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智内さんに誘われて、新宿の伊勢丹に行った。
先月の28日から開催されていた大沖縄展が、今日最終日なのである。
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最終日の早仕舞いということもあるのか、5月の京王デパートのほうが盛況のようだったが、いずれにしろずいぶんと人がいる。知内さんはおもしろくない、ダメだね、と言っていたけれど、それも含めて市場調査という感じで見て回った。

期間中、色々なイベントがあったようだ。
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こちらは池袋よりはかなり充実している。来年あたり、イベント目当てに通って、いったいどんな人たちが何を見に来るのか、じっくり眺めてみるのもおもしろいかもしれないと思ったのだ。こういうところに来る人たちが、沖縄の何を求めているのか。また、売っている人たちに基地の話を振ってみたりして、どんな反応が返ってくるのだろう。悪趣味。

京王デパートで、例のノニを貰ったお店が、ココでも店を出していたから聞いてみた。
「10日もすればぐちゃぐちゃになるって聞いてたんだけどさ、すごく臭かったからバケツに入れといたらさ、萎びちゃったよ」
「ああ、それは発酵する前に枯れちゃったんだね。風通しよくしとかなきゃだめだよ」
「そうか、臭いものにフタしてたから、今はやりの即身成仏しちゃったわけね。でも、ノニじゃあ年金もらえないしね」
不謹慎。

あらためて、小っちゃいやつ、2個もらってしまった。
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きっと、怒られる……

智内さんと、おでんやさんで一杯やって帰りました。
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「髪の毛なんか切っちゃって、なんかあったんですか」
「知ってるくせに」


ふたつ前の記事(コンクリの護岸)の記事と……
 ⇒http://lince.jp/hito/okinawamap/churaumi…
ひとつ前の記事(伊江島の土地闘争)の記事と……
 ⇒http://lince.jp/hito/okinawamap/kaiyoohakukooen…
是非それらの記事を読んでから、この記事をお読みください。

お魚君たちの様子は白石准ちゃんがしっかり撮ってアップしているので、それはそちらに任せるとして……
 ⇒http://juninho.blog16.fc2.com/blog-entry…

M.A.P.after5は人間中心にしてみよう。魚を見る人間を撮って展示する「人類館」。
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ピントを合わせたのは、向こうの外人さんたち。
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感度をあわせたのは右の女の子たち。
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准ちゃんが撮っていない水槽。海の森。マングローブ。
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この旅のはじめにご紹介した「ウチナー・パワー沖縄,回帰と再生」のカバーと色合いが似ている。
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この中で、馬場繁幸氏が「マングローブとともに生きる」という文章を書いている。

「『美ら島沖縄』のキャッチコピーが巷にあふれている。だが、島のまわりをコンクリートの護岸で取り囲むことが、はたして『美ら島沖縄』なのであろうか。」
「補助金でせっせと沿岸の道路工事をし、赤土を流出させ、サンゴ礁をダメにしている。海岸にコンクリート護岸を建設し、海から眺めるとコンクリートで取り囲まれた醜い海岸風景を作り上げている。『美ら島』とはもてなしの美しさ、心の美しさも含めてのことであるはずだ。」

マングローブのある岸は、サンゴ礁と同様に、人間にとって重要な生物多様性を確保する、貴重なシステムなのである。

准ちゃんのブログと一緒に歩いていこう。
 ⇒http://juninho.blog16.fc2.com/blog-entry…

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知りたいのは癒されたい人々の心。
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僕は、リニューアルする前のマンボウが大好きだった。

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でもさ、やっぱり普天間の爆撃機を思い出す。
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ステルス戦闘機。
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水槽の上。冷房なし。
本当は、すごく暑いのだった。
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本当はすごく危険なのだった。
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安全な場所から……
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……見る。撮る。
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美ら島水族館を後にして、イルカショーへ。
跳んでるイルカは准ちゃんのブログに一杯あります。
 ⇒http://juninho.blog16.fc2.com/blog-entry…
だからこっちは、やっぱり伊江島とお客さん。
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おもしろかった。
さて、ボチボチわれわれも準備しなくっちゃねえ。
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まずはレンタカーを借りて、そのまま電子ピアノを借りに糸満の沖縄水産高校へ行きました。
その記事は山猫合奏団のブログで見てください。
 ⇒沖縄水産高校にて
山猫合奏団のブログではご紹介しなかった画像を一枚。吹奏楽部の部室か音楽室か、その本棚です。
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さすがに沖縄ですね。三線の楽譜がいっぱいです。

その後、沖縄ワールドの“しよん”さんのところへ。
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今日は敦子さんが対応してくださいました。
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パワーストーン付マース袋。間もなく販売です。

沖縄ワールドに、“しよん”さんの工房を訪れるのは、きっとこれが最後です。“しよん”さんはついに自前の工房を開設することになったのです。この次来る時、新しい工房を見るのが楽しみだな。

沖縄ワールドで、遅めの軽い昼食。
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地ビールの“ニフェデビール”だって。
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ウチナーグチで「ありがとう」はニフェーデービル。そのモジリですね。
これ、ハイビスカッシュ。
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駄洒落ばっかり。

それからいしだ文栄堂さんで100店シリーズを仕入れ。

そしてホテルにチェックイン。今回初めて泊まるホテルは、去年壷屋小学校のやちむん市に行ったとき、高山正樹氏がポークと卵のおにぎりを買って食べたマックスバリューの近く。
今夜はヘルシー弁当。にんじんしりしり、ゴーヤチャンプルー、モズクてんぷらなど。
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お茶も水も沖縄のものです。


東京とおなじものもいっぱいあるんですよ。ただ沖縄独特のものだけ選んで買ってきました。
なんとなく。。。
山猫合奏団沖縄ツアーはあさってからです。今夜は嵐の前の静けさ、かな。
(宇夫方路)

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拝啓、智内好文さま。

いよいよ「ウチナー・パワー~沖縄 回帰と再生」が出版されましたね。おめでとうございます。早速お送りいただき、ありがとうございました。すぐにも読んで、宣伝をと意気込んだのですが、地味ながらその内容の重さに、しばしば立ち止まって沈思黙考、申し訳なく思っています。

今日から沖縄へ行ってきます。山猫合奏団の沖縄公演ツアーのためです。山猫合奏団の公演を沖縄で実現させる、それは、大げさに言えば僕の夢でした。山猫合奏団の仲間や、山猫合奏団を応援してくださる方々は、僕の最も大切にしなければならない人たちですが、そのみんなに、僕が30年間「沖縄」の何に拘ってきたのか、その一端を知ってもらえる機会がやっと訪れたのです。同時に、沖縄を通じて知り合った方々には、僕が沖縄とは関係の無いことも一生懸命に関わっている人間だということを知ってもらえるのです。「沖縄問題」が全ての日本人にとっての課題であるならば、今回のような機会こそがとても大切なのだと、僕は思っているのです。M.A.P.after5なるブログは、このためにこそあったのかもしれません。

にもかかわらず、何故かとても憂鬱なのです。その原因を説明するのは、なかなか困難なのですが、僕は周期的に、沖縄に関わっていることがとても嫌になる、ちょうどその時期にあたってしまったようで、でもこんなことを言うと、沖縄に関する優れた仕事を継続的に続けてこられた智内さんから、きっと叱られるに違いありませんね。

沖縄へ向かう機内で、東京から持ってきた唯一の本「ウチナー・パワー」をツラツラと読んでいます。
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沖縄が「沖縄」に「回帰」し、そして「再生」しようと声を上げれば上げるほど、どうやら僕の憂鬱は募っていくようなのです。

島尾伸三氏がプロローグを書いています。「夢幻琉球」という表題で。
「奄美大島で小・中学校を過ごした1950年代から60年代なかばまで、沖縄は輝いていました。沖縄にはアメリカの珍しいものや便利なものが何でもあって、道にあふれるほどいろんな自動車が走っていて、毎日たくさんの飛行機が町や村の上を飛んでいるというのです。(中略)その憧れは、1972年の沖縄への復帰後数年もしないうちに、奄美の人間にはすっかり色あせたものになってしまいました。その理由は(中略)アメリカ軍からの横流しや戦利品と呼ばれていた盗品を日本へ密輸して大儲けできる魅力が、失われたからです。」
なんという逆説でしょう。僕は、この島尾氏の文章に拮抗できる言葉を、たったひとつとして持ち合わせていないことに気づくのみです。
その代わりといっていいのかどうか、僕は、先日島尾伸三氏から聞いた話を、思い切って公開してしまおうと思ったのでした。
 ⇒http://lince.jp/hito/mapinfo/hidakatotinai…

また、例えば新垣誠氏はこんなことを書いています。
「(前略)沖縄の独自性を訴え、ヤマトとの差異化を図った言説が一世を風靡してから久しい。(中略)近代国家に取り込まれて以来、沖縄は常に苦渋をなめてきた。国家の矛盾と日常をともにすればするほど、帰属意識は薄れ、独自のアイデンティティーを問い直す作業が始まることは自然なのかもしれない。」
「しかし、また、沖縄の独自性を構築する作業は、沖縄をエキゾチックな文化的他者として陳列・観察しようとする殖民者やオリエンタリストによって強奪・利用されてきた側面をもつ。」
「他者の理解とは、多くの矛盾と困難をはらんだプロセスだ。他者理解など、そもそも不可能なのかもしれない。唯一、底知れぬ忍耐と謙虚な姿勢が生み出す共感力のみが、他者へ近づく道なのかもしれない。ましてや、自己の世界観に他者を幽閉して展示物のように眺め、自己を定義する欲求によって他者を「理解」するプロセスは、暴力以外の何物でもない」

そんなこと、分かり過ぎるほど分かっていたはずなのです。それなのに、僕はあらためて自問しています。僕は、沖縄の何を理解し、何を伝えようとしているのだろうかと。そして再び沈思黙考するのです。

「ウチナー・パワー」をそっと閉じて機内誌を手に取りました。しかしそこにも観光客に向けた沖縄特集が。
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沖縄は、逃れがたく僕のそばにあり、そしてどの記事にも、僕は「違う、違う」とつぶやいているのでした。

どんなに憂鬱でも、これから10日間、僕はいつもよりもずっと注意深く、沖縄を見てこようと思っています。もしかすると、今回の報告は、いつもにも増して、遅筆、かつ、時には重たいものになるかもしれません。でも、どうか山猫合奏団の記事がお目当ての皆様方にも、すこしばかり辛抱して、ぜひともお読みいただきたいと願っているのです。

智内好文さま。東京にもどったら、お会いしたいと思っています。
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M.A.P.after 5に度々登場する怪しいおじさん(日高さん)のカテゴリーを作りました。
その日高さんのご案内で、水道橋まで、こんな会に行ってきました。
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会場の様子ですが……
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(前の席は仏教関係の方ですね。近頃、こうした集会によく参加されているようです。)
宇夫方女史がデジカメをサンディエゴに持っていったので、加えて携帯電話のカメラなんか滅多に使わないので、こんな写真しか撮れませんでした。

この会で配布された資料の中に、こんな記述がありました。
「サンディエゴ市のフェルナンデス上級政策補佐官は、『閉鎖される海外基地を多く受け入れたい』と語っており、普天間飛行場の受け入れ実現の可能性を示唆しました。」
このことについて、補足の説明が必要です。できれば、宇夫方女史がサンディエゴにいるうちに彼女に伝え、現地の人と話してきてもらいたいと思っていることなのですが、きっと間に合わないでしょう。
帳簿なんかと格闘していなければ、もっと準備ができたのにと、残念でなりません。

今日のことは、宇夫方女史が帰ってきたら、あちらの情報(たぶん不十分な情報)を一応聞き取り、それを合わせて整理して、日を改めてご報告したいと考えています。

その後、水道橋から千駄ヶ谷へ。智内さんに誘われて、島尾伸三氏の写真展にお邪魔しました。
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(かりゆしウェアっぽい服を着ている後姿の方が島尾伸三氏です。)
今日が最終日ということで、到着した時には、もう皆さんビールを飲んでいらっしゃいました。
展示写真を片付け、近くの居酒屋へ。すっかりご馳走になってしまいました。

島尾氏からとても興味深いお話を伺ったのですが、果たしてどこまでブログに書いていいものか、ただ今思案中です。こちらはいずれ、本記事に追記したいと思います。お楽しみに。むふふ……

でも智内さんの秘密は書きません、絶対。
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(哀愁の智内さん)
というわけで、智内好文さんのカテゴリーも作っちゃいました。

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