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3月27日日曜日: “忠兵衛”のカテゴリ

《3月26日(土)~27日(日)》
東北地方太平洋沖地震から17日目になった……
伊藤勉さんは遠いのでお先にお帰りになった。青田泉ちゃんもソロソロと帰った。放射能の所為か、一番早く帰りたさそうにしていた気の小さい亘先生だったが、飲んでしまえばもう一軒行こうかということになる。

放射能などどこへやら、“忠兵衛”までテクテク歩く。

週末の所為か、とっても混んでいる。
みなさん、カラオケなんか、やっちゃったりしている。

そんなこたァお構いなし。亘先生も歌うのである。
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やっと奥様(右)に会えた。
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左の女性は奥様の妹さん。お店が忙しい時は手伝いにくるらしい。さて、“忠兵衛”は混んでいる時に来るべきか空いている時に来るべきか、悩ましい。

というわけで、“忠兵衛”のサブカテゴリを作ることにしたのである。


3月8日、三板の日

《去年の記事をコピペ》
三板と書いて「サンバ」と読む。「沖縄三板協会」というのもあるらしい。『沖縄大百科事典』によると「琉球楽器の図」(『江戸上り史料』のなかに両班・壇板・挿板などとともに掲載され、〈拍板以指鳴之〉と奏法まで記されている」とあるくらいだから、決してブラジルのサンバと関係あるんじゃないのなんて、いい加減なことを飲み屋などで言わないでください。

去年とまったく同じじゃあ芸がない。そこで。
1982年の3月8日。WBA世界ジュニア・フライ級チャンピオン具志堅用高が14回目の世界王座防衛に失敗した。

【3月10日に追記】
※当記事のコメント参照
この日はミツバチの日だったらしい。沖縄市にある小浜養蜂場では、この日は安売りするらしい。
で、宇夫方女史の報告によると、喜多見のセブンイレブンの入口に、こんな立て看板があったらしい。
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彼女はマンマと引っかかって、こんなパンを買ったらしい。
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このパンの全貌は食べた日に。


まずは昨年の記事をコピペ。
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3月4日、サンシンの日
1993年、琉球放送が3月4日をサンシンの日にしようと提唱。以来、この日は沖縄県内各地で三線の演奏会が行われる。
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というわけで、今日は三線にまつわる話題を二つばかり。

ひとつ目……
すいぶん遅くなりましたが、S-1グランプリ2010の写真が夏子さんから届きました。
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優勝したのは岡村聡士君ですね。手に持っているのは宮城さんが作った三線型の壺屋焼きトロフィーです。作務衣を着たいかついおじさんはS-1グランプリの主宰者、ハンサム・マーキーさんです。

さて、ふたつ目……
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すでにちょこっとお知らせしている発表会のことですが……
今日は「サンシンの日」というわけで、正式にこっそり告知します。そうです。例の会議のやつ。
狛江市の中央公民会のつどいです!
「中央公民館利用団体で組織された実行委員会が企画・実施するもので、学習・文化活動の発展を目指して日頃の成果を皆さんにご覧いただく機会にしたいと頑張っています」
……という主旨らしい。

日程は3月9日(水)~13日(日)。詳細は狛江市のホームページの「行政情報 」>「広報こまえ」 >「平成23年3月1日号(1073号・テキスト版)」の中にあります。
 ⇒第26回中央公民館のつどい(1073-01)
しかし、この催しがあるということを知らなければ、狛江市のホームページのトップから、ココまでたどり着くのはまず不可能です。つまり、ページは作ったけれど、全く広報にはなっていない。これぞお役所仕事!そして、イベントが終了すると、たぶん消されてしまうページだと思われます。
(※なぜなら、第25回中央公民館のつどい(1049-08)という記事があったはずなのですが、今はもう見られません。こういうことってどうなのさ、狛江市のホームページ制作担当さんよお。)

ともかく「中央公民会のつどい」は、展示会だとか講習会だとか、実に盛りだくさんの催しです。その中のひとつに「つどいコンサート」という企画があって、それにM.A.P.が運営する三つの沖縄関連の教室も、合同で参加してみようか、ということになりました。
(※コンサートの全体プログラムはこの記事の最後(続き)にチラシのスキャンデータを貼り付けました。)

会場は狛江中央公民館地下1階ホールです。中央公民館は小田急線狛江駅より徒歩4分くらい、狛江市役所の隣、市役所の正面から見て左側にあります。
我々の出番は13日の日曜日の午後2時半から3時までの30分間。
(※ただし時間通りに進行するかどうかは定かではありません。なにしろ…… おっとそいつはお口にチャック。)

私たちの出し物の詳細は次の通りです。

(1)「四つ竹」
琉球王国が中国から訪れる冊封使(さっぷうし)をもてなすために踊られた演目。これぞ琉球舞踊みたいな踊りですね。M.A.P.が誇る川崎仙子先生と持田明美先生の唄三線に合わせて、琉球舞踊教室の生徒さんたちが踊ります。

(2)「伊計離節(いちはなりぶし)」
あなたがいる島に行きたいけれど、潮の流れが速くて漕ぎ着けないというもどかしさを唄ったもの。川崎仙子先生の唄三線独唱。

(3)「安波節(あはぶし)」
安冨祖流古典三線で最初に習う定番の曲。もともと沖縄本島の北部にある安波という集落で、お祭りの時にうたわれていました。川崎・持田先生に三線教室の生徒が加わって弾き歌います。時を忘れて歌い遊ぶ、そんな沖縄の時間の流れを感じてください。

(4)「武富節(だきどぅんぶし)」
「貫花」という有名な舞踊があります。それは前半は「武富節」、後半は「南嶽節(なんだきぶし)」で踊るのですが、今回は前半の「武富節」の部分を、三線教室の生徒さんたちの地謡(じかた=歌舞伎などでいうところの下座音楽)で、舞踊教室の生徒さんが踊ります。
三線を習っている人たちは関東にもたくさんいますが、踊りの地謡をやる機会はまずありません。踊り手の心の動きを感じながら弾き歌うことは、独唱することとは全く違った奥深さがあり、かつ楽しいものなのです。
(独唱と地謡とでは、同じ曲でも歌い方が違うのです。) 

(5)「安里屋ゆんた」
ヤマトでも良く知られている曲ですが、もともとは八重山地方(石垣島や宮古島など、沖縄本島よりさらにずっと南西の島々の地方)の労働歌でした。竹富島に実在した絶世の美女安里屋クヤマと、本島から派遣されクヤマに一目ぼれした役人のやり取りを面白おかしく描いています。この伝統的な「安里屋ゆんた」に対して、皆さんがよく知っているバージョンを「新安里屋ゆんた」と呼んで区別しています。今回は「新安里屋ゆんた」「安里屋ゆんた」と続けて演奏します。琉球舞踊のメンバーは三板(サンバ)や掛け声で参加かな。

そして、ゆんたくの会のメンバーが、ウチナーグチで司会をします。これが東京では一番希少価値がありそうですね。只今頑張って練習中です。さていかがなりますことやら。

なお、高山正樹と宇夫方路は、いまのところ三線教室の生徒として参加する予定です。

もちろん無料です。皆さん、是非、13日は会場まで遊びに来てくださいませ。

そうだ、ハンサム・マーキーさんにも、岡村聡士君にも、夏子にも、13日の案内しよっと。

そして、こんなチラシも作りました。
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3月 2日水曜日: 宮城加代子さんが来社

関東沖縄IT協議会の新年会でスタッフをしていた宮城加代子さんがM.A.P.の事務所にいらっしゃいました。
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宮城さんは、在京の沖縄県出身の若者たちと定期的に沖縄のことを学ぶ勉強会をしていらっしゃるとのこと。聞いただけでなんだかおもしろそう。参加させてくれないかなあ。沖縄県出身じゃないとダメなのかしらん。
彼女は宮古島の生まれです。小学生のときに那覇へ、でも一年生のときの記憶がないのだそうです。
「たぶん言葉がまったく違うから、いじめらていたんじゃないのかな。でも、こういう性格ですから、2年生からは楽しくやってました」
ふーん、だけどむしろそんな明るい性格の子どもなのに、思い出すことのできない一年間があるということ、なんだか考えてしまいます。「沖縄」と「宮古」、ほんとに言葉の違いだけなのかな。もちろんいじめはどこにでもあることなんですけどね。

やっぱり「宮古」のカテゴリを作ろう、そう高山正樹は思ったのでした。

作ってみたら、この記事はすでに26個目の「宮古」の記事でした。

去年の11月に船橋市の大穴小学校で公演をしたのですが、頼まれていた色紙に、高山正樹がやっとサインを書きました。ヤイノヤイノ言ってやっと。
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そして夜は三線のお稽古です。
 ⇒三線教室専用ブログの記事へ
あっちのブログで使用しなかった画像を一枚こちらにアップしておきましょう。
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今日の記事も、宇夫方路のフリをして、高山正樹が書きました。


裏ニンジンの日
今年のニンジンの日(2月3日)は旧暦の元旦でしたが、今日は裏ニンジンの日です。
ただそれだけ? なんだか詰まんないなあ。

そこで調べてみました。

沖縄本土復帰から2年足らずの出来事。1974年の3月2日のことです。那覇市の小禄で雨水管の工事中に不発弾が爆発しました。聖マタイ幼稚園のすぐそばでした。作業員3人と園児の女の子が死亡しました。他に34名が重軽傷を負いました。
爆発したのは、旧日本軍が埋めた地雷でした。自国に地雷を埋める国ってあるのだろうか。

今年の2月8日の沖縄タイムスは、その前日の7日に浦添市立浦城小学校の体育館取り壊し現場で、米国製の砲弾が発見されたことを報じています。
「発見された不発弾は信管が残っていることなどから後日、現場で処理される予定。陸上自衛隊が土のうで固定するなどして安全措置を取った」

これは、日本のどこかの裏のニュースなんかじゃありません。これこそ沖縄の日常的な表のニュースなのです。沖縄の戦後は、終わってなんかいません。日本人として、考えるべきこと、ありませんか。

「詰まんないなあ」なんて、大変不謹慎なことを言いました。


《3月1日(火)午前1時40分》
28日は事務所を早めに引き上げて、自宅そばにある書斎に篭って、アップしていないブログの記事をずっと書いている。深夜になると、たとえばCDの音などは近所迷惑なので、無音のTVをつけていることが多い。
と、どこかで見た顔が……
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オトバンクの社長、上田渉さんじゃありませんか。
ちょいと音を出してみる。
なるほど、電子書籍の未来像みたいな番組か。
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若い社長さんたち。僕のやりたいことと彼らの発想との接点、要は僕がおもしろがれるかどうかなんだろうなあと思うのだけれど、頭がモヤっとしていて、深夜に考えるようなことじゃないみたい。

オトバンクはオーディオブックのポータルサイト“FeBe”を運営している会社です。
“FeBe”では、M.A.P.の"おきなわおーでぃおぶっく”の作品を配信してくださっています。
 ⇒「カクテル・パーティー」
 ⇒「ノロエステ鉄道」
 ⇒『対馬丸』より「撃沈」「死とたたかう漂流」

人類館と山猫合奏団の作品については、著作権の関係でまだ配信していません。進めなければいけないのですが、なかなか忙しくて手が回らないのです。

つまり、ブログなんか書いている場合じゃないということかしらん?

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高山正樹 Masaki Takayama
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