計測数値。
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ほう、やっぱり堀場とDoseは同じような値を出す。

結局のところ、なんだか落ち着かない測定結果で、気分は晴れない。

昨晩の深夜にデジカメに収めた画像なのだが、ネットでこんな番組を見ていたのだ。
ニコニコ生放送 「緊急報告!アナタの食べ物は大​丈夫?~放射線による食品汚染​の実態に迫る~」
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この番組で早野龍五氏が使用していたスライドが、朝、ネットに公開されていた。
 ⇒http://www.slideshare.net/RyuHayano/nicohou
この中で、放射線スペクトルの読み取り方が解説されている。

放射性分子が崩壊する時に出すエネルギーは、核種によって違う。そこで、どれだけのエネルギーの放射線を何回拾ったかによって、放射性物質の汚染の種類と、汚染度合いを測るというのが測定器の仕組みである。

ただ、どんなに優秀な測定器でも、検体から放出される放射線を全て拾えるわけではない。そのくらいのことは知っていた。しかし、それは100個出た放射線のうち何個捉えることができるかというようなことだろうと思っていたのだが、どうもそんな単純なことではなかったらしい。

確かに検体から出た放射線の何%かは測定器に当らない。これを早野氏は「ハズレ」という。また測定器に当っても、そのまま抜けていってしまう場合があり、これを「透過」という。測定器は「ハズレ」にも「透過」にも反応しない。

放射線が測定器に当った場合、測定器はどれだけのエネルギーを持った放射線が何個当ったかを記録することになる。そのデータは、横軸にエネルギー、縦軸に個数を表示するグラフにされる。つまり「横軸の数値」×「縦軸の数値」が放射線の強さの総量となるわけだが、重要なのは横軸のどの場所に山(ピーク)があるかによって、核種が特定するということなのである。

しかし、測定器が核種固有のエネルギーをきちっと記録するのは、放射線が測定器にちゃんと当った場合のみで、これが「大当たり」なのだが、ところが必ずしもきちっと当らない。ちょっと当って滑って逃げていってしまったりする。これを「コンプトン散乱」、早野氏は「当て逃げ」と呼ぶ。この「当て逃げ」は、どのくらい滑ったかによってエネルギーの数値はまちまちである。もちろん「大当たり」の場合よりは小さいが。

もうひとつ、測定器とは反対側の鉛の壁に跳ね返ってその後で測定器に当る場合もあって、これを「とばっちり」と早野氏は名づける。エネルギーはもちろん「大当たり」よりだいぶ低いが、解説のグラフを見る限り、エネルギーの数値はおおむね一定のように思われる。
氏はこれ以外の場合を説明してはいないが、きっと「とばっちり」の中にも、さらに測定器にちょっと当って滑っていく奴もあるに違いない。

加えて、放射線の核種は一種類ではない。それらが複雑に絡み合っているので、明確な数値を読み取ることなど不可能ということのようだ。

ともかく、例えばもしセシウムに汚染されているのならば、グラフの横軸のセシウム固有のエネルギー位置にピークが現れるはずである。しかし、単純にその位置の縦軸がセシウムの量を著しているわけではない。そこからセシウム以外の分を差し引かなければならない。
バックグラウンド(空間放射線)の影響は鉛の器の中に検体を入れることで遮断できるが、問題は検体に自然に含まれるカリウムの「当て逃げ」で、これをきちんと読み取って引いてやらないと、正確な数値が得られないということらしいのだ。

もちろん、実際の測定では、もっと複雑な要素があるに違いない。この番組では、そのくらい測定は難しいものだということも説明したかったのであろうか。その点はなかなか面白かった。しかしである。
どうも番組の場を支配する緩い雰囲気は、間違って測定するとセシウムの数値を高く評価してしてしまいますよ、最近結構そういう測定が多くて、本当はそれほど汚染されていないのに、だから素人の測定は弱っちゃうよね、みたいな感じに満ちていた。

そこで、部屋に戻った僕は、またPCからツイッターで早野氏にこんな質問をしてみたのである。

13:04
セシウム自体の「はずれ」とか「透過」とかはどのように拾っているのでしょうか?


カリウムの影響を考慮できないような人が計測しているというのならば、「はずれ」とか「透過」を忘れて、数値を低く発表する場合だってありそうなことではないか、僕はそう思って敢えて聞いてみたのである。
すると早野氏から、すぐに次のような返信があった。
「当たり/(はずれ+透過+当たり+当て逃げ+とばっちり)= 検出効率」
フォローの多い有名人から返信があったりすると、途端に何人かが反応する。
「先生質問!楽しい物理の授業」
いったいこういう方は、これで何が言いたかったのだろう。よく分からないが、僕は少し違うことを考えていたのである。
僕はさらに続けて聞いてみた。

13:22
それ(検出効率)は計測機器によって違うのでしょうか。核種によっても違うのでしょうか。


残念ながら氏からもう返事は無かった。
ネットで検索したら、こんな記述を見つけた。
「線源から放出される放射線の数に対する検出器の計数値の比。Sを線源の放射能(Bq)、rをスケーラ等の放射線検出器で得られる計数値cps(カウントパーセコンド)とすると、検出効率εはε=r/Sで与えられる。検出効率εは、幾何学的影響(線源と検出器間の距離)、線源の影響(線源の自己吸収)、検出器の影響(検出器自身の固有の効率)等の種々の因子を含む」
答えていただけなかった理由がわかるような気がする。つまりかなり複雑なのだ。ツイッターで簡単に答えられるようなものではなさそうである。
しかし、僕が問題だと思うのは、検出効率が「検出器自身の固有の効率」にも影響されるということだ。これは、いったい誰がどうやって決めるのか。どんなに正確にスペクトルを読み取っても、検出効率が任意では、それが動いてしまえば全く違う結果がでるということではないか。

例の堀場の線量計は、低めに出るように調整されているという噂が絶えない。食料の汚染を測るためにあちこちで使われ始めた測定器の検出効率に、もし仮に恣意的な要素が加味されているとしたら、そんなことがあっても不思議でないような日本なのである。

僕は全くの素人である。間違っていたら、是非ご指摘いただきたい。

13:33
(合併症の続き)3.11以来、沖縄のことがなかなか考えられなくなった。合併症にたとえてみたくなった。3.11以前は「オキナワ」と「ゲンパツ」は同じ図式で考えられたのに、「フクシマ」は同じ処方箋では処理できなくなったというようなこと。いずれブログに書く。

13:39
(合併症の続き、その2)考えてみれば、一役者でありたいと思うことと沖縄を考えること、そして芝居と音楽、どちらも処方箋の違う病にかかった合併症だったのかもしれないなあ。



僕はやっとパソコンを閉じて、鞍馬へ向かった。もちろん線量計を持って。


12月14日水曜日: 京都に着いた日の夜に

《10月21日(金)》
大震災から225日目……
京都に向かう新幹線の中。
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密封された列車の中。高速で疾走する新幹線、最低でもワンサイクルで数値を出すガイガーと5分しなきゃ安定しないシンチで何が分かるというのか。無力であることを思い知るために線量計をふたつも買ったのかと、ここのところずっとそう思っている。

午後7時。
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大きな拍手が沸き起こった。修学旅行なのかな。なにか支援団体でもあるのかな。たくさんの関係者らしき大人が改札の外でお出迎え。子供たちの固い笑顔。なんだか、涙が出てきた。

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午後9時を回っている。
枡形商店街の餃子の王将。M.A.P.after5、3回目の登場。
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でも入ったのは初めて。
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国産米と外国米。おまえはどっちに軍配をあげるのか,、関西人は? 静岡を越えたあたりかね、分岐点は。
隣のおじさんが大盛りライスを頼んだので、思わず撮ってしまった。
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深夜の娘の下宿にて。
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京都はあんまり低くないって話は、前から聞いていたんだけれどねえ。君の財産は、今年の春、ここ、京都にいたということ。

《10月10日(月)》
大震災から214日目……

【この日呟いたこと……】
15:03
暫定基準が500Bq、でもそれに近い数値が検出されたという発表は極めて少ない。殆どが50Bq以下。ならば暫定基準を50Bqくらいにすればいいのにそうしない理由は何か。どっかに行ってるんだよねえ、きっと。加工食品とか、西とか、大手~とか……?


外食はダメだよな。
京都に一人住む娘、大丈夫かなあ。それにしてもとんでもない国になっちまった。

昨日に引き続き、あらためて……
今日も書斎。“RADEX”の数値が一時的に高く出ても驚かなくなったが、“DoseRAE2”が0.12μSv/hを表示するとちょっと嫌な感じがする。
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この書斎の放射線量が高いのは、やはりこの建物由来のラドンが原因なのだろうか。そこで、ちょいとラドンについて調べようと思った。
ラドンはコンクリートなどの建材から放出される。建物の換気が悪く、気密性が高いほど室内ラドン濃度が高くなる。そして、ラドンは肺がんのリスクを高めるらしい。

さて、ここからが厄介なのである。

広義のラドンはその質量の違いで色々あるのだが、ここで問題にするのはラドン222(Rn-222)。こいつはラジウム(226Ra)のα崩壊で生成する。その後順次連鎖的に壊変を繰り返して最終的に安定的な鉛(Pb-206)になる。

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(日本アイソトープ教会の手帳より)

上図によると、ラドン222は、まずα崩壊してポロニウム(Po-218)になる。ラドン222の半減期は4日にも満たない。3.824dayである。そして半減期がおよそ22年の放射性の鉛(Pb-210※図中の真ん中の核種)に到るまで、合算しても僅か数10分の半減期である。

あら、ということはさ、ラドンなんか古いマンションには全く存在しなんじゃないか。いやいや、どっこいそうはいかない。問題なのはラドン222の親核種であるラジウム(226Ra-226)が建材に含まれているということ。このラジウムの半減期が1622年だから、つまり寿命が100年足らずの人間にとって、ラドンは建材の中で半永久的に生成され続ているということなのである。

ラドン222は、鉛210に到るまでに、合計α線3本とβ線2本の放射線を出すのだ。あー、おっかない。しかし、ラドンは原発とは関係のないこと。線量計を使い始めて色々と調べ始めたら、今まで全く気にしていなかった別の危険の存在に気がついてしまったらしい。ともかく、まず知りたいのは、この書斎で、我が線量計たちが拾っている高めの数値の原因である。ラドンなのか、原発由来のものなのか、あるいは別の「何か」なのか。

“DoseRAE2”はγ線しか測れない。ラドンからの一連の核種はα線とβ線しか放出しない。ということは“DoseRAE2”の高目の数値は、建材由来のラドンとは無関係ということか。
“RADEX”のほうはβ線を感知するけれど、いつも“DoseRAE2”とはこのくらいの比率で違いが出ているので、やはり建材由来のラドンの影響を感知しているわけではないということになる。

だが、上の図をよく見直すとちょっと気になる文字がある。「γ」とか「(γ)」とか、はて、なんだろう。一生懸命ネットをあちこち調べてみた。
その結果、どうやら(γ)と書かれている時には、γ線も放出されるのだということが分かった。さらにこの図には間違いがあって、Pb214→Bi214とBi214→Po214でもγ線が出る。
どういうことかというと、β崩壊の際、光・熱・磁場などの影響によって励起状態(Excitation)とやらになるとγ線が出るのだ。また各々の場合でγ線が出る比率も半減期と同じように決まっているらしい。「励起状態」の反対は「基底状態」、ああ、もうこうなるとお手上げである。

実はもう少し勉強したのだけれど、ふと机の上の線量計に目をやると、「なんだよ、オモチャじゃないか」、こんなオモチャと「励起状態」なんて、似合わないこと甚だしい。そこでこのハナシ、今日のところはここまで、とすることにしたのだが、さて……。

と、ツイッターで“測ってガイガー!”というサイトがTVで紹介されるという情報が流れてきた。そこでTVをつけてみた。震災に関わる民間の活動を色々と紹介する番組。“測ってガイガー!”で登場してきた人は、“DoseRAE2”を使っていた。

続けて別の活動、と、どこかで見たことのある顔が。
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NPO法人“みんなのことば”の代表理事の渡邊悠子さんじゃありませんか。
今、被災地に音楽を届ける仕事をしていらっしゃるらしい。
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演奏しているメンバーはどんな人たちなんだろう。ボランティアなのかな。まさか渡邊さんも無給っていうわけじゃないよね。それじゃあ生きていけないものね。僕だって、出来るだけのことはしたいと思っているのだけれど、やっぱり生きていかなきゃならないから、ボランティアをやっている余裕、ないから……。

そしたら、こんなツイートが流れてきた。
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相変わらず、TVの影響力は大きいらしい。
だが、TVも新聞も、営利目的だとなかなか取り上げてくれない。しかし、NPO法人の代表の給与が営利じゃなくて、コンサートなどを企画する会社の社長や音楽家の決して多くない報酬が営利だという区別がわからない。つまり、それが「法律的な理念の違い」ということか。

東電から莫大な広告料を受け取っているメディアは、僕らの知る権利を圧迫し続けている。だから僕らは、自分で調べるしか手立てがないのである。


《9月10日(土)》
大震災から184日目……
昨日、山猫合奏団の「お問い合わせフォーム」からこんなメッセージが届きました。

金芝河「南」で検索してやってまいりました。
読みたい人はご一報をと(3年ほど前ですが)ブログに書かれていらっしゃったのを見て、メールさせていただきました。

実は私も一時期、学校での音楽・演劇公演に携わる仕事をしておりましたことがありまして、勝手ながら親近感を覚えてしまい、お言葉を真に受けさせていただいた次第です。

門仲天井ホールは音響も素晴らしかったので、なんとか存続してほしいです。(微力ながら、署名には参加しました)

とりとめないですが、「雨」の情報を教えていただければ幸いです。
よろしくお願いいたします。


署名欄には内山誠さんというお名前が書かれていました。掲載可否に「可」のチェックを入れてくださってあったので、ご紹介させていただくことにしました。たぶん最後の「雨」は、「南」の間違いだと思われるのですが、もしそうでなければ内山さん、ご指摘ください。

実はこの記事は9月27日に書いています。コメントを頂いた9日から既に3週間近く、ずいぶんとお返事が遅れてしまい、大変申し訳なく思っております。

このM.A.P.after5なるブログは、時系列が無茶苦茶で、大変読みずらいとかねがねアチコチからチクチクと言われておりますが、当方はめげることなく、平気で数週間遅れ、酷いものは数ヶ月、さらには年単位遅れて記事をアップするというやり方を貫いております、というか陥っております。
いろんなところでいろんな方にお会いして、写真を撮らせていただいたりして、「今日のこと、記事にさせていただきたいのですが」などとお願いをして、「楽しみにしています」なんて有難いお言葉をいただきながら、いつまでたっても記事がアップされない、さぞ不愉快な思いをされた方も多いのではないかと、申し訳なく思い、深く反省もしているのですが、どうにもならないのです。

ただただ時間がないのです。ならば記事を簡単にするとか(だいたい長ければ長いほど読んでなんかもらえないわけですから)、どうでもいいことは書かずに飛ばしてしまえばいいのに、それがどうしてもできない神経症。連続性のなかで物事をきっちりと繋ぎながら考えていかなければ、どうにも気がすまないという性癖があるらしく、簡単に済ませることがなかなか出来ないのです。
でも結局、その所為で暫定記事だらけ、かえって歯抜けの櫛状態で、朋友は冷たく去っていくばかりであります。

まあ、読者がいっこうに増えない理由は、記事の並びのややこしさよりも、ややこしい記事を書いている小生自身のややこしさが原因であることは重々承知しております。

「南」は韓国の詩人金芝河の著作ですが、それを“社長とは呼ばないで”という個人的なブログのひとつの記事の中で、ちょっとした小道具として使ってみたのです。その記事はこれです。
 ⇒“「作家の日記」と大説「南」”(2008年6月19日)

頂いたコメントから察するに、内山さんはサイト全体あちこち覗いてくださった御様子、普通なら直帰するような記事なのに、有難いやら恥ずかしいやら、大変恐縮であります。

“「作家の日記」と大説「南」”という記事は、“社長とは呼ばないで”の中の「三太郎」というカテゴリの記事のひとつで、実は小生、我ながら密かに一番気に入っているカテゴリが「三太郎」なのです。その一連の文章の中に、“社長とは呼ばないで”を書き続ける意味のようなものを、そっともぐりこませています。どうか一度お読みください、なんてお薦めするような代物でもありませんけれど。

できることならば、大説「南(ナム)」のような世界を、僕もまた僕なりに構築したいという大それた願望があって、当初は“社長とは呼ばないで”にそれを託し始めたのです。それがいつしか、このM.A.P.after5を含むサイト全体で「大それた願望」を実現したいと思い始めました。

たぶんそうなったのは、具体的な「現実」とどう立ち向かうのかという「誠実な課題」と無関係ではありません。しかしそれは、「現実」を表現世界にどう取り込むのかという「野望」と鏡像関係にあります。もしかすると、共犯関係と言った方が適切かもしれない。

いやいや、どうも語りすぎました。これは“社長とは呼ばないで”の世界、ここではこのくらいでやめておきます。

さて、お問い合わせいただいた金芝河(キム・ジハ)の「南」はこれです。
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大説「南」は、1983年、文芸雑誌「海」の4月号に凡そ70ページにわたって掲載されました。しかしそれは、膨大な「大説」のごく一部にしか過ぎません。大説「南」は、第一部「水山(スサン)」、第二部「巫夫(ミブ)」、第三部「出関」から成り、それらはそれぞれ三場に分かれ、一場はまた三景ずつで構成されているのですが、「海」に掲載されたのは、この内の第一部・第一場・第一景のみです。

和田春樹氏の解説によると、この「第一景」は、「1982年12月25日発行の奥付をもって、ソウルの創作と批評社から出版されようとした」が発行当日に発行禁止処分となり、全冊が「断裁」されたとのことです。
「辛うじて救われた少部数のうちの一冊が東京に届き、日本語訳として、ここにはじめて世に出ることとなったのである。」
その後の大説「南」の出版事情など、小生不勉強でよく分からず申し訳ありません。

反共法により投獄された金芝河ですが、その後は神秘主義的なものに傾倒したり、最近は左派を徹底的に批判したりという噂を聞いています。その思想的な変遷はどうあれ、金芝河の大説「南」の第一景は、今から30年前、悶々と悩んでいた二十代の若造を興奮させたことは事実です。

「ありとあらゆる人間、ありとあらゆる民衆、ありとあらゆる衆生、ありとあらゆる鬼神に ありとあらゆる宇宙まで 生きるにゃ生きたがまっこと生きたのじゃないゆえに ありとあらゆるものどもを あまねくまことに生きさせる真生命が まさしくこの韓半島、それもちょうどこの南の地 南朝鮮から生ずるという 神秘で不思議な伝説 奇異かつ言語道断な予言が絶えることなく伝えられ」

若造は、「このちっぽけな俺の中にも全宇宙に匹敵する世界が内蔵されていて、一生かけてそれを表出させることができるのかもしれない」と勘違いをしました。その悪夢から、未だ目覚めることが出来ずに、脳みその中に三太郎という分身を住まわせているのです。ただ重要な鍵は、この大説「南」の「第一景」以降の、未読である膨大な26景の存在なのかもしれないと、今にして思っているのです。

内山誠さま、よろしければご連絡をくださいますよう。
(高山正樹 拝)


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夜、また京都から画像が届いた。
今日もまた一言だけ。
“京都新聞”

「新聞、何を取ったらいい」
「さあ、東京新聞の系列なんてないよなあ」
「京都新聞は?」
「わからない、自分で調べてごらん」
「うん」



三十数年の時を隔てて……



【この日呟いたこと……】

21:49
あの頃の鳩山・松本・菅・鉢呂。「抱かれたくないタレントNo.1」程度の世論と低俗なマスコミが、ガチンコ力士たち(すごく弱いけど)を次々と土俵から引きずり下ろしていく。なんだか気分は千秋楽。

22:19
「低俗なマスコミ」という言い方は取り消します。そういう言い合いに嫌気が差していたはずなのに、あまりの虚しさに思わず……。何故だか、津嘉山正種さんが嗚咽したことを思い出しています。

 ⇒津嘉山正種さんが嗚咽した日のこと


《9月9日(金)》
大震災から183日目……
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昨日の朝、見落とした子供。
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しゃぼん玉飛んだ、屋根まで飛んだ、屋根まで飛んで、壊れて消えた……

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川崎の新百合ヶ丘へ。
待っている間に、駅前にて。
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切れたもの、繋げるために……。
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たとえこのまま消えてしまったとしても、魅力的なミステリー。

なんでもいいから、時々写真撮って送りなさい。それで、父は安心するのだから。
食べるもの、気をつけるんだよ。

そうして、一枚の画像が届いた。
今日の鴨川。「鴨川デルタ」と一言だけ注釈がついていた。
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【この日呟いたこと……】

17:22
「死の町」発言がなんで不穏当なの?この国、狂ってきたらしい。

17:37
国が決めた暫定基準値を安全とするか否かは個人で判断すべきもの。数値を示さず、ND(不検出)なんて誤魔化す現状で、福島を応援しよう的な販売促進企画には首を傾げるが、そこで買うも買わぬも個人の勝手。しかし抗議した人たちを「心無い」と評したフジTVのニュースのコメントは酷かった。

17:48
何年も前からスーパーに勤めていた友達が賞味期限や産地偽装は業界の常識だと言っていた。息子は、あるスーパーを抱える会社に就職内定したのだが、会社の人から同じことを言われたという。「でも、うちは絶対にやらないって言っていた」という。全てさらけ出さなければ、再生なんかきっとない。

18:00
では本題です。来年、琉球新報社主催の琉球古典芸能コンクール三線の部の新人賞に挑戦することにしました!あー、言っちゃった!僕、安冨祖流です。課題曲は伊野波節。しぇんしぇいは新城亘先生、あー、ほんとに言っちゃった。知ーらねっと。

18:07
なんだか自分の呟きに自己嫌悪。やっぱり140字って、苦手なようです。

22:16
懸命に勉強し、自ら考え、何が分かり何が分からないのかが見えてくると、確固たる覚悟が生まれます。それは芝居も三線も原発も同じことだという気がしてきました。今日、ふじたあさや・新城亘両先輩と話をしてそう思ったのです。ふたりとも原発の話なんかしなかったけどね。




【おまけ】
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特に意味はなし。



《9月8日(木)-2》
ところで事務所の中はどうなんだろう。いつものように5分間測って、さりげなくマスクを隣に並べて撮影してみた。
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0.06μSv/h……
いつもと特に変わりはない。

“DoseRAE2”の傾向は国民生活センターが調べてくれた。しかし所詮中国で製造された「安価」な機械だ。一個一個の性能にばらつきがあるかもしれない。だからこの機械の個体固有の誤差が知りたい。できれば線量の高い場所へ行って正確な情報と較べてみたい。でもそんなことを言っては顰蹙を買いそうだ。

測ってガイガー!というサイトがある。たくさんの人たちが、安い線量計を持って日本中の放射線量を測って投稿している。
昨日の夜8時ごろ、僕の自宅から比較的近い場所で測った人がいた。アスファルト地上1mで0.17μSv/hだという。結構高い。使用機種は“RADEX RD1503”、評判の悪い中国製ではなく、チェルノブイリを経験したロシア製。β線もγ線も測れるガイガーカウンターである。この手の機種に共通したことだが、β線についてはなかなか正確な数値が測れないらしい。しかし、地上から1mも離れれば、殆どβ線の影響は受けることはないはずだから、きっと正確なんだろう。
僕は、“DOSERAE 2”とともに現場へ車を走らせた。はたしてγ線だけ測れる潔い我がシンチレーションは、いったいどんな値を出すのであろうか。
午後3時25分。
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0.09μSv/h……
事務所のゴーヤーを植えたプランターの土の上に直置きしたのと同じである。0.17μSv/hとはずいぶんと違う。さてこれはどういうことなのか、色々と考えながら現地を後にした。
「測ってガイガー!」では、特定の計測者について、これまで投稿した一覧を見ることができる。事務所に戻ってそれを確かめてみた。すると、0.17という値を出したこの方の計測は、どれもかなり高いことが分かった。その中には、近くに住む人が疑問に思ったのか、再計測のリクエストなどがあったりして、そういうところは別の人が再計測している。そのいくつかを確認したみたのだが、その全てにおいて、かなり低い値で上書きされていた。
僕が測った場所も、僕が去った後の午後5時ごろ、また別の人がやってきて計測したらしい。その人の機種は“HORIBA PA-1000Radi”、日本製で、希望販売価格は税込で131,250円という高価な代物である。投稿された数値は、僕の計測値と同じ、0.09μSv/hであった。さて、いったいどっちが正しいのか。
 ⇒http://hakatte.jp/spot/9375

なんだか最近よくある線量計測マニアのブログみたいになってきた。

問題は、ここからどこに向かって、どのようにして繋いで行けるのかである。それはミステリー。重要なことは、オタクではない賛同者が集まるかどうか。

今や線量計は需要があるのだから、日本の技術を持ってすれば、安くて正確な線量計を作るなんて簡単なことだろう。だがなかなか安くて新しいものは発売されない。日本製の既存の機種は何故か高いママ。だから外国製の安物ばかりが流通する。その性能を親方日の丸っぽい機関が貶して、政府が公式に発表しているデータを参考にしていればいいみたいなことを喧伝する。馬鹿っぽくて言いたくはないのだが、こうなるとやっぱり国を残して人を殺そうとする者たちがいるに違いないと思えてくる。だが本当は、得体の知れない「意思」がその正体なのだろうけれど。

誰からも文句の出ない正確な線量計が、どうしても欲しくなった。それに加えて食品の汚染を、せめて50Bq/kgくらいは調べることのできる測定器も欲しいのだ。この状況から、街ごと一歩踏み出すために。

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大震災から181日目……
全国のモリタリングポストの数値。
関西方面が変だ。
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娘はちょうど京都にはいなかったわけだが……
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いったい何があったんだ? というか、こういうこと、原発事故以前にも普通にあった現象なのかどうか、放射能のことなんて、何も知らずに生きてきたんだなあ。

ゴーヤーが……
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でも暗くていい写真が撮れないので、ゴーヤーのことは明日。

本日の事務所の線量は……
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夜は亘先生の三線教室。
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 ⇒M.A.P.三線教室専用ブログ
稽古が終わって、みんなで“ぎま”に行きました。
ママが作った沖縄料理、ご馳走してくれちゃったみたいで、恐縮です。
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とっておき、43度の久米仙。
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ほんとは亘先生、三線で歌いたかったところなのでしょうが、今日のところは舌鼓で我慢です。
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だってここはカラオケスナックです。唄三線で盛り上がっちゃったら営業妨害ですからね。
ということで、宇夫方路が、ママと“芋(んむ)の時代”を歌いました。
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芋の時代は我慢の時代。でも芋は安心して食えたんだよなあ。


《7月24日(日)》
東日本大震災から136日目……
朝。
構成台本とにらめっこ。
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降圧剤とマンゴ。
構成台本とにらめっこ。
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ドラゴンフルーツ。
構成台本とにらめっこ。

ピンと来ないので……
【昨日のことを呟くことにした】

9:25
いつもお世話になっている沖縄の小さなレンタカー屋さんの話。東京あたりから避難してきている家族が長期レンタルして車が足りない。みんなニコニコして観光気分。しかしもっと深刻な地域からの避難者はずっと少ないとのこと。経済的にも精神的にも余裕のある人たちが逃げてくる。

9:28
昨日の大きな地震のこと、今朝まで知らなかった。ここ沖縄は、東北からものすごく遠い。


白石准が昨日の宇夫方隆士氏の「雨ニモ負ケズ」の解釈について呟いていたので補足してみた。
9:45
なぜ賢治は「ひとり」を「ひどり」と思わず書いてしまったのか。賢治は標準語に憧れていながら花巻弁しか喋れなかったらしい。賢治作品の宇宙と東北の両義性の秘密を解く鍵です。

9:45
これから亘しぇんしぇーと「京太郎」のリハーサルです。



名護の羽地小学校にて、高山正樹が参加するもうひとつのキジムナー、「旅行芸能者・京太郎の歌」の稽古。
レンタカーで移動。
助手席には新城亘先生。後ろの座席から八重山古謡研究者の入嵩西康文さんの唄三線が流れてくる。
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この画像、仏頂面で何とも詰まらなそうな顔に見えるけれど、いえいえ全くそうではなく、ものすごく贅沢な時間なのだった。

まずは腹ごしらえ。
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ジューシー付き。
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「京太郎の歌」のラストは“TEAM琉球・鼓楽舞”の照屋真也さん平義信さん安田辰也さんのエイサー。今日、初めて見せてもらった。絶品であった。
これを見逃す手はない!
しかし、相変わらず宣伝の下手なM.A.P.なので……

 ⇒Official_Siteの案内ページ

役者は揃っている。問題は構成台本。責任重大。

帰り、キジュムナーフェスタの受付に寄る。
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今年のチケットセンター。
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会場も準備万端。
問題は構成台本……

なお、この日の正午、地デジに移行したらしい……


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高山正樹 Masaki Takayama
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