喜納昌吉のライブへ。
新宿FACE。歌舞伎町奥。コマの裏。
サプライズ(?)トークショー。高野孟×上杉隆×喜納昌吉。
動画がアップされています。
同調するかどうかはともかく、一見(一聞)の価値あり!です。

いつまで見られるのかなあ。

記事もお読みください。
 ⇒http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral…

ライブのあと、この日初めてお会いした方々と飲みに行きました。
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泡がすっかり消えた生ビールとか、乾いたホッケとか、いろいろ悪口あげつらおうかと思ったのですが、大人げないからやめましょう。従業員教育がどうのこうのというよりも、店の大きさに比べて人が少なすぎるんですよね。要するに不景気のシワ寄せが、やっぱり一番弱い立場の人たちのところへ来ているということなのです。

この日知り合ったコアな方々+α
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左から、天空企画の智内好文さん、岡本ホウテンさん、(高山正樹)、ハンサム・マーキーさん。それから大城洋子さんも一緒でした。

M.A.P.は、アメーバのように怪しく広がっていく……

【松元裕之氏のこと(後日追記)】
この日、お店の段取りさえよければ、ハワイの日系二世のドキュメンタリー映画のため、20日間ほどのインタビュー撮影を終えてハワイから帰国したばかりという松元裕之氏ともご一緒できるはずであった。残念ながら遠方にお住まいの松元さんは待ちきれずお帰りになってしまった。

夏っちゃんから転送してもらった松元さんの映画情報の中から、ほんの一部だが、ここにご紹介させていただきたいと思う。

「主に山口、広島、熊本、沖縄の4県からの移民が多く、他に新潟、福岡、愛媛、和歌山、長野などが少数ですがいらっしゃいました。明治時代、沖縄からの移民はやはり差別の対象だったようです。しかし、二世の代になると、それはなくなります。」

「戦争映画にするつもりはない、とインタビュー前に説明するのですが、それでも戦争の話に触れないわけにはゆきません。しかも皆さん、今までに何度もインタビューを受けている経験からか、インタビュー=戦争時の話と決めつけたり、警戒していたりする方もいらっしゃいます。戦争の事は話したくないんだと仰った方や、いくら戦争の話をしても、経験していない人には解らないだろうと言われたことも一度ではありません。」

「昨年お会いしたにもかかわらず、今回はお会いできなかった方もいました。その理由は、この10ヶ月間にかなり『老い』が訪れてしまっており、思考やしゃべり、そして体力的にも無理だろうということで、家族から断りがありました。90歳にもなる人間の老いは、わずか数カ月も待ってはくれません。今回はそれを至る所で実感する旅でもありました。」


私たちは大城立裕氏のノロエステ鉄道によって、ブラジル移民のことを知った。
 ⇒録音後に久米明さんが語ったこと
きっと私たちの知らないことが、もっともっとたくさんあるのだ。たとえばウチナーグチに関しても、それをしゃべれるお年寄りが御健在のうちに、という思いが強くなる。
松元さんの映画についても、M.A.P.はそれを見守り、出来るだけご紹介できればと考えている。

※松元裕之氏のブログ「Whity」に、今後この映画にまつわる情報が発信されていくようです。是非そちらもお読みください。
http://ameblo.jp/niseiveterans-movie/

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