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8月 2日火曜日: 辺野古2011(3)

《8月2日(火)-4》
僕らは座り込みはしていません。
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どういうこと? だからさ……
 ⇒辺野古2011(1)
僕らは音楽家と、それから、えーと、僕、何?
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明日の“どんぐり”のための合わせなのです。なんたって、久しぶりですから。今日の“ゴーシュ”は問題なし。お客さん次第ですけど。

近くの食堂へお昼を食べに行きました。
白石准ちゃんはヘチマの炒め物。
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水っぽくて独特の匂いがあって苦手だという人もいます。こういう時は必ずチャレンジする准ちゃんは「いいね!」(facebook風)

あくまで一般論として、僕が思っている個人的な意見なのですが、食べ慣れないものについては、最低3回くらい食べてみるまで、能書きは控えておくのがよろしい。

カツカレーライス。家庭料理っぽい工夫がされてます。
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つまり、家庭料理ってこと?
※「沖縄の家庭料理問題」については今までも時々書いてきました。
 ⇒沖縄の定番【那覇公設市場周辺】
 ⇒沖縄の家庭料理を出してもお金は取れない

沖縄へ来たんだから沖縄のもの食べなきゃっていうような沖縄フリークになってはいけません。何を食べようが自由です。

なんだか今日の僕はギスギスしてるなあ、なんでかなあ。

僕は“味噌汁”を頼みました。
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“味噌汁”というのは、沖縄の大衆食堂の定番メニューです。具沢山のお味噌汁にちょっとしたおかずと大盛りご飯がついてきます。他に“おかず”という定食メニューもあります。そんなことを知らずに、“おかず”と“味噌汁と“ごはん”を注文しようものなら、大皿のおかずと小さなおかずと、どんぶりの味噌汁と小さな御碗の味噌汁と、山盛り御飯が三つ出てきて大変なことになってしまいます。

さあ、腹ごしらえ完了。いよいよ本番です。まずはチェロの演奏から。
「はじまったよーん」
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「宇夫方さん録画中」
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 ⇒Official_Blogの記事

今回の公演は、宇夫方隆士氏の教会関係のお友達という繋がりで実現しました。そのお友達とは“児童養護施設なごみの園”の園長さんです。ある事情で親と一緒に暮らすことの出来ない子供たちの施設。今日のお客さんは、そこの子供たちと、近隣のお年寄りだと伺いました。そのほかにも近所の子供たちが来ていたのかどうか、なぜだか聞けませんでした。

終演後、ピザをご馳走になりました。
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でもお昼が遅かったので、けっこうお腹いっぱいなのです。それにこのピザ、米軍基地内の店のものです。基地に入ることのできるパスを持っている方に買ってきていただいたということで、デカイのです。うっぷ…
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米軍基地へのパスは、このあたりの方はけっこう持っていらっしゃったのだとか。でも「色々あってから」簡単には発行されなくなったのだそうです。だからこのピザは、パスを持っているお友達に頼んで買ってきていただいたとのこと。しかし、いったいどういう方にパスを待つ許可が下りるのでしょうか。これも聞けなかった。ああ、思い切って色々なことを聞いてみればよかったと、ちょっと、いやとっても後悔しています。僕は本当の現実を知る機会を、自ら放棄してしまったのです。

「お前は、この問題に対して能書きを言う資格はない」
「ヘチマのことはウチナーグチで“ナーベーラー”と言います。色々な味付けで、今まで10回くらい食べたことがあります」
「で?」

ピザは半分ほど頂いて、残りは今晩のお酒のツマミにということで、お持ち帰りとなりました。

あれ、なんだか僕、頭がおかしくなったのかなあ。
早く、“社長とは呼ばないで”を再開したいと思っているのです。


《7月23日(土)-3》
高山正樹氏は沖縄へ。私宇夫方路は、まだまだ東京でやらなければならない仕事があって、ずっと遅れて沖縄入りする予定です。

今日は、八王子龍谷寺の御施餓鬼で、父、隆士さんの朗読会です。会場はいつも山猫合奏団の合わせで使わせていただいているホールです。
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まず白石准さんのピアノ演奏があって、その後、父の出番です。
宮澤賢治の詩を、盛岡弁で朗読します。
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賢治は花巻の生まれです。父によると、花巻弁と盛岡弁は本当は少し違うらしいのですが、賢治が生きていた頃の花巻弁を使える人は、もう滅多にいないと思います。今花巻で生活している人も、すでに当時とは違う言葉を使っています。
盛岡弁も事情は同じですが、父は若い頃に盛岡から東京に出てきたので、そのお陰で、盛岡弁は昔の言葉しか知らないのです。
賢治の生活ぶりや、賢治の弟さんから聞いた話などをはさみながら詩を朗読しました。
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みなさん静かに熱心に聴いてくださいました。
30分ほどかけて4つの詩の朗読終わり、最後にもう一度白石さんのピアノ演奏があって終わりました。

もう年だね、もう最後の方はとても苦しかった。もうあと何回もできないかもしれないと父は言っていましたが、やっぱり八王子まで電車で行って、バスに乗って、坂を上って行くのはちょっと大変だったのかもしれません。高山氏がいれば、車に乗せて行ってくれたのでしょうけれど。

でも逆に、できるうちにやっておこうという気になったらしく、10月あたりに狛江でも朗読会を、と企画をはじめたようです。その時は喜多見狛江周辺の皆様、是非ともおいでください。
(宇夫方路)

【おまけ】
さしずめ、宇夫方隆士氏はスーパー盛岡人?
 ⇒スーパーウチナンチュのこと


東日本大震災から119日目……

台湾は国家ではないため、日本政府が外国人留学生に対して支給している東日本大震災の補助金を、台湾の留学生は受け取る資格がないとして、学校側から支給を拒否されたというニュースがあった。

【そこで呟いた】
16:18
日本の役人とルール、鄭ちゃん、こんな国でごめんね


鄭ちゃんとは台湾から照明の勉強をしに日本へやってきて、今龍前照明で頑張って働いている子のことである。

先月の毎日新聞に続いて、朝日新聞にも「普天間よ」について大城立裕氏へのインタビュー記事が掲載された。

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大城さんはこんなふうに答えている。

「私は小説に政治問題を取り入れるのは好きではありません。政治的に描くのではなく、沖縄人のアイデンティティーを奪還できるかどうかというテーマで象徴的に描けないかと考えた。基地問題の本質は、奪われた土地を取り戻したいという沖縄人のアイデンティティーです。基地にされた土地には、もともと人間がいた。人が生き、生活を営み、歴史を紡いできた。土地にはその記憶が染みついている。我々沖縄人はそこに生きているというアイデンティティーを奪還するのだ、という思いを書いたつもりです」

重要なのは、大城さんが政治を作品に持ち込まないということではない。基地問題は政治問題ではなく、沖縄人のアイデンティティーの問題だと言っていることだ。大和にとっての沖縄の基地問題も、実は政治問題などではなく、沖縄の人々のアイデンティティーを踏みにじっている加害性のことなのだという自覚が、大和の人間にどれほどあるだろうか。

「琉球舞踊は沖縄の代表的な文化、いわば魂です。ヘリの爆音に伴奏の音曲はかき消されてしまうが、それでも主人公は踊り続ける。そしてヘリが飛び去り、再び音曲が聞こえてくると、踊りはぴったりと音曲に合って終わる。基地の重圧に琉球文化は負けない、との思いを込めました。沖縄人の基地への抵抗、闘いは粘り強く続く、との希望の表明でもあります」

例えば宇夫方路が、そんな意識を持って踊っているとは思えない。沖縄の琉球舞踊の先生方も同じであろう。ただ、外側から沖縄舞踊を見つめていると、確かにその背景に「政治的」な沖縄の歴史が見えてくる。
ほんの30年くらい前まで、日本もまた同じであった。今の日本の表現者の多くが、あらゆる政治的なものから自由でいられると信じているらしいのだが、しかしもしかするとそれは錯覚であって、やがて痛烈にそれを思い知らされる日が来ることになのかもしれない。

【そんなことを思いながら呟いた】
16:36
拝啓、大城先生。ぼくツイートしました。7人目です。たった。今月お伺いします。台風とお葬式がなければですが。/いま沖縄から考える。大城立裕さんに聞く/朝日新聞


すると、「台湾人留学生への震災補助金を拒否」はガセネタだというニュース。台湾の主要誌「自由時報」の誤報か、栃木県宇都宮市にある大学事務の誤解に基づく不幸だという。

【それでも僕は呟いた】
17:21
だそうです。中国メディアの環球時報が「台湾のNOWnewsによると」と報じたんだとか。でも鄭ちゃんに向けた「こんな国でごめんね」はそのままにしておこう。


さらにある方から情報を頂いた。どうやらガセネタというわけでもないらしい。日本と台湾は国交がないため国費留学がない。国費留学でないと震災補助金が貰えないのだというのである。詳しいことは分からない。ただ杓子定規の官僚的顔つきをした日本人の顔が浮かんでくる。

支援物資を被災地に上空から落下させて届けた米軍に対し、ルール違反だとクレームをつけた日本の馬鹿官僚に向かって、「重くて飛行に危険をきたしたから落としたのだ」と答えたとされるエピソード。なんだか映画のような出来すぎた話にも思えるが、ありそうなことだ。
しかし、その米軍の一部の兵隊が、沖縄で無茶苦茶なことをする。アメリカはたとえ犯罪者であっても自国民をかばう。しかし……

拝啓、大城立裕先生。日本の官僚たちは、沖縄の人々を自国民とみなしていないのでしょうか。今度、お会いできる日を、心から楽しみにしています。



【追伸】
「普天間よ」のことが新聞に大きく掲載されたので、宇夫方女史の父上、隆士氏が大城さんに手紙を送りました。数日後、大城さんからお返事が来ました。それには、この「普天間よ」を最後に、小説はもう書かないつもりである旨のことが書かれていました。


4月19日火曜日: 余震は続いているけれど

昼過ぎから昭和音大で5月1日の公演の打ち合わせ。
“アルテリッカしんゆり2011”の音楽部門のプロデューサーである熊谷仁士さんが、まるで山猫合奏団ののマネージャーみたいな雰囲気で同席してくださった。熊谷さんは元東京交響楽団の副楽団長という方。なんだか申し訳ないやら有難いやら、不思議な感じなのである。
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山猫合奏団の単独チラシ。

絵と題字は今回も宇夫方隆士氏にお願いしたが、それに金色の丸(まるで月のようだ)を追加したのは熊谷仁士さんのアイデアである。とてもいい感じ。


夕方から、今日も事務所で練習だった。
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[subcate.山猫合奏団]

東日本大震災から40日目、相変わらず余震が続いているけれど……
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4月 2日土曜日: 自粛は御勘弁です

《4月2日(土)-4》
東日本大震災から23日目の喜多見の夜……
うぶかたです。自分の稽古が終わって事務所に戻って仕事です。
林香さんもいます。今日は、はるのちゃんも一緒です。
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近頃、お子さまの顔をインターネットに載せるなんて絶対ダメという親御さんが多くなりましたけれど、M.A.P.は大丈夫。これだけたくさんの仲間が顔を出しているブログ、その中にはそれなりに有名な方や強い方々もたくさん、そこでなにか良からぬことを考える人なんて、きっといません。

今日はお兄ちゃんたちも一緒。
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「この顔は明らかにあのオヤジの子供だな」と高山正樹氏は言います。はるのちゃんたちのお父さんは照明さんです。舞台監督もやります。
舞台のスタッフ業界も、今度の震災で大変です。中止、中止、キャンセル、キャンセル。被災地での公演や停電や余震なら仕方ないけど、「こんな時にそんなことを」みたいな自粛を迫る御節介な圧力だけはどうか御勘弁。

「ボクたちだって生きていかなきゃならないんだぜい」

子供たちのために、がんばって働く母です。
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仕事を終えて、所ジョージさんお薦めのお店“錦菜館”に、両親と食事に行きました。
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今月は、私と義母の誕生月だから、お祝いしたのです。自粛、しなくてもいいですよねえ。
(宇夫方路)
※撮影の画像をネタに高山正樹が記事を捏造しました。
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事務所で仕事をしていると、あさやさんから電話が入った。
「今日の2時から4時まで、体、空かないか」
新百合ヶ丘の昭和音大で古屋和子さんとあさやさんのトークショーがあるらしい。なんでも古屋さんが琵琶を持ってきているとのこと。
北校舎の5階。
へえ、こんなホールがあったんだ。ラ・サーラ・スカラというコンサートホール。
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連続講座の第4回。
「心より心に伝うる~ストーリーテリングの力」
今回の語る人(ゲスト)は古屋和子さん。武順子さんの師匠で、チラシにはこんなふうに紹介されていた。
1947年京都市生まれ。ストーリーテラー。早稲田小劇場を経て、観世栄夫氏に師事。水上勉氏の「越前竹人形の会」「横浜ボートシアター」等で活躍した。その後は近松作品、説経節、泉鏡花作品などのひとり語りを行い、ここ20年ほどは、北米先住民など世界のストーリーテラーたち交流をふかめ、優れた語りや民俗音楽、絵本などの紹介につとめる。
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聞く人はふじたあさや氏。トークショーの前に古屋さんの語りを聞く。
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まずは近松門左衛門の「曽根崎心中」道行の場面。その後も「平家」などいくつか。予定の時間を大幅に超えて殆ど古屋和子独演会の様相、トークに残された時間は30分くらいになってしまった。

さて、ストーリーテラーとは何なのか。物語る人ということだが、いったいどう説明したらよいのだろう。朗読と物語ることとは何が違うのか。どうやら古屋さんは、ストーリーテラーとは、語るべきものを抱えて物語る表現者だといいたげである。

しかし、ならば「語るべきもの」とは何なのか。

古屋さんは言う。日本人は出自を聞かれても、たいがい親の出身地ぐらいしか答えられない。しかし例えばアメリカインディアンなどは、そういう時、自分のルーツを何代も遡って語り始めるのだと。
つまり「語るべきもの」とは、祖先の長い歴史の中で培われてきた自らも属する文化の記憶の総体と、それに対する祈りとでもいうべきものなのだろうか。

かつて古屋さんは、師である観世栄夫氏から、「上手くなったが悪くなった」と言われたという。その意味が古屋さんにはずっと理解できなかった。ざくっとハナシを端折ってしまうが、その壁を、古谷さんは「意味」でもなく「情緒」でもなく、「息」で克服しようとしてきた。

自分の話になるが、僕は学生の頃、歌舞伎研究で著名な今尾哲也氏から、「がっぽう」という芝居を通じて、台詞を息によってコントロールすることの重要性を教わった。呼吸は生理である。だから役者は無意識のうちに楽をして気がつかない。「止める」「吸う」「吐く」、呼吸を意識して操ることは極めて面倒な作業だが、それをしなければ碌な台詞など喋れない。
以来、古典を演ずる者にとって、息とは、古の言霊を復活させるために必要な、黄泉の国から吹いてくる風のようなものだという感覚が、ずっと僕にはあった。

「日本人は語るべきものを持っていない。沖縄とアイヌにはそれがあるけれど……」
ふじたあさや氏は、そう古屋さんに問いかけた。さすがふじたあさや氏、核心を突いた問いだと思った。さて、古屋さんは何と答えるか。
「そんなことないですよ。例えばおじいさんなら子供の頃の話をすればいいんです。みんなそれぞれ伝えたいことがあるでしょう、それを語ればいいんです。この本を読んで聞かせたい、それだけでもストーリーテラーなんですよ」
あさやさん、してやられたな。もう予定の時間。これ以上突っ込んだら終わらなくなる。
「なるほど、そういうことね。誰もがストーリーテラーになれる。大いに日本人も語れということだね」
「そうですよ」
僕としてはだいぶ残念な結末であったが致し方ない。
「しかし、昔はあなたのことを、ちょっと朗読の上手い役者がいるくらいに見ていたが、でもその頃のあなたの朗読は、どうだ!っていうような朗読だったねえ。それがずいぶん変わった」
「少しはよくなりましたか」
「うん、よくなった。変わるもんですねえ」
「そうですか、よかった、少しは私も成長したんですね」
「今日はたくさんの刺激的な話、ありがとうございました」

つまり、ただ語りたいという理由だけで「平家物語」が語れるわけはないということなのだ。自分が本当に語りたいものとして「平家物語」を語ることの困難さを、僕は思っていたのである。

世の朗読好きの方々、古屋和子さんのポジティブな結論に騙されてはいけません、ということかな。

それにしても、僕の琵琶の件はどうなっているのだろう。

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《2月10日》ア行に続き、カ行です。

ちょっと面倒なので、後日書きますが……

でも、ならば何故「カ行」をこの日に記事にするのか。
それは宮澤寿君が宇夫方隆士さんに盛岡弁を習いに来ていたから。
(M.A.P.事務所の奥の部屋にて)
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全て、後日です。


《1月18日(火)》
M.A.P.沖縄サークル合同忘年会に続き……
本日はM.A.P.の沖縄サークル合同新年会です。
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“琉球舞踊教室”と“ゆんたくの会”と“はいさい三線教室”それぞれの専用ブログにも記事がアップされています。
 ⇒“M.A.P.琉球舞踊教室”のこの日のブログ
 ⇒“ゆんたくの会(喜多見で沖縄語を話す会)”のこの日のブログ
 ⇒“はいさい狛江三線教室”のこの日のブログ

それらのブログには掲載しなかった画像を使って……

恒例です。金城さんの足テビチ、レタス付き。
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宇夫方隆士さんが作ってくれた煮物。
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すごく薄味。
サラダも隆士さんが準備してくれました。
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主催者席?
null まよちゃんから貰ったイチゴ
参加された面々……
片野さん・金城さん・五味さん・上地さん 三線2本 大城洋子さん智子さんと花田さん 五味さんがコンビニで買ってきた琉球ハイボール
大槻さんと川崎先生

上地さんが面白いものを持ってきてくれました。
まずはこれ。名護親方、程順則(ていじゅんそく)のいろは歌。
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沖縄語のブログで宇夫方女史がすごく珍しいもののように紹介していますが、実は沖縄では結構ポピュラーなんです。面白いのは、それを巻物にしたものが上地さんのおじさんの家の蔵から出てきて、それがボロボロだったので、おじさんがわざわざ書き写して、さらにそれをタオルにしてお知り合いに配ったということ。
程順則については、あらためて後日追記します。

むしろ貴重なのはこれ。
「劇聖・玉城朝薫」
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 ⇒玉城朝薫についての記事
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沖縄「本土復帰」の3年前の発行ですね。
この本については、上地さんからお借りして、しっかり読んでからいずれあらためてご紹介したいと思います。

ともかく、上地さんが持ってきた「お土産」で、みんななんだかんだと盛り上がったのでした。
みんなで研究中

お待ちかね、演芸大会です。
豪華3先生揃い踏み。
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踊る先生……
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……見る生徒。

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師弟コンビ。
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内容は琉球舞踊のブログ三線教室のブログをお読みください。

本日のメインカメラマンは鈴木雄介氏でした。
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1月 1日土曜日: スペイン風の年越し

何年ぶりでしょうか。両親と一緒に年越しをしました。

私、宇夫方路の両親はスペインのカタルニア地方にあるサンポールに住んでいました。今年(去年?)の年越しはスペイン風にしようと張り切って準備をしていました。必要なのは蕎麦ではなく、葡萄です。
《2010年12月31日23時43分》
食べる前の葡萄
12時になると葡萄にかぶりつきます。早く食べないと福が逃げてしまうと言われているのです。時報と同時に「それっ!」と食べたので、食べている時の写真はありません。
食べた後がこれ。
《2011年1月1日0時3分》
食べた後の葡萄
本当は、皮も種も一緒に食べます。今の時期、日本ではあまり葡萄はありません。皮も種も食べられるような種類の葡萄が手に入らなかったので、仕方なく種を出しながら食べました。福、逃げなかったかなあ。

葡萄を食べた後はシャンパンと焼き菓子というのがスペインの定番なのですが、今日はシャンパン代わりにワインを飲んで、焼き菓子の代わりにおこげというおせんべいみたいなお菓子を食べました。

年越しも、お国柄ですね。
(宇夫方路)
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昨年の5月20日に続いて、東京奏楽舎の深川江戸資料館での公演がいよいよ近づいてきました。

“三笑亭夢丸with東京奏楽舎公演「かがみ」”
日時:11月13日(土)14:00開演(開場30分前)
会場:深川江戸資料館
(東京都江東区白河1-3-28 TEL03-3630-8625)
アクセスマップ
料金:前売2,500円 当日2,800円 (全席自由席)
チケット等のお問合せ:M.A.P.(Tel:03-3489-2246 宇夫方)
お問合せフォームからも購入お申し込みできます。

【プログラム】
《第1部》
落語「辰巳の辻占」
元禄花見踊りの主題による変奏曲
(休憩)
《第2部》
コンサート「組曲 かがみ」
落語とクラシックのコラボ「かがみ」(夢丸新江戸噺)

【主催】
(株)M.A.P.
【協力】
日本音楽家ユニオン
落語芸術家協会
江東区深川江戸資料館

東京奏楽舎Official_Siteの案内ページ

東京奏楽舎深川公演のチラシ
チラシを大きくして見る

今回、M.A.P.after5ではお馴染みの、宇夫方隆士氏が題字を、大槻紀子さんがイラストを担当してくださいました。感謝。今後、夢丸with東京奏楽舎の公演にはこのデザインを使っていく予定です。

深川江戸資料館の窓口では10月10日よりチケットの販売を開始しますしています。
なお、本公演のチケットをご提示いただくと、本公演の公演日である11月13日に限り、深川江戸資料館の入場料が通常300円のところ100円割引の200円となります。この機会に、リニューアルした深川江戸資料館もお楽しみください。

また、演芸研究家大友浩さんが9月8日に行われた上野文化会館の公演をブログで取り上げてくださいました。
 ⇒http://blog.livedoor…

本公演は、M.A.P.主催の公演となります。皆様のお越しを心よりお待ちしています。


 
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高山正樹 Masaki Takayama
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