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《7月31日(日)-2》
11時の回が終わって、食事を食べに行く。
近くにはこんな施設がある。
海底戦跡調査潜水士会
今も活動しているのかどうか。

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すばやー“ケンサン”、県産の食料品にこだわったおそば屋さんである。
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今日の2回目、キジムナーフェスタ最後の舞台は1時から。終演後すぐにバラシ、バタバタするだろうから、この間に記念撮影。
特設会場1の舞台・照明・音響スタッフの皆様。
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大変お世話になりました。あと一回、よろしくお願いいたします。
表方はボランティアスタッフの皆さん。
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ありがとう。感謝!
乗りがいいのでもう一枚。
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さあ、ボチボチお客さんが集まってくるころです。

そうして、無事4ステージ、“チョンダラーの歌”を含めて山猫一族全6ステージ、盛況のうちに幕を閉じたのでありました。


《7月23日(土)-3》
高山正樹氏は沖縄へ。私宇夫方路は、まだまだ東京でやらなければならない仕事があって、ずっと遅れて沖縄入りする予定です。

今日は、八王子龍谷寺の御施餓鬼で、父、隆士さんの朗読会です。会場はいつも山猫合奏団の合わせで使わせていただいているホールです。
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まず白石准さんのピアノ演奏があって、その後、父の出番です。
宮澤賢治の詩を、盛岡弁で朗読します。
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賢治は花巻の生まれです。父によると、花巻弁と盛岡弁は本当は少し違うらしいのですが、賢治が生きていた頃の花巻弁を使える人は、もう滅多にいないと思います。今花巻で生活している人も、すでに当時とは違う言葉を使っています。
盛岡弁も事情は同じですが、父は若い頃に盛岡から東京に出てきたので、そのお陰で、盛岡弁は昔の言葉しか知らないのです。
賢治の生活ぶりや、賢治の弟さんから聞いた話などをはさみながら詩を朗読しました。
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みなさん静かに熱心に聴いてくださいました。
30分ほどかけて4つの詩の朗読終わり、最後にもう一度白石さんのピアノ演奏があって終わりました。

もう年だね、もう最後の方はとても苦しかった。もうあと何回もできないかもしれないと父は言っていましたが、やっぱり八王子まで電車で行って、バスに乗って、坂を上って行くのはちょっと大変だったのかもしれません。高山氏がいれば、車に乗せて行ってくれたのでしょうけれど。

でも逆に、できるうちにやっておこうという気になったらしく、10月あたりに狛江でも朗読会を、と企画をはじめたようです。その時は喜多見狛江周辺の皆様、是非ともおいでください。
(宇夫方路)

【おまけ】
さしずめ、宇夫方隆士氏はスーパー盛岡人?
 ⇒スーパーウチナンチュのこと


東日本大震災から128日目……

今日はルーテル市ヶ谷で本番。車で行くのだ。さあ荷物は全部乗せたかなと指差し確認。よしOKと出発。するとなんだか右の後ろがおかしい感じ。まさかと思いつつ車を止めて確認すると、なんとパンクだ。何故?でっかい大介くんを乗せたから?まさか!パンクの原因はともかく、このママ走るとホイールまでダメにしちまう。ともかくゆっくり今来た道を戻って駐車場に停める。さあどうしよう。こういう日に限って会場への入り時間が開演ギリギリなのだ。タイヤ交換をしている時間なんかない。もはや電車で行かなきゃ間に合わない。しかしこの荷物をどうしたものか。販売グッズを諦めるかとも思ったが、今の経済状況で、目先の小銭の種を放棄するわけにはどうしてもいかない。しかたない、本日の公演は小道具なしだ。いや、しかし、今日は厚生省の審査員の面々が来るのだ。せめてなんとかカッコーの人形だけでも持って行きたい。さてその場合、どういう演出にするか、頭の中をぐるぐる回転させて考えながら、あれこれ荷物をひっくりかえす。だんだん頭じゃなく目の前がぐるぐるしてきた。ともかく最低限必要な荷物だけをまとめて、といってもでかいバッグ2個と紙袋みっつ、そのひとつの上にカッコーの人形を裸で乗っけ、ああ、このままどうにかして電車に乗るわけね。はたして駅までたどり着けるかしらん。それにしても大荷物だ。紙袋の紐が手のひらに食い込む。ああ、なんてこった……

短い時間でリハーサル。
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音の響きがいいので、気持ちよく最後の合わせをしています。
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小生はカッコーをどう使うか、あれこれ考えていたのであった……
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 ⇒Offisial_Blog“山猫合奏団が料理する宮澤賢治の世界”
方さんとキートンとマヤコさんとマリコさんが見に来てくれました。今度は招待しなくても見に来いよ、なんてね。せいぜい宣伝してくだされ。まだまだ認知されていない山猫合奏団ですから。

なお、Official_informationで、こんな画像を使っちゃいました。
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原田くん、大介くん、ありがとね。

車で来なかったので、打ち上げで、楽しい酒を飲むことができたので、結果オーライ?
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(撮影:高山正樹、白石准は早退)

劇団あとむの皆様、また是非おいでくださいませ。客席か、あるいは舞台の上か。
「注文の多い合奏団ですけーど、大歓迎いたします・・ だーいかんげーーーい!」


7月15日金曜日: いよいよ明日

東日本大震災から127日目……
「合わせ」というべきか、「稽古」というべきか……
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あっちこっち探して、やっと見つけた場所。駅から遠く駐車場もないので、僕がみんなを車でピストン輸送して、送り届けたら事務所に戻って自転車で、帰りはその逆って思っていたのだが、連絡しても応答なく、結局練習開始の時間間際、もう事務所に戻る余裕なく、施設の前に車が置けるスペースがあったので、管理人さんに相談しようと、とりあえず車を停めて待ったけど、結局管理人さんは現れず、こんなことならこの放射能の炎天下、宇夫方女史をひとり自転車で来させることもなかったのだ……

全くワジワジするさ。思わず「俺は役者だ」と喚きたくなるところを我慢して……
「いよいよ明日ですね、よろしくね」

帰りは結局劇団あとむの大介くんをはじめ、面々を車に乗っけて喜多見まで、だからやっぱり宇夫方さんは乗れなかったね。後になって考えれば、誰かに運転させて、この僕が自転車でって方法もあったのだけれど、そこまで気が回らなかった。だーれもさ。

事務所に戻ってツイッターを覗く。
菅直人首相発言情報。「脱原発は私の考え方」、つまり政府方針ではないと。
【そこで思わず呟いた】
17:42
脱原発、菅とともに去りぬ

続けて「そして、誰もいなくなった……」と呟いてみようかとも思ったが、洒落にならないので自粛した。
「鳩山由紀夫普天間県外移転」と同じ運命?嫌だなあ……

広瀬隆氏の言葉。「日本では、福島原発100キロ圏内では今後10年間に10万人以上が癌を発症。今後50年間では40万人が放射能によって癌になる」
【そこで思わず聞いてみた】
17:56
で、それって何人にひとりの確率なんですか?

だーれも答えてはくれなかった。

放射線のある環境で働いていて白血病になった場合、年間5mSvで労災が認定されるんだとか。自分で調べて検証したわけではないので真偽は定かではないと断ったうえでのハナシだが、福島じゃあ子供に対してその4倍の年間20mSvを適用というから背筋が寒くなる。
えーと、20mSvは20,000μSvだから、20,000÷365=1日54.7μSvで、それを24hで割ると2.28μSv/h!桁違いだ。
 ⇒安全デマか煽っているのか

取次ぎの拒否が続く『東電・原発おっかけマップ』について書いたリック・タナカのブログをふたつ紹介したツイートをリツイートしてみたが、結構やばい代物で、ここでは一個だけのご紹介。
 ⇒http://www.the-journal.jp/contents/rick/2011/07…
気持ちはよくわかる。でもさ、それにしてもやっぱり心配になる。リックちゃん、大丈夫かな。もしかすると、こうまでしなけりゃもはや変わらないところまで来ちゃってるってことかね日本は。

「コザ暴動」は、「コザ騒動」とか「コザ蜂起」とか呼ばれるのである。
回りくどい言い方で申し訳なし。

「ねえ、もういいからさあ、明日のこと、考えようよ」と、自分に言い聞かせているのであった。よくあることだけど。


7月13日水曜日: 西山正啓監督をTVで発見

《7月13日(水)-1》

おや?
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【そこで呟いた】
7:38
たった今のニュース映像で佐賀県庁に突入(嫌な言い方だ)した人たちの中に西山正啓監督を発見。


監督、元気で頑張ってるんだ、偉いなあと思った。

「市民運動」の醸し出す雰囲気を、何故か嫌だなと思って敬遠する、そういう感覚が僕にもある。しかし、実際に彼らに会って話しを聞き、具体的なことをひとつひとつ知るようになると、真実があまりに理不尽なので、何かしなければ、せめて声でも上げなければと思うに到ることは、至極自然だと納得する。なのにそれでも僕は、違和感を拭い去ることができず、結局彼らが作る輪の外側で目を伏せてしまう。

そんな中にも、違和感のない人たちがいる。何が違うのかと考えるのだが、よく分からない。たくさんの選択肢を先入観なしに誠実に論理的に比較検討して、その結果として今ここにいるからなのだ、と、そういうことなのだろうと僕は思っているが、さてどうなんだろう。ともかく、自分たちとは違う思考との通路を絶って平気でいられる人たちが、僕はどうも苦手なのだ。そういうお前はどうなのかと問われれば、努力しているとしか答えられないのではあるが。

ともかく、現地に足を運び、見て聞いて調べて、そうやって真実を追いかけ、得られた具体の中でものを考え、そして行動し発言する人々に対して、何も知らず、知ろうともせず、遠目からの印象だけで白けたコメントを発する輩だけにはなるまいと、東日本大震災から125日目に、あらためて思っているのだ。

「監督、頑張ってるんだ、偉いなあ」

8:07
ストレステストについて、点数が付くのかと思っていた。原発の強度などが明確に分かるテストだと期待したのだが、もしかして0点か100点か、そういうテストなの?そんならやらなくていい。我が家の耐震診断だって例えば東西方向はどのくらいの揺れに耐えられるとか詳しく教えてくれたのに。


しかし、俺は何のためにこんなつまらないこと呟いているんだろう。

書斎から一歩出れば、シラフの僕は口を閉ざすのだ。
「西山監督は、偉いよなあ……」



只今、山猫合奏団です。ルーテル市ヶ谷センターの公演に向けて“注文の多い料理店”の合わせの最中です。
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劇団あとむの原田邦治君と林大介君も参加してます。
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愚痴。
市民運動っぽいところで知り合った方々は、基本的に僕の山猫合奏団の活動にはなかなか興味を示してはくださいません。でも、知り合いの知り合いの、そのまた知り合いの方に繋がって、その方が興味を持ってくださったり、そういうことでかまわないのだと、最近はおっとりと構えることにしています。

「へえ、こんなこともやってたんですか」
「こっちが本職に近いんですけど」

ふと、思ったこと。
「あなた」と「あの人」を繋ごうとする営みは、「あなた」と「あの人」を少しづつ裏切ること。その積み重ねが生む悲しさの色合いが、僕にとっての「違和感のない人たち」の尺度なのかもしれない……

“社長とは呼ばないで”のふたつの日記。
 ⇒《1983年9月3日のノート》「非党派的であること」
 ⇒僕は白でありたいと思っていますが…

いい加減、朝のニュースの画像は忘れないと、僕の分裂はいよいよ厄介なものになりそうだ。
夜はまた、別の世界に出かけてきます。


東日本大震災から121日目……

【この日呟いたこと……】
7:07
ストレステスト歓迎と言わない自治体の不思議。

やっぱり今日も捨て台詞。
「一度安全と言っておきながらストレステストとはどういうことか!」みたいなこという首長だらけ。親方日の丸、政府が安全と言ったらそれを検証もせず信じてしまう思考停止した首長たち。その後にストレステストと言われて怒る資格が彼らにあるようには思えない。怒るタイミングが違うんじゃないか、と思ったわけだが、咄嗟に一言で呟くのは難しい。

流れていってしまう言葉なのだから、どうでもいいようなものだけれど、こうしてブログでもう一回そいつを拾って説明するとは、下手なギャグみたいでなんとも情けない。

「考えたってわからない」
「たぶん大丈夫なんじゃないの」

そういう彼らは、そのうちボクを軽蔑し憎みさえし始めるのかもしれない。だが僕は、10年20年経って「ほら見ろ、なんでもなかったじゃないか」と後ろ指さされたとしてもかまわない。子供が元気に生きてさえいてくれれば。

だがもし……
きっとそれでも、一万人に何人という籤に当らずに済んだ彼らは、後ろめたさを抱えてボクを無視し続けるだろう。生きている人のほうが多いではないか。「病気になった原因なんて、考えたってわからない」と。原爆症、薬害エイズ……、みんな同じ。

今日は久しぶりに照明さんのお仕事なのだ。
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子供たちがいっぱい。もしここで、東京にも子供たちの健康に重大な影響を与えかねない量の放射性物質が降り注いでいますてなことを言い出したら、きっと殴る倒されるだろうななんて、なんとも危なっかしいことを想像している。

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会社の社長がバイトするようじゃ終わりかな。というか、終わってるからバイトするのか。

仕事を終えて、A君と劇場のソバのホルモン屋でホルモン食べずに一杯やっての帰り道、呟いてみようかと思った。
「龍前照明は節電します」
しかし、あまりに下手なギャグなので呟かなかった。


7月 5日火曜日: 方言で朗読する

※本当はこの記事は、2月10日の沖縄語の音韻講座(2)【カ行】及び盛岡弁に関する記事と、川崎市民劇“枡形城落日の舞い2順目「民の母音融合」と名づける予定の記事を仕上げてからアップするつもりでいたのです。しかし、あとからあとから記事にしたい色んなことが押し寄せてきて、記事の論理的連続性にこだわっていると、いっこうに先に進めそうにないので、仕上がっている記事は先にアップしてしまうと決めました。過去の出来事は時を隔てれば隔てただけ忘れるのかと思いきや、むしろ書き足したくなって困ります。でもこの記事は、もう読み返すことはせずに、えいやっと目をつむってアップすることにしました。
えいやっ!(2011年8月19日)


《7月5日(火)-2》
川崎市民劇で御一緒した隈元吉成さんも出演するユニークな朗読会に出かけました。
新宿の青年劇場スタジオ「結YUI」です。
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南から北へ、日本全国方言リレー朗読とでもいいましょうか。

なかなか面白かった。特にきっせいさんの「狂歌師太郎次どん」は、今の日本での役者のありようを突きつけられて身につまされました。役者なんてものは小難しいことはなーんにもわからない阿呆、そんな役立たずがこの世に存在している意味ってなんなのか。付け焼刃の理屈をぶっこいて、あーでもないこーでもないと偉そうに能書きをたれる連中がいっぱいいるが、結局だーれも幸せになんかできやしない。言い合いばかりでみんなの心はどんどんギスギスしていく。だけど太郎次どんは……。

違うね、なんだかこういう感想がいけないんですよね、きっと。
「だんな、素直に楽しんだらいんじゃねえすか、理屈なんざあ捏ねくりまあさずにさ」

終演後、「今度は是非沖縄の方言も」なんてきっせいさんに言ってはみたけれど、「沖縄の言葉は方言ではない、一個の独立した言語だ」なんて声が、僕の頭蓋骨の中でぐわーんぐわーんと響いていたわけで。いかんともしがたい性癖であります。だからオイラは役者なんかには向いていないんだって、年がら年中言い訳しているのですが、そういうたびに「めんどくせえ役者だ」と言われるのです。

では、方言の感想をひとつ。

単語の違いとイントネーションの違いをマスターすれば方言はしゃべれるなんて思いがちですが、ホントはね、地方によって50音ひとつひとつ音韻が微妙に違っていたり、音節が伸び縮みしたり、これができるかどうかが味噌なんです。江戸弁だってそれを抜きにしちゃあ標準語と大差なく面白くもなんともない。
 ⇒「うちなーぐちの音韻講座」興味があったら是非お読みください。
さて、そのあたりが本日の公演ではどうだったのか。舞台表現として方言を語るって難しいと思ったのでした。特に滑舌よく標準語を話すのが俳優の仕事。かえってそういうプロが方言を使おうとすると、なるほどこうなっちゃうんだよなあというありがちな例もチラホラ。

「だからさ、そういう感想がいらねえんですよ、だんな」
「いっぺー飲りに行こ、しょうがねえから」

久しぶりの“かりゆし”です。近いからね。ちょっと高いけど。最後の贅沢?
ミミガー。
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最近沖縄居酒屋でよく見かけるカーリーポテト。A&Wオリジナルだと思っていたのだけど。
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タコライス。金武町が発祥の地だとか。
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沖縄やきそばケチャップ味。
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ソーミンチャンプルー。
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島らっきょ。
「まだ漬かってないんです」と初顔の店のお兄ちゃん。いやいや生のほうが美味いんだ。「ちょっと味見させて」と一本かじって……
「ノープロブレム。持ってきて」
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軟骨ソーキ。
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今日もステージ。へえ、お兄ちゃんも参加するんだ。
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最後は恒例カチャーシー。
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宇夫方路は踊る人。
連れの神野美奈実と石山海は撮る人。
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かく言うオイラはそれを撮る人。
こういう時は踊らないと、太郎次どんにはなれません。
わかっちゃいるのだが……
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7月 2日土曜日: 全てミステリー

《7月2日(土)-2》

全てミステリー……
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(※7月18日に追記)
言うか言わぬか迷ったが。
彼らはオーストラリアへの移住を決めた。55歳を越えると永住権を取得するハードルが一気に上がる。それまでになんとかと。

オーストラリアで泡盛飲めるかなあ。飲めれば移住するってわけではないけれど。



高山正樹 Masaki Takayama
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