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忘れられないこと……
東日本大震災から81日目。

朝方から「問題は福島ばかりではない、沖縄だって問題なんだ」というような呟きを、いくつかリツイートしていた。言い知れない虚しさを憶えながら。

娘は、1日早く京都へ帰った。
息子と沖縄に来たのは、ようやく歩き始めた頃連れて来たきり、ほとんど20年ぶりである。子供が生まれるずっと前から考え続けていた沖縄のことを、僕は何一つ子供たちに伝えることができない。彼らには沖縄の血が半分流れているというのに、というより、半分流れているからこそ伝えることができないのだという気がしている。

義理の弟の嫁さんが車を貸してくれるという。女房が頼んだらしい。
息子に聞いた。
「どこに行きたいんだ」
「どこでもいい」
「お前がどっかに行きたかったんじゃなかったのか」
誰もが、僕に気を使っている。

車の中から、従うべき正面の信号を撮影した。
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なぜかソッポを向いている。昨夜の風で曲がったのである。いたるところに、そんな信号があった。

開店前の銀行。シャッターを水洗いしている。
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台風の後、そうしておかなければ錆びてしまうのである。

ガソリンスタンドは洗車の車で長蛇の列。
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勝連の城跡が、昔のような感動を与えてくれないことは分かっていた。しかし、少ない時間で行ける場所は、此処しか思いつかなかった。
 ⇒2009年2月3日の勝連城跡
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だが、今日は雲ひとつない空。沖縄のステレオタイプなイメージとは裏腹に、実は天気の悪い沖縄、今日のこの空は、沖縄では滅多に拝むことのできない雲ひとつない快晴の空である。
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しかし、やっぱり海は何も伝えてこない。
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「ずいぶんつまらない海になっちゃったなあ。昔はこんなんじゃなかった。あの頃のこの海は、吸い込まれるくらいきれいな、色んな緑だった」
「ふーん……」

世界遺産に指定されて作られたオブジェ。つまり、作り物。
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本物が、すぐそこにあるというのに……。

「荷物をまとめなきゃならないからな、どっかで飯食って戻ろう」

沖縄市の街には今年のキジムナーフェスタのポスターが貼ってあった。
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「俺はこれとこれに出るんだ……」
山猫合奏団と、
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亘先生と一緒にチョンダラー。
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そんなことをつまらなそうにポスターを見ながら、誰に聞かせるでもなく言ってみたような気がする。なんだかはっきり憶えていないけれど。

「こんな店でいいか」
「うん、問題ない」

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一年ぶりの“チャーリー多幸寿”。
 ⇒1年前の“チャーリー多幸寿”の記事
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【そうして、つまらないことを呟いた】

15:39
沖縄に錆びた車が少なくなったのはヤンバルにダムができたから。今回台風の翌日が日曜日で仕事が休みだったので、自動車を洗う人がたくさん。断水の危機だったとか。

15:42
台風から2日目、沖縄の空は珍しく雲ひとつない。今日も相変わらずガソリンスタンドには洗車待ちの自動車が長蛇の列を作っている。



「中味汁、作ったけど、食べるねえ」
……と、義母。少し苦手だが、今日は頂くことにした。
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中味汁が大好きだった義父にそっと線香を供えて、空港へ向かった。

もう少し、自由に生きてみるかな。
(ずっと勝手に生きてたじゃないか)
(そんなことはない、ずっとお前たちのことを考えていた)

窓際に座っていた息子が、ほら見てというように目配せをした。
ボクはカメラをカバンから出して手渡した。
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息子は窓の外を撮影して、カメラを返しながらこんなんでいいかという顔をした。

「沖縄はさ、なかなか日が暮れない」
でも、夜は必ず訪れる。南国の長い1日が、間もなく終わろうとしている。


5月29日日曜日: 特筆すべきことなし?

《5月29日(日)-3》
先に帰る娘を空港で見送った帰り、義母や義弟の家族と、沖縄県立那覇商業高等のソバに最近開店したお店で沖縄そばを食べることにした。創業40年近い名護市の「中山そば」が出した支店である。
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学生限定の那覇商そば280円なんてメニューもある。他校の生徒でもOKらしい。

結婚した姪っ子は那覇商業の出身。ということは、津嘉山正種さんの後輩なんだ、てなハナシで特に盛り上がることもなく。BIGINに会ったよとでも言えれば食いつきも違うんだろうけれど。

ソーキそば。
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沖縄そば。
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沖縄そばには三枚肉が乗っている。「きつねそばにはお揚げが乗っている」くらい普通の話。「そば」と言っても蕎麦粉は使われていません、というのも沖縄の常識。「へえ、そうなの」なんていう日本人も結構いるが、中華そばに蕎麦粉が使われていないことに驚く人はまずいない。焼きそばしかり。
 ⇒沖縄そばについての薀蓄

どうでもいいハナシで無理やり記事を水増ししている感じだな。要するに特筆すべきこと特になしなのだ。なぜだろう。どうやら食傷気味らしい。なんだか気分が優れない。味わう楽しみを忘れている。そして、微妙な味の違いが分からなくなっている。

そのかわり“沖縄そば”のサブカテゴリを作ってみた。

ついでに“津嘉山正種”のカテゴリも作ろう。さて親のカテゴリはどうするか、津嘉山さんといえばケビン・コスナーにロバート・デ・ニーロ、だから「M.A.P.縁の人たち」がいいかなとも思ったが、やっぱりM.A.P.にとっては津嘉山さんは沖縄、だから「沖縄のこと」にしておくことにした。

「なんか忘れてないか……」
忘れているほうが幸せってこともあるさ。でも、きっと忘れることができずにいるんだろう。ここは遠い沖縄だというのに。

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《5月28日(土)-1》
東日本大震災から79日目……
どでかい台風が接近中。だから外出を控えた。ところが朝からずっと晴れている。
昼、近くの沖縄ソバ屋まで歩いて行った。
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頼んだのはやっぱりソーキそば。
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ジューシーも。
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帰り、少しパラっと来たが、すぐに止んだ。
途中、ちょっと寄ったファミリーマート。なんか変だ。
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ゴミ箱がないんだ。
ゴミ箱は台風に備えて店内に退避なのである。
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因みに、セブンイレブンは沖縄にはない。
 ⇒http://lince.jp/hito/orikoo…

テレビは、全く映らない。
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しかし午後5時前、まだ雨は降り出さない。ああ、こんなことなら出掛ければよかった。そうすれば、いくつか用事を済ますことができたのに。

「そろそろ時間よ~」


《5月27日(金)-1》
東日本大震災から78日目ということを忘れそうな日……

沖縄に着きました。
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社長からの完全なる脱却、はじまりです。

とりあえず荷物がたくさんあるので、というのも結婚式用の礼服を持ってきたから、カミサンの実家へ向かいます。

【そうして呟いたこと】
10:40
只今沖縄の浦添市におります。決して放射能から逃げてきたわけではありません。それでもホントに久しぶりに野外で深呼吸しています。しかし台風だって?なんてこった。

10:42
しかし蒸し暑い。それでも深呼吸できる幸せ。


そして、子供たちと一緒でなければまず行かないであろう昼の国際通りを、ぶらついてみることにしました。
代行さんとよく似たかりゆしウェアを買ったキーストーンが閉店するらしい。
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 ⇒代行さんとよく似た……
 ⇒かりゆしウェアを買った……
 ⇒国際通りのキーストーン

パラダイス通りの大東そばで大東そばと島寿司を食う。
大東ソバの看板
 ⇒2009年6月13日の昼間の大東ソバ
 ⇒2009年12月22日の夜の大東ソバ平和通りへ。
あ、カンカラ三線だ。
カンカラ三線販売中
 ⇒カンカラ三線のこと
カンカラ三線を売る、その妙な感覚。いったいどういう人が買うんだろう。買って、どうするんだろう。

紅芋のシェーク。
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このお店で、アルバイトを募集していた。
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どうやら17:00~21:30の人は見つかったらしい。
「時給700円~」っていうことは700円なんだろうね。これ、沖縄では普通。600円台もザラです。
しかし「43歳くらい迄」というのがよくわからん。

けっこうな雨模様。でもここは沖縄。濡れることを気にせず、今来た国際通りを再度西へ戻り、パレット久茂地の4階にある那覇市歴史博物館まで歩く。娘の希望。息子と女房は別行動。
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ボクは、娘に付き合いながら、今後のことを考えていた。一週間前なら「戦略」とでも言ったところだが、今は少し違う。もっと根源的な、でも言葉にしようとすると、「さて、何をするか」みたいな平易な言葉しかあてはまらない思い……

“M.A.P.after5”にとっての最大のミステリー。

さあ、ボチボチモノレールに乗ろう。でないと、県立博物館でゆっくり観覧する時間がなくなってしまうから。


5月25日水曜日: 成城ホールでリハ

東日本大震災から76日目……
事務所で“東京にゃいと倶楽部”の録音。本日のゲストは稲垣護さん。ああ、山猫合奏団のブログ、最近ちっともアップしてないなあ。色々と告知することがあるのだが……。
ともかく、手一杯なのです。

収録を終えて、6月4日の公演のため、本番と同じ成城ホールを借りての場当たりを行いました。
ほんとうは、琉球舞踊専用ブログでお伝えしたいのですが、担当の宇夫方路が本番を控えてそれどころではなく……
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総合プロデューサーという立場だから、客席でゆっくりお手並み拝見といきたいところだったのですが、そうもいかず。きったねえ格好してったからいけなかったのかな。ネクタイと背広?俺には無理だ。

さあ、この形、覚えてね。
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いない人には伝えておいてね。
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【追伸】
やっと琉球舞踊教室の専用ブログに、ちょこっとですけで記事を書いたようです。
 ⇒http://mapryukyubuyou.ti-da…
9時57分。退館3分前。
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お疲れさまでした……


一杯、やるか……

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東日本大震災から74日目……

【この日呟いたこと】
10:59
ツイッターはインプットツール。そう思ったからあんまり呟かなくなった。しかし、テレビのワイドショーコメントをそのまま受け入れているような人が周りにいかに多いことか。頼むからダメ民主党以下の自民党に騙されることなかれ。自民党だったらもっと上手く真実を隠す。


ツイッターに時々極めて個人的なことを交ぜると、発言が信用されるらしい。そこで……

13:56
薬が切れた。明日飲む薬がない。


しかし、誰も読んじゃあいないもんなあ、信用されるもされないもないか。「明日インプットする薬がない」とでも呟こうと思ったのだが、誰も気がつかない細工をしてもつまらない。

山猫合奏団の(というか東京奏楽舎のというか)大島君が事務所に来てくれた。6月4日に踊る曲の相談。
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そうなのである。この度の公演で宇夫方路が披露する新作の創作舞踊を、チェロで踊ろうというのである。一応、私、高山正樹構成ということになっている。

再生を祈る曲。
東日本大震災。だが、僕の心の深くには、沖縄がある。

琉球舞踊は先人から受け継がれてきたものを重んじる世界。さてチェロで踊るという暴挙が、沖縄から来てくださる先生方に受け入れていただけるものかどうか、見ものである。どうか皆さん観に来てね。

この件については、今日のところはこの程度にとどめておこう。

薬は、明日の午前中に医者へ行くことにした。

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すでに御案内していた“宇夫方路教師披露公演”を、ようやくM.A.P.after5にて告知いたします。
※宇夫方路が琉球舞踊の教師免許を頂いたのは2008年6月、間もなく3年になろうとしています。教師披露公演と銘打つには少し間が空きすぎてしまいました。したがって、この度の公演の名称を次のようにすることといたしました。

玉城流喜納の会 関東支部
宇夫方路初公演
をぅどぅい・うた・しまくとぅば・ひやみかち!
東日本大震災被災地支援チャリティー公演

null 宇夫方路

日時:2011年6月4日(土) 昼の部 2時開演 夜の部 6時開演
   (※いずれも開場は30分前)
会場:成城ホール
料金:前売り3,000円 当日3,500円

出演:宇夫方 路
    玉城流喜納の会
    喜利の会
    喜琉の会
    玉城流喜納の会関東支部関りえ子琉球舞踊研究所
    M.A.P.琉球舞踊教室
    厚木カルチャー琉球舞踊
解説:新城亘

【地謡】
歌・三線:野村流古典音楽保存会 水谷亮介・野村香司
      安冨祖流弦聲会 西村勉・川崎仙子・持田明美
筝:琉球筝曲興陽会関東支部 山崎千鶴
笛:沖縄横笛協会 宮良政子
胡弓:安冨祖流弦聲会 持田明美
太鼓:光史流太鼓保存会 具志忍

【スタッフ】
構成:関りえ子
舞踊監修:伊波正江
舞台監督:加藤正信(加藤事務所)
照明:坂本義美(龍前正夫舞台照明研究所)
音響:渡邉禎史
着付・結髪:玉城流喜納の会・玉木流からじ結い喜瀬教室東京支部
制作:(株)M.A.P.

主催:をぅどぅい・うた・しまくとぅば・ひやみかち!公演実行委員会
後援:沖縄コンベンションビューロー
    琉球新報社
    沖縄タイムス
    岩手日報
    沖縄芸能連盟
    東京沖縄県人会
    東京琉球舞踊協会
    (株)厚木カルチャー
協力:玉城流喜納の会

是非ともご支援と応援のほど、宜しくお願い申し上げます。

東日本大震災から69日目……
【この日呟いたこと】
8:01
只今朝飯。あさりのお吸い物。「これどこ産?」「愛知だったかな、なんで?」「ふーん…」。世間でいう「風評被害」の極私的風景……


そうしたらmixiにコメントが……
「あさりのお吸い物飲みた~い。 いいな… ご飯作ってくれる人いて 」
だからおいらは……
「呟いた意図に反して、そう来るか……」とコメントで返しておいた。

昼過ぎ、荷物が多いというので、宇夫方路を空港まで迎えに行く。

平田オリザが、ソウルで妙なことを言ったらしい。だから、また呟き始めることになった。

17:38
平田オリザ、大丈夫か。低濃度とも言ったらしい。いい加減な発言でないことを祈る。

17:43
たとえ友達を失っても、原発に拘り続けよう。民藝と馬鹿にすることなかれ。77歳の今野鶏三さんに敬意を表す。


夜は三線教室。
おじょうコト久美ちゃんとぎまのママ。
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おじょうのファンの皆様、そしてスナック“ぎま”のお客様の方々、おふたり、がんばってますよ。

三線教室が終わると、久美ちゃんとママは急いで帰る。いつもの光景。お店があるからね。お店があるのに来てくれることが嬉しい。

そして残った僕らは、持田先生と打ち合わせが残っているということを名目にして、一杯やりにいくことにした。それは別途記事にて。


宇夫方女史は朝6時20分羽田発のスカイマークで沖縄へ。6月4日の公演に向けて、色々とやっておかなければならないことがあるらしい。

東日本大震災から67日目……
【この日呟いたこと】
11:25
風評被害風評被害って、だんだん腹が立ってきた。俺は気にせず食ってるさ、だけど、「風評被害」だって言うのなら、ちゃんと線量表示するくらいの努力をしたらどうだ。そうすれば、大丈夫というレベルの汚染なら、僕は敢えて被災地のものを選んで買って食べる。


宇夫方からメールが届いた……

【沖縄からの報告】

まずは琉球新報ホールへ行きました。
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琉球新報ホールでチャリティー公演が開催されていて、喜納の会も「繁昌節」で参加するのです。6月4日の公演に出演してくれる予定の伊波妙さん、長田えり子さん、比嘉道子さん、大城美恵子さん、神谷美枝子さんも踊ります。

午後のリハーサルが終わると急いで着物を着替えて、天久にある新報の本社に向かいました。6月の公演の記事を書いていただくお願いをするためです。一緒に行ってくださったのは家元の伊波正江先生、喜琉の会の中村志津子先生、そして関りえ子先生です。沖縄の文化や琉球舞踊への思い、それから生まれ故郷の岩手への思いなど、色々と話しを聞いてくださいました。

ロビーにて記念撮影。
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和服の方は、左から中村志津子先生、関りえ子先生、そして伊波正江先生です。そういえば、家元はお顔、満を持しての初登場ですね。お洋服の方は、偶然お会いした歌手の方で、10年位前までは東京で活動していらしたそうですが、今は沖縄に帰っていらして、関先生と「まあ、お久しぶり~」と挨拶をされていました。

夜はチャリティー公演の本番です。私は楽屋のお手伝いをしました。
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これから、新城亘先生と会います。関りえ子先生の同級生がやっている「ぶろーくん」というお店に行きます。今度の東京での公演の創作舞踊で使う音について御相談するつもりです。亘先生も明日のチャリティー公演にご出演するので、そんなに遅くはならない予定です。
明日、関りえ子先生の同級生が勤めているサン印刷さんに行って、公演プログラムの打合せをしてから東京に戻ります。

では、行ってきます。
(宇夫方路)

「お久しぶり~」の歌手の方のお名前が知りたい。相変わらず、間抜けた報告だ……
(高山正樹)


当ブログには、こんなカテゴリがある。

M.A.P.after5を沖縄情報のデータベースとしても使えるようなブログにするために、「この日何の日沖縄篇2011年版」を、何とか完璧にしようと考えていた。
しかし3月8日の「三板の日」を最後に、このシリーズ記事は途絶えてしまった。なにもかも、あの日、3月11日の所為である。
東日本大震災から66日目……

例えば今日、5月15日は沖縄本土復帰記念日なのであるが……

【この日呟いたこと】
19:55
沖縄のことを考えなければいけない日なのに、原発は相変わらず危ない状態だし、そんな折、じいさん復活、「まるみっかなんにも食ってない」と文句を言った。医者は休み。親戚中右往左往。ところでわが会社はどうなるの?いったいなんという春なんだ!

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高山正樹 Masaki Takayama
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