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久米明さんとの打合せ
http://lince.jp/hito/…

久米さんに読んでいただくのは、大城立裕氏の「ノロエステ鉄道」です。
「ノロエステ鉄道」

というわけでイメージが膨らんで、言葉が生まれ始めました。
なので、Officialの(というか、個人的には、このM.A.P.after5がもっともOfficialなつもりなのですが)、そちらの方で、色々と告知を始めることにしました。

書斎にて。
書斎の風景

まずは“おきなわおーでぃおぶっく”Official_Siteで「ノロエステ鉄道」のページを作成。
http://www.ownmap.jp/noroeste…

そしてOfficial_Blogに記事をアップ。
http://ameblo.jp/okinawaaudiobook…

久しぶりの酒菜。
ちょっと飲みたい気分だったのです。
久しぶりの酒菜

今日は久米明さんが喜多見の事務所にいらっしゃいました。
告知前の最終打合せとなりました。そしてさっそくスタジオを押さえ、大城先生に疑問点やアクセントについての質問などを送りました。
イメージが膨らんできます。
膨らんだイメージに、ピッタリくる言葉を見つけたと思ったら、ホームページをアップするつもりです。

でも、今日はもう何にも考えずに、泡盛でも飲んで、幸せな気分に浸っていよう。

と、携帯にメールが。久米さんと一緒に帰った眞理子さんから。
久米さんの画像付き。
花に囲まれた久米明さん

新宿で久米さんとちょっと一杯やったらしい。なんだ久米さん、今日は用事があるのではなかったのですか? さては眞理子ちゃん、ヌケガケしたな…

いえいえ、用事がおありだった、ということに間違いはなかったようで、でも…
「あいつらと飲むと長くなるから」
だって。

それにしても、この画像、どこで撮影したのかな、花に囲まれちゃったりして。
なんだか「おくられられびと」… こら!バカー!

久米さん。
先日のドラマ「お買い物」、素敵でしたね。その日のテレビの中の久米さんを、お亡くなりになられた父上の姿と重ねられて涙したという眞理子さんのためにも(そしてわたしたちのためにも)、いつまでもずっと、お元気でいてくださいね。
まだまだお頼みしたいことがあるのですから。

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“華の松竹梅”関連のこと。

公演前の記事
数日前の新聞記事

公演プログラム
公演プログラム

大城立裕さんの解説
大城立裕氏の解説

公演後の記事
公演後の記事

後でゆっくり読もう……

ゆっくりって…… いつ?

2月22日日曜日: 宇夫方路の沖縄定期報告

まずは、宜野湾で太鼓の稽古。
その後、プリティちえちゃんに会って今後の打ち合わせ。

今日も、とっても若い千恵ちゃんでした。
プリティー千恵ちゃん
ほんとはいくつ?

その後、古島で金城君と会議。
その後、西原で六月の公演の稽古。
その後、その会議。もう夜。

以上。
明日の朝の飛行機で戻ります。
では、おやすみなさい。

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【沖縄通信 No.1】(担当:金城)
宇夫方さんの踊りの発表会に初めて行って来ました。
「華の松竹梅」看板

場所は琉球新報ホール。
琉球新報ホールの緞帳

はっきりとは覚えていないんですが、前にこの場所へ来たのは確か30数年前?
当時、組踊を習っていた母方の伯父と私の姉二人の発表会のとき。あの頃のおぼろげな印象では、大きなホールだなと思ってたんですが、今となっては随分と狭いというか、こじんまりとしたホールです。

楽屋の前にて。上原克代さんと宇夫方さんです。
上原克代さんと宇夫方路さん

3日連続公演の2日目。この日だけで18の演目が演じられるプログラム。最高賞を受賞した人数の多さから、その歴史と人材の厚みを感じさせます。
連続してこれだけの演目を鑑賞するのは私にとって初めてのコトでした。「芸能」と「工芸」の密接なつながりと琉球王朝時代がこの場所の文化の最盛期だったコトを再確認した気がしました。今後はもう少し、琉舞や組踊の鑑賞の機会を増やしていきたいものです。
(金城史彦)

【宇夫方本人からの報告】
上原克代さんは亡くなったの喜納初子大先生(つまり私の先生の先生)のお弟子さんです。去年わたしが教師の免許を頂いたとき、上原さんは師範になられました。今回の公演では「浜下りてぃ語ら」で相手役をやらせていただきました。ありがとうございました。
(ちなみに、今回の公演は最高賞以上の方々が一堂に会して行われています。日舞の場合は「名取」と「教師名取」という二段階で、特にそれを取得するためのルールがあるわけではありませんが、琉球舞踊は新聞社のコンクールに参加して「新人賞」「優秀賞」「最高賞」を順番に受賞することが必要で、さらにそれから先、その実績に応じて「教師」「師範」「会主」と段階を踏んで上がっていくのです。)
上原克代さん、「ブログデビュー、たのしみー」
今後はどんどん出てくださいね。6月の公演の時もよろしくお願いしまーす。

公演が終わってから、会場近くのおでんやさんへ。
沖縄のおでんにはやっぱり「てびち」が入ってなきゃね。
沖縄のおでん てびち
あしたのてびちがスタンバイ。(宇夫方路)

【東京の高山のコメント】
「松竹梅」って、確かにおめでたいことを三つ並べているわけですが、こっちの感覚だと特上・上・並って感じなんですよね。今日は二日目でしょう、ということは……
沖縄にはそういう文化、ないのかなあ。
(元は中国の「歳寒三友」が伝わったもの。単なる符牒、つまり言ってみれば順番を表すだけで、うまいまずいの順位はありませんでした。特上・上・並じゃお客様に申し訳ねえってんで、江戸の蕎麦屋あたりが、松竹梅を使ったとか使わねえとか。とすりゃあ、“華の松竹梅”は、本来の正しい使い方ってことですな。まあ、異論も色々とあるようですが。)
(高山正樹)
西原で踊りの稽古。
ホテルに戻ってコンビニで買ったビールを飲んで、今日は寝ます。

2種類のオリオン缶ビール

また明日。おやすみなさい。うぶかたみち。

その頃、東京の喜多見では……

まずは2008年12月の思わせぶりな記事をご覧あれ。
http://lince.jp/hito/…
しかし、ついに、そのひとつのミステリーの謎解きです。

いしだ文栄堂さんは沖縄県産本を多く取り扱っていらっしゃいます。
その一部を、M.A.P.が本土取次店として販売していくことになったのです。
まず手始めにOKINAWA(新しい)100シリーズのうち……

「カフェ」と---------------- 「幸せディナー」と-----------
カフェ幸せディナー
「海がみえるお店」-----------
海がみえるお店
以上の3冊の販売を開始いたしました。各税込680円で、それぞれ、現地取材での選りすぐりの100軒をご紹介しています。

(新しい)という意味は、これが2008年6月から10月にかけての改訂版だからです。旧版は、沖縄県内でベストセラーとなりました。

近々、専用のページを開設して、沖縄県産本事情や、100シリーズのどこが既存のガイドブックと違うのか、なぜ沖縄で売れたのかなど、興味深い「能書き」をお届けしようと思っています。
でも、もうすぐ沖縄旅行、だから専用のページの開設まで待ってはいられないという方、この際、えいやっとお買い求めください。出発までの毎日が、とても楽しくなること請け合いです。
お問い合わせフォーム等よりご連絡いただければ、お送りいたします。(ただし申し訳ございませんが、定価に合わせて送料を御負担頂きますようお願い申し上げます。)
また、M.A.P.が制作するCDなども、同時にお買い求めいただけることにいたしました。

また、実店舗販売ですが、“シーサーズ”さんにご協力を頂き、まず喜多見にて100冊シリーズのご購入が可能となりました。“おきなわおーでぃおぶっく”のCDも、ここでご購入いただけます。いよいよ喜多見と沖縄のコラボが始まりました。
シーサーズを、ちょっとご紹介した時の記事

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各地に沖縄料理店を展開する“シーサーズ”についても、改めてご紹介いたしますが、とりあえずシーサーズのホームページの、喜多見店のページのご案内です。
http://site.shesirs…
(喜多見店は販売店舗のみです。)

あ!そうだ。こういうものも扱っています。
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一枚税込400円。沖縄の方には懐かしい食品が71種類。
トイレとか、2段ベッドの天井のところとかに貼ってあったら楽しそう。
沖縄フリークの方にも、うれしいアイテムかも。

喜多見においでの際は、是非ともお立ち寄りのほどを。
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M.A.P.ともども、シーサーズもよろしくお願いいたします。

飛行機が30分近く遅れて那覇に到着。
そのまま首里に向かい太鼓の稽古。
その後、まずホテルにチェックイン。東京の事務所からデータを送ってもらって、金城くんとの待ち合わせの時間まで、ちょっと仕事。

今日、金城君に案内してもらったのは、“JUDO CHOP”(ジュードーチョップ)というかわいいお店。
国際通りから、若者向けフッションのお店が並ぶ浮島通りを抜けたところにある。

店内には手作りのアクセサリーがたくさん。全て一点もの。
でも、中には量産できそうな(ちょっとずつ表情は違うのでしょうが)沖縄をテーマにした売れ筋お手頃プライス携帯ストラップなどもあります。
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なるほどソーキの肉ね。突起物は骨だ!肉の形がダチ瓶に似てる?
今、流行りのあぐー豚。よく見ると、肉の部位が書いてある。レバーとか…
マヤーは猫です。食肉ではありません。

店の奥では、織物を作っています。
織物は一旦機織り機にかけると織り上がるまで次のものが作れない。だから量産は難しい。良いものを作りたいけれど、値段が張って売れなければ仕方がないし。

「例えばショールみたいなものを作って売ったらどうだろう、それはいいかも、と、そう思ったらまずとっとと作ってみる。頭で考えて、躊躇ばかりしていては、何も始まらないからね。」
最近、高山正樹はそんなふうに考えるようになったらしい。もう少し早くそのことに気がついていればねえ。
金城くんも、すこし考える時間を少なくしてさ、あなた自身の作品を、早く作って見せてね。

看板猫のチャミです。
看板猫のチャミ
いつでも眠っているんだそうです。
「ネコ」は「寝る子」だからネコっていうんだとか。
じゃあ「マヤー」は?

遅れましたが、沖縄第一日目の報告でした。

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調布からリムジンバスに乗って羽田です。
行ってきまーす!

リムジンバスの前で

また行くの、沖縄。いったい…

踊りの稽古と太鼓の稽古と。
それから本番一回。
会議数回。
その他諸々…

いったい…今年何回目?

寒かったり、暑かったり…


“どんぐりと山猫”の試演会会場である芸能花伝舎へ向かう途中、沖縄で見上げた空を思い出していました。
まずは沖縄の空を見てください。⇒ベンチで見上げた沖縄の空

そして、今日の新宿の空です。
この空を見上げていたら、ベンチで寝そべって見た沖縄の空を思い出したのです。
新宿の空

沖縄は難しい。そう思っていたのですが、もしかすると東京の方が、もっと複雑で難しい、そんなふうにも思えてきたのです。
東京の難しさは個々バラバラ、だから顕在化してこない。ひとりひとりが孤独に抱え込むしかない小さな難しさが、そこら中で蠢いている。

新宿の空2

沖縄の難しさも、なかなか東京にまで伝わってこないし、それは別の意味でとても問題なのだけれど、少なくとも沖縄の中では、それを話し合い、難しさを共有する仲間を見つけることができます。

でも、だからこそ派閥が生まれてしまうのかもしれない。

「孤独を許さぬ沖縄」
これが、高山正樹のブログらしきもの「社長とは呼ばないで」を解読するキーワードなのです。
そんなことを考えているうちに…
芸能花伝舎の門
芸能花伝舎に到着しました。


沖縄のうるま市民芸術劇場で劇団創造の「人類館」が上演されました。
Official Blogの記事へ
ロビーにて、津嘉山正種ひとり語りの「人類館」CDを売らせていただきました。
「人類館」CD販売中
玉城さん、お手伝い、感謝です。ありがとう。真喜ちゃんも、もうすっかり身内だね。
さあ、忙しくなる前に、記念撮影しとこ。
四人で記念撮影
改めて、左から井上真喜さん、玉城郁恵さん、そして金城史彦君と、真喜ちゃんのお友達の眞境名由佳子さん。
眞境名さんは眞踊流の教師です。新宿コマの夏川りみの公演で舞台を御一緒しましたね。そいうえば東京国立劇場での「真珠道」の公演の時も、由佳子さんは「浜千鳥」と「四つ竹」を踊っていらっしゃいました。

さて、今日の公演は東京早稲田の大隈講堂での公演の凱旋公演として行われたものです。

観に来たお客様の感じは、東京とはずいぶん違いました。ウチナーグチは、東京では「違い」を際立たせる武器、でもここでは、「同じ」であること分かち合う温かい命の道具なのですから。

終演後のロビーでは、役者さんを交えて、たくさんの方々が和やかに歓談されていました。
男:花城清長さん 調教師:上江洲朝男さん 女:小嶺和佳子さん
花城清長さん(男)、上江洲朝男さん(調教師)、小嶺和佳子さん(女)です。

八木政男先生大城立裕先生知念正真氏幸喜良秀氏
八木政男先生も、大城立裕先生もいらっしゃいました。
そのほかにも、きっとただならぬ方と思しき人々も。
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私たちはCDの販売で忙しく、ロビーの歓談には不参加。やっと落ち着いてから、改めて楽屋に御挨拶に伺いました。
知念正真さんと再会です。
知念正真さんと再会
横を向いていらっしゃる時は笑っておられるのですが…

楽屋通路で皆さんと記念に。
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この画像はOfficial Blogでも使用したのですが、撮影したのは金城君。
金城君「知念先生、笑ってください。」
知念先生「今、思いっきり笑ったんだけどなあ。」

左の方は、もちろん演出の幸喜良秀さん。そして右の方は今回制作を担当された「創造」の又吉さんです。
又吉さんは終演後の舞台挨拶で私たちのCDを宣伝してくださいました。
「人類館のCDをロビーで販売しています。定価2300円のところ、本日おいでの皆様には、特別に2300円で販売いたします。」
場内大爆笑!おかげでたくさんのお客さまにCDを買っていただきました。ありがとうございました。

劇場を出ると、知念先生の奥様にお会いしました。
記念に一枚お願いします。カシャ!
知念先生の奥様と

これで、今回の沖縄からの報告は、全て終わり!

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高山正樹が、立川で、柄にもなく朗読会なるものに出演し……
久米明さんが、NHKで、久しぶりに主演されたドラマが放送されている、その頃……
沖縄では……

津嘉山(つかざん)の民謡居酒屋「あやひめ」で、宮城文子さんプリティーちえちゃんこと宮城千恵さんのご対面。
宮城文子さんと宮城千恵さん
「M.A.P.」→そのスタッフの「宇夫方路」→その踊りのお仲間の「宮城文子さん」→その旦那さん→そのお母さんが「宮城巳知子さん」→その巳知子さんとずいせん学徒隊で一緒だった「宮城幸子さん」→その娘さんのプリティーちえちゃんこと「宮城千恵さん」。
いったい沖縄には何人の阿麻和利の子孫がいらっしゃるのでしょうか。
このシュールな展開は何?

お店では民謡ライブ。
お客さんとお店の女の子
お客さんとお店の女の子。すごくうまい!

お客さんの飛び入りが、次から次へと続きます。

大混雑の客席も歌ったり踊ったり、大盛り上がり中。
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東京じゃあ、体育会系の学生さんのコンパ以外、こんなノリは考えられません(?)。

鶴、一羽。
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「すごいですね」
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「うふふ…」

そして最後に、有名な徳原清文さんの登場です。
徳原清文さん
あんなに大騒ぎだった皆さんが、静かになって聞き入っていました。
清文さんは、以前行った普天間の民謡スナック“でいご”の店長、波田間武雄さんと同じ「フェーレー」のメンバーです。
でも、舞台から降りれば他のおじさんと区別がつきませーん。
徳原清文さん乾杯

このままずっと付き合っていたら大変。ではそろそろと、ちえちゃんと店を出ました。

さて、いよいよ琉球新報主催の“華の松竹梅”という踊りの公演が近づいてきました。
そのご案内のために「ななしん屋」へ。
なかじんさんと再会。
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ママを指差すなかじんさんでした。

本日の報告、終わり。


「土」のごうさんに、高山正樹に頼まれた本を届けてきました。

ビールお預け
稽古で汗をかいて、シャワーを浴びて、おもろまちから歩いて「土」に着いて、生ビールを頼んで、泡が落ち着くまでのビールのお預け状態。

持っていった別役実の本
わたし、早稲田小劇場出身なんですけど、別役さんのお芝居、まともに読んだことありません。だって、ワケ分かんないんだもん

本を受け取って喜ぶごうさんです。
本を受け取って喜ぶごうさん

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サイドバーに、そっとこんなものを貼り付けてみました。
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これを読者がクリックすると、だんだんランキングが上がっていくってやつ。

その他に、こんな色のものだとか…
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こんなのだとか…
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控えめなのかどうなのか良く分からないのだとか…
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そして、丑年用のだとか、バレンタイン用だとか…
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色々あるんですね。

ジャンルを設定できるのですが、現在「沖縄」70%、「クラシック」20%、「演劇・ミュージカル」10%にして、クリック数を振り分けているのです。

麻生さんではないですが、「さもしい」方は各記事ぜんぶにこのバナーを貼り付けてクリックを促して、人気ランキングを上げようとしているわけです。

でも、私たちの目的はちょっと違う。「沖縄」を70%にしているので、こいつをクリックすると、「沖縄」というジャンルで登録しているブログが、人気順に表示されます。つまり、沖縄情報を得るための、便利な入口として御使用頂きたいわけです。
(たまに、音楽や演劇関連ブログのランキングが出てきたりもします。)

でも、それでもやっぱりランキングは上がった方がうれしいことは間違いありません。ランキングがトップ20くらいに入れば、それを見て、また来てくださる方々も増えるでしょう。それによって、“おきなわおーでぃおぶっく”や“山猫合奏団”の認知度が上がっていけば、仕事も増えるかも、という、「皮算用」もないわけではありません。
どうか皆様、各記事全てにバナーを貼るような「恥ずかしい」ことはいたしませんが、お手数でも、サイドバーのボタンを、ちょこっとクリックのほど、M.A.P.を助けると思って、ひとつお願い申し上げます。
一日一回、無神論者なんだけど、習慣で、つい神棚に向かって拍手を打ってしまうように!
そして記事の最後に……
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だから、そういうことはしないっていってるわけ。だいたいクリスマスじゃないし。
ふー……


事務所に5日の琉球新報の夕刊が届いていました。
2日に、琉球新報へ行ったのですが、その時の記事です。
2日のこと 
一緒に行った金城君。その時のノリで真ん中で写真に納まった。それが新聞掲載されたもんだから、友達や普段めったに連絡のない親戚から電話がかかってきて、金城君ちょっと大変だったらしい。いかがわしいナイチャーに騙されているんじゃないかと心配されてるのかなあ。

記事はこちらから。
http://ameblo.jp/okinawaaudiobook/…

早く頭を切り替えなければいけないのに……

2月 8日日曜日: 猫をシーサーにする

こいつらのうち2匹使って、なんとかシーサーにしてみようとした。
三匹の猫

「ん」はいいんだけど、問題は「あ」です。
うり!あんたたち、口、開けてみなさい。
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なんとかこんなもんで。
null 久しぶりの休日。



DFSでは、結局食事はしなかったので…
cafe sui タコライス カレー
まだ、報告すべきことがないわけではないのだけれど…
今回は、もうフェードアウト。
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飛行機は、また雲の上に昇っていきます。

そういえば昨日、儀間進さんが、山之口貘は雲の上の人だと言っていたっけ。
標準語をしゃべれという学校の指導に反発してわざと琉球語を使った山之口貘さんだけれど、その詩は概ね「標準語」というやつで書かれています。貘さんは、東京に出て行ったきり、沖縄には晩年半年ほど戻ってきただけでしたね。貘さんが死んだのは59歳。もう10年もないな。

いったい雲の上からは何が見えるのでしょうか。沖縄の若者たちに笑顔があるのかどうか、貘さん、あなたには見えているのでしょうか。
往きと違って、夜を飛ぶ飛行機からは、残念ながら雲も何も見えませんが、この旅で出会ったたくさんの沖縄の「オジイ」の笑顔を、僕は暗闇の中に思い浮かべています。何故、「オジイ」たちは、こんな僕を暖かく笑顔で迎え入れてくれるのか、その意味を考えているのです。

そういえば、「オバア」にはカミさんの実家のばあちゃん以外には会ってないなあ。僕は流行に乗り遅れてる?

ブログとは、気が向いた日に、軽くその日だけ覗いて読むものだということはよくわかっておりますが、どうかお願いです。旅の最初から読んでいただきたいと、心より思っているのです。
旅の最初http://lince.jp/hito…

《おまけ》
企画室に着いて、腹が減れば“あさの”に行くしかない。
水才君を呼び出して付き合わせてしまいました。
水才くん
彼の両親も沖縄の人。東京で生まれた水才君には、沖縄に対する思いは全くない。沖縄のおじいさんの言葉は分からないが、悲しみなんか微塵もありません。それはそれで素敵なことです。

沖縄から一歩も出たことのない「沖縄」の人、東京という色のない街で、さほど自分と違わぬ人たちの中で「沖縄」を考えようとした人、留学してたくさんの「異人種」との交わりの中で、自らの「沖縄」に出会った人、はるか遠くブラジルで、「沖縄」という祖先の故郷を思う人、そして、雲の上から沖縄を眺める神のごとき人。

環境が、人の考え方に影響するのは致し方のないこと。しかし僕は…

ここでは、もうこの辺でやめておきましょうね。
あとは「社長とは呼ばないで」にて…



2月 6日金曜日: 沖縄出張6日目のお昼

おもろまちのDFS(デューティーフリーショッパーズ)ギャラリア3Fにあるフードコロシアム。大きいフロアの中央にオープンキッチンがあって、200種類の世界の料理が並んでいます。ちょっと楽しいのです。
テラスもあります。
フードコロシアムのテラス
この季節、とても気もちがいいのです。

でも…

テラスから、道を隔てた向こう側に高台が見えます。
高台の排水池
白い建造物は排水池。要するに大きな水槽ですね。おもろまちに住んでいる人たちは、この巨大水槽の恩恵を受けているのでしょうか。もう各家庭で水タンクを設置したりしなくてもいいのかな。

「上がっていく階段の入口には、何の表示もないのですが」
「何があるの?」

フードコロシアムを出て、金城君に案内してもらって、その階段を登ってみることにしました。
先ほどまでくつろいでいたテラスが見えます。
デューティーフリーショッパーズ

階段を登りきると、見晴らしのいいスペースがあって、そこにはこんな案内板が。
慶良間チージ(シュガーローフ)の案内
この辺り一帯が、シュガーローフという場所であったことを記すプレート。つまりここは、沖縄戦史上最も熾烈といわれたシュガーローフの戦いが繰り広げられた場所だということなのです。

その記憶が刻まれたこの土地が、開発によってどんどんと平坦にされていきます。

排水池から見た街
排水池のあるこの高台だけは、その地形が残っているように見えますが、元来ここはこんもりとした丘ではなく、なだらかな丘陵だったのです。つまり排水池の箇所だけ高さを確保して、その周辺は削り取られたということのようです。

近くにあるハーフムーンの丘も、開発され崩されていきます。
今、多くの沖縄の若者たちは、まだたくさんの遺骨が眠っているであろうこの土地が、このように惨たらしく昔の姿を失っていくことに、その心を痛めているのです。
インターネットで検索すれば、いくらでも情報を得られる時代です。どうか一度、調べてみて、知って欲しいのです。

それをしてくださるということを前提にして…
御幣を恐れず、今僕の頭に去来した色々なことをお話ししたいと思います。気楽なコメントが全く頂けなくなることを覚悟の上で。

今僕は、神奈川県で、川崎市の分譲した土地に住居を構えています。周りには緑が多い。その森が、やはり開発によって少なくなっていきます。僕は、出来ることならその森を残して欲しいと思っています。しかし、今僕が住んでいる土地を、市が分譲のために開発をはじめる時、近隣の人たちはいったいどう思ったのでしょうか。

また…
かつて、首里城が復元される前、首里の丘に首里城建設に反対するたくさんのビラが貼ってあるのを見たことがあります。
その後、沖縄料理を出す東京の居酒屋で、沖縄県人会の会長さんが、首里城はニライカナイの心だと、その復元を大変喜んでおられた。僕はその方に、首里城はオボツカグラではないですかと生意気なことを言ったのです。ニライカナイは海の彼方にある庶民的なあの世、オボツカグラは天上にある権威的な他界のこと。それまでご機嫌麗しかった会長さんの顔はいっぺんに曇り、「お前はなんにもわかっとらん」と、若き僕は叱られました。

地上戦の後の、この一帯の写真などを見ると、建造物はおろか木々すらも全くない焼け野原です。しかし、辛うじてその土地の形だけは残っているように見えます。その地形を、今誰かが変えようとしているわけですが、しかし、あのベトナムは、爆薬のみによって、その国土の全ての地形が、すっかり変えられてしまったのだと聞きました。もしかすると、ベトナムのお年寄りたちの故郷の山並みは、記憶の中にしか残っていないのかもしれません。悲惨さを比べて勝ち負けを競うことに、何の意味もないことは分かっています。ただ、何故か僕は、そのことを思い出してしまったのです。

間違っていたら教えてくださいね。

ヤンバルの森のこと。20年前に聞いたことです。アメリカが実弾軍事演習に使っていた森のこと。緑は弾薬によって傷つけられてはいるが、もしその土地が返還されたら、たちまち本土の資本がやってきて、あの自然は完全に失われるだろうという話。

同じ理由で、北方領土が還ってくれば、瞬く間に貴重な自然が失われていくでしょう。いったい今の日本人のうち、どれだけの者が、真剣にアイヌの人々に、「北方領土」と呼ばれている土地を返す可能性を考えているのでしょうか。

沖縄の旅も、残すところあと僅かです。数時間後には飛行機に乗ります。
もう少しだけ、どうかお付き合いくださいますよう。
(文責:高山正樹)
旅の続きへ



創業25周、金城君行きつけの店「あやぐ食堂」のメニューです。
あやぐ食堂のメニュー
食い過ぎた。といって、これ全部食べたわけじゃないよ。

さて儀間進先生、なんとかお元気になられたようで、本日お会いできることになりました。先生行きつけの本屋さんの裏にあるカフェにて。

お会いするなり…
「うまいこと書いていたねえ」
「え…」
先日の琉球新報に書いた小生の拙い文章のことでありました。このお言葉は、少しく弱っていた僕にとって、なによりの薬でした。
「しかしあんなに琉大文学に気を使わなくていいですよ。琉大文学を知っている人なんて殆どいないのだから」と素敵な笑顔。
「琉大文学」のことなんか一言も書いていないのに、恐れ入りました。
「第三の目が必要なのです。それがないと立体にならないからね。」
儀間先生。今のお言葉、肝に銘じます。そしてこの上ないエールとして受け取らせていただきます。ありがとうございました。

今日は、平良とみさんや兼城道子さんのお名前もあがりました。平良とみさんは全国区ですが、兼城道子さんは今はなき「乙姫劇団」の僕が大好きだった間好子さんの跡を引き継いでいらっしゃるお方。
さあ、後は当たって砕けろです。

ではまた、と別れると、儀間先生は本屋さんへ。
僕もちょっと行ってみよう…
立ち読みするふたり
「先生、何かお勧めの小説は?」
「僕、小説は読まないの」
「うふふ…」
じゃあ、「おきなわおーでぃおぶっく」を聞いてください!って、言えばよかったな。
帰りがけに榕樹書林へ御挨拶。ついでに「人類館」納入。
御店主の武石さんの笑顔です。
榕樹書林の武石さん
『大城立裕全集』がありました。
武石さんは「りつゆう」と音読みで呼び捨て。大城立裕先生が文豪であることの証明ですな。文人の号は音読みという決まりがあった名残りかな。政治家伊藤博文は「ひろふみ」、文人伊藤博文は「はくぶん」ということです。

宿に車を置いて、国際通りを“じんじん”に向かいます。
国際通りを歩く

“じんじん”のお通しは、ゆしどうふ。
ゆしどうふ

未来の沖縄を背負って立つ若者3名+沖縄オバア化の止まらない東北岩手の女と、ウチナーヤマトグチを操る年齢不詳の独身美女と、「ヤマトンチュではない、俺は宇宙人だ」と加齢臭を漂わす髭のおっさん。
集合写真
本ブログ初登場のお二人は、まじめにご紹介。
Funny Style代表、新里玲王奈くん。
Funny Styleのブログへはこちらから。
http://funnystyle.ti-da.net/

教育学を専攻していた親川志奈子さん。
あれ、教育学やってたのは琉球大学で?それともハワイで? で、今は何をしているとご紹介すればいいの?
うーん、不手際お許しを。あらためて正しく御紹介するために、是非再会の機会がありますように。
今のところは、ミステリーということにしておきましょうね。

では三日続けての「土」です。
これ表札かね

ごうさんです。
ごうさん

おやすみなさい。
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井上真喜さま。金城くんを首里の家まで、よろしくお願いいたします。
旅の続きへ

2月 5日木曜日: 沖縄出張5日目の午前

金城君と待ち合わせ。

ベンチでゴロリと寝てみる。
見上げてる

そうしたら見えた空。
見えた空
視点を変えると、いろんなものが見えてきます。

おきなわワールドへ
沖縄初心者定番の観光スポット。玉泉洞とか、ハブvsマングースのショーとか。
でも今日は、それを観るためにここへ来たわけではありません。
入っていくと、こんなポスターが貼ってありました。
カムイ外伝のポスター
映画「カムイ外伝」のポスターです。カムイ外伝って沖縄とは関係ないですよね。
そういえば、なぜ白戸三平は主人公の「非人」の名を「カムイ」にしたのだろう。「カムイ」はアイヌ語で「神」のこと。

こんなものが見えてきました。
撮影用の船
あれ、確かここには進貢船があったはずだが。
進貢船とは、14世紀から19世紀の頃、中国に使節を派遣するための琉球王国の官船。

before_and_after
どうやらそれを、映画の撮影用の船に作り替えて、ここでロケをしたらしい。

ところで、もともと改造前の進貢船はいったい誰が作ったのかな。確かNHK大河ドラマで「琉球の風」と関係があったような。
いずれにしろここに入場料を払って入ってくる観光客に喜んで貰うため。だとすればこれはこれでありということなのでしょうかね。

あれ、脚本は、工藤さんですか、宮藤さんですか。
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(間違いはあることですが、ちゃんと貼っておきましょうね。)

エイサーのショー上演中。
エイサーショー上演会場
すばらしいショーです。よく訓練されていて、お客さんへのサービスも満点。文句なく楽しめます。でも、本物のエイサーの感動とは違う、…なんて分かったようなことを言ったけれど、本物のエイサーってなんなのでしょう。もともとは沖縄版念仏踊り。それも時代とともに変遷してきているわけだし。
それにしても最後のカチャーシーはどうなんでしょう。出演者の多くの方が「ナイチャー」なのかなとお見受けしたのですがどうなのでしょう。でも、津嘉山正種さんは、自由に踊ればいいのですとおっしゃっていました。

さて本日の目的地です。

まずは紅型工房“彩染”
紅型工房
紅型のTシャツ

そして、織物工房“しよん”
長池朋子さんです。
喜久村貴子さん
神奈川県の御出身だとか。あら、お近い。色々と御説明ありがとうございました。

そして喜久村貴子さん。
長池朋子さん
お仕事の邪魔してごめんなさいね。こちらは沖縄の方。

というか、おふた方とも沖縄に住んでいらっしゃるわけだから、どちらも沖縄の方なわけで、どうしていちいち出身地で区別するのでしょう。なんかおかしいなあと思いつつ。
こういうこと書くからみなさんコメントしにくくなるんだよね。

紙漉き工房“紙芳”
上江洲睦さんです。「睦(むつ)」と書いて「ちかし」と読む。ムチカシイ。

上江洲睦さん
芭蕉の皮むき。
繊維の荒いところと細かいところとより分けて、それぞれ芭蕉布と芭蕉紙の材料に。
ちなみにバナナは芭蕉の仲間。だからバナナの別名は「実芭蕉」。勉強になるなあ。
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画面中央、琉球犬の「海(かい)」君です。琉球犬とアイヌ犬は近種らしい。そういう説明書きが貼ってあった。

藍染工房“なみかわ”
藍染工房

ふー…
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ここでもゴロリ。
要するに連日のハードスケジュールで「お疲れさん」というところでありますか。

むかし、首里の龍潭池のそばで、こんなおじさんを見かけたっけなあ。

ハブvsマングースの決闘はまだやってるのでしょうか。「ハブとマングースのショー」という案内はあったけど。動物愛護の精神で変わったのかな。でも、かつてハブを駆逐するためにマングースを沖縄の山へ放ったわけで。
なお、マングースはハブの天敵ではありません。自然の中の戦いは、結構両者の力が拮抗していて、マングースも命がけなのだそうです。だからショーの時はあらかじめハブを弱らせておくのだとか。
まあ、いずれにしろ、宇夫方路がヘビ大っ嫌いなので、ショーは絶対に観ません。

玉泉洞は、せっかくだからちょっと観光したいのだけれど、時間かかるからね、今日はパス。
20年くらい前の玉泉洞は、今みたいな青や緑でライトアップなんかしていなくて、ただの生明かりだったような記憶があるのですがどうなんでしょうか。わたくしの死んだ義父は、懐中電灯を持って中に入ったことがあると言っていたような。もっときちんと聞いておけばよかった。生きていてくれたら、聞きたいことがたくさんあったのに。
またここでひとつ疑問が。玉泉洞みたいな大きな鍾乳洞を、一民間企業が管理運営しているっていうのは、他にも例のあることなのかしらん。
(文責:高山正樹)
ああ、またコメント少なくなる……

午後に続く。
旅の続きへ

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朝一、対馬丸記念館再訪、“カクテル・パーティー”納入。
時間がちょっとあるので…
福州園へ

あら休園。
福州園休園

じゃあ、ということで識名園へ

途中、与儀公園の脇を通ったので……
与儀公園
休憩中(?)のおじさん二人と、よく見えませんが「フレンド」という赤い看板を撮影してみました。
夜、女性一人で歩いても安心な公園。なぜ?
男性の場合は100円ライター2回カチカチが合図だとか。何の?
ミステリー。

識名園、おや休園。
識名園休園

残念。そうだ、せっかくここまで来たんだから識名壕を覗いてみましょう。
今回は、お家の方にご挨拶ができました。でも灯を持っていないので、ちょっと入口を見るだけです。前回の画像は中から撮影したものです。
識名壕入口 
識名壕の御嶽
ここに休園なんかありません。毎日の生活の中に祈りがあるのだから。
振り返れば、ここにも生活の匂いがするこんな風景が拡がっています。
街並
前回の識名園と識名壕の記事を読む。

お昼。
沖縄タイムスで教わった「てぃあんだー」で食事、そばタイムです。
てぃあんだーのソバ

さあ、食べるわよ、長島さん!
路さん戦闘開始 長島さんは写真撮ってから
長島さん。お久しぶりです。長島千加さんは白石准ウォッチャーです。山猫合奏団沖縄誘致を画策してくださっていたりするのですが、夕刊がなくなるくらいの不景気で、なかなか「ムチカシー」、じゃない「ムチカサン」。

てぃあんだー
ご馳走様でした。 …ん?
 
売切れ次第で完売
「売切れ次第で完売」って、この看板、なんか変じゃない?

さて、お仕事の始まりです。金城君も合流。
沖縄テレビへ。
船越義輔さんは営業部長。
「対馬丸」は大城立裕・嘉陽安男・船越義彰の共著ですが、義輔さん、その船越義彰氏の御子息でいらっしゃいます。そんな繋がりで、大城立裕さんからご紹介して頂いたのです。
船越義輔さんを囲んで
長島さんが撮影。ちょいと笑顔が足りないなあ。みんなちょっとお疲れかな。
ここでもちょっとおもしろいお話を伺いました。これも近いうちにOfficial_Blogにてご報告します。お楽しみに。)

商用でおきなわ堂へ。商談のお相手はいしだ文栄堂卸部の部長さん。
はいしだ文栄堂卸部の部長さん
いよいよ始動!ミステリーの解明はすぐそこです!

で、人類館はどうしたかというと…
本日入荷のPOP
あれ本日入荷?納入したのは1日なのに。でも、確かにこのほうが新鮮味があって、すぐにでも買いたくなるね。せっかく作ったPOPも、一日だけ使ってポイじゃもったいないし。魚屋さんではないので賞味期限偽装ではないよね。許される範囲の営業努力ということで見逃してください。

と、大城立裕氏より携帯に電話あり。
「できたけど、今日来ないの」
確かにお願いしていたことがあったのですが、相変わらずお早い対応に感謝。「来ないの?」とおっしゃられれば、行かないわけにはいきません。
「飛んで参りますとも」

本日の大城立裕さんです。
大城立裕と高山正樹
というか、高山君、だんだん厚かましくなってません。
大城先生の「呆れたもんだ」という感じの笑顔。

記念撮影です。奥様が撮ってくださいました。
大城立裕先生を囲んで

長島さんとは、ここでお別れ。次は、きっと白石准を連れてきますね。

金城君に案内してもらって桜坂劇場へ行きました。
桜坂劇場のOfficial_Site
ここのホールで「どんぐりと山猫」とかできないかな。「ウラジロガシと西表山猫」版。
市民講座でも、何かできるかもしれない。宇夫方路の日舞教室なんてのはどうだろう。高山正樹の「標準語朗読講座」とか「鼻濁音講座」とか。はたして面白がってくれるか、石もて追われるか。
(ここまで書いて八木政男さんのお話を思い出しました。これもまたそのうちにOfficial_Blogにて。)

玉城さんと待ち合わせした時間にはまだ少し時間があります。劇場の前のベンチで、しばらくボーっと、道行く人たちを眺めていました。いい季節です。内地は温暖化で季節が失われている、そして春と秋が、とても短くなっている気がします。沖縄にはその春と秋が残っている、そんなことを実感した時間なのでした。

ボチボチ行こうか。テクテクと…

沖縄カフェ「ZOU」へ。
zou
前回訪れた日」の記事

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玉城さんとプリティちえちゃん
先に来ていた玉城さんと、授業が終って駆けつけてくれたプリティちえちゃんです。
玉城さんはウチナーグチペラペラ。尊敬しちゃう。
そしてプリティちえちゃんは、ほんとうに高校の英語の先生なのです。メモなんか取っちゃって、やっぱり尊敬しちゃう。
そうか、つーこたァ、ふたりともバイリンガルかい。

「ところでちえちゃん、そのカッコで授業してきたの」
「そうだよん」

ちえちゃんはここでお帰りです。今度、具体的なこと、ゆっくりとお話ししましょう。
プリティちえちゃん
(プリティちえちゃんの本名は宮城千恵さん。説明するのがややっこしいので前の記事を読んでください。⇒http://lince.jp/hito/pritytiechan.html

「土」に行く前に、屋良文雄さんに会えるのは今日の今しかないと、急遽、屋良さんのお店の「寓話」へ電話して、屋良さんがピアノを弾く時間を確認して、さあレッツラゴーです。

よかった、間に合った。
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沖縄ジャズの真髄を、今、目の当たりにしているのです。
ドラムスも、サックスも、ウッドベースも、みんな渋かったけど、屋良さんだけを見ていた気がする。
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なんだろう、このどうしようもない自然体は……
しびれたのです。

金城君は、じのんで買った本を小脇に抱えていたのですが、それを見つけた屋良さん。
「勉強なんかしちゃだめだ」
このオジイにしか言えない深いおことばです。
屋良文雄さんを囲んで

今度一緒に、おもしろいことやりましょうと、お約束しました。
屋良文雄さんに、きっと外交辞令はありません。
白石准ちゃん、わかった? 沖縄が呼んでるよ!

パラダイス通り「土」へ。
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井上真喜ちゃんと再会。
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宇夫方さん、ガサガサ何してるの、ふたりに笑われてるよ。

さらし首の薄ら笑い。
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酔っぱらいの馬鹿笑い。
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なんという一日。
(玉城さんは、限界まで付き合ってくれて、途中で走って帰りました。無事、帰れたかなあ…)
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やはり世界遺産の中城城跡へ。
中城の寒緋桜
お金がかかるからというよりも、もう時間がないので、寒緋桜(カンヒザクラ)を撮影できたから、それでよしとして退散します。
あーあ、桜祭り、行けそうにないなあ。大城先生は、桜祭り行ったのかなあ。

そういえば、中城は文豪大城立裕の故郷です。
だから大城立裕文学碑があるのです。
大城立裕文学碑

おまけ。
ふっと、舞い降りた鳥一羽。
おまえは、本当にイソヒヨドリなのか…
太ったイソヒヨドリ
だとしたら、おまえ、太りすぎだろ…  自己嫌悪。

そのあと、大好きな古本屋“じのん”さんに寄って、伝説の文芸誌、「琉大文学」を見せてもらった。しかし、第三巻の号ばかり、それでも高価なものは一冊4,000円を超える。問題の第一巻第六号からの数号は、いったいいくらで売るのでしょう。
残念ながらお目当てのものがなかったので、代わりに小生の蔵書、「新沖縄文学」のご紹介。
沖縄タイムス社、1970年18号、特集「反復帰論」。
新沖縄文学
(下の新しめの「新沖縄文学」は、ずいぶん前に、“じのん”の前身、那覇の“ロマン書房”で買ったのです。)
「反復帰論」には、大城立裕「文化創造力の回復」と、新川明「<復帰>思想の葬送」が並んでいる……。

葬送といえば、今日は、義父の命日である。
久米島出身の義父は、日本より中国が好きだと言った。それでも、東京の結婚式には来てくれた。皇居に行ってみたいというので案内したが、実は僕も初めてだった。義父は、玉砂利にいたく感心していた。
義父は沖縄タイムスの社員であった。本と酒で暮らす余生を楽しみにしていた。いよいよそんな生活ができるはずであったのに、定年退職して間もなく、心臓の病で倒れた。連絡を受けた妻は、すぐに沖縄へ向かった。那覇空港に降りて、電話を探した。運び込まれた病院で、父ちゃんはそのまま亡くなってしまったのだと告げられた。間に合わなかった。最後に、父ちゃんは「死んでたまるか」と言ったのよと、妻は妹から聞かされた。
もし東京の病院であったなら、口には出さなかったが、その時、僕はそう思った。今はあまり聞かれなくなった「島ちゃび」とは、離島の苦しさを表す言葉だが、僕はその言葉を思い出していたのだ。だが、はたして僕は、沖縄の現実をしっかりと見ていたのか、あるいは沖縄を差別していたのか、今となってはもうわからない。
亡くなった義父の財布には、生涯一度きりの、東京への旅の航空券が、大切に収められていた。僕も妻も、とめどなく涙があふれた。
それから、もう19年になる。

あれ、いつのまにか文体が変わっちゃった。これは、「社長とは呼ばないで」ではありません!

さて、本日の珍道中はここまで。わたくし、亡き義父にお線香を手向けるため、妻の実家へと参ります。
当然のことながら妻の実家はずっと沖縄タイムスを購読。従って、先日の琉球新報のわたくしめの記事を、皆さんは読んでいらっしゃいません。というわけで、その新聞を、義理の弟の奥方が、勤務先の古新聞の中から探して出して持ってきてくれました。
それをバアちゃんは、そっとトートーメーにお供えしました。
トートーメー
19年間、毎朝毎夕届いた新聞は、まずここに供えられます。もしかすると、琉球新報がここに置かれたのは、はじめてのことなのかもしれません。来月からは夕刊がなくなります。不況と、インターネットの所為。
とうちゃん、淋しいだろうなあ。

イカの墨汁です。
イカの墨汁
「おかわりしなさい。」
「はい」
でもすごいカロリーなんだよね。また太る、心臓にもいいわけない。
でもやめられない…… 
自己嫌悪。
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知念氏とのお話がどのくらいかかるのか、全く予想がつかなかったので、この日のこの後の予定は決めていませんでした。有難いことに、すんなりとお話が出来たので、少し時間ができました。

そこで大好きな勝連城跡へ向かいました。何年ぶりだろう。世界遺産に指定されてからは初めてです。
勝連の城壁が見えてきました。
遠く望む勝連城
よく見えませんか?
ではもう少しアップで。
望む勝連城

休憩所です。
勝連城跡休憩所
へー、こんなの出来たんだ。以前は、ほんとうに何もなかったのに。

ずいぶんと整備された坂道と、新しい階段を登り、まずは一の郭の中へ。
一の郭から見上げた三の郭。
三の郭
宇夫方隆士氏の詩画集に、この絵があります。
宇夫方隆士詩画集「城壁」

勝連の城壁の上から1
勝連最後の按司(城主)阿麻和利は、琉球統一を目指してクーデターを起こしましたが、1458年、琉球王府によって滅ぼされたとされています。
勝連の城壁の上から2
そんな歴史には疎いのですが、20年以上前のこと、誰もいない何もないこの場所に立ち、何故か涙が止まらなかった記憶が蘇ってきました。この海は、いったいいつからこれほど美しかったのだろうか。この海を、赤土で汚してはならないというふうに。
けれども今日は、どうしてもあの時の海の色が、思い出せなかったのです。
勝連の城壁の上から3

建築資材として持ち去られてしまった城壁の復元が進んでいます。
城壁の復元1

城壁の復元2
この白い石が、元からの城壁の色になるのに、どのくらいかかるのだろう。

階段を下りる
さあ、新しい階段を下りて次行こう。

左バナナ畑。右サトウキビ畑。
バナナ畑とサトウキビ畑
サトウキビ畑はお馴染みなので、バナナ畑だけをご覧あれ。
バナナ畑だけ

そして…
泡瀬の干潟です。
泡瀬干潟

埋め立てのための仮設道路。
埋め立てのための仮設道路

賛成と反対の横断幕。
賛成と反対の横断幕
その脇を、埋め立てのトラックが通り過ぎていく。
トラック

明日の仕事のために、もう眠ってしまっているだろう金城君へ。
やはり僕は、今ここでどちらかの立場に立って何かを言うことはやめておこうと思っています。決めるのは、やはりあなたたちであるべきだと思うからです。ただ、埋め立てしないという判断を選択することができないような地点へと、沖縄は追い込まれているのではないか、そしてその責任は我々にあるのではないか、そのことは、きちんと考えるべきだし、もしそうならば、沖縄に返すべきものを返すために、僕は何かをしたいと思っているのです。
(文責:高山正樹)
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沖縄市海邦2丁目7-12 “cafe casa”
cafeCASA

知念正真氏と金城君
知念正真氏と金城君の、穏やかな笑顔のスナップ。

人類館CD制作に関係する書類に、知念さんの判子を頂くということが第一の目的だったのですが、しかしそれは郵便のやり取りでも可能なこと、今回どうしても知念正真さんに直接お会いしたかったのには、特別な訳があったのです。でも、はたしてこちらのお願いを受け入れてくださるだろうか、とても自信がありませんでした。だから、知念さんの高校時代の恩師である儀間進さんに同行していただいて、あの飄々とした雰囲気で話をしやすくして頂こうなどと、よからぬことをたくらんでいたのですが、儀間先生は風邪でNG。こうなったら当って砕けろ。
その結果は、どうぞOfficial_Blogをお読みください。

ただ、お会いしてみて、今回に限っては、どんな繋がりにも頼らず、丸腰でお会いしたことが却ってよかったと思っているのです。
いや、もしかすると、金城君が同行してくれたのがよかったのかもしれないね。やっぱり、誰かに助けられているということなのかな。

Official_Siteではご紹介しなかった秘話。
戯曲「人類館」の登場人物は3名。それは何故か。何故って、3人だからこそ「人類館」の緊迫感があるわけで、その登場人物は3名以外に考えられないのですが、知念正真氏が「人類館」を書いた1976年当時、劇団創造は、その歴史の中で団員が一番減ってしまった時期で、役者も3人しかいなかったのだそうです。そういう逆境であったからこそ、「人類館」は生まれたのかもしれません。
「今は劇団員は何人くらいいらっしゃるのですか?」
「それがねえ、最初はきちんと規約も作って、参加費を募ってやっていたんだが、いい加減でねえ、やめたんだかどうだかわからないのがね…、だからよくわからん……」

そしてもうひとつ。
「今まで沖縄の人間は、本当に抵抗したことがないのではないかと思うのですよ」
ほんとうに穏やかな知念正真さんの、ぽつりと言われたこの言葉を、どうやら僕は、一生忘れることはないだろうと思うのです。
(文責:高山正樹)
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2月 3日火曜日: 沖縄出張3日目の午前中

まずは沖縄県立博物館へ。
前回訪問時の記事
Official_Blogを読む
ミュージアムショップ“ゆいむい”にて。
Official_Blogと同じアングルの画像です。
記念撮影
違うのは笑顔です。
今回の旅のテーマの一つは、笑顔なのです。
但し、こんな笑顔が簡単に生まれるわけではありません。店長の池宮城さん(中央)と宇夫方路さんの父上隆士さんとは、前の旧県立博物館の「友の会」でご一緒だったお友達なのです。その関係で、ここで我々のCDも置かせてもらえています。
これってコネ?
沖縄では人との繋がりが、「本土」よりもずっと重要なことです。良くも悪くも。

紅型の品物がたくさん。
紅型

紅型の小物
ちょっと高くてもいいものをお土産にしたいなら、ここはお勧めです。
紅型作者の金城君を「引き回す」のは昼から。能書きが聞けなくて残念。

こんな小物を見つけました。
オキナワウラジロガシのドングリ
南の島の不思議な木の実、オキナワウラジロガシ。
説明書きによると、奄美大島から西表島に分布しているブナ科の植物とのこと。その種子は日本最大のドングリ。
あれ、沖縄にドングリ、あったのか。
私事ではございますが、四半世紀以上前に沖縄から出てきた小生の妻は、秋になると東京の自宅近くの公園で拾ったドングリを箱詰めにして、沖縄へ送っていました。沖縄にはドングリがないから、甥や姪に見せたやりたいという理由で。送られた方はいい迷惑(?)、しばらくするとドングリから虫が一斉に顔を出すのですからね。しかしそれでも、「沖縄にもドングリはあるから、わざわざ送ってくれなくても結構だ」というようなお断りの連絡は来ませんでした。
最近、どんどんと沖縄オバア化していく妻なのですが、東京に出てくる前には、那覇の保育園で保母さんをしていました。例えば園児たちを連れて、近所の公園なんかに遊びに行ったのだろうに。そこには、ドングリは落ちていなかったのでしょうか。
ミステリーです。
帰ったら、カミサンに問いただしてみようと思っています。そのためには、証拠品として、このドングリ、買っていかなきゃね。

ともかく、僕は四半世紀の間、「沖縄にはドングリがない」と思い込み、「どんぐりころころ」などという童謡を、全国一律に歌わせるなんておかしいと、居酒屋なんかで、偉そうなことを語っていたわけです。
わたくしの所為で、間違った沖縄情報を信じてしまった人がいるとしたら、ああ、どうしましょう。
関係各位どの、ごめんなさい。謹んでお詫びいたします。

金城君との待ち合わせ時間にはまだだいぶん時間があるので、NHK沖縄へ。
NHK沖縄放送局入口
身長180cmを越えるような放送部長さん。
「宣伝のための宣伝はしませんが、結果的に宣伝になってしまうことは問題ないと思っています。」
しかし、全国一律の番組を作るには、やはり戦争がらみの話題が早道だということらしい。まずは番組制作依頼の企画書を作って、タイミングを図って提出してくださいとのこと。感触は悪くない。
深く考えると動けなくなる場合もあります。どんな方途を使っても、まずは発言権を得て、我々を認知してもらうことも必要なのです。ドングリのことならいざ知らず、泡瀬の干潟のことや、ヤンバルの森のことを、まず知ってもらうためにも、です。

今日も、長い一日になりそうです。
(文責:高山正樹)
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八木政男さんとお会いするために琉球放送へ。
琉球放送会館

儀間進さんが橋渡しをしてくださいました。
儀間さんが八木さんに声を掛けた話
八木政男さん
でも、つながりはそれだけではありません。
宇夫方路の琉舞の師匠である関りえ子さんは、2005年に芸能生活40周年を迎え、その年の9月25日に、その記念公演として、「絆・・・我した島~うむいまさてい」を沖縄県立郷土劇場で開催しました。その時の企画で、沖縄歌劇「仲直り三良小(なかなおりさんらーぐわー)」を上演したのですが、八木政男先生にはその演出をお願いし、また主人役での出演もしていただいたのです。そんなことがあって、宇夫方路は八木政男先生と面識がありました。
だからでしょうか。話はトントン拍子。

何のためにお会いしたのかはOfficial_Blogをお読みいただくこととして、そのほか大変おもしろいお話も色々づらづらと伺うことができて(ミステリー?)、中にはご報告できないようなものや、ご報告するのは問題ないのだが、ウチナーグチが分からなくて、聞いた時はとてもおかしかったんだけれど、今となってはうまく説明できないものなど(今度お会いする時はボイスレコーダーを持っていこう!金城くん助けて)、ご紹介できないのが残念至極です。

また「ウチナーグチの標準語」という、とても興味深いお話については、近いうちにOfficial_Blogか、Official_Siteにて、きちんとご報告しようと考えています。どうか、今しばらくお待ちください。

(この日、本当は儀間さんも御一緒にお食事をと考えていたのですが、昨日、儀間さんは高熱を出されて病院に運ばれたとのこと、決してご無理なさらないでと、儀間さんには後日お会いすることといたしました。というわけで、今日は八木さんとココでお別れです。)
かつお飯を食いに「苗」へ。
苗の看板

苗の提灯と金城君

そして定番の、パラダイス通りハシゴルート。
まずは「ななしん屋」
ななしん屋のママ
ママのふるさとは宮古の伊良部島です。宮古から本島へ行く場合、「沖縄へ行く」というのだそうです。つまり本島と宮古は、それほどまでに違う場所ということなのです。
ママがはじめて那覇へやってきたときのこと、宮古出身であることは言わん方がいいよと、ある人から言われた、でもママは、「なんでかー」と、その忠告に従いませんでした。
ここから先の話は、今日のところは控えることにしましょうね。
(この、「~しましょうね」というウチナーヤマトグチ独特の言葉を、僕は敢えて時々ブログで使うようになりました。この言葉を使うことが、とてもしっくりすることがあるのです。それはどういう場合なのだろう、はっきりしたら、またどこかでご報告したいと思っています。)
ただ一つだけ。
宮古には、正月や清明祭(シーミー)より大切な「後生の正月」というものがあり、それは旧暦の1月16日(ジュウルクニチ)に行われます。「後生の正月」、つまり、あの世のお正月なのです。
さて、宮古には「宮古民族」の他に、「誇り高き池間民族」が住んでいます。彼らは「ジュウロクニチ」を1月15日に行うのだそうです。住む場所も、体格も風貌も、暮らしぶりも全く違う「二つの民族」ですが、互いに尊重し合い、行事などは干渉せずに仲良く暮らしているのだと、ママから聞きました。

ななしん屋のママは、ウチナンチュとナイチャーの区別など全く興味ないのではないか、それはナイチャーの僕がママと話をしていて、なんとなく肌で感じるうれしい感覚なのです。ほんとかな、そのことを確かめるために、また、何度でも来ます。

ココまで来て、「土」に顔を出さないわけにはいきません。
土の入口にて
「何してんの?」
「写真、撮ってんの……」

ご挨拶
「いらっしゃい」
「久しぶりだね」
酔っ払いの、ごうさん
ごうさんと宇夫方路

今日は、もう一回、ななしん屋に戻って、そこでシメだね。なんだか、そういう気分なのです。
金城君。お疲れさまでした。
(文責:高山正樹)
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2月 2日月曜日: 沖縄出張2日目の午後

金城君の案内で。

首里の末吉公園近くの路上から撮影した那覇郊外の風景です。
那覇郊外の風景
当たり前のことですが、ここには沖縄の「普通の」人たちの生活があります。
画像左下に見える銀色のタンクは水を貯めておくもの。沖縄では一般の家屋にも「普通に」よくあるものです。
10年以上前に聞いた話。
「沖縄は恒常的な水不足で、台風の時期に一挙に降る水を各家庭で確保し、水不足に供えている。しかし、水の不足する時期にも貯めてしまうので、それがまた水不足を助長している。」
ダムがいくつか出来て、今はだいぶ改善されているようですが、全てうまくいっているのでしょうか。ダムと自然環境は、うまく折り合いがついているのでしょうか。金城君、教えて。

さて180度振り返ると、路地の反対側には…
下門の入口
沖縄そば下門(しむじょう)の入口。
沖縄で「門」を「じょう」と読むのは「普通」のこと。でも「『門』を『じょう』と読む」という表現はどうなのでしょう。「『城』を沖縄では『じょう』ではなく『グスク』と読む」というより、「沖縄の『城』は『グスク』という」という方が正しい感じがする。それに従うと「沖縄の『門』を『じょう』という」のが正しいのでは?
ああ、なんだか分かんなくなってきた。カナグシク君、助けて。うり、カネグシクは間違い? ああムチカシイ。「ムチカシイ」って、首里言葉では何て言うんだっけ……

ブツブツ言いながら入って行くと…
下門の建物1
2007年の3月に、国の登録有形文化財に指定された家屋です。
中は、観光客の方で賑わっていました。

ソーキそばを注文して、出来上がる前のちょっとの間、表を巡ってみました。
下門の建物2
下門の建物3

裏手にはこんなものが。
フール
フールです。豚の飼育小屋 兼 人間の便所。
人間の汚物を豚が食べる。いわば自動餌供給システムですね。
「カミサンの母上はやんばる出身、20年以上前だが、その実家のあたりで普通に見た記憶がある。もちろんもう使ってはいなかったけれど」とは、高山正樹の便、じゃない、弁。

便所の後に食べ物の画像とは、ちょっと気が引けないでもありませんが、結局、育った豚は人間に食べられたわけだから、この並びも間違いではありませんね。
下門のソーキそば
ご馳走様でした。

表に出ると、あ、モノレールだ。
モノレール
冒頭の画像のちょっと右側、駅舎に停まっている車輌、分かりますか?

さて、腹ごしらえも終わり、いよいよ金城君引き回しの旅のはじまりです。

まずは沖縄タイムス社へ。
さあ、あらためて、金城君のご紹介です。
又吉さんと金城君
左側で笑いこけているのは金城君じゃありませんよ。例の又吉千夏さんです。
右でにこやかに笑っているのが金城史彦。年齢不詳。

続けて琉球新報へ。
久場安志記者と金城君
いつも“おきなわおーでぃおぶっく”を記事にしてくださる久場安志記者と金城君。
久場さんのお兄さんが金城君の同級生だと判明。(こんなふうにあっちの友達とこっちの親戚が繋がっているみたいなことは沖縄では「普通」のこと。)
つまり、金城君は久場さんより年上だということですね。で、久場さんはおいくつなの? ミステリー!

沖縄出張2日目は、まだまだ続く……
旅の続きへ

朝一番、対馬丸記念館へ。
下の画像にもありますが、あの中島高男さんの本が出版されました。
受付にて販売中  
Official_Blogを読む
事務局長の瑞慶覧さんと記念撮影。
瑞慶覧さんと記念撮影
なんか変ですか…。
昔の美川憲一さんをちょいと太らせた感じ?
もすこし笑ってくださればいいのにね。
きっとカメラマンの問題ですねえ。

対馬丸記念館の裏には、琉球王府より特別な扱いを受けた八つの神社(琉球八社)のひとつ、波上宮があります。
波上宮の鳥居
波上宮の案内看板
なんだか大和風で、拍子抜けしますか? これも、沖縄です。
またその隣には波上山護国寺という沖縄最古のお寺もあるのです。察度王時代の1368年、波上宮の別当寺として建立され琉球王の勅願寺でした。境内には、明治初期のキリスト教宣教師ベッテルハイムの碑もあります。
いずれご紹介しましょう。
この護国寺と対馬丸記念館の関係は、こちらをどうぞ。
対馬丸記念館のホームページ

そして、久米明さんのことをご報告に、大城立裕先生のお宅へ。
立裕オジイはカメラを向けると、いつも難しいお顔をされるので、なんとか笑わせて、写真家の石川真生さんが撮影したような笑顔をゲットしたかったのですが……。
大城さんのニコリ 大城さんのニヤリ

大城さんのオホホ
まあ55点というところでしょうか。
ちなみに、芥川賞決定の電話を受け大喜びの大城氏という、あの有名な写真は、実際の芥川賞決定報告の電話を切ったあとに、写真を撮りそこなった新聞記者に頼まれてポーズを取った「やらせ」なのだそうです。ああ、こんなこと、バラしてしまっていいのでしょうか。まあ、おめでたいことだし、やらせに乗ったのも喜びの延長の遊び心だったということは、皆さんの笑顔を見れば分かります。時効ということでひとつお許しください。
(文責:高山正樹)

大城氏のご自宅を辞して、さあ、金城くんと再会です。
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2月 1日日曜日: 沖縄出張初日

成城学園までタクシーで。これ以外では飛行機に間に合いません。
シャッターが開くのを待って…
成城学園前駅のシャッターが開く

小田急線の始発。
始発案内の電光掲示板

荷物が重いから、エレベーターです。
ホームへ降りるエレベーター

荷物が重いから、新宿からシャトルバスで。
新宿の夜

羽田に着いても、まだ暗い。荷物が重いのです。
羽田に到着したシャトルバス


どのくらい眠ったのでしょうか。気がつけば夜はもうどこかへ。
雲海
雲の上とは、遥か遠く手の届かぬものの喩え。人間は、いつからこれほど簡単に雲を見下ろすことができるようになったのでしょうか。
この旅では、謙虚でありたいと思います。だけれども、言うべきことも言わねばならないとも思うのです。どちらかがどちらかに遠慮していたり、おもねっていたり、拒否していたりしていれば、希望は、いつまでも希望のままでしょうから。

与論島です。沖縄本島のすぐ北だけど、ここはまだ鹿児島県です。
与論島
与論空港の滑走路が見えます。

沖縄本島に近づいて、滑降が始まります。
雲の中へ
機体は、揺れます。
期待は不安の相貌を帯びていきます。

でも、かんかん照りより少し曇っている方が、海は美しく見えるのです。
かつて僕は、こんな日記を書いたことがあります。是非読んでみてください。
http://lince.jp/mugon/kako…
つまり、幸福と「美しさ」とは相容れないものなのかもしれません。
でもそれは、あくまでも「理屈」のはなしです。

ともかく、久しぶりに、本島の海が美しいと思いました。初めて訪れた25年前の、あの時ほどではないけれど。その25年前よりも、さらに20倍美しかったのだと、津嘉山正種さんは、御自分が育った頃の沖縄の海を語ってくださいましたっけ。

リーフに砕ける波が見えます。波音は、想像するしかありません。
再び、ひとつの日記へ。
寄せる波が破壊し返す波が奪い去る

リーフに砕ける波1 リーフに砕ける波2 リーフに砕ける波3

まもなく着陸です。
着陸寸前の機影


妙な感傷はここまで。
まずはともかく、重い荷物を軽くしなければ。
おきなわ堂へ納入した荷物
完成した“人類館”のCDを、おきなわ堂へ届けました。

その後、JEFで昼食。
(mixiの日記にはこうコメントしてみました。
「まさか、イスラエル支援企業じゃないよね。」
つまり、こんな事だってちゃんと考えているんだよというポーズです。しかし、それはきっと重要なことではありません。mixiについては、思案中です。)

ゴーヤーバーガー
沖縄好きにはお馴染みのゴーヤーバーガー
ゴーヤーバーガーの中身
ポークと卵焼きは定番のコラボ。

さあ、今日はカミサンの実家へ。
シーサーん
ん? あ! 
もちろん君も紹介するさ。
シーサーあ
「ただいま……」
(文責:高山正樹)
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高山正樹 Masaki Takayama
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