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1月29日木曜日: Yomuparaさんに感謝!

高山正樹は、かつてこんなふうにグチっていました。
社長とは呼ばないでhttp://lince.jp/mugon…

それを、読むパラさんの石田さんが読んだのかどうなのか、やっぱり石田さんは、やってくださいました。
読むパラさんのオーディオブックのページ

なかなか理解してはいただけないかもしれませんが、これ、とても嬉しいのです。

さらに輪を拡げて、そしていつの日にか……
これはもう、ミステリーではありません。M.A.P.の方針です!

おまけ。

“おきなわおーでぃおぶっく”で、大変お世話になっている1991さんより頂いたお年賀。会社で作ったカップラーメン。
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海苔に会社の名前が!
ごちそうさまでした。

いろんな方にお世話になっています。心から感謝です。



1月29日木曜日: 紅型の年賀状

インターネットの世界をウロウロして、紅型を探索してみました。
ちっとも詳しくはないのですが、かといって紅型について何かを調べたかったわけではありません。ともかく素敵な紅型がないかなと探してみたのです。すると琉装の着物や古紅型の画像など、なるほどとてもすばらしいものが見つかりましたが、例えばコースターやTシャツなど、気軽に手に入れられるようなものの中には、あまりドキドキするような紅型は、残念ながら発見できませんでした。
インターネットの画像で見ているので、布の良し悪しは分かりませんから、ここで問題なのは、デザインのみです。
いったい何をごちゃごちゃと、奥歯にものの挟まったような具合になるのはいつもの如くミステリー。

実は沖縄の金城君から、こんな年賀状が届いたのです。
金城君から届いた紅型の年賀状

間もなく2月だぞ、などとはおっしゃりませんように。旧正月に書いて出せばこんなものです。これがお月様の営みに従う正しい年賀状というものです。
暮れの慌ただしい中で、パソコンで大量に印刷するのとは大違い……
おっと話が横道に逸れました。
この金城君のデザイン、高山が気に入っているのです。どこか古い伝統的な紅型の匂いがする。これ芭蕉紙なのですが、もしかするとそれとの相性がとてもいいのかもしれない。すると、やっぱりデザインだけではないということなのでしょうか。ここらあたりに大きなヒントがある? 

おっとミステリー。

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1月28日水曜日: ブログのまね

去年やってきた猫。
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それが、こんなになった。
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おまえたちは
なんの悩みも無く大きくなったのかしらん。

猫たちを周りに侍らして
久方ぶりのゆっくりした自宅での晩餐は
ソーキ汁とゴーヤーチャンプルー
ソーキ汁とスパムの入ったゴーヤーチャンプルー。

うーん。

悩みだらけの
大きくならない会社。
忘れることを、許してくれない
「沖縄」

チェ・ゲバラと金正男、ではありません。
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サリーちゃんのパパでもありません。
キジムナーフェスタ(国際児童・青少年演劇フェスティバルおきなわ)の照明総責任者、龍前正夫舞台照明研究所の大将、坂本義美さんです。

高山正樹は、坂本さんに大変世話になっています。役者だけではなかなか食えないわけですが、高山に娘が生まれた頃の生活は、ゴタブンに漏れず、とても厳しかった。そんな時期、照明スタッフの仕事をずいぶんとあてがってくださったのです。ご自分も元々役者でしたから、役者を続けているということに対してとてもリスペクトのある方で、龍前照明の現場には、隠れ役者が何人もいました。

同じ時期に沖縄にいれば一杯やろうなんていいながら、なかなかタイミングが合わず、そんならということで新宿で飲んだくれたのであります。

テーブルの上を見る限り、もう相当飲んでますね。いいちこは店の親父さんが坂本さんの顔見て、気利かせて持ってきた龍前照明の「ボトル」。みんな御免。飲んじゃった。

沖縄のこと、ふじたあさやさんのこと、なかなか面白い話が盛りだくさん、しかし簡単に公表できないことばかり。そのうち、さり気なく小出しにしてお話しします。

「なんだよ、役者やめちゃったの」
「いや、たくらんでますよ。その時は照明よろしく」

そうか、と、乾杯してるところを一枚。
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でもグラス空じゃん。肴もないし……

この後、更に河岸変えて、さて、いったい何時まで飲んでたんだろうか。

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25日付け琉球新報が届きました。
さて、高山正樹執筆記事は載ったかな……
あった。
晴読雨読の記事
おほ、五木寛之の上だぜい!
原稿料は、まあ数時間で書いたから、マクドナルドのアルバイトよりはだいぶマシかな。でも、五木寛之先生の、ずーっと下ですね。

マクドナルドと言えば、しばらく、マックのハンバーガーは控えようかな。痩せなきゃいけないし、イスラエル支援企業だし。
しかしマイクロソフトも同じ、ということは、ブログやめなきゃいけないのでしょうか、なんて。WindowsからMacに切替えても最近intel入ってるし……
マックとMac、ややこしいなあ。

しかし、マクドナルドにお勤めの方々もたくさんいらっしゃるわけで。不買運動というものは、どこかヒステリックで、ちょっと危ない感じもあります。風評被害とまでは言いませんが。

ともかく、自動車乗ってるから温暖化問題について語る資格はないのだというような、幼稚な論理に陥らないことは大切ですね。じゃないと、世の中変わらない。自分のことを棚に上げて主張すべきこともあるということです。

いけないいけない、最近少し太り過ぎ、じゃない、語り過ぎです。反省。

話を元に戻して、記事の全文をOfficialのブログに掲載しました。
http://ameblo.jp/okinawaaudiobook…

いくら画像でご紹介しても、目の不自由な方にはお伝えできませんので、テキストデータで掲載すれば、音声変換ソフトで聞いていただけますから。
(そうだ、だから画像にきちんと名前つけることも重要なんだよね。記事を書く時のひと手間が面倒で、殆ど「null」になっていますこと、陳謝いたします。時間を見て、順次画像に名前をつけていく所存です。「弱者」の方々に対する想像力が足りない。それこそ反省しなければ。)

ところで、音声変換ソフトってWindowsとMacと、共通なのかな。


喜多見の駅からは遠いのですが、M.A.P.企画室のそばに「あさの」という居酒屋さんがOPENしました。

企画室がM.A.P.の本拠地だった頃、ちょくちょく行った“まりりん”が閉店してしまって、その後、企画室に泊まらなければならない時など、ちょっと一杯やって食事ができるお店が近くになくて困っていたのですが、その“まりりん”が“あさの”になって新装開店しました。これから時々来ることになりそうです。

さて、今日は2回目だったのですが、はじめて行った時に、次はあの水才君を連れてこようと決めていたのです。というのは、水才くんがこの近所に住んでいるということもあったのですが、それよりもなによりも、理由はこれです。
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お店に飾られたチャンピオンベルトと引退記念トロフィーと写真。

このお店のオーナーの浅野さんは、第7代日本J・フェザー級王者、スナッピー浅野であります。
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浅野さん、ボクシングの話になったらもう止まりません。伝説のボクサー大場政夫と引き分けた試合の話から、素人さんのパンチはスローモーションに見えるという実生活の武勇伝まで、尽きることはありません。

タコちゃんのこと。高山正樹が知っている新宿ゴールデン街でのタコ八郎は、パンチドランカーの愛すべき可愛いタコちゃんでしたが、浅野さんの思い出の中のタコさんも、やっぱりとてつもなく優しい人で、タコちゃんらしいほんわかエピソードに、なんだか懐かしくて、涙が出てきそうなのです。
「タコさんの葬式は、ほんとに悲しかったなあ」

スナッピー浅野の引退試合のアルバム。奥から持ってきて見せてくださいました。
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相手は、あのファイティング原田です。ちなみに、ファイティング原田の引退試合のパートナーも、スナッピー浅野さんなのです。

ご紹介したい話は、他にもたくさんあるのですが、是非皆さん、実際に“あさの”に行って、マスターから直接聞いてみることをお勧めします。

もう夜中の2時を過ぎたというのに、浅野さんの話は、いっこうに終る気配がありませんでした。
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水才君曰く、「今度、弟の光石を連れてきます」
「もし、この店で弟が酒を飲んだら、私はボクシングを止めろと弟さんに言うよ。酒と煙草をやったら、ボクサーはだめになる。ほんの数年のことなんだから、我慢しなきゃ。女遊びはかまわないけどなあ」
浅野さんが頭の上がらない素敵な奥さまは、もうずいぶん前にお帰りになりましたっけ。

浅野さん。今度は是非、後楽園ホールに連れて行ってください。
M.A.P.とスナッピー浅野は、中真光石と、沖縄ワールドリンクを応援します!


1月24日土曜日: 初雪

LaPortで食事……
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“スパゲティアマトリチャーナ”と“スパゲティアッレヴォンゴレビアンコ” 絶品ですよ。

水才くんからメールがきたので、「ご馳走様でした。また来ます」と、店を出る。
いつのまに……
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静かな、初雪です。

国立劇場小劇場入口。
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琉球舞踊と組踊「真珠道」。
Official_Blog とのちょっとした違いをお楽しみください。

たくさんお客さんで大盛況。
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でも、なんだかみんな向こうを向いている。誰か来るのかなあ。
「ヒゲの宮様の奥さんが来るんだよ。紀子さんがね。」
と沖縄のおじさんがにこやかに教えてくださいました。
やがて新聞記者のフラッシュの嵐、お目当ての方が、拍手の中を通り過ぎると、カメラマンたちは客席へ大移動。
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貴賓席にお出ましになるのを待っているのです。
うっとおしいから、またロビーに逃げ出そうっと。

沖縄県人会名誉会長仲田さんの奥様と宇夫方路は、奥様がまだ独身の頃からの知り合い、ご夫婦の2ショットはOfficial_Blog でご紹介しましたので、ここではもう少し大人数の方々との記念撮影を。
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皆さんは今回踊られた出演者を指導されていた方々で、沖縄舞踊界では超大物の大先生たちでいらっしゃいます。この画像は後で皆様にお送りいたします。

終演後、委託販売をお願いしているCDの件で楽屋口から劇場事務所へ。
宇夫方路が渡辺美佐子さんや歌舞伎役者さんと共演していたころ、高山正樹は、この国立劇場で大道具の仕事をしていました。それからもう10年以上、懐かしい楽屋口です。
もちろん大城先生にご挨拶するのも忘れてはいけません。
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でもお留守。紀子さまとご歓談中とのこと。
待つしかないわよね……
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菅家ゆかりさんと大城先生ご対面はOfficial_Blogにて。


1月22日木曜日: 「人類館」CD完成!

知念正真・作、津嘉山正種・朗読によるCD「人類館」の発売開始は、明日の23日ですが、ついに完成品が、本日喜多見の事務所に到着しました。
早速、雨の中、青年座の小笠原さんがCDを取りいらっしゃいました。
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青年座のブログの「人類館」のカテゴリーは、小笠原杏緒の担当であります。
http://blog.seinenza.com/archives/cat_33307.html

杏緒ちゃん、本当に御苦労さまでした。これから頑張って、CD売ろうね。
それから、絶対、今度一緒に沖縄へ行こうね。



宇夫方路が所属しているのは琉球舞踊玉城流喜納の会です。で、去年の6月に喜納の会で師範の資格を頂いた8名と教師7名の合同お披露目公演が、今年6月13日、国立劇場おきなわで行われることにようやく決定しました。
こんな方々と一緒に踊るんです。

ところで、⇒昨年の暮れに沖縄で会った玉城郁恵さんから、こんなメッセージが届きました。


突然ですが、少し気になることがありまして。

私の中で今まで見聞きしてきた、「ヤマトゥンチュで琉球舞踊をやる人」と宇夫方さんは、「何か」が違うなとお会いしてから感じておりました。

「ヤマトゥンチュで琉球舞踊をやる人」は、たいていは、二通りにわかれている気がします。
1)何も考えていない人。いわゆる沖縄病の人。「軽い明るさ」。
2)金持ちのご令嬢様が、「琉舞の世界で自分を鍛えたい!」

1にも2にも共通して思うのは、
うわぁポップアートやっているなぁ、この人達はと。

要するに、琉舞を「誰でも買えるキャンベルスープみたいなコモディティ」だと思っているからヤマトゥンチュでも琉舞が出来るのだと思うのです。

でも、でも・・・!

宇夫方さんとお会いしまして、私は全くそんな気にならなかったのです、不思議と。

差し支えなければ、琉舞を始めようと思ったきっかけ等々、できるだけ詳しく聞かせて欲しいです。

もしも、
「いや、言葉にするとひどく陳腐になりそうだから、そんな大切なことはめったに人には言えないや」
と思うのであれば、了解致しますので☆



さらに続けて、またメッセージが届いた!


あ、わかったかも?
ウチナンチュで琉舞を踊る人がジミ・ヘンドリックスなら、宇夫方さんはエリック・クラプトンかな?
と今、唐突ですが思いました。
ブルースギターを私はかじっているわけです。ギターの世界に置き換えると、そういう事になるのかなと・・・。



これは決して宇夫方の意見ではございませんのであしからず。宇夫方の口からはとても言えませんもの。
ところが高山正樹が無責任にも妙に面白がって、玉城さんのメッセージを是非サイトで紹介して物議を醸したいなどと、なんとも人騒がせなことを言い出して、いたしかたなく玉城さんにお伺いをたてたところ、快く許諾いただきました。というわけで、えい、やっ!と載せちゃった。
それに対する回答は、予想通り陳腐になってしまったので、ここではご紹介いたしませんが。

あ、そうだ!、今月25日の琉球新報のコラム「晴読雨読」欄に、高山正樹が大城立裕著「カクテル・パーティー」について書いた文章が掲載される予定(きっと理屈っぽい文章になるのでしょう)ですが、その後、宇夫方路も、掲載日時はまだ未定ですが、岡本太郎氏の「踊る島」について書くことになりました。きっとそれは、陳腐じゃない文章(つまり高山が添削するってこと、やめた方がいいんじゃないかしらん)になる予定、そこで今回の答えっぽいことも御紹介できるかもしれません。

ということで、本日はここまで。


“おきなわおーでぃおぶっく”を始めて、沖縄について、政治的なこと、時事的なことは一切言わないことに決めていました。だから今回だって、黙っていようと思っていたのです。
昨日、久米明さんとの夜が、あれほど楽しくなければ、きっと黙っていたでしょう。でも、楽しかったから、楽しく沖縄について語ることができたから、やっぱりこれだけは言っておきたいと思ったのです。

事務所で購読している沖縄の新聞。その一面に載っている二つの「事件」。

ひとつは不発弾のこと。
もうひとつは泡瀬干潟埋め立てのこと。
インターネットで調べれば、いくらでもタイムリーな記事を見つけることができるでしょうから、ココではそれらの内容についての詳細は申し上げません。どうぞ調べてみてください。

ただ、ちょっと見つけたブログに、こんなことが書いてありました。
「沖縄へもうすぐ行くんだけど、不発弾、怖いなあ」
あの9.11同時多発テロの後、一時、沖縄への修学旅行が激減したそうです。
今日、世田谷でも不発弾がありました。
自然破壊だって、日本中到る所にある話には違いありません。

どこにでもあることなのだから、他人事ではないのだからと、心配になってみましょうか。
それとも、どこにでもあることなのだから、沖縄だけに限った話じゃないのだからと、一般化して忘れてみましょうか。

沖縄の全ての不発弾を処理するのには、あと80年かかると言います。
(民間工事で見つかった不発弾の場合、国は処理するお金を出しません。)
復帰前の沖縄本島の海は今の30倍くらい美しかった。
(泡瀬干潟埋め立て工事への公金支出差し止めの判決が、県と市に対して出ているのに、国が無視して工事を始めたのです。)

先月、僕は「社長とは呼ばないで」に、こんなことを書きました。
寄せる波が破壊し返す波が奪い去る
昨日楽しかったからこそ、日本人の一人として、伝えておきたいと思った気持ちなのです。ここでは、もうこれっきり。
(文責:高山正樹)


神保町にある如水会館の14階「一橋クラブ」にて、久米明さんとお会いしました。
如水会館は、一橋大学の校友会館といったところでしょうか。如水会は、かの「申酉事件」をきっかけに、母校防衛を理念に設立されました。徳ある者の交わりは淡き水の如く、スマートに長続きするという『荘子』の一節「君子交淡如水」がその名の由来です。
一橋クラブ
本ブログに時々さり気なく(?)登場する高山正樹の悪友ユースケ氏と、そのお姉さま眞理子さんを囲んでの記念撮影です。
お二人の亡き父上と久米明氏とは、東京商大(一橋大学の前身)で共に芝居をし、そして実に50年の長きに亘っての大親友でした。
この夜、84歳の久米明さんの語られる学生時代の思い出話は、まるで昨日のことのように、生き生きとして楽しきものでありました。
登場人物が何人であるかが最大関心事であったという台本選びのことや、津田塾やトンジョやポンジョの女学生とのエピソードなどをお話しされる久米さんの目は、若き演劇青年のように輝いていらっしゃいました。
また、久米明さんの師である山本安英さんことなど。山本安英さんの台本には、まるで楽譜のような書き込みがあったと聞いたことがあります。名優久米明の朗読の原点は、きっとこのへんにあるのだろうなあと思いながら、しみじみ伺っていました。

M.A.P.は劇団昴とも何かと縁があります。宇夫方路の学生時代の親友大島純氏の高校の同級生が昴で女優さんをしていらっしゃるのです。
その方々の話題になると、久米さんは意味深長な微笑みを浮かべられて
「昴にはペトルーキオがいないからねえ」

それってなんですか?なんて野暮なことは聞きません。こちらだって演劇青年の端くれだったのですから。
ちょっと手前味噌ではありますが、僕の学生時代の舞台写真のご紹介。
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ペトルーキオを演じる高山正樹であります。
(ウィリアム・シェイクスピア「じゃじゃ馬ならし」)

かつての学生の頃のような、あんな気もちで仕事ができたら、もしかすると、久米明さんとならば、それができるかもしれないと、そんな気分にしていただいたのです。
(仕事の話はOfficialのブログに3回に亘って記事にしたので、どうぞ、そちらをお読みください。⇒その1 ⇒その2 ⇒その3

一橋クラブは会員制。さらには如水会館の中で「カシ変えて」ハシゴ。お仕事をお願いしに行ったのに、すっかりご馳走になってしまいました。次回は是非ともM.A.P.がご招待をいたします。今度は同席したがっているカタリーナたちをも交えて、沖縄あたりでいかがでしょうか。
でも久米さんは、カタリーナとビアンカと、どちらがお好みなんだろうなあ。

久米さん、今日は本当にありがとうございました。寒い夜、どうかお気をつけてお帰りくださいませ。(続きも読んでね)
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1月12日月曜日: カテゴリー“儀間進”

儀間進氏のカテゴリーを作成しました。
http://lince.jp/okinawaaudiobook/gima…

そういえば儀間進さんのご紹介をOfficial_Siteでもきちんとしてないなあということで、とりあえずここでご紹介しておくことにしました。

1931年、首里に生まれる。
琉球大学文理学部国文学科卒。
伝説の雑誌「琉大文学」にも参加。

ずっと高校の先生でいらっしゃいました。
以前ご紹介した海の一座の作者、謝名元慶福氏も、人類館の知念正真氏も、儀間先生の教え子です。
高校教師のかたわら、1970年には個人誌「琉球弧」を創刊し復帰前後の評論を発表。あの温和な儀間さんは、当時どんな論客だったのでしょうか。
また、今でこそたくさんのウチナーグチにまつわるエッセイやコラムがありますが、儀間さんは「琉球弧」に「沖縄の言葉遊び」と題して書いていて、それが「新沖縄文学」、「沖縄タイムス連載」と繋がっていくのです。まさにこの分野でのパイオニア的存在です。
(儀間先生に限らず、当時の沖縄は、いわゆる文筆業だけで暮らしていけるような状況ではありませんでした。大城立裕氏も小説家と博物館館長という二足の草鞋、劇団創造はアマチュアでみなさん仕事を持っていらっしゃいます。詩人新川明氏も新聞記者などなど、ただ、これは沖縄にかぎったことではないのかもしれません。まだまだ中央文壇という存在はとても大きい。なんだか風穴開けたいなあ)

では最後に著作のご紹介もしておきましょう。






高山正樹 Masaki Takayama
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