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三笑亭夢丸さんとコラボするユニットの名前が「東京奏楽舎」に決定しました。

江戸後期から明治初期、落語が普及し、そしてクラシック音楽が日本に入ってくる時期を意識した命名です。つまり「東京奏楽舎」の「東京」は今の東京ではなく、東京府をイメージしています。
また、メンバーも活動も、今ある形を固定したものとは考えていません。「東京奏楽舎」という入れ物に、何を注入できるのか、様々な可能性を模索していくつもりです。

なお、コンサート名称は「新江戸噺、三笑亭夢丸with東京奏楽舎」の予定です。

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みなさん、終電近い時間まで、お疲れ様でした。
なお、夢丸vs奏楽舎というカテゴリーを作りました。

宇夫方路は、明日朝早く沖縄へ出発します。新しい可能性を求めて。



12月 4日木曜日: 門前仲町方面のこと

地図関連業務の取引会社に出向きました。
そういえばわりと近くに門仲天井ホールがあります。
そういえば、門仲天井ホールから、来年1月までの催し物のチラシが束で送られてきました。
そういえば、門天の黒崎さんに、宣伝しますねと言っておきながら、まだご紹介できずにいます。

というわけでとりあえずホームページのご紹介でお茶を濁します。
http://www5f.biglobe.ne.jp/~monten/

そういえば、先日ご紹介しましたが、来年の4月11日に、門仲天井ホールで三笑亭夢丸さんの公演を行うわけです。ということならば、地図関連業務の取引会社で、皆さんにお知らせでもしておけば、何人かは観に来てくれるかな、なにしろ手打ち公演だものなあ、なんて思ったのですが、なんとも気分が乗らずに宣伝するのはやめました。それどころじゃないって感じです。営業マンとしては失格ですね。でもねえ…
不景気って、やなもんですね。

そう考えると、沖縄の「かんからさんしん」って、やっぱりすごいなあと思います。
みなさん、「かんからさんしん」、ご存知ですか?

筑紫哲也氏が「広告批評」2008年8月号に寄せた文章から…

「凄惨な沖縄戦が終って収容された住民たちが先ず始めたのが、米軍支給の缶詰やパラシュートのひもを用いての『カンカラ三線』だった」
(「私が沖縄にこだわりつづけるワケ」)
謹んで筑紫哲也氏のご冥福をお祈りします。


三笑亭夢丸さんとクラシックのコラボレーション。
Official_Siteがまだありませんので、代行告知です。

2009年4月11日の門仲天井ホールに続き、5月20日、深川江戸資料館にての公演が決定いたしました。

それぞれ違う演目を準備しています。どちらも、主催はM.A.P.です。いわゆる手打ち公演です。来年のことを言えば鬼が笑うとは申しますが、どうか皆様、是非ともおいでくださいますよう、来年の手帳を買ったならば、早々にスケジュールに加えて、鬼に笑われていただければ幸いです。

何卒。よろしくお願い申し上げます。

江戸深川資料館のホームページ


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本日、芸団協に伺いご挨拶。
三笑亭夢丸さんの新江戸噺とクラシックのコラボレーションを、いよいよ来年2009年の4月11日に、門前仲町の門仲天井ホールにて旗揚げすることに最終決定いたしました。

落語芸術協会ホームページの夢丸さんのページ

夢丸さんのライフワークである新江戸噺については、お話したいことがたくさんあるのですが、もうafter5の範疇ではありません。これはすぐにもOfficial Siteを立ち上げて告知していかなければなりませんね。
ただ、まだユニットの名前が決まっていないので、まずはそれを決めて、そしてホームページを作成するまで、しばらくはここで、経過報告をして参ります。

改めまして…
M.A.P.がプロデュースする「三笑亭夢丸vs???」を、皆様よろしくご贔屓のほど、お願い申し上げます。


10月28日火曜日: ほんとうの強行軍の記憶

沖縄に関わっていると、人と人の「つながり」ということを改めて思うのです。

高山正樹の奥方の親友に琉球舞踊の先生がいて(関連記事へ)、その方を舞台で共演していた宇夫方路に紹介してから、もう20年近くになります。その踊りのお仲間の宮城文子さん(関連記事へ)は、ずいせん学徒隊の語り部である宮城巳知子さんの義理の娘さんです。

巳知子さんのお話を是非とも伺いたいと思い、文子さんに紹介していただいて、沖縄の嘉手納で宮城巳知子さんにお会いしました。(関連記事へ)
その際に和光小学校の修学旅行のお話を伺い、世田谷にある和光小学校に校長先生をお訪ねして、その修学旅行に同行させていただけるようお願いすることにしました。(関連記事1へ)(関連記事2へ)

その修学旅行が今日だったのです。
その行程は、「おきなわおーでぃおぶっく」のOfficialサイトのブログで報告しているので是非お読みください。
《Officialサイトのブログ記事》
(別窓で開く場合はシフトを押しながらクリックしてください。)

ここではOfficialサイトのブログでご紹介しきれなかった画像や話題などをいくつか。

ナゲーラ壕への道
ナゲーラ壕への道

2番目に行った識名壕は識名園のそばにあります。
識名園入口
和光小学校の子供たちは、トイレを利用するために識名園の駐車場に立ち寄って、すぐに識名壕へと出発しました。

でも、この時、ちょっと思ったのです。
識名園は、世界遺産にも指定されている名園です。歴史的にも大変興味深いところなのです。
かつて琉球は、中国から使者(冊封使)が来ると、彼らをこの識名園に招きました。琉球国が大きな国であることを示すために、識名園は琉球の土地を見渡せ、しかし且つどこからも海が見えない場所を選んで作られたのでした。海が見えると、琉球が小さな島国であることがわかってしまうから。

確かに、和光小学校の修学旅行の意義や一日の日程を考えれば、識名園を見学する余裕がないことは致し方ない、それもよく分かるのだけれど、ここにも、もうひとつの沖縄の心があるのになあ、ここをただトイレだけのために寄ってサヨナラというのはなんともなあ、と、ふと、勝手なことを考えてしまったということです。

識名壕へ入る入口。
識名壕へ入る入口

識名壕の中から見た入口。
壕の中から見た入口
四角くシルエットに見えるのはウガミ(拝み)の場所です。帰り際に、先生がお線香を供え、手を合わされていらっしゃいました。

もうひとつ米須壕にまわって、ずいせんの塔で宮城巳知子さんのお話を聞き、そして最後にひめゆりの塔へ。
地元の人さえ知らないガマと、たくさんの観光客で賑わうひめゆりの塔。子供たちはその違いに何かを感じることがあったのかどうか。

女性スタッフにとっては重過ぎて、最初の壕だけで後は遠慮したのですが、子供たちは飄々としていました。壕よりも、そこらあたりをウロウロしているマヤー(猫)の方に興味がある子どもたちもいたりして。
でも、それでいいのだと思ったのです。彼らが大人になった時、この体験をフト思い出して、そして自分の力で考え始める、それが正しいあり方なのだと。やがてこの子供たちがどんな結論を出すことになろうとも、今、ともかく材料を与えてあげられればいいのだと。

本日のところは、重い話はこのくらいにいたしまして、ひめゆりの塔の近くにある大きなお土産屋さんで見つけたちょっと大きめのシーサーのご案内。
お帰りシーサー
これ、上を向いてるんです。
このくらい大きいシーサーを買って内地に持って帰ると、置くところに困って結局玄関の床へじか置きになるというのはよくある話。このシーサー、床に置くのに最適なのです。
「おかえりなさい」って感じ。癒されるなあ。6千数百円、ちょっとばかりお高いんですけどね、いいアイデアだなあと感心いたしました。

和光小学校の皆さんとはここでお別れ、お帰りシーサーのせいなのか、なんだかムショウに癒されたくなって、神の島、久高島が見えるレストランのテラスで、ボーっとしました。
遠くに見える久高島
遠くに見えるのが久高島です。
20年以上前の、高山正樹の久高島の思い出は、いつか改めてご紹介しますね。

夕方、大城立裕先生のお宅にお邪魔して…

そして夜。
国際通りからちょっと入った竜宮通りという路地に見つけた「小桜」というお店。
竜宮通り入口
「小桜」とは、M.A.P.がプロデュースする三笑亭夢丸さんの落語の題名。気になったのでカシャと一枚。

大城立裕先生のお誕生会でお世話になった「じんじん」へ。
じんじん入口 じんじん店内
沖縄特有のおしぼりコースターです。
体に優しい肴
ちょっと疲れているみたいな高山の様子を見て、ママが体に優しいメニューを作ってくれました。すごくおいしかったのです。
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ありがとうございました。
そうだ、前回ご紹介できなかった、大城オジイのために設置した手摺です。
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《大城立裕先生お誕生会の日の記事》

ななしん屋でママに再会。
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三線を借りて定番の安里やユンタをやってみた。
何もしないという歌い方。テクニシャンの高山正樹には、これがなかなか出来ないのです。その奥深さに、高山は、真剣に三線を習おうと心に決めたのです。
《前回の「ななしん屋」の記事》

そして「土」へ。
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ごうさん。結婚おめでとう。今奥さんのお腹にいるお子さんが二十歳になったとき、ごう(のん)さんは80歳か。日本一かっこいい80歳になってください。
《前回の「土」の記事》
疲れた…。
あした朝、東京へ帰ります。
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他にもいくつかお話したいことがあるのですが、それは後日ということで…


三笑亭夢丸師匠と音楽のコラボ。
ユニットの名前をどうするか、コンサートをどういう構成にするかなど、細部はこれからですが、ともかくも旗揚げ公演を、山猫合奏団ではお馴染みの門前仲町の門仲天井ホールにて行うことになりそうです。

いよいよです。



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新宿にある芸能花伝舎。
廃校になった区立淀橋第三小学校の建物に、いろいろな団体が入っているのです。
その中に三笑亭夢丸師匠が所属する落語芸術協会も、また日本音楽家ユニオンもあるのです。

いよいよぶち上げて…
と、思ったのですが、もうちょっとかかりそう。うーん、
ミステリィー、じゃねえよなあ。

問題は、お役所的な横柄さ、ですかな。
親方日の丸、そこらあたりの人間が反省しないと、つぶれちまうぜい!何が? 僕たちが。あーん、なさけないこと…
決して、落語芸術協会や日本音楽家ユニオンのことを申し上げているわけではありません。その背後にある影、そして……、なんちゃって、やめとこっと。

やることきちんとやんないとね、誰かさん。僕のこと? ますかよー(ウチナーヤマトグチ)。名刺を忘れる僕を叱る保幸くんでありました。でも、シッポは振りません。だって、シッポないんだもん。

枕はこれくれーにいたしやして、そろそろ本題に…
「テレビでお忙しかった頃、落語もおやりになっていたのですか」
「週に8本のレギュラー、落語をやる時間なんてありませんでした。もう、テレビは結構。落語だけ、やりたいんだ」
そういう夢丸さんのために、がんばろう。一歩一歩。「落ち」をつけるには、まだちと早い。
(文責・高山正樹)



告知記事
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演目は怪談噺、「紅い手」。

楽屋で夢丸さんに御挨拶してきました。
いよいよ始動です。
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ユニオンの方を交えて記念撮影。


「ルックルックこんにちは」でお馴染みだった三笑亭夢丸さん。
丸々29年間のご出演でした。

でも…

「もうテレビの仕事はいい、好きなことをやりたいんだ」

そんな夢丸さんとお仕事することになりました、というお話は以前の記事で御紹介済みです。《以前の記事を読む》

その夢丸師匠の独演会が、来る10月12日の日曜日、国立演芸場で開かれます。
18時30分開演、木戸銭は弐千円也。こりゃ安いなあ。

というわけで、チラシのご紹介です。
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是非のお越しを、三笑亭夢丸に成り替わりまして、お待ち申し上げております。

前日の土曜日は神楽坂でセロ弾きのゴーシュを観て、日曜日は落語を楽しむなんていかが?
文化の秋、いいですなあ。


音楽家と落語家のコラボレーション、芸能花伝舎の「創遊シリーズ」Vol.4が、先の6月24日、東京文化会館小ホールにて上演され、山猫合奏団の大島さんが三笑亭夢丸さんと共演したことは、山猫合奏団のニュースとしてお伝えしました。今日、そのメンバーがM.A.P.の事務所に集結しました。
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左から菅野恵子(ピアノ)、桃原健一(オーボエ)、内田英介(作曲)、そしてお馴染みの大島純(チェロ)の面々です。
桃原さんの苗字は「とうばる」と読みます。御両親が沖縄の宮古の方です。
夢丸師匠は本日はいらっしゃいませんでしたが、実は先月の25日においでいただいてお話させていただきました。

いよいよ二つ目のミステリーの謎解きです。

今後M.A.P.では、山猫合奏団に加えて、この音楽家と落語家のコラボレーションもプロデュースすることになったのです。本日は、その顔合わせでした。
「創遊シリーズ」では「大江戸楽落隊」というユニット名でしたが、そのまま使えるのかどうか。
公演は「三笑亭夢丸vs.大江戸……」というような名称で行うことになると思います。

「ゆめのかけら」がもう一つふえました。
高山正樹が「ゆめのかけら」について、こんなこと書いてました。
ミステリーのネタばらし。ふふっと笑って頂ければ幸い。
山猫合奏団と御同様に、なにとぞ「ごしいき」のほど、よろしくおねがいいたしやす。

追伸。
英介さんも桃原さんも菅野さんも、相当いじくりやすいキャラクターとお見受けいたしましたが、初日からあんまりふざけては申し訳ありませんので、その辺は今後のお楽しみということにいたしまして、本日はお後がよろしいようで・・・



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高山正樹 Masaki Takayama
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