2月 6日土曜日: 「金細工の妙技映像化」の記事
又吉健次郎さんの技術を映像に残す、井上真喜ちゃんがやっている仕事です。
⇒関連記事を読む
その仕事のことが、沖縄タイムスで紹介されました。

少しは完成に近づいたのかな。
記事の中の「金細工」には、きちんと「くがにぜーく」とルビが振ってありました。

⇒関連記事を読む
その仕事のことが、沖縄タイムスで紹介されました。

少しは完成に近づいたのかな。
記事の中の「金細工」には、きちんと「くがにぜーく」とルビが振ってありました。
» 続きを読む
12月22日火曜日: 宇夫方隆士「幻影」出版記念朗読会
《又吉健次郎さんがメンテナンスしたジーファー》
カテゴリ: M.A.P.縁の人たち
パラダイス通り……大東そばで腹ごしらえして……

“Bar土”へ

今回の旅の最大の目的。
“宇夫方隆士「幻影」出版記念朗読会”
⇒告知記事
まだ準備中だったので、ちょいと2階のギャラリーへ……
“石川真生展”のためのスナップ写真がたくさん貼ってあった。
やっぱり強烈だ……
石川真生の名前を知ったのは、確か大江健三郎の何かの著作だったはず……
M.A.P.after5でも、ほんのちょっとだけ真生さんのことに触れたっけ……
⇒http://lince.jp/hito/…
「あしたの夜6時から、展覧会の会議やるけど来る?」
「そんな自由なの」
「そうだよ」
参加したいけど、今回はスケジュールが一杯。
開演前、流れる映像は“一瞬のコーヒー”……
⇒“一瞬のコーヒー”のページ
やがて朗読会が始まる。
こんな感じで聞いている。
真喜ちゃんが撮影している……

終演後……

左から、宇夫方隆士氏、沖縄タイムス文芸部長で論説委員の真久田巧さん、そして又吉健次郎さん。
浦添美術館での宇夫方隆士詩画集展の仕掛け人が健次郎さん。それがきっかけで宇夫方隆士さんは沖縄タイムスの新聞小説の挿絵を書くことになった。その時の担当が真久田さん。その真久田さんが、私達を大城立裕氏に繋いでくださった。たった一年半前のことなのです……
その他に来てくださったM.A.P.ゆかりの方々。
石鹸の森山さんご夫妻。
沖縄県立博物館ミュージアムショップ“ゆいむい”店長の池宮城さん。
この度、“儀間進さんのコラムを読む”の企画に参加してくださることになった井上さん。
それから、今朝、首里の味噌屋で遭遇した映像クルーの女性。
(※実は真喜ちゃんの仕事仲間だったのです。こんなこと、沖縄ではよくあることです。)
その他、隆士さんのお知り合いの方々。(ご紹介できずにごめんなさい。)
皆様、ありがとうございました。
そして、おきなわおーでぃおぶっくのCD“人類館”と、それ以外にも、宇夫方隆士氏がジャケットデザインを担当した“カクテル・パーティー”、“「対馬丸」より”、“ノロエステ鉄道”も、“bar土”で販売してくれることになりました。ごうさんに感謝です。

これで一区切りつきました……
“Bar土”へ
今回の旅の最大の目的。
“宇夫方隆士「幻影」出版記念朗読会”
⇒告知記事
まだ準備中だったので、ちょいと2階のギャラリーへ……
“石川真生展”のためのスナップ写真がたくさん貼ってあった。
やっぱり強烈だ……
石川真生の名前を知ったのは、確か大江健三郎の何かの著作だったはず……
M.A.P.after5でも、ほんのちょっとだけ真生さんのことに触れたっけ……
⇒http://lince.jp/hito/…
「あしたの夜6時から、展覧会の会議やるけど来る?」
「そんな自由なの」
「そうだよ」
参加したいけど、今回はスケジュールが一杯。
開演前、流れる映像は“一瞬のコーヒー”……
⇒“一瞬のコーヒー”のページ
やがて朗読会が始まる。
こんな感じで語り……
こんな感じで聞いている。
真喜ちゃんが撮影している……
終演後……
左から、宇夫方隆士氏、沖縄タイムス文芸部長で論説委員の真久田巧さん、そして又吉健次郎さん。
浦添美術館での宇夫方隆士詩画集展の仕掛け人が健次郎さん。それがきっかけで宇夫方隆士さんは沖縄タイムスの新聞小説の挿絵を書くことになった。その時の担当が真久田さん。その真久田さんが、私達を大城立裕氏に繋いでくださった。たった一年半前のことなのです……
その他に来てくださったM.A.P.ゆかりの方々。
石鹸の森山さんご夫妻。
沖縄県立博物館ミュージアムショップ“ゆいむい”店長の池宮城さん。
この度、“儀間進さんのコラムを読む”の企画に参加してくださることになった井上さん。
それから、今朝、首里の味噌屋で遭遇した映像クルーの女性。
(※実は真喜ちゃんの仕事仲間だったのです。こんなこと、沖縄ではよくあることです。)
その他、隆士さんのお知り合いの方々。(ご紹介できずにごめんなさい。)
皆様、ありがとうございました。
そして、おきなわおーでぃおぶっくのCD“人類館”と、それ以外にも、宇夫方隆士氏がジャケットデザインを担当した“カクテル・パーティー”、“「対馬丸」より”、“ノロエステ鉄道”も、“bar土”で販売してくれることになりました。ごうさんに感謝です。
これで一区切りつきました……
» 続きを読む
11月 2日月曜日: TV番組ふたつ
ラッコの着ぐるみ。

詳しくはYusuke氏の方で…
⇒http://www.bcphotoshare.com/photos…
撮影風景は……
⇒http://lince.jp/hito/nhk…
…以上は、どうということのないはなしですが。
こちらの方は、遅ればせながら……

ちょっとご報告です。
「生きる×2」、副題「琉球金細工・最後の職人」。
⇒http://www.tv-asahi.co.jp/ikiru2…
井上真喜ちゃんが仕掛けたミステリー
⇒http://lince.jp/hito/tintao…
又吉健次郎さんがこの番組で最後に語った言葉は……
「先を見通すには昔を知らなければならない」
……でありました。
関係あるんだかないんだか…
⇒http://lince.jp/mugon/kako2000…

詳しくはYusuke氏の方で…
⇒http://www.bcphotoshare.com/photos…
撮影風景は……
⇒http://lince.jp/hito/nhk…
…以上は、どうということのないはなしですが。
こちらの方は、遅ればせながら……
ちょっとご報告です。
「生きる×2」、副題「琉球金細工・最後の職人」。
⇒http://www.tv-asahi.co.jp/ikiru2…
井上真喜ちゃんが仕掛けたミステリー
⇒http://lince.jp/hito/tintao…
又吉健次郎さんがこの番組で最後に語った言葉は……
「先を見通すには昔を知らなければならない」
……でありました。
関係あるんだかないんだか…
⇒http://lince.jp/mugon/kako2000…
» 続きを読む
9月27日日曜日: “おもろ響む”と豆知識【クウェーナ】
うるま市から戻って、お昼から西原で稽古です。
伊波正江先生(玉城流喜納の会会主)から、今晩の国立劇場に誘われました。
“おもろ響む”

録音する手段を持たなかった時代に、消えて無くなりそうな“おもろ”を、誰がどのようにして残してきたのか、それを芝居仕立てで紹介するという創作舞台です。
“おもろ”とは、奄美・沖縄諸島に伝わる古歌謡で、それを首里王府がまとめたものが、かの「おもろそうし」(全22巻)です。
実はこの公演には首里クェーナ保存会の一員として井上真喜ちゃんが出ているのです。そのチケットを正江先生から頂くとは、なんだか不思議。真喜ちゃんと一緒に眞境名由佳子さんも歌っていました。
楽屋でのふたり。

⇒眞境名由佳子さんの紹介記事
クェーナについて、ちょっと長くなりますが、大変興味深いので『沖縄大百科事典』から抜粋して引用しましょう。
「沖縄の古謡の一ジャンル。語義についてはクイナとよばれる鳥の鳴き声に由来するという説と囃子詞の<こいな>に拠るという説がある。くわいにや、こゑななどの表記がある。呪術的要素の濃い叙事的歌謡である。内容は雨乞い、五穀豊穣、航海安全、船造りなどの予祝で、対語・対句を連ねてそれぞれのことがらが理想的状態で展開するようすを謡う。そうすることによってことがらの理想的実現を祈願したのである。謡われる時間を起点にすれば、クェーナの内容は過去に起こったことを謡うのではなく、これから起こって欲しいことを、すでに起こったかのように謡う。」
歌ったクエーナは「アガリユー」でした。

この画像は舞踊「聞得大君の舞」。
真ん中で踊っている人は玉城節子さん。1月に東京の国立劇場で撮った写真に写っていらっしゃいます。
その時の画像再掲。右から2番目の方です。

記事はこちら…
⇒http://lince.jp/hito/madamamiti…
また、東江祐吉くんも、伊波普猷役で出演していました。
⇒東江祐吉くんの紹介記事
そして特別出演の照喜名朝一先生は人間国宝。安冨祖流の歌三線の名手です。そして、なかじんさんのお師匠さんです。

⇒三線を習うなかじんさんのこと
⇒照喜名朝一の歌三線を聞く
やっぱり沖縄は狭い……?
(沖縄で離婚率が高いのは、世間が狭くて、浮気を隠しておけないからだと、誰かが言ってましたっけ。真偽のほどはわかりません。)
明日朝一の飛行機で東京に帰ります。なにしろ、明日から“無伴奏デクノボー奏鳴曲”の稽古再開ですからね。
宇夫方路でした。
伊波正江先生(玉城流喜納の会会主)から、今晩の国立劇場に誘われました。
“おもろ響む”

録音する手段を持たなかった時代に、消えて無くなりそうな“おもろ”を、誰がどのようにして残してきたのか、それを芝居仕立てで紹介するという創作舞台です。
“おもろ”とは、奄美・沖縄諸島に伝わる古歌謡で、それを首里王府がまとめたものが、かの「おもろそうし」(全22巻)です。
実はこの公演には首里クェーナ保存会の一員として井上真喜ちゃんが出ているのです。そのチケットを正江先生から頂くとは、なんだか不思議。真喜ちゃんと一緒に眞境名由佳子さんも歌っていました。
楽屋でのふたり。
⇒眞境名由佳子さんの紹介記事
クェーナについて、ちょっと長くなりますが、大変興味深いので『沖縄大百科事典』から抜粋して引用しましょう。
「沖縄の古謡の一ジャンル。語義についてはクイナとよばれる鳥の鳴き声に由来するという説と囃子詞の<こいな>に拠るという説がある。くわいにや、こゑななどの表記がある。呪術的要素の濃い叙事的歌謡である。内容は雨乞い、五穀豊穣、航海安全、船造りなどの予祝で、対語・対句を連ねてそれぞれのことがらが理想的状態で展開するようすを謡う。そうすることによってことがらの理想的実現を祈願したのである。謡われる時間を起点にすれば、クェーナの内容は過去に起こったことを謡うのではなく、これから起こって欲しいことを、すでに起こったかのように謡う。」
歌ったクエーナは「アガリユー」でした。

この画像は舞踊「聞得大君の舞」。
真ん中で踊っている人は玉城節子さん。1月に東京の国立劇場で撮った写真に写っていらっしゃいます。
その時の画像再掲。右から2番目の方です。

記事はこちら…
⇒http://lince.jp/hito/madamamiti…
また、東江祐吉くんも、伊波普猷役で出演していました。
⇒東江祐吉くんの紹介記事
そして特別出演の照喜名朝一先生は人間国宝。安冨祖流の歌三線の名手です。そして、なかじんさんのお師匠さんです。

⇒三線を習うなかじんさんのこと
⇒照喜名朝一の歌三線を聞く
やっぱり沖縄は狭い……?
(沖縄で離婚率が高いのは、世間が狭くて、浮気を隠しておけないからだと、誰かが言ってましたっけ。真偽のほどはわかりません。)
明日朝一の飛行機で東京に帰ります。なにしろ、明日から“無伴奏デクノボー奏鳴曲”の稽古再開ですからね。
宇夫方路でした。
9月26日土曜日: 青島(ちんたお)食堂で井上真喜ちゃんと
100店(飯-003)
米須さん當間さんと再会を約束して別れた後、井上真喜ちゃんとお食事です。真喜ちゃんお薦めの店へ。食いしん坊の真喜ちゃんはおいしい店をたくさん知っているので、真喜ちゃんと一緒にご飯を食べるのがいつも楽しみです。
今日は牧志にある「青島(ちんたお)食堂」に来ました。

ちなみに100店シリーズの「昼ごはん夜ごはん」でも紹介されています。
⇒http://www.ownmap.jp/100series/lunch_and_dinner…
このお店の一押しの水餃子と、真喜ちゃん一押しのトマトと玉子の炒め物と、お腹を空かせた私が食べたかったひき肉かけご飯(魯肉飯)と、坦々麺と似ている麺(坦ズン麺)を注文しました。(空腹の私に歯止めは利かないのです。)
ここは真喜ちゃんがまだ沖縄に旅行者として来ていたころによく訪れたお店、でも沖縄に住むようになってからは、真喜ちゃんも今日が始めて。なぜ遠ざかっていたかというと、看板が新しくなって「カフェ」という文字が書き加えられていて、それがソコハカとなく怪しさを醸し出して、それで何となく入れなくなったのだとか。

たしかにソフトドリンクのメニューが増えてはいる。
「でも他は昔のマンマだ。よかった。おいしい。」
皆さんも是非行ってみてください。
ちなみに100店シリーズの「カフェ」には紹介されてません。
今日はお酒抜き。なぜならカフェだから、というのは冗談、真喜ちゃん昨日までとっても忙しくてお疲れだったから。
なぜ忙しかったのかというと、又吉健次郎さんのドキュメンタリーTV番組のディレクターをしていたから。
又吉健次郎さんの仕事を残したいと、フリーのディレクター井上真喜が2年前にテレビ局に出していた企画、それが忘れたころに動き出す、こんなこともあるんですね。又吉さんは沖縄タイムス賞を受賞したし、時代が又吉健次郎を発見したということなのかな。
そういえば、自分の仕事を画像で残そうとしているという話を、又吉さんから聞いていましたっけ。
⇒その時の記事を読む
沖縄屈指の名カメラマンが撮影して下さって、映画のように美しい画像が撮れました。
又吉健次郎さんの作ったジーファー(簪)を挿すために、琉球結髪の第一人者小波則夫さんが沖縄民謡の第一人者大城美佐子さんの髪を結う、そんな場面もあって、それは見逃せない貴重な画像です。
又吉健次郎さんが語る飄々とした言葉の数々、でもそれらの言葉は、実は深いところで、又吉さんのたったひとつの思いにつながっていたのだということが、この番組の制作を通じてわかったと真喜ちゃん。そんなミステリーの謎解きは番組の最後で、だから今日は内緒です。
番組は「生きる×2」。副題が「琉球金細工・最後の職人」。
放送予定は…
【沖縄】
10月10日(土)朝5時45分からRBC
10月11日(日)朝5時30分からOTV
【関東圏】
10月18日(日)朝5時20分からテレビ朝日
番組紹介の詳細は民間放送教育協会のホームページをご覧ください。でも、放送の一週間前にならないと番組内容などアップしないみたいだけれど。
⇒民間放送教育協会のホームページ
他の地域の「生きる×2」の放送予定などはこちらからどうぞ。
⇒テレビ朝日の「生きる×2」のページ
さあ井上真喜ちゃん、11月は“おきなわおーでぃおぶっく”「儀間進のコラムを読む」のディレクター、よろしくね。
お疲れの真喜ちゃんと別れても、宇夫方路の沖縄の夜はまだまだ終わらないのでした。だってここ、パラダイス通りが近いんですもの……
今日は牧志にある「青島(ちんたお)食堂」に来ました。
ちなみに100店シリーズの「昼ごはん夜ごはん」でも紹介されています。
⇒http://www.ownmap.jp/100series/lunch_and_dinner…
このお店の一押しの水餃子と、真喜ちゃん一押しのトマトと玉子の炒め物と、お腹を空かせた私が食べたかったひき肉かけご飯(魯肉飯)と、坦々麺と似ている麺(坦ズン麺)を注文しました。(空腹の私に歯止めは利かないのです。)
ここは真喜ちゃんがまだ沖縄に旅行者として来ていたころによく訪れたお店、でも沖縄に住むようになってからは、真喜ちゃんも今日が始めて。なぜ遠ざかっていたかというと、看板が新しくなって「カフェ」という文字が書き加えられていて、それがソコハカとなく怪しさを醸し出して、それで何となく入れなくなったのだとか。
たしかにソフトドリンクのメニューが増えてはいる。
「でも他は昔のマンマだ。よかった。おいしい。」
皆さんも是非行ってみてください。
ちなみに100店シリーズの「カフェ」には紹介されてません。
今日はお酒抜き。なぜならカフェだから、というのは冗談、真喜ちゃん昨日までとっても忙しくてお疲れだったから。
なぜ忙しかったのかというと、又吉健次郎さんのドキュメンタリーTV番組のディレクターをしていたから。
又吉健次郎さんの仕事を残したいと、フリーのディレクター井上真喜が2年前にテレビ局に出していた企画、それが忘れたころに動き出す、こんなこともあるんですね。又吉さんは沖縄タイムス賞を受賞したし、時代が又吉健次郎を発見したということなのかな。
そういえば、自分の仕事を画像で残そうとしているという話を、又吉さんから聞いていましたっけ。
⇒その時の記事を読む
沖縄屈指の名カメラマンが撮影して下さって、映画のように美しい画像が撮れました。
又吉健次郎さんの作ったジーファー(簪)を挿すために、琉球結髪の第一人者小波則夫さんが沖縄民謡の第一人者大城美佐子さんの髪を結う、そんな場面もあって、それは見逃せない貴重な画像です。
又吉健次郎さんが語る飄々とした言葉の数々、でもそれらの言葉は、実は深いところで、又吉さんのたったひとつの思いにつながっていたのだということが、この番組の制作を通じてわかったと真喜ちゃん。そんなミステリーの謎解きは番組の最後で、だから今日は内緒です。
番組は「生きる×2」。副題が「琉球金細工・最後の職人」。
放送予定は…
【沖縄】
10月10日(土)朝5時45分からRBC
10月11日(日)朝5時30分からOTV
【関東圏】
10月18日(日)朝5時20分からテレビ朝日
番組紹介の詳細は民間放送教育協会のホームページをご覧ください。でも、放送の一週間前にならないと番組内容などアップしないみたいだけれど。
⇒民間放送教育協会のホームページ
他の地域の「生きる×2」の放送予定などはこちらからどうぞ。
⇒テレビ朝日の「生きる×2」のページ
さあ井上真喜ちゃん、11月は“おきなわおーでぃおぶっく”「儀間進のコラムを読む」のディレクター、よろしくね。
お疲れの真喜ちゃんと別れても、宇夫方路の沖縄の夜はまだまだ終わらないのでした。だってここ、パラダイス通りが近いんですもの……
9月26日土曜日: ずっとウチナーグチを学んでいくために
那覇空港からモノレールに乗って、いきなり今回の旅のメインイベントです。
昨年の那覇市のカルチャーで、比嘉光龍(バイロン)さんのウチナーグチの講座を受講していた方々が、“おきなわおーでぃおぶっく”の企画、「儀間進さんのコラムを読む」の読み手として、この度、手を上げてくださったのです。
総勢6人ほどのメンバーの内、今日はお二人の方にお会いしました。
久茂地の寿山(ジュザン)という古い喫茶店にて。

米須美津さんと當間みえさんです。

お亡くなりになった當間さんのお父様は、一切ウチナーグチを使われることはありませんでした。お母様も御同様、でもお父様が亡くなってからは、やっとウチナーグチでお話をされるようになったのだそうです。
お二人とも聞くことはある程度できるのだけれど、話すことができない、それで市民講座を受けてみようと思い立った、でも、9月から11月の3か月間、やっぱりそんな短期間でマスターできるものではありません。
講座が終わってからも、何とかウチナーグチの勉強を続けていきたい、光龍さんにも相談をしてみたのですが、なかなかいい方法が見つからず、行き詰っていたところ、私たちM.A.P.の企画をお知りになったようです。
とりあえず勉強を再会するための、ひとつの目標になると喜んでくださいました。
私たちはこの“おきなわおーでぃおぶっく”の企画が、参加して下さった方々にとって個々さらに勉強を続けていくきっかけになってくれればいいと考えていました。しかし、ウチナーグチをめぐる色々な現状を知れば知るほど、ウチナーグチを守ろうという機運はとっても盛り上がっているのだけれど、そしてウチナーグチに関わる「イベント」もたくさんあるのだけれど、本当に学びたい人たちが継続的に学べる環境が、色々な面において整っていないということにも気づかされてきました。
今、私たちは、「儀間進氏のコラムを読む」という企画が、こうしたイベントの一つに埋もれてしまってはいけないのではないかと思い始めました。そうして私たちは、この“おきなわおーでぃおぶっく”の企画の先に、継続的にウチナーグチを学びたいと考える方々の受け皿を、何とかして作っていきたいと考えています。
その意味で、東京の「沖縄語を話す会」が、20年以上も地道な活動を続けてこられたことを、心から尊敬します。そして、M.A.P.がその「沖縄語を話す会」と繋がりがもてたことを、あらためてとっても嬉しく思っているのです。
米須さん當間さんはじめ、まだお目にかかっていない皆様、どうやったらウチナーグチの勉強を続けていけるのか、一緒に一生懸命考えていきましょうね。
どうぞよろしくお願いいたします!
この後、井上真喜ちゃんと待ち合わせ。
最近進出してきたジュンク堂書店前にて。

そして「儀間進氏のコラムを読む」沖縄チームの録音の打合せ。
ところで真喜ちゃん、去年エイサーを習った。米須さんたちが参加したのと同じ那覇の市民講座。だから真喜ちゃん、米須さんたちと面識があるそうです。
真喜ちゃんのことは、次の記事にて、あらためて。
ところで真喜ちゃん、M.A.P.after5にしょっちゅう登場するので、この際「井上真喜」のサブカテゴリーを作っちゃいました。真喜ちゃんファンの方々は、そちらからどうぞ。
昨年の那覇市のカルチャーで、比嘉光龍(バイロン)さんのウチナーグチの講座を受講していた方々が、“おきなわおーでぃおぶっく”の企画、「儀間進さんのコラムを読む」の読み手として、この度、手を上げてくださったのです。
総勢6人ほどのメンバーの内、今日はお二人の方にお会いしました。
久茂地の寿山(ジュザン)という古い喫茶店にて。
米須美津さんと當間みえさんです。
お亡くなりになった當間さんのお父様は、一切ウチナーグチを使われることはありませんでした。お母様も御同様、でもお父様が亡くなってからは、やっとウチナーグチでお話をされるようになったのだそうです。
お二人とも聞くことはある程度できるのだけれど、話すことができない、それで市民講座を受けてみようと思い立った、でも、9月から11月の3か月間、やっぱりそんな短期間でマスターできるものではありません。
講座が終わってからも、何とかウチナーグチの勉強を続けていきたい、光龍さんにも相談をしてみたのですが、なかなかいい方法が見つからず、行き詰っていたところ、私たちM.A.P.の企画をお知りになったようです。
とりあえず勉強を再会するための、ひとつの目標になると喜んでくださいました。
私たちはこの“おきなわおーでぃおぶっく”の企画が、参加して下さった方々にとって個々さらに勉強を続けていくきっかけになってくれればいいと考えていました。しかし、ウチナーグチをめぐる色々な現状を知れば知るほど、ウチナーグチを守ろうという機運はとっても盛り上がっているのだけれど、そしてウチナーグチに関わる「イベント」もたくさんあるのだけれど、本当に学びたい人たちが継続的に学べる環境が、色々な面において整っていないということにも気づかされてきました。
今、私たちは、「儀間進氏のコラムを読む」という企画が、こうしたイベントの一つに埋もれてしまってはいけないのではないかと思い始めました。そうして私たちは、この“おきなわおーでぃおぶっく”の企画の先に、継続的にウチナーグチを学びたいと考える方々の受け皿を、何とかして作っていきたいと考えています。
その意味で、東京の「沖縄語を話す会」が、20年以上も地道な活動を続けてこられたことを、心から尊敬します。そして、M.A.P.がその「沖縄語を話す会」と繋がりがもてたことを、あらためてとっても嬉しく思っているのです。
米須さん當間さんはじめ、まだお目にかかっていない皆様、どうやったらウチナーグチの勉強を続けていけるのか、一緒に一生懸命考えていきましょうね。
どうぞよろしくお願いいたします!
この後、井上真喜ちゃんと待ち合わせ。
最近進出してきたジュンク堂書店前にて。
そして「儀間進氏のコラムを読む」沖縄チームの録音の打合せ。
ところで真喜ちゃん、去年エイサーを習った。米須さんたちが参加したのと同じ那覇の市民講座。だから真喜ちゃん、米須さんたちと面識があるそうです。
真喜ちゃんのことは、次の記事にて、あらためて。
ところで真喜ちゃん、M.A.P.after5にしょっちゅう登場するので、この際「井上真喜」のサブカテゴリーを作っちゃいました。真喜ちゃんファンの方々は、そちらからどうぞ。
8月23日日曜日: 詩画集と「房指輪」の謎解き
【宇夫方路の沖縄報告】
朝一番、いつもの通り調布からバス。

この日は遅れることもなく、順調に那覇空港に到着。その足で、大城立裕先生のお宅へ向かいました。
そうだ、ご報告していませんでしたが、この度、私の父、宇夫方隆士の詩画集を、M.A.P.で出版することになりました。
詩画集「幻影」

10月10日、出版予定です
で、本日は、その詩画集の推薦文を、大城先生にお願いをしに伺ったのです。
もともとこの出版のハナシは、又吉健次郎さんが火付け役のひとりで、やはり今度の詩画集に一文を寄せてくださるのですが、今日大城先生のところへ行くという話を、ちょっと又吉健次郎さんにお話したら、是非とも同行してご挨拶に伺いたいと健次郎さん。先日、沖縄タイムス賞を受賞された時、大城先生からお祝いのお葉書を戴いたので、そのお礼をしたいということでした。
というわけで、私と父と又吉健次郎さんと、3名でお邪魔しました。

大城先生は又吉健次郎さんへの手紙について、受賞パーティーに行っても大勢の人で、肝心の受賞者御本人には会えないことが多いので、パーティーに行かずにお手紙をお出しになったのだそうです。
大城先生と又吉健次郎さんの会話…
「どうして『くがにぜーく』といわずに『かんぜーく』と言うの?」
「まあいいかな、と思ってたんですが、やっぱりちゃんとしようかな」
健次郎さんの、いい感じのテーゲーさ。
「かんぜーく」は鋳掛屋のことで、銀細工職人のことは「くがにぜーく」というのが正解なのです。私、ちっとも知りませんでした(汗)。
又吉健次郎さんも、だんだん大御所になってしまって、きちんと伝統を背負わなければならなくなったということなのかもしれません。
大城先生から名刺を頂戴した又吉健次郎氏、「私の名刺は『くがにぜーく』と直してからあげましょうね」と、ご自分の名刺はお出しになりませんでした。
今現在、ネットで「かんぜーく」を検索すると「金細工」のルビとしていくらでも出てきますが、「くがにぜーく」は殆ど出てきません。なんでこんなことになってしまってんでしょうかねえ。
ともかく、いつのまにかそれが定着しちゃって、又吉さん御自身も「まあいいか」というテーゲーな感じでそれに乗っちゃったのかもしれませんね。なにしろ、ご自分の名刺の肩書きもそれで印刷しちゃったくらいなんですから。
それから、又吉さんの工房の表札にも「かんぜーく」というルビがふってあるんですよ。証拠写真は下の記事でご確認を。
⇒http://lince.jp/hito/okinawamap/matayosi…
さて、いよいよ……
房指輪の七つの房の意味のミステリー解明の時がやってきたようです。
まずはこちらの記事をお読みください。
⇒http://lince.jp/hito/kouboumatayosi…
今、又吉さんの工房で作っている房指輪の説明では、7つの種類は「魚」「灯明」「鳩」「扇」「花」「蝶」「葉」となっています。しかし、この中の「灯明」は実は「ざくろ」ではないか、また「鳩」は「桃」ではないかという説もある、又吉さんは、「ざくろ」と「桃」の方が本当かもしれないと仰っていました。

しかし、房指輪が今こうして形になっているのは、ヤマトの陶芸家である濱田庄司さんが、又吉さんのお父様である6代目の誠睦さんに復元を託してくださったおかげなのだと又吉さんはおっしゃいます。「灯明」も「鳩」も、当時、濱田庄司さんが、沖縄で残されている房指輪を探し出し、その形を見たり調べたりしながら、一つずつ意味を解明をして、ようやくたどり着いたものなのです。健次郎さんは、その濱田さんとお父様の出会いを大切にしたいがゆえに、そのままの説明で通していらしたそうです。
⇒楽天市場沖縄map「房ネックレス灯」
⇒楽天市場沖縄map「房ネックレス鳩」
ちなみに結び指輪はあの版画家棟方志功さんが復元したデザインなのです。
⇒楽天市場沖縄map「房指輪」
高山正樹が又吉健次郎さんの工房に伺った時も、健次郎さんはこの話をしてくださいました。それを聞いた高山が、是非そのお話を、ブログなどで紹介させていただけないだろうかとお願いしたところ、快くご承諾してくださいました。
また、健次郎さんも、その時のことがきっかけで、やはり「ざくろ」や「桃」のことも、きちんと伝えて残しておこうという気持ちになったのだそうです。
「M.A.P.のおかげです。ありがとう。」
又吉さんは、そうおっしゃってくださいました。
琉球王朝からの金細工の伝統を継いでいらっしゃる方は、もう今は又吉健次郎さん一人だけとなってしまいました。今まで何人か健次郎さんの元で修行をしたお弟子さんもいらしたそうですが、みんな途中でいなくなってしまう。それは仕方ないことだとも思うのだが、このままでは健次郎さんが亡くなったら伝統が途絶えてしまう。それを危惧され、せめて映像で残しておこう、そうすればもしまたやろうという人が出てきたときに、それを見て始めることが出来る、そう思い立って、たくさんの方に頼み込んで協力をしてもらい、現在8割方完成しました。ジーファーの説明の為に、髪結いの小波さん、そのモデルには大城美佐子さんなどなど、みなさん快く引き受けてくださったそうです。
その中で、房指輪についても、「ざくろ」や「桃」のことを、きちんと説明をすることにしたと、又吉健次郎さんは仰っていました。
大城先生に父の詩画集の校正版をお渡しして、お読みになってもしよろしければ推薦文をお願いしますとお願いしました。
先生は一寸ごらんになって「いい絵ですね」と。あとで父は「みんな絵はいいねえと言ってくださるけど、詩の事は何も言わない」と言っていましたが、父もせっかち、お渡ししたばかりで、まだお読みにもならないうちに、コメントなんか言えませんよね。
大城先生は楽しい仕事を下ってありがとうございますと言ってくださいました。

新報ホールに行かなければならないので、1時間ほどで失礼致しました。
【一方、東京で台本を読み続ける高山正樹の息抜き】
今日のゴーヤー、今日の雌花!

⇒明後日のゴーヤーへ
朝一番、いつもの通り調布からバス。
この日は遅れることもなく、順調に那覇空港に到着。その足で、大城立裕先生のお宅へ向かいました。
そうだ、ご報告していませんでしたが、この度、私の父、宇夫方隆士の詩画集を、M.A.P.で出版することになりました。
詩画集「幻影」

10月10日、出版予定です
で、本日は、その詩画集の推薦文を、大城先生にお願いをしに伺ったのです。
もともとこの出版のハナシは、又吉健次郎さんが火付け役のひとりで、やはり今度の詩画集に一文を寄せてくださるのですが、今日大城先生のところへ行くという話を、ちょっと又吉健次郎さんにお話したら、是非とも同行してご挨拶に伺いたいと健次郎さん。先日、沖縄タイムス賞を受賞された時、大城先生からお祝いのお葉書を戴いたので、そのお礼をしたいということでした。
というわけで、私と父と又吉健次郎さんと、3名でお邪魔しました。
大城先生は又吉健次郎さんへの手紙について、受賞パーティーに行っても大勢の人で、肝心の受賞者御本人には会えないことが多いので、パーティーに行かずにお手紙をお出しになったのだそうです。
大城先生と又吉健次郎さんの会話…
「どうして『くがにぜーく』といわずに『かんぜーく』と言うの?」
「まあいいかな、と思ってたんですが、やっぱりちゃんとしようかな」
健次郎さんの、いい感じのテーゲーさ。
「かんぜーく」は鋳掛屋のことで、銀細工職人のことは「くがにぜーく」というのが正解なのです。私、ちっとも知りませんでした(汗)。
又吉健次郎さんも、だんだん大御所になってしまって、きちんと伝統を背負わなければならなくなったということなのかもしれません。
大城先生から名刺を頂戴した又吉健次郎氏、「私の名刺は『くがにぜーく』と直してからあげましょうね」と、ご自分の名刺はお出しになりませんでした。
今現在、ネットで「かんぜーく」を検索すると「金細工」のルビとしていくらでも出てきますが、「くがにぜーく」は殆ど出てきません。なんでこんなことになってしまってんでしょうかねえ。
ともかく、いつのまにかそれが定着しちゃって、又吉さん御自身も「まあいいか」というテーゲーな感じでそれに乗っちゃったのかもしれませんね。なにしろ、ご自分の名刺の肩書きもそれで印刷しちゃったくらいなんですから。
それから、又吉さんの工房の表札にも「かんぜーく」というルビがふってあるんですよ。証拠写真は下の記事でご確認を。
⇒http://lince.jp/hito/okinawamap/matayosi…
さて、いよいよ……
房指輪の七つの房の意味のミステリー解明の時がやってきたようです。
まずはこちらの記事をお読みください。
⇒http://lince.jp/hito/kouboumatayosi…
今、又吉さんの工房で作っている房指輪の説明では、7つの種類は「魚」「灯明」「鳩」「扇」「花」「蝶」「葉」となっています。しかし、この中の「灯明」は実は「ざくろ」ではないか、また「鳩」は「桃」ではないかという説もある、又吉さんは、「ざくろ」と「桃」の方が本当かもしれないと仰っていました。
しかし、房指輪が今こうして形になっているのは、ヤマトの陶芸家である濱田庄司さんが、又吉さんのお父様である6代目の誠睦さんに復元を託してくださったおかげなのだと又吉さんはおっしゃいます。「灯明」も「鳩」も、当時、濱田庄司さんが、沖縄で残されている房指輪を探し出し、その形を見たり調べたりしながら、一つずつ意味を解明をして、ようやくたどり着いたものなのです。健次郎さんは、その濱田さんとお父様の出会いを大切にしたいがゆえに、そのままの説明で通していらしたそうです。
⇒楽天市場沖縄map「房ネックレス灯」
⇒楽天市場沖縄map「房ネックレス鳩」
ちなみに結び指輪はあの版画家棟方志功さんが復元したデザインなのです。
⇒楽天市場沖縄map「房指輪」
高山正樹が又吉健次郎さんの工房に伺った時も、健次郎さんはこの話をしてくださいました。それを聞いた高山が、是非そのお話を、ブログなどで紹介させていただけないだろうかとお願いしたところ、快くご承諾してくださいました。
また、健次郎さんも、その時のことがきっかけで、やはり「ざくろ」や「桃」のことも、きちんと伝えて残しておこうという気持ちになったのだそうです。
「M.A.P.のおかげです。ありがとう。」
又吉さんは、そうおっしゃってくださいました。
琉球王朝からの金細工の伝統を継いでいらっしゃる方は、もう今は又吉健次郎さん一人だけとなってしまいました。今まで何人か健次郎さんの元で修行をしたお弟子さんもいらしたそうですが、みんな途中でいなくなってしまう。それは仕方ないことだとも思うのだが、このままでは健次郎さんが亡くなったら伝統が途絶えてしまう。それを危惧され、せめて映像で残しておこう、そうすればもしまたやろうという人が出てきたときに、それを見て始めることが出来る、そう思い立って、たくさんの方に頼み込んで協力をしてもらい、現在8割方完成しました。ジーファーの説明の為に、髪結いの小波さん、そのモデルには大城美佐子さんなどなど、みなさん快く引き受けてくださったそうです。
その中で、房指輪についても、「ざくろ」や「桃」のことを、きちんと説明をすることにしたと、又吉健次郎さんは仰っていました。
大城先生に父の詩画集の校正版をお渡しして、お読みになってもしよろしければ推薦文をお願いしますとお願いしました。
先生は一寸ごらんになって「いい絵ですね」と。あとで父は「みんな絵はいいねえと言ってくださるけど、詩の事は何も言わない」と言っていましたが、父もせっかち、お渡ししたばかりで、まだお読みにもならないうちに、コメントなんか言えませんよね。
大城先生は楽しい仕事を下ってありがとうございますと言ってくださいました。
新報ホールに行かなければならないので、1時間ほどで失礼致しました。
【一方、東京で台本を読み続ける高山正樹の息抜き】
今日のゴーヤー、今日の雌花!
⇒明後日のゴーヤーへ
6月14日日曜日: 隣人を愛するということ(6月の沖縄12)
金曜日の夜に続いて、今日もまた生活の柄へ。

ちょっとまじめな感じでしょ。

そうなんです。まじめに語り合っているのです。
今日は、サンパレス球陽館の木佐木さんと、一杯やりましょうとお約束していたのですが、そこにみんなが合流してくれました。

「最近の沖縄のホテル、すごく安いと思いませんか?安くしないと、お客さんが来ないんです。」
確かに、ちょくちょく沖縄へ来なければならない私たちにとっては、安いホテルが多いのは、とっても嬉しいことだったのですが、問題は、そう単純ではないらしい……。
「ホテルで沖縄の地のものをお客様に提供したい、でも、そういうものは、とっても値段が高くて使えないんです。」
いいものなら高く売れる、そんなふうに考えていたのだけれど、そういうものが高いのは、それだけ手がかかっているからであって、決して作り手が潤っているわけではないのです。ただ、苦労に見合った値段というだけのこと、でも、そうしたものを手に入れることができるのが、内地のお金持ちだけなのだとしたら……。
それが、沖縄のもの作りを担う人たちの望んでいることなのでしょうか。

誰もが皆、自分の経験からでしか考えられないのかもしれません。でも、隣にいる人の語る言葉を、あたかも自分が経験したことのように耳を傾けることならば、きっと出来るはずです。
そうだよね玉城さん。肝ぐりさの本当の意味を、どうかもう一度、教えてください。

栄町の夜は更けゆく……
電気は煌々と点いていますが…
お店はもうやってません…
旅の続きへ
ちょっとまじめな感じでしょ。
そうなんです。まじめに語り合っているのです。
今日は、サンパレス球陽館の木佐木さんと、一杯やりましょうとお約束していたのですが、そこにみんなが合流してくれました。
「最近の沖縄のホテル、すごく安いと思いませんか?安くしないと、お客さんが来ないんです。」
確かに、ちょくちょく沖縄へ来なければならない私たちにとっては、安いホテルが多いのは、とっても嬉しいことだったのですが、問題は、そう単純ではないらしい……。
「ホテルで沖縄の地のものをお客様に提供したい、でも、そういうものは、とっても値段が高くて使えないんです。」
いいものなら高く売れる、そんなふうに考えていたのだけれど、そういうものが高いのは、それだけ手がかかっているからであって、決して作り手が潤っているわけではないのです。ただ、苦労に見合った値段というだけのこと、でも、そうしたものを手に入れることができるのが、内地のお金持ちだけなのだとしたら……。
それが、沖縄のもの作りを担う人たちの望んでいることなのでしょうか。
誰もが皆、自分の経験からでしか考えられないのかもしれません。でも、隣にいる人の語る言葉を、あたかも自分が経験したことのように耳を傾けることならば、きっと出来るはずです。
そうだよね玉城さん。肝ぐりさの本当の意味を、どうかもう一度、教えてください。
栄町の夜は更けゆく……
電気は煌々と点いていますが…
お店はもうやってません…
旅の続きへ
5月25日月曜日: うぶ沖縄報告5月の2の5
お土産、その1
新しい100店シリーズ。

これ、観光客用のガイドブックではありません。地元の人に向けて編集されているもので、沖縄県内でのベストセラーです。わざわざ沖縄まで行って、ラーメンなんか食べないよといわれるかもしれませんが、どっこいこのシリーズを眺めていると、コテコテの沖縄っぽさなんか全く売り物にしていないのだけれど、それだけにさり気ない沖縄が感じられて、とても素敵なのです。
沖縄民謡が流れる店で沖縄ソバを食べるのもいいけれど、このシリーズを頼りに、自然体の沖縄を見つけて訪れてみるのもお勧めです。
⇒販売サイトへどうぞ!
その他の土産ばなし。
“しよん”の長池さんの作品が「オキナワンクラフト“うりずん”」でご覧になれます。

会場は京都の左京区にある“ギャラリー花いろ”です。

京都市左京区鹿ヶ谷桜谷町47番地
Tel・Fax 075-761-6277
5月2日から10日まで、11:00~17:00、開催です。
出展される皆さんです。
陶芸 金城有美子
漆芸 謝敷 眞起子
紅型 田中 紀子
紅型 金城 宏次
織物 長池 朋子
木工 西石垣 友里子
ガラス 屋我 平尋
外間守善氏の著作に「うりずんの島」という本があります。
そのことは、去年記事に書きました。
⇒http://lince.jp/hito/hokamashuzen…
その「うりずんの島」の前書きには、こう書かれています。
「『うりずん』というやわらかなリズムを聞くだけで、沖縄の島に住む人々の心はうるおいなごんでいく。
旧暦の二月頃から三、四月にかけ、枯れ枯れの冬期をくぐりぬけた大地が、ひそやかに黒土を盛り上げ、心の疼きを示そうとするその頃の季節が『うりずん』である。」
「枯れ枯れの冬期」という表現が、なんだか沖縄らしくないと感じてしまうとしたら、やっぱりステレオタイプの沖縄のイメージを疑ったほうがいいのかもしれません。
なんだかむしろ、沖縄は、古い大和が残る京都と、とても似合うという気もしてくるのです。
ちなみに、私、高山正樹は、小学校の3年間、京都の朱雀第二小学校に通っていました。
山陰本線沿いの学校で、木造二階建ての校舎の教室の窓から、校庭を隔てた向こう側に、大量の煙を噴き上げて走る蒸気機関車を、よく眺めていたことを思い出します。
まるで、夢のよう……
どうぞ足を運んでくださいといいたいところですが、京都近辺にお住まいの方で、このサイトを読んでくれている人っているのかなあ。
できれば僕も、懐かしい京都の街で沖縄の作品に触れてみたいのだけれど、忙しくて行けそうもありません。残念です。
最後に、井上真喜ちゃんからメールが届きました。
公演おつかれさまでした!
路さん、お美しかったですよ!!!!
さてさて
友人が「シーサーえかきうた」の動画を
YOU TUBEにアップしてくれました!
良かったらお仕事の合間にちょい見してくださいませ~
高山さんにも宜しくで~す!
真喜
真喜ちゃんの作品です。沖縄のテレビで放映中!
新しい100店シリーズ。

これ、観光客用のガイドブックではありません。地元の人に向けて編集されているもので、沖縄県内でのベストセラーです。わざわざ沖縄まで行って、ラーメンなんか食べないよといわれるかもしれませんが、どっこいこのシリーズを眺めていると、コテコテの沖縄っぽさなんか全く売り物にしていないのだけれど、それだけにさり気ない沖縄が感じられて、とても素敵なのです。
沖縄民謡が流れる店で沖縄ソバを食べるのもいいけれど、このシリーズを頼りに、自然体の沖縄を見つけて訪れてみるのもお勧めです。
⇒販売サイトへどうぞ!
その他の土産ばなし。
“しよん”の長池さんの作品が「オキナワンクラフト“うりずん”」でご覧になれます。

会場は京都の左京区にある“ギャラリー花いろ”です。

京都市左京区鹿ヶ谷桜谷町47番地
Tel・Fax 075-761-6277
5月2日から10日まで、11:00~17:00、開催です。
出展される皆さんです。
陶芸 金城有美子
漆芸 謝敷 眞起子
紅型 田中 紀子
紅型 金城 宏次
織物 長池 朋子
木工 西石垣 友里子
ガラス 屋我 平尋
外間守善氏の著作に「うりずんの島」という本があります。
そのことは、去年記事に書きました。
⇒http://lince.jp/hito/hokamashuzen…
その「うりずんの島」の前書きには、こう書かれています。
「『うりずん』というやわらかなリズムを聞くだけで、沖縄の島に住む人々の心はうるおいなごんでいく。
旧暦の二月頃から三、四月にかけ、枯れ枯れの冬期をくぐりぬけた大地が、ひそやかに黒土を盛り上げ、心の疼きを示そうとするその頃の季節が『うりずん』である。」
「枯れ枯れの冬期」という表現が、なんだか沖縄らしくないと感じてしまうとしたら、やっぱりステレオタイプの沖縄のイメージを疑ったほうがいいのかもしれません。
なんだかむしろ、沖縄は、古い大和が残る京都と、とても似合うという気もしてくるのです。
ちなみに、私、高山正樹は、小学校の3年間、京都の朱雀第二小学校に通っていました。
山陰本線沿いの学校で、木造二階建ての校舎の教室の窓から、校庭を隔てた向こう側に、大量の煙を噴き上げて走る蒸気機関車を、よく眺めていたことを思い出します。
まるで、夢のよう……
どうぞ足を運んでくださいといいたいところですが、京都近辺にお住まいの方で、このサイトを読んでくれている人っているのかなあ。
できれば僕も、懐かしい京都の街で沖縄の作品に触れてみたいのだけれど、忙しくて行けそうもありません。残念です。
最後に、井上真喜ちゃんからメールが届きました。
公演おつかれさまでした!
路さん、お美しかったですよ!!!!
さてさて
友人が「シーサーえかきうた」の動画を
YOU TUBEにアップしてくれました!
良かったらお仕事の合間にちょい見してくださいませ~
高山さんにも宜しくで~す!
真喜
真喜ちゃんの作品です。沖縄のテレビで放映中!
» 続きを読む
