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7月13日水曜日: 西山正啓監督をTVで発見

《7月13日(水)-1》

おや?
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【そこで呟いた】
7:38
たった今のニュース映像で佐賀県庁に突入(嫌な言い方だ)した人たちの中に西山正啓監督を発見。


監督、元気で頑張ってるんだ、偉いなあと思った。

「市民運動」の醸し出す雰囲気を、何故か嫌だなと思って敬遠する、そういう感覚が僕にもある。しかし、実際に彼らに会って話しを聞き、具体的なことをひとつひとつ知るようになると、真実があまりに理不尽なので、何かしなければ、せめて声でも上げなければと思うに到ることは、至極自然だと納得する。なのにそれでも僕は、違和感を拭い去ることができず、結局彼らが作る輪の外側で目を伏せてしまう。

そんな中にも、違和感のない人たちがいる。何が違うのかと考えるのだが、よく分からない。たくさんの選択肢を先入観なしに誠実に論理的に比較検討して、その結果として今ここにいるからなのだ、と、そういうことなのだろうと僕は思っているが、さてどうなんだろう。ともかく、自分たちとは違う思考との通路を絶って平気でいられる人たちが、僕はどうも苦手なのだ。そういうお前はどうなのかと問われれば、努力しているとしか答えられないのではあるが。

ともかく、現地に足を運び、見て聞いて調べて、そうやって真実を追いかけ、得られた具体の中でものを考え、そして行動し発言する人々に対して、何も知らず、知ろうともせず、遠目からの印象だけで白けたコメントを発する輩だけにはなるまいと、東日本大震災から125日目に、あらためて思っているのだ。

「監督、頑張ってるんだ、偉いなあ」

8:07
ストレステストについて、点数が付くのかと思っていた。原発の強度などが明確に分かるテストだと期待したのだが、もしかして0点か100点か、そういうテストなの?そんならやらなくていい。我が家の耐震診断だって例えば東西方向はどのくらいの揺れに耐えられるとか詳しく教えてくれたのに。


しかし、俺は何のためにこんなつまらないこと呟いているんだろう。

書斎から一歩出れば、シラフの僕は口を閉ざすのだ。
「西山監督は、偉いよなあ……」



只今、山猫合奏団です。ルーテル市ヶ谷センターの公演に向けて“注文の多い料理店”の合わせの最中です。
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劇団あとむの原田邦治君と林大介君も参加してます。
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愚痴。
市民運動っぽいところで知り合った方々は、基本的に僕の山猫合奏団の活動にはなかなか興味を示してはくださいません。でも、知り合いの知り合いの、そのまた知り合いの方に繋がって、その方が興味を持ってくださったり、そういうことでかまわないのだと、最近はおっとりと構えることにしています。

「へえ、こんなこともやってたんですか」
「こっちが本職に近いんですけど」

ふと、思ったこと。
「あなた」と「あの人」を繋ごうとする営みは、「あなた」と「あの人」を少しづつ裏切ること。その積み重ねが生む悲しさの色合いが、僕にとっての「違和感のない人たち」の尺度なのかもしれない……

“社長とは呼ばないで”のふたつの日記。
 ⇒《1983年9月3日のノート》「非党派的であること」
 ⇒僕は白でありたいと思っていますが…

いい加減、朝のニュースの画像は忘れないと、僕の分裂はいよいよ厄介なものになりそうだ。
夜はまた、別の世界に出かけてきます。


どうやらこの二つのゴーヤーだけは収穫できそう。
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どちらも去年のゴーヤーの種から育ったもの。
あさってのゴーヤーへ
最初のゴーヤーから見る

今日から代田橋。
“六千人の命のビザ”
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いずれ告知するが、カテゴリをどうしようか。この芝居だけに限ったカテゴリにはしたくない。正直に言えば、杉原千畝・幸子夫妻の「美談」には殆ど興味がない。この史実の裏側にある得体の知れない暗黒の景色を、僕は眺めていたいだけなのだ。
カテゴリは、断固ユダヤ(Jew)に決めた。
※でもやっぱり「六千人の命のビザ」のカテゴリも作成することにしました。(12/3)

稽古の後、一度事務所に戻って、夕方、また出掛ける。西山監督から預っていたDVDを返しに、三軒茶屋で行われている上映会に伺った。ちょうど映写が終わって、金城実の「独演会」が始まった頃に到着した。
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(後日、少し面倒なことを、書きたいと思っている。)
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 ⇒関連記事(大逆事件のこと)


7日に告知したことですが……
茅場町にある新川区民館の7号室にて。
西山監督の映画「チビチリガマから日本国を問う!」上映&トーク
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8月6日はトークショーだけでしたが、今日は上映会の後のトークショーということだったので、映画についての感想、質疑応答みたいな形で始まりました。
 ⇒「チビチリガマから日本国を問う!」の案内記事
「ちと長いなあ」
金城実さんが口火を切ります。まあ、この件については、「西山監督もしつこいからなあ」という愛情の篭った金城さんのまとめで終わりにしましょう。こうした映画について、物理的な時間の適正な長さみたいなものを語ってみてもつまりません。
そういえば、M.A.P.でもこの映画の上映会を開いたのに、小生、内容について、個人的には何も書いていなかったですね。ということで少しだけ。
僕の感想は、西山監督がM.A.P.の本部にお泊りになった日に監督にはお伝えしました。
最後の場面、読谷での集会の光景。そこに特定の政治集団の旗はなく、殆どが各市町村のものであったこと。カメラはゆっくりとそんな群集の姿をパンしながら捉えていく。あの4月25日の沖縄読谷の県民大会は、党派立場のようなものを越えた市民たちが、個人の意思で参加したものであったということ、無言だが、映像は雄弁にそれを物語る。それは感動的なラストでした。そういう僕の感想に、監督はそうなんだよと深く同意してくださったのです。
でもそのあと、僕はこんな記事を書きました。
 ⇒集まったのは左寄りの人たちだけで、地元は云々というハナシもあり……
また、各市町村といっても、その旗を提供しているのは各役所で、役所の職員たちは、基地がなくなっても給料のさがらない極めて生活の安定した人たちなのだ、そんなハナシも聞きました。他にもいろいろと異論はあるのでしょう。
しかし、たくさんの方たちの意見を聞いてみた上での僕の印象を言えば、市民レベルでの静かな叫びという、この映画のラストのイメージが、やっぱり実態に一番近いのではと、今僕は思っています。

打ち上げにもお邪魔しました。
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5月26日のM.A.P.で企画した西山監督の“ゆんたんざ沖縄”上映会に来て下さった高橋美香さんもいらっしゃいます。
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今回、金城実さんは今月6日から来週21日土曜日まで、茅場町のGALLERY MAKIで開催されている作品展のために東京へいらしたのですが、それに合わせて、東京各地で西山監督の新作「チビチリガマから日本国を問う!」の上映会も開かれています。その各会場では、高橋美香さんが撮影した金城実作品の写真を展示しているのです。
(※僕たちが沖縄読谷にある金城さんのアトリエに伺ったのは、ちょうどこの作品展のための荷出しが終わって一息ついた時で、金城さんご自身も明日東京へ出発しなければならないというとってもラッキーなタイミングでした。)

打ち上げは自己紹介で始まったのですが、皆さんそれぞれ思いが深く、また様々な活動をされている方たちばかりで、自己紹介の時間は延びに延びて、結局終わりの方は、すでにラストオーダーの時間もとっくに過ぎて、一人3分という指示が司会者から出たのですが、それもママならず、最後はお店の人に水を頼んでも断られました。
(※僕は人類館のCDを制作して販売していますみたいことをじゃべりました。知ってる、買ったよ見たいな方もいらっしゃって、ありがたいことです。)

やっとお開き。川岸さんも一緒です。帰るまえに記念撮影を。
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なんか視線が変じゃない?
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金城さんが川岸さんに名刺を上げようかということになったのですが、そうしたら大変なことになってしまいました。
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「どこやったかなあ」
そこらじゅう金城さんの着替えだらけ。
「金城さん、もういいです」
「あったあった」

最後の最後。
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「あんたもさ、いい仕事してるんだからさ、がんばれよ」
ありがとうございます。また今度、酒持って読谷にお邪魔します。


昨日の8月6日から始まっているのですが……
彫刻家・金城実氏の東京滞在イベント「沖縄を忘れた日本」
……のお知らせです。
先日、沖縄の読谷にある金城実さんのアトリエに伺った時にご案内されていたのですが、今日まで多忙で告知できませんでした。陳謝。
●金城実彫刻展「島の土から」
期間:8月6日(金)~8月21日(土)12時~19時
(但し本日7日は休み)
会場:GALLERY MAKI(Tel・Fax:03-3297-0717)
日比谷線・東西線茅場町駅、3番出口下車隅田川方向へ徒歩7分
E-mail:gallerymaki@hotmail.com

●パネルトーク「差別の構造~沖縄という現場」
金城実/石川文洋(写真家)/鎌田慧(作家)/辛淑玉(人材育成コンサル
タント)、他に知花昌一(読谷村議)も参加予定。
日時:8月7日(土) 14時~17時 ※今日です!
参加費:500円
場所:日本教育会館8階第3会議室(Tel:03-3230-2831)
都営新宿線・半蔵門線神保町駅A1出口下車徒歩3分

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●映画「チビチリガマから日本国を問う!」上映&トーク
日時:8月13日(金)17時30分開場上映18時~
場所:新川区民館7号室
参加費:1,000円
トーク:金城実/小倉戸利丸(富山大学教員)/西山正啓(記録映画作家)


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沖縄タイムスの真久田さんと別れて、読谷(よみたん)に向かった。“土”のごうさんが読谷に住んでいる。そのごうさんに、チビチリガマを案内してもらうのだ。
沖縄にはたくさんの鍾乳洞がある。その自然の洞窟を沖縄の人は「ガマ」と呼ぶ。「ガマ」は、あの沖縄戦で防空壕や避難壕になった。読谷にあるチビチリガマも、そうしたガマのひとつである。
 ⇒読谷村戦跡めぐりマップ
小さな駐車スペースに車を止めて、ごうさんの忠告で手足に虫除けスプレーを吹きかけて、ガマの前の広場へと降りて行く。
チビチリガマへの階段
そこにはアメシガーラという細い川が流れていた。その流れは、ガマの中へ消えていくのだが、その先、どこに繋がっているのか、誰も知らない。
アメシガーラ(アメシ川)
「チビ」は尻のこと。「チリ」は切るという意味。つまり「チビチリ」の名は、この「尻切れトンボ」の川に由来している。
チビチリガマ
ガマの入り口にはこんな立ち入り禁止の看板が立てられている。
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「ここから先は、墓となっていますので……」
「私達、肉親の骨が多数残っています」
不思議な文言である。

1945年4月1日、アメリカ軍は読谷において上陸を開始、沖縄本島における地上戦が始まる。翌々日の4月3日に、このチビチリガマで悲劇が起きるのだが、以来この場所は近寄ってはならない場所となり、人々は口を閉ざした。
1983年に刊行された『沖縄大百科事典』に「チビチリガマ」の項目はない。

下嶋哲朗氏が、読谷から開拓者として八重山に渡った当山ウトさんと出会ったのは1978年のことだった。
戦後の八重山開拓移民のことも、日本人の多くが知らない。その歴史を知ってもなお、沖縄に基地を押し付けることを致し方なしと判断する日本人がいるとしたら、日本という国など消えてしまって構わないとさえ僕は思う。しかしそれはまた別の機会に話そう。
1983年の夏、下嶋哲朗氏が中心になって調査が始まる。そして、チビチリガマであった「集団自決」の真実が明らかにされていった。
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読谷村では、「村史」のうち、第五巻の資料編4 『戦時記録』 上下巻を、Web上で公開している。
 ⇒http://www.yomitan.jp/sonsi…
村史には読谷村の「集団自決」について、12ページに亘って記述がある。ここで、僕がそれを要約することはしない。是非ご自分でお読みいただきたい。
 ⇒http://www.yomitan.jp/sonsi/vol05a/index.htm

チビチリガマの左手に大きな碑があって、次のような言葉が刻まれていた。

チビチリガマから世界へ平和の祈りを
1945年4月1日、米軍はこの読谷村の西海岸から沖縄本島へ上陸した。それは、住民を巻き込んだ悲惨な沖縄戦・地上戦であった。その日のうちに、米軍はチビチリガマ一帯に迫っていた。翌2日、チビチリガマへ避難していた住民約140名中、83名が「集団自決」をした。 尊い命を喪った。
あれから38年後、やっと真相が明らかになった。その結果、83名のうち約6割が18歳以下の子供達であった。その他、2名が米兵の手によって犠牲になった。
「集団自決」とは「国家のために命をささげよ」「生きて虜囚の辱めを受けず、死して罪過の汚名を残すことなかれ」といった皇民化教育、軍国主義による強制された死のことである。
遺族は、チビチリガマから世界へ平和の祈りを、と「チビチリガマ世代を結ぶ平和の像」を彫刻家金城實氏と住民の協力のもとに制作した。しかし、像の完成から7ヶ月後、11月8日、心なき者らにより像は無残にも破壊された。住民は怒り、遺族は嘆いた。
全国の平和を願う人々はそのことを憤り、励ましと多大なカンパを寄せた。あれから7年が経過し平和の像の再建が実現した。チビチリガマの犠牲者への追悼と平和を愛するすべての人々の思いを込め、沖縄終戦50周年にあたり、再び国家の名において戦争への道を歩まさないことを決意し、ここに碑を建立する。
1995年4月2日
チビチリガマ遺族会

再建された平和の像は、ガマの右にある。既に黄昏近く、安物のデジカメで写すには暗かった。はたして、坐像が見えるだろうか。
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M.A.P.では、先に読谷にまつわる2本の映画の上映会を開いた。
 ⇒第一夜【ゆんたんざ沖縄(1987年)】
 ⇒第二夜【チビチリガマから日本国を問う!(2010年)】
しかし告知宣伝がママならず、残念ながら多くの方にご覧頂くことができなかった。こういう作品を声高に宣伝することに何故か躊躇してしまう役者の性癖。しかし、それはプロデューサーならあってはならぬこと、忸怩たる思いである。

平和の像を制作した金城実氏は、読谷にアトリエを構えている。ごうさんのお友達である。だから、アトリエへごうさんに連れて行って貰おうと思っている。しかし今日はもう遅い。あつかましくもごうさんのお宅に泊めていただくことになった。

太陽が読谷の海に沈んでいく。
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沖縄の空には雲が多い。天辺の空に雲がないことはよくあることだが、水平線近くの空は、角度の所為で大気が厚い。だから、読谷の太陽が、雲に隠れずに海に沈むことは殆どないという。
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この日も、太陽は海に到達する前に、灰色の雲の中に没していった。

スクで一杯。
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ごうさんと奥様に感謝。
旅の続きへ 

第一夜に続き……
狛江市中央公民館第4会議室。

西山正啓監督が撮った沖縄
~その原点と今~
【連続上映会】第二夜
《ゆんたんざ未来世シリーズ》
チビチリガマから日本国を問う!(2010年/106分)

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第二夜が終わって総括するなどと言ったけれど、とても総括などできそうにありません。ただ、とても観客が少なかったということ。私たちの力が足りなくて、西山監督には申し訳ない気持ちで一杯です。
何度でも言います。私たちは特定の主義主張を支持するつもりはありません。ただ、知っていただきたいだけ。そのあと、あらためて考えていただければそれでいい。そんな思いでたくさんの方々とお会いしてきました。でも、私たちが一生懸命拡げようとしてきた輪とは、いったいどんなものなのでしょうか。

これからも、今のまま進めていっていいのかなあ……。

トボトボと、“中む食堂”まで歩いていきました。
今日も塩ソーキを食し……
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イカ墨の塩辛の乗った豆腐をつつき……
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きっといいんです。今日来てくださらなかった方々にも、みんなそれぞれ生活があり、もちろん事情もあり、そんな中、わざわざ足を運んでくださった方々にただただ感謝すべきなのです。

初登場の鈴木修さんです。
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文学座の研究所にいらした方。共通の知り合いも結構いるみたいです。そんな彼とどうして知り合ったのか、それは追々お話する機会もあるでしょう。
加藤新吉さんに、マージャンの負け5,000円、未払いなのを思い出した……)

今日の酒は菊乃露です。
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何があろうとも、飲み且つ食えば、笑顔になるのが人間の性。
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みんなで笑顔の写真を撮りました。ハンサム・マーキーさん、今日も来てくださいました。でもね……
「普天間の県外移設は初めから無理だよ」
笑ってはいるけれど、沖縄の人たちの思いは単純ではないのでした。

お隣で飲んでいた方々。
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狛江で生地と型紙のお店をやっている皆さんです。笑顔だったのでイチャリバチョーデーの感覚で、写真撮っちゃったのでした。

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なんだかオリンピックみたい。
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さかさまだけど。
明日のゴーヤーの芽へ

きみはずいぶんおっきくなったねえ。
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けっしてないがしろにしているわけではないのだが。
しあさってのゴーヤーの苗へじゃあ、いってくるね。

狛江市中央公民館、第4会議室にて。

西山正啓監督が撮った沖縄
~その原点と今~
【連続上映会】第一夜
ゆんたんざ沖縄(1987年/110分)

沖縄タイムスと琉球新報から最近の新聞がドッと届きました。
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販売の準備もできました。
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上映前、お約束の三線の演奏です。
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ひとつのエピソード。
この日、隣の部屋では、近隣にお住まいのシルバー世代の方々が、囲碁を楽しんでいらっしゃいました。その中のお一人が、私たちの企画の貼り紙を見て声を掛けてくださいました。
「沖縄のことはとっても気になっていてねえ」
「そうですか、それなら是非ご覧になってください」
「この人たちは、日の丸に反対している人たちなの、ふーん。僕はね、日本人なら日の丸を大切にしなければいかんと思うんだ。」
そう言って、こちらの話は一切聞こうともなさらずに去っていかれました。
僕はここで、日の丸の是非について語ろうとは思いません。ただ、たとえば日本を愛し、素直に日本人として日の丸を掲揚できるようになりたいのだが、どうしてもそれができない、日の丸を強制的に押し付けられることを、どうしても感情的に受け入れることが出来ない、そういう人たちがいるのだということ、そして一番重要なことは、そういう人たちが、なぜそう思わざるえを得ないのか、その背景にある歴史を、まず知って頂きたいと思うのです。その上で、あらためて日の丸のことについても考えてほしい。
至極もっともらしく、自分の国の国旗に敬意をはらうのは当たり前だという単純な「モラル」を振りかざして、日の丸を見るだけで震えがくるほどにも心に深い傷を負っている人々の感情を理解することを、その入り口で拒否するような「日本人の良心」に、僕は憤りを覚えるのです。
「自分の国の国旗に敬意をはらうのは当たり前」だというなら、その前に、自国民をこれほどまでに長きにわたって他国の影響下に置いておくような国が、「当たり前の国」といえるのかを問うて頂きたいと思うのです。
 ⇒知花昌一さんと日の丸のこと

本日の映画から。
ありし日の丸木位里さんです。
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丸木位里・俊ご夫妻が“沖縄戦の図”(佐喜眞美術館所収)を書かれた際、実際に沖縄戦を体験された方々にポーズをとってもらって描いたという話は、何かで読んで知っていました。まさにその場面が、この映画の中に納められているのです。

上映会の総括は、第二夜が終わった後で。

別の総括(要するに飲んだよというご報告)なら毎日でも。
泡盛の封を開けたら、まずキャップに注ぎ、酒の神様に供える。
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ハンサム・マーキーさんです。
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こんなメンバーです。
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僕も写りたい……
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あらトミヒサさん。あんなにご自身のブログで辛辣なことをお書きなのに、UCLAのTシャツを着ちゃったりなんかして、それってあり?
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シドロモドロ……

決してカツアゲされているわけではありません。
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アヤシイ関係でもありません。
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でも、叱られました。
「もっと早くからちゃんと宣伝しなくちゃだめだ」

ハンサム・マーキーさんについては、とても一言ではご紹介できそうにもありませんので、追々ね。

大槻紀子さんです。本日はお骨折り、ありがとうございました。
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そして、お疲れさまでした。

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明日の上映会で上演するのはこれです。
ちなみに音楽は小室等です。


会場で展示販売する西山正啓監督作品のDVDが届きました。
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沖縄関連以外のものは……
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あら、みんな出てきた。
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おまえたち、映画見に来る?
明日のゴーヤーの芽へ

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“狛食”にお昼を食べに行ったけど、閉まってた。だから道を隔てた向かい側の“中む”でお昼を食べることにした。

中む食堂のランチ。
沖縄そば、680円。
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小鉢は西表の石垣君のお母さんが送ってくれた瓜の煮物。
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冬瓜に似ているが冬瓜ではないらしい。冬瓜より若い感じ。
冬瓜の日は4月10日だよ)

昼限定のデザート。
さんぴんブリュレ、380円。
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美味しかった~。
前もって注文すれば夜でも食べられます。

夕方、西山監督の映画の上映会を宣伝しに、あらためて“狛食”へ。
そうしたらびっくり、奥様の康子さんがリュウマチになってしまわれて、今歩くこともママならないとのこと、とっても心配です。そのために沖縄からお母様がいらしていました。お名前は福本ちえ子さんです。
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福本さんは前にもお話しましたが、いわゆる「ひめゆりの生き残り」の方のお一人でいらっしゃいます。

沖縄の福本さんのお宅は桑江知子さんの実家とお隣同士で、康子さんと桑江知子さんは姉妹のように育ったのだそうです。昨日お母様は品川パシフィックホテルに桑江知子ショーを観に行かれたのだとか。康子さんにはとっても申し訳ないけれど、けっこう楽しんでいらっしゃるご様子でした。明日の上映会のご案内もしましたが、釈迦に説法、もしかすると東京に来てまで、沖縄の現実を描く映画をご覧になる気にはなかなかならないかもしれませんね。
(宇夫方路)


「ところで“中む”に上映会のチラシを張ってもらった?」
「あれ、もうチラシ、渡してたんじゃなかったっけ」
「上映会をやる資格ないんじゃないか」

沖縄から遠く離れた東京で、沖縄の方々の切実な思いを、私たちは本当に共有できているのでしょうか。上映会などを企画しているにも関わらず。あやしいものです。

でも、「沖縄の方々の切実な思い」って何なのでしょう。
4月25日の県民大会に、またぞろ9万人は集まっていないという話もあり、集まって来たのはいわゆる左翼系の運動家たちで、地元の商店の人たちなどは商売にならずに迷惑していたというまことしやかな話もあり、あるいは、確かに地元の人たちの多くはさほど盛り上がっていないようだが、それは色々としがらみがあるからであって、実は大きな声をあげてくれる運動家たちに、ひそかに期待しているのだという話もあり、いやそれどころか、基地だらけの沖縄、58号線以外に抜け道などなく、こういう日の渋滞は想像を絶し、その渋滞につかまって読谷にたどり着けなかった人を数に入れれば9万人をはるかに上回るのだという話もあり、いったい何が本当なのか、東京にいてはさっぱりわからないのです。

そこで、東京から嘉手納へ帰った宮城文子さんに電話で聞いてみることにしました。するとみんな結構盛り上がっているとのこと。その答えは、ちょっとうれしくて、でもこれからの沖縄の人たちのことを考えると、諦めや憎しみがたくさん生まれそうで、だからちょっと心配で、なんだか複雑な気持ちなのでした。

それから、義母にも聞いてみました。
「なるようにしかならんから」
特に基地について、身近な誰かと話をするようなこともないようでした。
例の人間の鎖(※)の時、たまたま傍を通ったそうです。
「すごかったさあ」
※(朝日新聞HP:5月16日より)「米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)を『人間の鎖』で包囲し、無条件返還を求める運動があった。土砂降りの雨の中、主催者発表で1万7千人が参加。基地を取り囲む約13キロの輪を完成させた。」
これについても、実は輪は繋がらず、途中数百メートル途切れていた箇所があったとか、日本全国から運動家がやってきて、地元は迷惑だったとかいう類いのハナシも、インターネットでは多く見られます。

義母は、ずっと基地の中で働いていました。義理の妹が踊りをやっていたのですが、その道具などは、基地の中の作業場で米兵に作ってもらったこともあったようです。一方で、戦果アギヤーの端くれでもあったということは前にもお話ししました。
 ⇒戦果アギヤーのこと
まるで人ごとのように「すごかった」と言った義母ですが、続けて、こうも言ったのです。
「涙が出たさあ。なんにもできない自分が恥ずかしかったさあ」
僕は、この義母の気持ちを大切にしたいと、今、心から思っているのです。
(高山正樹)

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5月25日火曜日: 上映会のチラシをもって

午前0時を過ぎてもやっている店があります。
あさっての(もう明日になりましたが)、西山監督の上映会のチラシを配りに行きました。

“みやらび”とスナック“ぎま”
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どちらも沖縄ゆかりのお店。
「行きたいなあ、でもお店が」
分かっているのです。こういう努力をしても、皆さんには生活がある、誰も来ていただけないかもしれない。でもこんなことやっているんですよ、こんな映画もあるんですよ、それを知ってもらえるだけでもいい。そんな思いなのです。

みんな、知らな過ぎる……

「わたしの代わりに行ってきなさい」
ぎまのママは、お客さんにそう言って、笑いました。



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高山正樹 Masaki Takayama
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