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10月31日日曜日: 第37回宮古ふるさと祭り

(※本記事は2011年1月31日に投稿しました。)
10月26日~30日までの記事アップ状況

そして《2010年10月31日》
※多忙な宇夫方路の担当記事です。ようやくアップだ!(高山正樹のコメント)
※以後、青地は高山正樹の突っ込みコメントです。



【宇夫方路による報告】

上野の水上公園で宮古郷友会のイベント“宮古ふるさと祭り”が大々的に開催されると聞いて、三笑亭夢丸with東京奏楽舎の深川江戸資料館公演の宣伝をするために行ってきました。

前日までの台風の影響で心配していました。時々パラパラと小雨が降る空模様ですが、何とか風はおさまって、どうやら開催できそうです。
舞台準備中 五穀豊穣の幟
※幟が全部裏、なんとか表から撮れなかったものか。

ぞくぞく宮古をふるさとに持つ人たちが集まってきました。
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客席は地域別に分けられています。お客さんは自分の出身地の席に座るのです。
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「宮古の中でも栄えているところの人はあまり郷友会には顔を出さないの。田舎の人ほどたくさん集まるのよ」
「へえ、そうなんですか」

耳に入ってきた会話。
「あなた今日踊ってよ」
「え、わからないよ」
「大丈夫よ、裏で練習するから」
「無理だよ」
「うちは出る人が少ないから出てよ」

私は受付の所で、お客さんたちに桃原健一主役バージョン!のチラシを配りました。
奏楽舎のチラシ(桃原健一主役バージョン)

前半は「なりやまあやぐ国際コンクール」で、宮古に古くから伝わる民謡が続きます。この中で優勝者を決めるようです。
※「国際コンクール」ってなんだ?大リーグのワールドシリーズみたいなもんか?
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後半は各出身地別に色々な歌踊りが続きます。

いつまでも遅れてやってくる方がいるので、私は受付のそばから離れられません。それでも後になるにつれ、さすがに途切れるようになったので、その隙に、写真を撮りました。
null 盛り上がっている舞台

シーサー玉城発見!
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シーサー玉城は、沖縄で藤木勇人さんと一緒にラジオ番組をやっているそうです。東京で行われる沖縄の関係のイベントを沖縄の人たちに紹介するという番組。今日はその取材に来たということです。
※だからさ、藤木勇人さんの一人芝居の打ち上げで、そんな話が出てたよね。今は沖縄にいるウチナーンチュより、むしろ沖縄を離れたウチナーンチュの方に強い郷土意識がある。だから、東京から沖縄へ向けて「沖縄」を逆発信していく試みをやるんだというハナシ。宇夫方さん、憶えてないのかしらん?
 ⇒藤木勇人一人芝居の打ち上げ記事
このパンチパーマの方が、宮古ふるさと祭りの責任者の方みたいです。
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※パンチパーマなんてことはどうでもいいだろ。おもしろいけど。

宇夫方路とシーサー玉城
※いるか?この写真。

舞台で踊っていたおじさんが下りてきたので、撮らせてもらっていいですか?と聞いたら、ピースをしてくれました。
(どこの郷友会か、聞きそびれちゃいました。)
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※条件反射だな、きっと。

結局、開場から4時頃までチラシを配り続けました。
お世話になった草野さんと記念撮影。
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※条件反射、ふたつ……
草野さんはヤマトンチュですが、もう何年もクイチャーパラダイスというところで宮古の三線を習っているそうです。その関係でこの宮古の催しに関わっていらっしゃるのです。
無事に終わりそうで、ほっとした様子でした。

帰る前に少し舞台を見せていただこうと客席に入ったら、持田明美先生を発見。ちょっと御一緒して、私はこの後、琉球舞踊の稽古があるので、先に失礼しました。

この日、高山正樹は……

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日本橋高島屋で時間を潰して、やっと夕方になりました。宇夫方路女史と東京奏楽舎の桃原くんと、新富町で待ち合わせ。雨の中、三人連れ立って仲宮里に向かいます。10月20日以来、10日ぶりです。

御挨拶して、それから軽く食事をして帰るつもりが、肝臓ノーダメージと言われたわたくし高山正樹、ついつい頼む泡盛のロック。
泡盛ロック

お酒を頼めばお通しが出てきます。クーブイリチー。
クーブイリチー

宇夫方さん御注文の沖縄ソバ。
沖縄ソバ

桃原くんの好物、フーチャンプルー。
フーチャンプルー

そして僕はプリン体汁、じゃないイカの墨汁!塩なしで頼みました。
イカの墨汁
やっぱり少し薄い。味ではなく墨がです。僕のカミサンが東京で作る墨汁も同様、沖縄のあの濃厚なイカ墨は東京では手に入らないのかもしれません。でも、おいしかった。ご馳走様でした。

今日はあまり時間がないので、これで失礼します、そういってレジへ、ふと見上げると藤木勇人さんの色紙。
有名人の色紙
沖縄語録だって。

「だからよー」
「なんでかねー」
「であるわけさ」

沖縄語にうるさい方々は、これはウチナーヤマトゥグチであってウチナーグチではないと眉間に皺を寄せられることでしょう。でも僕は、それは少し違うと、奄美にルーツを持つ藤木勇人さんと、実際に会って話をしてから思うようになりました。きっと藤木さんは全て分かっていて、敢えて「ウチナーヤマトゥグチ」を「ウチナーグチ」だと言っている。この色紙を見て、あらためてまたそう思ったのです。
 ⇒藤木勇人さんと会った日のこと

だから、僕も語録にいくつか付け加えてみましょうね、っと。

「しましょうね」
「じょーとーさー」
「だーはずよ」

桃原くんは横浜生まれ。沖縄の言葉も宮古の言葉も全くしゃべれません。お亡くなりになったお父様も、いわゆる「標準語」しか使われなかったそうです。田舎に帰っても、御兄弟がいわゆる方言を使っているのに、お父様は標準語で受け答えをされて、一切「方言」は使われなかったようです。つまり、聞き取れるけれど(そしてたぶんしゃべれるにもかかわらず)「標準語」しか話さなかった桃原くんのお父様。「桃原」は「とうばる」と読むのですが、かつてお父様は「ももはら」と名乗っていらしたと桃原くんから聞きました。

沖縄の言葉、それに対して、きっといろいろな人がいろいろな思いを抱いているのだろうなあ。

藤木勇人さんは弟みたいな人、そう仲宮里の奥様はおっしゃいました。

最後に奥様と桃原健一くんとで記念撮影です。
“仲宮里”の奥様と桃原健一くん
「頑張ってね、ウチナーンチュはみんな応援してくれるさー」

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夕方までの時間つぶし、デパートをウロウロしてみることにしました。
日本橋の高島屋まで、雨の中をトボトボ。

8階の催会場で「第31回 グルメのための味百選」なる催しをやっていました。

《都道府県別の出店数を集計してみました……》
北海道2、秋田1、岩手1、宮城2、山形4、福島1、新潟1、栃木1、群馬1、茨城1、千葉2、東京11、神奈川4、静岡4、長野3、富山4、石川6、福井2、岐阜2、愛知1、滋賀2、三重4、奈良2、京都9、大阪4、兵庫1、広島1、島根1、徳島1、香川3、福岡1、佐賀1、長崎2、大分1、鹿児島1

この集計に大した意味はないのですが、しかし旨そうなものが並んでいました。素材の良さというよりも、人間の手が加わってこそのグルメ。そして、いい意味でも悪い意味でも、B級ではないもの。してみると、上の数字も分からないでもありません。京都9軒、沖縄0軒。沖縄好きの人たちはなかなか言わないけれど、沖縄ブームが去った今、沖縄の家庭料理にお金を払うお客さんが、いつまでいるだろうか、沖縄料理店のオーナーさんたちは考えなければいけない時期に来ているのかもしれません。カミサンの実家で食べるほうが旨い、そんな料理もたくさんあるのですから。お客さんは、いったい何に対してお金を出すのだろうか。

あの“久兵衛”が特設コーナーでお店を出していました。“久兵衛”の職人さんが、その場で握った鮨が食べられるのです。
“久兵衛”のにぎり
ランチです。5,250円なのです。


10月30日土曜日: 3回目の“Shesirs”

《10月29日23時~24時20分》
29日の23時。まだ宵の口。“ぱなり場”を出て、“Shesirs”に向かいました。東京奏楽舎の深川公演のチラシとM.A.P.の沖縄関連事業の案内を“Shesirs”に置いてもらうこと、最初からの予定です。

“Shesirs”は3回目。前回は智内さんと来ました。宇夫方路女史は智内好文さんにまだ会ったことがありません。紹介できればと智内さんの携帯に電話をかけたのですが、残念ながら繋がりませんでした。

泡盛セット
なんたってシーサーズですからね。お店の中にはアチコチにシーサーが。
シーサーその1 シーサーその2

今日は社長さん、厨房に入っていました。
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もうバブルは終わったのです。だから社長自ら料理を作らなきゃならないのです。

塩無しでマーミナーチャンプルーを頼みました。
マーミナーチャンプルー
マーミナーとは、ウチナーグチで「もやし」のこと。ポークの塩気だけで十分です。

ゴーヤーの肉詰め。
ゴーヤーの肉詰め 詰めた肉
こいつは旨かった。グー!

沖縄ゴーヤーレシピ
ちなみに、M.A.P.ではゴーヤーのレシピ本を発売中!
売ってるサイトはM.A.P.の販売サイト。
クレジットを使うなら、楽天市場で売ってるぜ。
楽天市場の沖縄mapでショッピングー!
グー!グー!

あれ、今日はやけに混んでると思ったら、団体さんがいるんですね。聞くと吉本興業のみなさんなんだとか。あら、板尾創路さんとエド・はるみさんじゃあ、あーりませんか。

気がつくと日付が変わってました。あれ、今日は午前様だけは避けるんじゃなかったっけ。明日、というか今日というか、いよいよ健康ゲームの結果を確かめに行くんでしょ、ってか!




《10月26日~27日》
昨日(10月26日)は、夜9時半に自宅から事務所まで、およそ7Km走った。それからつつじヶ丘の“みやらび”に向かった。

(※10月26日の夜)
まずはプリン体を飲む。
オリオンビール

食う。
ツナ入りゴーヤーとオニオンのスライス

また、飲む。
琉球ガラスのコップと抱瓶
 
ソーミンチャンプルーを塩なしで頼む。
ソーミンチャンプルー
そして食う。
ソーミンチャンプルーを食う

店の中を撮影したりして……
棚に並んだ泡盛

石垣豚(だったと思うのだが)のメンチカツを頼んだ。
石垣豚のメンチカツ
ソースがかかっていたのでもうひとつソースなしを頼んだ。
石垣豚のメンチカツその2

ふと、シーサーを見つけたり……
アメリカ漂うカウンターの上のシーサー

それから、えーと……
ポテトサラダかな
これなんだっけかな。

午前1時を過ぎて腹が空いてきた。
塩なしゴーヤーチャーハン

今日はなぜか健康ゲームも中途半端。
どことなく何もかもが散漫な感じ。

それはね、今日はこの用件で来たからだ、きっと。
映画「ひめゆり」の案内
みやらびの「まんぶー」こと竹原学くんが中心になって、映画「ひめゆり」の自主上映会を開くらしい。その話題になかなかたどり着けなくて、なんだか落ち着かないのだ。
お客さんが途切れて、やっと少し話せそうになった。

マーキーさんの後輩なんて驚いたよ」
「ねえ、おどろいた」
「豊見城高校なんだってね。実はさ、俺のカミサンも豊見城高校」
「へえ、そうなんですか」

なんだか少し空回りしている。

10月23日に、●●さんからメールが届いた。その内容は、少し長いので、この記事の最後、《»続きを読む》から読んでいただきたい。

「この“ひめゆり”のさあ、柴田昌平って監督、俺の高校の後輩なんだよね」
それがどうしたという類のはなしである。

散漫ついでに、少し話しが飛ぶが、許して欲しい。
都立駒場高校の同窓会報、その86号に対馬丸の話題が載っていたことは、7月31日の記事でほんのちょっとだけ触れた。「ほんのちょっとだけ」なのには、同窓会費が未払いだというほかに、別の理由があった。それはチエちゃんが言っていた武州丸のこと、それが気になっていたからだ。対馬丸は映画まで出来て、“ひめゆり”ほどではないにしろ、それなりに多くの人に知られるようになった。それでもまだまだ知られていないという思いから、我々M.A.P.でも、駒場高校出身の元日テレアナウンサーの菅家ゆかりに声を掛けて、対馬丸のCDを作ったのだ。しかし、その頃の僕らは、武州丸なんて聞いたこともなかった。武州丸のことを知っている人って、いったいどのくらいいるのだろう。

武州丸とは奄美大島の学童疎開船。徳之島の疎開者など約200人を乗せて九州本島に向かう途中、トカラ列島沖で米潜水艦の魚雷によって沈没し、77人の子供を含む182人が命を落としたのである。

先日、都立駒場高校の同窓会報の87号が届いた。
都立駒場高校の同窓会報87号
そこに「ひめゆり」の監督である柴田昌平氏の記事が載っていた。「ひめゆり」に続く新作「森開き」を紹介するのが本旨だが、旧作「ひめゆり」のことも書いてあった。
「(ひめゆり)は誰でも知っている名だが、実は生存者本人たちが体験をきちんと語った映画記録はこれまでほとんどなかった。香川京子や吉永小百合主演の劇映画は、他者が想像をまじえて神話化していったものだった」
柴田昌平氏は駒場高校に招かれて、そこで「ひめゆり」の上映会とトークショーが行われたらしい。

おい柴田、お前は沖縄のことを必死に考え続けている先輩が喜多見にいることを知っているか。その先輩は、少しでも多くの人たちに沖縄を知ってもらいたいと、いろいろな活動を続けているのだ。同窓会報を作っている連中に、そのことを伝えて、是非記事にしろと言っておきなさい。
因みに、柴田昌平は弟と同級、弟は帝京と全国大会の東京代表をかけて戦ったサッカー部のキャプテンだった。よほどのガリ勉でもない限り、弟を知らぬはずはない。そこで弟を使ってコンタクトをなどと思ったが、柴田さんが天下の東京大学のご出身と知って、弟の伝手でなんとかなんてお下品なことはやめることにいたしました、ハイ。自爆。

もちろん冗談である。しかし、柴田昌平くんは、対馬丸のこと、武州丸のこと、そしてずいせん学徒隊のことを知っているだろうか。ずいせん学徒隊の唯一の語り部である宮城巳知子さんがどんな思いで「ひめゆりは嫌いだ」と呟いたのかを知っているだろうか。

「僕たちもさ、上映会を企画して開いたことがあるんだけどさ」

西山正啓監の“ゆんたんざ沖縄”と“チビチリガマから日本国を問う!”の2本。
5月18日に西山監督を連れて“みやらび”にやってきた日、竹原くんは不在だったけれど、西山監督は一生懸命店の女の子に話をしていた。その時のハナシ、女の子は竹原くんに報告してくれたのかなあ。

上映会のチラシを持参して“みやらび”に来た日のこと、竹原くんは覚えているだろうか。
5月26日と、5月27日と、我々の上映会の日、きっと竹原くんは店が忙しかったのだろう。
結局、僕らがやった上映会に来てくださったお客さまはごくわずかだった。その原因は、僕らのお客さんを集める努力が足りなかったの一言に尽きる。
でも、竹原くんならきっと大丈夫だ。たくさんいい仲間がいるみたいだから。僕たちも出来る限り協力するさ。でも、自分たちの上映会にももろくろく集客できなかったのだから、偉そうなことはいえないけれど。

上映用のデータを借りる料金が一日3回上映で20万、2回なら15万、チラシも一枚いくらで買うらしい。僕らの場合、少ない入場料をそのままお支払いしようとしたが、結局西山監督は何かの足しにしてよと言って、受け取ってはくださらなかった。

「チラシ、預かっていくよ」
映画「ひめゆり」のチラシ
チラシには宮本亜門の推薦文が印刷されていた。

「宮本亜門は大学で一緒に演劇を学んでいた」

これも、どうでもいい話である。しかし、柴田昌平と西山正啓と、いったい何が違うのだろう。裏には僕のカミサンが大好きなCoccoがメッセージを寄せている。

僕は竹原学氏の今回の挑戦を精一杯応援する。ただ、僕らも11月の山猫合奏団の公演まではバタバタと忙しい。それでも合間を縫って宣伝したいと思っている。

「狛江に狛食っていう中華の食堂があるの知ってる?」
「いや」
「あそこの奥さんのお母さんがひめゆりの生き残りなんだよ」
「そうなんだ、行ってみようかな」

結局、店を出たのは3時過ぎ。
白い看板の前で
ちょっと疲れた感じ。なんだって仕事は大変だ。客商売となれば尚更。誰もが「ひめゆり」のことを知りたいわけじゃない。

ひとつ竹原氏にお願いがあった。僕らがやっている沖縄の色々なことにも、どうか目を向けて欲しい。たとえば、ひめゆり部隊とは違って引率の先生がいなかったために、殆ど記録の残っていないずいせん学徒隊のことも、多くの人に知ってもらいたいという我々の思いに、少しばかり協力してはもらえないだろうかということ。
でも、調布市の施設だから難しいよね。会社でやっていれば、営利だとみなされる。元さえ取れていないというのに、元が取れるとも思っていないけれど、ひどい赤字では続けていけない。だから上映会、絶対に成功して欲しいのだ。

ピンボケ写真
(※10月27日の午前3時半)
頑張ってね、そしてできることならばよろしく。
おやすみなさい……
[subcate.みやらび]

(※10月27日の朝から夜)
そして今朝方、自転車で帰宅。書斎にてブログ記事のアップ方法を思案して、夜の8時、自転車で事務所へ行く。明日までに諸々支払い登録の手続きなどをしなければならないのである。でも、ちょっとした不手際があって、今日のところはここまでしかできない。残りは明日。早いうちに片付けなければならないから、明日の朝は8時までに事務所だな。

というわけで今日少し時間ができた。これから、昨日“みやらび”で預かったチラシを持って“中む食堂”に行く。今晩こそは午前様にならないように。

いったい健康ゲームなのか、不健康ゲームなのか。

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三笑亭夢丸with東京奏楽舎、深川江戸資料館公演の日と同じなので、ちょっとご紹介しにくいのですが……

ハンサム・マーキーさんが主宰する……
S-1グランプリ vol.4
※三線・島唄・新曲、全て頭文字はS、だからS-1グランプリ!

S-1グランプリのロゴらしきもの


日時:11月13日(土)開場16:30 開演17:00
会場:新宿ロフトプラスワン
 (新宿区歌舞伎町1-14-7林ビルB2F、TEL03-3205-6864) 
新宿ロフトプラスワンの地図

料金:前売2,500円、当日3,000円(飲み物別)
チケット申込:ロフトプラスワン又はローソンLコード【L:31945】
お問合せ:S-1グランプリ実行委員会(070‐6478‐5570)
ゲスト:シューベルトまつだ
企画:琉球音国

《島唄部門》
琉球三線(奄美&沖縄)を使ったオリジナルの島唄
“8・8・8・6”の琉歌を基調とした歌詞限定の三線ソングライターのコンテスト!
《ポップス部門》
三線がメインならば後は全て自由
歌詞も楽器編成も規制はありません!

国籍・性別・キャリア・年齢、すべて不問
三線ソングライターのオリジナルならOK!

優勝者は……
沖縄関連イベント(東京&沖縄)出演
琉球音国主催イベント出演
マスメディア局主催沖縄番組出演
そして、我らがPEANUT'Sが製作した三線型トロフィー!
壷屋焼き三線型トロフィー

※コンテスト終了後、新宿ロフトプラスワンを沖縄居酒屋にして打ち上げパーティー!

そこで提案です。
三笑亭夢丸with東京奏楽舎の公演が終わるのが午後4時過ぎ。
深川江戸資料館から地下鉄の清澄白河駅まで徒歩3分。
従って例えば……
清澄白河〈16:06〉⇒(半蔵門線)⇒九段下⇒(都営新宿線)⇒〈16:28〉新宿
清澄白河〈16:11〉⇒(半蔵門線)⇒神保町⇒(都営新宿線)⇒〈16:31〉新宿
清澄白河〈16:17〉⇒(都営大江戸線)⇒森下⇒(都営新宿線)⇒〈16:42〉新宿


ねえ、近いでしょ! みんなでハシゴしましょう!

※この記事を書くために、慌ててハンサム・マーキーさんと飲んだ過去の記事をふたつアップしたのでした。
 ⇒ハンサム・マーキーさんと“球屋”(10/15)
  球屋のママとハンサムマーキーさんと宇夫方路

 ⇒小松菜食ってりゃ大丈夫?(10/16)
  宇夫方路とマーキーさんと五味さん




10月25日、空手の日
1936年(昭和11年)10月25日、沖縄県那覇市昭和会館にて琉球新報社主催の沖縄空手大家の座談会があり「唐手」の呼称が「空手」に改められた。2005年、沖縄県議会は10月25日を「空手の日」と決めた。
『沖縄大百科事典』によると……
「空手の名称は、手(ティー)→組合術→拳法→唐手(トーディー)→唐手(からて)→空手→空手道と変遷するが、空手と一般的に称されるのは、本土では1929年(昭和4)ごろ、沖縄では36年ごろのことである」
……とある。

「武器を一切用いず、徒手空拳のみで護身をはかる武道。〈空手に先手なし〉に象徴されるように、心技両面において先手非道を説く」

さて、今日の小生は、先手なしを決め込み、一日書斎に閉じこもっていれば、攻めてくるものにも出会うことなく、そうすればブログネタが増えることもないだろうと、静かにしていたのだが。

やはり『沖縄大百科事典』から。
「空手は、琉球古来の武術〈手(ティー)〉と中国伝来の〈拳法〉が融合し、発展したものといわれている」
しかし確証はないらしい。

「空手が沖縄で顕著に発達する時代背景は、尚真王(1477~1526)の中央集権化と、1609年(尚寧21)の薩摩の琉球侵略(薩摩進入)にともなって実施された、2度にわたる禁武政策であるといわれる。これは、従来までの空手発達史の定説となっているが、確証はない」

要するに、空手なのだ。なにひとつ確実な根拠となる武器がないということだ。なんだか今日の気分に合っている。

と思いきや、メールなどという厄介な、じゃない便利なものがあるわけで。
“らくだとTUBO”の石田さんからメッセージが届いたので、そのママ転載する。

「また、また、辺野古になるまで」上映とお話の会も来週となりました。
お誘いあわせてお出かけ下さい。

◆辺野古を考える全国上映キャラバン@世田谷
2004年から、沖縄・辺野古で撮影を続けているドキュメンタリー映画監督・藤本幸久さんが、自作を持って全国キャラバンを行っています。普天間移設ー辺野古への新基地建設は沖縄の問題ではありません。日本に暮らす私たち一人ひとりにかかわる問題です。映像とお話を伺って、共に考え、行動しませんか。

日時:2010年11月1日(月)午後7時~9時
場所:らくだとTUBO(定員50名)03-5313-8151
(世田谷区南烏山6-8-7楽多ビル2F・京王線千歳烏山駅下車徒歩3分)
上映:「また、また、辺野古になるまで」(2010年/33分)
お話:藤本幸久監督
参加費:1000円

映像レポート「また、また、辺野古になるまで」(2010年/33分)
新基地建設予定地とされる辺野古や大浦湾の海と暮らし。美しい大浦湾の水中映像。沖縄の人々の闘いと意思。名護市長選挙、9万人の県民大会、普天間基地包囲行動。2004年~2005年の海上阻止行動の日々。
(撮影・構成・編集:藤本幸久、影山あさ子 水中撮影:牧志治)

藤本幸久(ふじもと・ゆきひさ)さん
1954年、三重県四日市市生まれ。北海道在住。早稲田大学卒業後、土本典昭監督の助監督を経て、初監督作品「教えられなかった戦争-侵略・マレー半島」(1992年)。主な作品として、「Marines Go Home-辺野古・梅香里・矢臼別」(2005年)、「アメリカばんざいーcrazy as usual」(2008年)、「アメリカ-戦争する国の人びと」(2009年)、「ONE SHOT ONE KILL-兵士になるということ」(2009年)など。

主催:今とこれからを考える一滴の会


しかし、今日は疲れている。少なくとも、何らかの結論を疑わず、ある同一方向の意識に満たされている空気の中から、ひたすら遠く離れたいという気分なのだ。それは、こんな過去の記事をふたつ、アップしたからなのかもしれない。

先ほどアップした過去の記事ふたつ。
 ⇒高江のこと、知っていますか?(7/17)
  タンデムのタッチ&ゴー

 ⇒九十九龍氏による東村・高江の記録(沖縄通信no.7)(10/15)
  ムーランさんとトミヒサさん


いつまでも、何も考えず、丸腰でいたい気分なのである。それなのに、このふたつの記事を、どうしても読んでいただきたいと思っている。そして、一緒に疲れてみていただきたいと、切実に思っている。


※まず、仕入れた日の記事をアップしておいて……
 ⇒あっちこっちの日の前半(10/20)
  東葉高速・東西線路線図



いよいよ来年の沖縄ダイアリーの販売を開始しました、というお知らせです。
2011年沖縄ダイアリー
詳細のご案内は楽天市場のブログ“沖縄mapのつぶやき”をお読みください。
 ⇒http://shop.plaza.rakuten.co.jp/okinawamap/diary…
楽天ポイントやクレジットでのお支払いが必要なければ、M.A.P.販売サイトも御利用ください。
 ⇒http://www.ownmap.jp/article/other/2011diary…
ご要望があれば新商品や沖縄関連イベントなどの御案内をさせていただきます。楽天市場からは一切外部リンクが禁止されていて、なかなかお客様へのご案内ができないんですよね。残念。

来年の手帳の販売を開始したというのに、「この日何の日沖縄篇」は、まだ夏あたりまでしかアップしていません。いかんですなあ。というわけで、今日は「7・30(ななさんまる)」の記事をアップすることにしました。

その他、今日アップした過去の記事たくさん。
 ⇒「ななさんまる」の意味(7/30)
   ※1978当時のyouTube画像リンクあり

 ⇒新城・勝方先生と“紅梅”へ【早大講座“琉球弧の音楽概説”】(10/8)
  勝方=稲福恵子先生と新城亘先生

 ⇒不思議な符合《鳥研で出会った早稲田大学と沖縄久米島》(10/8)
  松下直仁君たち

 ⇒秋の健康ゲーム《鳥力中央研究所で貰った野菜を食す》(10/9)
  韮と茄子と栗

 ⇒“ふくや”で減塩・プリン体談義(10/11)
  屋久島産トビウオのさつま揚げ



新富町にある沖縄料理店“仲宮里”に伺いました。
仲宮里の入口
去年の三笑亭夢丸with東京奏楽舎の深川公演の際には、仲宮里のご主人に大変お世話になりました。今年も11月13日の公演のご案内をさせて頂こうとやって来たのです。

去年は宇夫方路ひとりでの訪問でしたが、この日は高山正樹も同行しました。
一年もご無沙汰しておいて、またぞろお願いのある時だけ伺うなんて、大変虫のいい話なのですが、この一年間を振り返ってみれば、殆ど間断なく何かがあって、どうにもここまで出向いて来る時間を作ることができず、とても申し訳なく思っています。

今日は短い時間でしたがお料理を堪能することができました。

まずは一昨日も忠兵衛で食べたイカ墨ソーミンチャンプルー。もちろん、塩なしでとお願いしました。
イカ墨ソーメン
忠兵衛はイカ墨を和えたものでしたが、仲宮里ではイカ墨を練りこんだソーメンを使用。沖縄から仕入れているのだそうです。
イカ墨を使った沖縄料理のサブカテゴリを作りました。
定番、ゴーヤーチャンプルー。スパム入りと聞いて、これも塩なしで注文。
ゴーヤーチャンプルー
ついでにゴーヤーチャンプルーのサブカテゴリも作成。
最近よく見かけるようになった紅芋コロッケ。こちらでは紅芋4個に田芋2個を加えてのワンセットです。
紅芋と田芋コロッケ
この田芋コロッケは初体験でした。さすがに沖縄の方たちが多く集まるお店ならではのチョイスです。

この日もたくさんのお客さん。その半分くらいは沖縄の方ではないかとお見受けしました。
壁にはこんなポスターが。
上原康恒世界チャンピオン獲得30周年記念パーティーのポスター
上原康恒(やすつね)とは、1980年に30歳にしてWBA世界スーパーフェザー級王座に着いた沖縄出身のボクサーです。あの具志堅用高は1955年の生まれですから、上原康恒さんは具志堅さんより5歳年上ということになります。プロデビューも2年早かったのですが、沖縄出身初の世界チャンピオンという栄誉は、残念ながら76年にジュニアフライ級王座となった具志堅用高さんに取られてしまいました。でも、上原康恒さんもデビュー前から世界チャンピオン確実といわれていたボクサーですから、きっとたくさんのウチナンチュが熱烈に彼を応援していたことは想像に難くありません。81年、2度目の防衛戦に破れて世界王座を失い、そのまま引退した後も、たくさんのファンが沖縄の誇りである上原康恒さんを応援していらっしゃるのでしょう。
世界チャンピオン獲得30周年記念パーティー。グランドプリンスホテル赤坂、20,000円か、すごいなあ。そして、11月14日、深川公演の次の日だ。きっと準備も大変なんでしょうねえ。今年の奏楽舎深川公演は、沖縄がルーツの桃原健一くんを前面に押し出して沖縄の方々にご案内してみようと思っているのでが、状況は厳しい?
近々桃原くんと一緒に、またご挨拶に来ようと思います。

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本記事は新ブログへ移行しました。
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島豆腐の冷やっこ
ゴーヤーチャンプルー
ゴーヤーチャンプルーのアップ
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あうんのシーサーの説明

博多のTさんとは富久さんのこと。ペンネームは九十九龍。僕はトミヒサさんに、高江を知らない人が高江を理解する糸口となるような文章を書いていただけないだろうかと、ずっとお願いをしていたのです。何度か書き直しをお願いしていて、先日、これでどうだと届いた文章をいよいよご紹介したいと思います。

本当は、トミヒサさんの最終決定稿も、やっぱりトミヒサ節顕在、思いが迸る文章で、これではニュートラルな状態の方々にはなかなか読んではいただけないのではないかと、僭越ながら感じました。だから何とかそのことをトミヒサさんにお伝えして、出来ればもう少し、また短く端的に書き直していただければと思っていたのです。

結果だけ言えば、どうしても欲しかった高江の概略については、なんとか高山正樹が他の方の書いた資料を抜粋紹介する形ででっちあげ、それを(ずいぶんと前の記事ですが)7月17日の記事(トミヒサさんが高江にて座り込みをしているところへ陣中見舞いに行ったときの記事)に追記しました。そして、トミヒサさんから頂いた文章は、そっくりそのままご紹介することにしました。しかし、トミヒサさんの文章を掲載させていただくにあたって、M.A.P.としてどうしても申し添えておきたいことがあります。トミヒサさん、どうか笑って許してくださいね。

例えば、トミヒサさんの文章では、いきなり「日米軍事同盟」という言葉が、何の注釈もなく当然のように使用されます。「だってそうだろう」というトミヒサさんの声が聞こえてきそうです。トミヒサさんの気持ちはよく分かります。でもね、こう書いた瞬間、高江を知って考えてくださる可能性のある方の何パーセントかを失うのではないかと危惧するのです。むしろ日米安保条約に特に何の疑問も持っていないような方々にこそ、具体的な事例として高江のことを知って欲しいのに、これではその道の大半を失うでしょう。そういうことが分からない人が書いたと思われる文章は、僕も読みたいとは思わないのです。「日米軍事同盟に及ぼす影響」とは言わず、さらりと「日米関係に及ぼす」と書けばいい、それだけのことだと思うのです。

「普天間基地の移転問題」をどうするか、それが「好戦国アメリカの尻馬に乗って世界中へ自衛隊を送り込む軍事国家へ衣替えするか、あるいは唯一の被爆国として憲法9条の抑止力のもとに軍事力拡大を進める保守勢力に『否』を突きつけるか」、その分岐点だということですが、その表現はどうなのでしょう。何度でもいいます。トミヒサさんの気持ちはよく分かります。しかし僕は思うのです。普天間基地の辺野古移転賛成の人々全員が、あたかも軍事国家へ日本が移行することに同意しているかのような物言いは、せっかく高江のことをたくさんの人たちに伝える能力がトミヒサさんに備わっているのに、その芽を摘むことになってしまう。
トミヒサさん、僕は順序が逆だと思うのです。普天間のこと、辺野古のこと、グアムのこと、さらには高江のことを、極力ニュートラルな事実としてまず知ってもらうこと、重要なのはそれであり、それを知ってもらった後で、日本がどこへ向おうとしているのか、それが軍事国家なのかどうか、それぞれの人たちに判断してもらえばいいことなのではないでしょうか。

失礼ながらトミヒサさんの文章は、最後まである立場の色でいっぱいです。にもかかわらず、僕がここにトミヒサさんの文章を丸ごと掲載するのは、日本人の多くが殆ど高江のことを知らず、今もなお米軍基地が沖縄の人たちに日々苦悩を与えていることを、多くの日本人が忘れているからに他なりません。是非、トミヒサさんの労作をお読みくださいと、僕はみんなに言いたいと思います。トミヒサさんの文章は、その熱い言い回しと表現を除けば、これまでの経緯を大変分かりやすくまとめてくださっていますから。
(文責:高山正樹)

その前に7月17日の記事も読んでくださいね。あらためて……
 ⇒トミヒサさんが高江で座り込みをしているところへ行った時の記事)

今日は10月15日、第二金曜日。第19回の沖縄語を話す会です。
さあ、トミヒサさん、一緒に楽しくウチナーグチの勉強しましょ。

※(おまけ)トミヒサさんから届いた画像
ムーランさんとトミヒサさん
ムーラン(変な外人)と。国へ帰れば大学の助教授だとか……
(トミヒサさんによるコメント)
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昨日ご案内しましたが……
早稲田大学8号館、「沖縄学」オープン講座「琉球弧の音楽概説」に伺いました。
講師は我らが新城亘御大です。
 ⇒講義の内容は三線ブログにて
こちらではM.A.P.after5的な御報告。

新城亘先生、ライブ中、じゃない講義中。
講義で三線を弾く新城亘先生
亘さんのこんな真面目な顔、見たことありません。
新城亘先生の真剣な顔

奄美については持田明美先生が担当。
三線を持って説明をする持田明美先生
胡弓も披露されました。
胡弓を弾く持田明美先生

この日の授業の中で、新城亘先生が、ワシントン大学で一年間講師をされていた時の様子を撮影したフィルムが映されました。まあ亘先生の若くて精悍なこと。見とれてデジカメで写すの忘れました。
若いといえばもっと若い頃、亘さんが毎日飲み屋に泊まるような生活をしていた頃のことです。宇夫方路の琉球舞踊の先生であり、高山正樹のカミサンの親友である関りえ子は、当時最年少で琉球舞踊コンクールの優秀賞を受賞するなど、輝かしい経歴を持っていながら、東京に出てきてからはもう舞踊をやってはいませんでした。そんな時、下北沢の居酒屋で、新城亘と出会います。そして新城亘からやめるのはもったいないと言われ、再び踊る決心をしたのです。もしそのことがなければ、今、関りえ子は踊ってはいなかっただろうし、そうすれば高山正樹が宇夫方路に関りえ子を紹介することもなかったでしょう。そして今のM.A.P.はきっと存在しませんでした。
当時、関りえ子と高山正樹のカミサンは一緒に住んでいました。そのアパートに、宿無しの新城亘が、何度か屋根を借りに転がり込んできたこともあったようです。
「なんにもなかったさ、ただ寝るところがね」

講義終了後、酒食三昧“紅梅”というお店へご一緒させていただいて、そんな昔話しもしたのでした。
お通しです。
お通しの里芋
本日は居酒屋紹介ではないので料理の撮影はこれだけ。しかし小生健康ゲーム中、皆様には減塩にご協力いただき、ありがとうございました。

早稲田大学国際教養学術院教授、早稲田大学琉球・沖縄研究所所長の勝方=稲福恵子(Keiko Katsukata=Inafuku)先生と新城亘先生のツーショットです。
勝方=稲福恵子先生と新城亘先生
勝方先生か、稲福先生か、どうお呼びするのか悩みますが、先生は早稲田の「沖縄学オープン講座」の担当教授、概論を担当され、もちろん学生の成績は先生がつけるのです。
また、2008年の12月16日に行われた劇団創造の「人類館」にも先生が所長を務められている早稲田大学琉球・沖縄研究所が特別協力という形で関わっていました。そんなこともあって、高山正樹はブログではなかなか書けないことを、いくつかお話させていただきました。
※“社長とは呼ばないで”に書いた関連記事みっつ……
 ⇒破綻し、言葉を失っていく
 ⇒寄せられたコメントと、その返答
 ⇒本当に書きたかったこと

みなさんと記念撮影です。
記念撮影
右側の女性は南谷美緒さん。持田先生のお弟子さんで、エイサーの地謡をやっていらっしゃいます。その左、高山正樹の隣の女性は亘先生のお知り合い、青学の大学院生で高橋優季さんです。アイルランドの詩人で劇作家のイェイツを研究していらっしゃいます。意外にも(失礼)亘先生、イェイツに御興味があって勉強を始めたんです。若い。エライ。またM.A.P.after5にはコアな場面でちょくちょく登場する川岸さん(画像一番左)もイェイツには相当通じているらしい。
かく言う高山正樹も、イェイツについては申し上げたいことがいくつかあるのですが、今日のところはこのあたりでやめておきましょう。ただ、沖縄とアイルランドには色々と共通項があるということであります。

最後にお店のご主人と奥様のご紹介です。
酒食三昧“紅梅”のご主人と奥様
毎週金曜日、勝方=稲福先生は、「沖縄講座」の各回の講師の先生を連れてこの“紅梅”にいらっしゃるそうです。
そっと金曜日にこのお店にやってきて、おいしいお酒と肴を頂きながら、隣のテーブル席で交わされている沖縄についてのコアな話題に耳を澄ましてみる、そういうのも面白いかも。ああ、でもダメだ。小生、面が割れちゃった……

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早稲田大学に琉球・沖縄研究所というのがあるのをご存知でしょうか。そのプロジェクトのひとつとして“総合講座「沖縄学」”があり、毎年前期後期とも一般に公開されているのです。申し込みも不要、無料で聴講が可能です。

本年度もすでに後期が始まっています。

2010年度早稲田大学総合講座「沖縄学」秋学期“沖縄学の現在”
場所:早稲田大学8号館(法学部校舎)、地下B102大教室
日時:毎週金曜日18:15~19:45)

急な情報なのですが、M.A.P.三線教室の御大、我らが新城亘先生(沖縄県立芸大非常勤講師)が明日の先生なのです。
講義の内容は「琉球弧の音楽概説─奄美・沖縄・先島の唄を聴く」。しかし、噂によると、毎年早稲田大学の教室が新城亘三線ライブの会場と化すらしいのです。

どうです、みなさん。一緒に行ってみませんか!
明日、高田馬場でお会いしましょう!!
 ⇒早稲田大学キャンパス案内

※それから、秋学期の今後の予定もお知らせしておきましょう。
●10/15 波照間永子(明治大学准教授)
      「琉球舞踊の伝承─模倣と創造」
●10/22 泉水英計(神奈川大学准教授)
      「民族誌的比較とは何か─ユタとの出会いから考える」
●10/29 又吉盛清(沖縄大学教授)
      「日清・日露戦争の戦場と近代沖縄人の『国家死』」
●11/12 戸邉秀明(東京経済大学専任講師)
      「方言論争再考─現在が問いかける近代沖縄の文化と開発」
●11/19 波照間永吉(沖縄県立芸術大学教授)
      「もう一つの沖縄─宮古・八重山文化圏」
●11/26 《映画》金城哲夫「吉屋チルー物語」1962
●12/ 3 小山和行(沖縄学研究所副所長)
      「琉球の王権儀礼と首里・久高島」
●12/10 北村毅(琉球・沖縄研究所客員助教授)
      「沖縄から戦争を考える/戦争から沖縄を考える」
●12/17 江上能義(早稲田大学教授)
      「沖縄の政治(基地問題/地方自治問題)」
●1/ 7 川瀬光義(京都府立大教授)
      「基地が無くても成り立つ沖縄経済」
●1/14 前嵩西一馬(琉球・沖縄研究所客員講師)
      「笑いと共同体シリーズ」



10月 6日水曜日: 三線教室のafter5的補足

第10回三線教室の記事は……
 ⇒http://haisaikomaesanshin.ti-da.net…
で、そっちのブログで使わなかった画像をこちらで何枚かアップしましょう。

もうお孫さんがいらっしゃるらしい川崎仙子先生。
川崎仙子先生
びっくりでしょう。美人が多いという糸満の女性です。
川崎先生の手首
これが古典の手首の角度です。

工工四(三線の楽譜)の記号。
黒板に書いた説明
ギターで言えば「掛け」はアップストローク。「打手(ウチディー)」はハンマリングオン。プリングオフはないのかなあ。そういえば持田先生が三線は打楽器だと言っていたっけ。

調理実習室の風景。
蛇口越しの練習風景 「包丁の刃は上にして入れてください」の張り紙と宇夫方路 ガスコンロの上に工工四を置いて練習する 食器棚のガラスに写っている

おまけ。おじょうの足。
色とりどりの爪

三線ブログを、とりとめもなく補足してみました。

川崎先生はいつも2時間殆ど休みなくビッチリやります。もうくたくた。だからついYusukeと飲みに行っちゃうんだよなあ。
今日は酒菜へ。
そうそう、身体メンテナンスゲームですが、「小松菜くらいしか食べるもんないな」とスーさんに言われました。ま、それは冗談。酒菜も、いろいろ考えて料理を作ってくれそうです。
鳥力中央研究所に続き、減塩対応のお店、二軒目ゲットです。

Yusuke氏の顔を写してもおもしろくないので、お隣にいた沖縄好きの美女と一緒にパシャ!
高山正樹と美女

これで今日はもうおしまい。しかし、夜はまだまだ終わらない……

高山正樹 Masaki Takayama
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