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朝。
まだ咲くのか……
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昼。
代田橋で稽古。
夜。
“たきどぅん”へ。

“イーヤチー”です。
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種子取(たねとり)祭りの時に作るもの。本来はもち米、粟、小豆で作るのだけれど、ママのアイデアで十六雑穀米で作ったそうです。マスター曰く、「こっちの方が旨いかも」

『沖縄大百科事典』によると……
「種子取(たねとり」(奄)タネトゥイ、(沖)タントゥイ、(八)タニドゥル、タナドゥイ:稲種子(メーダニ)を蒔く種おろしの日の行事。奄美諸島から竹富島まで分布している」
…とある。
また「竹富島の種子取(タナドゥイ)」の項には「竹富島に古くから伝わる祭りの一つ」で、「1977年に国指定民俗文化財」、そして「毎年、旧暦9月か10月の甲申(きのえさる)の日からはじまる」「祭りは10日間おこなわれる」と書いてあります。
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主婦が祭りの主食であるイバツィ(飯初:イーヤチー)を作るのは5日目の行事です。

ちょうどいい時にお邪魔したんですね。種子取祭にはいつもは帰るママですが、今年はたまたま帰らなかった、ということは、もう二度と食べられないのかも。薄味で、身体が清められるようで、いやいや、ほんとにおいしかったのです。

お隣のテーブルでは、三線のおさらい会の打合せをしていらっしゃいました。八重山古典民謡保存会の皆様です。
一緒に記念撮影。
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高山正樹の隣でソッポを向いているのはたけみママのお兄さま、東玉盛靖修さんです。八重山古典民謡保存会の教師で、関東支部の支部長。なんでソッポを向いているのかはミステリー。そのお隣が、やっぱりミステリーの“たきどぅん”の生シーサー(マスター)。ママを飛ばして右奥が慶田盛宏さん、師範でいらっしゃいます。偉いんですよ、きっと。そのお隣、右奥から2人目の方は芦垣博志さんで教師です。手前のおふたりの美女が、いろいろ事務方を引き受けていらっしゃるようにお見受けしました。

美女はアップにしたがる高山正樹の悪い癖。
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左にいる訳ありおじさんたちは、トリミングしてカット。
(芦垣さんの奥様と娘さんは、明日17日の国立劇場、川口喜代子先生の芸道六十周年公演に御出演されるらしい。お会いできるでしょうか。やっぱり狭い世界です。)

写真を撮ってくれたのは、龍前さんのたじやんでした。
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[subcate.たきどぅん]


3月28日土曜日: ひとみ座の“マクベス”

カテゴリ: Topics
俳優座にて。
先日ご案内した人形劇団ひとみ座の「マクベス」
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こちらがマクベスです。
マクベス

では、バックステージツアーへ。
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虫たちです。
虫 null
なんで虫なのかは不明。

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白状すると、私、高山正樹は、大人向けの人形劇が大好きなのです。大人向けといっても、R18とか、そういう類のものではありません。というか、世間には、大人向けの人形劇というと、どこかの秘宝館しか連想できないほど、人形劇は子どものものだという既成概念があるようです。しかし、人形浄瑠璃も結城座も人形劇です。歌舞伎の演技は、浄瑠璃の人形を真似たところから誕生したのです。
ひとみ座だって、ひょっこりひょうたん島だけじゃないんだよ!
何故これほど人形劇に惹かれるのか、それは人形の「肉体」に感じる力の所為です。役者として僕は、どうしても勝てないと思い込んでいるのです。人間ならば嫉妬もするでしょう。しかし相手は人形、僕は人形に対して、かなりミーハーなようです。
さらには、人形遣いと人形の距離感です。それは、役者の精神と肉体の理想的な関係の見本でありながら、自らの精神に影響されて乱れる肉体を捨て去ることのできない役者にとって、決して到達できない境地なのです。
確かに、肉体は役者の半分、残りの半分に、逆に肉体から影響を受ける言葉の問題があります。この言葉に関していえば、ひとみ座さんの場合も、まだまだ修練すべきことは多いでしょう。しかしそうした不足分があるにしても、人形の魅力はそれを覆い隠してなお余りあるもののようです。
(肉体に影響される言葉については、只今「社長とは呼ばないで」に連載中。よろしければ私のへ理屈を、どうかお読みくださいませ。)
ああ、いつか大人の人形劇、やりたいなあ……

左が、龍前照明の西川ちゃんです。今回のオペレーター。
ちなみにプランナーは坂本さん。
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つわものどもがゆめのあと…
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篠崎さん、魔女役、お疲れ様でした。


3月21日土曜日: 「戦果アギヤー」のこと

紀伊國屋ホールへ、「OKINAWA1947」を観に行きました。

戦果アギヤーをモチーフにしたフィクション。戦果(せんくゎ)アギヤーを直訳すれば戦果をあげる人、戦後まもなくの沖縄では盗んだ米軍物資を戦果品と呼んだのです。

もう一度言いますが、これはフィクション、漫画です。宇夫方路の知り合いである作者のさいふうめい氏(竹内一郎さんのペンネーム)は、漫画の原作でも著名な方だから当然かな。
観劇した皆さんが、これは漫画であるということをきちんと理解した上で楽しんでいてくださればよいのですが(御自分の分身なのでしょうか、手塚治虫らしき少年が出てくるから大丈夫だとは思うのですが)、でもちょっと一言……

戦後沖縄での戦果アギヤーは、特別な集団ではありませんでした。普通の人が、普通に戦果アギヤーでもあったのです。家族を奪われ、土地を奪われ、「祖国」と信じていた(?)国からも見捨てられ、豊かな米軍から生活資材をちょろまかさなければ生きていけなかったという事情もあるのです。
現代の、どこかの海の海賊も、もしかすると…、いやいや失言です。戦果アギヤーは非武装、そこが全く違う。
「OKINAWA1947」において戦果アギヤーは罪悪感の全く無い盗賊団として扱われている、このことは、確かに沖縄の実感と合っているとは思います。でも実際の「戦果アギヤー」は、庶民のヒーロー「ねずみ小僧」のような、特別な存在ではありませんでした。

沖縄市が編纂した沖縄市史資料集の一冊に、「インヌミから 50年の証言」という号があります。(インヌミとは戦後間もなくの海外や沖縄県外からの沖縄へ引揚げてきた人たちを収容した施設の名前です。)
インヌミから
その中で、八木政恭さんという方が、次にような証言をされています。
「当時の(トラック運転手仲間の)あいさつは、『こんにちは』なんていわないです。『チャーヤガ、戦果ヤアティ』(戦果はあげたか?)なんです。戦果はあげて当たり前みたいなところがあって、中には亭主が戦果をあげきれないという理由から、離婚した夫婦もいたんです。」

また僕のカミサンの母親から聞いたはなしも御紹介しましょう。義母は、戦後、基地の中で働いていたのですが、シーツや枕カバーやコップなどを、ちょくちょく失敬してきたと言います。それも「戦果」であったのだと。
「今思い出すとドキドキするさー」
アメリカシーツは上等だったから、使わずにビニールに入れてずっとしまっておいたのだとか。
余談ですが、知念正真氏の「人類館」の中に出てくる「アメリカシーツ」のくだりを思い出します。沖縄の少しお歳を召した方々は、「人類館」という作品の中で語られる漫画のようなエピソードのひとつひとつが、かつて御自分たちが経験した実体験を映しているからこそ、「人類館」を観て聞いて、げらげらと笑われるのだと思うのです。

「戦果」にもいろいろあったのでしょう。いずれにしても、その頃の「戦果」について、悪いことだったと思っている沖縄の方は少ない……、いや、やっぱりこれは失言ですね。戦果アギヤーから、極悪非道として名高い沖縄やくざが生まれたこともまた事実なのですから。

戦果アギヤーが米軍基地から原子爆弾を盗み出してしまうという「OKINAWA1947」の着想は愉快です。観た方々が、これをきっかけにして、戦後間もなくの、本当の沖縄の実態に興味を持つようになってくれればいいなあと思いました。

そしてもうひとつだけ。
沖縄の独立を主張することから、日本への復帰を選択する立場へ到る道程は、決して単純なものではありません。お芝居の最後に、唐突に日本復帰の話がアナウンスされたのですが、それでいいのかなあと思ったのです。それが「まとめ」のように感じられて、それで僕は、ここまでクドクドと申し上げてしまいました。

現実のある一面を切り取って料理してみせる、これはアートの醍醐味です。漫画も同じ。でも、そこに「まとめ」みたいなことを忍び込ませるのは少し危険なのかも。
かの、よしのり氏の漫画をも含めて、そういう表現に出会って何かを感じたら、是非とも別の角度からの作品も、探し出して触れていただきたいと思うのです。
できれば、「カクテル・パーティー」とか「人類館」とかね。

竹内一郎さん、色々失礼を申し上げました。ごめんなさい。

関りえ子さんが振り付けた踊りについては、わたくし門外漢なので、そちらは宇夫方女史にまかせましょう。
関りえ子琉舞研究所が送った花

そんなことを考えていたので、打ち上げへのお誘いを丁重にお断りして帰途につきました。
あ、龍前照明の竹ちゃんとこに顔を出すの忘れちゃった。
(文責:高山正樹)


3月15日日曜日: “OKINAWA1947”のお稽古に

私の師匠、関りえ子先生が踊りの振り付けを担当しているお芝居の稽古に行ってきました。
オフィスワンダーランドの“OKINAWA1947”
OKINAWA1947のチラシ

関さんがこの劇団の振り付けをするのは6年ぶり2回目。
琉舞を踊る女優さんたちは、なれない手の使い方を一生懸命に稽古していました。
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(黒い紅型の稽古着を着ているのが関りえ子さん。)

演出家の竹内一郎氏は、宇夫方路が早稲田小劇場の研修生だった時の仲間です。
竹内一郎氏
一緒に研修を受けた頃から早30年、お互い歳取ったなあと、しみじみ。
今回の公演には、やはり研修生だった細井史江さん(この日はいませんでしたが)もトレーナー(って何?)として関わっています。

具志充氏(右)も今回の芝居で使われる唐手の型の指導に来ていました。
具志充氏と共に
具志さんは関りえ子琉球舞踊研究所の後援会長。関先生の高校の同級生です。(ということは、高山正樹の奥さんとも同級生ということなのかしら?)

今回の芝居は戦後の沖縄の盗賊団「アギヤー」のお話し。踊りあり、エイサーありで楽しめる芝居。
「俺は暗い芝居は出来ない」と竹内くん。

ちなみに、照明のプランナーは、龍前正夫舞台照明研究所の竹林功くんです。
いやいやみなさんそれぞれ立派になられているわけですから「くん付け」はいけませんね。大変失礼しました。

20日から22日の三日間、新宿紀伊国屋ホールにて。みなさんどうぞ足をお運びくださいませ。
(それにしても、やっぱり狭い世界……、宇夫方路でした。)


しんゆり芸術祭2009で山猫合奏団の「どんぐりと山猫」が上演される昭和音楽大学北校舎第1スタジオを下見に行きました。
昭和音楽大学北校舎の前にて
龍前照明の代表、坂本御大が来てくださいました。
楠氏もわざわざ感謝です。

第1スタジオです。
昭和音楽大学北校舎第1スタジオ
可動式の客席があって、ここなら何でもできますね。

では、当日、よろしくお願いいたします!
終わりの挨拶

なお「しんゆり芸術祭2009」参加作品全てのチケットをM.A.P.で扱っています。M.A.P.からお買い上げくだされば、若干の手数料が……
せこい話ですが、どうかよろしくお願いします!
そういうわけで、あっちこっちに記事を書きました。
山猫合奏団Official_Siteの記事
山猫合奏団のBlog記事
“おきなわおーでぃおぶっく”のBlog

さあ今日はこれから子ども劇場向けの試演会。
相変わらず、ちっともお金にならない仕事で忙しい…。




川崎・しんゆり芸術祭(アルテリッカ)2009実行委員会の事務局の方が事務所にいらっしゃいました。
ということで、山猫合奏団のBlogで告知し、フライヤー(専門用語? チラシとパンフレットの中間みたいな感じのもの)の表紙も載せました。
で、そのフライヤーの中の、山猫合奏団が掲載されているところは、こんな感じです。
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ちょっと見にくいですね。詳細はアルテリッカのホームページをご覧ください。
我々山猫合奏団の左上には、「人類館」を語る津嘉山正種さんの写真。それから、ふじたあさや氏御大が演出するお芝居ふたつ。

事務局の方がおっしゃっていました。
「ふじた先生はお忙しい方でなかなか……」
なかなか、どうなのでしょうか。

昨日のはなし。さかもっちゃんの裏話第一弾。
ある時、あさやさんから聞かれた。
「お前、どのくらい仕事がなくて耐えられる?」
「うーん、三日位無いと不安になりますかねえ」
「俺は3時間だ」
さかもっちゃん曰く、「ありゃ、泳いでないと生きていけないサメだね」
(この言葉には坂本氏の愛情がたっぷりとこもっておりました。そのあたり、決してお間違えのないように。)
そんなに忙しいのに、みんなの迷惑顧みず、あさやさんは舞台に立つらしい。

「あさやさんが出る芝居、坂本さん観に行くんですか?」
「あさやさん、何にも言わないから、俺、知らなかったことにする。」

話しは戻って、山猫合奏団の下には、あのひょっこりひょうたん島の、ひとみ座の人形劇。山猫合奏団と同じ会場で次の日公演。だから僕らの出番が終わると、そこではすぐさま、ひとみ座さんの仕込みが始まるわけです。

ひとみ座さんといえば、今日こんな案内が届きました。
人形劇でシェークスピアをヤル。なかなか面白いのです。
マクベスのチラシ
これはチラシ(「撒き散らす」が語源らしい)です。裏を見たら、照明のプランナーは坂本義美氏でありました。

要するに、狭い世界なのですというお話でした。

本日はこれまで。
(なお、簡易的に綴じたものは「パンフレット」。チラシのなかでも政治色の強いモノは「ビラ」というのだそうです。)


チェ・ゲバラと金正男、ではありません。
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サリーちゃんのパパでもありません。
キジムナーフェスタ(国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ)の照明総責任者、龍前正夫舞台照明研究所の大将、坂本義美さんです。

高山正樹は、坂本さんに大変世話になっています。役者だけではなかなか食えないわけですが、高山に娘が生まれた頃の生活は、ゴタブンに漏れず、とても厳しかった。そんな時期、照明スタッフの仕事をずいぶんとあてがってくださったのです。ご自分も元々役者でしたから、役者を続けているということに対してとてもリスペクトのある方で、龍前照明の現場には、隠れ役者が何人もいました。

同じ時期に沖縄にいれば一杯やろうなんていいながら、なかなかタイミングが合わず、そんならということで新宿で飲んだくれたのであります。

テーブルの上を見る限り、もう相当飲んでますね。いいちこは店の親父さんが坂本さんの顔見て、気利かせて持ってきた龍前照明の「ボトル」。みんな御免。飲んじゃった。

沖縄のこと、ふじたあさやさんのこと、なかなか面白い話が盛りだくさん、しかし簡単に公表できないことばかり。そのうち、さり気なく小出しにしてお話しします。

「なんだよ、役者やめちゃったの」
「いや、たくらんでますよ。その時は照明よろしく」

そうか、と、乾杯してるところを一枚。
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でもグラス空じゃん。肴もないし……

この後、更に河岸変えて、さて、いったい何時まで飲んでたんだろうか。

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高山正樹 Masaki Takayama
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