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11月28日日曜日: 沖縄県知事選……

【この日呟いたこと……】
17:55
沖縄県知事選、間もなく投票終了。なぜ投票率がこれほど低いのか。なぜ日本人はこれほど無関心なのか。



※ひと月前の結果を聞きに行って……
《11月27日(土)》
新卒の就職が大変らしい。
M.A.P.的就職支援。「青年座の制作」に続く第二弾。
null アイアンポットでオカマ募集中

働こうと思えばきっと働き口はいくらでもある。大学生たち、それほど大企業の正社員がいいのだろうか。

今から16年前の春。僕は(入社試験の面接では「私」と言わなければいけないらしいが)、泌尿器科の患者ばかりの大部屋に入院していた。まわりは殆ど前立腺肥大の簡単な手術を受ける患者ばかりだった。聞こえてくる彼らの会話は、手術後どれだけ勢いよく小便が出るようになったかを競う話と、長年勤めた会社の苦労話ばかりで、大企業に就職すれば一生安泰という時代だから、どれもこれも変わり映えのしない詰まらない話だった。
僕だけが若く、浮いていた。だから誰一人僕に話しかけるようなおじさんはいなかった。

それでも、大きな会社の管理職といった風の男性がちょっとしたはずみで僕に声を掛けたことがある。
「あなたは何で入院されているんですか」
「腎臓ガンです」
「ああ」
彼はそれ以上何も言わずに、薄ら笑いを浮かべて、何も聞かなかったかのように、また他の患者との相も変らぬ話の輪に戻っていった。

彼らは大概10日ほどの入院で、名刺交換などして順次退院していった。僕に声を掛けていく人は皆無であった。空きベッドはまたすぐに埋まった。半日もすると、同じような人が笑顔で入ってきて、そして同じような話を始めるのである。

ある日そんな病室に、パンチパーマにだぶだぶのジャージという40歳くらいのガタイのいいの男性が、毛皮を着た金髪美女を引き連れて入ってきた。とめどなく続いているおじさんたちの話し声が一瞬途絶えた。これで浮いた患者が二人になった。

僕は、談話室にいた彼に聞いた。
「どうしたんですか」
「金玉が腫れちまってよう」
彼はニヤっと笑った。だから僕もニヤっと笑って「へえ」と答えた。
「にいちゃんはどうしたんだい」
「腎臓ガンです」
笑っていた彼が真顔になった。
「そうか」

もうひとり、パンチパーマの彼に病名を尋ねたお調子者のおじさんがいた。しかし聞かれた彼はベッドに座って雑誌に目をやったまま何ひとつ答えず、質問をしたおじさんをチラとも見なかった。

彼は3日ほどで退院となった。きっと金玉の腫れがひいたのだろう。金髪美女が迎えに来た。荷物をまとめ終えると(というか美女にまとめさせると)、彼は僕のベッドまでやってきて、僕の目をまっすぐに見た。
「にいちゃん、がんばれよ」
僕は目頭が熱くなった。そして、小さく頷いた。彼の顔が少し笑ったように思えた。それから彼は、病室の外で待っている美女の方へ歩いていった。

あれ、僕はいったい何を書いているのだろう。つまりさ、どうしてそんなに大企業の正社員になりたいの、という話。

今、人形町から喜多見に戻ってきたところだ。16年前に僕の右腎臓を摘出した医師が人形町で開業医をやっている。今日はそこへ10月1日にやった検査の結果を聞きに行ったのだ。
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ちょいと気にかかることがある。今日の再検査の結果については、12月6日の月曜日に聞きに行こうと思っている。
少なくともそれまでは、オカマ募集の看板を撮影して、金玉が腫れた話をするくらいには元気である。
健康ゲームなんてカテゴリを作らなければ、こんな話はきっとしなかった。人間は、自分の病気の自慢が大好きなのである。死に至る病でない限り。小便の勢い談義に花を咲かせるおじさんたちと全く一緒。



11月25日木曜日: 書斎に籠もって……

昨日今日、ずっと書斎に籠もって……

そうしてアップした過去の記事。
 ⇒阪東ヒーローvs.中真光石三兄弟(8/30)
  中真光石入場

 ⇒セシオン杉並に向けて出発(9/14)
  大道具荷積み中

 ⇒お久しぶりです浅野さん!(10/24)
  スナッピー浅野

 ⇒出ないなら出る練習をする(10/28)
  中真光石

 ⇒中村圭志と石垣仁の賭けの行方【パンクラスディファ有明大会】(11/3)
  フラッシュ炊いて撮った高山正樹と中村圭志

 ⇒狛食の奥様に知って頂きたくて(11/18)
  中村圭志君夫妻


つまり、一連の格闘技系の記事を書いていたのです。
それから……

 ⇒おいしそうに撮れたかな(11/18)
  焼きおにぎり

 ⇒富士は今日も富士だった(11/19)
  富士山


途中で
“しんゆり”に送る原稿を書いたり……
書籍の整理をしたり……

要するに、ブログを書きましたという以外には大したネタがない2日間でしたという報告でした。
(高山正樹)


【この日呟いたこと……】

13:19
韓国の騒動を報道で知ったという政府。その管理能力を非難する声。しかしむしろ責任は伝えなかった官僚にあるはず。口蹄疫の時の農水省も同じ。現政権を下ろすための官僚の操作だとしたら、それが最も恐ろしいこと。なぜそれを指摘するマスコミがいないのか。

13:29
今日は三島由紀夫が自衛隊のクーデターを扇動して失敗し絶望して割腹自殺をした日。自衛隊も官僚。絶対に三島由紀夫を神格化してなならない。官僚は時の政府に絶対従う。これが民主主義を守る唯一の道。そして政治家を選ぶ。




11月22日月曜日: シャンとしよう!

当ブログのサイドバーのリンクのところに、ちょっと前までこんなバナーがありました。
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関西沖縄文庫のホームページへのリンク。
ところがこれ、10月1日からクリックしても沖縄文庫のHPには繋がらなくなりました。そのかわりに「『iswebライト』は2010年10月31日をもってサービス提供を終了いたしました。長年ご愛顧いただきありがとうございました。」というメッセージと楽天市場の宣伝が表示されます。
さらにそこからこんなリンクが。
 >>インフォシーク ユーザーサポート
というわけです。要するに楽天が運営する老舗の無料のレンタルサーバーが終了したのです。

「iswebライトのサービス終了について一言申す」という記事を見つけました。それによると……
「11月1日午前2時をもってコンテンツが一気に消滅」
「ウェブサイトの数は約200万と予想される」
詳しくお知りになりたい方はどうぞ……
 ⇒http://hitoxu.com/01299
ともかく、サービス終了の告知からコンテンツが完全に消滅するまでの期間が2ヶ月とあまりにも短いと、このサイトでは指摘しています。M社長のやりそうなことですなあ。

ところで関西沖縄文庫というのは大阪大正区を拠点にして、沖縄・奄美等の図書の貸し出しを中心に沖縄関連の活動をしているところで、わたしたちの“おきなわおーでぃおぶっく”の販売もしてくださっています。そのサイトは、とってもクラシカルな手作り感あふれる感じでしたが、今となっては見られなくなってしまいました。

電話で伺ったら、やはり突然のことで、とっても対処が大変だったようです。
そして新しいサイトはこちらです。
 ⇒http://okinawabunko.com/
今度は全てブログでやろうとしていらっしゃるようですね。というか、緊急になんとかしようとすれば、ブログでやるしかないということなのでしょうか。でも記録や資料的な要素の強いサイトは、やっぱりブログは似合わないなあ。

我々M.A.P.でもブログ記事をなんとかアーカイブ的にきちっと管理したいと考えているのですが、ブログ記事というのはどうしても一過性な感じになってしまいます。
そこで我々は様々な入口を作り、それらのページはブログでの管理ではなく、通常のHTMLで作成して、そこから各ブログ記事へリンクするようにしたいと思っているのです。

●実際のカテゴリではなく、少し整理して分かりやすく並べたカテゴリリストのページ。
 ⇒M.A.P.after5(lince.jp)サイトマップ
●身辺雑記のような記事以外の主な記事を、アップした順番ではなく、実際あった出来事の順番で並べたリストのページ。
 ⇒M.A.P.after5の主な記事リスト
●沖縄関連の記事で、偉そうに薀蓄を披瀝している記事のリスト
 ⇒M.A.P.after5薀蓄(うんちく)リスト
●喜多見情報のカテゴリ記事とリンクした入口
 ⇒喜多見情報のサイト

……などなど。
これらはまだまだ未整備の状態ですが、これらのページは、ブログ(現況報告的な日記)を読みやすくするために作ったのではなく、記録や論評、また連載記事等、ランダムに並んでいるブログの記事を、必要に応じてピックアップして読むことのできるインデックスとして機能させたいと考えているのです。いずれは「こんな人に会いましたリスト」とか、「この日何の日沖縄篇リスト」とか、だんだんと増やしていければと思っています。そのためにも、古くなっても読める記事を、と思って書いているのですが、なかなかねえ。

さて、ハナシを戻して、再度サーバーの件です。
ここ数週間、日曜日のたびに繋がりにくい現象が起こっていました。どうやらサーバーのほうに問題があったようですが、所詮無料のレンタルサーバー(といっても我々は広告を表示しないようにしたので若干の使用量を支払っていましたが)ですから、文句はいえません。そこでこのたび、同じサーバーなのですが、ひとつグレードの高いほうに変更しました。もちろん料金も変わります。さて結果はどうか、昨日は山猫合奏団の公演で一日出ていたので良く分からないのですが、アクセス数がこれまでの日曜日のように減っていないところをみると、問題は解消されたようです。ひとまず安堵。

しかし今後はどうなるか分かりません。今間借りしているサーバーの会社に、M社長のような人がいないことを望むだけです。

このネットという世界、一見とてもたくさんの人たちに開かれているようですが、もしかすると、ほんの一握りの何者かによって、都合よく操作されているのかもしれません。そう考えると、ネットで素性を明かすなんてもってのほかと思ってしまいます。

でも、私たちは逆の効果もあるのではと考えています。素性を明らかにすることによって、匿名ではないたくさんの同胞を示すことによって、かえっておかしな攻撃を受けにくいサイトにする、そういうこともあるのではないでしょうか。

大切なのは、シャンとしていることだ、と、今日は一日書斎にて、ダラーンと考えていました。
(11月22日月曜日:高山正樹)

【12月6日追記】
この日、宇夫方女史は、厚木のみなさんの自主稽古に付き合っていました。
 ⇒http://mapryukyubuyou.ti-da.net…


11月20日土曜日: 明日の準備


宇夫方女史は、明日の井の頭自然文化園での公演で販売するグッズの準備中です。
販売グッズ準備中

高山正樹は久しぶりに一日空いたので、自宅でブログをやっつけようと意気込んだのですが、なかなかママなりませんなあ。
宇夫方女史から届いた過去の記事から片付けようと思ったのが間違いだったかな。最低ここ数日のことと、山猫合奏団のブログまでは、明日の公演の前になんとかアップしたかったのですが、どうも雲行きが怪しくなってきました。間に合うかなあ。




11月19日金曜日: 富士は今日も富士だった

そして今日の富士。
今日の富士山
今日のお目覚は“たらまんぼー”。
たらまんぼー
硬い。歯が折れそう。「内地」の大きな企業は、訴訟が怖くてもうこんなの作んないね。日本は、そんな嫌な国になっちまった。と、憂いておかしなこと考える年寄りはもっと嫌だけれど。

今晩は沖縄語を話す会、じゃなかった、ゆんたくの会。
 ⇒http://kitamiuchinaguchi.ti-da.net…

大切なことは、何があっても継続すること。そして手を拡げて、大らかに待っていること。ちっぽけな僕に、残された時間は少ないのだけれど。
(高山正樹)
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本部から見えた今日の富士山。
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頂に雪が被っている。もう少し空気がキンとなって、鳥肌立つくらいになれば、きっともっと鮮やかに見えるんだろうな。
 ⇒2008年12月28日の富士
 ⇒2010年2月4日の富士
 ⇒2010年9月7日の富士

 ↓(何日か前の昼間のコンケン・アイ)
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現在休業中のコンケン・アイの親父さんから留守電が入っていた。
「15日から20日、営業します。一日でもいいから来て下さい」

奥さんは店に出るのかなあ。タイ料理は食べられるのかなあ。
奥さんが退院したというハナシは聞いていた。でもまだまだらしい。足の傷からばい菌が入ったのだとか。でもきっともう少し、完全復活を待っています。
もちろん奥さんがまだ出ていらっしゃらなくても、必ず一度は伺いますとも。


健康ゲームは食べ物ばかりではない。
10kgのダンベル
もう少し、がんばらなっちゃ……
バランスボールに座る渋谷保幸
もう少し、もう少し……
[subcate.健康ゲーム]
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11月10日水曜日: 夜の事務所に戻って

ちょっとしたミステリー。
持田明美先生と宇夫方路、見守るのは上地さん
間もなく……

三線教室が終わって、今しがた事務所に戻ってきました。もう誰もいない。

渋谷保幸の椅子。
バランスボール
渋谷保幸的健康ゲーム。
ちょっと借りてみた。これじゃあ居眠りができないな。

どうやら腹が空いている。
時計を見た。午後10時過ぎ……


9月27日にブログの書き方を変えますと宣言して、そうしてきたのだけれど、なんだかここ数日過去に記事ばかりアップしていて、その記事がトップページに並ぶので、結局、最近どんなことがあったのかが自分でも分からなくなってきました。

というわけで、その日とか昨日とか、せめて何があったかの一言くらいは書いておこうと反省しております。

とりあえず先月の27日あたりから振り返ってみようかな。
10月26日、つつじヶ丘の“みやらび”へ行った。帰る時は既に27日だった。この記事は27日の夜に暫定アップした。
 ⇒10月27日の暫定記事
  オリオンビール


記事をアップしてから“中む食堂”へ。帰りは当然28日。連夜の午前様。この記事はさっきアップしたばっかり。
 ⇒11月6日に(つまり今日)アップした10月28日の記事
  石垣仁・中真水才・宇夫方路
 ※これで時系列が狂ってややこしくなるんだね。

10月28日はNHKのスタジオへ落語の公開録音を聞きに行った。これはなんとかその日のうちにアップした。優秀優秀。その後、青年座に寄った。暫定だがその日のうちにアップできたのでまあOK。

 ⇒10月28日の記事その2
  青年座の入口


10月29日、お昼のオリジン弁当のおにぎりのことなどを即日記事にして、夜、下北沢に行ったことは次の日に暫定アップした。許容範囲かな。

 ⇒翌日アップした下北沢その1
  足拭きマットとシーサーの置物


下北沢では1軒で終わらず2軒目へ。24時を回って30日になった。そのことは31日に書いた。翌日といえば翌日。
 ⇒10月31日にアップした下北沢その2
  シーサー

下北沢から喜多見に着いて、つい駅前のLaPortに立ち寄った。そのこともやっぱり31日にアップした。
 ⇒30日の午前2時くらいのことを31日にアップした記事
  壊れたムッシュ

で、30日のお昼は人形町の医者に行ったのだが、そのあたりの記事ふたつは11月1日にアップした。

 ⇒30日のお昼のことその2
  “久兵衛”のにぎり


で、その夜、桃原くんと待ち合わせて“仲宮里”に行ったのだが、そのことは11月3日にアップした。
 ⇒30日の夜のことを11月3日にアップした記事
  “仲宮里”の奥様と桃原健一くん


28日の“中む”の記事を除けば、まあなんとか順番に記事を書いてきたのですが、いくらなんでも4日も遅れては間抜けもいいところ。
そしてついに31日、宇夫方路は石垣島関連のでっかいイベント会場に行って奏楽舎の宣伝活動をしたのですが、忙しい宇夫方さんは、今のところ一向に記事にする気配もありません。

かく言うわたくし高山正樹もこの日は……

ああ、もうダメ、時間切れです。つまるところ、31日にして破綻したというはなし。31日から先のことは、今日帰ってきてからということで。

只今より久米明さんの朗読会へ行ってまいります。
ちなみに、宇夫方さんは、新百合丘で琉球舞踊公演の本番中です。


11月 2日火曜日: 2010年ゴーヤーの終焉

ついに最後のゴーヤーが裂けました。
裂けたゴーヤー
早速切り取りました。変な穴も開いています。
ゴーヤーに開いた穴

こんなになっちゃった……
ゴーヤーの終焉
これで今年のゴーヤー栽培日記は全て終了です。長い間、お付き合いのほどありがとうございました。
最初のゴーヤーから見る

あーあ、これでブログの即時公開のネタがなくなりました。
(だいたいこの記事自体2日遅れの4日アップだしね。)
この先もイベント目白押し、ますます記事のアップが遅れる可能性大ではありますが、どうか見捨てないでくださいませ。

それから、最近の記事を読み直してみました。ひどいもんですな。急いで書いてるから妙な表現になってたり説明不足だったり、それに入力ミスが重なって、こんなもん公開していいのかという代物。なにしろ時間切れ寸前まで入力していて、読み返すこともなく「えいやっ!」とアップして出かけてしまうのだから、さもありなんです。
そういうわけで、気がついたところをちょこちょこと直しています。

今日もね(11月2日のことですよ)、とりあえずゴーヤーを撮影して、いざ出陣。

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高山正樹 Masaki Takayama
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