11月 1日土曜日: 日本語の二大美点?
カテゴリ: M.A.P.縁の人たち
コミュニティFM局というラジオ局が増えてきています。地域に根ざしたミニ放送局です。
現在、すでに全国で200局を優に越えています。
しかし東京などは周波数に空きがなく、開局したくてもできないという状況もあるのですが、ただ、2011年7月25日のデジタルテレビ放送への移行に伴い、86MHz以上の周波数が使えるようになるので、それを機に、爆発的に増えていくことも考えられます。
そうした中、アナウンサーが足りない、ということもあって、アナウンサー養成講座なるものが、ちょっとした流行り、その講座を終了した方々には、地方のミニFM局ではありますが、実践の場が与えられるというのですから、挑戦してみようかなという方もけっこういらっしゃるのではないでしょうか。
もう2週間くらい前になりますが、東京のある老舗のコミュニティFM局にて、そうした講座を見学させていただいたのです。
今回は体験用の講座でしたから、課程の始めから終了まで、ダイジェスト版のようで、内容は大変盛り沢山、まずは発声から最後は日本語のイントネーションのルールといった高度な概念まで、一通りの説明がありました。実際の講座では、それを一年半かけてやるということですから、なかなかなものです。
で、なぜ今さらそんな話をしたかというと、少し長くなりますがお付き合いのほどを。
講座の先生(元アナウンサー)がおっしゃっていらっしゃいました。
日本語の2大美点は「鼻濁音」と「無声音」であると。
「それができないと、絶対にアナウンサーにはなれません。ではみなさん、例文を読んでみてください。」
これ、意外とむずかしいらしい。特に関西出身の女性は悪戦苦闘していらっしゃいました。鼻濁音は関西にはないし、無声音だって「寿司食った」なんてのを明石家さんまなんかに言わせたら「すーしーくうた」みたいになって、こんなベトベトなマグロなんか食う気が失せるってなもんであります。
さすがに、わたくし高山正樹は、完璧に課題をこなしたのでありました。
しかし…
先日、津嘉山正種さんに伺った話。
⇒http://lince.jp/hito/tukayamasan.html
若い頃、ひたすら鼻濁音を練習した、たいへんな苦労をしたのだというお話し。アクセント辞典は今でも離さない。
「時々頼まれて、ドラマなどで沖縄の方言指導をするんですがね、地方出身の役者さんのほうがうまいですね。東京出身の役者は、アクセントを直したという苦しい経験をしていないから、方言を習得するのが下手ですね。」
「自分を、客観的に見ることができないということでしょうか」
「なるほど、そうかもしれない」
そんな津嘉山さんが、沖縄の舞台で沖縄の人の役をやったことがある。その公演の時の話。楽屋に大城立裕先生がいらっしゃった。先生曰く
「津嘉山くんよー、ぜんぶ鼻濁音になってるぞー」
沖縄には鼻濁音なんてありません。津嘉山さんは大城先生の言葉にハッとした。そして一晩かけて台本をチェックして、鼻濁音ではないように直したというのです。
アナウンス講座の先生は、この話をどう聞かれるのでしょうか。
「アナウンサーは役者ではありません」
ごもっとも、おっしゃる通りです。しかし、「2大美点」というのはどうなんだろう。「日本語」の「ご」は鼻濁音、では、「うちなーぐち」の「ぐ」を、先生はどう読まれるのですか。
今度の沖縄で大城立裕先生にお会いしたとき、その津嘉山さんのお話をしたのです。すると大城先生は…
「そんなことがあったかなあ。なるほど、鼻濁音が気持ち悪かったのだろうなあ」
と、笑っていらっしゃいました。
「僕は沖縄の高校演劇をずいぶん観て指導もしていたのだが、覚えているのは津嘉山くんだけだなあ。彼はあの頃から芯があった」
さて、なんで今日、こんな話を思い出したのかというと、もう暫くのご辛抱を。
山猫合奏団の大島純氏のふるさと、津山市のミニFM局から、「セロ弾きのゴーシュ」を紹介したいというご連絡をいただき、さらに、大島君が今度のお正月、ふるさとにお帰りになった際、ゲスト出演することになったのです。
ただ、まだFM津山は開局前なので、現在はネット放送のみということではありますが。
⇒http://www.fm-tsuyama.jp
ということで少し聞いてみたのですが、そこには「2大美点」なんてありませんでした。でも、とっても素敵な津山弁が流れてきたのです。それがなんともいいのです。
アナウンス講座の先生にお伺いしたいのですが、地方のミニFM局は、1年半もかけて共通語を特訓したアナウンサーの技術というものを、ほんとうに求めているのでしょうか。
「地域のコミュニティFM局に課せられた重要な役割の一つに、災害時の放送がある。その時求められるのは、誰もが理解できる言葉なのです。」
よくわかるのです。その通りだとも思うのです。でもそこに「2大美点」が必要なのでしょうか。
日本語なんて、もう存在しないのだとおっしゃる学者さんもいます。今あるのは、みんなに通じるということだけのために作られた共通語、もはやそれは、日本語ではないのだという御説。とっても考えさせられます、なんて難しい顔をするのは、ただ僕ひとりだけなのでしょうか。
普遍と個性、実はこれ、30年間、ひたすら僕が考え続けていることでもあるのです。あー、死ぬまで分からんのだろうなあ…
(文責・高山正樹)
追伸。
FM津山さん、ネットでサイトにつないでも、どうしたら目的の番組が聞けるのか、ちょっとわかりにくいのが少し残念。お正月までには環境改善されるかな。期待しています。
そうだ、ちなみに本日のFM津山のゲストは、指揮者の松岡究氏。実は、わたくしの高校の同級生であります。FM津山の担当の方、よろしくって伝えてくれたかなあ。
現在、すでに全国で200局を優に越えています。
しかし東京などは周波数に空きがなく、開局したくてもできないという状況もあるのですが、ただ、2011年7月25日のデジタルテレビ放送への移行に伴い、86MHz以上の周波数が使えるようになるので、それを機に、爆発的に増えていくことも考えられます。
そうした中、アナウンサーが足りない、ということもあって、アナウンサー養成講座なるものが、ちょっとした流行り、その講座を終了した方々には、地方のミニFM局ではありますが、実践の場が与えられるというのですから、挑戦してみようかなという方もけっこういらっしゃるのではないでしょうか。
もう2週間くらい前になりますが、東京のある老舗のコミュニティFM局にて、そうした講座を見学させていただいたのです。
今回は体験用の講座でしたから、課程の始めから終了まで、ダイジェスト版のようで、内容は大変盛り沢山、まずは発声から最後は日本語のイントネーションのルールといった高度な概念まで、一通りの説明がありました。実際の講座では、それを一年半かけてやるということですから、なかなかなものです。
で、なぜ今さらそんな話をしたかというと、少し長くなりますがお付き合いのほどを。
講座の先生(元アナウンサー)がおっしゃっていらっしゃいました。
日本語の2大美点は「鼻濁音」と「無声音」であると。
「それができないと、絶対にアナウンサーにはなれません。ではみなさん、例文を読んでみてください。」
これ、意外とむずかしいらしい。特に関西出身の女性は悪戦苦闘していらっしゃいました。鼻濁音は関西にはないし、無声音だって「寿司食った」なんてのを明石家さんまなんかに言わせたら「すーしーくうた」みたいになって、こんなベトベトなマグロなんか食う気が失せるってなもんであります。
さすがに、わたくし高山正樹は、完璧に課題をこなしたのでありました。
しかし…
先日、津嘉山正種さんに伺った話。
⇒http://lince.jp/hito/tukayamasan.html
若い頃、ひたすら鼻濁音を練習した、たいへんな苦労をしたのだというお話し。アクセント辞典は今でも離さない。
「時々頼まれて、ドラマなどで沖縄の方言指導をするんですがね、地方出身の役者さんのほうがうまいですね。東京出身の役者は、アクセントを直したという苦しい経験をしていないから、方言を習得するのが下手ですね。」
「自分を、客観的に見ることができないということでしょうか」
「なるほど、そうかもしれない」
そんな津嘉山さんが、沖縄の舞台で沖縄の人の役をやったことがある。その公演の時の話。楽屋に大城立裕先生がいらっしゃった。先生曰く
「津嘉山くんよー、ぜんぶ鼻濁音になってるぞー」
沖縄には鼻濁音なんてありません。津嘉山さんは大城先生の言葉にハッとした。そして一晩かけて台本をチェックして、鼻濁音ではないように直したというのです。
アナウンス講座の先生は、この話をどう聞かれるのでしょうか。
「アナウンサーは役者ではありません」
ごもっとも、おっしゃる通りです。しかし、「2大美点」というのはどうなんだろう。「日本語」の「ご」は鼻濁音、では、「うちなーぐち」の「ぐ」を、先生はどう読まれるのですか。
今度の沖縄で大城立裕先生にお会いしたとき、その津嘉山さんのお話をしたのです。すると大城先生は…
「そんなことがあったかなあ。なるほど、鼻濁音が気持ち悪かったのだろうなあ」
と、笑っていらっしゃいました。
「僕は沖縄の高校演劇をずいぶん観て指導もしていたのだが、覚えているのは津嘉山くんだけだなあ。彼はあの頃から芯があった」
さて、なんで今日、こんな話を思い出したのかというと、もう暫くのご辛抱を。
山猫合奏団の大島純氏のふるさと、津山市のミニFM局から、「セロ弾きのゴーシュ」を紹介したいというご連絡をいただき、さらに、大島君が今度のお正月、ふるさとにお帰りになった際、ゲスト出演することになったのです。
ただ、まだFM津山は開局前なので、現在はネット放送のみということではありますが。
⇒http://www.fm-tsuyama.jp
ということで少し聞いてみたのですが、そこには「2大美点」なんてありませんでした。でも、とっても素敵な津山弁が流れてきたのです。それがなんともいいのです。
アナウンス講座の先生にお伺いしたいのですが、地方のミニFM局は、1年半もかけて共通語を特訓したアナウンサーの技術というものを、ほんとうに求めているのでしょうか。
「地域のコミュニティFM局に課せられた重要な役割の一つに、災害時の放送がある。その時求められるのは、誰もが理解できる言葉なのです。」
よくわかるのです。その通りだとも思うのです。でもそこに「2大美点」が必要なのでしょうか。
日本語なんて、もう存在しないのだとおっしゃる学者さんもいます。今あるのは、みんなに通じるということだけのために作られた共通語、もはやそれは、日本語ではないのだという御説。とっても考えさせられます、なんて難しい顔をするのは、ただ僕ひとりだけなのでしょうか。
普遍と個性、実はこれ、30年間、ひたすら僕が考え続けていることでもあるのです。あー、死ぬまで分からんのだろうなあ…
(文責・高山正樹)
追伸。
FM津山さん、ネットでサイトにつないでも、どうしたら目的の番組が聞けるのか、ちょっとわかりにくいのが少し残念。お正月までには環境改善されるかな。期待しています。
そうだ、ちなみに本日のFM津山のゲストは、指揮者の松岡究氏。実は、わたくしの高校の同級生であります。FM津山の担当の方、よろしくって伝えてくれたかなあ。
10月 7日火曜日: 神楽坂とCHICAGO
カテゴリ: M.A.P.縁の人たち
朝、神楽坂へ。
タリーズコーヒーの本社へ寄って…

(何しに行ったかは、遠いミステリー…)
そして田中寺の下見に。

御住職の秦さんに御説明頂き、ほほう、ここでやるんですなあ…
前回の資料を見せて頂きました。
なんと大谷康子さん。

え? こんなすごい方が、と楠定憲くんはビビってました。
高山正樹くんは「?」 知らないって、強いね。
田中寺公演のOfficial information
それから、今回ピアノを担当してくださる、かのまいさんのホームページです。
http://home1.netpalace.jp/kanomaimade/top.cgi
帰り道、こんな公園、見っけたので「宮沢賢治考」に画像をのっけました。
http://lince.jp/lince/kenji/zou.html
夜、高山正樹はCHICAGOのプレビュー公演へ。
指揮者の譜面台があって、白石准の手元が見えなかったのが残念だったとか。でも、そんなところ見てるお客さんは、殆どいませんよねえ。
(ほんとは、まわりに座っていた、業界の、たくさんの素敵な女性たちが気になって仕方がなかったらしい。)

タリーズコーヒーの本社へ寄って…

(何しに行ったかは、遠いミステリー…)
そして田中寺の下見に。

御住職の秦さんに御説明頂き、ほほう、ここでやるんですなあ…
前回の資料を見せて頂きました。
なんと大谷康子さん。

え? こんなすごい方が、と楠定憲くんはビビってました。
高山正樹くんは「?」 知らないって、強いね。
田中寺公演のOfficial information
それから、今回ピアノを担当してくださる、かのまいさんのホームページです。
http://home1.netpalace.jp/kanomaimade/top.cgi
帰り道、こんな公園、見っけたので「宮沢賢治考」に画像をのっけました。
http://lince.jp/lince/kenji/zou.html
夜、高山正樹はCHICAGOのプレビュー公演へ。
指揮者の譜面台があって、白石准の手元が見えなかったのが残念だったとか。でも、そんなところ見てるお客さんは、殆どいませんよねえ。
(ほんとは、まわりに座っていた、業界の、たくさんの素敵な女性たちが気になって仕方がなかったらしい。)

祭りのあと…
9月13日土曜日: 沖縄3日目
(嘉手納で宮城巳知子さんに会う)
嘉手納へ
道の駅「かでな」名物のでっかいチーズバーガー

長寿日本一は崩れていく。今やNo.1メタボ県なんだとか。
左は基地、右が嘉手納の町。

宮城巳知子さんにお会いしました。
8月14日の記事でご紹介した宮城文子さんの義理のお母様です。

県立首里高等女学校ずいせん学徒隊員として従軍、沖縄戦の語り部。
戦争を語ってくださらない方々もたくさんいる。その理由は様々です。高山の義理の父はもう死んでしまったし、お義母様も何故か多くを語らない。無理に聞くこともできません。でも語ってくださる方がいるのなら、まずその声に耳を傾けることをしなければならないのじゃないかな、と、そう思ったのです。
また、ひとつの「はじまり」です。
これから、国立劇場「おきなわ」へ行きます。
道の駅「かでな」名物のでっかいチーズバーガー

長寿日本一は崩れていく。今やNo.1メタボ県なんだとか。
左は基地、右が嘉手納の町。

宮城巳知子さんにお会いしました。
8月14日の記事でご紹介した宮城文子さんの義理のお母様です。

県立首里高等女学校ずいせん学徒隊員として従軍、沖縄戦の語り部。
戦争を語ってくださらない方々もたくさんいる。その理由は様々です。高山の義理の父はもう死んでしまったし、お義母様も何故か多くを語らない。無理に聞くこともできません。でも語ってくださる方がいるのなら、まずその声に耳を傾けることをしなければならないのじゃないかな、と、そう思ったのです。
また、ひとつの「はじまり」です。
これから、国立劇場「おきなわ」へ行きます。
9月12日金曜日: 沖縄2日目(大城立裕氏のお誕生会)
午後、FM沖縄へ。

ここから入ればよかったのですが、ここは関係者専用で、お客さんの入口は違うのかなと、ちょっと勘違いして、ひとつ北側の道に入り込んでしまったのです。
下の画像の一通入口の標識の道です。

で、この一通を入ってしまってどういうことになったかというと、ちょっと地図をご覧ください。《地図を見る》
国立劇場おきなわの北東にFM沖縄があって、その北側には広大なCamp Kinser。その間に細い一通の道路があるのですがお分かりになりますか?その道は国道58号へ抜ける一本道、入ったが最後行くところまで行くしかありません。
FM沖縄の裏手も、多分米軍の敷地のようで、この道の両側ともずっと金網が続いているのです。
ことさら、だからどうだという話ではないのですが、小説「カクテル・パーティー」の時代からずっと続いているのだろう異質なものの存在から与えられる不安感を、ちょっと感じたということでしょうか。
もし地図が無かったら、58号に抜けるまでの不安はもっと大きかったのかもしれません。「カクテル・パーティー」の冒頭に主人公が語るキャンプの中の思い出と通じるものがあるような気がしたのです。
そんなことがあって、ちょっと手間取ったのですが・・・
放送制作部の部長、山川悦史さんにお会いすることができました。
そしたら、既に昨日番組の中で紹介してくださったとのこと、全てがゆっくりのこの島で、こんなテンポで事が進むなんて奇跡です。
FM沖縄は若いエネルギッシュな会社、沖縄の新しい姿、ちょっと淋しい気もしますが、これって本土の勝手な思いですね。
そしてその夜・・・
いよいよ大城立裕先生のお誕生会です。
場所は国際通りにある「じんじん」というお店。30年前から大城先生が通う居酒屋の老舗です。
地下に降りる階段には手摺がついているのですが、これは大城立裕おじいのために設置したのだそうです。
大城先生は、我々が予定の10分前にお店に着いたとき、すでに生ビールを飲んでいらっしゃいました。お約束の時間より先に相手がいらっしゃってるなんて、普通沖縄では考えられないこと。しかし大城先生は時間より前にいらっしゃっていた。ここでも高山は、本土と沖縄の狭間で生きてこられた大城立裕という作家のありようについて、思うことがたくさんあったようです。

右にいらっしゃる方は儀間進さんです。儀間さんについてはまた近々にご紹介しますが、この2ショット(左の高山はオマケ、OfficialTopicsBrogではトリミングして消してしまいました)はいろいろな意味で大変貴重なのかもしれません。
前においてある立派な刺身盛りは「じんじん」のマスターからの大城先生へのお誕生祝いです。大感謝。
実は大城先生、「今日国立劇場のゲネプロがあることを失念していた。せめて第2幕くらいは観てやらんと、なので1時間ほどで失礼します。申し訳ない」。
でも、2時間近くいらっしゃいました。
大城先生と儀間先生の会話は、ここではとてもご紹介できないようなお話も含め、沖縄文学史にまつわる大変興味深いものでした。この場に立ち会えたこと、大変幸せな時間を頂いたのだと思います。
沖縄のオジイの飄々としたユーモアとペーソス、沖縄にはオバアばっかりじゃなくて、オジイだっているんだぜい!
そして記念撮影です。

左上の方はおきなわ堂の店長の金城さん。そして右の方が沖縄タイムス学芸部長の真久田さん。この度は大変お世話になりました。今後ともよろしくお願いいたします。
それから後ろに見えるのは、お店の方は床の間だとおっしゃいますが、どう見たってこれはトートーメー(沖縄の仏壇)でしょう。誰か見知らぬ人が写っていたりしませんか?
そして、大城先生は「僕を肴にして」と言い残されて国立劇場へタクシーで向かわれました。
さて、これでお開きにはならないのが沖縄。
じんじんさんより、おーでぃおぶっく出版祝いをいただきました。

うまかったんだなあ、これが。
まずは大城立裕氏を肴にしていろいろと・・・
やがて儀間先生の箸が鯛の目玉に伸びたあたりからは儀間オジイの独壇場。
(ちなみに、反対側の眼は真久田さんがお食べになりました。)
沖縄で中庸はダメというお話はなかなか深かった。
八方美人になったら沖縄では何もできない。集落が違えば言葉が違うところなのだから。ウチナーグチを扱うのは難しいが、いくら気をつけたって必ず違うと文句をいう者が出てくる。きちんとやって、後は面の皮を厚くしなさい、そして片耳を塞げばいい、という激励に勇気を頂きました。
多くの人から嫌われているということはその人が偉いという証拠。誰からも相手されないようなもんはたいしたことない、とは誰のことをおっしゃったのかなあ。
儀間進先生が終バスでお帰りになった後も、まだまだ演芸劇場は続いたのでした・・・
じんじんさん閉店時間でようやくお開き。
そのあと、井上真喜ちゃんと、再び「土」へ。実は「土」のマスターの「のん」さんから、大城立裕氏の「カクテル・パーティー」が図書館にないというメールが届いていて、ならば「おきなわ堂」の店長さんに持ってきて頂いてそれを届けることにしたのです。初版本だけどちょっと傷ものなので3000円也。
(ほんとうは「のん」さん、大城立裕氏に文句がいっぱいある人、でもだったらまず「カクテル・パーティー」くらい読まなきゃねえ。というか、CD買ってくれればいいのに、なかなかインテリさんの場合、そうはいかないんですよね。私たちが「カクテル・パーティー」を宣伝すればするほど、古書を扱うおきなわ堂さんが儲かるだけ? CDは買ってくれないし、大城先生に著作権料が入るってことも全くないわけだし、あーあ、なかなか難しいなあ・・・)
おまけ:
「のん」さんのメールによると、「のん」さんも「苗」に時々かつお飯を食いに行くし、「島思い」で歌ってるかなちゃんとは多分友達らしいということなので、その函館出身のかなちゃんの写真をご披露します。

ここから入ればよかったのですが、ここは関係者専用で、お客さんの入口は違うのかなと、ちょっと勘違いして、ひとつ北側の道に入り込んでしまったのです。
下の画像の一通入口の標識の道です。

右下のアカバナーの咲いてるところがFM沖縄の敷地です。
ちなみに、正面は米軍Camp Kinserのゲート。裏門という感じ。
ちなみに、正面は米軍Camp Kinserのゲート。裏門という感じ。
で、この一通を入ってしまってどういうことになったかというと、ちょっと地図をご覧ください。《地図を見る》
国立劇場おきなわの北東にFM沖縄があって、その北側には広大なCamp Kinser。その間に細い一通の道路があるのですがお分かりになりますか?その道は国道58号へ抜ける一本道、入ったが最後行くところまで行くしかありません。
FM沖縄の裏手も、多分米軍の敷地のようで、この道の両側ともずっと金網が続いているのです。
ことさら、だからどうだという話ではないのですが、小説「カクテル・パーティー」の時代からずっと続いているのだろう異質なものの存在から与えられる不安感を、ちょっと感じたということでしょうか。
もし地図が無かったら、58号に抜けるまでの不安はもっと大きかったのかもしれません。「カクテル・パーティー」の冒頭に主人公が語るキャンプの中の思い出と通じるものがあるような気がしたのです。
そんなことがあって、ちょっと手間取ったのですが・・・
放送制作部の部長、山川悦史さんにお会いすることができました。
そしたら、既に昨日番組の中で紹介してくださったとのこと、全てがゆっくりのこの島で、こんなテンポで事が進むなんて奇跡です。
FM沖縄は若いエネルギッシュな会社、沖縄の新しい姿、ちょっと淋しい気もしますが、これって本土の勝手な思いですね。
そしてその夜・・・
いよいよ大城立裕先生のお誕生会です。
場所は国際通りにある「じんじん」というお店。30年前から大城先生が通う居酒屋の老舗です。
地下に降りる階段には手摺がついているのですが、これは大城立裕おじいのために設置したのだそうです。
大城先生は、我々が予定の10分前にお店に着いたとき、すでに生ビールを飲んでいらっしゃいました。お約束の時間より先に相手がいらっしゃってるなんて、普通沖縄では考えられないこと。しかし大城先生は時間より前にいらっしゃっていた。ここでも高山は、本土と沖縄の狭間で生きてこられた大城立裕という作家のありようについて、思うことがたくさんあったようです。

右にいらっしゃる方は儀間進さんです。儀間さんについてはまた近々にご紹介しますが、この2ショット(左の高山はオマケ、OfficialTopicsBrogではトリミングして消してしまいました)はいろいろな意味で大変貴重なのかもしれません。
前においてある立派な刺身盛りは「じんじん」のマスターからの大城先生へのお誕生祝いです。大感謝。
実は大城先生、「今日国立劇場のゲネプロがあることを失念していた。せめて第2幕くらいは観てやらんと、なので1時間ほどで失礼します。申し訳ない」。
でも、2時間近くいらっしゃいました。
大城先生と儀間先生の会話は、ここではとてもご紹介できないようなお話も含め、沖縄文学史にまつわる大変興味深いものでした。この場に立ち会えたこと、大変幸せな時間を頂いたのだと思います。
沖縄のオジイの飄々としたユーモアとペーソス、沖縄にはオバアばっかりじゃなくて、オジイだっているんだぜい!
そして記念撮影です。

左上の方はおきなわ堂の店長の金城さん。そして右の方が沖縄タイムス学芸部長の真久田さん。この度は大変お世話になりました。今後ともよろしくお願いいたします。
それから後ろに見えるのは、お店の方は床の間だとおっしゃいますが、どう見たってこれはトートーメー(沖縄の仏壇)でしょう。誰か見知らぬ人が写っていたりしませんか?
そして、大城先生は「僕を肴にして」と言い残されて国立劇場へタクシーで向かわれました。
さて、これでお開きにはならないのが沖縄。
じんじんさんより、おーでぃおぶっく出版祝いをいただきました。

うまかったんだなあ、これが。
まずは大城立裕氏を肴にしていろいろと・・・
やがて儀間先生の箸が鯛の目玉に伸びたあたりからは儀間オジイの独壇場。
(ちなみに、反対側の眼は真久田さんがお食べになりました。)
沖縄で中庸はダメというお話はなかなか深かった。
八方美人になったら沖縄では何もできない。集落が違えば言葉が違うところなのだから。ウチナーグチを扱うのは難しいが、いくら気をつけたって必ず違うと文句をいう者が出てくる。きちんとやって、後は面の皮を厚くしなさい、そして片耳を塞げばいい、という激励に勇気を頂きました。
多くの人から嫌われているということはその人が偉いという証拠。誰からも相手されないようなもんはたいしたことない、とは誰のことをおっしゃったのかなあ。
儀間進先生が終バスでお帰りになった後も、まだまだ演芸劇場は続いたのでした・・・
じんじんさん閉店時間でようやくお開き。
そのあと、井上真喜ちゃんと、再び「土」へ。実は「土」のマスターの「のん」さんから、大城立裕氏の「カクテル・パーティー」が図書館にないというメールが届いていて、ならば「おきなわ堂」の店長さんに持ってきて頂いてそれを届けることにしたのです。初版本だけどちょっと傷ものなので3000円也。
(ほんとうは「のん」さん、大城立裕氏に文句がいっぱいある人、でもだったらまず「カクテル・パーティー」くらい読まなきゃねえ。というか、CD買ってくれればいいのに、なかなかインテリさんの場合、そうはいかないんですよね。私たちが「カクテル・パーティー」を宣伝すればするほど、古書を扱うおきなわ堂さんが儲かるだけ? CDは買ってくれないし、大城先生に著作権料が入るってことも全くないわけだし、あーあ、なかなか難しいなあ・・・)
おまけ:
「のん」さんのメールによると、「のん」さんも「苗」に時々かつお飯を食いに行くし、「島思い」で歌ってるかなちゃんとは多分友達らしいということなので、その函館出身のかなちゃんの写真をご披露します。

» 続きを読む
9月 2日火曜日: 本たちがやってくる。
事務所の棚。
高山正樹が自分の書斎から持ち出してきた本が、だんだん増えてきます。
終末が近づいてきてるのかなあ・・・

よく見ると、ミステリーの種とヒントが・・・
色々と整理しないとね。
明日、高山は久々の地図調査です。
ちなみに、歩きの調査を「実踏調査」といいます。
高山正樹が自分の書斎から持ち出してきた本が、だんだん増えてきます。
終末が近づいてきてるのかなあ・・・

よく見ると、ミステリーの種とヒントが・・・
色々と整理しないとね。
明日、高山は久々の地図調査です。
ちなみに、歩きの調査を「実踏調査」といいます。
» 続きを読む
7月29日火曜日: 発表前夜のお友達
カテゴリ: M.A.P.縁の人たち
発表前夜。
「あ、お友達が帰ってきた!」
お友達とは、去年の夏、毎晩事務所に訪れていたヤモリのこと。今年なかなか姿が見えなくて心配していたのです。
その彼が、ようやく今年もやってきました。
いつも深夜までこうこうとあかりが点いている事務所なので、小さな虫がたくさん集まってきます。きっとそれを餌にするために、彼は毎晩やってきていたのです。
土曜も日曜も、ぼくらには関係なかったもんなあ・・・
でも、君はほんとに去年の君なのか。
もしかすると、息子か娘だったりして。
君は、沖縄のやーるー(ヤモリ)みたいに泣かないもんな・・・
いよいよ明日、ひとつのかたちを発表します。
ヤモリ君。守ってくれよ・・・
「あ、お友達が帰ってきた!」
お友達とは、去年の夏、毎晩事務所に訪れていたヤモリのこと。今年なかなか姿が見えなくて心配していたのです。
その彼が、ようやく今年もやってきました。
いつも深夜までこうこうとあかりが点いている事務所なので、小さな虫がたくさん集まってきます。きっとそれを餌にするために、彼は毎晩やってきていたのです。
土曜も日曜も、ぼくらには関係なかったもんなあ・・・
でも、君はほんとに去年の君なのか。
もしかすると、息子か娘だったりして。
君は、沖縄のやーるー(ヤモリ)みたいに泣かないもんな・・・いよいよ明日、ひとつのかたちを発表します。
ヤモリ君。守ってくれよ・・・
» 続きを読む
7月11日金曜日: 沖縄専門書店「おきなわ堂」
御紹介が遅れましたが・・・
沖縄に関する書籍のみを扱う書店が、去年沖縄にオープンしました。「おきなわ堂」という本屋さんです。先日お伺いしました。

沖縄専門の本屋さんがそれまで沖縄県内になかったということがとても不思議、というか、なんとなくなっとく。
新刊・古書どちらもあります。文庫、雑誌、沖縄県内の学校の卒業名簿まであります。これって個人情報大丈夫? というか、これもやっぱり、なんとなくなっとく。


レジ近くには、三線、CD、シーサーの焼物など、沖縄のいろんなものもが置いてあって、見るだけでも楽しい。
金城さんという女性(左端)が店長さんです。その節はお世話になりました。

その節って、何を世話してもらったわけ?
ネタばらしは、もう少し先にしましょうねえ。
(沖縄のイントネーションでお読みください)
金城さんの苗字じゃなくてお名前の方は? それから真ん中のお若いお方のお名前は? どうもうぶかたは取材が甘くていかん・・・
それよりなにより、おきなわ堂の場所はどこなのだ?
え?、それも後日ってことかい・・・ ふーん・・・
いったい、何をたくらんでるんだ・・・
沖縄に関する書籍のみを扱う書店が、去年沖縄にオープンしました。「おきなわ堂」という本屋さんです。先日お伺いしました。

沖縄専門の本屋さんがそれまで沖縄県内になかったということがとても不思議、というか、なんとなくなっとく。
新刊・古書どちらもあります。文庫、雑誌、沖縄県内の学校の卒業名簿まであります。これって個人情報大丈夫? というか、これもやっぱり、なんとなくなっとく。


レジ近くには、三線、CD、シーサーの焼物など、沖縄のいろんなものもが置いてあって、見るだけでも楽しい。
金城さんという女性(左端)が店長さんです。その節はお世話になりました。

その節って、何を世話してもらったわけ?
ネタばらしは、もう少し先にしましょうねえ。
(沖縄のイントネーションでお読みください)
金城さんの苗字じゃなくてお名前の方は? それから真ん中のお若いお方のお名前は? どうもうぶかたは取材が甘くていかん・・・
それよりなにより、おきなわ堂の場所はどこなのだ?
え?、それも後日ってことかい・・・ ふーん・・・
いったい、何をたくらんでるんだ・・・
» 続きを読む
7月 7日月曜日: 喜多見の酒菜にて企画会議
昨晩、M.A.P.の新しいコンテンツ作成に向けて第一回企画会議が開かれました。
出席メンバーは社長と呼ばれたくない高山正樹の高校時代の同級生の方々と、社員の佐々木君(右端)と、うぶかた(写真のこちらで撮影中)でした。

喜多見、酒菜(さかな)にて。
30年以上前の生徒会の情景を、高山がブログ(そう言うと怒る)で書いています。この方々も、当時そこにいたのかしら。
出席メンバーは社長と呼ばれたくない高山正樹の高校時代の同級生の方々と、社員の佐々木君(右端)と、うぶかた(写真のこちらで撮影中)でした。

喜多見、酒菜(さかな)にて。
30年以上前の生徒会の情景を、高山がブログ(そう言うと怒る)で書いています。この方々も、当時そこにいたのかしら。
» 続きを読む
