過去の投稿

あなたは現在 2009年12月 の投稿をご覧頂いています。
予定通り、今日も仕事です。

すると事務所にFAXが届きました。本日30日の、沖縄タイムス一面のコピーです。

沖縄タイムスの一面には、「大弦小弦」というコラムがあります。朝日新聞でいえば「天声人語」のようなコラム。
null
そのコラムには、今月22日に行われた“宇夫方隆士「幻影」出版記念朗読会”のことが書かれていました。
「部屋の中央に階段があるカフェだった」
もちろんこれは“Bar土”のこと。
朗読会で、宇夫方隆士氏は自作の詩の他に宮沢賢治の詩をいくつか読んだのですが、そのことについて書かれてありました。

「その階段を使って宮沢賢治の『雨ニモマケズ』を盛岡弁で披露した。土地の厳しい風土を彷彿させる実に味のある読み方であった。そのなかで興味深いことがあった。詩の最後から5行目に『ヒデリノトキハナミダヲナガシ』とあるが、実はヒデリではなくヒドリではないかというのだ」

その日、宇夫方隆士氏はこんな話をしたのです。
宮澤賢治は花巻弁しか話すことのできない人だったらしい。「雨ニモマケズ」が書かれていた有名な黒い手帳、そこには明らかに「ヒドリ」と書かれてある。盛岡弁で「ひとり」は「ひどり」と発音する。賢治は声に出した音を、そのまま書き残したのではないか。
そしてこの日、隆士さんはこの箇所を「ひどり」と読んだのです。

コラムは、その解説と朗読について「実に説得力があり心にすっと落ち込んできた」と延べます。続けて「世界が激動し、日本が転換点に立つなかで聞く賢治の詩には、大いに考えさせるものがある。争いごとを嫌いつつましく暮らす理想郷を求めた賢治に思いをはせた」と。

日本がどのように転換していくのか、今それは、沖縄の普天間をどうするのか、それにも大きく関わっているはずです。賢治が願った「世界人類全ての幸せ」は遥か遠い。

そしてコラムは次のように結ばれていました。
「人事異動で他局へ移ることになった。10年間543回にわたって書いてきたこのコラムともお別れだ。話題になることを提供できたか心許ないが、長い間の愛読に感謝したい。よいお年を。(真久田巧)」

そうなのです。このコラムを書いたのは、M.A.P.が大変お世話になった沖縄タイムスの文芸部長の真久田巧でした。その最後のコラムで、宇夫方隆士氏のことを取り上げてくださったことに、深く深く感謝する次第です。真久田さん。ありがとうございました。
さてと……。
森山さんから預ってきた試作品の石鹸を、段ボールの箱から出して並べます。これも誰かがやらなければならない仕事です。
null
こうしておかないとダメなんですって。

今日、事務所で作業をしてくれたTさんとYさんに、いくつか持って帰っていただきました。一ヶ月ぐらい熟成させてから使ってくださいね。
来年も、よろしくです。
さあ、もう、僕らも帰ろう……
null


昨夜(というか既に今日だったのだが)、ようやく仕事を終えて事務所を出たのは午前2時頃。そして今朝は10時に出社。
仕事納め? 笑うしかない。

すると、国立劇場から案内が届いた。
(郵便屋さんは頑張って働いてるんだなって思うと、少し救われる……)

今年の1月に開催された「おきなわ芸能の今 そしてこれから」の第2弾。
「おきなわ芸能の今 そしてこれからⅡ」
null
“おきなわおーでぃおぶっく”のOfficial_Blogでは大きな画像でご覧いただけます。
http://ameblo.jp/okinawaaudiobook/entry…

日時:1910年3月6日(土)、7日(日) 両日とも午後2時開演。
場所:国立劇場小劇場
料金:一般4,000円 学生3,000円
第一部:琉球舞踊
第二部:新作組踊「遁(ひん)ぎれ、結婚(にーびれ)」
     (作・大城立裕 演出・玉城満)

1月13日から予約開始。
「遁ぎれ、結婚」は平成7年に国立劇場おきなわで初演、残念ながら僕は観ていませんが、今までの経験上、絶対面白いと確信しているのです。
お正月、テレビにあふれ返るお笑い。たくさんの芸人さんたちがそれぞれ趣向を凝らしていますが、それがどれほど画一的な笑いであるのか、きっとこの舞台を観ると、そのことに気づかされるに違いありません。
騙されたと思って、是非とも劇場に足を運んでみてはいかがでしょうか。
(ああ、ほんとは人さまの公演を宣伝する余裕はないのですけれど。高山正樹)


金城さんの沖縄料理を食べる会
“喜多見で沖縄語を話す会”の忘年会 の日です。
前回の、夏の“食べる会”の記事へ

なんてったって主役は金城さんが作った料理です。
まずはてびち。野菜はレタス。これが旨い!
null
注:「てびち」については、本記事の後ろをお読みください。

ミミガー(左下)とターンムディンガク(田芋田楽)
null
定番のラフテー。
null
元々は沖縄の保存食でした。えっ?と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、煮込んで煮込んで溶け出したラードがミソ。
その秘密をお知りになりたければ、古波蔵保好・著「料理沖縄物語」がお勧めです。
 null

そしてお待ちかねソーキそば。
null

全て金城さんが、沖縄から直接食材を取り寄せて、3日前からたっぷり時間をかけて作ってくださったものです。
あ、サーターアンダギーが山盛りだ。これも金城さんの手作り。
null null
旨いものは、人を幸せにしますなあ。

今日、初めてお会いした方々も多く、皆さんに自己紹介をしていただきました。
null
(※どぅたっちでお会いした日高さんの自己紹介。ASAのジャケット着ている方は比嘉くん。若そうに見えますが、奥様とお子様を沖縄に残して、東京の新聞販売所で働いていらっしゃいます。今日は夕刊の配達を終えて駆けつけてくれました。比嘉さんのお母様は読谷で織物をしていらっしゃるのだそうです。こんど詳しいことを聞いてみよう。)

TOMIHUSAさんは今の沖縄が抱える現実をお話くださいました。
null
間近を轟音をあげて飛びヘリ。これが島の実態です。
(※画像提供TOMIHUSAさん)

そして、船津好明さんが、こんな琉歌を詠んでくださいました。

nullnullnullnull

沖縄は遠いが、沖縄語を習いながら、喜多見で歌と踊りを楽しみましょう。

船津先生御自身が考案された新沖縄文字が使われています。
例えば「うちなー」など、本来なら伸ばす単語を、琉歌のサンパチロク(八八八六というリズム)を崩さないために、「うちな」と詠んでいらっしゃいます。そうか、一音一文字の沖縄文字は、この沖縄特有の調子を理解するためにも、大変有効なのだということが分かりました。これは沖縄の古典芸能に関わっている方々に対して、大きな「売り」だということにあらためて気がついた。また一つ、先生に教わりました。感謝です。

さあ、新生沖縄語を話す会の第一歩を祝って、「歌とぅうどぅい」の宴の始まりです。
始まりはやっぱり「かぎやで風」から。
null null
「かぎやで風」と書いて「かじゃでぃふう」と読む・・・、これについて、興味深い新聞記事を見つけました。次回の沖縄語を話す会で、ご披露したいと思います。少々お待ちを。

大崎の忘年会でも歌ってくれた西武門(にしんじょう)もみ子さんが、今日も大活躍です。
null
先日の沖縄の旅で、通りがかったバス停、もみ子さんを思い出してちょっと写してきました。
null
注:「西武門」についても、本記事の後ろをお読みくださいませ。

最後に残った若者(?)で記念撮影。
null

次回は来年1月の18日です。皆様、お待ちしてまーす。

そして、金城さん! ほんとうにご馳走様でした!!

» 続きを読む

12月24日木曜日: 何も変わっていない

自宅に帰って、新聞を開くと、目に入ってきた記事。
1969年の沖縄返還に際し、佐藤栄作とニクソン米大統領との間に取り交わされたとされる沖縄核兵器持ち込み密約、その合意文書の存在が明らかになったという記事。

このM.A.P.after5なるブログをお読みくださる皆様へ。

僕は沖縄のことについて、今日見たことを今日書くということが全くできなくなっています。こいつはブログとやらにとって致命的。でも、半月遅れてでも、必ず書きます。ややこしくて、持って回ったわけの分からぬ文章になるかもしれない、でもそれは悶々とした苦しみの所為と許してください。そして、どうかどうかお読みくださいますよう、ほんとうに心からお願いしたいのです。

沖縄の人たちの、やさしい笑いの中にある、深い悲しみの声を、どうか聞き取ってください。取り返しのつかない断絶が生まれる前に。

(読谷での画像再掲)
null

沖縄の置かれた現状は、何も変わっていないのです。
http://lince.jp/hito/joueikai…(コメントも合わせてお読みください)

帰り際、久しぶりに“じのん”さんに寄りました。
null
店長の天久さん、お顔は“M.A.P.after5” 初登場です。
(おきなわおーでぃおぶっくのブログでは既に出演済み。⇒08/9/15の記事

天久さんに、是非とも「カンゼーク」のことについて伺ってみたかったのです。
何故「金細工」と書いて「かんぜーく」と読むのか。

「やはり『かな』が訛って『かん』になったのではないですか」
「それがね、沖縄語辞典には『金』という意味の単語で『かん』という音が使われている言葉がひとつも載ってないのですよ」

天久さんは、さっそく売り場の本棚から「沖縄語辞典」を取り出して調べ始めました。

「ほんとですねえ。いや知らなかったなあ」

そして天久さんは、この先の探索の道を拓いてくださいました。沖縄で古書店一筋の天久さんでなければ、なかなかできないことです。それは・・・
いやいや、残念ながら、この先は、今はまだお話しすることはできません。

この“BOOKSじのん”さんには、沖縄にお住まいの学究的著名人が多数出入りしています。そんなわけで、ここに来るとインターネットでは発表できないような情報に色々と出会えるのです。その他にも掘り出し物が・・・・・
うー、しゃべりたい、でも我慢します。知りたい方は、東京の喜多見あたりで一杯やりながら・・・。

さて時間切れです。これからレンターカーを返して空港へ向かいます。「カンゼーク」と「クガニゼーク」のことも、ここらで一旦小休止となりますが、天久さんのお陰で、またまた沖縄に来る楽しみがひとつ、いや、ふたつほど増えました。

「わかったら僕にも教えてくださいね。とっても気になるから」

もちろん、ご報告に来ますとも。
でも、今度はいつ来れるのかなあ・・・


というわけで、今年の沖縄の旅はこれで打ち止め、長々とお付き合い、ありがとうございました。

朝、まだ薄暗い。沖縄の夜明けは遅い。沖縄が夜型社会なのは、朝からのズレが、夜まで影響しているのじゃないだろうかなんて、無責任なことを思ったりもする。会社は9時からというような、全国一律の通念がおかしいのかもしれない。

コンビニで朝飯を買う。
null
おでんにホカロンなんてものも置いてある。
沖縄らしくないって? いえいえ、沖縄に移住した人たちはみんな言う。2年目からの冬は、やっぱり寒い。それは全国一律である。

パラダイス通りでごうさんを拾って、58号を北へ、レンタカーを走らす。
嘉手納を越えれば読谷である。間もなく、58号から左に折れる。そこは返還された土地。あのゾウの檻のあった楚辺通信施設の跡地。

ゾウの檻にまつわる一連の出来事も、知花昌一さんを抜きには語れないが、もしご存じない方は、是非とも調べて頂きたい。

ようやく返還された広大な土地、しかしその利用方法はまだ定まっていない。
米軍の滑走路だったところを、現在はそのまま道として使っている。
null
僕らはこれから知花さんに会いに行くのだが、今日は「ゾウの檻」のあった返還された土地ことではない。
昨日の記事をお読みください。
トリイ通信基地(トリイステーション)の正面ゲート。
null
僕は不信心なので、鳥居がどうされようと別段何とも思わないが、この米軍のふざけた洒落には、やはり唖然とする。沖縄における米軍のこの無神経さが、全てを象徴している。鳥居は、沖縄が所属する日本国の一つの文化でありながら、沖縄を利用し放置してきた「大和」の象徴でもある。日の丸を焼き捨てた知花昌一さんの目に、この鳥居はどのように映っているのだろうか。

この鳥居の左側に、小学校の運動会で使われるようなテントがふたつ、そこに知花昌一さんがひとりで椅子に座っていた。
「おはようございます」
「ああ」
近所の顔見知りがちょっと寄ったかのように、知花さんは至極自然に、僕らの座る場所を作ってくれた。
null null 
ゲバ字だ。久しぶりに見たな・・・
知花さんの周りには、こんな字が書ける支援者がたくさんいる集まっているのかもしれない。でも何度でもいうが、今の知花さん自身からは、そんな空気は全く出て来ない。

「今度のことは、どう考えてもおかしいから、いてもたってもいられなくなって来ました。でも来たからといってどうなるわけでもない、自己満足なんですが」
そう言った僕に、知花さんは「俺だって自己満足さ」と呟いた。
はじめは、ちょっとだけ座り込みをして終るつもりだった。それがなりゆきでハンストになった。毎晩家に帰って眠れるのだと思っていた、食べなきゃいいのだろうと。
ところがそれじゃあハンストにはならないと周りから言われて、だんだんと大事になってしまった。支援者は、毎晩風呂に入ってから酒を持って集まってくる。知花さんは食べていないから、早いところ眠りたいのに、取り巻きは勝手なことを言い合って、いい加減酔っ払って深夜に帰っていく。そんなことを、知花さんは微笑みを持って話してくれた。

null

クリスマスなので、鳥居の脇にはこんな看板が立てられていた。
サンタクロースのオブジェ
この基地の中に、自分の犯した罪を償おうともせずにノウノウとしている男がいるというのに。こんなオブジェは引き倒して壊さなければならない、それをやるのは知花昌一しかいない。取り巻きがそんな勝手なことを言う。なんで俺がやらんといかんのか。
もちろんこれも本当のエピソードではあるが、やっぱり笑い話である。

きっと知花昌一さんは、こうして伝説の男に仕立て上げられていったのに違いない。

知花さんは、差し入れのサーターアンダギーと水でもてなしてくださった。
null
「俺が食べられないのを知っていて、食い物を差し入れに持ってくるわけさ・・・」

記念撮影しようよ。
null
後から来た方が、撮影してくださった。
アップにしてみたら、みんな、妙な顔をしていると思った。
null
まじめな顔して写ろうと、打合せをしたわけではないのに。
決して笑えない話をしていたわけでもないのに。

ごうさんは読谷住まいなので、ごうさんを残して、僕らは空港へ向かいます。短くて長い旅も、間もなく終わりです。

» 続きを読む

“じんじん”を出て、ごうさんにちょいと教えてもらいたいことがあって“土”に行った。
ごうさんは不在、帰ろうとすると、大西君は僕らを引き止めてごうさんに電話をしてくれた。ごうさんは今すぐ行くから待っていろという。

「米兵のひき逃げさあ、やっぱりどう考えておかしいからさ、どうにも納得いかないからさ、明日わりと早い便で東京へ帰るんだけどね、その前に知花昌一さんがハンストしているところへ、どうしても行きたくてさ、どこでやってるのか教えてもらいたいと思って。」

去る11月7日早朝に起きた米軍トリイ基地所属の米兵によるひき逃げ死亡事件。犯人は証拠隠滅のため被害者の外間さんの血痕や髪の毛が付いた加害車両を修理工場に持ち込んだ。それで犯人が特定されたのだが、日米地位協定により犯人は逮捕を免れ、任意の取り調べも拒否。検察は犯人の引渡し要求をするという見解を示したが、いまだ動かず。このままでは、被害者への保障もママならない。

大城立裕著「カクテル・パーティー」からもう40年以上経っている。しかし、何にも変わっちゃいない。

null
「じゃあ一緒に行こう」
「いいよ、場所さえ教えてくれれば」
「トリイステーションの門の前。いっしょにいこ。朝、電話で起こしてくれる」・・・

“ななしん屋”へ
明日早いのだが、下山久さんが来ていることを知っていたから。
今日は、なかじんさんもいる。
酔ってる“なかじん”は三線を弾いているのか寝ているのか null
なかじんさん、まだ失恋の痛手から立ち直っていないらしいとは、午前中に下山さんから聞いた話。でもそれには触れてはいけない。長くなるから。明日、早いんだからね。沖縄は、朝の飲酒運検問がとっても多い。4、5時間の睡眠じゃあ引っかかる。他に捕まえるべき者がいるはずなのに、などと思うのだが。

「え?、まだ捕まってなかったの?」
沖縄でも、事件の現況を知らない人たちが多い。それは日常茶飯事の出来事なので、動きがなければニュースにはならないから。だからこそ、昌一さんはハンストを始めたのだ。ここを見てくれと言うために。

それにしても、このパラダイス通りの小さな店で、こうして下山さんと飲んでいる不思議・・・
長い一日、明日のために、そろそろ幕を下ろそう。


じんじんで夕食。といっても肴つまんで飲むんですけどね。
じんじんには、いつも何かの集まりで来ることが多くて、なかなかしっとりと飲む機会がなかった。それで、今回の旅では、じんじんへただ飲みに行こうと最初から決めていたのです。

null
今日は、はじめてカウンターに座りました。マスターの真ん前。
じんじんは創業40年近い。いわば国際通りにある居酒屋としては最古参です。だから、マスターはもうずーっと那覇に生息する、沼の大ナマズみたいな存在だと思っていたのです。あんな顔しているしねえ。
ところが、実はマスター、数年前まで、なんと神奈川でふぐ料理屋をやられていたのだそうです。そこで、海釣りと日本酒に明け暮れていた。

マスターの親戚がじんじんをやっていたのだが、それが続けられなくなった。マスターに白羽の矢がたった。そしてマスターは、生まれ故郷の沖縄へ戻ってきたという物語。

神奈川にいる時に身体を壊して酒を辞めた。沖縄に帰ってきて、たまには飲むが、もう日本酒は飲む気にならない。やっぱり沖縄にいると泡盛が飲みたくなる。釣りは沖縄でも続けている。じんじんの売りの一つは、その日の朝マスターが釣ってきた新鮮な魚が食べられることです。

さて、本日はゆっくりと料理のご紹介をしましょう。
お通しはいつもの通り、絶品のゆし豆腐。

マスターの今日の釣果、グルクンのお刺身と、それからチキナチャンプルー
null
グルクンは沖縄県の県魚。フエダイ科タカサゴ属。チキナとはシマナー(島菜)を塩漬けにしたもの。シマナーとは、からし菜の仲間で、高菜みたいなもんですかね。

グルクン君のアップ。
null
うーん、見つめないで・・・

ソーミンタシヤー
null
ソーミンチャンプルーじゃないのかって。まあそれでもいいんですけどもね。でも本来チャンプルーとは島豆腐と野菜を炒めたもののことをいうんですねえ。
沖縄大百科事典の「チャンプルー」の項にはこう書いてあります。
「豆腐と野菜などの油炒め、沖縄で最も親しまれている家庭料理。(中略)豆腐を手で大きくちぎり、表面にこげ色がつくまで炒めてから野菜を入れ、塩で味をととのえる。使う野菜の名を上につけて〈…チャンプルー〉と名づける。(後略)」
だからチキナチャンプルーなわけね。
豆腐と野菜以外の炒め物をタシヤーという。
tasi=juN :(食べ物を油で)いためる(『沖縄語辞典』)
?iricii :油いため。油でいためた料理(『沖縄語辞典』)
ということは、「~タシヤー」は「~の炒め物」で、「~イリチー」は「~炒め」っていう感じかなあ。
だけどソーミンイリチーとはあんまり言わないですねえ。なんでかなあ……
※本記事の後ろに正解・異論を追記しました。

料理の薀蓄はここまで。
あとの料理は名前だけでご勘弁。

ドゥルワカシー、絶品です。大好き。
null

アイゴ。やはりマスターの釣果。スクガラスのスクの親です。
null
にが菜と島豆腐付き。このにが菜が曲者です。

おなかいっぱい。結構ボリュームがあるのです。
マスター、ご馳走様でした。また来ます。よいお年を・・・

» 続きを読む

12月23日水曜日: 銀細工の伝統

国際通りもクリスマス。
null

アルバトロス・シルバー館。ふと、気になって中に入った。
null
六代目又吉誠睦は、戦後宝飾店で働き、米兵向けのアクセサリーを作っていた。
http://lince.jp/hito/okinawamap/arumisede…
http://lince.jp/hito/koubousaihou…
もしかすると、この店で聞けば、その頃の「クガニゼーク」ならぬ「カンゼーク」のことが分かるかもしれない……

店の男の子は、興味を持って僕の話しをじっくりと聞いてくれた。
最近、ちょくちょくお客さんから又吉健次郎さんのことを聞かれるのだという。
「でも、勉強不足で。」
彼は、男性用の銀のカミサシをずっと探していたらしい。
「それなら一本だけ、売っている店、知ってるよ。もうこれから出ないかもしれない。絶対お買い得だよ」
仲嶺舞踊小道具店のことである。
「もうあきらめて、髪切っちゃいました」
「ウチナーカンプーにしたくて髪を伸ばしてたんだ」
「そうなんです」

たくさんの銀製品が展示されている。すごい品揃え。
「これ、叩いて作ってるの」
「いえ、鋳型です。叩いて作っていたら、値段も高くなるし、お客さんのニーズに答えられませんから。」

彼は、30年仕事をしている職人さんにわざわざ電話をかけて、「カンゼーク」について聞いてくれた。
「簪(かんざし)を作るからカンゼークというのだと思うよとのことでした」
又吉健次郎さんが「カンゼーク」であることに、何の疑問もないようであった。やはり、切れた伝統の中で、ウチナーグチも右往左往しているのだ、と、僕はそう思った。

「ありがとうね」
「いえ、今日は勉強になりました。」

» 続きを読む

キジムナーフェスタ のプロデューサー、ACOの代表取締役である下山久氏を訪ねた。

null

看板には・・・
 てぃしらじ劇場
 沖縄県芸術文化振興協会
 ウチナー口演劇塾 綾船
 ACO株式会社エーシーオー沖縄

・・・と、ある。

下山さんとは、13年ぶりの再開である。
null
1996年9月カンダパンセホール。ふじたあさや脚本・演出
“出発は遂に訪れず”
~島尾敏雄、島尾ミホ作品による~
奄美に駐留していた震洋特攻隊の話である。島尾敏雄隊長と、島の名家の娘ミホの恋の話である。
この時の制作が下山さんだった。また、この時の照明は坂本義美氏、キジムナーフェスタの照明総責任者でもある。
この芝居の時のこぼれ話を、僕はかつて記事にした。
 ⇒文藝家協会訪問記(島尾ミホと宮城まり子)
今、楽天市場で、我々はこんな商品を売っている。
 ⇒島尾敏雄が撮ったアマミ

下山さんは、開口一番・・・
「太ったねえ。スラッとしてる印象があったけど」
null
返す言葉はない。

今日は“山猫合奏団”のために来たのである。ハードルはやはり不景気。30万出してくれるスポンサーさえ見つかれば、それさえ乗り越えられれば、山猫合奏団と沖縄が、はっきりと繋がる。夢が叶う。

下山さんは、たくさんの糸口を教えてくれた。ここから先は、我々の問題である。



タイフーンFMを訪れた。6月12日以来だが、今日は沖縄タイムスの真久田巧さんの紹介で田村邦子さんに会いに来たのだ。彼女は“田村邦子のマジカルミステリーツアー”という番組を担当していらっしゃる。その番組に又吉健次郎さんが出演した1830回を、先日の記事で紹介した。
11月22日「“金細工またよし”再訪」

「まくちゃんがね、おもしろいことをやっている人たちだから是非会ってくれって。まくちゃんがそんなふうに言うことはないから」
まくちゃんとは、真久田さんのことである。この言葉をまともに信じるほど間抜けではないけれど、有り難い話である。
null
次にお邪魔する時は、タイフーンFMの社長とお話できることになりそうである。感謝感謝である。

ちなみに下山さんは“マジカルミステリーツアー”に3回出演している。
 ⇒2008年2月20日(1384回)
 ⇒2008年7月8日(1484回)
 ⇒2009年7月24日(1748回)


moso'sのブログ風に。

沖縄には昨日来たばっかりなのに、たくさんのことがあって、たくさんの人に会って、もうずいぶん長いこと沖縄にいるような気がしています。宇夫方です。

先月の旅では、どうしても時間が合わなくて来ることが出来なかったmoso'sの工房に、やっと今日お邪魔することができました。7月22日以来です。あの時はまだきのこちゃんがいたんだよね。時間の経つのは早いものです。
みんなにちょっとずつ余裕ができれば、きっとおもしろいことができるのに、今は、そのほんのちょっとの余裕を作るために余裕がなくなっている、なんだかそんな感じがするのです。ということは、もしかすると、気持ちの問題なのかもしれないなあ、なんてね。これ、皆さんのことじゃなくて私たちのこと、自戒してるんです。

工房の庭にあったバナナの木。
null
たわわに実っているけれど、まだ若くって食べられない。でも、そのうちにちゃんと黄色くなるはず。
ステキなアイデアが生まれるのを、ゆっくりと待っていますね。
(高山正樹が宇夫方路のフリして書きました。)
[subcate.moso's]

おまけ。島バナナのはなし。
カミサンの母親が言ってました。昔は本物の島バナナがそこらにたくさんあった。それが実ると、頭に乗っけて売りに行ったんだそうです。おいしいからすぐ売れた。そのうち、家の敷地にある島バナナを、根っこごと買い取る人たちが現れた。そのせいなのかどうかはわかりませんが、今はなかなか本物の島バナナを見ることはできません。
moso'sのこのバナナも残念ながら本シマーじゃない。でも、おいしいんだけどね。
作ったハシから売れちゃうような、そんな作品、待ってます。
(高山正樹)
[subcate.バナナ]

楽天市場“沖縄map”「moso'sのページ」へ


朗読会を終えて、ななしん屋へ。
null
今日のママはしっとりと和服。
null
いいものらしい。お母様から貰った着物だとか。絣っぽいけど。宮古上布なのかな。全く分からない。布を見る目か。沖縄の工芸品を考えるようになるまで、そんなこと考えたこともなかった。
まあいいさ、のんびりいくさ。
 
クニさん(ネットではクーニーさんらしい)こと上里忠邦さんと会うのが目的。
クニさんは、三線の組み立て名人。といっても、それがどういうことなのか、よく分かっちゃいない。ほんとに楽天で三線を扱うのなら、もっと勉強しなくちゃね。
先、長いよなあ。さて、いつまで会社やオイラは頑張れるのだろう。
それにしても、クニさんは沖縄人的宇宙人である。
null
クニさんのまともに写真を撮るなんて不可能だ。
null
クニさんとなら、何でも出来るか、何にも出来ないかのどっちかだね。
あれ、真喜ちゃんいつからいたのって、オイラの頭はおかしくなってきた。
null
クニさんとは、あと7回くらい会わないとダメだな。
沖縄へ来たら必ず会わなきゃいけない人が、またひとり増えたみたいです。

» 続きを読む

宮城敦さんと真弓さんご夫妻の工房“PEANUT’S”に伺いました。
工房の場所はこちらの記事でご確認を
null
看板には“PEANUT”ってなってますが“PEANUT’S”が正しいのだそうです。でもどうして「PEANUTS」じゃあないのかな。

展示販売もしていますが……
null
基本的にココは工房なので、普段は布を被せて埃まみれにならないようにしているそうです。でも今日は、私達のために全開。

でっかいシーサー製作中。
null
他にもこんなシーサーが。
null null
左は定番。右はお客様のご注文に応じて作ったシーサー。
結構でっかいんですよ。高さ40cmくらいあるかな。
只今注文を受けて製作中のシーサーは靴屋さんからのご依頼。
null
手に靴を載せてお店に飾るのだそうです。

M.A.P.でもこのシーサーを目玉商品にと考えています。
値段は驚くなかれ……、おっと、まだ内緒。

担当の上原くん。急げ!

楽天市場“沖縄map ”PEANUT'Sのページへ

いつもの“おきなわ堂”今日も新商品入荷です。
 ⇒Natural Life
 ⇒中華

去年の7月に初めておきなわ堂の記事を書いた時、レジ周りの画像をご紹介しましたので、今日は残りの全貌をご紹介しましょう。
レジの手前にある売り場。CDなども置いてあります。
null
おきなわ関連雑誌~県産本
null 
県産本~沖縄関連古書
null
市町村史等~沖縄関連古書
null

沖縄の古書店然とした古書店の2大巨頭は“じのん”さん“榕樹書林”さんで揺るがないかもしれませんが、新しい古書店の“おきなわ堂”だからこそできることがきっとあるはず。M.A.P.は今後もそれを応援していきたいと思っています。
やっぱり、考え続けること、そこからしか始まりません。金城さん、頑張りましょうね!

» 続きを読む

12月22日火曜日: 玉那覇味噌醤油店

まだ見ぬ金細工師を求めて首里へ。
このあたりで聞けば誰でも知っていると仲嶺眞永さんは言われたが、道行く若い奥さまに聞いても分からない。その他に人影もなく、すると見つけたこんなお店。味噌醤油屋さんですな。ここならきっとわかるだろう。

「すいません、ちょっとお伺いしたいのですが」……
null
ふと左を見ると、こんな門が。
null
そこには案内看板が立っている。
“仲田殿内跡(なかだどぅんちあと)”
説明書きによると、琉球王国時代の士族、仲田親雲上(ぺーちん)の屋敷跡。「玉那覇味噌醤油」は、琉球王家御用達。現在でも手作り無添加で製造しているという。

誰も出ていらっしゃらないので、思い切って中へ。
おお、味噌だ。味噌屋だから当たり前だが、この味噌樽、僕の子どもの頃、東京でもよく見たっけ。ここでは今も計り売りしてくれるんだ。
null
「はい、いらっしゃいませ」と出てきた年配の女性(お名前は「さくもと」さんとお聞きしましたが、さて)。さくもとさんのお顔は「あたしなんか撮らないで建物を撮りなさい」というお言葉に従いました。

そして、度肝を抜かれたのです。
null
「この建物は、あの戦争で焼けなかったのですか」
ここで30年間働いているというさくもとさんのお話では、潰れたけれども焼けはしなかったそうで、終戦後すぐに仕事の無い女性たちが、焼け残った木材を洗って再建されたのだそうです。
null
熟成した味噌の、なんともいい香りでいっぱいです。
さくもとさんは、いろいろな味噌の味見をさせてくださいました。どれもこれも深くて旨い。
null

「古い庭がありますけど、ご覧になりますか」
「もちろん」
null
表に出ると、煙突が。
「これはもっと高かったんですよ。でも一番最初に攻撃されてね。軍の施設だと思われたんでしょう。」

夏は、みんな涼みに来るという緑深い庭。
表の案内板にはこう書いてありました。
「庭にある井戸には二カ所に水を汲むスペースがあり、男女別々の専用の水浴場になっていたようである」
これが男性用。
null
こちらが女性用。
null
女性用の井戸には蓋が無いから中が見えます。深い。今はもう水は枯れているのだとか。
null
「なんで男女で分かれてるんですか?」
「首里だから、男尊女卑」
そう言って、さくもとさんは笑いました。

最後に、賄(まかない)のお味噌汁を頂いたのです。
null
美味であります。
そうか、この味噌ならば、お椀に入れて、それに本部あたりの鰹節とたっぷりふってお湯をかけるだけでも、十分おいしいに違いない。
「社長とは呼ばないで」に、かつてこんなこと書きました。
さくもとさんにそんな話をしたら、さくもとさんは今でも一人暮らしの男子学生なんかには、それと同じ味噌汁の食べ方を教えているんだって。
県外にも卸しているそうですが、設定された賞味期限を過ぎて売れ残ったものは返品されてくる。本当は熟成が進んでいて、おいしくなっているのに。大和の行政が決めたルールが、何か大切なものを奪っています。手作り石鹸も同じことかな。
さくもとさん。ほんとうにありがとうございました。また絶対にお邪魔します。
(その時、何かの撮影クルーが、こちらをチラ見して通り過ぎて行きました。)

» 続きを読む

兎にも角にも、開いていることを電話で確認をして、まず仲嶺舞踊小道具店へ伺いました。ジーファーを作っているというまだ見ぬ職人さんを紹介していただくために。

今日は、お店で娘さんが帳簿を付けていらっしゃいました。奥さまも店に出ていらっしゃいました。

ジーファー作りの職人さんを紹介していただく前に、どうしても気になっていたこと、前回購入したアルミのジーファーとカミサシは、本当に叩いて作っているのかを、再度聞いてみました。

 奥さん:流し込みでしょ
 ご主人の仲嶺眞永さん:いや、叩いているさ
 僕:どんな方が作っているのですか
 眞永さん:中国とかベトナムとかで作らせている
 僕:え……


なるほど、中国やベトナムなら、叩き出しでも3,000円で出来るのかもしれない。でも、これで又吉健次郎さんとは違う系列の金細工師への糸が、ひとつプッツリ途切れました。

 眞永さん:でも品質が悪くて、10本に2,3本は不良品ですね

中に空気が入っていると、そこから折れてしまうのだそうです。

 僕:だからちゃんと叩いて空気を抜かなければいけないということなんですね

合金で作られたメッキのジーファーについても聞いてみた。

 眞永さん:ありますよ、銀の本メッキで本物とまったく変わらない。上等ですよ。
 僕:でも、メッキだから、曲がっても叩いて直すことはできないということですね
 眞永さん:そうですね、メッキが剥れてしまうからね
 僕:それが欲しいんですが、お幾らですか
 眞永さん:いくらだったかな
 娘さん:6,000円です


そして探してくださったのですが、在庫はもうありませんでした。

 僕:これを作っている方は?
 眞永さん:もう、いない


つまり、この方が那覇の又吉さんだったのです。その那覇(開南)の又吉さんがいなくなって、「クガニゼーク」は健次郎さんだけになってしまった。
奥さんのお話では、那覇(開南)の又吉さんの仕事場を訪れたことがあって、その際、ジーファーの材料となる棒を、機械で回転させながら作っていたという。それは、僕の知っている健次郎さんの仕事っぷリとは全く違うものです。つまり、叩いて作るといっても、健次郎さんのように小さな四角い塊から叩き出していくとは限らないということがわかりました。
津波三味線店で、4,500円で売っていた合金メッキのジーファーは、この仲嶺舞踊小道具店で扱っていた那覇の又吉さんのものとも異なって、ベトナムあたりで作らせたものではないかと思われたのです。
(この件については、いずれ津波三味線店に伺って聞いてみようと思っています。)

 僕:ということは、もう手に入らないということですか?
 眞永さん:いや、入りますよ


よくよく聞いてみると、注文すると持ってきてくれる人がいるのだというのです。但し、その入手先はよく分からない。持っている人を探して買ってくるのか、どこかで作らせているのか。奥さまによると、それは教えてくださらないらしい。いずれにしても、入手が困難になっているのは確かで、眞永さんはジーファーを作る技術を持っている方になんとか頼めないかと模索されているらしい。

 眞永さん:ちょっと待ってくださいね

そして見せてくださったのがこれです。
null
(※ご紹介が遅れましたが奥様のみどりさんです。なんと去年の12月にエコルマホールで宇夫方路が一緒に踊った佐藤美智子さんの親戚です。)
長くて軽いアルミの棒。
null
そうか、こういう棒から叩き出すのか。ここから先の作業専用金槌でも作れば、比較的簡単に仕上げることができるかもしれない。
でも、それは、健次郎さんが自ら名乗り、そして僕が探していた「カンゼーク」の姿ではありませんでした。もしこれが現代のカンゼークなら、健次郎さんはやっぱり「クガニゼーク」と名乗るべきだと思ったのでした。

ともかく、残された道は、紹介していただけるというまだ見ぬ金細工師にお会いすること。自前の地図を見せて、その場所を教えていただきました。

 眞永さん:有名だから、このあたりで聞けばみんな知っていると思いますよ

お礼を言い、再訪のお約束をして、僕たちはお店を後にしたのです。

» 続きを読む

昨日は三鷹、今日は駒込。2日続けての西山正啓監督の「知花昌一・沖縄読谷平和学」の上映会にお邪魔しました。
今日の上映会の場所は、山手線駒込駅のソバにある“琉球センター・どぅたっち”
null
普段は沖縄の物産品を売っているお店。でも、ここで三線教室をやっていたり、色々なイベントを開催していたり。
10月には読売新聞で紹介されました。
null
“琉球センター・どぅたっち”のブログ
上映中です。
null
null
たくさんのお客様がいらっしゃっていました。
那覇のBar“土”での上映会は11日間で80名、結構大きな新聞記事にもなっていたのに、ちょっと少ない。宇夫方路が観た時はたった一人だったらしい。
 ⇒映画の解説はこちら
上映会の後は西山監督のお話です。
null
null「恨(ハン)之碑」があるということの意味。
学生達が映画の中で最後に語りあったこと。
「まるで外国に来たようだ」と日本の学生。
「自分の国に帰ってきたようだ」とベトナムの学生。
韓国の学生がベトナムの学生に、韓国がベトナムにしてきたことを涙を流して謝る。ベトナムの学生は「これから仲良くなればいい」と笑います。
男子学生の少ないことがちょっと残念。

西山監督は言います。
「読谷には沖縄の全ての問題が凝縮されている」

僕はきっと、本当の読谷を知らないのだろうと思います。
僕は、宮城文子さんのはなしを思い起こしました。文子さんは長くいた東京をこの12月16日に引き揚げて、沖縄で義理のお母様と暮らすことにしました。
文子さんの義母さんはずいせん学徒隊の語り部である宮城巳知子さんで、嘉手納にお住まいです。もちろん文子さんは、今までも何度も行っているし、お正月などは長く滞在することもあった。その時には特になんとも思わなかったのだけれど、これからずーっと暮らすと決めてお宅に入った時、米軍基地から飛び立つ戦闘機の音がものすごいことに気がついたというのです。そこで生活するのだと、地に足を着けた時にはじめて聞こえてくるもの、見えてくるものがあるのでしょう。
テレビで、元の防衛大臣が蛇のような目をして、「何度も沖縄に行った」と偉そうに語っていましたが、きっと何にも見えてはいないのだろうと思うのです。
そういえば初めて巳知子さんにお会いした時、「政治家は誰も基地の現状を見に来ない」と怒っていらっしゃいましたっけ。

今度、Bar“土”のオーナーごうさんに、是非とも読谷を案内してもらおうと、あらためて思ったのです。

昨日も今日も、西山監督は、僕におきなわおーでぃおぶっくのCDの宣伝をする時間をくださいました。その上“人類館”のCDをご購入くださいました。感謝です。

宴会開始です。
null

スクガラス。アイゴの稚魚(スク)を塩蔵発酵させた保存食です。昔は酒の肴の定番でしたが、最近はあんまり見かけない。やっぱりちょっと塩っ辛過ぎるのかな。それにしてもこいつは魚がでかいなあ。ほんとにスクなのかしらん。
null null
にんじんしりしりーも出てきました。

そして、今日の影の主役です。西山監督の娘さん(左)とそのお友達(中)です。
null
お父さんの映画会に来たのは今日がはじめて。お父さんのことは、やっぱり好きじゃなかったらしい。お父さんが何をやっているのか、全く興味もなかった。でもお母さんから父親の仕事を聞かされて、もしかすると、お父さんはすごい人なんじゃないかと思ったんだって。
お母さんが話したのがきっかけじゃありません。娘さんが変わったんだよね。そのタイミングを、お母さんはきっちり見逃さなかった。父は、きっと信じて待っていた。すばらしい親子です。 

しょうがないから父も仲間に入れてあげよう。
null

もうひとりの女の子。(女の子じゃあ失礼かな)
null
那覇で西山監督の映画の上映会が行われている時のある朝、パラダイス通りを歩いていた彼女は、「土」の看板を見つけた。こんなところにほんとにバーがあるのだろうか……
「すいません……」
って、声を掛けたって店の人はいない。ところがその日店では西山さんなんかが雑魚寝していた。それが縁で、今日の上映会にやってきたのです。

不思議な出会いだなあ……。でも、沖縄に関わっていればよくあることです。

そして、不思議なメンバーで二次会へ。
null
null
null
今日のところは、皆さんのお名前のご紹介は控えておきましょう。きっとまたどこかでお会いすることがあると信じています。その時こそ、ちゃんとご紹介します。

» 続きを読む

九段会館大ホールで「沖縄芸能フェスティバル2009」が開催され、関りえ子琉球舞踊研究所も出演しました。

昼の部は13時開演。「浜うりてぃ語ら」と「エイサー」を踊り、「浜うり」にはM.A.P.カルチャーのメンバーも参加しました。
みんなの着物の色が白と黄色の2種類だったので、リハーサルで前列と後列を色で分けることにしました。そのため、まだ慣れてないメンバーが前列に入ることになってしまい、その緊張と、地謡に慣れていないせいもあって、ちょっと踊りが乱れてしまいました。一応順番どおりには踊ってはいたのですが、上手と下手で音のとり方が違ってしまったのです。真ん中の人は大変。ちょっと残念でした。
でも踊りの後半は、なんとか盛り返して、最後のポーズでは拍手を頂きました。とても暖かいお客様に感謝いっぱいでした。

昼の部が終って、國吉さんが見に来てくださっていたので、今回の私たちの踊りの地謡をお願いした仲宗根善久先生の楽屋へ、二人でご挨拶に伺いました。何故國吉さんと御一緒したのかは内緒、いまのところミステリーです。
null
左の方が、野村琉古典音楽保存会の師範、仲宗根善久先生でいらっしゃいます。
写真を撮ってくださったのは、やっぱり今日の昼の部を見にきてくださった五味さんです。いつもいつも撮影をお願いしているので、五味さんが写ることはあんまりありません。いつもありがとうございます。

夜の部は、昼とは出し物が違います。「エイサー」は同じですが、もう一つは「繁昌節」を踊りました。みんな稽古の時よりも良かった。客席からも手拍子があがって、それに乗って踊れたみたい。

終演後の九段会館ホール玄関口。
null

帰りに、昼の部で踊った「浜うり」を来年もう一回踊りたいという意見がありました。このまま終わらせては悔しいというのです。そういう気持ちが大切。是非やりましょう!リベンジです。

今日の舞台を見てくださったお客様へ。もしこの記事をお読みくださった方がいらっしゃいましたら、是非率直な感想をコメントでお寄せください。それを糧に、来年も頑張ります!
(宇夫方路でした)
[subcate.MAP琉舞教室]

» 続きを読む

知花昌一さんと、映画監督の西山正啓さんと、沖縄でお会いした日の記事を、今日の朝、アップした。
知花昌一と西山正啓(11/20)

そして、御自宅の福岡に戻られた映画監督の西山正啓さんからお便りが届いた。
「1ヶ月も留守にしていると、こちらはもう冬なのだということを実感します」というご挨拶と、映画「知花昌一・沖縄読谷平和学」の東京初の試写上映会のお知らせ。
こちらのブログで、告知させてくださいとお願いしていたのである。


●12月18日(金)18時30分より
 ※上映98分と西山正啓監督のお話
 三鷹市消費者活動センター(三鷹市下連雀3-22-7)
 (中央線三鷹駅南口下車2分)
 料金:カンパ
 お問合せ:080-5255-7406(西山監督御本人)

●12月19日(土)18時より
 ※上映98分と西山正啓監督のお話
 琉球センター・どうたっち(豊島区駒込2-14-7)
 (山手線駒込駅1分)
 東口改札を左、さつき通り商店街、居酒屋「駒露地」を左折した左側。
 料金1,500円 (終了後 西山監督との交流会・参加費1,000円)
 お問合せ:03-5974-1333(球センター・どうたっち)

null
西山正啓、新作ドキュメンタリー
「ゆんたんざ未来世~恨(ハン)を解いて、浄土を生きる」シリーズ第一弾!
「知花昌一・沖縄読谷平和学」のプロフィール


【解説】
福岡教育大「共生社会論」講座の中から始まった、『沖縄スタディツアー“愉快なうちな~んちゅ”と出会う旅』が今年で7回目を迎えた。亜熱帯の美しい海、ちゃんぷる~異文化体験はもちろんのこと、沖縄に集中する米軍基地、新しい海上基地建設の反対闘争が粘り強くつづけられている名護市辺野古、沖縄戦で米軍が最初に上陸した読谷村、そこで女、子ども、老人による強制集団死が起きたチビチリガマ、投降することで九死に一生を得たシムクガマ。否応なくみえてくる沖縄の光と陰。そのさまざまな現場に立ち、そこで暮らす人々から話を聞く。スタディツアーの目的と、向き合う心がまえはいつも同じだ。今回は韓国、中国、ベトナム、オーストラリアの留学生が参加、平和の礎・辺野古、読谷村ではチビチリガマ、シムクガマに加え、強制連行され無念の死を遂げた朝鮮人軍夫の魂を、自戒を込めて慰霊する「恨(ハン)之碑」を見学した。水先案内人は読谷村議会議員でチビチリガマの語り部、知花昌一さん。旅の終わり日本とアジアの学生たちは、国家と個人、異文化を生きるお互いの友情について、アジアの平和について夜通し語りあった。西山正啓 監督・製作/98分/2009年作品。

【製作者より】
「チビチリガマ世代を結ぶ平和の像」建立を記録した映画「ゆんたんざ沖縄」の製作から22年、この映画に記録した彫刻家・金城 実さんと知花昌一さんは、沖縄海邦国体での「日の丸」焼きすて、右翼による平和の像破壊と再建に至る苦悩、米軍通信基地「象のオリ」奪還闘争、村議会議員への挑戦、沖縄靖国訴訟、「恨(ハン)之碑」建立、「戦争と人間」100mレリーフ製作など共に波乱万丈の人生を歩んできた。
2009年早々、私は読谷村で新たな映画記録を始めた。次世代への揺るぎない平和の継承作業と琉球独立も視野に入れた二人の大胆な思索と行動を記録しようとする試みだ。シリーズ「ゆんたんざ未来世~恨を解いて、浄土を生きる」。シリーズ製作のための序章・第一弾は、チビチリガマの語り部として“戦争につながる動きを一切拒否する”を信念に行動してきた知花昌一さんの「沖縄読谷平和学」。競演は中国、韓国、ベトナム、オーストラリア、そして日本の大学生たち。22年の時間を経て、ふたたび世代はめぐり、未来を結ぶ。希望はそこにある。                  
美しさの中で泣いていた沖縄
沖縄は私に涙を見せてくれた。しかし沖縄はただひたすら悲しんでばかりではなかった。沖縄はその涙をぬぐおうと努力していた。米軍基地建設に反対して海を守った多くの人たち、戦争の傷跡を語り継ぎ、平和な世界を願う知花昌一さん、痛みを抱え、またその痛みを克服しようとする意志も持ち合わせた沖縄。私はこの沖縄研修旅行を決して忘れることができないだろう。
(釜山教育大学校 リュ・ヒョンチェ)

✽知花昌一(ちばな しょういち)
1948年読谷村生まれ。1986年、彫刻家・金城実さんの指導による「チビチリガマ(集団自決)世代を結ぶ平和の像」建立委員会事務局長として尽力。翌年秋、沖縄海邦国体ソフトボール競技開始式で「日の丸」を焼却。95年楚辺通信所、通称“象のオリ”内にある軍用地の再契約を拒否。全国的な支援を受け基地奪還闘争の先頭に立った。以来10年に及ぶ粘り強い闘いを経て、施設撤去・全面返還をかちとる。98年読谷村議会議員に当選、三期目の今日に至る。著書に「焼きすてられた日の丸」(新泉社)「燃える沖縄・揺らぐ安保」(社会批評社)がある。

✽西山正啓(にしやま まさひろ)
1948年山口県生まれ。86年から沖縄読谷村に滞在して「チビチリガマ世代を結ぶ平和の像」製作、強制集団死遺族の証言、読谷高校の卒業式で繰り広げられた「日の丸」強制に抵抗する高校生たちの行動を映画「ゆんたんざ沖縄」に記録した。2000年には「未来世を生きる~沖縄戦とチビチリガマ」を発表。代表作に「しがらきから吹いてくる風」「梅香里」「ぬちどぅ魂の声」「朋の時間~母たちの季節」「米軍再編・岩国の選択」「消えた鎮守の森」「貧者の一灯」シリーズ三部作など。現在、「ゆんたんざ未来世~恨を解いて、浄土を生きる」シリーズを製作中。



勿論、なんとか時間を作って、どちらかにお邪魔しようと思っている。
(高山正樹)


※【機織工房“しよん”の三線グッズ3点セット販売中】

こんな番組やってたの、ご存知でしたか?
null
これ、Youtubeじゃありませんから。
null
我が家のTVですから。
null
はあ、大阪で制作してるんですな。
まったりと、見入ってしまいました。

あの、M.A.P.では、三線グッズの3点セットを販売しております。2点セットもあります。
それのどこが“売り”かというと、ティーガーと天用袋とストラップの柄が合っていること。
ティーガー? 天用袋? それ何だって?
楽天市場“沖縄map”をご覧くださいませ。
http://item.rakuten.co.jp/okinawamap…
全て手仕事なので、柄を合わせるのには大変苦労するのです。
バラ売りもいたしますが、例えば最初にティーガーだけ購入して、後からそれに合わせて同じ柄のストラップを作るというのは不可能なのです。

詳しくは販売サイトにて、と言いたいのですが、なかなか手が回らないようで……

今日も販売促進記事でした。

※【“沖縄のマラソンガイド”販売開始】

どうしたらこの荒波を乗り越えていけばいいのか、誰も教えてはくれない。

師走になって、もう一週間も過ぎてしまった。

今更思うのだが、師がいるということは有り難い。親を亡くして親の有り難さを知るというが、師も同じこと。学生時代、なぜもっと師のいることを有り難く感じ、その脛を齧り尽くさなかったのだろうか。モノを教えてくれて、見返りを求めない人など、社会へ出たら、そう見つかるものではない。

このところ、先月の沖縄の旅の記事をセッセコ書いているのだが、そんなことを考えていたせいで、こんな記事になってしまった。
羅針盤のない航海(11月20日の沖縄のこと)

さて、世間の師は、12月に入って一週間、走り続けているのだろうか。

ところで、昨日はNAHAマラソンだったらしい。
null

だからというわけではないのですが、M.A.P.ではこんな本を売り出しました。
「沖縄のマラソンガイド」
null
沖縄県内の28のマラソン大会の情報を網羅。
null null
コースの地図、参加資格や問合せ先などが詳しく掲載されています。コース周辺の写真も満載。
ハーフマラソンから車椅子マラソン、トライアスロンまで、それにしても沖縄県だけでこんなにマラソン大会があったなんてびっくりですね。
このガイドブックで、来年、沖縄のマラソン大会に参加する計画を立ててみるのはいかがですか?
そのためには今から走らなきゃ。今月も、まだあと20日くらいは走れます。
楽天市場“沖縄map”「沖縄のマラソンガイド」のページ

というわけで、販売の方も色々と頑張っておりますので、そちらも時々覗いてやってくださいませ。
M.A.P.販売サイト
楽天市場“沖縄map”


今日は大崎の“沖縄語を話す会”の忘年会です。
会報の第13号が配られました。
null
今年7月の夏の宴の写真が掲載されていました。
「事務局から」というあとがきで、國吉眞正さんが私たちM.A.P.のことを紹介してくださいました。
null
その他にも、最近の沖縄語を話す会の活動実績(その中には我々が國吉さんと同行した沖縄国際大学の西岡ゼミのこともありました)や、國吉さんが作られた小冊子「沖縄のわらべうた」など。
null
これはうれしいなあ。そしていよいよ……

» 続きを読む

12月 4日金曜日: 仕事、時々稽古です。

朝から地図の仕事です。

夕方からエコルマホールで20日の“JIN DANCE FACTORY LIFE6”のリハーサルです。
null
場当りして、後は1回通して終わりです。

その後、移動して今度は13日の“沖縄芸能フェスティバル2009”の稽古です。

それからまた地図の仕事です。

明日は13日のための地謡合わせです。
(宇夫方路です、た!)


“喜多見で沖縄語を話す会”第1回
“喜多見で沖縄語を話す会”第2回

“喜多見で沖縄語を話す会”の第3回は7時から。その前の6時頃から、取材がありました。
朝日新聞姉妹紙のアサヒタウンズ。
さて、どんなふうに書いてくれるのかな。楽しみです。

現在「喜多見で沖縄語」皆勤賞の夏子さんが「mota」を連れて来た。「mota」ってどなた?
null
もたち(mota)さんは沖縄関連ブログ界では超有名人らしい。
もたちさんの私物です。沖縄限定の…… 聞いたけど忘れちゃいました。
null
もたちさんの奥さんは植村順子さんというフルート奏者で……
null
こんなコンサートをやってます。
null

では、前回のお勉強「~やん」の復習です。
「もたちさんやん
これを日本語に訳すと、「もたちさんだ」。

さて、今日はもう少し丁寧に。
「もたちさんやいびーん
「もたちさんです」ということですね。
でも、これではHe is Mr. Mota.にはまだ足りない。Heをつけないとね。
ウチナーグチで「この方」とか「こちら様」は、「くま」といいます。それから日本語の助詞「~は」は、ウチナーグチでは「~や」。だから「この方はもたちさんです」をウチナーグチで言うと、「くまやもたちさんやいびーん」となります。でも「くまや」はちょっと文語調で普通は使いません。はなしことばでは、「くまや」は「くまー」に変化して、「くまーもたちさんやいびーん」というのが普通ですね。

くま」には、「この方」とか「こちら様」の他に、「ここ」という意味もあります。
くまー喜多見やいびーん」(ここは喜多見です)
くまー金城さんやいびーん」(こちらは金城さんです)
くまー國吉さんやいびーん」(この方は國吉さんです)
null
「この方」とか「こちら様」は目上の人に使う言葉。では単に「この人」という場合はどういうのか、それについては次回ということにしましょう。なんせ今日も脱線だらけで、なかなか先に進まなかった。でもこれがいいんだな。

というわけで、脱線ばなしをふたつばかりしましょう。

ウチナーグチは敬語が大切。奥さんが旦那さんに「かめー(食え)」なんて言ったら大変です。「うさがみそーれー(お召し上がりください)」と言わなきゃね。
沖縄では夫婦喧嘩も敬語です。「うんじゅ(あなたさま)」と丁寧に呼びかけて、「にち、うさがみそーれー」。ご自分で煮てお召し上がりください。厨房に入ったこともない誇り高き首里の男性にとっては、この妻の言葉は餓死しろと同じですなあ。

もうひとつ。
腹筋が痛くなるほど大笑いしたとき、日本語では「腹を抱えて笑う」といいます。では、ウチナーグチでは何というのか。「腹を抱えて笑う」を直訳すると、「わたぬ むちゃげてぃ わらゆん」となります。おなかを持ち上げて笑う。でもこれは間違いなのです。こういう直訳によって沖縄語が乱れてきている。正しくウチナーグチで訳すと、「わたぬ くふぁるか わらゆん」。この文章を、逆に日本語に直訳すると、「おなかが硬くなるほど笑う」。
さて、皆さん、どちらのほうが現象を的確に捉えていると思われますか?

おっと、また遅くなっちゃった。本日はここまで。
もう遅いのに、國吉さんをお誘いして酒菜へ。
null
飲む酒は泡盛。肴はハタハタ。美味。
null
null

ウチナーグチ談義はまだまだ続きます。
null

それを尻目に、こちらはスーさんと琉球グラス談義。
null
琉球グラスについては、いずれお話したいと思っているのですが、ちょっとナイーブなんだよなあ。
今日ももうすぐ終ります。
あれ、駅にたくさんの人が……
null
壊れた「喜多見駅」の看板を直してるんですね。
null
でも、ただ立ち話して見上げているだけの人たちがたくさん。
なんでかなあ……


12月 1日火曜日: M.A.P.after5のつぶやき

ウエハラ君に倣ってつぶやいてみるか。

楽天市場“沖縄map”……

焼物をアップしたのですが、どういうわけかすぐに反映されないのです。楽天のシステムの問題なので、私たちは、ただ訳もわからずに待っているより仕方ない。

メルマガとやらをはじました。楽天を通じて発信するのですが、これもどういうことなのか、各日各時間帯で発信できる数が決まっているらしく、発信したい場合は予約をしなければなりません。急遽何かをお知らせしたくても一週間先まで空きがないなんて場合もある。また予約するにはあらかじめ記事を作る必要がある。個数限定サービス品の販売案内をしても、メルマガが届いた時には既に売り切れなんて、シャレになりません。

“琉歌ダイアリー”という2010年用の日記帳の販売を開始したのですが、今日現在、日記帳だかなんだかよくわかりにくい商品ページになっている。
http://item.rakuten.co.jp/okinawamap/diary…
早く直そうよと言っているのですが……、あ、これは楽天市場に責任があるのではなく、こちらの問題ですね。要は人手が足りない?

そろそろ経費対効果を考える時期?M.A.P.的事業仕分け。いえいえ、M.A.P.after5はチャンプルー、物事を仕分けするなんてことはいたしません。

「after5って、残業のことなんじゃないの? ちゃんと仕分けしたほうがよいのでは?」
ごもっとも……

ウエハラ君の“つぶやき”はこちら……
沖縄map のつぶやき


高山正樹 Masaki Takayama
人気ブログランキングへ