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下北沢駅から徒歩4分。下北沢タウンホール。
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秋葉シーサーズ(シーサー玉城+比嘉崇)
パッション屋良
キャン×キャン(長浜之人+玉城俊幸)
豊岡マッシー&としこ(本日のお囃子も担当)
藤木勇人(うちなー噺家、本公演の仕掛人?)
しゃもじ(たーにー+しゅうごパーク)
いっこく堂(劇団民藝休団中)
ホーム・チーム(与座嘉秋+檜山豊)
(※出演順、だったと思う)

昼の部。ほぼ定時に始まったのですが、最後は40分も押した。さあ大変。急いで会場を飛び出す。

夏っちゃんは夜の部に来たらしい。夏っちゃんのブログ発見。
 ⇒http://ameblo.jp/yamakawanatsuko…

【5月10日に追記】
「後日執筆」などと書いて、そのまま2ヶ月近くほったらかしになってしまったのは、もちろん忙しいということが一番大きいのですが、その他にもいくつか理由がありました。
そのひとつは藤木勇人さんのこと。藤木さんはこんな本を書いていたりしていらっしゃいます。

ことウチナーグチのハナシになると、なんやかんや言いたくなるのがM.A.P.after5の悪い癖。でも、やめましょう。
藤木勇人さんみたいな人が私達の沖縄語を話す会に参加してくれたりしたら、こんなすばらしいことはないのですが。
そのうちどこかでお会いできる機会があるかもしれない、というより、だんだんとそういう日が近づいてきているような気がして、だからのんびりと、おっとりがたなで行くことにしました。
それよりも、“キャン×キャン”だとか“しゃもじ”なんかがウチナーグチを駆使していたのが(その正しさを判断する能力をもたないけれど)、なんとも楽しかったのです。

それからもうひとつ。
ロビーでこんな本が売られていました。
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全国の沖縄料理店を紹介する『全国うるまガイド』という本。「あとがき」で藤木勇人さんが推薦文を書いています。この本を出版されたのは大城朝夫さんという板橋区の沖縄県人会の方で、宇夫方路とは面識があるのです。
さて、この先に続きがあるのかないのか、それはミステリー。

去年の9月に宇夫方路が沖縄へ向かう機内で一人の女性と隣り合ったのがコトの始まりなのです。
その女性は大城洋子さん。そして今日、その洋子さんがお友達を連れてM.A.P.の事務所を訪れてくださいました。
そのお友達は国弘泉さんとおっしゃいます。

実はこの記事、2月の28日に書いているのですが、なんですぐに書けなかったのかというと、この日の話題があんまり盛りだくさんだったので、どこから何をお話ししたらよいのかと考えているうちに遅れてしまったのです。

なにしろ本業(?)も、最近こんな感じで忙しいのです。
本業業務中

このままでは会社の仕事を放棄しない限り、いつまでたってもこの日の記事は書けそうにありません。
というわけで、国弘さんのことを、取り急ぎ(って、もうだいぶ遅れているのですが)ご紹介することにしました。

国弘泉さんのご両親は沖縄の方です。泉さんご本人は沖縄に住んだことがありません。数回行ったことがあるという程度だそうです。
国弘さんのお住まいは、M.A.P.の事務所から自転車だったらスグというところです。お子様が大きくなって、何か地域でやりたいと始められたのが“親子de寺子屋塾”です。
現在のメニューは四つ。
1:親子でお能 2:親子で素読 3:親子で礼法 4:親子で演劇
毎週月曜日の午後5:00~6:00に狛江駅近くの泉の森会館で開催されています。1から4までそれぞれ月一回、一講座2,000円で、4講座全て受講すると月6,000と、ちょっとお得になります。兄弟割引もあるらしい。大人だけでの参加もOKです。
(※泉の森会館は、M.A.P.after5でも絵手紙展朗読会でご案内したことがあります。)

連絡先は国弘さんの携帯です。電話番号もわかっているのですが、ネットに掲載していいのかどうか、泉さんにちゃんと確認してから、あらためてご案内したいと思います。

左が大城洋子さん、右が国弘泉さんです。
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国弘さんは、久米明さん朗読の大城立裕「ノロエステ鉄道」のCDと、壷屋の焼物をいくつか購入してくださいました。大感謝です。

こういうイチャリバチョーデー的出来事は、沖縄では日常茶飯事なので、もう驚かなくなりました。今日もいろんなところで繋がっていることが分かりました。とりわけ山川夏子さんですが、大城洋子さんととっても親しいということが今日判明しました。そういえば夏っちゃんとの出会いだって、沖縄タウンの“たきどぅん”で飲んでいた時、たまたま夏っちゃんが店の表を牛のように走って通り過ぎていったのが始まりだもんね。

それから“親子de寺子屋塾”の「親子で演劇」の講師は文学座の佐川和正さん。国弘さんがバイトしていた先で知り合ったのだとか。その佐川君、先日の「近代戯曲を読む」で高山正樹と宇夫方路が御一緒した方でした。さすがにこれにはちょっと驚きました。演劇の世界も、沖縄に負けず劣らず狭いですねえ。

そして、お能といえば横道萬里雄先生組踊りの件もあるし、しばらくお顔を拝していないし、御連絡してみようと思います。もしかしたら、「親子でお能」にも来てくださるかもしれませんよ。

洋子さん、今日は洋子さん関係のご紹介ができなくてごめんなさい。masatoさんというミュージシャンのことや、「大城会」のことや、洋子さんがお知り合いの沖縄各界の大物たちのことや、それらは今後、きっとお話しする機会がたくさんあると思います。どうぞこれから深く長いお付き合いのほど、どうかよろしくお願いいたします。

「高山正樹のウチナー婿のオロオロ日記」も、真剣に考えてみようかな。

川崎市の多摩市民会館大ホールで、藤の会の西原佐代子さんの教師免許披露公演がありました。
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でも、パンフレットの表紙には西原佐代子さんの名前はありません。藤の会の会主の新崎恵子先生のお名前だけ。つまり藤の会の関東支部開設のお披露目という感じなんですね。
チラシのほうには西原さんのお名前がちゃんと載っていました。
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後援も協賛もたくさん。あー、私の場合はどうなるのでしょう。色々考えなければいけないことがたくさんあるなあ。

西原佐代子さんは仲嶺舞踊小道具店のみどりさんの妹さんなのです。
関りえ子琉舞研究所の佐藤美智子さんが仲嶺小道具店のみどりさんとご親戚だということは以前ご紹介しましたが、ということはつまり、西原佐代子さんは佐藤美智子さんのご親戚ということですね。
うーん、ボチボチ人間関係相関図を作らないといけませんねえ。
 ⇒SPYSEE“宇夫方路
その佐藤さんもいらっしゃっていました。
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会場に来ていらした流舞協会の先生方と記念撮影です。
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左から野原先生、山崎先生(野原先生のお弟子さん)、川口会長、私、関先生
東京琉球舞踊協会の川口喜代子会長は、私と山崎さんが、どっちがどっちだか分からなくなるのだそうです。そんなに似てるかなあ。
それではと、会長にちゃんと覚えてもらうために、ふたりで一緒に写真を撮りました。
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今度会長にお会いした時、必ずこの写真をお渡ししなければ!

山川夏子さん発見。
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なっちゃん、確か一昨日の沖縄語を話す会で、「明日は着物を着ていく!」と張り切っていたはず。それなのに、なんだスーツじゃないのさ。
朝から張り切っていたんだけれど、一人で着れなくて断念したんだって。今度、着せてあげるから、持っておいで!
(宇夫方路)

最近事務所が忙しくて、なかなか仕事が7時までには終りません。また嬉しいことに、だんだんと“話す会”のメンバーも増えてきました。加えて車椅子の方からお問い合わせをいただいたこともあり、“喜多見で沖縄語を話す会”の会場を、階段を上がらなければならないM.A.P.事務所から、近くの公共施設に移すことにしました。
喜多見地区会館の第2会議室。
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小田急線喜多見駅から徒歩2分くらいのところです。

先々週の第5回では、日本語の「~は」を、ウチナーグチではどういうのかということを教えてもらいました。それと一緒に、代名詞も勉強したのですが、それをちょっと専門的に説明してみましょう。

      近称 中称 遠称
日本語  これ  それ  あれ
沖縄語  くり  うり  あり

ところで、沖縄語には、[e]が[i]に、[o]が[u]にという、いわゆる「三母音化」(※高舌化・高母音化)の歴史があるということは、今まで何度かお話してきました。
 ⇒「三母音」というサブカテゴリーを作りました。
(※高舌化と口蓋化の関係を研究中です。)
さて、その法則からいえば、「これ」が「くり」に、「あれ」が「あり」にという近称と遠称については、なるほどと納得がいくのですが、中称が三母音化のパターンに当てはまらないのは何故なのでしょう。日本語の中称は「それ」、そこから類推すれば「すり」となりそうなものです。
『沖縄大百科事典』の「琉球方言の代名詞」の項に、こんな一文があります。
「琉球の形は古語の〈おれ〉に対応する形にさかのぼる」
ということは、日本語の古語では、「それ」のことを「おれ」といっていたということなのでしょうか。「おれ」が三母音化すれば確かに「うり」になりますよね。また調べたらご報告します。

しかし、“喜多見で沖縄語を話す会”では、こんなややこしい専門的な勉強をしているわけではありません。今日のはなしは高山正樹の趣味ですね。だいたい、メンバーがこのブログを読んでいるってハナシは聞いたことありませんし。

で、今日は「これ(くり)」「それ(うり)」「あれ(あり)」関連のお勉強をしました。
「この」と「その」と「あの」です。ウチナーグチで言うと「くぬ」「うぬ」「あぬ」です。

あぬっ人(ちょー)、いっぺー肝(ちむ)清(ちゅ)らさいびーん
あの人は、とっても心やさしいです。

美(ちゅ)ら海水族館なんてありますが、「ちゅら」に「美しい」という字を当てると、ちょっと違うのだ。「ちゅら」は「清い」というイメージに近い言葉なのだ。

こういうこだわりって、頑固な年寄りの小言なのでしょうか。そんなハナシをしながら、今日もあっという間に過ぎた2時間半でした。

今日は前回よりもちょっと増えた面子でafter勉強会。場所は“酒菜”。
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夏っちゃんのグー!
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この日撮影した画像は全て間違えて消去してしまいました。あーあ…
そのあたりの事情は五味さんのブログにて。
 ⇒http://m53.blog80.fc2.com/blog-entry…

今日も川岸さんがシークヮーサーを差し入れてくださいました。大きいのは夏子さんのお土産、沖縄のタンカンです。
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(この画像は辛うじて残っていたお土産を後から撮影し直しました。)

さて、前回(第4回)の復習です。
くれー、うちなーぬタンカンやいびーん。

本日は、この「くれーこれは)」という言い方をもっと拡げて、「~は」全般のお勉強をしました。

日本語の助詞「」は、沖縄では「」です。日本語の「これ」は沖縄語では「くり」。とすると、「これは」は「くりや」となるはずです。確かにそれでも間違いではないのですが、しかしこの言い方は文語調なんですね。口語では使いません。普段の話し言葉では「くれー」となるのです。どういうことかというと、主語「くり」に助詞「」がついた時、主語の語尾が変化するということなのです。

また「あそこ」を沖縄語で言うと「あま」です。「あそこは」を文語的に言えば「あまや」ですが、口語だと「あまー」となるのです。

 「これは」→「くり」+「」→「くれー
 「あそこは」→「あま」+「」→「あまー

こうした語尾変化には規則があります。

1:まず、主語となる単語の最後の音が「ア段」の単音で、それに助詞「や」が付く場合は、最後の音がただ延びて長音になるだけ。「あまや」が「あまー」となるのがこれですね。「花は」は沖縄の文語的言い方では「花や」ですが、口語では「花ー(はなー)」となります。
花ー、ちゅらさん」(花はきれい

2:次に「イ段」の単音の場合は、「エ段」に変化して長音になります。「くりや」が「くれー」となるのがこれにあたります。「それ」は沖縄語で「うり」、「それは」は「うりや」で「うれー」となる。「あれ」は「あり」で「あれは」は「ありや」で「あれー」、みんなこのパターンですね。

3:「ウ段」の単音は「オ段」の長音に変化します。例えば……、と言葉を捜し始めてちょっと困りました。日本語に「ウ段」で終る名詞って以外に少ないんですねえ。何故だろうと考え出すと、けっこうおもしろそうなのですが、今日のところはやめておきましょう。沖縄語には「ウ段」で終る名詞がたくさんあるんですけどね。なぜなら日本語の「」がウチナーグチでは「」になる場合が多いから。例えば「箱(はこ)」はウチナーグチで「はく」です。だから「箱(はく)は」は「はこー」になる。でも、初心者には混乱してしまいそうな例ですよね。「福(ふく)」は沖縄語でも「ふく」、よし、これでいこう。「福は」は「ふこー」、あれ「福」は「不幸」? だめだ、別の意味で分かりにくい。
 ⇒沖縄のいわゆる三母音について(上舌化のこと)

4:「エ段」の単音と5:「オ段」の単音は、「ア段」と同じようにただ延ばすだけです。でもいい例がありません。なぜなら、ウチナーグチには「エ段」「オ段」の単音が殆どないのです。じゃあ、無用の規則なのかというと、そうでもなさそう。沖縄にとっての外来語である日本語の単語を、どう沖縄語に取り込むかを考える時、重要な規則になりそうです。このことはいずれまた。

6:主語の語尾が「」の場合は全て「のー」になります。「天は」は「てのー」。但し、唯一例外があります。「」は沖縄語で「我ん(わん)」です。ですから「私は」を規則に当てはめれば「わのー」となるはずですが、この場合のみ「我(わ)んねー」というのです。

7:最後に語尾が長音の場合は語尾変化は起きません。つまり、この時は助詞「」をそのまま付けるのです。「シークヮーサーは」は「シークヮーサーや」です。「ゴーヤーは」は「ゴーヤーや」です。
あれ、じゃあ「ゴーヤー」を「ゴーヤ」という八重山ではどうなるんだろう。むちかさん。
 ⇒八重山では「ゴーヤ」という

さて、この助詞「」に関する主語の語尾変化について、もう少し体系的に突っ込んだ説明をしたいのですが、そのためには、まず音韻講座を進めておいた方がよさそうです。そのあとで、またここに戻ってこようと思っています。

楽しいお勉強の時間が終って、國吉先生と富久さんと五味さんと、ふくやで一杯やりました。
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(この写真は五味さんから拝借しました。)

その後、國吉先生と富久さんは終電に急いでお乗りになりましたが、五味さん、もう電車ないよ。じゃあもう一軒だ。というわけでLa_Portへ。何故かベロベロに酔ってお店に入ってこられた狛江市の飲食店組合の偉い方(らしい)を交えての記念撮影。
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(この写真はデータを全部消してしまった直後に、気を取り直して撮影したものです。)

そしてこの日、五味さんは歩いて20分の本部事務所に宿泊されたのでした。

前回(第3回)の喜多見で沖縄語を話す会は、去年の12月3日、事務所の小部屋でやりました。
12月14日、アサヒタウンズに紹介記事が掲載されると、多くの方からお問い合わせがあり、12月25日の忘年会を兼ねた“金城さんの沖縄料理を食べる会”をご案内したところ、たくさんの方にお越しいただきました。

そして本日、今年最初の“喜多見で沖縄語を話す会”の日がやってきました。
大盛況です。この短い期間でこんなふうになるなんて、きっとこれが「うちなーぐち」の力なんですね。
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ところで、M.A.P.after5ウチナーグチ講座のほうがちっとも進んでいませんなあ。
ということで、ここらでちょちょいと半母音のお話を。

【沖縄語の音韻講座、プロローグ(4)】
沖縄語の音韻講座を始めから読む
半母音も、言語学的に突き詰めればなかなか難しく、様々な考え方、説明の仕方があるようですが、ここでは日本語と沖縄語を考える上で必要なことだけ、簡単に説明いたします。厳密じゃないと怒らないでくださいませ。
日本語の母音は、あ・い・う・え・お の五つ。それに子音(k・S・T……)がくっついたものがあって日本語の音が出来ているわけですが、その子音と思しきものの中に、半母音がふたっつ混ざっています。それがWとYです。
この2個の子音が他の子音と違うところは、このWとYは、母音と他の子音の間に挟まって機能する場合があるということです。例えば、ひゃ(hya)とか、びゅ(byu)とか。
この母音と子音の間に挟まる[y]については、日本語と沖縄語に特に違いはないので、もう忘れてください。しかし[w]の方はそうはいかない。日本語の50音表には、母音と子音に挟まる[w]は見当たりませんが、沖縄語にはあるのです。それが[kw]と[gw]です。

そこで、前回の沖縄語の音韻講座プロローグ(3)の50音表に、この新たな2行を加えることにしましょう。

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この日の川岸さんのお土産、シークァーサー。
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さあ、これで沖縄の50音表が完成して、いよいよ音韻講座の本編に入れるのか、と思いきや、そうはいかないのです。
母音と子音に挟まれない場合の、つまり他の子音と同じ使われ方の[y]と[w]と、本来の母音と、こいつらが、沖縄語の音韻において、もっとも曲者なのです。結論から言うと、この沖縄語における半母音と母音は、それぞれ声門破裂音とそうでない場合とを分けなければいけないのです。

「あぬ うとー うとぅ うっちょーん」(あのご主人は評判がいい)
「うとー」「う」は破裂しない。「うとぅ」「うっちょーん」「う」は破裂する。

富久さんの頭も、破裂寸前です。
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声門破裂音については次回に詳しく。
沖縄語の音韻講座、プロローグ(5)へ
とりあえず声門破裂音のサブカテゴリーだけ作ってみました。
今日もあっちへ脱線、こっちに転覆。そのあたりは五味さんのブログへ。
 ⇒この日の五味さんの記事 

そういうわけで、肝心要のお勉強の方は、たったふたつの構文を習っただけで終ってしまいました。
うちなーぐち講座《8》

くれー、ぬーやが。(此れは何?)
くれー、ムーチーやん。(此れは餅だ)

くれー、ぬーやいびーが。(此れは何ですか?)
くれー、ムーチーやいびーん。(此れは餅です)
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金城さんが作ってきてくれました。間もなく鬼餅(ムーチー)。初孫ができたので、皆さんに配るためにいっぱい作ったんだって。
くゎっちーさびたん。(ごちそうさまでした)
(※あれ、「くゎ」じゃなくて「くぁ」じゃないのかって?そうなんです。「くゎ」って書いたり「くぁ」って書いたり、色んな人が色々な書き方をしているのです。これが沖縄語の表記問題です。それを何とかしようというひとつの提案が「新沖縄文字」なのです。)

“喜多見で沖縄語を話す会”第1回
“喜多見で沖縄語を話す会”第2回

“喜多見で沖縄語を話す会”の第3回は7時から。その前の6時頃から、取材がありました。
朝日新聞姉妹紙のアサヒタウンズ。
さて、どんなふうに書いてくれるのかな。楽しみです。

現在「喜多見で沖縄語」皆勤賞の夏子さんが「mota」を連れて来た。「mota」ってどなた?
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もたち(mota)さんは沖縄関連ブログ界では超有名人らしい。
もたちさんの私物です。沖縄限定の…… 聞いたけど忘れちゃいました。
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もたちさんの奥さんは植村順子さんというフルート奏者で……
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こんなコンサートをやってます。
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では、前回のお勉強「~やん」の復習です。
「もたちさんやん
これを日本語に訳すと、「もたちさんだ」。

さて、今日はもう少し丁寧に。
「もたちさんやいびーん
「もたちさんです」ということですね。
でも、これではHe is Mr. Mota.にはまだ足りない。Heをつけないとね。
ウチナーグチで「この方」とか「こちら様」は、「くま」といいます。それから日本語の助詞「~は」は、ウチナーグチでは「~や」。だから「この方はもたちさんです」をウチナーグチで言うと、「くまやもたちさんやいびーん」となります。でも「くまや」はちょっと文語調で普通は使いません。はなしことばでは、「くまや」は「くまー」に変化して、「くまーもたちさんやいびーん」というのが普通ですね。

くま」には、「この方」とか「こちら様」の他に、「ここ」という意味もあります。
くまー喜多見やいびーん」(ここは喜多見です)
くまー金城さんやいびーん」(こちらは金城さんです)
くまー國吉さんやいびーん」(この方は國吉さんです)
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「この方」とか「こちら様」は目上の人に使う言葉。では単に「この人」という場合はどういうのか、それについては次回ということにしましょう。なんせ今日も脱線だらけで、なかなか先に進まなかった。でもこれがいいんだな。

というわけで、脱線ばなしをふたつばかりしましょう。

ウチナーグチは敬語が大切。奥さんが旦那さんに「かめー(食え)」なんて言ったら大変です。「うさがみそーれー(お召し上がりください)」と言わなきゃね。
沖縄では夫婦喧嘩も敬語です。「うんじゅ(あなたさま)」と丁寧に呼びかけて、「にち、うさがみそーれー」。ご自分で煮てお召し上がりください。厨房に入ったこともない誇り高き首里の男性にとっては、この妻の言葉は餓死しろと同じですなあ。

もうひとつ。
腹筋が痛くなるほど大笑いしたとき、日本語では「腹を抱えて笑う」といいます。では、ウチナーグチでは何というのか。「腹を抱えて笑う」を直訳すると、「わたぬ むちゃげてぃ わらゆん」となります。おなかを持ち上げて笑う。でもこれは間違いなのです。こういう直訳によって沖縄語が乱れてきている。正しくウチナーグチで訳すと、「わたぬ くふぁるか わらゆん」。この文章を、逆に日本語に直訳すると、「おなかが硬くなるほど笑う」。
さて、皆さん、どちらのほうが現象を的確に捉えていると思われますか?

おっと、また遅くなっちゃった。本日はここまで。
もう遅いのに、國吉さんをお誘いして酒菜へ。
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飲む酒は泡盛。肴はハタハタ。美味。
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ウチナーグチ談義はまだまだ続きます。
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それを尻目に、こちらはスーさんと琉球グラス談義。
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琉球グラスについては、いずれお話したいと思っているのですが、ちょっとナイーブなんだよなあ。
今日ももうすぐ終ります。
あれ、駅にたくさんの人が……
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壊れた「喜多見駅」の看板を直してるんですね。
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でも、ただ立ち話して見上げているだけの人たちがたくさん。
なんでかなあ……


沖縄から帰ってきた日の夜です。
今日は喜多見で沖縄語を話す会の第2回。11月9日の第1回に続いての開催です。
第1回も参加してくださった夏子さんと金城さんです。
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夏子さんについては以前ちょっとご紹介したので、今日は金城さんのこと。
金城さんは伊江島のご出身です。伊江島は本部(もとぶ)半島の北西に位置する島。沖縄本島から約10kmという近さですから、美ら海水族館などからも、伊江島のシンボルであるタッチュー(城山)がよく見えます。
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かつてこの伊江島には、沖縄での日本軍最大の飛行場があり、そのために、あの沖縄戦で熾烈な戦いが繰り広げられた島でもあります。
金城さんは今更あらためて勉強する必要のないくらいウチナーグチが堪能です。でも、私達の沖縄語を話す会に参加してくださいました。金城さんも、きっと充実した時間を楽しんでいらっしゃるのだと思います。うちなーぐち初心者のメンバーたちにとっても、金城さんのような方が一緒にいてくださることが、とっても楽しくて嬉しいのです。
「あめーけんちゃけんちゃ、ちゃーちゅーぱんじゃやてぃー」
伊江島の言葉です。沖縄本島からたった10kmしか離れていないのに、我が沖縄語を話す会の國吉眞正先生にしても、この言葉をスッと理解することはできませんでした。
「あめーけんちゃけんちゃ」は「あらー、まー」みたいな感じ。那覇あたりのウチナーグチなら「あいえーなー」といったところでしょうか。「ちゃー」は「ずーっと」、これは那覇や首里でも同じ。「ちゅーぱんじゃ」「がんじゅー」、つまり「元気」ですね。
久しぶりに会った人に、「あらまあ、ずっと元気だった?」と、はじけて思わずハグでもしそうな言葉です。沖縄本島の首里那覇周辺の沖縄語で表現するなら、「あいえーなー、ちゃーがんじゅーやてぃー」

こんな難しい勉強を、最初からやっているわけではありません。でも話はこんなふうにあっちこっちへ脱線します。これがまた楽しいのです。

で……
うちなーぐち講座《6》
今日正式に習った言葉は「~やん」。日本語に訳せば「~だ」「~である」。基本的に勉強したは、たったこれだけです。

後は単語を少し。眼鏡は「がんちょー」で、砂糖は「さーたー」、間違いが「まちげー」だとか。単語は頑張って憶えようというわけではなく、ボチボチと、「へー、そうなんだ」みたいにゆるーいテンポでやっていきます。
「がんちょーやん」は「眼鏡である」で、「がんちゅーやん」は「元気である」だね。「なかなか上等やん」なんて言いながら。

あ、そうだ、ちょっと面白い単語のハナシはご紹介しておきましょう。
「スプーン」は「スプーン」ですが、「匙(さじ)」なら「けー」。「しゃもじ」は飯を掬う匙だから「みしげー」、鍋で使う「おたま」は「なびげー」。おー、分かりやすい。

そして新しい仲間のご紹介。夏子さんのルームメイトで広島出身の西武門(にしんじょー)もみ子さんです。
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独学で三線をやってます。西武門もみ子はもちろん芸名。「もみ子」の「もみ」は広島名物もみじ饅頭の「もみ」、西武門は「西武門節」からとったようですが、沖縄の人なら女性の名前にいくら芸名でも「西武門」とはつけないかな。北海道で言えば「すすきの花子」ってところでしょうか。でも、いい感じ。

今日もあっという間に終電近くなってしまいました。今日はここまで。
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みなさま、末永く宜しくお願いします。

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稽古の話はさておき…

勇んで沖縄タウンへ。
しかし、何か変なのです。ごく普通のお肉屋さん、喫茶店、純和風の居酒屋、焼き肉屋さん…、沖縄関連のお店がとっても少ないのです。酒屋さんは確かにたくさんの泡盛を店頭に並べてあったりしますが、特に品揃えに驚くと言うほどでもありません。中華食堂でも沖縄焼きそばのメニューがあったりしますが、ただそれだけのこと。

もう少し奥にはきっと何かあるだろうと歩を進めたのですが、あっという間に商店街は終わってしまいました。
最後は靴屋さん。その店先。
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これで打ち止め。(というか、沖縄サンダルって、はじめて見た。)

あーあ、これから毎日沖縄タウンで楽しめるとワクワクしていたのですが、なんだか拍子抜け。

でも、今日はここ沖縄タウンで、沖縄料理を肴に一杯やると昨日から決めていたのです。M.A.P.沖縄取材班としては、このまま意気消沈して退散するわけにはいきません。

沖縄タウンの中心は、商店街の真ん中のちいさな市場、その屋根付きの路地の中に、沖縄風居酒屋が2軒並んでいます。そのうち一軒は木曜が定休日、となれば選択肢はもう他にはありません。

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お店の名前は“たきどぅん”
「たきどぅん」とは竹富島の意味だと説明あり、でも正確には「竹富」のこと。ただ現在の竹富島は一島一字(竹富)なので、竹富島全域が「たきどぅん」ということで問題なしです。

引き戸を開けて中に入りました。まだ5時過ぎという時間の所為もあるのでしょうか、お客様はひとりもいません。

竹富島の家庭料理を食べさせてくれるようですが、特に沖縄本島と変わったメニューがあるわけでもなさそうです。

じーまみ豆腐と…
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軟骨ソーキと…
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パパイヤのチャンプルー。
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ちょっとひねくれた注文ですね。
正直言って、ズドンとゴーヤーチャンプルーあたりから行くという気分にならなかったのです。

ところがです。注文した一品一品が、実にいい。沖縄の家庭料理の王道って感じ。つまり、本物なのです。
他にお客様がいないのがこれ幸い、“たきどぅん”のおかみさん、富本たけみさんに声を掛ければ、気軽に、でもじっくりと話が始まりす。
まず、ここ、沖縄タウンの話題から。

「なるほどねえ」
「ははあ、そういうことか」

4年前、沖縄タウンが出来た当初はすごく話題になって、とってもたくさんのお客さんが訪れた。きっと、その時が勝負だったのです。その機を逃せば、残念ながら後はジリ貧。なぜ、そんなことになったのか、いろいろと伺いましたが、そのあたりの事情は、私たちがブログでとやかく言うことではありません。

話を聞いても、ただ呻るだけ、ならば不景気な話は止めにして、沖縄談義、泡盛談義。そうなれば、ただただ楽しい。とっておきの泡盛を、奥から探し出して飲ませてくださったり、裏メニューを教えてもらったり。

と、その時、店の前を通り過ぎる一人の女性…
たけみさんが、彼女の後ろから声を掛けた!
「あんた、あとで寄りなさいよ」

それから数分後、やってきたのはラジオ沖縄東京支社にお勤めの山川夏子さんでありました。いきなり、宇夫方路と、何やら込み入った話が始まりました。
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山川夏子さんは、FM沖縄の山川悦史さんの遠い親戚。
大城立裕先生とも面識がある。
宇夫方路の琉球舞踊の生徒さんの片野さんはFM沖縄の山川さんとは従兄弟同士。
つまり夏子さんと片野さんは親戚。
また片野さんのお母様は、立裕先生の奥様と親友の間柄。
ということは夏子さんの親戚が大城立裕先生の奥様と親友っていうことじゃないの?
はあ、そういうことですねえ。
それ以外にも、いろいろな方が共通の知り合いでした。要するに、沖縄はやっぱり狭いなあということです。

夏子さんのお母様は茨城県出身。50年前に沖縄にお嫁に行った。なんたって復帰前。沖縄のしきたりなんて全くわからない。でも、ヤンバルの親戚はみんな気さくで、しょうがないさあと明るく許してくれた。ところが、首里のお年寄りはそうはいかない。ものすごく厳しくて怖かった。交わす言葉は標準語、ウチナーグチで話そうものなら無礼者と叩かれた。もしかすると、敬い言葉が間違っていたからなのかも知れません……
きっと、いろんな苦労があったのでしょうねえ。

沖縄の男は働かない、頼りにならない、そんなイメージがあるけれど、本当はそうじゃない。ここぞと言う時に現れて、悪者をやっつけて、後はまた、何もなかったようにいつもの調子、まるでテレビの変身ヒーローみたいな存在なのだと夏子さんは言います。

子供の頃、近所に国吉さんというスーパーオジイがいた。遊んでいる子供たちを、一日中遠くから眺めてボーっと座っている。でも夕方になると、オジイの傍にはいくつものハブの頭が並んでいた。はじめて見たときは、なんでこのオジイ、イチゴなんか並べているのか、と夏子さんは思った。オジイは、子供たちをハブの毒牙から守ってくれていたのです。
また、国吉オジイは、遺骨の収集も名人だった。骸骨を見つけると、そこいらで遊んでいる子供たちを集めて、お経を唱えさせた。その頃、仏教の経文を唱えられるなんて、相当な御身分だったのかもしれません。
もちろん、不発弾だって出てきたでしょう。でも、きっとスーパー国吉オジイは、それもうまく処理していたに違いありません。

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これから一ヶ月、ここ代田橋で稽古。沖縄タウンはちょっと残念だったけれど、でもこの「たきどぅん」に通うことを、仲良くなった富本たけみさんと約束したのです。だから、夏子さんとも、きっとスグに再会できますね。

記念撮影。
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左から、たけみさん、夏子さん、宇夫方、お客さん、そしてたけみさんの幼馴染でお店のパートナー。料理担当、名前は訳あって内緒? お客さんはみんなマスターと呼んでます。

気がつけば、あっという間に11時。
「また、来まーす!」

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高山正樹 Masaki Takayama
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