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3月28日土曜日: 東京の「石敢當」

わけあって、久しぶりに自宅から事務所まで、7kmほど歩きました。

通り道で見つけた「石敢當」。
石敢當

ここは沖縄ではありません。それにちょっと場所が変です。本来はT字路や三叉路の道の突き当たりに置かれる魔よけ。ここT字路だけど突き当りじゃないし。突き当たりは反対側。

時々、うちの地図調査員が、現地表記として「石敢當」って調査結果を拾ってくることがあるんだけれど、どうも表札と勘違いしているらしくて、「石敢當」の文化を知らなければ致し方ないことかもしれないが、調査員たるもの簡単なフランス語の表記程度は読めなければならないということになっているのだから、やっぱり「石敢當」くらいは知識として知っていて欲しいかななどとも思うし、でも、表札と間違えるような場所にお土産で買ってきた「石敢當」なんかを置いてしまう沖縄フリークの「ナイチャー」の方がきっとよっぽど問題なのであって、沖縄の魔界の住人の習性から考えると、まっすぐ歩くしかないマジムン(魔物)が、突き当たりの反対側にある「石敢當」にぶつかって砕け散ることはまず無さそうなわけで、魔物の進入を拒むという本来の力を発揮する機会を奪われた「石敢當」は、なんともかわいそうだし…、しかし待てよ、そうか、あそこを三叉路だと解釈すれば、あの設置場所もあながち間違いとは言えないなあ、でも酔っ払ってヨロケたマジムンしかあの「石敢當」にはぶつからない……

テクテク歩いていると、頭の中でズラズラと言葉がめぐります。

なんだか気持ちがザワザワしています。

それを象徴するかのような突然の光景。
パトカーとウルトラマン

7kmほど歩いた「ワケ」は、いずれ…

3月27日金曜日: MINGLEを観て来ました。

そのころ、僕は大久保のMINGLEのコンサートへ。

MINGLEでバイオリンを弾いているKAOさんのことです。彼女、山猫合奏団にもご参加いただいたことがあるのですが、実は数年前の3年間くらい、沖縄限定で流されていた泡盛のCMで、酒蔵の中でバイオリンを弾いていた女性です。憶えている方、いらっしゃいますか?

KAO(植村薫)さんが参加した“どんぐりと山猫”第48回公演

MINGLEのコンサートについては、山猫合奏団のブログをお読みください。
http://lince.jp/lince…
(高山正樹でした。)


16:00、琉球新報。

7:00、沖縄タイムス。
そこで受付の山田早希さん(左から2番目)を囲んで記念撮影。
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(山田さんの右から玉城さん、金城君、そして宇夫方隆士、父です。)

国際通りで買い物。
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キーストーンというお店。金城君お勧め。
いってみればM.A.P.のライバル。でも私たちは正直に、いいものならばライバルだってなんだって紹介していきます。
だから、当ブログを、今後とも御贔屓に!

わたくし宇夫方路は、18:00より稽古。

これをもちまして、今回の「またもや宇夫方路の沖縄報告」は終了です。ご愛読、ありがとうございました。

沖縄報告その1から読む

壺屋焼物博物館のそばにある“にしのみや(北の宮)のうがんじょ(拝む処)”
北の宮
「北の宮」と書いて「にしのみや」と読むのです。

それから“フェーヌガマ(南窯)”
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沖縄の東西南北は難しい。
登り窯なのです。
フェーヌガマ
今は使われていません。というか使えません。修復は可能なのですが、煙害でご近所に迷惑がかかるからダメみたいなのです。でも煙害って、どういう害なんだろう。まさか有害物質が出るとか、そういうこともあるんでしょうか。それとも単なる匂いとか、洗濯物が干せないとか、それだけのことなのかなあ。

ダイオキシンが言われだしてから、東京あたりでは、もうすっかり焚き火が見られなくなってしまいました。もちろんビニールなんかを燃やしちゃいけないけど、落ち葉だけ燃やしていても文句を言う人たちがいます。今の子どもたちは、落ち葉を焼くあの焚き火の匂い、きっと知らないんだろうなあ。焚き火の煙の匂いがついた布団で寝るのも、なかなかいいもんだったんだけど。
「あーたろうか あたろうよー」
ところで、落ち葉のない、あったかい沖縄にも、焚き火の習慣はあったのでしょうか。

理科の教科書に、風速30メートルで瓦が飛ぶと書いてあったけど、沖縄の瓦は飛びません。
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カシャ!
null シーサーとマヤー
「ねーこは こたつで まるくなる」
そんな猫、沖縄にいるのかしら。


モノレールの牧志駅から歩いて壷屋焼物博物館へ。

壷屋焼物博物館 null

金城君と玉城郁恵さんと待ち合わせ。私も含めて全員10分遅れ。優秀。

博物館は1階は常設展で入場料が要ります。だからというわけではないのですが、1階には目もくれず、すぐに無料の3階へ。
だって3階では、陶芸玉城の、現代沖縄陶工展「玉城望・若子展」が開催中なのですから。
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壷屋焼物博物館HPの玉城望/若子展
壺屋陶器事業協同組合HPの陶芸玉城の紹介ページへ

トイレの手洗いも陶器でした。
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ちょっと、おきなわ堂へ
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21:00から踊りの稽古です。
今日の報告はここまで。というわけで、おやすみなさい。

昼食後、浦添市民体育館で開催されている第61回の“沖展”を観に行きました。

沖展

「沖展」とは沖縄県最大の美術・工芸公募展です。部門は、絵画・版画・彫刻・グラフィックデザイン・書芸・写真・陶芸・漆芸・染色・織物・ガラス、と多岐に亘っています。今年は700点近くが入選を果たし、また61点が入賞(沖展賞、奨励賞など)、それらが一挙に展示されているのです。
残念ながら撮影禁止。ここでご紹介できないのが残念です。

M.A.P.のお店が楽天市場に近々開店!

というわけで、昨日と今日、「しよん」「MOSO’S」の、頑張って「ものづくり」をしているみなさんをご紹介してきたのですが、その中にも沖展に出品されている方々がいました。
“MOSO’S”の“きのこさん”は、経浮花織着物「虹」という作品で奨励賞を受賞されました。織物の受賞作は準会員賞1点、奨励賞2点ですから、「きのこ、すごい!」って声を掛けてあげたい感じですね。

その他にもM.A.P.の市場で全国にご紹介したいような「もの」を作っている方々がたくさんいらっしゃいます。そこで「沖縄ものづくり」というカテゴリーを作ってみました。
http://lince.jp/hito/okinawamap/monodukuri

きのこさん以外にも、すでにM.A.P.after5で御紹介済みの方々で、沖展で入賞・入選された方がいらっしゃいます。

まず西岡美幸さん。お会いした時見せていただいたのは可愛いシーサーでしたが、入選作は怖いシーサーでした。
そして陶芸玉城のおふたり。ご主人の望さんは奨励賞3人のうちのお一人です。
奥さんの若子さんは入選。沖縄タイムスの記事に、若子さんのシーサーが写っていました。前回ご紹介した割れてしまったシーサーと同じデザインのものです。

入賞作品は今のところ下記の沖縄タイムスのサイトでご覧いただけます。
 ⇒http://www.okinawatimes.co.jp…
(※残念ながらもう見られません。ごめんなさい。2010年4月)

だんだん輪が拡がっていきます。楽天市場でのお店、うまくいけばいいのになあ。そのためには、伝統を重んじて最大限の敬意を払いながらも、沖縄特有のしがらみを乗り越えていくことも必要なのかも……。
未来に、新しい可能性の芽を見つけなきゃね。M.A.P.のおばさんやおじさんより、みんなずっと若いのだから。

連日、“みぃーむーん食堂”でお昼。
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トマトシチューと…
トマトシチュー

サラダ。
サラダ

時代は、自然食かな。

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北中城にあるMOSO’Sの工房へ。
機織機

MOSO’Sの三人です。
真ん中の橋川さんは、先日お会いした時にご紹介しましたが、今日また、あらためて。
MOSO’Sの三人
左から
“きのこ”こと大城智海(ともみ)さん。
“お団子”こと橋川初美さん。
“大人の女”こと玉城由加さん。

まだまだ織物だけではとてもやっていけない。だからみんなアルバイトしながら頑張ってます。決して楽ではないはずですが、なんて素晴らしい笑顔なんでしょうか。笑顔を忘れないこと、今の日本、彼女たちに見習わなければならない人たちがたくさんいるのかも。ねえ高山さん。
三人の笑顔のアップ
わたしたちは、もうすっかりMOSO’Sの三人のファンになってしまいました。
M.A.P.は、MOSO’Sの作品を、“しよん”に続く第2弾として、全国に届けるお手伝いができればいいなあと思っているのですが。

きのこさんのおばあちゃんが住んでいらした古い民家がMOSO’Sの工房。
トートーメー(仏壇)もそのまま。きっとおばあちゃんが見守ってくださっているのでしょうね。
トートーメーの前でお仕事

さあ、皆さんの作品をご紹介しましょう。
専属モデルでもある、“大人の女”さんに、作品のショールを巻いてもらいました。
ショールを巻いた“大人の女”さん
めがねを外して、ちょっとお化粧なんかしたら、きっと楽天市場で初のアイドルなんてことになったら楽しいのになあ……

3人の大切な作品たちです。
コースター、エコバック、箸袋(箸付き)、はがき、手ぬぐいなど。
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一点一点丁寧に織られていて、色合いも落ち着いていて、どれもこれもとてもいい感じ。染料も糸もすべて天然の素材を使って作っているのです。染料は草とか虫とか、虫? ひえー。

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今、化学製品アレルギーの子どもたちも増えています。そんな方たちには最適なのではないでしょうか。

きのこさん、グァテマラで織物の勉強をしていたことがあります。
最初は、グァテマラの織物の色に惹かれて興味を持ちました。調べるうちに色んなことを知りました。グァテマラでは各家庭で子供たちに着せるために織物をするのが当たり前、食事を作ったり掃除をしたりすることと同じように機織の仕事があるのです。村や家庭によってそれぞれ柄が違い、柄を見ればどこの村の誰が作ったものなのかがわかるのだそうです。
(もしかして、これが「生活の柄」ということかしら?)
それがとても素敵なことだと思ったきのこさんは、グァテマラまで飛んでいっちゃった、そして本格的にグァテマラ織を習ったのです。
でも、いくらやってもきのこはきのこ、グァテマラ人にはなれない、やっぱり自分の故郷で作りたい、そう思って沖縄に帰ってきたのです。

グァテマラ織は、木の棒に糸を巻き、それを自分の体に固定させて、反対側を柱などにくくりつけて織っていきます。
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え、それじゃあトイレにいけないじゃない、確かにトイレに行けないときもある、ってきのこさんは言ってました。
きのこさんのブログのサイドバーに、実際に木に括りつけているところの画像があります。どうぞご覧あれ。
きのこ(Tonmy)さんのブログ

グァテマラ織りです。
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きのこさんの織ったグァテマラ織りを、金城君が紅型で染めた作品です。コラボレーションですね。
金城君、「やっちゃいました」
これからどしどしやっちゃいなさい。

工房の庭に、あの「くさ」がありました。
おおきなちぃぱっぱ
おおきなちぃぱっぱ

屋根にはライオンのようなシーサーが。
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MOSO’Sの三人を暖かく見守っているのは、きのこさんのおばあちゃんだけじゃないんだね。

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《おまけ》
“生活の柄”の裏のスーパーにて。
見慣れぬものを見つけた…
ハンダマ ハンダマ100円
「ハンダマ」だって。なんでしょ、これ…
ほんとに、また明日。

那覇。夜の栄町。「生活の柄」という居酒屋で、織物工房“しよん”の長池朋子さんとお会いしました。
いよいよミステリーの謎解きの時です。

M.A.P.は、楽天市場に沖縄関連商品の専門店を開設することになりました。遅くても5月の開店を目指しています。扱う商品は“おきなわおーでぃおぶっく”のCDと、いしだ文栄堂から卸していただいた商品の他、沖縄の若い人たちが、丹精込めてひとつひとつ作っている「もの」たちです。

その「もの」第一弾が“しよん”の織物です。いずれきちんとご紹介しますが、今日はそのうちの目玉商品をひとつをご覧いただきましょう。
三線のストラップ(肩ひも)はロートン織、ティーガ(胴巻き)は首里花織です。
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ロートン(道屯)織も首里花織も、沖縄本土の伝統的な織物、首里織り七種のひとつです。ティーガとは三線の胴巻きのこと、三線を購入すればお決まりのティーガが付いていますが、それをオリジナルなものに変えるなんて、素敵ではありませんか。

これを皮切りに、今後いろいろな「もの」をご紹介していきたいと思います。どうぞお楽しみに。楽天市場および販売サイトが本格的に始動したら、どうか御贔屓に、よろしくお願いいたします。

というわけで、記念撮影です。(中途半端に飲むのは嫌だという長池さんに敬意を表して、今日のこの会となったのです。)
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ところで「生活の柄」とは、なんとも妙な名前ですが、ここの店のマスターは長池さんのお友達です。
マスターの奥様は井上真喜ちゃんのお友達の幼馴染でした。
真喜ちゃんの太鼓仲間の小泉さんを、太鼓の練習が終ってそのまま引っ張ってきちゃったのですが、明日の仕事が早いので残念ながらいらっしゃれなかったもう一人のお仲間の仲野さんが、長池さんのお友達だということが判明しました。
ともかく、沖縄は狭いのです。世田谷区民が殆ど区外に出ないで生活していると想像してみてください。学校も職場も世田谷区、遊びも飲み屋も世田谷区、そうしたら、きっとどこかで繋がってしまいますよね。

写真の後ろに写っているエメラルドグリーンの額縁。
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これ、くらげの絵です。紅型なのです。
この店のマスターはバンドを組んでいて、そのメンバーの奥さんの作品。バンドメンバーの旦那さんのほうも紅型を作っていて、ご夫婦で売れっ子の紅型作家なのだと金城君が教えてくれました。
このくらげには秘密があって、何回も通わないと、その秘密は分からないのだそうです。
なんだか気になる、新たなミステリーでしょうか。私たちのブログみたい……

では、また明日!

新都心の住宅地、“パリのパン屋”
パリのパン屋
金城君お勧めの店。

寄宮と壷屋の間の道、島唄カフェ“いーやーぐぇゎー”
いーやーぐぇゎー
マスターの小浜司さん。その肩書きは「島唄解説人」。
1983年沖縄のお正月のTV番組“民謡紅白歌合戦”を見せて貰った。
八木政男さんが応援団長。北島角子さんや北村三郎さんのお顔も。審査委員長は今は亡き大宜見小太郎氏。
白組の勝ち。

安謝小学校。
井上真喜ちゃんが毎週1回通っている太鼓の練習。
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大太鼓の後はエイサーでも使われるパーランクーという小さい太鼓。

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習っているのは、琉球国祭り太鼓や那覇太鼓直伝の振り付け。
後列左に島袋先生。真ん中は仲野さん。右端が小泉さん。仲野さんと小泉さんは真喜ちゃんがカルチャーでエイサーを習ったときの仲間。前列は島袋先生の娘さんとそのお友達。高校生。
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撮影担当は金城君でした。

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出陣先は大城先生のお宅です。
急遽収録が決まった“ノロエステ鉄道”のボーナストラックの録音のため。
詳細はOfficial_Blogにて…
http://ameblo.jp/okinawaaudiobook…

46分お話してくださって、収録できるのは15分程度、さあ編集が大変です。

大城先生、カメラを向けても構えることなく、もう頼まなくても笑ってくださるようになりました。
笑う大城先生

最初はこうでした。
http://lince.jp/hito…

ご無理を言って、奥様とのTwoShot。
大城立裕ご夫妻

若き日のご夫妻はこちらからどうぞ。
http://history.ryukyushimpo…
この写真の秘密の話はこちらでそっと……
http://lince.jp/hito…

午後4:00過ぎにお暇(いとま)して、次の予定は夜の9:00。
さあそれまでどうしようかな……

まず腹ごしらえ。
「みぃーむーん食堂」にて。
みぃーむーん食堂
以前は首里にあったお店が2月14日に西原でオープンしました。
材料にとことんこだわっています。使用するのは自然食品のみ。
ランチです。
ランチ
玄米雑穀米を選べます。おかずはヘルシーに野菜だけですが、スープと食後のドリンクと、そしてミニデザートまでついて、何と、お値段650円也。沖縄タイムスの朝刊で紹介されたばかりで大繁盛。お弁当を買いに来る人もたくさんいました。
(こういうお店が新聞に載ったとたんに、地元の人たちが集まってくるということは、沖縄の食生活も、ずいぶんと変わってきちゃったということなのかなあ。ランチは楽天市場じゃ出せないし……、ん?)

店長の呉屋君です。
(真ん中のナオちゃんがケーキ焼いてます。右の方のお顔になんだか妙なものがはりついているように見えますが、これはキッチンにぶら下がっている色んなもののひとつが重なっちゃったのです。こんど機会があったらきちんとご紹介しますので、今日のところはこれでごめんなさい。)
ぐぅー……
呉屋君たち

ピース!(それとも、じゃんけんぽん?
ピースのアップ


“みぃーむーん”の「みぃー」は「猫」で、「むーん」は「月(moon)」なんだとか。
あれ、これって、もしかして「勾玉」?
(勾玉の記事を読んでみてください。コメントも一緒にね。⇒http://lince.jp/…

でも金城君いわく、ウチナーグチの「新しいもの」という言葉にも引っ掛けているんじゃないかなって。

さあ、おなかいっぱいになったので、いざ出陣!

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3月21日土曜日: 「戦果アギヤー」のこと

紀伊國屋ホールへ、「OKINAWA1947」を観に行きました。

戦果アギヤーをモチーフにしたフィクション。戦果(せんくゎ)アギヤーを直訳すれば戦果をあげる人、戦後まもなくの沖縄では盗んだ米軍物資を戦果品と呼んだのです。

もう一度言いますが、これはフィクション、漫画です。宇夫方路の知り合いである作者のさいふうめい氏(竹内一郎さんのペンネーム)は、漫画の原作でも著名な方だから当然かな。
観劇した皆さんが、これは漫画であるということをきちんと理解した上で楽しんでいてくださればよいのですが(御自分の分身なのでしょうか、手塚治虫らしき少年が出てくるから大丈夫だとは思うのですが)、でもちょっと一言……

戦後沖縄での戦果アギヤーは、特別な集団ではありませんでした。普通の人が、普通に戦果アギヤーでもあったのです。家族を奪われ、土地を奪われ、「祖国」と信じていた(?)国からも見捨てられ、豊かな米軍から生活資材をちょろまかさなければ生きていけなかったという事情もあるのです。
現代の、どこかの海の海賊も、もしかすると…、いやいや失言です。戦果アギヤーは非武装、そこが全く違う。
「OKINAWA1947」において戦果アギヤーは罪悪感の全く無い盗賊団として扱われている、このことは、確かに沖縄の実感と合っているとは思います。でも実際の「戦果アギヤー」は、庶民のヒーロー「ねずみ小僧」のような、特別な存在ではありませんでした。

沖縄市が編纂した沖縄市史資料集の一冊に、「インヌミから 50年の証言」という号があります。(インヌミとは戦後間もなくの海外や沖縄県外からの沖縄へ引揚げてきた人たちを収容した施設の名前です。)
インヌミから
その中で、八木政恭さんという方が、次にような証言をされています。
「当時の(トラック運転手仲間の)あいさつは、『こんにちは』なんていわないです。『チャーヤガ、戦果ヤアティ』(戦果はあげたか?)なんです。戦果はあげて当たり前みたいなところがあって、中には亭主が戦果をあげきれないという理由から、離婚した夫婦もいたんです。」

また僕のカミサンの母親から聞いたはなしも御紹介しましょう。義母は、戦後、基地の中で働いていたのですが、シーツや枕カバーやコップなどを、ちょくちょく失敬してきたと言います。それも「戦果」であったのだと。
「今思い出すとドキドキするさー」
アメリカシーツは上等だったから、使わずにビニールに入れてずっとしまっておいたのだとか。
余談ですが、知念正真氏の「人類館」の中に出てくる「アメリカシーツ」のくだりを思い出します。沖縄の少しお歳を召した方々は、「人類館」という作品の中で語られる漫画のようなエピソードのひとつひとつが、かつて御自分たちが経験した実体験を映しているからこそ、「人類館」を観て聞いて、げらげらと笑われるのだと思うのです。

「戦果」にもいろいろあったのでしょう。いずれにしても、その頃の「戦果」について、悪いことだったと思っている沖縄の方は少ない……、いや、やっぱりこれは失言ですね。戦果アギヤーから、極悪非道として名高い沖縄やくざが生まれたこともまた事実なのですから。

戦果アギヤーが米軍基地から原子爆弾を盗み出してしまうという「OKINAWA1947」の着想は愉快です。観た方々が、これをきっかけにして、戦後間もなくの、本当の沖縄の実態に興味を持つようになってくれればいいなあと思いました。

そしてもうひとつだけ。
沖縄の独立を主張することから、日本への復帰を選択する立場へ到る道程は、決して単純なものではありません。お芝居の最後に、唐突に日本復帰の話がアナウンスされたのですが、それでいいのかなあと思ったのです。それが「まとめ」のように感じられて、それで僕は、ここまでクドクドと申し上げてしまいました。

現実のある一面を切り取って料理してみせる、これはアートの醍醐味です。漫画も同じ。でも、そこに「まとめ」みたいなことを忍び込ませるのは少し危険なのかも。
かの、よしのり氏の漫画をも含めて、そういう表現に出会って何かを感じたら、是非とも別の角度からの作品も、探し出して触れていただきたいと思うのです。
できれば、「カクテル・パーティー」とか「人類館」とかね。

竹内一郎さん、色々失礼を申し上げました。ごめんなさい。

関りえ子さんが振り付けた踊りについては、わたくし門外漢なので、そちらは宇夫方女史にまかせましょう。
関りえ子琉舞研究所が送った花

そんなことを考えていたので、打ち上げへのお誘いを丁重にお断りして帰途につきました。
あ、龍前照明の竹ちゃんとこに顔を出すの忘れちゃった。
(文責:高山正樹)


Official_Blog にも書きましたが、対馬丸記念館から「対馬丸通信」18号が届きました。
対馬丸通信のロゴ

それには昨年9月23日に琉球新報に掲載された“おきなわおーでぃおぶっく”の記事が紹介されていました。

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他に記事がなかったのか、あんまりCDが売れないからか、いずれにしてもご紹介くださることはとても有難いことで感謝なのですが、今日ご紹介したいのは、その右ページの記事のことです。
「沖縄通信no.2」でご紹介した沖縄戦の遺骨発掘収集活動をしていらっしゃる「ガマフヤー」の具志堅隆松さんが、対馬丸記念館で講演をされました。その時の要旨が掲載されているのです。その中に、具志堅さんでなければ書けない一文がありました。それをここで、ちょっとご紹介したいと思うのです。
注釈なしで……

「壕内の収集でよく見られる、上半身が無い遺骨の原因が解ったときはショックでした。なぜ上半身が無いのか、それは手榴弾による自爆者の遺骨なのです。日本軍は兵士に手榴弾を2個与え1個はアメリカ兵を殺すため、もう1個は捕虜になる前に自分を殺すために使えと命令しています。(中略)そしてその遺骨の傍らには、アメリカ兵に対して使うことのなかった手榴弾が残っています。」



昨日、録音終了後、ささやかなお疲れさん会をしました。
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(野郎どもはiPhoneの液晶を見つめているの図)

一夜明ければ、次へ向かって走り出さなければなりません。
船津好明さんのご紹介で、「沖縄語を話す会」の事務局長、國吉眞正さんに、新宿でお会いしました。
國吉眞正さん
(國吉さんの右には、もう一人いらっしゃるのですが、今日のところはご紹介を控えます。)

たっぷりと5時間近く、お話ししました。ウチナーグチについて、お伝えしたいことが山のようにあるのですが、しかし、ブログというような時間にせっつかれた場所では、なかなかご報告することは困難です。したがって、慌てて語ることは諦めました。いずれアカデミックに、“おきなわおーでぃおぶっく”のOfficial_Siteに専用のページを作成して、そこできちんとまとめようと考えています。

とはいえ、今までのブログ記事と関連のあることを、エピソードっぽくご披露しましょう。

まずは鼻濁音のはなし。
去年の12月、アナウンス講座なるものを見学した際に、僕はこんなことを書きました。まずはお読みください。
http://lince.jp/hito…

3ヶ月前は、ずいぶんと講座の先生に気を使って書いているようですが、あらためて僕は、「鼻濁音が日本語の美点というのはおかしい」と、大きな声で叫びたい気持ちになってきました。
沖縄には鼻濁音はありません。それは、なにも沖縄に限ったことではないのです。日本のかなり多くの地域で、鼻濁音などないのですから。

八木政男さんとお会いした時にも、この話題が上りました。
http://lince.jp/hito…
ウチナーグチに「はなむにー」という言葉があります。まあこれは、風邪なんか引いたときの「鼻声」みたいな状態を指す言葉ですが、沖縄では鼻濁音も同様に笑われる対象、風邪ひきの優男(やさおとこ)がもてるのは、江戸という街だけということなのかもしれません。
役者の場合、経験上、標準語なら鼻濁音であることが正しい場合でも、時に確信犯的に鼻濁音を採用しないことがあります。そういう経験談を、去年もアナウンス講座の先生にお話ししてみたのですが、黙って無視されました。
また鼻濁音には強弱があって、時に鼻にかかる度合いが強くて、鼻濁音としては実にすばらしいのですが、しかしなんとも気持ちが悪いという場合もあるのです。
おきなわおーでぃおぶっくのCDのはなしですが、津嘉山正種氏の「人類館」のこと、ウチナーグチの部分は当然ですが、地の文でも、本来は鼻濁音でなくてはならない箇所の多くを、津嘉山さんは鼻濁音で語ってはいません。この「人類館」という作品にとっては、それが正解であり、「美しい」と思うのです。
そして昨日、あの、久米明さんの「ノロエステ鉄道」の朗読でさえ同じだったのです。伺ったところによると、久米さんは「沖縄を読む」ということで、鼻濁音をどうするか、かなりお考え下さったようです。結果、大城立裕先生がおっしゃった「鼻濁音の気持ち悪さ」は完全に払拭され、逆に「清い」美しさが加味されたと思います。

沖縄という風土の中で、鼻濁音に出会うと、とても違和感を感じます、そんなお話を、今日もしたのでした。鼻濁音は美しいものだ、それが正しい日本語なのだということが、まことしやかに語られるのはいかがなものでしょうかと。

もうひとつ。「わー」のはなし。
「私」も「豚」も、ウチナーグチではどちらも「わー」だというはなしです。
FM世田谷の“せたがやじーん”に出演した時もこの話をしました。
http://lince.jp/hito…
儀間進さんとの雑談をご紹介した時も、「わー」のしゃべり方について触れました。
http://lince.jp/hito…

つまり、「私」も「豚」も「わー」であるという言い方は、実は正しくありません。「私」も「豚」も、ひらがなで表記するならどちらも「わー」と書くしかないということなのです。
言語学的に言うと、豚の方の「わ」は声門破裂音(Glottal_stop)という子音です。声門(声帯)を閉じた状態から、発声と同時に声門を開いて声を出す破裂音なのです。国際音声記号では、クエスチョンマーク(?)から下の点を外したような記号が使われます。PCではこんな記号はありませんから、ここでは便宜上「?」で代用しますが、「私」の「わー」の「わ」は「wa」で「豚」の「わー」の「わ」は「?wa」です。
これをむりやりひらがなを使って表記しようとすると、「ぅわ」というのが一番近いのかもしれません。しかしやっぱり近いだけで「ぅわ」ではないということが問題なのです。ウチナーグチに触れたことのない大和の人たちには、この「わ」の前の「ぅ」は聞き取れません。というより、「ぅ」ではないのです。日本語の感覚で「ぅわ」を読んでしまうと、それはやっぱり「うわ」であって、これは声門破裂音ではありません。

母音と「わ行」と「や行」と、それらの関係については、そのうちきちんと体系的にまとめてご説明したいと思います。
また、ウチナーグチの表記についても、いろいろな考え方があるようで、もう少しきちんと調べて、その勉強結果をご報告したいと思っています。少々お待ちくださいませ。

その他、「口蓋化」や「高舌化」など、なんだかちょっとおもしろくなってきました。ウチナーグチを考えることで、日本語を再発見することにもなりそうです。
(文責:高山正樹)

おなかすいた…
そうだ、喜多見のお寿司屋さんにいた菊地さんとこ行こう!
「おや、久しぶりだねえ」
菊地さん
今は歌舞伎町で板さんやってます。
花粉症で鼻声(ハナムニー)の男が江戸前の寿司を食う…
ご馳走さんでした。

さあ、帰ろう(けえろう、これも高舌化?)…
夜の新宿


恵比寿の1991のスタジオにて。

ブースの中で…
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事前の打ち合わせ…
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録音中…
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あの日と同じ久米明さんでした…null
お疲れ様でした…


なぜ言葉少ななのか。
それは語りたいことがありすぎるから。
まずはOfficialなサイトでオフィシャルなことは告知しました。
Officialなブログで、かなり伝えたいことが書けました。

でも、まだまだ足りません。それはもう少しナイーブなこと。
ノロエステ鉄道の出発点がエスペランサという町であったということ。
エスペランサとは、希望という意味。
かつて世界語エスペラントに託した夢と、大城立裕という小説家のこと。
一世の人生。二世のこだわり。三世の希望。孫の世代ということ。
全て沖縄のこと。

いずれ、どこかで書きます。
人気なくても。
きっと……
(高山正樹)


3月16日月曜日: 宇夫方路版“晴読雨読”

琉球新報から新聞が届きました。
“晴読雨読”で宇夫方路が岡本太郎の「踊る島」について語る!
昨日の日曜日、15日付の琉球新報です。

詳細は“おきなわおーでぃおぶっく”のOfficial_Brogをお読みください。

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残しておこう…




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3月15日日曜日: “OKINAWA1947”のお稽古に

私の師匠、関りえ子先生が踊りの振り付けを担当しているお芝居の稽古に行ってきました。
オフィスワンダーランドの“OKINAWA1947”
OKINAWA1947のチラシ

関さんがこの劇団の振り付けをするのは6年ぶり2回目。
琉舞を踊る女優さんたちは、なれない手の使い方を一生懸命に稽古していました。
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(黒い紅型の稽古着を着ているのが関りえ子さん。)

演出家の竹内一郎氏は、宇夫方路が早稲田小劇場の研修生だった時の仲間です。
竹内一郎氏
一緒に研修を受けた頃から早30年、お互い歳取ったなあと、しみじみ。
今回の公演には、やはり研修生だった細井史江さん(この日はいませんでしたが)もトレーナー(って何?)として関わっています。

具志充氏(右)も今回の芝居で使われる唐手の型の指導に来ていました。
具志充氏と共に
具志さんは関りえ子琉球舞踊研究所の後援会長。関先生の高校の同級生です。(ということは、高山正樹の奥さんとも同級生ということなのかしら?)

今回の芝居は戦後の沖縄の盗賊団「アギヤー」のお話し。踊りあり、エイサーありで楽しめる芝居。
「俺は暗い芝居は出来ない」と竹内くん。

ちなみに、照明のプランナーは、龍前正夫舞台照明研究所の竹林功くんです。
いやいやみなさんそれぞれ立派になられているわけですから「くん付け」はいけませんね。大変失礼しました。

20日から22日の三日間、新宿紀伊国屋ホールにて。みなさんどうぞ足をお運びくださいませ。
(それにしても、やっぱり狭い世界……、宇夫方路でした。)


水才くんから、昨晩の画像が届いた。

【3月14日の魚菜での祝勝会】
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《水才君のコメント》
 昨日の祝勝会はたくさんの人たちに集まっていただいて、
 大変盛り上がりました。
 高山さんと宇夫方さんが来れなかったのは残念ですが、
 昨日は超満員で座るところがなかったかもしれません。
 お店の奥に応援手ぬぐい貼ってもらいました。
 なにげに光石のサインが書いてあります。
 いつか本物のベルトでお祝いしたいですね。

加えて、試合の日の入場シーンの画像も送ってくれた。
入場シーン

この画像をちょこっといじくってみた。

冷静と…
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狂喜乱舞!
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居酒屋“あさの”での中真兄弟の記事を読む

前明星大学経済学部教授、現法政大学沖縄文化研究所研究員、船津好明さんと新宿でお会いしました。
船津さん
メインの肩書きは沖縄語教育研究所長。元創造の女優さん、桑江テル子さんのお知り合いです。劇団創造の又吉さんにご紹介していただいたのです。東京近郊にいらっしゃってウチナーグチの話せる方を紹介してくださることになりました。

ウチナーグチをしゃべりたいというたくさんの若者たちを集める、なかなか大変ですが、一歩一歩こうして進んでいくしかありません。焦らず地道に。ああ、でも儀間さんのために、早く形にしたいなあ。

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宇夫方路の帰京とともに、沖縄から送れなかった画像が届きました。それを追加でご紹介いたします。

《9日の追加画像》

【大城先生宅の壷たち】⇒その時の記事へ
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鑑定能力なし。

【劇団創造の稽古場】⇒その時の記事へ
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この雑然と散らかっている感じが稽古場っぽいね。


《10日の追加画像》

【陶芸玉城】⇒その時の記事へ
焼く前。
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登り窯の火加減を覗く穴。
登り窯の火加減を覗く穴 穴のアップ

登り窯は火力の調節がとても難しいのです。でもその揺らぎがあるからこそ、思いもよらぬ味のある作品が生まれることがあるのです。つまり、陶芸とは偶然の芸術と言えるのかもしれませんね。他力本願のようにも聞こえますが、人間というものが本来自然から生かされている存在だと考えるなら、なんだかそれが、正しいあり方のように思えてきませんか。
とはいうものの、安定しない火力のせいで、せっかくの作品が割れてしまうこともよくあるなのことです。
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でも、いちいちそれを残念がっていては、陶芸に携わることなんて出来ません。なんだか人生みたい。ふっと「諦念」という言葉が浮かんできました。

できあがり!
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【ちぃぱっぱ】⇒その時の記事へ
だんだん近づいていくようで、なかなかいい感じ。
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泊まれるんですね。
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でも、いくら?

メニューです。これは重要な情報です。
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ピザ。おいしそう…
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でも、たべ過ぎじゃない?

【この人だあれ?】
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おきなわおーでぃおぶっくのCD販売を委託している高良レコード店です。
高良レコード店

どこかな…
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あった!
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国際通り久高民藝店で金城君と玉城さんと待ち合わせ。
久高民藝店

金城君お勧めのお店“キッチン椿”は2F。
傾いた看板 “キッチン椿”の入口 null
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食後はコーヒー。
喫茶店にて

帰る日、稽古の時間まではマッタリと…

バスで太鼓の稽古場へ
稽古場の看板 稽古が終ったら空港へ向かいます。


【うぶかたの夜の報告】
“ななしん屋”のママ。いままでちゃんと撮ったことがなかったので。
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“土”の夜を任された大西君。兵庫県出身。
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おやすみなさい……

【高山正樹から】
“パラダイス通り”というカテゴリーを作ってみました。
http://lince.jp/hito/okinawamap/paradise/

M.A.P.が委託販売を始めた100店シリーズ。
そのうちの“海が見えるお店”シリーズの一軒が近くにあるので、寄って見ることにしました。
眺望の茶や“ちぃぱっぱ”です。
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おかあさん、ボカシて撮ってね、だって。

ちぃぱっぱの正体はこれです。
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和名はつわぶき。キク科の多年草。花言葉は「謙譲、困難に傷つけられない」
ちぃぱっぱのおそばの麺にはつわぶきの葉っぱが練りこんであるのです。
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こういうところで食べられるんです。
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厨房からここまでおかあさんが届けてくれるのですが、雨の日はどうするんだろう。雨の時は大変ですねっていったら「そうなんです。傘さしていくんです」だって。

さあ海です。写真のプロではないので、あんまりきれいじゃなくてもごめんなさい。
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下から“ちぃぱっぱ”を見たところです。
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これから100シリーズを、本とはちょっと違った角度から、ひとつひとつご紹介したいと思っているのですけど、うーん、でも、「内地」で本が売れてくれないとだめかな。
是非、お買い求めください。おねがいしまーす!
M.A.P.販売サイトへ
“ちぃぱっぱ”のホームページ

おまけ。
玉城さんに教えていただいた、近くで開催中のつつじ祭りです。
東村つつじ祭り

【うぶかたの報告】(※括弧内は高山正樹のコメントです)

今日は、金城君の運転でやんばるへ。
大宜味村で焼き物(やちむん)をやっている玉城さんご夫婦に会いに行きました。
国道58号を北上し、山の方へ入っていく曲がり角のファミリーマートで一服。
あ、100店シリーズが置いてある。
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(※ファミマの陳列棚じゃないみたいですね。)

コンビニから道を隔てた向こう側は海。いい天気、とても気持ちが良いです。
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(※絵になってるんだか、なってないんだか)

金城君がカニを見つけました。
掌の上の極小の蟹
(※おじさんには、よく見えないのですが)

いよいよ山へ
この先、目的地への目印が何もないということで、玉城さんが途中のスーパー(?)まで迎えに来てくださいました。
お店の入り口に「ハイケイあります」という張り紙。
「ハイケイあります」という張り紙
「ハイケイ」ってなんだろう。どなたか教えてください。
(※なんで玉城さんに聞かなかったの。奄美にはケイハンという食べ物がありますが、ケイは鶏、ハンは飯。関係ないかしらん?)

陶芸玉城に到着です。
陶芸玉城

玉城望さん若子さんご夫婦です。
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(※どうして奥さん、旦那さんの影に隠れていらっしゃるのしょう)

この辺は寒いのです。だから、去年薪ストーブを買ったそうです。
薪ストーブ
といっても沖縄で薪ストーブを見つけるのは困難。パソコンもお持ちでないので、ネット購入もできず、寒いところならあるだろうと、北海道に住んでいるのお友達に頼んだのですが、結局そのお友達もネットで探して、ストーブは新潟から届いたそうです。
(※沖縄のパソコン普及率、低い感じです。いいことなのですが、M.A.P.としてはなかなか辛いなあ)

登り窯です。
登り窯
工房も、この登り窯も、ご自分たちで作られたのだそうです。
(※ほー!)

一番手前に火を入れて、そこが1200度くらいになったら次の窯に火をいれて、だんだんに上の窯まで行くのです。
一回火を入れたら40時間は付きっ切り、お二人交代で作業するそうです。
(※ふーん!)

お二人の作品です。
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(※このカラカラで泡盛を飲みたいなあ。あれ、後ろに見えるのは、もしかして島バナナじゃないの? でも島バナナにしてはちょっと細いかなあ……)

玉城さんが拾って育てている犬です。
null ケンと null ポチです。

ケンはオスとメスの双子でした。でもメリーは死んでしまいました。
ポチは大怪我をして倒れているのを、ここで死なせてはかわいそうと連れてきたら元気になったんですって。
夏休みや連休になると、ヤンバルの森に、たくさんの犬が捨てられるのだそうです。
(※押井忍のファンというわけではありませんが、ちょっと思い出しました。犬が捨てられるのは、都会だけではないんですね。ここでもやっぱり、野犬は嫌われ者なんだろうなあ。心優しい人間でも、犬が自由に生きることを許すまで寛容にはなれない。捨てるのが無責任、それはそうなのだろうけれど、飼われている犬は、本当に幸せなのでしょうかなんてね。言っちゃいけないこと言いました。)

続く。(※また続くのかい)

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【うぶかたの報告】
車を降りると、真喜ちゃんが下向いてなんか言ってます。
「あ、マンホールが闘牛だ」
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ちょっとご相談があって、劇団創造で制作を担当されている又吉さんと、赤道の春日国際ホテルのロビーで待ち合わせ。
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制作で一番大変なのはお客さん集め。
「そうなんですよね。本番当日雨が降ったりしたらお客さんは入らない。そんな時、雨のせいにするけど、本当は制作の問題なんだよ」
先日の「人類館」の公演は大入りでした。
「あれはがんばった」

劇団創造は再来年50周年を迎えるということで、今、企画検討中。まだ何をやるのか決まっていないのに、井上真喜ちゃんと金城史彦君とわたし、3名予約しました(笑)。

創造の稽古場を見せてもらいました。
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なんと贅沢な空間。うらやましい。

又吉さんに色々とお頼みした後、那覇に戻ってジュードーチョップへちょっとご挨拶。
今日は看板猫ちゃん少しだけ動いてくれました。
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……変身!

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なんちゃって。
国際通りのドトールで、壺屋の工房で働いている西岡美幸さんにお会いするのが今日の最後のスケジュール。
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熊本出身の方。かわいいシーサーを持ってきて見せてくださいました。
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沖展で毎年入選していらっしゃるとのこと。でも入選作品はとっても怖い顔の迫力あるシーサーなんですって。
その怖いシーサーの写真は後日送ってもらうお約束をして、今日はかわいいシーサーだけをご紹介します。
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以上、二日目の報告終了でーす。

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【うぶかたの報告】
朝、大城立裕先生のお宅に行きました。
先生のお宅の近くで島バナナ見つけました。
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いつものとおり、帰る前に写真をお願いしたのですが、撮った画像をチェックなさって、「笑ってないからだめだ、もう一回」だって、うふふふ…
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先生、まんまとM.A.P.に影響されつつある?
大城先生の笑顔にまつわる記事

その後、金城君と待ち合わせて沖縄市のプラザハウスへ。昨日まで仕事で忙しかった真喜ちゃんも息抜きにドライブに付き合ってくれました。
織物を作っている橋川初美さんに会いました。
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橋川さんはお仲間3人でMOSO'Sという織物のグループを作っています。
名前の由来は「妄想」。
初美さんのブロマイド風アップ。
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橋川さんは音楽好きで、自分が聞きたいキングブラザーズというグループと直接交渉し、4月11日に沖縄でライブが実現、今そのチケット販売で忙しいそうです。

ここプラザハウスの3階にとてもおいしいカレー屋さんがあると井上真喜ちゃんがいうので、お昼ご飯を食べに上がって行きました。
真喜ちゃんにこのお店を教えてくれた人の話では、ここは沖縄で一番おいしいカレー屋さんだそうです。
なんて話をしながら店に入ったら、その教えてくれたという方にばったり。
本当に久しぶり、とても不思議な再会。真喜ちゃんて、そういう偶然が起きそうな、不思議な女って感じ。

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カレーだけじゃなくて、焼きたてナンもとってもおいしかったです。
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壁にかかっていた像のアップ。
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特に意味はありません。

おなかがいっぱいになったところで、プラザハウスから少し北にある、劇団「創造」の稽古場へ向かいます。

続く。

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【うぶかたの報告】
首里の「富久屋」というお店。
富久屋の看板 富久屋の入口

“しよん”のメンバーに会いました。
紹介してくれた金城君も同席してくれました。
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後列左から金城君、喜久村敦子さん、山城恵美子さん。
前列は左から富久屋のマスター、私、そして長池朋子さんです。
長池さんは前回のおきなわワールドでお話ししました。敦子さんはその時の貴子さんの妹さん。山城さんは初めましてですね。
怖いおかみさん(マスターいわく)は今日は確定申告のためお休み。
このマスター、べらべら方言でしゃべるからよくわからん。金城君もなまりが強いって、どこの言葉だろう……、マスターに聞いたら首里だって。

定食を食べました。
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喜久村さんと山城さんは全くお酒が飲めないそうなんですが、長池さんはお酒大好き。一杯飲むくらいなら飲まない。いっぱいじゃなきゃ。って。というわけで本日はアルコール抜きでした。めずらしい。
長池さんは、今度高山さんと飲むのを楽しみにしています。

ホテルに戻る頃、井上真喜ちゃんから電話。仕事が終わってほっとしたとこでご飯も食べてないというので、(私は飲みたいので)カフェZOUに行ってワインを飲みました。
こんなことなら長池さんを帰すんじゃなかった。

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ママ(というには若すぎる?)と真喜ちゃん。

一日目の報告、終わり!

【高山正樹の勤務評定】
あのさ、いったい何しにいったの? これじゃあ、ただどこ行ってなに食ったってだけじゃない。仕事したの?

【うぶかたの弁解】
織物工房“しよん”はミステリー。

【高山のコメント】
バカタレ…

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3月 8日日曜日: “Sun-心”とThree Blue Birds

この日、喜多見の駅前ではフリーマーケットが行われていました。
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そいつを横目に見ながら、目黒のへ。目的地は“やさしい予感”というギャラリー。
何をしに行ったのかは山猫合奏団のブログを見てください。
http://lince.jp/lince/…

ここでご紹介するのは、そのギャラリーの二階で開催されていた“Sun-心”という沖縄写真展のこと。
古後(こご)雅さん、KYOKOさん、五味正伸さんの3人展です。
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サブタイトルに「沖縄~OKINAWA~おきなわ」とあります。
そして「古後雅~C.W.KYOKO~ごみまさのぶ」とも。
なるほど、なかなか深いのかもしれない。
「Sun心」は三線とも掛けているのかな。

古後さんと五味さんです。
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残念ながらこの日KYOKOさんはいらっしゃいませんでしたので、置いてあった名刺でご勘弁。
KYOKOさんの名刺

この日出会えたのも何かのご縁、お三方の写真について、そのうちにあらためてご紹介できることになればいいなあなどと空想しているのですが、今日は五味さんの撮影された一枚の写真を見ていただきたいのです。
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これがイソヒヨドリの正しい姿なのです。
中城で撮影した、メタボイソヒヨドリを再掲しますのでご覧あれ。
太ったイソヒヨドリ
その日の記事を読む

一緒に五味さんの写真を眺めていた白石准がとなりでポツリ。
「これ、ゴーシュのカッコウみたいだ」
ほほう、なるほど、山猫合奏団のセロ弾きのゴーシュで使う小道具のカッコーは、灰色ならぬ青色。さらに中城のメタボのやつの方がさらに似ているではないか。
カッコウの小道具も再掲しちゃえ。
カッコーの人形
その日の記事も読む

ミステリーの兆し…

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3月 5日木曜日: 昨日のM.A.P.の見解を訂正

昨日は、沖縄からの金城史彦君の報告をアップしました。
少し急いでアップしたために、補足で書いたM.A.P.の見解が、若干性急な表現となっていたので、本日修正をいたしました。
昨日及び本日22時以前に記事をお読みくださった方は、是非再度お読みくださいますようお願い申し上げます。

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本日は一日書斎にて、過去を振り返っていました。
これも、金城君のお陰かもしれませんね。

【沖縄通信 No.2】(担当:金城)

「沖縄と戦争」というハナシをすると、「またか…」と嫌悪される方もいらっしゃるかもしれません。実際、沖縄・ウチナーンチュと関わるとあまりにもその話題に行き着くコトが多い。というコトを考えると理解できないハナシではありません。

四六時中考えてもらいたいとは思わないし、そうするコト自体無理なハナシだと思います。ただどうしても忘れて欲しくないコトは沖縄が、「国内で唯一住民を巻き込んだ地上戦」が行われたという記憶を持つコト。そして、その戦争が生み出した「負の遺産」(もちろん米軍基地も含めて)を未だに背負わされ続けている、という事実です。

そういえばつい最近も、不発弾の爆発事故で作業員の方が重症を負うという痛ましい事故がありました。
そんな沖縄に数多く残る「負の遺産」に関わる活動の中でも、私が以前から関心を持ってみていた活動がありました。それは「ガマフヤー」というグループの活動です。

「ガマ」とは自然の洞窟のコト。沖縄戦当時、各地に点在する自然の洞窟がそのままの状態で、時には手を加えた後で避難壕や防空壕として利用されていました。よく知られるガマとして「アブチラガマ」や「チビチリガマ」などがあります。「フヤー」とは掘るヒト。

つまり「ガマフヤー」とは「壕(ガマ)を掘るヒト」のコト。

「ガマフヤー」の活動は今なお沖縄各地に当時そのままに遺される、沖縄戦の遺骨・遺品を発掘収集するという活動で、元々は具志堅隆松さんという方が個人的に始めたもの。具志堅さんはまったくのボランティアで何十年もこの活動に携わってきました。

2月17日(火)、縁あって友人のご紹介により、「ガマフヤー」の具志堅隆松さんにお会いし、その活動の現場でお話しを伺う機会が持てました。

お会いした場所は、区画整理、開発により記憶から消されるのも時間の問題の那覇市真嘉比。沖縄戦最大とも言われる通称「シュガーローフの戦闘」が行われた場所に連なる地域。
シュガーローフの記事を読む

普段は施錠され立ち入り禁止の場所。
立ち入り禁止の看板

沖縄の隠れた偉人、「ガマフヤー」の具志堅隆松さん。
具志堅隆松さん

元々このあたりは昔からの墓地で、関係者の特定されたお墓は別の新しい場所へ移動されています。
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ちなみに私の父方のお墓も以前はこの一帯にありましたが、周りの地形があまりにも変わってしまったため、どの辺りにあったのかわかりませんでした。

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この古いお墓(亀甲墓)の調査のため、記憶が消されるのがかろうじて免れています。調査が終われば一気に消されてしまう場所です。ちなみに現在の那覇市おもろまちはほとんど発掘収集活動が行なわれるコトなく、開発されてしまったとのコトです。
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壕の推定図です。
地図上のピンク色?の線が日本軍が掘ったと思われる坑道を表わしています。
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角ばった青い線の囲みがお墓。亀甲墓の大きさとカタチがわかります。

具志堅さんが発掘された遺品の数々。
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パッと観なんだか分かりませんが、錆びて朽ち果てた砲弾の破片だそうです。この辺りにはそれこそ腐るほど埋まっているモノです。
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具志堅さんが発掘現場の坑道を案内してくれました。土砂で埋まってしまった坑道を具志堅さんが手作業で発掘した場所です。
お墓の裏側からお墓のお骨を収める際に開け閉めされる扉へとつながっています。
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身元不明の遺骨です。
当初、写真を撮ることに躊躇しましたが、身元の判別につながるような遺品の無い遺骨が発見された場合は、できるだけ多くのヒトにこの事実を知ってもらいたいという具志堅さんのお話しを聴き、シャッターを押すコトにしました。そんなモノ観たくないという方もいらっしゃるかもしれませんが、これが沖縄の現実なのです。
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今回は短い時間での参加でしたが、次の機会には是非何かお手伝いができたらと思っています。もし、この問題に関心を持たれた方がいらしたら、私へお声掛けいただけたらと思っています。
(文責&撮影:金城史彦)

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3月 2日月曜日: “沖縄通信”が始まる

夜、沖縄の金城君から第2回目の沖縄通信が届きました。
第1回の沖縄通信は、宇夫方路女史の代わりに画像を撮影してもらって、コメントつけて送ってくれたものでしたが、今回はお任せです。)
でも、今回送られてきた画像のうち数枚が開けず、再送願っているので、残念ながら本日はご報告できません。

今までの「沖縄、見つけた!」というカテゴリーの名前を「沖縄のことを…」に変更して、そのサブカテゴリーに「沖縄通信」を追加しました。

不発弾処理や米兵の犯罪や開発による自然破壊のニュースが、毎日のように沖縄の地方新聞に載っているということは、沖縄以外でも、多くの日本人がよく知っていることです。いや、「よく知っている」というのは御幣があるかもしれませんね。そうしたニュースのひとつひとつが「中央」で報道されることは、ほとんどないのですから。しかし、沖縄の現状は多分そうなのだろうなあということは、たくさんの人が知っているはずです。
(もちろん、知らない人もたくさんいますよ。でもね、そうした人たちは現在の日本の外務大臣の名前も知らないという人たちです。)

沖縄の置かれている状況はわかっている、でも沖縄の未来は一向に見えてこない。この閉塞状況に、多くの日本人が無力感に包まれているということなのかもしれません。

僕は、20年ほど前の数年間、沖縄の地方紙を読んでいました。過去からの連続を確認するために、それ以前の縮刷版も購入しました。また大手新聞も数紙を入手し、沖縄関連の記事全てを切り抜いてスクラップにしました。日々怒りながらその作業を続けたのです。けれど、まるで賽の河原、状況は全く変わる気配を見せない。とうとう精根尽きて、スクラップ作業を放棄しました。(切り抜きだけはまだ続けていますが。)
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正直に言えば、今どんなに不発弾や米兵犯罪や自然破壊という沖縄のニュースに触れても、無力感に勝るような感情が湧いてくることがないのです。

この、「無力感」という言葉で沖縄を捉え始めると、それは沖縄だけのことではないというふうに思えてきてしまいます。日本人全体が、何か巨大な状況に押さえつけられて、身動きが取れないでいる。もしかすると、それが大多数の「良心的」な日本人の感覚なのではないでしょうか。
それでも、ひとつひとつの具体的な事件を報告し続けることは、とても重要なことでしょう。そういう活動をしていらっしゃる方々に、僕は深い敬意を表したいと思います。

ただ僕は、この“M.A.P.after5”で、その報告をするつもりはありません。なぜなら、それは知ろうとすればいくらでも知ることができることでしょうから。その報告は、例えば沖縄タイムスや琉球新報のサイトをはじめ、たくさんの発信基地に任せようと思います。

M.A.P.は、「無力感」に苛まれて澱んでしまった目を、つまり僕の目を覚まさせるような報告を、「沖縄通信」に期待します。
でも、それはいったいどんなものになるのか、僕にはわかりませんが、例えば、どんなにアンテナを立てていても、決して東京までは聞こえてこないようなニュースだとか、共同通信から送られてくるような写真ではなく、現地の目が捉えた画像だとか、ステレオタイプの意見とは全く違う視点からのコメントだとか……。

さてさて、今後「沖縄通信」としてどんな情報がやってくるのか、楽しみにして待つことにしましょう。

高山正樹 Masaki Takayama
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