«Prev || 1 || Next»
旧暦3月3日、浜下り
1年で最も干満の差が大きい日なのです。昔の人々は、そんな自然の神秘に触れるために、みんな浜へ下りて行ったのかもしれません。潮干狩りにも最適な日。自然の恵み、おいしい貝は自然からの贈り物。だから大和にも、かつてはこれに似た風俗が各地にあったようです。

海に手足を浸して体を清め無病息災を祈り、あとは浜で楽しく遊ぶ。今でも沖縄では、この日、あちこちの海岸で地元の伝統行事や潮干狩りでにぎわいます。

そんなわけで、「浜下り」のカテゴリーを作ってみました。といっても、琉球舞踊のサブカテゴリーですけどね。

null

(宇夫方路)M.A.P.カルチャー狛江琉球舞踊教室を終えて事務所に戻る途中。お腹すいたからセブンイレブンへ。
16日からセブンイレブンのお米が変わったそうです。
そこで、一番味が分かりそうな塩むすびを買ってみました。
null

(高山正樹)それがどうしたの…

(宇夫方路)今日は厚木と狛江の教室で話題がいっぱい。いっぱい過ぎて、だからとりあえずおにぎりのはなしでお茶を濁しちゃったのです。

(高山正樹)しょうがねえなあ。じゃあ僕の詰まらないも報告しちゃおう。今日、昭文社に行って、近くのそら庵に寄って、こんな本を100円で買ってきました。
「京都人は日本一薄情か 落第小僧の京都案内」という新書です。なかなか面白そう。



(宇夫方路)おんなじ詰まらないハナシでもセブンイレブンは喜多見のはなし。でも、京都じゃあM.A.P.と全然関係なくありませんこと?

(高山正樹)最大のミステリーと、ちっぽけなミステリーと、至極私的なこと。今のところは。それより早くそちらの話題を教えてよ。

(宇夫方路)今、頑張って報告を書いていますから、もう少々お待ちを……

Z Z Z Z z z……

あらためて……
(※青字の突っ込みは高山正樹です!)

【まずは厚木教室の報告】
厚木教室では、「かぎやで風」と「四ツ竹」と「貫花」を稽古しました。「かぎやで風」と「四ツ竹」はかなり踊れるようになりましたが、「貫花」はまだまだこれからですね。11月に舞台を踏もうと、みんな頑張っています。

前回の稽古日に、お母さまのとしびー祝いの引き出物をお土産にくださった安藤さんに、お母さまの御歳を伺いました。85才のお祝いだったそうです。
※沖縄語を話す会に通ってるんだからさ、「としびー」ではなく「トゥシビー」と言いましょう。それから、85才のお祝いということは、7度目のトゥシビーでいらしたということですね。実におめでたい。

「日本では88歳のお祝いもあるけど、沖縄では次の大きいお祝いは95歳のかじまやーです。『かじまやー』とは『風車』のことで、風車を持って町を歩くんです。」と安藤さん。
ん? あれ? ちょっと待って? 「かじまやー」って95歳だっけ?
※えーとね、まず「かじまやー」は97歳です。97歳のトゥシビーを特別に「かじまやー」っていうんだよね。でも、正月にはやらないで、旧暦の9月7日にやるのです。
それから、沖縄にも米寿はあります。こちらは旧暦の8月8日で「トーカチ」といいます。これらについては下記記事に詳細資料を追記したので興味があったらどうぞお読みください。
 ⇒http://lince.jp/hito/okinawamap…
ついでに、沖縄に米寿はあっても喜寿(77歳)や白寿(99歳)はありません。
さらにです。カジマヤーの語義ですが、97歳にもなれば子どもに還って風車で遊ぶからとよく説明されますが、カジマヤーには風車の他に十字路という意味もあり、古くは七つの十字路を巡る儀礼があったとか。そこからきているのではないかという説もあるのです。


「女の子の最初のとしびーのお祝いは13歳ですよね。」
「とっても大きいお祝いだったですよ」
そこで私は「喜多見で沖縄語を話す会」で高山氏から聞いた話を披露しました。
「昔は女性がお嫁に行くのが早かったから、13歳のお祝いは実家でする最後のお祝いだったんですって。だからとても大きいお祝いだったそうですよ。」
「あ、そうなんですかあ」
「でも今は次のお祝いのときもまだ嫁に行ってない人も多いですよね」

※あのね、男の子も女の子も最初のトゥシビーは13歳なんです。ただ、女の子の場合、13歳を盛大にやるということなのです。

こんな感じで、沖縄出身の人たちでも東京で暮らしていると沖縄の行事がわからなくなってしまうようです。
※宇夫方さん。あなたがそれを助長させちゃあダメだよん。

厚木にはブラジルで生まれ育った沖縄2世(3世かな?)の知念さんがいらっしゃいます。その知念さんによると…
「アメリカでは15歳でお祝いするんですよ」
「成人式なんかはないの?」
「成人式はないの」
住む所によって行事もかなり違いますね。
※読者の皆様。この知念さんコメントについて、M.A.P.は保障をいたしません。というか、宇夫方路女史が、テーゲーに人の話を聞いている可能性がありますので。知念さん、ほんとうに宇夫方さんの報告、間違っていませんか?

【続いてM.A.P.狛江教室の報告】
こちらもまずは「かぎやで風」から。いやいや、読むときは「かじゃでふう」でしたね。
※「かじゃでぃふう」だよ。「で」じゃなくて「でぃ」。

炭屋さんから「かじゃでふう」ってどういう意味ですか、という質問が。
私「さあ、意味は考えたことないなあ。」
炭屋さん「ふう、は風ですよね」
金城さん「御前風(ぐじんふう)とも言いいますよ。伊江島では○○○○って言うのよ」
あら、肝腎な○○○○を忘れちゃった。
※なんたるいい加減な報告!このブログでも「かじゃでぃふーぶし」の薀蓄を書いたことがあります。
 ⇒http://lince.jp/hito/freetalk…
またまだご紹介していませんが、興味深い異論についての新聞記事を、沖縄語を話す会で配ったでしょう。なーんにも憶えてないんだから。炭屋さん、金城さん、これからも宇夫方さんのこと、よろしくお願いします。


休憩時間に4月3日の「花見の宴」のご案内をしました。
私「せっかくだから、こういう企画は沖縄の行事に合せてやったらいいかもね」
「4月3日は何かないかな」
「清明(シーミー)のころかな」
「じゃあ、花見の宴の横に『シーミー』って書こうか」
「駄目よ、シーミーはお墓の前でやるのよ」
「そうなんだ」
「浜下り(はまうり)は?」
そこでM.A.P.で販売していた旧暦の入った手帳が登場。4月3日は旧暦の2月19日。「シーサーの日」だそうです。
※だからさ、浜下りは4月16日、シーミーは4月18日だよ。そういうのみんなこの日何の日沖縄篇で書きますから。

なんてハナシが弾んでしまいました。
しゃべってばかりいるみたいですが、ちゃんと稽古もしましたよ。
今日は「かぎやで風」「四ツ竹」「繁昌節」の稽古。
4月10日の公演に向けて、頑張ってまーす!
※あんじょうがんばりなはれや、いろいろと。




10月31日土曜日: 麻生区文化協会の文化祭

新百合ヶ丘にある麻生市民館の大ホール。午前11時から、延々と5時間近く、50近い団体(?)の出し物が続きました。そのほとんどが、いわゆる新舞踊。歌謡曲(主に演歌)に合わせて踊る日舞の一種です。

麻生区に本拠を置く関りえ子琉舞研究所の生徒さんたちはトリで踊ります。はたしてM.A.P.琉球舞踊教室のメンバーの出来栄えはどうだったのか、きっとまだまだ修練しなければならないところもたくさんあったのでしょう。でも僕は思わず感動してしまいました。何故か、それはきっと、他の出し物とは格段に差があったからに違いありません。

日舞よりも琉球舞踊の方が優れているなどというつもりはありません。
例えば、海老蔵の踊った“七つ面”はやっぱり見事でした。
http://lince.jp/hito/kabuki…
また、演歌で踊る新舞踊を、どうのこうのいうつもりもありません。かつて僕は、演歌を踊った花柳紀寿郎に、心揺り動かされたこともあるのです。
http://lince.jp/mugon/kudakajima…

また、今日の新舞踊について、とやかくいうつもりも全くありません。お年を召した方々が一生懸命に練習した成果を、一年に一度、お知り合いを招いて大きな舞台で観て頂く、それはそれでとてもいいことだと思うのです。

ただし、です。お客様たちは、ご自分のお知り合いの踊りが終ると、その後の出し物には見向きもせずに会場を出て楽屋に向かわれます。まあ、それも致し方のないこと、だって他人様を楽しますことを目的にしている踊りではないのですから。
そういうわけで、トリで踊るということは、一番お客さんが少ない状態で踊るということに他なりません。

今日の催しにいったいどのくらいの方がいらっしゃったのでしょう。出演者を加えれば、1,000人を越えるのではないでしょうか。でも、そのほとんどの方は、琉球舞踊をご覧にならずにお帰りになりました。その方々が、例えばM.A.P.琉球舞踊教室のメンバーがこの麻生区文化祭に参加していたということを後で知ったら、どう思われるでしょう。きっとM.A.P.琉球舞踊教室も、ただ自分たちが楽しいだけの踊りを習っていると思われるかもしれません。しかし、それは断じて困る! M.A.P.琉球舞踊教室は、見せる(魅せる)ことを重要なことだと考えているのです。プロではないけれど、お客様を感動させることができたとき、はじめて踊りの本当の楽しさを知ることができるはずなのです。

「プログラム48番、かりゆしの宴、琉舞の会のみなさんです」
場内アナウンスが流れ、今までの演歌とは全く違う音楽が聞こえてきます。それでも一つ前の踊りの関係者は、ざわざわと席を立って出て行きます。残ったお客様は100人足らず、内輪ではないお客様もそれなりには残っていらっしゃいましたが、会場はやはりざわついています。

そして四ツ竹。静かに、流れるように歩みを進めます。岡本太郎が感動したのはこれだという感じ。
http://ameblo.jp/okinawaaudiobook…
null

一見、ただ立ち、そして歩いているだけ、しかし、この姿勢を獲得するのに、どれだけの稽古を積まなければならないのか、どれほどの途切れぬ集中力が必要なのか、少しでも踊りの経験がある方ならばきっとわかっていただけるでしょう。
いつしか、会場からざわめきは消え、全てのお客様の目は舞台に釘付けになりました。踊りに造詣のあるなしに関わらず。僕はその場にいて、鳥肌が立ったのです。

みんな、勝ったよ……

3曲踊って、最後はみんなで深くお辞儀をして…
null

ところがです。(ここからはオマケ)
このあと、ライトが落ちて、みんな引っ込んで、そしてプログラム49番、「麻生まつり唄」を全員で踊るという段取りになっていたようですが、何故かいつまでたってもライトが消えません。「え、これで終わりなんですか」という陰アナの声がスピーカーから聞こえてくる始末。そうしたら、主催者らしき方が出てこられて、平伏して動けずにいる琉球舞踊のメンバーをそのままにして、舞台の真ん中で挨拶をはじめられました。
「本日は事故もなく…」
え? たった今が事故なのでは?

ラストの全員参加の「麻生まつり唄」は急遽中止になったらしい。みなさんご自分の踊りで精一杯、だからもう帰っちゃったのかな。

どうすれば出演者とは関係のないお客様にも楽しんでいただけるような公演ができるか。麻生区を本当に文化の町にしたいのならば、もっともっと考えるべきことがあるのではないでしょうかねえ。
(文責:高山正樹。かなりソフトにお伝えしました?)

» 続きを読む

琉球舞踊関連で告知をいくつか。

null (“浜下り”で使う傘)

その一。
10月31日、麻生区文化協会の文化祭、邦舞・邦楽の発表会が麻生市民会館大ホールで行われます。
関りえ子流舞研究所一同、私たちも毎年出演しています。
去年は厚木のカルチャーのメンバーや、JINダンススタジオの教室で稽古をしていた理恵ちゃんもこの文化祭で初舞台を踏みました。
 ⇒去年の公演の記事
今年もいよいよ近づいてきました。今日はそのための稽古。今年は残念ながら厚木のメンバーは稽古のスケジュールが立たずに出演しませんが、本番当日、来られる人は応援に駆けつけてくれます。
11時開演ですが、私たちの出番は3時くらいかな。
考えられないような話ですが、去年は当日出演をキャンセルする人もあって、どんどんと予定時間より進行が早くなって、ダンスファクトリー香さんが観に来てくださったのですが、会場に着いた時にはもう私たちの出番が終わったあと。そんなことがないように、今年は余裕を持って3時前にお越しください。
 ⇒麻生区文化協会のホームページ
無料ですので、お時間のある方は是非見にいらしてくださいね。

その二。
12月13日ですが、こちらも毎年恒例、東京沖縄県人会主催の沖縄芸能フェスティバルに出演します。
こちらはきちんと告知……

“沖縄芸能フェスティバル2009”
日時:12月13日(日)
場所:九段会館
開演:昼の部13:00、夜の部17:00
チケット:前売り3,000円、当日3,500円

null

昼の部では「浜うりてぃ語ら」と「エイサー」、夜の部では「繁盛節」と「エイサー」を踊ります。
九段会館のホームページ


【沖縄通信 No.1】(担当:金城)
宇夫方さんの踊りの発表会に初めて行って来ました。
「華の松竹梅」看板

場所は琉球新報ホール。
琉球新報ホールの緞帳

はっきりとは覚えていないんですが、前にこの場所へ来たのは確か30数年前?
当時、組踊を習っていた母方の伯父と私の姉二人の発表会のとき。あの頃のおぼろげな印象では、大きなホールだなと思ってたんですが、今となっては随分と狭いというか、こじんまりとしたホールです。

楽屋の前にて。上原克代さんと宇夫方さんです。
上原克代さんと宇夫方路さん

3日連続公演の2日目。この日だけで18の演目が演じられるプログラム。最高賞を受賞した人数の多さから、その歴史と人材の厚みを感じさせます。
連続してこれだけの演目を鑑賞するのは私にとって初めてのコトでした。「芸能」と「工芸」の密接なつながりと琉球王朝時代がこの場所の文化の最盛期だったコトを再確認した気がしました。今後はもう少し、琉舞や組踊の鑑賞の機会を増やしていきたいものです。
(金城史彦)

【宇夫方本人からの報告】
上原克代さんは亡くなったの喜納初子大先生(つまり私の先生の先生)のお弟子さんです。去年わたしが教師の免許を頂いたとき、上原さんは師範になられました。今回の公演では「浜下りてぃ語ら」で相手役をやらせていただきました。ありがとうございました。
(ちなみに、今回の公演は最高賞以上の方々が一堂に会して行われています。日舞の場合は「名取」と「教師名取」という二段階で、特にそれを取得するためのルールがあるわけではありませんが、琉球舞踊は新聞社のコンクールに参加して「新人賞」「優秀賞」「最高賞」を順番に受賞することが必要で、さらにそれから先、その実績に応じて「教師」「師範」「会主」と段階を踏んで上がっていくのです。)
上原克代さん、「ブログデビュー、たのしみー」
今後はどんどん出てくださいね。6月の公演の時もよろしくお願いしまーす。

公演が終わってから、会場近くのおでんやさんへ。
沖縄のおでんにはやっぱり「てびち」が入ってなきゃね。
沖縄のおでん てびち
あしたのてびちがスタンバイ。(宇夫方路)

【東京の高山のコメント】
「松竹梅」って、確かにおめでたいことを三つ並べているわけですが、こっちの感覚だと特上・上・並って感じなんですよね。今日は二日目でしょう、ということは……
沖縄にはそういう文化、ないのかなあ。
(元は中国の「歳寒三友」が伝わったもの。単なる符牒、つまり言ってみれば順番を表すだけで、うまいまずいの順位はありませんでした。特上・上・並じゃお客様に申し訳ねえってんで、江戸の蕎麦屋あたりが、松竹梅を使ったとか使わねえとか。とすりゃあ、“華の松竹梅”は、本来の正しい使い方ってことですな。まあ、異論も色々とあるようですが。)
(高山正樹)
«Prev || 1 || Next»
高山正樹 Masaki Takayama
人気ブログランキングへ