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11月10日木曜日: 演劇と居酒屋の関係

《8月17日(水)~18日(木)》
ここをステージにして芝居やったらおもしろそうだな。
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登戸の、とある居酒屋の、フロアの一角にある漁船を思わせるボックス席である。

しかし店は満席に近い。たくさんの客が飲み食いしている。例えばこのような店の店内でわざわざ芝居をやる経済的なメリットは全くないだろう。余裕のあるオーナーが面白がってくれれば話しは別だが、しかし観客に集中力を要求する芝居は、客に酒の量を減らし箸を止めるよう要求する。それを避けるために、軽いコントや音楽に近づけてしまえば、それはもう芝居ではない。言ってみれば、芝居と酒は、どうにも食べ合わせが悪過ぎるのである。

芝居を既成の劇場以外の空間で上演しようとする試みは、60年代からずっとあった。だがそれで儲かったなんてハナシは終ぞ聞いたことが無い。というより、彼らの目的は金ではなかったわけで、魅惑的で刺激的な磁場を作り、そこで挑戦的で破壊的な事件を創出することが、たぶん時代の思索的実験だったのだ。俳優は、全ての常識と対峙した犯罪者であり得た。そして自足していた。

ひとたび、例えば劇場(店)の利益とか、町の活性化などという健康的な方針に芝居屋が協力しようとすると、純粋に劇的な要素たちは、そうした方針には無関心になろうとする。そして、劇場や街との関係が希薄になっていく。今の、多くの舞台がそうである。
確かに、その法則を逆手に取って、劇場や街を有機的に脚本に取り込むことが出来れば、違う展開がありうるのかもしれない。しかし演劇と場の関係の濃密性と、その一般化・簡易化とは常に相反するのであるから、純演劇的満足と経済性は常に反比例することになるわけで、それに俳優がどこまで耐えられるのか、つまりそれはどのように質を保つのかと同義なのだが、きっと課題はそこらあたりにある……。

全てはミステリー。
(高山正樹)


この日、M.A.P.の経済をひとり支える宇夫方女史は、受注先の会社で、朝からじっとPCの前に座っていたらしい。

【文字通りM.A.P.after5的報告】
S社のOさんが企画した勉強会が編集部の6階で行われました。同じ仕事を受注している4社のうち3社の担当者が出席。そのうち1社は大阪の会社で、豊橋で仕事をした時に御一緒した方でした。
長い研修の後、会社近くの居酒屋で懇親会がありました。
この業務のS社の担当は女性が多いのですが、飲みに行くことはほとんどないそうです。忙しすぎるのではないかしら。
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今度は個人的な飲み会しましょうとお誘いしたら「ぜひ!」というお返事。今年中にお誘いしたいものです。
(宇夫方路)


「これから河岸変えて、忠兵衛に行こうと思ってるんだけどね」
「行く行く」
「女性の担当者も一緒?」
「まさか」
「そうだよな」
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このソーキ、うめえ。
かつて、つかこうへいはプロ野球がライバルだと言ったが、現代の演劇のライバルは居酒屋やレストランのような気がする。

日が変わって0時17分。
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左から、宇夫方路、忠兵衛のご主人、神野美奈実海浩気
企みは、犯罪の匂いがするほうが面白いと僕は思うのだが。

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7月 2日土曜日: 全てミステリー

《7月2日(土)-2》

全てミステリー……
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(※7月18日に追記)
言うか言わぬか迷ったが。
彼らはオーストラリアへの移住を決めた。55歳を越えると永住権を取得するハードルが一気に上がる。それまでになんとかと。

オーストラリアで泡盛飲めるかなあ。飲めれば移住するってわけではないけれど。




まだ書いていない記事の数を数えてみました。なんと70個くらい。これはもう諦めたほうがいい数ですね。でも、そうもいかない。仕事をひと月ほど止めてしまえばなんとかなるのでしょうが、そんなの本末転倒もいいところ。まあ、いま少し頑張ってみます。

宇夫方路女史に書いてもらわなければならない記事も10個くらいあります。過去の記事はボチボチのんびりやるとして、今後は、暫定でも今日のことは今日アップしたいと思っています。

ということで、宇夫方女史から先ほど届いた今日の報告です。
(高山正樹)

【宇夫方路の報告】
はいさい狛江三線教室で部屋を借りている狛江の中央公民館では、毎年「中央公民館のつどい」という催しを行っているとのこと。公民館を利用する団体が一堂に集まって、それそれの活動を発表する会なのだそうです。次回は来年の3月10日(水)から14日(日)までの五日間です。多摩川戦隊コマレンジャーなんかも出るみたいです。

そのつどいに参加しませんかというご案内を戴いたので、その会議に行ってきました。今日はとりあえず実行委員会の委員を決めました。

3月の発表会まで、毎月1回集まるのだそうです。次回の12月の会議で、各団体の出演日や利用する部屋を最終的に調整して決めるらしい。ただ、今日はたくさんの人が来ていて、またマイクの調子も悪くて、なんだか良くわかりませんでした。

M.A.P.はどうするか、全く未定のミステリー。とりあえず狛江のことではありますが、喜多見情報のカテゴリでご紹介することにしました。

まだまだ来年のことを言えば鬼が笑うという感じ、でもあとひと月の内に結論を出します。
(宇夫方路)
[cate.喜多見情報]


《2010年7月25日最後の仕事?》
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オープンしたのは2007年8月10日だった。結構話題になっていたと思う。
僕らが初めておきなわ堂を訪れたのは2008年の7月11日、それから2年である。「おきなわ堂」のカテゴリをあらためて読み返すと、なんとなく奥歯にモノの挟まったような感じなのである。
去年の2月10日に独立。4月27日にはテレビに出たりして、金城さん、頑張ってるなあと思っていた。

お店のスペースが、以前の半分になった。

沖縄関連の本なら古本・新刊、なんでもある、そういう当初のコンセプトは、もしかすると見直さなければならないのかもしれない。しかし、古本に関しては、榕樹書林じのんという老舗が余りにも強い。

それなら、新刊で勝負だ。おきなわ堂は古本屋さんらしくない明るいお店なのだから。だがそれも、那覇にジュンク堂ができて、県産本コーナーにも大きなスペースを充てている。巨大書店と勝負するのはなかなか厳しい。
雑誌にいたっては沖縄は買取が基本らしく、売れなくても返品ができない。2冊仕入れるか3冊にするかと悩まなければならない。沖縄の書籍販売の利ざやは、「内地」に比べて極めて小さい。たった1冊の売れ残りが、利益を消し去ってしまう。
客は、そんな事情なんか知らないから、品揃えは重要なのである。「品切れです」「取り扱っていません」などは、なんともよろしくない。売れないと分かっていても、置いておかなければ「郷土書大型専門店」の肩書きは名ばかりということになってしまう。

それなのに、金城さんは、我々M.A.P.のために、何かできないかと気にかけてくれている。人が好過ぎるよ金城さん。しばらくは「おきなわ堂」のために何が出来るのか、それだけを考えよう。
僕たちも、「おきなわ堂」のために何か出来ないか、考えてみたい思っている。

さあ、飛行機の出発時間が迫ってきた。レンタカーを返さなければいけない。
そうだ、これまで黙っていたが、実はこのレンタカー屋さんがおもしろいのだ。たった二人でやっているのだが、沖縄の特殊事情にあった方法で運営している。その結果、ものすごくリーズナブル。知りたい?でも教えてあげない。ネットで紹介して、もしお客が増えてしまったら、肝腎な時に我々が借りられなくなってしまうもんね。

おきなわ堂にお客さんが増えても、僕らはちっとも困らないから、M.A.P.は「おきなわ堂」を宣伝します。その宣伝する材料を作ろう。
単純に「内地」のやり方を沖縄に持ち込んでもうまくはいかないのだ。金城さんとは、いろいろ相談をしたいのだけれど、もう時間です。

また来ますからね、金城さんの笑顔を見るために。

旅の続きへ


1月23日土曜日: 与儀勝之さんの作品展

【沖縄からの第9報】

一昨日“土”で見た展覧会は与儀勝之さんの絵本「雨とヤリ」の原画とフンシーポスターの展覧会でした。フンシーとは、“風水”のことです。

「雨とヤリ」は一切字がない絵本。
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とても魅力的な絵本です。

作者の与儀勝之さんに会いたいとごうさんに言ったら、ごうさんは与儀さんに連絡してくれました。
とはいえ、私は毎日夜遅くまでリハーサルがあるので、初日の夜、本番が終わってからの遅い時間しかダメなのです。そんなすごく勝手なお願いなのに、与儀勝之さんは快く、お兄さんの烈之さんと二人で、今日、来てくださいました。

お二人とも以前は東京に住んでいらっしゃいました。
お兄さんは東京の大学に進んで、そのまま東京で広告代理店に就職。東京で沖縄出身の女性に出会って結婚。そして女の子が生まれました。
丁度そのころ渋谷で流行っていたのが「ガングロ」。それをを見て、こんなところで娘を育てちゃいけない!そう思って沖縄に戻ってきました。

弟の勝之さんは沖芸大を卒業してから東京で就職。そしていつの間にか6年たって、このままいたら沖縄に帰れなくなる、そう思って仕事をやめ、沖縄に戻ってきました。

お二人のご両親も戦争中に東京に疎開し、そのまま東京で暮らしていた方。その後沖縄に戻って烈之さん勝之さんご兄弟お二人を育てました。そんなご両親と、同じような歴史を息子さんたちも歩んでいるのですね。
でも、与儀さんの親戚は、みなさん沖縄を出ていたため、二人は周りに親戚がいない状況で育ちました。そんなわけで沖縄のことは何も知らない、だから今、勉強しているのだとおっしゃっていました。フンシー(風水)もそのひとつです。

勝之さんと彼のフンシーの作品です。
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お兄さんの烈之さんは御用があって先に出られたため、写真を撮り損ねてしまいました。
「今度来たときは飲みましょう。僕はあまり飲めないけど、兄は飲んだくれですから」、と弟の勝之さんが言ってくれました。

とても素敵なご兄弟にお会いすることのできた那覇の夜でした。

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キジムナーフェスタ のプロデューサー、ACOの代表取締役である下山久氏を訪ねた。

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看板には・・・
 てぃしらじ劇場
 沖縄県芸術文化振興協会
 ウチナー口演劇塾 綾船
 ACO株式会社エーシーオー沖縄

・・・と、ある。

下山さんとは、13年ぶりの再開である。
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1996年9月カンダパンセホール。ふじたあさや脚本・演出
“出発は遂に訪れず”
~島尾敏雄、島尾ミホ作品による~
奄美に駐留していた震洋特攻隊の話である。島尾敏雄隊長と、島の名家の娘ミホの恋の話である。
この時の制作が下山さんだった。また、この時の照明は坂本義美氏、キジムナーフェスタの照明総責任者でもある。
この芝居の時のこぼれ話を、僕はかつて記事にした。
 ⇒文藝家協会訪問記(島尾ミホと宮城まり子)
今、楽天市場で、我々はこんな商品を売っている。
 ⇒島尾敏雄が撮ったアマミ

下山さんは、開口一番・・・
「太ったねえ。スラッとしてる印象があったけど」
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返す言葉はない。

今日は“山猫合奏団”のために来たのである。ハードルはやはり不景気。30万出してくれるスポンサーさえ見つかれば、それさえ乗り越えられれば、山猫合奏団と沖縄が、はっきりと繋がる。夢が叶う。

下山さんは、たくさんの糸口を教えてくれた。ここから先は、我々の問題である。



タイフーンFMを訪れた。6月12日以来だが、今日は沖縄タイムスの真久田巧さんの紹介で田村邦子さんに会いに来たのだ。彼女は“田村邦子のマジカルミステリーツアー”という番組を担当していらっしゃる。その番組に又吉健次郎さんが出演した1830回を、先日の記事で紹介した。
11月22日「“金細工またよし”再訪」

「まくちゃんがね、おもしろいことをやっている人たちだから是非会ってくれって。まくちゃんがそんなふうに言うことはないから」
まくちゃんとは、真久田さんのことである。この言葉をまともに信じるほど間抜けではないけれど、有り難い話である。
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次にお邪魔する時は、タイフーンFMの社長とお話できることになりそうである。感謝感謝である。

ちなみに下山さんは“マジカルミステリーツアー”に3回出演している。
 ⇒2008年2月20日(1384回)
 ⇒2008年7月8日(1484回)
 ⇒2009年7月24日(1748回)


いつもの“おきなわ堂”今日も新商品入荷です。
 ⇒Natural Life
 ⇒中華

去年の7月に初めておきなわ堂の記事を書いた時、レジ周りの画像をご紹介しましたので、今日は残りの全貌をご紹介しましょう。
レジの手前にある売り場。CDなども置いてあります。
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おきなわ関連雑誌~県産本
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県産本~沖縄関連古書
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市町村史等~沖縄関連古書
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沖縄の古書店然とした古書店の2大巨頭は“じのん”さん“榕樹書林”さんで揺るがないかもしれませんが、新しい古書店の“おきなわ堂”だからこそできることがきっとあるはず。M.A.P.は今後もそれを応援していきたいと思っています。
やっぱり、考え続けること、そこからしか始まりません。金城さん、頑張りましょうね!

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九段会館大ホールで「沖縄芸能フェスティバル2009」が開催され、関りえ子琉球舞踊研究所も出演しました。

昼の部は13時開演。「浜うりてぃ語ら」と「エイサー」を踊り、「浜うり」にはM.A.P.カルチャーのメンバーも参加しました。
みんなの着物の色が白と黄色の2種類だったので、リハーサルで前列と後列を色で分けることにしました。そのため、まだ慣れてないメンバーが前列に入ることになってしまい、その緊張と、地謡に慣れていないせいもあって、ちょっと踊りが乱れてしまいました。一応順番どおりには踊ってはいたのですが、上手と下手で音のとり方が違ってしまったのです。真ん中の人は大変。ちょっと残念でした。
でも踊りの後半は、なんとか盛り返して、最後のポーズでは拍手を頂きました。とても暖かいお客様に感謝いっぱいでした。

昼の部が終って、國吉さんが見に来てくださっていたので、今回の私たちの踊りの地謡をお願いした仲宗根善久先生の楽屋へ、二人でご挨拶に伺いました。何故國吉さんと御一緒したのかは内緒、いまのところミステリーです。
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左の方が、野村琉古典音楽保存会の師範、仲宗根善久先生でいらっしゃいます。
写真を撮ってくださったのは、やっぱり今日の昼の部を見にきてくださった五味さんです。いつもいつも撮影をお願いしているので、五味さんが写ることはあんまりありません。いつもありがとうございます。

夜の部は、昼とは出し物が違います。「エイサー」は同じですが、もう一つは「繁昌節」を踊りました。みんな稽古の時よりも良かった。客席からも手拍子があがって、それに乗って踊れたみたい。

終演後の九段会館ホール玄関口。
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帰りに、昼の部で踊った「浜うり」を来年もう一回踊りたいという意見がありました。このまま終わらせては悔しいというのです。そういう気持ちが大切。是非やりましょう!リベンジです。

今日の舞台を見てくださったお客様へ。もしこの記事をお読みくださった方がいらっしゃいましたら、是非率直な感想をコメントでお寄せください。それを糧に、来年も頑張ります!
(宇夫方路でした)
[subcate.MAP琉舞教室]

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できない理由、やらない理由を並びたてることは簡単。
肝要なのは、どうすればできるのかを考えること。
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遊ぶ。いたずらを楽しむ。

“marivi”
検索ロボットはバカだから、こういうのは、連呼しておいたほうがいい。
“marivi”“marivi”“marivi”

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ねえ、何がおもしろいんだっけ…
null   あのな…

《表》
《裏》




販売サイトのこと。
どんなに素晴らしい作品だとしても、同じ種類の商品をたくさん並べて比較して選ぶことができなければ、なかなか買っていただけるものではありません。それがお客様の当たり前の心理ですよね。

というわけで、商品を増やさなければなりません。
やっとちょっと増えました。そして今日は、五味さんがその商品を撮影しに来てくださいました。

そのうちのひとつです。
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五味さん、いつもいつもありがとうございます。
そして、何よりも、早く作品を提供してくださいね!
それから、五味さん情報によると、C・W・KYOKOちゃんが素敵な賞をGETしたらしい。
皆さんに買っていただくためには、信頼できる筋から評価された実績をご紹介することも重要なことです。だからKYOKOちゃんの賞のことも、詳しいことがわかったらお知らせしましょう。
宇夫方隆士氏の詩画集「幻影」が発売され、ひと月半ほどになりました。
M.A.P.販売サイトの詩画集販売ページ
先日11月21日の沖縄タイムスに、書評が掲載されましたので、やっぱりこれもご紹介いたします。
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【大きな画像で見る】← on click

また、「幻影」をお読みくださった方々から、作者宛てに多くの感想が寄せられています。そのいくつかもご紹介いたします。掲載をお許しくださった方々には、心よりお礼を申し上げます。ありがとうございました。


【お寄せいただいた感想集】
ざっと流し読みをさせていただいて、これはひとつぶひとつぶ噛みしめて読ませていただきたいと思っています。
けれども、まあ、人生をこよなく楽しむ術にたけておいでになる。スペインで、沖縄で、その地にいともたやすくとけ込み、楽しんでおられるご様子、伺い知ることが出来ました。
(東京都江東区 梅本様)

昨日、詩集「幻影」が届きました。ブルーのレザックの表紙も「幻影」という描文字も、グリーンにスミのイラスト、白ヌキ文字の帯も全てステキです。居心地のいい喫茶店で、エスプレッソ飲み乍ら何度も読みたいです。もちろん、全ページを何度かめくり、各パートの新イラストを眺め、散文はきちんと読みました。かつての600篇から厳選した126篇とありますが、もちろん新しい本の版型に合わせて、あらためて手描された文字ですよね。だから初めて出会ったような新鮮さがあります。新イラストは詩集のムードにぴったりでステキです。
(東京都豊島区 藤田様)

沖縄の海、あるいはバルセロナの海でしょうか、青い色がすてきな表装ですね。仙台の友人との電話では、心にしみる本で、気に入っているとのことでした。
(東京都品川区 小原様)

私、散文からよませていただきました。同じ世代を過ごした者としてウンウンうなづきながら… 岩手山登山は私もおにぎり+キウリ+味噌でした。胸が少し痛み涙がにじみました。歳のせいでしょうか。私もまもなく78才となります。がんばらなくちゃ…
(横浜市港南区 松中様)

静かに深まりゆく秋……。とても穏やかな気持にさせ、自分を見つめさせてもらっています。
(東京都足立区 桜井様)

図らずも昨日、前に送って戴いた2007年12月の浦添市美術館の詩画展のポストカードの詩を拝見しておりました。挿し絵と詩、素敵な線描の絵をさる事ながら詩の一行一行がまるで絵そのものです。小生など風景と四ツに組んで撮っていましたが体力の衰えで撮れなくなり苦しんで居りましたが宇夫方さんの詩の一行を絵に差し替えてゆく事が出来るかもしれない、そんな希望が湧いてきました。
(北海道当別町 宮城様)


もひとつおまけ。
三線の数だけティーガーもある。斬新なティーガーに変えたいなと思っても、それには元のティーガーを外さなくてはならない。ちょっともったいない。エコの時代、もっともな気持ちです。だったらさあ、三線買う時にティーガーが選べたらいいんじゃないの? ということはさあ、三線を売ればいいんじゃないの?
ミステリー……
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YUSUKE氏所蔵の忍び駒です。
要するにミュート。
[subcate.komaba28]

「幻影」にまつわる沖縄での記事をアップしました。
おきなわ堂にて「幻影」販売中(11/18)

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高山正樹 Masaki Takayama
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